説明

柑橘系香料組成物、食品、および香気または風味の増強方法

【課題】 果実を再現・想起させるような豊かで力強い和柑橘類の香気や風味を付与することができる柑橘系香料組成物と、これを含む食品と、香気または風味の増強方法とを提供する。
【解決手段】 本発明の柑橘系香料組成物は、4,5−エポキシ−2E−デセナールを有効成分とする。本発明の柑橘系香気または柑橘系風味を有する食品は、前記本発明の柑橘系香料組成物が添加されてなるものである。本発明の香気または風味の増強方法は、4,5−エポキシ−2E−デセナールを添加することにより和柑橘類の香気または風味を増強するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、柑橘類、特に、柚子、カボス、スダチ、いよかん、文旦などの和柑橘類の香気や風味を、食品(飲料、菓子、ガム、ゼリー、キャンディー等)や入浴剤などに付与することのできる柑橘系香料組成物と、これを含む食品と、これを用いた香気または風味の増強方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
柚子、カボス、スダチ、いよかん、文旦などの和柑橘類は日本固有の香酸柑橘であり、その香気や風味は日本人の嗜好性に調和して、多くの食品等に好んで付与される。例えば、代表的な和柑橘である柚子は、果肉が食されるほか、その果汁が食品の賦香に用いられることが多い。ところが、和柑橘類は一般に高価であり、生産量も少ないため、和柑橘系の香気や風味を食品等に付与するには、和柑橘類より得られる精油等の香料組成物が用いられる。
【0003】
和柑橘類の精油を得る方法としては、通常、果汁を加工する際に副産物として生じる油成分を水蒸気蒸留する方法が採用されている。
しかし、水蒸気蒸留は香りの特質を変調させてしまうことがあるため、和柑橘本来の特徴が弱くなるか、失われてしまう傾向があり、調製された精油は果実を再現・想起させるような香気や風味を感じさせない場合が多い。しかも、和柑橘類は一般に高価で生産量も少ないため、和柑橘由来の精油を安価かつ多量に入手することは難しく、通常は西洋柑橘類由来の香料や精油を混合して併用されることが多いのであるが、西洋柑橘類由来の香料や精油を併用すると本来の和柑橘類の香気や風味はさらに弱くなる傾向がある。また、例えば柚子の精油などは生産地によって香気や風味に微妙な違いがあるため、その特徴がばらつき、香質(香気や風味)の均一化が図れないといった問題もあった。
【0004】
ところで、これまでに、和柑橘類以外の植物や食品等から、4,5−エポキシ−2E−デセナールという化合物が検出された旨の報告がなされている。例えば、trans−4,5−エポキシ−2E−デセナールは、大豆油や調理肉由来の油分解生成物であるオフフレーバー成分として報告されている(非特許文献1〜3)。また、cis−4,5−エポキシ−2E−デセナールは、紅茶などから見出されている(非特許文献4)。しかし、これまで和柑橘類に4,5−エポキシ−2E−デセナールが含まれるという報告はなかった。
【0005】
【非特許文献1】Lin, J.; Fay, L.B.; Welti, D.H.; Blank, I., Lipids 1999, 34, 1117-1126.
【非特許文献2】Buettner, A.; Schieberle, S., J. Agric. Food Chem. 2001, 49, 3881-3884.
【非特許文献3】Schieberle, P.; Grosch, W., Z. Lebensm. Unters. Forsch. 1991, 192, 130-135.
【非特許文献4】Kumazawa, K.; Wada Y.; Masuda H., J. Agric. Food Chem. 2006, 54, 4795-4801.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、果実を再現・想起させるような豊かで力強い和柑橘類の香気や風味を付与することができる柑橘系香料組成物と、これを含む食品と、これを用いた香気または風味の増強方法とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、前記課題を解決するべく鋭意検討を行った。その結果、和柑橘類である柚子に4,5−エポキシ−2E−デセナールという化合物がごく微量含まれることを初めて見出し、これが柚子の香気や風味の鍵となる特徴成分であることを突き止めた。そして、化学合成により得られた4,5−エポキシ−2E−デセナールを有効成分としてごく微量含有させた香料組成物を食品に添加すると、和柑橘類の香気や風味を著しく増強させることができることを確認し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の構成からなる。
(1)4,5−エポキシ−2E−デセナールを有効成分とする、ことを特徴とする柑橘系香料組成物。
(2)和柑橘系の香気または風味を付与する、前記(1)記載の柑橘系香料組成物。
(3)柚子の香気または風味を付与する、前記(1)または(2)記載の柑橘系香料組成物。
(4)前記4,5−エポキシ−2E−デセナールが化学合成されたものである、前記(1)〜(3)のいずれかに記載の柑橘系香料組成物。
(5)前記(1)〜(4)のいずれかに記載の柑橘系香料組成物が添加されてなる、ことを特徴とする柑橘系香気または柑橘系風味を有する食品。
(6)4,5−エポキシ−2E−デセナールを添加することにより和柑橘類の香気または風味を増強する、ことを特徴とする香気または風味の増強方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、食品(飲料、菓子、ガム、ゼリー、キャンディー等)や入浴剤等に、果実を再現・想起させるような豊かで力強い和柑橘類の香気や風味を付与することができる、という効果が得られる。また、柚子精油などに見られる生産地間での香質(香気や風味)のばらつきの問題や、水蒸気蒸留により和柑橘本来の香気や風味を損なうという問題や、西洋柑橘由来の香料や精油が併用されるために和柑橘本来の香気や風味が弱くなるといった問題に関しても、4,5−エポキシ−2E−デセナールもしくはこれを有効成分とする本発明の香料組成物を添加することにより、和柑橘本来の香気や風味が増強し、その香質も均一化されるので、容易に解消できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の柑橘系香料組成物は、4,5−エポキシ−2E−デセナールを有効成分とする。4,5−エポキシ−2E−デセナールには、cis体とtrans体とがあり、それぞれ下記化学構造式を有する。
【0011】
【化1】

【0012】
4,5−エポキシ−2E−デセナールを有効成分として含有することにより、本発明の香料組成物は、果実を再現・想起させるような豊かで力強い和柑橘系の香気や風味を付与することができる。和柑橘とは、具体的には、柚子、カボス、スダチ、いよかん、文旦等が挙げられるが、4,5−エポキシ−2E−デセナールは、これら和柑橘のなかでも、とりわけ柚子の香気または風味を効率よく付与することができる。このような効果は、cis体、trans体いずれの4,5−エポキシ−2E−デセナールであっても、またcis体とtrans体が混在する4,5−エポキシ−2E−デセナールであっても、同様に発現されるが、cis体とtrans体では以下の点でその香気の特徴が若干異なる。すなわち、trans−4,5−エポキシ−2E−デセナールは、特に、スパイシーで草様の香気を発現するとともに、和柑橘および果皮の内壁の白い部分(アルベド)を想起させる香気も併せ持つのに対し、cis−4,5−エポキシ−2E−デセナールは、特に、果皮の内壁の白い部分(アルベド)を想起させる香気をtrans体よりも若干強く感じさせることができる。つまり、trans体はスパイシーな香気が強く現れ、cis体はアルベド様の香気が強く現れるといえる。
【0013】
有効成分である4,5−エポキシ−2E−デセナールの香気(香り)の閾値は、trans体、cis体いずれの場合も、10ng/mL(ppb)(99%エタノール溶液中)であり、その風味(味覚)の閾値は、trans体、cis体いずれの場合も、1.0 ×10-3ng/mL (ppb)(糖酸液(Brix.5、酸度0.1)中)であり、特に味覚については極めて低い濃度で作用するものである。
【0014】
有効成分である4,5−エポキシ−2E−デセナールは、天然の柚子を原料として抽出などの手段により単離されたものであってもよいが、化学合成されたものであることが好ましい。つまり、柚子中に含まれる4,5−エポキシ−2E−デセナールは極めて微量であるため、一般に高価であり生産量も少ない柚子から単離して4,5−エポキシ−2E−デセナールを得るには、多大の労力およびコストを要することになり工業的には不利であるのに対して、化学合成によれば、多量に安定して供給することができるからである。また、化学合成によれば、上述のように香気の特徴が微妙に異なるtrans体またはcis体をそれぞれ単独で得ることが容易にできるので、いずれかの特徴を特に強調したい場合に好適であるという利点もある。なお、trans体またはcis体の4,5−エポキシ−2E−デセナールを化学合成により得る方法としては、特に制限されないが、例えば、後述する製造例に記載の方法などを採用すればよい。
【0015】
本発明の香料組成物において、有効成分である4,5−エポキシ−2E−デセナールの含有量は、該香料組成物を柑橘系香気や風味を付与しようとする食品等に添加したときに4,5−エポキシ−2E−デセナールの含量が前述した閾値以上となるように適宜設定すればよく、特に制限されないが、通常、0.01〜100ppmとするのがよい。
【0016】
本発明の香料組成物には、4,5−エポキシ−2E−デセナールのほかに、用途や目的に応じて従来から香料組成物に用いられている公知成分を含有させることができる。このような他の成分としては、具体的には、例えば、柚子精油、レモン精油、オレンジ精油、グレープフルーツ精油、マンダリン精油等の柑橘精油およびその他の精油類、アルデヒド類、アルコール類、エステル類等があげられる。これら成分の含有割合は、本発明の効果を損なわない範囲で適宜設定すればよい。
【0017】
本発明の香料組成物は、柑橘系飲料等の飲料、キャンデー、チューインガム、ゼリー、アイスクリーム、シャーベット等の食品、入浴剤などに広く使用することができる。その際、本発明の香料組成物は、食品等に含まれる4,5−エポキシ−2E−デセナールの含量が前述した閾値以上となるように添加すればよく、特に制限されないが、通常、食品等に対して0.01〜1.0重量%の割合で添加するのがよい。
【0018】
本発明の食品は、柑橘系香気または柑橘系風味を有するものであり、上記本発明の香料組成物が添加されてなる。ここで、本発明の食品の具体例や、本発明の食品中の香料組成物含有量については、上述した通りである。本発明の食品は、4,5−エポキシ−2E−デセナールを含有することにより、柑橘類、特に和柑橘類の果実を再現・想起させるような豊かで力強い香気や風味を発揮する。
【0019】
本発明の香気または風味の増強方法は、上述した4,5−エポキシ−2E−デセナールを添加することにより和柑橘類の香気または風味を増強する方法である。例えば、水蒸気蒸留により得た柚子精油を用いる場合や、柚子精油に西洋柑橘系の香料や精油を併用する場合など、柚子本来の香気や風味が弱くなったり、失われたりした香料や精油に対して、上述した4,5−エポキシ−2E−デセナールを添加することにより、本来の柚子果実を再現・想起させるような香気や風味を増強させることが可能となる。本発明の香気または風味の増強方法において、添加する4,5−エポキシ−2E−デセナールの量は、前述した4,5−エポキシ−2E−デセナールの閾値を勘案して適宜設定すればよい。
【実施例】
【0020】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はかかる実施例により限定されるものではない。
なお、trans−またはcis−4,5−エポキシ−2E−デセナールの分析は、下記の分析機器を用いて行った。
【0021】
<FT−IR> Shimadzu製「FTIR−8200PC」
<NMR> 1H NMR:JOEL製「JMN−500」(500MHz)
13C NMR:JOEL製「JMN ECP−500」(125MHz)
<GC−MS> GC:Hewlett Packerd製「HP6890 GC」
MS:Hewlett Packerd製「HP5972 MSD」
【0022】
(製造例1:trans−4,5−エポキシ−2E−デセナールの合成)
非特許文献1記載の方法に準じ、下記に示す2工程の合成経路でtrans−4,5−エポキシ−2E−デセナールを合成した。
【0023】
【化2】

【0024】
(第1工程:trans-2,3-Epoxyoctanalの合成)
マグネチック攪拌子の入った500mL三つ口丸底フラスコに、trans-2-Octenal(井上香料製造所製)20.3g(161mmol)及びメタノール100mLを加えて、10℃以下まで冷却した。30%過酸化水素水(ナカライテスク製)80mL(5当量)を滴下後、15%水酸化ナトリウム水溶液1mL(触媒量)を加えたところ、激しく反応が開始した。反応温度が下がり一定(10℃以下)になった後、さらにメタノール100mL及び30%過酸化水素水(ナカライテスク製)80mL(5当量)を加えて、2時間攪拌して反応させた。反応終了後、飽和食塩水500mLを加え、t−ブチルメチルエーテル100mLにて3回抽出を行った。合わせたエーテル層を飽和食塩水500mLにて2回洗浄し、無水硫酸マグネシウムにて乾燥後、ろ別して、減圧下でエバポレーターにて溶媒を留去することにより、油状の粗生成物を得た。この粗生成物を冷蔵庫内で1日静置すると、油状物と固形物の混合粗生成物となった。これをヘキサンまたはペンタンにて洗浄した後、溶液(母液)をデカンテーションして分離し、固形物を減圧下で乾燥させて、結晶のtrans-2,3-Epoxyoctanal 8.21gを得た。他方、母液にペンタンを加えて静置して、結晶のtrans-2,3-Epoxyoctanal 3.68gを得た。その後、二度、再結晶させて、全量で13.6g(96mmol)の結晶のtrans-2,3-Epoxyoctanalを得た(収率 60mol%、cis体 <0.1%(byGC))。
【0025】
(第2工程:trans-4,5-Epoxy-2E-decenalの合成)
マグネチック攪拌子の入った300mL三つ口フラスコに、第1工程で得られたtrans-2,3-Epoxyoctanal 5.03g(35mmol)、(Triphenylphosphoranylidene)acetaldehyde(アルドリッチ製)11.1g(36mmol;1当量)及びトルエン200mLを加え、窒素雰囲気下5時間還流攪拌して反応させた。反応終了後、トルエンを留去し、次いで、ヘキサンを加えて結晶化させ、デカンテーションにてヘキサン層と結晶を分離した。この操作を4、5回行い、得られたヘキサン層を集めて減圧下でエバポレーターにて溶媒を留去して、油状の粗生成物を5.8g得た。次いで、フラッシュシリカゲルクロマトグラフィー(シリカゲル量100g、カラム内径3.8cm、カラム長さ20cm)にて分画精製を行い、ヘキサン/酢酸エチル(98%/2%)の画分を濃縮することにより、trans-4,5-Epoxy-2E-decenal(trans−4,5−エポキシ−2E−デセナール)を2.0g(12mmol)得た(収率 34mol%、cis体 <3%(byGC))。
【0026】
得られたtrans−4,5−エポキシ−2E−デセナールの分析結果は以下の通りであった。
[FT−IR, neat] νmax(cm-1) 2958, 2932, 2859, 2729, 1699, 1639, 1468, 1458, 1436, 1164, 1123, 1103, 974, 881, 822, 604.
[1H−NMR, 500MHz, CDCl3] δ(ppm) 0.91 (t, J=6.9Hz, 3H), 1.32-1.37(m, 4H), 1.48(m, 2H), 1.63-1.67(m, 2H), 2.96(td, J=5.5Hz, J=1.8Hz, 1H), 3.33 (dd, J=6.9Hz, J=1.8Hz, 1H), 6.40 (dd, J=6.9Hz, J=7.8Hz, J=16.0Hz, 1H), 6.55 (dd, J=6.9Hz, J=15.6Hz, 1H), 9.56 (d, J=7.8Hz, 1H).
[13C−NMR, 125MHz, CDCl3] δ(ppm) 13.8, 22.4, 25.3, 31.4, 31.7, 56.0, 61.8, 133.3, 153.0, 192.4.
[GC−MS] MS/EI m/z(%) 168 [0.03, M+], 152(0.1), 139(1), 95(1), 84(3), 83(3), 81(3), 69(11), 68(100), 57(8), 56(5), 55(16), 43(15), 42(8), 41(27), 40(9), 39(32), 38(3).
【0027】
(製造例2:cis−4,5−エポキシ−2E−デセナールの合成)
非特許文献4記載の方法に準じ、下記に示す5工程の合成経路でcis−4,5−エポキシ−2E−デセナールを合成した。
【0028】
【化3】

【0029】
(第1工程:Methyl cis-2-octenoateの合成)
マグネチック攪拌子の入った500mLナスフラスコに、Methyl 2-octynoate(アルドリッチ製)9.62g(62mmol)、Pd/BaSO4(アルドリッチ製)0.41g、Quinoline(ナカライテスク製)0.45g及びメタノール100mLを加え、反応器内を脱気した後、三回窒素置換を行い、その後さらに水素ガスにて反応器内を置換した。次いで、室温下で攪拌して反応させ、水素ガスを約1.5L消費したところで(約2時間後に)反応を終了した。反応終了後、Celite(登録商標)521(アルドリッチ製)にて吸引ろ過を行い、ろ液を濃縮した後、ジエチルエーテルを加え、エーテル層を0.2M硫酸水溶液200mL、続いて5%炭酸水素ナトリウム水溶液20mLを用いて洗浄した。無水硫酸マグネシウムにて乾燥させた後、無水硫酸マグネシウムをろ別して、Methyl cis-2-octenoateを含むジエチルエーテル溶液を得た。Methyl cis-2-octenoateの確認はGC−MSにて行った。このジエチルエーテル溶液を濃縮・精製せずに、第2工程の反応に使用した。
【0030】
(第2工程:cis-2-Octen-1-olの合成)
マグネチック攪拌子の入った300mL三つ口丸底フラスコに、水素化リチウムアルミニウム(和光純薬製)1.46g(37mmol)及びジエチルエーテル10mLを入れ、0℃以下まで反応器を冷却した後、第1工程で得られたMethyl cis-2-octenoateを含むジエチルエーテル溶液を滴下した。滴下終了後、還流するまで昇温して、3時間攪拌し反応させた。反応終了後、残った水素化リチウムアルミニウムを少量の氷にてクエンチし、水を加えて生じた塩を溶解させた。エーテル層を分離して飽和食塩水200mLにて2回洗浄し、無水硫酸マグネシウムにて乾燥した後、無水硫酸マグネシウムをろ別して、エバポレーターにて溶媒を留去することにより、油状の粗生成物を得た。得られた粗生成物をGC/MSにて分析してcis-2-Octen-1-olの生成を確認した。この粗生成物を精製せずに第3工程の反応に使用した。
【0031】
(第3工程:cis-2,3-Epoxy-1-octanolの合成)
マグネチック攪拌子の入った500mL三つ口丸底フラスコに、第2工程で得られたcis-2-Octen-1-olを含んだ粗生成物とジクロロメタン100mLを入れ、0℃以下まで反応器を冷却した後、ジクロロメタン200mLにて溶解させたmCPBA(ナカライテスク製)20gを少しずつ加えた。加え終えた後、室温まで昇温して、窒素雰囲気下24時間攪拌して反応させた。反応終了後、ジクロロメタン層を飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液200mL、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液200mL、続いて飽和食塩水200mLを用いて洗浄した。無水硫酸マグネシウムにて乾燥した後、ろ別して、減圧下でエバポレーターにて溶媒を留去することにより、油状の粗生成物を得た。次いで、フラッシュシリカゲルクロマトグラフィー(シリカゲル量110g、カラム内径4.7cm、カラム長さ16cm)にて分画精製を行い、酢酸エチル(100%)の画分を濃縮することにより、cis-2,3-Epoxy-1-octanolを1.8g(13mmol)得た(第1工程からの収率 20mol%、cis/trans(mol比)=94/6(byGC))。
【0032】
(第4工程:cis-2,3-Epoxyoctanalの合成)
マグネチック攪拌子の入った500mLナスフラスコに、第3工程で得られたcis-2,3-Epoxy-1-octanol(cis/trans(mol比)=94/6)1.8g(13mmol)とジクロロメタン200mLを入れた。デス−マーチン試薬(15%ジクロロメタン溶液)(関東化学製)57g(20mmol;1.5当量)を少しずつ加えた後、窒素雰囲気下室温で2時間攪拌して反応させた。反応終了後、ジクロロメタン層を飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液200mLと飽和炭酸水素ナトリウム水溶液200mLを用いて洗浄し、その洗液を混合してt−ブチルメチルエーテル50mLを用いて3回抽出を行った。混合した有機層を飽和食塩水200mLにて洗浄し、無水硫酸マグネシウムにて乾燥した後、ろ別して、減圧下でエバポレーターにて溶媒を留去することにより、油状で固形の粗生成物を得た。次いで、フラッシュシリカゲルクロマトグラフィー(シリカゲル量22g、カラム内径 3.7cm、カラム長さ7cm)にて分画精製を行い、ヘキサン/酢酸エチル(98%/2%)の画分を濃縮して、cis-2,3-Epoxyoctanalを1.0g(7mmol)得た(収率54mol% 、cis/trans(mol比)=94/6(byGC))。
【0033】
(第5工程:cis- 4,5-Epoxy-2E-decenalの合成)
マグネチック攪拌子の入った200mLナスフラスコに、第4工程で得られたcis-2,3-Epoxyoctanal(cis/trans(mol比)=94/6)0.93 g(7mmol)、(Triphenylphosphoranylidene)acetaldehyde(アルドリッチ製)2.0g(7mmol;1当量)及びトルエン50mLを加え、窒素雰囲気下4時間還流攪拌して反応させた。反応終了後、トルエンを留去し、次いで、ヘキサンを加えて結晶化させ、デカンテーションにてヘキサン層と結晶を分離した。この操作を4、5回行い、得られたヘキサン層を集めて減圧下でエバポレーターにて溶媒を留去して、油状の粗生成物を1.4g得た。次いで、フラッシュシリカゲルクロマトグラフィー(シリカゲル量25g、カラム内径3.7cm、カラム長さ8cm)にて分画精製を行い、ヘキサン/酢酸エチル(98%/2%)の画分を濃縮することにより、cis-4,5-Epoxy-2E-decenal(cis−4,5−エポキシ−2E−デセナール)を597mg(4mmol)得た(収率57mol%、cis/trans(mol比)=90/10(byGC))。
【0034】
得られたcis−4,5−エポキシ−2E−デセナールの分析結果は以下の通りであった。
[FT−IR, neat] νmax(cm-1) 2958, 2932, 2859, 2729, 1699, 1637, 1468, 1458, 1437, 1124, 1107, 1086, 977, 823, 614.
[1H−NMR, 500MHz, CDCl3] δ(ppm) 0.90 (t, J=7.3Hz, 3H), 1.28-1.37(m, 4H), 1.46-1.66(m, 4H), 3.27 (m, 1H), 3.62 (ddd, J=6.4Hz, J=4.1Hz, J=0.9Hz, 1H), 6.40 (ddd, J=7.8Hz, J=15.6Hz, J=0.9Hz, 1H), 6.68 (dd, J=6.4Hz, J=15.6Hz, 1H), 9.60 (d, J=7.8Hz, 1H).
[13C−NMR, 125MHz, CDCl3] δ(ppm) 13.9, 22.5, 25.9, 27.6, 31.4, 55.1, 60.2, 135.2, 150.4 192.3.
[GC−MS] MS/EI m/z(%) 168 [0.03, M+], 152(0.2), 139(2), 111(1), 97(1), 95(2), 84(4), 83(4), 81(5), 69(12), 68(100), 57(8), 56(5), 55(15), 43(13), 42(6), 41(21), 40(7), 39(22), 38(2).
【0035】
(実施例1)
製造例1で得られたtrans−4,5−エポキシ−2E−デセナール(以下、trans体と称する)、製造例2で得られたcis−4,5−エポキシ−2E−デセナール(以下、cis体と称する)、および前記trans体と前記cis体との混合物(trans体:cis体=1:1)(以下、cis/trans混合物と称する)からなる3種類の4,5−エポキシ−2E−デセナールのうちのいずれかを含有する本発明の香料組成物を調製した。
【0036】
詳しくは、まず、柚子オイル1g、レモンオイル1g、エタノール60g、および水38gを混合して、液液分離後、冷却濾過して、柚子エッセンス香料を調製した。この柚子エッセンス香料100gに、4,5−エポキシ−2E−デセナール(上記3種類のうちのいずれか)の0.1重量%エタノール溶液を0.1g加えて、本発明の柚子香料組成物(1−1)〜(1−3)を得た。また、コントロールとして、4,5−エポキシ−2E−デセナールを含有しない香料組成物、つまり上記柚子エッセンス香料100gのみからなる組成物も得た。なお、得られた香料組成物(1−1)〜(1−3)に含まれる4,5−エポキシ−2E−デセナールの含有量は、いずれも1ppmである。
得られた各香料組成物の配合組成を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
次に、果糖ブドウ糖液糖44.5g、グラニュー糖40.0g、およびクエン酸1.7gにイオン交換水を加えて全量を1000gに調整して糖酸液(Brix.7.5、酸度0.17)を得、該糖酸液100重量部に、上記で得た香料組成物(1−1)〜(1−3)のいずれかを0.1重量部加え、その後、殺菌(95℃、7秒間)して、本発明の柚子風味飲料を得た。本発明の飲料中に含まれる4,5−エポキシ−2E−デセナールの含有量は、いずれも1ppbである。
得られた各飲料の味や風味に関して、ブラインド法にて、熟練したパネル10名による官能評価を行った。なお、比較のため、本発明の香料組成物の代わりに上記コントロールの香料組成物を用いて得た飲料についても、同様に評価した。結果を表2に示す。
【0039】
【表2】

【0040】
(実施例2)
グラニュー糖6重量部および安定化剤1.2重量部の混合物を、水79.38重量部および果糖ブドウ糖液糖13重量部の混合物に、攪拌しながら少量ずつ加えた後、さらに、クエン酸ナトリウム0.07重量部を加えて、85℃で5分間加熱した。溶解した後、クエン酸0.23重量部と、色素0.02重量部と、実施例1で得られた本発明の柚子香料組成物(1−1)〜(1−3)のうちのいずれか0.1重量部とを加え、冷却し、蒸発分の水を加えて全量100重量部に調整した。その後、殺菌(80℃、30分間)し、10℃以下で一晩静置することにより成型して、本発明の柚子風味ゼリーを得た。本発明のゼリー中に含まれる4,5−エポキシ−2E−デセナールの含有量は、いずれも1ppbである。
得られた各ゼリーの味や風味に関して、ブラインド法にて、熟練したパネル10名による官能評価を行った。なお、比較のため、本発明の香料組成物の代わりに実施例1と同様のコントロールの香料組成物を用いて得たゼリーについても、同様に評価した。結果を表3に示す。
【0041】
【表3】

【0042】
(実施例3)
実施例1と同様の3種類の4,5−エポキシ−2E−デセナール(trans体、cis体、cis/trans混合物)のうちのいずれかを含有する本発明の香料組成物を調製した。
【0043】
詳しくは、柚子オイル2g、柚子アクセント香料12g、オレンジオイル14g、タンゼリンオイル25g、および中鎖脂肪酸エステル47gを混合して、さらに、4,5−エポキシ−2E−デセナール(上記3種類のうちのいずれか)の0.1重量%エタノール溶液を0.1g加えて、本発明の柚子香料組成物(2−1)〜(2−3)を得た。また、コントロールとして、4,5−エポキシ−2E−デセナールを含有させないこと以外は同様の香料組成物も得た。なお、得られた香料組成物(2−1)〜(2−3)に含まれる4,5−エポキシ−2E−デセナールの含有量は、いずれも1ppmである。
得られた各香料組成物の配合組成を表4に示す。
【0044】
【表4】

【0045】
次に、ガムベース21.0重量部、マルチトール36.5重量部、キシリトール34.0重量部、マルチトールシラップ(Brix.75)6.5重量部を混合してガム生地を作製し、次いで、これを約40℃に加温して、クエン酸1.0重量部と、上記で得た香料組成物(2−1)〜(2−3)のいずれか1.0重量部とを添加して混合し、成型して、本発明の柚子風味ガムを得た。本発明のガム中に含まれる4,5−エポキシ−2E−デセナールの含有量は、いずれも10ppbである。
得られた各ガムの味や風味に関して、ブラインド法にて、熟練したパネル10名による官能評価を行った。なお、比較のため、本発明の香料組成物の代わりに上記コントロールの香料組成物を用いて得たガムについても、同様に評価した。結果を表5に示す。
【0046】
【表5】

【0047】
(実施例4)
グラニュー糖60重量部、酵素糖化水飴(水分15%)40重量部、および適量の水からなる混合物を150℃まで煮詰めた。この煮詰めた飴を冷却板の上に流し、120〜130℃程度か、これより低い温度になった時点で、クエン酸1.0重量部と、実施例3で得られた本発明の柚子香料組成物(2−1)〜(2−3)のうちのいずれか0.1重量部とを添加混合して充分に均一化し、冷却した後、成型して、本発明の柚子風味ハードキャンディーを得た。本発明のハードキャンディー中に含まれる4,5−エポキシ−2E−デセナールの含有量は、いずれも1ppbである。
得られた各ハードキャンディーの味や風味に関して、ブラインド法にて、熟練したパネル10名による官能評価を行った。なお、比較のため、本発明の香料組成物の代わりに実施例3と同様のコントロールの香料組成物を用いて得たハードキャンディーについても、同様に評価した。結果を表6に示す。
【0048】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
4,5−エポキシ−2E−デセナールを有効成分とする、ことを特徴とする柑橘系香料組成物。
【請求項2】
和柑橘系の香気または風味を付与する、請求項1記載の柑橘系香料組成物。
【請求項3】
柚子の香気または風味を付与する、請求項1または2記載の柑橘系香料組成物。
【請求項4】
前記4,5−エポキシ−2E−デセナールが化学合成されたものである、請求項1〜3のいずれかに記載の柑橘系香料組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の柑橘系香料組成物が添加されてなる、ことを特徴とする柑橘系香気または柑橘系風味を有する食品。
【請求項6】
4,5−エポキシ−2E−デセナールを添加することにより和柑橘類の香気または風味を増強する、ことを特徴とする香気または風味の増強方法。

【公開番号】特開2009−82048(P2009−82048A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−254534(P2007−254534)
【出願日】平成19年9月28日(2007.9.28)
【出願人】(591016839)長岡香料株式会社 (20)
【Fターム(参考)】