説明

核酸のミスマッチ塩基対検出方法

【課題】 簡便、迅速かつ低コストで核酸のミスマッチ塩基対の検出を行うことができる方法および当該方法を実施する試薬キットを提供する。
【解決手段】 次の一般式(I)
A−L−B ・・・(I)
(式中、Aは正常な塩基対を形成することができないミスマッチ塩基対の片方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Bはミスマッチ塩基対のもう一方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Lは化学構造部分AとBとを結合するリンカー構造を示す。)
で表される構造を有する化合物(ミスマッチ塩基対に結合する化合物)を担体に固定化したカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、ミスマッチを有する二本鎖核酸の分離を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、一本鎖の核酸がハイブリダイズして二本鎖を形成した場合に、正常な塩基対を形成することができないミスマッチ塩基対に結合する化合物を担体に固定化し、アフィニティークロマトグラフィーによりミスマッチを検出する方法および当該方法を実施するための試薬キットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
DNAやRNAなどの核酸(ポリヌクレオチド)がハイブリダイズして二本鎖となる場合には、対をなす塩基が決まっている。例えばDNAでは、グアニン(G)にはシトシン(C)、アデニン(A)にはチミン(T)が対をなす。それゆえ、核酸が二本鎖を形成している状態では、通常は、全ての塩基が上記のような対を形成しているが、状況によっては、当該核酸の塩基配列の一部が、このような対を形成することができない場合がある。
【0003】
例えば、あるDNAと他のDNAをハイブリダイズし得る条件下においた場合に、これらのDNA同士が全く相補的な塩基配列を有するものであれば、全ての塩基において上記のような対が形成される。これに対して、これらDNA同士が、ほぼ完全に相補的な塩基配列を有するものであれば、大部分の塩基はこのような対を形成することができるが、1個または数個の塩基はこのような対を形成することができない。このように、正常な塩基対を形成することができない塩基対のことを、本発明では「ミスマッチ塩基対」または単に「ミスマッチ」と称する。
【0004】
ところで、ヒトゲノムが解読され、ポストゲノムの大きな潮流は遺伝子発現、プロテオームおよび遺伝子多型であると言われている。遺伝子多型の中でも最も注目されているのがSNP(single nucleotide polymorphism=1塩基多型)である。SNPはゲノムDNAの塩基配列上、核酸の変異により個体間で1塩基が異なる現象をいう。
【0005】
薬剤の効果がある患者と効果がない患者とをSNPにより識別できるようになれば、従来のような画一的な投薬を行う必要がなくなる。例えば、抗癌剤の効果が期待できる患者だけに投薬すれば、無駄がなくなるだけでなく、無用な副作用をも抑えることができる。現に欧米の新薬開発においては、薬剤感受性SNPsを臨床データに添付するための臨床試験が進んでいる。したがって、新たなSNPの発見とともに、発見されたSNPを用いて、特定の家系や集団でSNPを解析して遺伝子型を決定する技術(SNPのタイピング)が重要となる。
【0006】
本発明者らはSNPを検出する手段としてミスマッチ塩基対に結合する化合物の開発を行ってきた(特許文献1〜2、非特許文献1〜3参照)。また、これらのミスマッチ塩基対に結合する化合物を用いた電気泳動法(特許文献1)や検出用チップの金属薄膜上にミスマッチ塩基対に結合する化合物を固定化した表面プラズモン共鳴(SPR:surface plasmon resonance)を用いてミスマッチを検出する方法(非特許文献1〜3参照)を提案してきた。
【0007】
しかしながら、本発明者らが開発したミスマッチ塩基対に結合する化合物は特定のミスマッチ塩基対に対して特異性が高く、特異性の低いミスマッチ塩基対を検出することは困難であった。また、上記ミスマッチ塩基対に結合する化合物を用いた電気泳動法やSPR法は、実験準備に非常に手間がかかるという問題があった。
【0008】
一方、SNPを検出する方法は、他にも多数開発されている。具体的には、例えばDNAアレイ、TaqMan−PCR法、Invader法などがある。しかしながら、既知の方法の多くは核酸を化学修飾(蛍光標識等)する必要があり、多大な手間とコストを要するものである。
【特許文献1】特開2001−149096号公報(平成13年6月5日公開)
【特許文献2】特開2003−259899号公報(平成15年9月16日公開)
【非特許文献1】Nakatani, K., Sando, S. and Saito, I. (2001) Nat. Biotechnol., 19, 51-55.
【非特許文献2】Hagihara, S., Kumasawa, H., Goto, Y., Hayashi, G., Kobori, A., Saito, I. and Nakatani, K. (2004) Nucleic Acids Res., 32, 278-286.
【非特許文献3】Kobori, A., Horie, S., Suda, H., Saito, I. and Nakatani, K. (2004) J. Am. Chem. Soc, 126, 557-562.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述のように、本発明者らが開発したミスマッチ塩基対に結合する化合物を用いて電気泳動やSPRによりSNPを検出する方法は、特定のミスマッチに対する特異性が高いため、全てのミスマッチを検出するためには複数のミスマッチ塩基対に結合する化合物を用いなければならないという問題があった。
【0010】
また、他のSNP検出方法の多くは核酸を化学修飾(蛍光標識等)する必要があり、操作が煩雑で、かつ高コストであるため、個人のSNP診断に適用することは非常に困難である。
【0011】
それゆえ、SNP診断に基づくオーダーメイド医療を実現するために、簡便かつ低コストのSNP検出技術の開発が待ち望まれている。
【0012】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、簡便、迅速かつ低コストで核酸のミスマッチ塩基対の検出を行うことができる方法および当該方法を実施する試薬キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、本発明者らが開発したミスマッチ塩基対に結合する化合物を担体に固定化したカラムを用いてアフィニティークロマトグラフィーを行うことにより、ミスマッチ塩基対を有する二本鎖核酸を分離できることを見出し、さらに検討した結果、バッファーの塩濃度を変化させることによりミスマッチ塩基対に結合する化合物との特異性が低いミスマッチをも分離できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明に係る核酸のミスマッチ塩基対検出方法は、二本鎖核酸を含むサンプルから、ミスマッチ塩基対を有する二本鎖核酸の分離を行う分離工程を含んでおり、当該分離工程では、次の一般式(I)
A−L−B ・・・(I)
(式中、Aは正常な塩基対を形成することができないミスマッチ塩基対の片方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Bはミスマッチ塩基対のもう一方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Lは化学構造部分AとBとを結合するリンカー構造を示す。)で表される構造を有する化合物を担体に固定化したカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、二本鎖核酸の分離を行うことを特徴としている。
【0015】
上記一般式(I)で表される構造を有する化合物は、従来表面プラズモン共鳴法に適用できることが報告されていたが、本発明者らの研究によりアフィニティークロマトグラフィーの担体に固定化した場合にもミスマッチ塩基対と相互作用することが初めて明らかとなった。アフィニティークロマトグラフィーは、カラムの作製を含む準備過程および実施過程を通じて煩雑な操作を必要としない。また、核酸サンプルに蛍光標識等の化学修飾を施す必要がない。したがって、本発明の核酸のミスマッチ塩基対検出方法は、従来の方法と比較して迅速性、簡便性およびコストの面で大幅に改善された方法である。
【0016】
上記一般式(I)で表される化合物としては、次に示す一般式群(II)
【0017】
【化3】

【0018】
(式中、RおよびRは水素原子または炭素数1〜5の有機基を示し、RおよびRの有機基では1つ以上の炭素原子が窒素原子および/または酸素原子で置換されていてもよい。Rは炭素数2〜20の有機基を示し、Rの有機基では1つ以上の炭素原子が窒素原子、硫黄原子および/または酸素原子で置換されていてもよい。)
から選択される少なくともいずれかの化合物が用いられることが好ましい。
【0019】
また、上記一般式(I)で表される化合物としては、次に示す一般式群(III)
【0020】
【化4】

【0021】
から選択される少なくともいずれかの化合物が用いられることがさらに好ましい。
【0022】
上記化合物は、いずれもミスマッチ検出能力について検証されており、本発明に好適に用いることができる。
【0023】
上記アフィニティークロマトグラフィーにおける移動相の塩濃度は0.1mM以上500mM以下であることが好ましい。塩濃度が0.1mM未満であればサンプルのハイブリダイゼーションが不完全になる可能性が高く、検出では擬陽性が出やすくなる、500mMを超えると二本鎖核酸の結合が強くなり溶出されにくくなる。当該範囲の中から最適な塩濃度を選択することにより、カラムの担体に固定化されたミスマッチ塩基対に結合する化合物との特異性が低いミスマッチ塩基対をも検出することが可能となる。
【0024】
本発明に係るSNP検出方法は、上記本発明にかかるミスマッチ塩基対検出方法を用いるものであり、二本鎖核酸を含むサンプルを調製するサンプル調製工程を含んでいることが好ましい。当該サンプル調製工程では、標的領域の塩基配列が既知の試料に由来する核酸と未知の試料に由来する核酸とを混合し、当該標的領域を挟むプライマーセットを用いて核酸の増幅を行うことを特徴としている。
【0025】
上記サンプル調製工程においては、1種類のプライマーセットを用いた1回の核酸増幅反応のみでSNPを検出するためのサンプル調製が可能である。すなわち、多数の試薬類を管理する必要がなく、操作も簡便に短時間で行うことができ、標識等の化学修飾を施す必要もない。それゆえ、簡便、迅速かつ低コストでサンプル調製を行うことができる。
【0026】
本発明に係る担体は、次の一般式(I)
A−L−B ・・・(I)
(式中、Aは正常な塩基対を形成することができないミスマッチ塩基対の片方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Bはミスマッチ塩基対のもう一方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Lは化学構造部分AとBとを結合するリンカー構造を示す。)
で表される構造を有する化合物が固定化されていることを特徴としている。
【0027】
上記構成の担体を充填したカラムを用いて、上記本発明に係る核酸のミスマッチ検出方法またはSNP検出方法を実施することができる。
【0028】
本発明に係る試薬キットは、上記本発明に係る核酸のミスマッチ検出方法、または上記本発明に係るSNP検出方法を実施するために用いられるキットであって、少なくとも上記一般式(I)で表される構造を有する化合物を担体に固定化したカラムを含むものであればよい。さらに、本キットには、標的領域を増幅するためのプライマーセットと、標的領域を含み当該領域の塩基配列が確認されている核酸とを含むことが好ましい。
【0029】
上記構成により、キットの使用者はSNPの有無を調べようとする被検サンプルを準備するのみで迅速かつ簡便にSNPの有無を判定することが可能となる。
【発明の効果】
【0030】
本発明に係る核酸のミスマッチ塩基対検出方法は、上記一般式(I)で表される構造を有する化合物を担体に固定化したカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、二本鎖核酸の分離を行うものである。
【0031】
アフィニティークロマトグラフィーは、カラムの作製、準備、実施を通じて煩雑な操作を必要としない。また、核酸サンプルに蛍光標識等の化学修飾を施さなくても検出が可能である。したがって、従来の方法と比較して迅速、簡便かつ低コストで実施することができるという効果を奏する。
【0032】
さらに、本発明に係るミスマッチ塩基対検出方法を用いてSNPを検出する場合、標的領域の塩基配列が既知の試料に由来する核酸と未知の試料に由来する核酸とを混合し、当該標的領域を挟むプライマーセットを用いて核酸の増幅を行うのみでサンプル調製を行うことができる。すなわち、1種類のプライマーセットを用いた1回の核酸増幅反応のみでSNPを検出するためのサンプル調製が可能であるため、多数の試薬やプライマーを管理する必要がなく、操作も簡便に短時間で行うことができ、標識等の化学修飾を施す必要もない。したがって、サンプル調製も迅速、簡便かつ低コストで行うことができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下のとおりである。なお、本発明はこれに限定されるものではない。
【0034】
〔核酸のミスマッチ塩基対検出方法〕
本発明に係る核酸のミスマッチ塩基対検出方法は、二本鎖核酸を含むサンプルから、ミスマッチ塩基対を有する二本鎖核酸の分離を行う分離工程を含んでおり、上記一般式(I)で表される構造を有する化合物を担体に固定化したカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、二本鎖核酸の分離を行うものであればよい。
【0035】
DNAやRNAなどの核酸が二本鎖を形成する場合には、対をなす塩基が決まっている。DNAでは、グアニン(G)にはシトシン(C)、アデニン(A)にはチミン(T)が対をなし、RNAではグアニン(G)にはシトシン(C)、アデニン(A)にはウラシル(U)が対をなす。
【0036】
例えば、ある一本鎖DNAと他の一本鎖DNAをハイブリダイズし得る条件下においた場合に、これらの一本鎖DNA同士が全く相補的な塩基配列を有するものであれば、全ての塩基において上記のような正常な塩基対が形成される。
【0037】
これに対して、2つの一本鎖DNA同士が、ほぼ完全に相補的な塩基配列を有するものであれば、大部分の塩基は正常な塩基対を形成することができるが、1個または数個の塩基は正常な塩基対を形成することができない。「ミスマッチ塩基対」とは、このように正常な塩基対を形成することができない塩基対のことを意味する(以下の説明においては、単に「ミスマッチ」と称する場合がある。)。
【0038】
ここで、上記一般式(I)において、Aは正常な塩基対を形成することができないミスマッチ塩基対の片方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Bはミスマッチ塩基対のもう一方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Lは化学構造部分AとBとを結合するリンカー構造を示すものである。すなわち、上記式(I)の構造を有する化合物は、上述の「ミスマッチ塩基対に結合する化合物」と同義であり、以下の説明においては「ミスマッチ認識分子」と称する。
【0039】
上記一般式(I)で表される化合物は、正常な塩基対を形成することができないミスマッチ塩基対の片方の塩基と対を形成し得る化学構造部分Aと、ミスマッチ塩基対のもう一方の塩基と対を形成し得る化学構造部分Bと、AとBとを結合するリンカー構造部分Lとからなる構造を有するものであればよく、特に限定されるものではない。
【0040】
上記一般式(I)で表される化合物としては、例えば、上記一般式群(II)に示される構造を有する化合物を挙げることができる。ここで、上記一般式群(II)において、RおよびRは水素原子または炭素数1〜5の有機基を示し、RおよびRの有機基では1つ以上の炭素原子が窒素原子および/または酸素原子で置換されていてもよい。Rは炭素数2〜20の有機基を示し、Rの有機基では1つ以上の炭素原子が窒素原子、硫黄原子および/または酸素原子で置換されていてもよい。これらの一般式群から選択される少なくともいずれかの化合物が用いられることが好ましい。
【0041】
本発明者らは、このような構造を有するいくつかのミスマッチ認識分子を開発し発表している(非特許文献1〜3)。これらのミスマッチ認識分子はいずれも本発明に好適に用いることができる。具体的には、例えば上記化合物群(III)のミスマッチ認識分子を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。なお、上記化合物群(III)のミスマッチ認識分子は、上段がナフチリジンダイマー(ND)、中段がナフチリジンアザキノロン(NA)、下段がアミノナフチリジンダイマー(amND)である。これらの化合物群(III)から選択される少なくともいずれかの化合物が用いられることが特に好ましい。
【0042】
上記ミスマッチ認識分子を固定化する担体は特に限定されるものではなく、公知のアフィニティークロマトグラフィー用担体を好適に用いることができる。例えば、本発明者らは、市販のHiTrap NHS-activated HP カラム(Amersham Biosciences)を用いている。
【0043】
上記HiTrap NHS-activated HP カラムの担体にミスマッチ認識分子を固定化する場合、担体とリガンドはアミノ基を介して結合するので、アミノ基を有するリンカーをミスマッチ認識分子に付加すればよい。例えば、本発明者らは上記ナフチリジンダイマー(ND)に次に示すようなリンカーを付加して担体に結合させている。
【0044】
【化5】

【0045】
また、担体にミスマッチ認識分子を固定化する方法は、選択した担体に応じて公知の方法を適用すればよい。なお、担体に固定化するミスマッチ認識分子は1種類に限定されるものではなく、2種類以上のミスマッチ認識分子が固定化された担体を用いてもよい。
【0046】
ミスマッチ認識分子が固定化された担体を充填するカラムは特に限定されるものではない。素材、容量、径、長さなどは目的に応じて適宜選択すればよい。なお、上記HiTrap NHS-activated HP カラムのように、担体がカラムに充填された状態で市販されているものを用いてもよい。
【0047】
上記のように作製したカラムには流路を接続することが好ましい。また、流速を一定に保つためのポンプ、溶出した核酸を検出するための検出器を流路の適切な位置に接続することがより好ましい。例えばAKTAexplorer system (Amersham Biosciences)のようなクロマトグラフィーシステムにカラムを取り付けて使用してもよい。検出器は核酸を検出できるものであれば特に限定されるものではない。例えばUV検出器を挙げることができる。UV検出器は、核酸に標識等の化学修飾を施さなくても検出できるため、本発明には好適である。ただし、流路の接続、ポンプや検出器の接続は任意であり、必須事項ではない。
【0048】
分析対象サンプルは二本鎖の核酸である。二本鎖の核酸であれば、二本鎖DNA、DNAとRNAとのハイブリッドであってもよい。二本鎖の核酸中にミスマッチがあれば、カラムの担体に固定化されたミスマッチ認識分子がミスマッチ塩基と結合するため保持時間(リテンションタイム)が長くなり、ミスマッチの有無を検出することができる。
【0049】
サンプルの二本鎖核酸は適当な塩濃度の緩衝液(ランニングバッファー)に溶解(懸濁)してカラムに流せばよい。ランニングバッファーとしては、例えばリン酸バッファーを用いることができる。また、ミスマッチ認識分子に保持された核酸を溶出するためには、適当な溶出緩衝液(エリューションバッファー)に切替えればよい。エリューションバッファーとしては、例えばアルカリ溶液(NaOH溶液)を用いることができる。
【0050】
本発明におけるアフィニティークロマトグラフィーの移動相の塩濃度は、0.1mM以上500mM以下であることが好ましい。より好ましくは10mM以上100mM以下である。移動相とは担体(固定相)の間を流れる溶媒を意味し、上記ランニングバッファーおよびエリューションバッファーが該当する。移動相に用いる塩としては、アルカリ金属のハロゲン化物が好ましく、アルカリ金属の塩化物がより好ましい。具体的にはNaCl、KCl等を挙げることができる。
【0051】
ここで、本発明者らは、ランニングバッファーおよびエリューションバッファーの塩濃度がミスマッチ塩基対とカラムの担体に固定化されたミスマッチ認識分子との結合に影響を及ぼすことに気づいた。すなわち、塩濃度を変化させれば、ミスマッチ認識分子との特異性が低いため検出が困難であったミスマッチ塩基対もリテンションタイムが長くなり、検出可能となることを見出した。
【0052】
具体的実験データは後述の実施例で示すが、上記ナフチリジンダイマー(ND)を固定化したカラムを用いた場合、バッファーの塩濃度を100mMにすれば、従来のSPR法にNDを適用した場合と同様に、G−GミスマッチおよびG−Aミスマッチのみが分離可能であった。しかしながら、バッファーの塩濃度を20mMにすれば、上記2種類のミスマッチ以外にC−C、G−TおよびT−Cミスマッチが分離可能となった。
【0053】
通常、核酸同士のハイブリダイゼーションの場合、塩濃度が高いとハイブリダイゼーションしやすくなる。すなわち、相補性の低い核酸同士であっても二本鎖を形成できるようになる。一方、塩濃度が低いと相補性の高い核酸同士でなければ二本鎖を形成できない。
【0054】
上記核酸同士のハイブリダイゼーションにおける塩濃度の影響を考慮すれば、ミスマッチ認識分子との特異性が低いミスマッチ塩基対は、塩濃度が高いほうがミスマッチ認識分子と結合しやすくなるものと予想される。しかし、実際には予想に反して、塩濃度を低くしたほうがミスマッチ認識分子は当該分子と特異性の低いミスマッチ塩基対を長時間保持できることが明らかとなった。
【0055】
このように、本発明に係る核酸のミスマッチ塩基対検出方法は、アフィニティークロマトグラフィーにおける移動相の塩濃度を最適化することにより、従来のSPR法等では検出が困難であった、ミスマッチ認識分子との特異性が低いミスマッチ塩基対も分離可能である点に顕著な特徴がある。
【0056】
なお、ミスマッチ認識分子との特異性が低いミスマッチ塩基対も分離可能となる最適な塩濃度は、用いるミスマッチ認識分子、それを固定化する担体、カラムの形状や大きさ、検出対象の二本鎖核酸のサイズ等により異なる。したがって、作製したカラムと検出対象核酸ごとに最適な塩濃度を決定することが好ましい。
【0057】
〔SNP検出方法〕
本発明に係るSNP検出方法は、上記本発明に係る核酸のミスマッチ塩基対検出方法用いるものであればよい。すなわち、上記一般式(I)で表される構造を有する化合物を担体に固定化したカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、二本鎖核酸の分離を行う分離工程を有するものであればよく、さらに、サンプル調製工程を含んでいることが好ましい。なお、分離工程については既に詳細に説明したので重複する説明は省略する。
【0058】
サンプル調製工程においては、標的領域の塩基配列が既知の試料に由来する核酸と未知の試料に由来する核酸とを混合し、当該標的領域を挟むプライマーセットを用いて核酸の増幅を行うことが好ましい。
【0059】
標的領域とは検出しようとする目的のSNPを含む領域を意味し、塩基配列が既知とはSNP部位の塩基を含んで当該領域の塩基配列が既に明らかとなっていることを意味する。塩基配列が明らかとなっている領域の範囲は、当該領域を増幅できるようなプライマーセットが設計可能な範囲であれば特に限定されるものではない。当該標的領域の塩基配列が既知の試料に由来する核酸は、SNP部位について、いわゆる正常な遺伝子型である野生型の塩基配列を有するものでもよく、上記正常な遺伝子型と異なる変異型の塩基配列を有するものでもでもよい。
【0060】
一方、標的領域の塩基配列が未知とは、SNP部位の塩基が未知であることを意味する。ここで、上記既知試料と未知試料とは同一種の試料であることはいうまでもないので、標的領域の塩基配列が未知の試料におけるSNP部位の塩基以外の塩基配列は、既知の試料の塩基配列と同一であることが前提である。
【0061】
試料は、核酸を含むものであれば特に限定されることはない。例えば、血液、リンパ液、鼻水、喀痰、尿、糞便、腹水等の体液類、皮膚、粘膜、各種臓器、骨等の組織、鼻腔、気管支、皮膚、各種臓器、骨等を洗浄した後の洗浄液を挙げることができる。
【0062】
上記試料に由来する核酸は特に限定されるものではなく、DNAでもRNAでもよい。DNAとしてはゲノムDNA、cDNAなどを挙げることができる。RNAとしては、mRNA、rDNA、tRNAなどを挙げることができる。RNAの場合には、逆転写反応によりDNAとして用いることが好ましい。
【0063】
当該標的領域を挟むプライマーセットは、標的領域の塩基配列が既知の試料の塩基配列に基づいて、目的のSNP部位の上流側および下流側にそれぞれプライマーを設計し、それらを組み合わせればよい。プライマーの設計については公知の設計手法に基づいて設計すればよい。配列特異性が高く、増幅反応において非特異的な増幅産物が生じないプライマーが好ましい。
【0064】
核酸の増幅方法は特に限定されるものではなく、公知の核酸増幅方法から適宜選択して用いればよい。具体的には、例えば、PCR法、Nested−PCR法、RT−PCR法、ICAN法、UCAN法、LAMP法、プライマーエクステンション法、転写(トランスクリプション)、複製(レプリケーション)等を挙げることができる。中でもPCR法が、本SNP検出方法に用いる増幅方法として好適である。
【0065】
上記サンプル調製工程においては、1種類のプライマーセットを用いた1回の核酸増幅反応のみでSNPを検出するためのサンプル調製が可能であるため、多数の試薬やプライマーを管理する必要がなく、操作も簡便に短時間で行うことができ、標識等の化学修飾を施す必要もない。ただし、増幅される核酸に標識等の化学修飾を施すものであってもよく、この場合は、標識したプライマーを用いることにより、または増幅反応の基質となるヌクレオチドに標識したものを用いることにより行うことができる。
【0066】
以下に、サンプル調製工程および分離工程の一例を具体的に説明するが、これに限定されるものではない。
【0067】
例えば、ある薬剤の有効性に関連するSNPが明らかになっており、当該薬剤が有効な集団は当該SNP部位の塩基がG(相補鎖はC)であり、当該薬剤が有効でない集団は当該SNP部位の塩基がA(相補鎖はT)である。
【0068】
まず、標的領域の塩基配列が既知の試料として、ある薬剤が有効な集団に属する患者の血液を用いる。当該試料のSNP部位の塩基対はG−Cである。標的領域の塩基配列が未知の試料は、当該SNP部位の遺伝子型を調べようとする対象の患者の血液である。この患者の当該SNP部位の塩基対はG−CまたはA−Tのいずれかである。
【0069】
血液からゲノムDNAを抽出する。ゲノムDNA抽出の方法は特に限定されるものではなく、公知の方法を適宜選択して用いればよい。例えば、市販のゲノムDNA抽出キット等を用いれば、簡便に行うことができる。また、用いる既知試料について、既に抽出済みのゲノムDNAが保存されている場合には保存DNAを用いればよく、新たにDNAを抽出する必要はない。
【0070】
次に、既知試料および未知試料から抽出したゲノムDNAを混合する。ここで、それぞれのDNA濃度を測定し、等量のDNAを混合することが好ましい。核酸増幅により増幅産物の偏りを生じ難くするためである。
【0071】
この混合したDNAを鋳型としてPCRを行う。プライマーは目的のSNP部位を含む断片が増幅されるように設計されたものであればよい。増幅産物の大きさは特に限定されるものではないが、大きすぎると目的としないSNPを含む場合が生じるため、目的以外のSNPが含まれないような大きさとすることが好ましい。
【0072】
PCR終了後、PCR反応液から残余のプライマー、dNTP、DNAポリメラーゼ等を除き、増幅産物のみを精製する。精製方法は特に限定されるものではなく、市販の精製キット等を用いればよい。得られた、増幅産物を熱処理し一旦一本鎖DNAとした後、温度を下げて各一本鎖DNAをハイブリダイズさせる。なお、この操作は精製前に行ってもよく、精製後に行ってもよい。
【0073】
その結果、未知試料のSNP部位の塩基対が、既知試料と同じくG−Cであれば、増幅産物のSNP部位の塩基は一方がG、他方がCであるため、全ての二本鎖DNAはミスマッチのない二本鎖DNAとなる。
【0074】
一方、未知試料のSNP部位の塩基対が、A−Tであれば、既知試料を鋳型とした増幅産物のSNP部位の塩基は一方がG、他方がCとなり、未知試料を鋳型とした増幅産物のSNP部位の塩基は一方がA、他方がTとなる。SNP以外の塩基配列は既知試料および未知試料とも同一であるため、これらがランダムにハイブリダイズするとSNP部位にミスマッチのない(G−CまたはA−T)二本鎖DNAと、SNP部位にミスマッチを有する(G−TまたはA−C)二本鎖DNAとが等しい確率で生じることになる。
【0075】
以上のサンプル調製工程で調製したサンプルを適当な塩濃度のランニングバッファーに溶解し、ミスマッチ認識分子を担体に固定化したカラムに流すことにより、SNPの有無を検出することができる。すなわち、既知サンプルと比較して、標的部位にSNPのない未知試料を用いた場合は全ての塩基対においてミスマッチのない(以下「フルマッチ」と称する場合がある。)二本鎖塩基対のみがサンプルに含まれるためミスマッチは分離されない。一方、既知サンプルと比較して、標的部位にSNPを有する未知試料を用いた場合は、2種類のフルマッチDNAと2種類のミスマッチDNAとがサンプルに含まれる。したがって、2種類のミスマッチが検出された場合に、当該未知試料はSNPを有する試料であると判定することができる。
【0076】
以上のように、本発明に係るSNP検出方法は、既知のSNP検出方法と比較して簡便、迅速かつ低コストで実施できるものである。したがって、個人のSNP診断に非常に適した方法である。
【0077】
〔担体〕
本発明に係る担体は、上記一般式(I)で表される構造を有する化合物が固定化されているものであればよい。
【0078】
上記一般式(I)で表される化合物は、正常な塩基対を形成することができないミスマッチ塩基対の片方の塩基と対を形成し得る化学構造部分Aと、ミスマッチ塩基対のもう一方の塩基と対を形成し得る化学構造部分Bと、AとBとを結合するリンカー構造部分Lとからなる構造を有するものであればよく、特に限定されるものではない。
【0079】
上記一般式(I)で表される化合物としては、例えば、上記一般式群(II)に示される構造を有する化合物を挙げることができる。ここで、上記一般式群(II)において、RおよびRは水素原子または炭素数1〜5の有機基を示し、RおよびRの有機基では1つ以上の炭素原子が窒素原子および/または酸素原子で置換されていてもよい。Rは炭素数2〜20の有機基を示し、Rの有機基では1つ以上の炭素原子が窒素原子、硫黄原子および/または酸素原子で置換されていてもよい。これらの一般式群から選択される少なくともいずれかの化合物が固定化されていることが好ましい。
【0080】
より具体的には、上記化合物群(III)のミスマッチ認識分子を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。なお、上記化合物群(III)のミスマッチ認識分子は、上段がナフチリジンダイマー(ND)、中段がナフチリジンアザキノロン(NA)、下段がアミノナフチリジンダイマー(amND)である。これらの化合物群(III)から選択される少なくともいずれかの化合物が固定化されていることが特に好ましい。
【0081】
上記化合物を固定化する担体は特に限定されるものではなく、公知の担体を好適に使用することができる。具体的には、例えば、アガロース、ポリスチレン、ポリアクリルアミド等を挙げることができる。
【0082】
また、担体にミスマッチ認識分子を固定化する方法は、選択した担体に応じて公知の方法を適用すればよい。なお、担体に固定化するミスマッチ認識分子は1種類に限定されるものではなく、2種類以上のミスマッチ認識分子が固定化された担体を用いてもよい。
【0083】
本発明に係る担体は、クロマトグラフィー用担体として好適である。なかでも、アフィニティークロマトグラフィー用担体として用いること特に好ましい。本発明に係る担体を充填したカラムを用いて、上記本発明に係る核酸のミスマッチ検出方法またはSNP検出方法を実施することができる。
【0084】
〔試薬キット〕
本発明に係る試薬キットは、上記本発明に係る核酸のミスマッチ検出方法またはSNP検出方法を実施するために用いられるキットであって、少なくとも上記一般式(I)で表される構造を有する化合物を担体に固定化したカラムを含むものであればよい。これにより、本キットの使用者はミスマッチ認識分子を固定化した担体が充填されたカラムを作製する手間を省略することができ、より簡便かつ迅速に本発明の方法を実施することができる。
【0085】
なお、標的のSNPを特定したキットとする場合には、標的領域を増幅するためのプライマーセットと、標的領域を含み当該領域の塩基配列が確認されている核酸とを含むことが好ましい。これらを含むキットとすることで、本キットの使用者は、被検試料を準備するのみでより簡便かつ迅速にSNPの検出を行うことが可能となる。
【0086】
なお、キットにより検出しようとするSNPは1種類に限定されるものではなく、目的の表現型に関連する複数のSNPを検出するためのキットとしてもよい。この場合、標的領域を増幅するためのプライマーセットおよび標的領域を含み当該領域の塩基配列が確認されている核酸は検出対象とするSNPの数に対応して数をキットの構成とすればよい。
【0087】
標的領域を含み当該領域の塩基配列が確認されている核酸の形態は、断片としてもよく、プラスミド等のベクターに挿入したものでもよい。
【0088】
キットの構成としては上記挙げたものに限定されるものではなく、他の試薬や器具を含むものとしてもよい。例えば、PCR関連試薬・器具(DNAポリメラーゼ、dNTP、PCR用バッファー、PCR用チューブ等)、増幅核酸精製用試薬・器具、アフィニティークロマトグラフィー用ランニングバッファー、エリューションバッファー等を挙げることができる。
【0089】
なお本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0090】
以下、本発明について実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0091】
〔ミスマッチ認識分子〕
上記化合物群(II)のナフチリジンダイマー(ND)、ナフチリジンアザキノロン(NA)およびアミノナフチリジンダイマー(amND)を用いた。
【0092】
〔カラムの作製〕
上記ミスマッチ認識分子に短いアミンのリンカーを反応させた。
【0093】
その後、HiTrap NHS-activated HP カラム(Amersham Biosciences)に、上記リンカーを付着させたミスマッチ認識分子を固定化した。カラムへの固定化は、HiTrap NHS-activated HP カラムの取り扱い説明書の記載に従って行った。
【0094】
作製したカラムは、AKTAexplorer system (Amersham Biosciences)に取り付け、以下の実験を行った。
【0095】
〔実施例1:ND固定化カラムおよびNA固定化カラムを用いたミスマッチの検出〕
下記の塩基配列において、(X,Y)が(G,G)、(G,A)、(G,T)、(G,C)、(A,A)、(A,T)、(A,C)、(T,T)、(T,C)および(C,C)からなる10種類のDNAを用いた。
5’-CTAACXGAATGTTTTCATTCYGTTAG-3’(配列番号1)
上記配列からなるDNAは、図1に示すようにヘアピン構造の二本鎖DNAとなる。なお、配列表においては、XおよびYはともに、「A」又は「C」又は「G」又は「T」を意味する記号「n」で表す。
【0096】
上記各DNAをそれぞれ5μMの濃度でランニングバッファー(100 mM NaCl、10 mM Na phosphate pH = 7.0)に溶解し、10種類のサンプル溶液を調製した。
【0097】
上記サンプル溶液を流速1.0mL/min で3分間カラムに流した。その後、エリューションバッファー(100 mM NaCl、50 mM NaOH)を加えてアルカリ濃度を順次上げることにより保持されたDNAを溶出した。すなわち、3〜4分をエリューションバッファー濃度0%〜10%、4分〜14分をエリューションバッファー濃度10%〜35%、14分〜16分をエリューションバッファー濃度35%〜50%のグラジエントとした。流速は1.0mL/min とした。溶出したDNAは波長260nmの吸光度を測定して検出した。
【0098】
ND固定化カラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーの結果を図2(A)に示し、NA固定化カラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーの結果を図2(B)に示した。なお、10種類のDNAはそれぞれ別個にアフィニティークロマトグラフィーに供したが、図2(A)および図2(B)では10種類全ての結果を1つの図に表した。また、リテンションタイム(tR:retention time)および各DNAのピークの半値幅(W1/2:half width)を表1にまとめた。
【0099】
【表1】

【0100】
ND固定化カラムにおいては、図2(a)および表1から明らかなように、G−GミスマッチDNAおよびG−AミスマッチDNAが強く保持され、エリューションバッファーを流すことにより溶出した。他のミスマッチDNAおよびフルマッチDNA(G−CおよびA−T)はランニングバッファーにより溶出した。
【0101】
しかしながら、C−C、G−TおよびT−CミスマッチDNAのリテンションタイム(1.32分〜1.84分)は、フルマッチDNAのリテンションタイム(1.15分〜1.17分)と明らかに異なっており、また、C−C、G−TおよびT−CミスマッチDNAの半値幅(0.44分〜0.87分)は、フルマッチDNAの半値幅(0.35分)より広がっていた。これらの結果は、担体に固定化されたNDの表面とDNA間の弱い相互作用によりこれらのミスマッチDNAが分離されたことを示唆するものである。
【0102】
NA固定化カラムにおいては、図2(b)および表1から明らかなように、A−A、G−A、G−GおよびA−CミスマッチDNAはNA表面に保持され、他のミスマッチDNAおよびフルマッチはランニングバッファーにより溶出した。しかし、ランニングバッファーにより溶出したミスマッチDNAのリテンションタイム(1.33分〜1.78分)は、フルマッチのリテンションタイム(1.22分〜1.28分)より長かった。
【0103】
これらのアフィニティークロマトグラフィーの結果は、ミスマッチ認識分子を固定化したカラムが、固定化されたミスマッチ認識分子と強く結合するミスマッチDNAのみでなく、弱く結合するミスマッチDNAの分離にも利用できることを示唆するものである。
【0104】
なお、ミスマッチ認識分子とミスマッチDNAとの結合に関する基礎データとして、下記の塩基配列を有するDNAからなる二本鎖DNAにおいて、ミスマッチ認識分子(NDまたはNA)が存在する場合の融解温度と、存在しない場合との融解温度とを測定し、その差(ΔTm)を求めた(表1参照)。
5’-CTAACXGAATG-3’(配列番号2)
5’-CATTCYGTTAG-3’(配列番号3)
当該二本鎖DNAは、上記アフィニティークロマトグラフィーの検出対象としたヘアピン構造を有するDNAのループ部分(TTTT)を除いたものであり、XとYとの組み合わせは、上記の組み合わせと同じである。
【0105】
ここで、ミスマッチ認識分子が二本鎖DNAのミスマッチ部分に結合し、二本鎖が強く安定するほど融解温度が高くなるため、ミスマッチ分子が存在しない場合の融解温度との差が大きくなる。
【0106】
表1に示したΔTmの数値から明らかなように、NDはG−Gミスマッチのみでなく、G−A、G−TおよびC−Cミスマッチとも弱く結合する。一方、NAはA−AおよびG−Aミスマッチのみでなく、G−G、A−CおよびC−Cミスマッチ弱く結合する。この
ΔTmの順序は、ミスマッチ認識分子固定化カラムにおけるミスマッチDNAの移動度の順序とよく一致している。
【0107】
〔実施例2:amND固定化カラムを用いたミスマッチの検出〕
下記の3種類のDNAを合成した。
5’-GTTACAGAATCTCCGAAGCCTAATACG-3’(配列番号4)
5’-CGTATTAGGCTTCGGAGATTCTGTAAC-3’(配列番号5)
5’-CGTATTAGGCTTCCGAGATTCTGTAAC-3’(配列番号6)
上記配列番号4および配列番号5のDNAのハイブリダイゼーションによりフルマッチの二本鎖DNAを調製し、上記配列番号4および配列番号6のDNAのハイブリダイゼーションによりC−Cミスマッチの二本鎖DNAを調製した。フルマッチDNA、C−CミスマッチDNAおよびフルマッチDNAとC−CミスマッチDNAとを1:1の割合で混合したDNAをそれぞれ200μMの濃度でランニングバッファー(100 mM NaCl、10 mM Na phosphate pH = 7.0)に溶解し、3種類のサンプル溶液を調製した。
【0108】
アフィニティークロマトグラフィーの条件は上記実施例1に記載の条件と同一である。
【0109】
結果を図5に示した。図3(A)はフルマッチDNAの結果を示し、図3(B)はC−CミスマッチDNAの結果を示し、図3(C)は両者を混合したサンプルの結果を示している。図3(A)〜(C)から明らかなように、amNDカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーによりフルマッチDNAとC−CミスマッチDNAとを分離することができた。
【0110】
〔実施例3:バッファーの塩濃度の検討〕
上記実施例1および実施例2ではバッファー(ランニングバッファーおよびエリューションバッファー)の塩濃度(NaCl濃度)を100 mMとしたが、塩濃度を変化させることによりミスマッチDNAの分離に何らかの変化が生じるか否かについて検討した。
【0111】
バッファー(ランニングバッファーおよびエリューションバッファー)のNaCl濃度を50mMおよび20mMとしてアフィニティークロマトグラフィーを実施した。すなわち、ランニングバッファーおよびエリューションバッファーのNaCl濃度を50mMまたは20mMに変更した以外は、上記実施例1と同一のDNAサンプルを用い、同一の手順で行った。なお、カラムはND固定化カラムのみを用いた。
【0112】
NaCl濃度を50mMとした場合の結果を図4に示した。G−GおよびG−A以外のミスマッチDNAのリテンションタイムが長くなる傾向が認められた。
【0113】
NaCl濃度を20mMとした場合の結果を図5に示した。既に分離可能であったG−GおよびG−AミスマッチDNAに加えて、C−C、G−TおよびT−CミスマッチDNAが強く保持され、分離可能となった。
【0114】
以上の結果より、ミスマッチ認識分子を担体に固定化したカラムを用いてアフィニティークロマトグラフィーを行うことにより、ミスマッチを有する二本鎖DNAを簡便かつ迅速に分離できることが示された。また、従来ミスマッチ認識分子を検出用チップの金属薄膜上にミスマッチ認識分子を固定化した表面プラズモン共鳴法では、ミスマッチ認識分子と特異性の低いミスマッチの検出が困難であったが、本発明の方法ではミスマッチ認識分子と特異性の低いミスマッチも検出可能となることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0115】
以上のように、本発明は、SNPの検出を簡便、迅速かつ低コストで実施できる方法およびキットを提供するものである。したがって、個人のSNP情報を応用した医薬品の開発を目指す医薬品産業やSNPを利用した個人認証等に利用化のであり、その他の様々な分野におけるSNPの検出に利用可能である。特に、個人のSNP診断に非常に適した方法であり、オーダーメイド医療の実現に大きく貢献できると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0116】
【図1】0 実施例1および実施例3で使用したヘアピン構造の二本鎖DNAを示す図である。
【図2】図2(A)はND固定化カラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーの結果を示す図であり、図2(B)はNA固定化カラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図3】図3(A)はamND固定化カラムを用いたフルマッチDNAのアフィニティークロマトグラフィーの結果を示す図であり、図3(B)はamND固定化カラムを用いたC−CミスマッチDNAのアフィニティークロマトグラフィーの結果を示す図であり、図3(C)はamND固定化カラムを用いたフルマッチDNAとC−CミスマッチDNAとの混合サンプルのアフィニティークロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図4】バッファーのNaCl濃度を50mMとした場合のND固定化カラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図5】バッファーのNaCl濃度を20mMとした場合のND固定化カラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーの結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二本鎖核酸を含むサンプルから、ミスマッチ塩基対を有する二本鎖核酸の分離を行う分離工程を含んでおり、
当該分離工程では、次の一般式(I)
A−L−B ・・・(I)
(式中、Aは正常な塩基対を形成することができないミスマッチ塩基対の片方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Bはミスマッチ塩基対のもう一方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Lは化学構造部分AとBとを結合するリンカー構造を示す。)
で表される構造を有する化合物を担体に固定化したカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、二本鎖核酸の分離を行うことを特徴とする核酸のミスマッチ塩基対検出方法。
【請求項2】
上記一般式(I)で表される化合物として、次に示す一般式群(II)
【化1】

(式中、RおよびRは水素原子または炭素数1〜5の有機基を示し、RおよびRの有機基では1つ以上の炭素原子が窒素原子および/または酸素原子で置換されていてもよい。Rは炭素数2〜20の有機基を示し、Rの有機基では1つ以上の炭素原子が窒素原子、硫黄原子および/または酸素原子で置換されていてもよい。)
から選択される少なくともいずれかの化合物が用いられることを特徴とする請求項1に記載の核酸のミスマッチ塩基対検出方法。
【請求項3】
上記一般式(I)で表される化合物として、次に示す化合物群(III)
【化2】

から選択される少なくともいずれかの化合物が用いられることを特徴とする請求項1または2に記載の核酸のミスマッチ塩基対検出方法。
【請求項4】
上記アフィニティークロマトグラフィーにおける移動相の塩濃度が0.1mM以上500mM以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の核酸のミスマッチ塩基対検出方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の核酸のミスマッチ塩基対検出方法を用いることを特徴とするSNP検出方法。
【請求項6】
二本鎖核酸を含むサンプルを調製するサンプル調製工程を含んでいることを特徴とする請求項5に記載のSNP検出方法。
【請求項7】
上記サンプル調製工程では、標的領域の塩基配列が既知の試料に由来する核酸と未知の試料に由来する核酸とを混合し、当該標的領域を挟むプライマーセットを用いて核酸の増幅を行うことを特徴とする請求項6に記載のSNP検出方法。
【請求項8】
次の一般式(I)
A−L−B ・・・(I)
(式中、Aは正常な塩基対を形成することができないミスマッチ塩基対の片方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Bはミスマッチ塩基対のもう一方の塩基と対を形成し得る化学構造部分、Lは化学構造部分AとBとを結合するリンカー構造を示す。)
で表される構造を有する化合物が固定化されていることを特徴とする担体。
【請求項9】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の核酸のミスマッチ検出方法、または請求項5ないし7のいずれか1項に記載のSNP検出方法を実施するために用いられるキットであって、少なくとも上記一般式(I)で表される構造を有する化合物を担体に固定化したカラムを含むことを特徴とする試薬キット。
【請求項10】
さらに、標的領域を増幅するためのプライマーセットと、標的領域を含み当該領域の塩基配列が確認されている核酸とを含むことを特徴とする請求項9に記載の試薬キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−94725(P2006−94725A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−282236(P2004−282236)
【出願日】平成16年9月28日(2004.9.28)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】