説明

核内受容体のリガンドを含むリズム障害の治療剤

【課題】体内時計制御剤及びサーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防剤の提供。
【解決手段】PPAR(peroxisome proliferator-activated receptor)のリガンドを有効成分として含む体内時計制御剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核内受容体であるPPARsのリガンドを用いたサーカディアンリズム障害の治療に関する。
【背景技術】
【0002】
睡眠相後進症候群(DSPS)は、サーカディアンリズム障害に起因する睡眠障害であり、
睡眠開始と起床が異常に遅くなることを特徴とする(非特許文献1)。
【0003】
DSPSの症状は、慢性不眠症と過度の日中の眠気であり、それは仕事、社会生活、気分及び学習に影響する(非特許文献2及び3)。
【0004】
ほとんどすべての生物で生理学的及び行動学的サーカディアンリズムは体内時計により調節される(非特許文献4)。哺乳類のマスター時計は視交叉上核(SCN)に存在し、毎
日の明暗(LD)サイクルに同調している。period1(Per1)、Per2、BMAL1、Clock、Rev-erbα等の体内時計遺伝子はSCNだけでなく、周辺組織でも発現する。このことは、これらの
組織が分子発振器を有することを示している(非特許文献4を参照)。サーカディアン発振器は時計遺伝子の発現における転写/翻訳に基づく負のフィードバックループに依存す
る(非特許文献4を参照)。さらに、核内受容体(例えばステロイドホルモンとビタミン)のリガンドは、体内時計遺伝子の転写調節に関係している(非特許文献5及び6を参照)。PPARα(peroxisome proliferator-activated receptor alpha)は、脂質代謝とエネ
ルギーホメオスタシスに関与する種々の遺伝子をトランス活性化する核内受容体ファミリーのメンバーである(非特許文献7を参照)。
しかしながら、PPARαと体内時計との関連は明確ではなかった。
【0005】
【非特許文献1】Regestein, Q.R. et al., General hospital psychiatry 17, 335-345 (1995)
【非特許文献2】Czeisler, C.A., et al.、Sleep 4, 1-21 (1981)
【非特許文献3】Regestein, Q.R. et al., Psychosomatic medicine 43, 147-155 (1981)
【非特許文献4】Pando, M.P. et al., Sci STKE 2001, RE16 (2001)
【非特許文献5】Balsalobre, A., et al., Science 289, 2344-2347 (2000)
【非特許文献6】McNamara, P., et al., Cell 105, 877-889 (2001)
【非特許文献7】Desvergne, B., et al., Endocrine reviews 20, 649-688 (1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は体内時計制御剤及びサーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防剤の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、PPARαと体内時計の関係に着目し、PPARαリガンドとして、抗高脂血症の治療に臨床的に用いられているベザフィブレートをマウスに投与し、PPARαがサーカディアン行動リズムの調節に関与しているかどうか調べた。
【0008】
その結果、ベザフィブレート投与により、マウスのサーカディアンリズムが制御され、PPARαがサーカディアン行動リズムの調節に関与していることを始めて見出すとともに、ベザフィブレート投与により、サーカディアンリズム障害に起因する疾患を治療し得るこ
とを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]PPAR(peroxisome proliferator-activated receptor)のリガンドを有効成分として含む体内時計制御剤。
[2]体内時計の制御が、睡眠覚醒、体温、自発行動量、糖・脂質代謝、免疫機能、又は薬剤の感受性(薬効および副作用)に関する日内リズムの制御である、[1]の体内時計制御剤。
[3]PPARのリガンドが、PPARα、PPARβ/δ又はPPARγのリンドである[1]又は[2]の体
内時計制御剤。
【0010】
[4]PPARのリガンドがPPARα、PPARβ/δ又はPPARγに対する抗体である[1]〜[3]のい
ずれかの体内時計制御剤。
[5]PPARのリガンドがベザフィブレート、フェノフィブレート及びクロフィブレートからなる群から選択されるPPARαのリガンドである[1]〜[3]のいずれかの体内時計制御剤。[6][1]〜[5]のいずれかの体内時計制御剤を含む、サーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防薬。
【0011】
[7]サーカディンリズムの障害に起因した疾患が、睡眠相前進症候群(ASPS)、睡眠相後退症候群(DSPS)、非24時間睡眠相後退症候群、及び季節性鬱病からなる群から選択される[6]のサーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防薬。
[8]サーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防剤をスクリーニングする方法であって、Clock変異マウスに候補薬剤を投与し、該マウスのサーカディアンリズム
を測定することを含む方法。
[9]サーカディアンリズムの障害に起因した疾患が、睡眠相前進症候群(ASPS)、睡眠相後退症候群(DSPS)、非24時間睡眠相後退症候群、及び季節性鬱病からなる群から選択される[8]のスクリーニング法。
【発明の効果】
【0012】
実施例に示すように、PPARに対するリガンドは、体内時計を制御し、睡眠相前進症候群(ASPS)、睡眠相後退症候群(DSPS)、非24時間睡眠相後退症候群、季節性鬱病等のサーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防に有効に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(PPAR)は、リガンド活性化転写因子のステロイド/レチノイド受容体スーパーファミリに属する核内受容体である(Willson T.M. and Wahli, W., Curr. Opin. Chem. Biol., 1, pp235-241(1997)、及び、Willson T.M. et. al., J. Med. Chem., 43, p527-549(2000)。この受容体に作動性リガンドが結合することによ
り、PPAR標的遺伝子によりコードされているmRNAの発現レベルが変化する。
【0014】
これまで、3種類の哺乳類ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体が単離され、PPARα、PPARγ、及びPPARβ/δと称されている。これらのPPARは、DNA配列エレメント(PPAR応答エレメント(PPRE)と称される)に結合することにより、標的遺伝子の発現を調節する。
【0015】
本発明の体内時計の制御剤、又はサーカディアンリズム障害改善剤は、PPARα、PPARβ/δ又はPPARγのリガンドを有効成分として含む。PPARのリガンドは、PPARに結合しPPAR
の活性を調節することができる化合物である。例えば、PPARαのリガンドとして、ベザフィブレート、フェノフィブレート、クロフィブレート等のフィブレート系薬剤が挙げられる。また、PPARγのリガンドとして、ロスマリン酸メチル、ロスマリン酸エチル、ロスマ
リン酸プロピルおよびロスマリン酸ブチル等のロスマリン酸誘導体、ロシグリタゾンやピオグリタゾンのようなチアゾリジン系の薬剤が挙げられる。
【0016】
また、PPARα、PPARβ/δ又はPPARγに対する抗体もリガンドとして用いることができ
る。
【0017】
本発明は、これらのPPARsのリガンドを有効成分として含む体内時計を制御する体内時計制御剤、及びサーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防剤を包含する。サーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防剤をサーカディアンリズム障害改善剤と呼ぶこともある。
【0018】
さらに、本発明は、PPARsをターゲットとした、体内時計を制御する体内時計制御剤、及びサーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防剤を包含する。これらの薬剤は、直接又は間接的にPPARsに作用し、PPARsの働きにより、体内時計を制御し得る
。このような薬剤として、例えば、PPARと結合して遺伝子の発現機能を有するようなRXR
(レチノイドX受容体)などの核内受容体のリガンドも用いることができる。RXRのリガンドとして、例えば9-シスレチノイン酸が挙げられる。
【0019】
体内時計の制御とは、睡眠覚醒、体温、自発行動量、糖・脂質代謝、免疫機能、又は薬剤の感受性(薬効および副作用)に関する日内リズムを制御し、正常化し、24時間周期にすることをいう。
【0020】
サーカディアンリズムとは、約24時間の周期を示すリズムであり、体内の諸生理機能の中でも睡眠−覚醒、摂食、飲水、体温、内分泌、代謝あるいは免疫機能などの種々の生理現象に認められる。このリズムを発現させる生体時計はあらゆる生物に備わっており、哺乳動物では脳視床下部の視交叉上核に存在することが証明されている。
【0021】
サーカディアンリズム障害の改善とは、サーカディアンリズム障害に起因する疾患を治療又は予防することをいい、サーカディアンリズム障害に起因する疾患として、睡眠−覚醒リズム障害や周期性・反復性障害などが挙げられる。睡眠−覚醒リズム障害としては、睡眠相後退症候群や非24時間型睡眠などが挙げられる。周期性・反復性障害としては、内因性躁鬱病、季節性感情障害、周期性緊張症、周期性高血圧症、周期性潰瘍、不規則排卵周期、およびインスリン分泌の周期性異常に起因する糖尿病などが挙げられる。
【0022】
本発明の体内時計の制御剤、又はサーカディアンリズム障害改善剤は医薬組成物であっても、食品組成物中に含まれていてもよい。
【0023】
本発明の体内時計の制御剤、又はサーカディアンリズム障害改善剤を医薬組成物として用いる場合には、経口または非経口(例えば、静注、筋注、皮下投与、腹腔内投与、直腸投与、経皮投与など)のいずれかの投与経路で、ヒトおよびヒト以外の動物に投与すればよい。また、投与経路に応じて適当な剤形とすることができる。具体的には主として静注、筋注などの注射剤、カプセル剤、錠剤、顆粒剤、散剤、丸剤、細粒剤、トローチ錠などの経口剤、直腸投与剤、油脂性坐剤、水性坐剤などのいずれかの製剤形態に調製することができる。これらの各種製剤は通常用いられている賦形剤、増量剤、結合剤、浸潤剤、崩壊剤、表面活性剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、安定化剤などを用いて常法により製造することができる。賦形剤としては、例えば、乳糖、果糖、ブドウ糖、コーンスターチ、ソルビット、結晶セルロースなどが、崩壊剤としては、例えば澱粉、アルギン酸ナトリウム、ゼラチン、炭酸カルシウム、クエン酸カルシウム、デキストリン、炭酸マグネシウム、合成ケイ酸マグネシウムなどが、結合剤としては、例えばメチルセルロースまたはその塩、エチルセルロース、アラビアゴム、ゼラチン、ヒドロキシ
プロピルセルロース、ポリビニルピロリドンなどが、滑沢剤としては、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ポリエチレングリコール、硬化植物油などが、その他の添加剤としては、シロップ、ワセリン、グリセリン、エタノール、プロピレングリコール、クエン酸、塩化ナトリウム、亜硝酸ソーダ、リン酸ナトリウムなどがそれぞれ挙げられる。
【0024】
医薬組成物または飲食品組成物中のPPARα、PPARβ/δ又はPPARγのリガンドの含量は
、その剤形または飲食品の形態により異なるが、通常全組成物中0.1〜100重量%、好ましくは1〜95重量%程度である。また、投与量は、用法、飲食品の形態、患者の年齢、性別、疾患の相違、症状の程度などを考慮して適宜決定されるが、通常成人1日1人当り1〜400mg、好ましくは5〜200mgであり、これを1日1回または数回に分けて投与すればよい。
【0025】
食品及び飲料は健康食品、特定保健用食品、栄養機能食品、栄養補助食品、サプリメント等を含む。ここで、特定保健用食品とは、食生活において特定の保健の目的で摂取をし、その摂取により当該保健の目的が期待できる旨の表示をする食品をいう。これらの飲料品には、サーカディアンリズム障害を改善するために用いられるものである旨の表示や規則的な睡眠のために用いられるものである旨の表示が付されていてもよい。
【0026】
本発明はさらに、体内時計を制御する体内時計制御剤、及びサーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防剤のスクリーニング方法を包含する。該方法は、候補薬剤をPPARsに作用させて、PPARsの働きにより体内時計が制御されるかどうかを確認することを含む。例えば、Clock変異マウスに候補薬剤を投与し、サーカディアンリズムを測
定し、Clock変異マウスのサーカディアンリズムが正常になった場合に、該候補薬剤を体
内時計を制御する体内時計制御剤、及びサーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防剤として選択することができる。ここで、サーカディアンリズムの測定とは、体内の諸生理機能の中でも睡眠−覚醒、摂食、飲水、体温、内分泌、代謝あるいは免疫機能などの種々の生理現象におけるサーカディアンリズムを測定することをいう。
【実施例】
【0027】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0028】
実施例1 マウスへのベサフィブレート投与
Jcl:ICR系統のマウス(4週齢の雄、日本クレア)にPPARαのリガンドであり高脂血症
治療薬であるベサフィブレート(Sigma社)を通常食(変形AIN-76A 配合、オリエンタル
酵母工業株式会社)に0.5%の割合で混合して与えた。
【0029】
図1にマウスの日周飲水行動を示す。図1aが対照マウス、図1bがベザフィブレート投与マウスの結果である。
【0030】
図1に示すように、マウスを12:12明暗サイクルから恒常的な暗闇(DD)で飼育した。
図1中の太い実線は活性の位相の開始を示す。
【0031】
図2に、対照マウスとベサフィブレートを投与したマウスにおけるベザフィブレート投与2週間後の位相変化を示す。それぞれ、正と負の値は、前進と後退を示す)。データは、平均±SEM(n = 13)で表される。
【0032】
マウスは夜行性で、明暗周期下で飼育すると一日の活動が暗期に集中する。しかしベサフィブレートを投与したマウスでは活動の位相が2週間で徐々に前進し、明期にも活動が見られるようになった。前進した位相は、数日間通常の食餌を与えると元の位相に戻った
。このことは、ベザフィブレートの効果は可逆的であることを示す。
【0033】
実施例2 睡眠相後退症候群(DSPS)モデルマウスへのベサフィブレート投与
睡眠相後退症候群(DSPS)モデルマウス(Clock変異マウス、Jcl/ICR系統)(H. Sei, K. Oishi, Y. Morita et al., Neuroreport 12 (7), 1461 (2001);Y. Wakatsuki, T. Kudo, and S. Shibata, Eur J Neuroscience in press (2007)にベサフィブレート(Sigma社)を通常食(変形AIN-76A 配合、オリエンタル酵母工業株式会社)に0.5%の割合で混合して与えた。図3は、移動活性の位相が3時間前進したことを示す。図4に、ベサフィブレートを投与したClock変異マウスにおけるベザフィブレート投与2週間前及び後の位相
変化を示す。
【0034】
図に示すように活動の位相は睡眠相後退症候群(DSPS)モデルマウスで後退するが、ベサフィブレートを投与することで前進し、正常マウス(Jcl/ICR 系統)と比べてほとんど差がなくなった。
【0035】
これらの本実施例はベザフィブレートがDSPSのようなサーカディアンリズム障害を治療するため有効であり、PPARαがサーカディアンリズムと関連した睡眠障害の新しい薬物ターゲットとなることを示す。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】ベザフィブレートを投与したマウスでのサーカディアンリズムを示す図である。
【図2】対照マウスとベサフィブレートを投与したマウスにおける位相変化を示す図である。
【図3】ベザフィブレートを投与したClock変異マウスでのサーカディアンリズムを示す図である。
【図4】Clock変異マウスにおけるベサフィブレート投与前と投与後の位相の変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PPAR(peroxisome proliferator-activated receptor)のリガンドを有効成分として含む体内時計制御剤。
【請求項2】
体内時計の制御が、睡眠覚醒、体温、自発行動量、糖・脂質代謝、免疫機能、又は薬剤の感受性(薬効および副作用)に関する日内リズムの制御である、請求項1記載の体内時計制御剤。
【請求項3】
PPARのリガンドが、PPARα、PPARβ/δ又はPPARγのリガンドである請求項1又は2に
記載の体内時計制御剤。
【請求項4】
PPARのリガンドがPPARα、PPARβ/δ又はPPARγに対する抗体である請求項1〜3のい
ずれか1項に記載の体内時計制御剤。
【請求項5】
PPARのリガンドがベザフィブレート、フェノフィブレート及びクロフィブレートからなる群から選択されるPPARαのリガンドである請求項1〜3のいずれか1項に記載の体内時計制御剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の体内時計制御剤を含む、サーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防薬。
【請求項7】
サーカディアンリズムの障害に起因した疾患が、睡眠相前進症候群(ASPS)、睡眠相後退症候群(DSPS)、非24時間睡眠相後退症候群、及び季節性鬱病からなる群から選択される請求項6記載のサーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防薬。
【請求項8】
サーカディアンリズムの障害に起因した疾患の治療又は予防剤をスクリーニングする方法であって、Clock変異マウスに候補薬剤を投与し、該マウスのサーカディアンリズムを
測定することを含む方法。
【請求項9】
サーカディアンリズムの障害に起因した疾患が、睡眠相前進症候群(ASPS)、睡眠相後退症候群(DSPS)、非24時間睡眠相後退症候群、及び季節性鬱病からなる群から選択される請求項8記載のスクリーニング法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−247829(P2008−247829A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−91882(P2007−91882)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】