説明

楽器

【課題】木材資源を無駄にすることなく低コストでの提供が可能であり、音響特性に優れ、しかも十分な強度を有する楽器を提供すること。
【解決手段】原材(10)より製造され、かつ少なくとも一箇所の湾曲部を有する長尺状のネック4を備えて構成された楽器(ハープ)1において、ネック4は、原材(10)を削り取って目標とする形状に対応するブランク材(12)を、ブランク材(12)の少なくとも湾曲部の各々において木材繊維がブランク材(12)の長手方向につながった態様で作成し、ブランク材(12)を大気よりも高温高圧の水蒸気雰囲気中で軟化させ、軟化させたブランク材(12)を一対の金型の間に配置して一方の金型を他方に向けて相対的に移動させることにより、ブランク材(12)を圧縮させて成るものである。特に、ブランク材(12)は、原材(10)に曲げ加工を施して成る迂曲原材(11)を削り取って作成したものであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばハープのネック等のように湾曲部を有する長尺状の部材(以下、長尺状部材ともいう)を備えて構成されたハープ等の楽器の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ギターやバイオリン、ハープなどの絃楽器に使用される木材としては、音響的特性により比較的密度の高いもの(マホガニーやメイプル)の単板が好まれている。しかしながら、これら木材の資源は有限であり、また森林伐採等による環境問題等々もあることから、そのような比較的密度の高い木材の供給量には制限がある。
【0003】
一方、音響特性の向上のために、複数本の木材単板を貼り合わせた集成材をギターやバイオリン、三味線などの絃楽器に用いることも提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特許第2628043号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の楽器を構成する部材は、いずれも木材からの削り出しによって形成されているが、ギターやバイオリンのネック、および三味線の棹などは湾曲部を有するため、木材からの削り出しをどのように行っても、少なくとも湾曲部では木材繊維が切断され、木材繊維の断面が露出することは免れない。この結果、木材繊維の切断は部材の強度低下をもたらし、木材繊維の断面の露出は吸湿による音響特性の変化という問題を生じさせる。特に、ハープ等のように湾曲部を複数箇所有する複雑な三次元形状(ハーモニック・カーブと称される)のネック(長尺状部材)を備えている楽器においては、木材繊維をたとえ一本であってもネックの長手方向の一端から他端までつながった態様で作成することは困難であり、かかる問題は深刻である。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みて、木材資源を無駄にすることなく低コストでの提供が可能であり、音響特性に優れ、しかも十分な強度を有する楽器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明の一態様に係る楽器は、木材より製造され、かつ少なくとも一箇所の湾曲部を有する長尺状の部材を備えて構成された楽器において、前記長尺状の部材は、原材を削り取って目標とする形状に対応するブランク材を、該ブランク材の少なくとも前記湾曲部の各々において木材繊維が前記ブランク材の長手方向につながった態様で作成し、前記ブランク材を大気よりも高温高圧の水蒸気雰囲気中で圧縮させて成ることを特徴とする。
【0008】
また、上記発明において、前記ブランク材を、前記木材繊維が前記ブランク材の長手方向の一端から他端までつながった態様で作成したとしてもよい。
【0009】
また、上記発明において、前記ブランク材は、原材に曲げ加工を施した後に該原材を削り取って作成したものであるとしてもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、長尺状の部材は、原材を削り取って目標とする形状に対応するブランク材を、該ブランク材の少なくとも湾曲部の各々において木材繊維が前記ブランク材の長手方向につながった態様で作成し、前記ブランク材を大気よりも高温高圧の水蒸気雰囲気中で圧縮させて成るので、比較的強度が弱くなりがちな湾曲部の強度の向上を図ることができ、また長手方向に亘って圧縮率を略均一なものとすることができる。また、木材として種々のものを用いることができ、木材資源を無駄にすることなく低コストでの提供が可能である。従って、当該長尺状の部材を備えた楽器は、木材資源を無駄にすることなく低コストでの提供が可能であり、音響特性に優れ、しかも十分な強度を有するものになるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に添付図面を参照して、本発明に係る楽器の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0012】
図1は、本発明の実施の形態における楽器を示す斜視図である。ここに例示する楽器1は、ハープであり、支柱2、共鳴胴3およびネック4を備えて構成してある。支柱2は、図中において上下方向に沿って延在する柱状体であり、台座5に立設してある。共鳴胴3は、基端が台座5に設けてあり、先端に向かうにつれて支柱2から離間する態様で斜め上方に向けて延在している。共鳴胴3は、先端から基端に向けて漸次太くなる形状を有し、図には明示しないが、半月状の断面を有した空洞が形成してある。ネック4は、支柱2の上端部と、共鳴胴3の先端部とを接続する態様で延在し、一部に湾曲した部位を有する長尺状の部材である。これら支柱2、共鳴胴3およびネック4によりハープの枠体を構成している。図中、符号6は絃であり、ナイロン線またはガット線により構成されている。また符号7は、ペダルである。
【0013】
このような楽器1を構成するネック4は、次のようにして製造されたものである。図2は、ネック4を製造する過程の概要を示すフローチャートである。かかる図を参照しながら説明する。
【0014】
まず加工対象の木材である原材10(図3参照)に曲げを加える(ステップS101)。図3は、加工対象の原材を示す斜視図であり、図4は、図3に示す原材に曲げを加える工程を模式的に示す模式図である。この原材10は、原木である丸太材から切り出した無圧縮状態の角柱状の木材であり、端面には年輪10aが形成されている。このような原材10では、木材繊維がその長手方向(図中、矢印L方向)に一端から他端までつながった態様で延在している。ここで、原材10としては特に限定されるものではないが、例えばヒノキ、ヒバ、スギ、桐、松、桜、欅、黒壇、竹、チークまたはローズウッド等を用いることができる。どのような原材10を用いるかは完成品である支持部材4に要求される強度または美観等の各種条件を考慮して決定すれば良い。
【0015】
そのような原材10を高温かつ湿潤状態に置いて、金型等を利用して曲げを加える。より詳細には、80〜100℃の水蒸気を20〜80分間吹き付けた原材10に対して曲げを加える。尚、水蒸気の温度や吹き付け時間は、原材10の種類、大きさ、形状、曲げを加える方向等を考慮して定めればよい。このようにして曲げを加えることにより、原材10の両端近傍付近の二箇所を湾曲させた迂曲原材11を得ることができる。このようにして得られた迂曲原材11は、図5に示すように、木材繊維が矢印L方向に一端から他端までつながった態様で延在している。
【0016】
上述した原材10に曲げを加える工程では、曲げ加工後の迂曲原材11の体積が曲げ加工前の原材10の体積に対し殆ど変化しないようにしている。この意味においては、かかる曲げ加工は、圧縮作用を実質上有しない変形工程ということもできる。また、原材10を高温かつ湿潤状態に置く方法としては、他にも、原材を煮沸する方法、水分を含んだ原材にマイクロウェーブを照射する方法等、周知の方法を採用することができる。
【0017】
次にステップS101で曲げ加工を行って得られた迂曲原材11からブランク材12を削り取り等により作成する(ステップS102)。ブランク材12は、目標とする形状に対応するものであり、より詳細には、完成品であるネック4に形状が近似する長尺状のものである。この場合の「近似」とは相似ではなく、ブランク材12の投影形状にネック4の投影形状が含まれる程度に類似していればよい。このようなブランク材12を作成する際には、木材繊維がブランク材12の長手方向の一端から他端までつながった態様で延在するように、ブランク材12を迂曲原材11から削り取る。
【0018】
続いて、ブランク材12を、大気よりも高温高圧の水蒸気雰囲気中に所定時間放置することにより、水分を過剰に吸収させることによって十分に軟化させる(ステップS103)。ここでいう高温高圧とは、温度が100〜230℃、より好ましくは150〜230℃、更に好ましくは180〜200℃程度であり、圧力が0.1〜3.0MPa(メガパスカル)、より好ましくは0.45〜2.5MPa、更に好ましくは1.0〜1.6MPa程度の状態をさす。尚、このステップS103では、上述した水蒸気雰囲気中でブランク材12を放置して軟化させる代わりに、例えばマイクロウェーブの如き高周波の電磁波によってブランク材12を加熱して軟化させても良い。
【0019】
その後、ステップS103で十分に軟化したブランク材12を圧縮する(ステップS104)。かかる圧縮は、軟化工程と同じ水蒸気雰囲気中で図示しない所定の金型内、すなわち一対の金型の間にブランク材12を配置し、一方の金型を他方に向けて相対的に移動させることにより圧縮力を加えて行われる。
【0020】
図6に示すように、圧縮後のネック基材13の肉厚は、圧縮前のブランク材12の肉厚の30〜50%程度であれば好ましい。換言すると、ブランク材12の圧縮率(圧縮によるブランク材の肉厚の減少分ΔRと、圧縮前のブランク材の肉厚Rとの比(ΔR/R))は、0.50〜0.70程度であれば好ましい。
【0021】
尚、ステップS104において、一方の金型を他方に向けて相対的に移動させるには、適当な駆動手段を用いて電気的に移動させることにより、ブランク材12に加わる圧縮力を調整するようにすれば良い。また、ブランク材12に圧縮力を加える工程は、図7に示すように、ブランク材12の湾曲方向(図6の上下方向)に圧縮力を加えるだけでなく、該ブランク材12の湾曲方向に直交する方向(図6の紙面に垂直な方向)にも圧縮力を加えるようにする。ここで、複数方向に圧縮力を加える場合には、一方向に圧縮力を加えて後述するように一旦乾燥させた後、再度上記水蒸気雰囲気中で軟化させて別の一対の金型で他方向に圧縮力を加えるようにして行うことになる。
【0022】
ステップS104でブランク材12(ネック基材13)に所定時間(1〜数十分間、より好ましくは5〜10分間程度)圧縮力を加えた後、上記水蒸気雰囲気を解いてネック基材13を乾燥させる(ステップS105)。その後、一対の金型を離間させる結果、ネック基材13は、その形状が固定されることとなる。そして、かかるネック基材13に切削または穿孔等の処理を施すことにより、該ネック基材13を整形し(ステップS106)、図1に示したようなネック4を製造することができる。
【0023】
このように楽器1を構成するネック4は、原材10に曲げ加工を施し、曲げ加工を施した迂曲原材11を削り取って、ブランク材12を木材繊維が該ブランク材12の長手方向の一端から他端までつながった態様で作成し、該ブランク材12を大気よりも高温高圧の水蒸気雰囲気下で圧縮させて成るため、これから製造されるネック4も木材繊維が該ネック4の長手方向の一端から他端までつながった態様で延在することになり、これにより強度の向上を図ることができる。また、原材10として種々のものを用いることができ、木材資源を無駄にすることなく低コストでの提供が可能である。従って、本発明の実施の形態における楽器1は、木材資源を無駄にすることなく低コストでの提供が可能であり、しかも十分な強度を有するものになる。
【0024】
また、ネック4は、十分な強度を有するので、従前のハープのネックよりも最大幅を小さくすることも可能である。特に、十分な強度を有することからネック4は密度も高いといえ、該ネック4を備えた楽器1は、音響特性も良好なものとなる。特に、原材10やブランク材12に存在した導管を圧縮力で潰しているために、ネック4は吸湿量が極めて少ないものとなり、従って楽器1は、気候や湿度等が異なる地域でも安定した音を提供することが可能になる。
【0025】
尚、ここではネック4の製造についてのみ代表して述べたが、支柱2、共鳴胴3等もネック4と同様にブランク材12を作成して圧縮して製造しても構わない。このように支柱2および共鳴胴3もネック4と同様にブランク材12を作成して圧縮して製造すれば、木材資源を無駄にすることなく低コストでの提供がより確実に可能になり、音響特性に優れ、しかも十分な強度を有するものになる。
【0026】
図8は、本発明の実施の形態の一変形例を示す模式図であり、ブランク材22を圧縮してネック基材23とする工程を示す図である。図中に示す細線Fは、木材繊維を模式的に示したものである。本変形例は、上記実施の形態に対し、ネック基材の形状については同一であるが、ブランク材の形状、およびブランク材およびネック基材の木材繊維の様子において異なるものである。
【0027】
本変形例におけるブランク材22は、少なくとも湾曲部の各々において木材繊維がブランク材22の長手方向につながった態様で作成されるものであるが、上記実施の形態のように、木材繊維がブランク材12の長手方向の一端から他端までつながった態様で作成されるわけではない。従って、本変形例に係るネック基材23は、上記実施の形態に係るネック基材13よりも全体的な強度において若干劣りはするが、削り出しによって作成されたブランク材のように、木材繊維が寸断されることにより強度の低下が免れないような湾曲部については強度の向上を図ることができる。
【0028】
また、本変形例におけるブランク材22は、ネック基材23の形状と近似する形状に、具体的には、ブランク材22とネック基材23の対応する箇所の湾曲方向(図8の上下方向)の寸法比が長手方向で略一定になるように作成される。したがって、ネック基材23の圧縮率を長手方向に亘って略均一なものとすることができ、音響特性の向上に寄与することができる。
【0029】
以上本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。上述した実施の形態では、楽器1の一例としてハープを示したが、本発明では、他の楽器であっても構わない。
【0030】
また上述の実施の形態では、曲げ加工の容易さから、原材10を原木である丸太材から切り出した角柱状の木材としたが、原木である丸太材をそのまま原材10としてもよい。
【0031】
また上述の実施の形態では、原材10に曲げ加工のみを施した後にブランク材12を削り取りにより作成していたが、本発明は、これに限定されず、原材10に曲げ加工と同時に圧縮加工を施した後にブランク材12を削り取りにより作成しても構わない。この場合、ステップ104は一方向のみに圧縮力を加える工程となる。
【0032】
さらに上述の実施の形態では、長尺状部材が一方向にのみ湾曲する場合について述べたが、二方向に湾曲するような、例えば螺旋状の長尺状部材を形成することも可能である。この場合は、原材に対し直交する二方向に順次曲げ加工を行えばよい。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の実施の形態における楽器を示す斜視図である。
【図2】図1に示すネックを製造する過程の概要を示すフローチャートである。
【図3】加工対象の原材を示す斜視図である。
【図4】図3に示す原材の曲げ工程を模式的に示す模式図である。
【図5】図1に示すネックを製造する過程のうちブランク材を作成する工程を模式的に示す模式図である。
【図6】図1に示すネックを製造する過程のうち圧縮工程を模式的に示す模式図である。
【図7】図6のA−A線断面図である。
【図8】図6に示す圧縮工程に対する本発明の実施の形態の一変形例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0034】
1 楽器
2 支柱
3 共鳴胴
4 ネック
5 台座
6 絃
7 ペダル
10 原材
11 迂曲原材
12 ブランク材
13 ネック基材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木材より製造され、かつ少なくとも一箇所の湾曲部を有する長尺状の部材を備えて構成された楽器において、
前記長尺状の部材は、原材を削り取って目標とする形状に対応するブランク材を、該ブランク材の少なくとも前記湾曲部の各々において木材繊維が前記ブランク材の長手方向につながった態様で作成し、前記ブランク材を大気よりも高温高圧の水蒸気雰囲気中で圧縮させて成ることを特徴とする楽器。
【請求項2】
前記ブランク材を、前記木材繊維が前記ブランク材の長手方向の一端から他端までつながった態様で作成したことを特徴とする請求項1に記載の楽器。
【請求項3】
前記ブランク材は、原材に曲げ加工を施した後に該原材を削り取って作成したものであることを特徴とする請求項1または2に記載の楽器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2008−145873(P2008−145873A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−334825(P2006−334825)
【出願日】平成18年12月12日(2006.12.12)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】