説明

樹脂成形体

【課題】布巾やスポンジを用いた日常のお手入れを行っても撥水性表面コーティング処理のような摺動や研磨による剥離もなく、また、薬品を用いた清掃を行っても撥水性能が回復することで、長期に撥水性能を維持した樹脂成形体を提供することを可能とする。
【解決手段】 樹脂に、撥水剤を配合し成型硬化させてなる樹脂成型体において、
前記撥水剤は、樹脂表面に発現した撥水性が表面拭き取りにより低下した際、その後当該撥水性を回復させる、撥水性回復効果を有するものであることを特徴とする樹脂成形体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂成形体に係り、特にキッチンや浴槽など汚れの拭き取りを定期的に行うような部材として好適な樹脂成形体に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
従来のカウンターキッチンや浴槽など樹脂表面を撥水化させ汚れ拭き取り性を向上させる技術として、樹脂と結合性を持った撥水剤を樹脂内部に添加させる技術が知られている。(例えば、特許文献1、2参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−78553号公報
【特許文献2】特開2001−294467号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、樹脂表面に付着・固着した汚れの拭き取りを繰り返すことで撥水性が低下し、当初の汚れの拭き取り性が維持できないという問題が生じていた。
【0005】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、布巾やスポンジを用いた日常のお手入れが繰り返し行われた場合や、薬品を用いた清掃が行われても撥水性能が回復し、長期に撥水性能を維持した樹脂成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために本発明は、結合性官能基を有する樹脂に、無機材料からなる充填剤と、撥水剤とを配合し成型硬化させてなる樹脂成形体において、前記撥水剤は、樹脂成形体表面に発現した撥水性が表面拭き取りにより低下した際、その後当該撥水性を回復させる、撥水性回復効果を有するものであることを特徴とする樹脂成形体である。
【0007】
本発明によれば、内添させた撥水剤が撥水性回復効果を有するため、樹脂成形体表面の拭き取り後には一時的に撥水性が低下するが、その後次第に撥水性が回復する。ここで、撥水性が回復するとは測定された水接触角が清掃前から清掃直後に低下した場合でも、その値が経時的に一定の水準まで戻ることを指す。従って、使用に際し拭き取りが行われても、その後撥水性が回復するため、成形時当初の高い撥水効果を長期間維持することができる。
【0008】
また、本発明では、前記撥水剤は、前記樹脂と重合可能な官能基を両末端に有し、側鎖に疎水性官能基を有したシリコーンであることを特徴とする。
【0009】
本発明者らは、樹脂成形体に、両末端に樹脂と重合可能な官能基を有し、側鎖に疎水性官能基を有したシリコーンを内添させると、表面拭き取り後に撥水性が次第に回復する効果が発現するという新たな知見を得た。係る効果が発現する具体的な理由は不明であるが、以下のように考えられる。従来、樹脂成形体表面に撥水性を付与する方法としては、樹脂成形体に、片末端に官能基を有するシリコーンを内添することで樹脂中の結合性官能基と片末端変性シリコーンの変性基が結合し、樹脂成形体とシリコーンとがグラフト共重合体を形成することで達成されている。しかしながら、布巾やスポンジを用いての拭き取り時に樹脂中の結合性官能基とシリコーン末端の変性基との結合が切れ、これが繰り返されることにより撥水性が低下した状態で安定してしまう。一方、樹脂成形体に、両末端に官能基を有するシリコーンを内添させた場合は、樹脂中の結合性官能基とシリコーンの両末端の官能基のそれぞれが結合しランダムまたはブロック共重合体を形成するので、拭き取りによる摺動負荷が加えられても樹脂中の結合性官能基とシリコーンの両末端の官能基との結合が切れず、側鎖の疎水性官能基を含む分子が回転すると考えられる。分子が回転し疎水性官能基が表面に十分に配向していない状態では、撥水性が一時的に低下するものの、それ自体が不安定な状態であり、徐々に疎水基が再び表面に配向した安定な状態、すなわち、表面エネルギーが低下した状態に戻るのに伴って撥水性も回復するものと推定している。この効果によって、樹脂成形体の成形時当初の撥水性が、拭き取りによって損なわれることが無く、長期間維持される樹脂成形体が提供される。
【0010】
また、本発明では、前記樹脂は、硬化剤を加えて成型硬化させてなる熱硬化性樹脂であることを特徴とする。
【0011】
熱硬化性樹脂に硬化剤(重合開始剤)を添加することでラジカルやアニオン、カチオンなどの活性種が発生し、かかる活性種が、樹脂とシリコーンとの結合に寄与することとなる。このため、通常の熱硬化性樹脂と同様に重合に係る硬化剤や触媒を加えるのみでシリコーンを樹脂に結合させることができる。従って、シリコーンの添加の際に新たな触媒の添加も必要なく樹脂に撥水性を持たせることが可能となる。
【0012】
また、本発明では、前記熱硬化性樹脂は、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂から選ばれるものであり、前記シリコーンの両末端に存在する官能基は、アクリル基、メタクリル基、水酸基、カルボキシル基、エポキシ基から選ばれるもので構成されていることを特徴とする。
【0013】
熱硬化性樹脂、及び、シリコーンをこのように選択することで、熱硬化性樹脂とシリコーンとが高い反応率で結合し、未結合シリコーンの溶出による撥水性が少ないので、撥水性の回復効果を高めることができる。
【0014】
また、本発明では、前記熱硬化性樹脂には、無機材料からなる充填剤が配合されていることを特徴とする。
【0015】
無機充填剤を添加することで樹脂成形体の耐熱性や耐衝撃性などの力学的物性を向上させることができる。さらに両末端に官能基を有するシリコーンの末端官能基と充填剤とが、化学的に乃至は物理的に結合することにより充填剤がシリコーンで覆われるので、樹脂と充填剤の隙間が埋まり、汚れの染み込みを防ぐというシランカップリング処理効果も得られる。
【0016】
また、本発明では前記シリコーンの両末端に存在する官能基は、互いに異なる官能基であって、一端側がアクリル、メタクリル、カルボキシル、エポキシ基から選ばれるものであり、他端側が水酸基であることを特徴とする。
【0017】
上記のようにすることで、シリコーンの一端を樹脂と結合させやすく、もう一端の官能基を充填剤を被覆しやすい官能基とするので、樹脂との結合を維持しながらも、無機充填剤への被覆効果をさらに向上させることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、樹脂成形体に撥水性回復効果を有した撥水剤を添加するので、布巾やスポンジを用いた日常のお手入れを行っても表面コーティング処理のような摺動や研磨による剥離もなく、また、薬品を用いた清掃を行っても撥水性能が回復し、長期に撥水性能を維持した樹脂成形体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の摺動試験1前後における水接触角の経時変化の図である。
【図2】比較例の摺動試験前後のIRスペクトル図である。
【図3】本発明の摺動試験前後のIRスペクトル図である。
【図4】本発明の摺動試験2前後における水接触角の経時変化の図である。
【図5】本発明の水酸化アルミニウム分布を示すIRイメージング図である。
【図6】本発明のシリコーン分布を示すIRイメージング図である。
【図7】比較例の水酸化アルミニウム分布を示すIRイメージング図である。
【図8】比較例のシリコーン分布を示すIRイメージング図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に本発明を実施するための形態を詳細に説明する。
【0021】
本発明における撥水性回復効果を有する撥水剤としては、下記に示すような両末端に官能基を有する両末端変性シリコーンを挙げることができる。ここで、R1とR2はアクリル基、メタクリル基、エポキシ基、カルボキシル基などの重合性官能基が好ましく、R1とR2のそれぞれは同一またはそれぞれが異なる官能基であっても良い。主鎖は、シロキサン結合であり、側鎖のRnには樹脂表面に撥水性を付与するための有機基を備えたものであればよい。例えば、メチル基を備えたポリジメチルシロキサン等が挙げられるが、他のアルキル基やフェニル基、フルオロ基など樹脂表面に撥水性を付与する官能基や樹脂との相溶性を向上させる官能基が側鎖の一部または全部に導入されたものであっても良い。また、ラジカル重合性官能基はシロキサン結合と直接結合していなくてもよく、カルビノール基のようにシロキサン結合末端とラジカル重合性の水酸基の間に非反応性のメチル基などが結合していてもよい。また、本発明でいう片末端に官能基を有する片末端変性シリコーンとはR1、R2またはRnのいずれか一端が樹脂との反応性を有する官能基で置換されているが、もう一端は樹脂との反応性を有しない置換基が置換しているものを言う。
【0022】
【化1】

【0023】
両末端変性シリコーンの添加量は特に限定されないが、樹脂100重量部に対して、0.5〜10部程度、さらに好ましくは0.5〜5部程度である。これは、0.5部を下回ると樹脂表面の撥水性が十分でないことと、10部を超えるとシリコーンの添加によって粘度が上昇し成型加工性が低下するためである。また、両末端変性シリコーンはオイル状であっても無機微粉末にシリコーンオイルを被覆したオイルコンパウンドであってもよいが、オイル状の場合数平均分子量が500から50,000、末端変性基の官能基当量が100から5,000程度のものが好ましい。これは、分子量が大きすぎると粘度が上昇し、樹脂表面への配向性が悪くなり、分散性が低下する。また、分子量が小さすぎると硬化時に揮発する問題があるためである。
【0024】
本発明における樹脂成形体は、樹脂として熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂を用いることができる。熱可塑性樹脂としてはPPやABSなどが挙げられるが特にこれらに限定されない。また、熱硬化性樹脂としては、アクリル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、エポキシ樹脂、尿素樹脂などが挙げられるが特に限定されない。なお、これらの樹脂は一種を単独又は複数を混合して用いてもよい。
樹脂として熱硬化性樹脂を用いた場合、通常樹脂を加熱硬化させる際に硬化剤としてメチルエチルケトンパーオキサイドなど公知のラジカル重合性の有機酸が樹脂100重量部に対して0.5〜5部程度加えられる。また、両末端変性シリコーンの末端官能基がラジカル重合性の官能基を備えていれば、該シリコーンを成型硬化時に加えて加熱するだけで重合反応が進み、樹脂を容易に反応させることができる。この場合、使用する熱硬化性樹脂が有する官能基に応じて両末端変性シリコーンの官能基も適宜変更すればよい。例えば、熱硬化性樹脂として不飽和ポリエステルを用いた場合では、主鎖がイソフタル酸、オルソフタル酸、フマル酸、無水フマル酸などの二価の酸とエチレングリコール、プロピレングリコールなどの多価アルコールがエステル結合を構成するので、両末端変性シリコーンの末端官能基をカルボキシル基や水酸基などにすればよい。また、両末端変性シリコーンの末端の官能基にアクリル基やメタクリル基を導入すれば、三次元架橋を構成するスチレンなどの不飽和基と反応する。同様に、アクリル樹脂やビニル樹脂についても硬化時に不飽和基がラジカル重合するので、両末端変性シリコーンの末端の官能基としてアクリル基やメタクリル基などを用いることができる。また、アルコキシ基を有したシランカップリグ剤と反応する水酸基などを両末端変性シリコーンの末端官能基とする等、樹脂の反応性官能基に合わせてシランカップリング剤の末端官能基を選択すれば、樹脂と両末端変性シリコーンを効率よく反応させることができる。
【0025】
無機充填剤を添加する場合は特に限定されないが、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム、炭酸カルシウム、ケイ酸カルシウム、硫酸カルシウム、硫酸バリウム、シリカパウダー、タルク、クレー、アルミナ等のセラミック粒子、マイカ(雲母)、砂岩等の鉱物系粉砕物などが挙げられる。この中で、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム等の水酸基を有した無機充填剤は、加熱硬化する際にラジカル重合性官能基を備えた両末端変性シリコーンと反応することで表面がシランカップリング剤を添加したように被覆される。これにより樹脂と充填剤の界面に生じる隙間を埋めることができるので汚れ成分の染み込みを防ぐことができる。また、上記無機充填剤については、必要に応じてシランカップリング剤を用いて事前に表面を被覆処理してあってもよい。無機充填剤の配合量は特に限定されない。
【0026】
また、その他意匠性の付与を目的とした柄剤、有機及び無機顔料や耐熱性を向上させる難燃剤や耐光性を向上させる紫外線吸収剤、硬化促進剤、補強材、内部離型剤、増粘剤、低収縮材などを必要に応じて適宜添加してもよい。また、撥水剤を含めた上記添加剤と樹脂との相溶性を制御する相溶化剤を添加してもよい。
【0027】
樹脂成形体を製造する方法としては、樹脂に両末端変性シリコーンを添加して、硬化剤、充填剤を加えて攪拌を行った樹脂組成物を成形型に流し込み加熱硬化させる注型成型法や、樹脂、硬化剤、充填剤や内部離型剤等の添加剤を混合した樹脂ペーストであるSMCシートに、添加剤と共に両末端変性シリコーンを添加し成型するSMC成型法など、樹脂成形体を得る公知の方法に樹脂と共に添加するだけでよい。
【実施例】
【0028】
以下に実施例を用いて本発明を詳細に説明する。以下の実施例は注型成型によるものであるが、本発明はSMCやBMCを用いたプレス成型や射出成型など何れの成型方法により成されてもよく、成型方法に応じて樹脂及び撥水剤の形態も公知の方法で適宜変更すればよい。
【0029】
(実施例1)
不飽和ポリエステル樹脂100重量部に対して、両末端メタクリル変性シリコーンを4重量部添加し、十分に撹拌した。その後、硬化剤としてメチルエチルケトンパーオキサイドを樹脂100重量部に対して0.5〜2.5重量部添加してさらに所定時間撹拌した。その後、無機充填剤として水酸化アルミニウム、炭酸カルシウム、ガラス繊維を樹脂100重量部に対してそれぞれ70重量部、120重量部、25重量部を添加して真空撹拌を行い、樹脂組成物を得た。
【0030】
(実施例2)
不飽和ポリエステル樹脂100重量部に対して、両末端水酸基変性シリコーンを4重量部添加し、シランカップリング剤として3−メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシランを0.4重量部添加し、十分に攪拌した。その後、硬化剤としてメチルエチルケトンパーオキサイドを樹脂100重量部に対して0.5〜2.5重量部添加してさらに所定時間攪拌した。その後、実施例1と同様に無機充填剤として水酸化アルミニウム、炭酸カルシウム、ガラス繊維を樹脂100重量部に対してそれぞれ70重量部、120重量部、25重量部を添加して真空攪拌を行ない、樹脂組成物を得た。
【0031】
実施例1、2で得られた樹脂組成物は、予め離型剤処理を施したFRP型に注入し、所定時間経過後に硬化した樹脂組成物を脱型し、さらに65℃で2時間加熱することで完全に硬化させた。得られた硬化物をサンドブラストにより#800で表面を研磨することによって樹脂成形体を得た。
【0032】
(実施例3)
アクリルポリオール樹脂100部とヘキサメチレンジイソシアネート25部とシンナー50部と両末端に水酸基を有するシリコーン2.5部を撹拌した後、その混合溶液をアクリル基材上にスプレー塗布した。塗布後、室温に放置した混合溶液を、熱風乾燥炉を用いて、110℃、40分間熱硬化することにより、膜厚が約30μmからなる樹脂成形体を得た。
【0033】
(実施例4)
実施例3で使用した両末端に水酸基を有するシリコーンを、それよりもシリコーン鎖長が短い両末端に水酸基を有するシリコーンに置き換え、実施例1と同様の条件で、製膜を行い、膜厚が約30μmからなる樹脂成形体を得た。
【0034】
(比較例1)
実施例1において、両末端メタクリル変性シリコーンに変えて一端がメタクリル変性しているがもう一端は官能基を有しない(メチル基を有した)片末端変性シリコーンを樹脂100重量部に対して4重量部添加した点以外においては、実施例1と同様に成型することによって樹脂成形体を得た。
【0035】
(比較例2)
実施例1において、両末端メタクリル変性シリコーンに替えて何れの末端基にも官能基を有しないポリジメチルシリコーンを樹脂100重量部に対して4重量部添加した点以外においては、実施例1と同様に成型することによって樹脂成形体を得た。
【0036】
(比較例3)
実施例1において、何らシリコーンを添加せずに樹脂成形体を得た。
【0037】
(比較例4)
実施例3において、両末端に水酸基を有するシリコーンを、主鎖がアクリル、側鎖がジメチルシリコーンである反応性グラフトシリコーンに置き換え、実施例3と同様の条件で、製膜をおこない、膜厚が約30μmからなる樹脂成形体を得た。
【0038】
評価1:摺動試験前後の水に対する静的接触角およびIRスペクトルの測定
実施例及び比較例で得られた樹脂成形体に日常の清掃を長期間行った際の撥水性維持、回復性能を摺動試験前後の水に対する静的接触角およびIRスペクトルをにて評価した。水に対する静的接触角(水接触角)は、FACE接触角計CA−X150(協和界面科学製)を用いて、室温2μLの水滴を滴下後20秒後の静的接触角をθ/2法で測定した。IRスペクトルは赤外分光装置(パーキンエルマー社製Spectrum2000)を用い、ATR法にて取得した。なお、摺動試験は、実施例1、2及び比較例1〜3については摺動試験1、また、実施例3、4及び比較例4については摺動試験2を行なった。
【0039】
(摺動試験1)
摺動子としてエタノールを染み込ませた市販の布巾を摺動試験機(テスター産業株式会社製)に取り付け、荷重100gf/cmで、2500回摺動させる摺動試験を行った。
(摺動試験2)
摺動試験1から摺動子を住友スリーエム社製の「スコッチ・ブライト(登録商標)バスシャイン(登録商標)」のスポンジ面を含水させたものに替えて、荷重50g/cmで5000回の摺動試験を行った。
【0040】
図1は、摺動試験1の実施例1及び比較例1、2の結果を示したもので摺動試験前、摺動試験後のそれぞれ、さらに摺動試験後経時的に水接触角を測定した結果である。実施例では摺動試験前の水接触角は110°〜120°前後の撥水性を示した。エタノールを含浸させた布巾で摺動を行うと一時的に水接触角の低下が起こるが(対初期87%)、その後約24時間経過すると水接触角は摺動試験前とほぼ同水準の105°程度(対初期93%)に回復する。一方で、比較例1の片末端変性シリコーン及び比較例2のポリジメチルシリコーンを添加した樹脂において、摺動試験前では実施例1と同等の撥水性を示すが、摺動試験後に水接触角が著しく低下し(比較例1:対初期55%)、その後水接触角は70°程度(比較例1:対初期59%)と、比較例4の撥水処理を施していない通常の樹脂成形体と同等の水接触角であった。
【0041】
実施例1では両末端メタクリル変性シリコーンのメタクリル基のそれぞれが、不飽和ポリエステル内の不飽和炭素と結合し強固なブロック重合体を形成しているので、エタノールを含浸させた布で摺動を行っても樹脂と撥水成分のシリコーンがほとんど拭きとられず、剥離が起きなかった。これは、シリコーンの主鎖を構成するシロキサン結合の結合角は143°、結合距離は0.165nmであり、炭素−炭素(C−C)結合と比べて結合角が広く、結合距離も長いことから分子の回転障害が小さい。従って、エタノールのような極性基を持った物質に長時間曝されると両末端変性シリコーンの側鎖に置換された疎水基であるメチル基が回転し、親水基であるシロキサン結合面が表面に配向することにより樹脂表面の水接触角が一時的に低下するものと考えられる。しかしながら、摺動試験後には再度分子鎖の回転が起こり、疎水基であるメチル基が表面に配向するため、樹脂表面の撥水性が回復すると考えられる。また、24時間経過後も撥水性能は徐々に回復していることが観察された。これは、樹脂と未結合のシリコーン成分が溶出してきたことによるものと考えられる。従って、硬化剤の量等で、樹脂と両末端変性シリコーンとの結合・未結合状態を最適に制御することで、使用状況に合った撥水回復速度、回復量を制御することができる。また、未結合状態のシリコーンとして、両末端変性シリコーンと合わせて変性基を有しないストレートシリコーンを組み合わせて使用してもよい。
【0042】
比較例1の片末端メタクリル変性シリコーンでは、摺動試験の後に著しい水接触角の低下が起こる。これは、変性基が片末端にしかない場合では、樹脂とシリコーンはグラフト重合体を形成しているため、摺動による物理的な負荷による結合の切断が起こりやすいことが考えられる。また、図2に示した比較例1の摺動試験前後のIRスペクトルをみると、Si−CH変角振動のピークである1260cm−1のピークが減少し、シラノール基(Si−OH)に由来する910cm−1のピークやOH伸縮振動に由来する3360cm−1や3620cm−1付近のピークが増加していることから、エタノールによる加水分解が進行したことが確認できる。比較例2のポリジメチルシリコーンを添加した樹脂についても同様である。
【0043】
実施例では、図3に示すように摺動試験の前後でこうしたシラノール基に由来するピークの著しい増大は確認されないため清掃による摺動だけでなく、アルコールなどの薬品負荷による分解を受けにくく、撥水性を長期に維持することができる。その他、含浸する薬品をアルコールから酸やアルカリに変えた場合も同様の傾向を示した。
【0044】
また、図4は実施例3、4及び比較例4に摺動試験2を行った摺動回数に対する水接触角の変化を示したものである。未摺動時では、いずれの場合も水接触角が約100°であり、シリコーンのメチル基の効果によって撥水性を有している。実施例3、4は、摺動回数5000回後において、水接触角が95°以上であり撥水性を維持している。一方で、反応性グラフトシリコーン添加した比較例4は、摺動回数の増加に伴い、水接触角が低下し、摺動回数5000回後において水接触角が88°まで低下し、撥水性能が低下した。
【0045】
評価2:防汚性能評価
次に、実施例1,2及び比較例1〜3で得られた樹脂の表面に色素成分汚れとして紅茶色素の成分であるテアフラビン100ppmを100μL添加し、25℃、50RH%にて一日放置した後に水を含ませた布巾又は洗剤を含ませた布巾で拭き取りを行った。色素成分汚れの残り具合を目視で確認し、3段階による点数付けをして防汚性能評価を行った。
【0046】
◎:色素汚れが水拭きのみで完全に取れている
○:色素汚れが洗剤を用いると完全に取れている
×:色素汚れが洗剤を用いても残っていて目立つ
【0047】
また、実施例及び比較例で得られた樹脂をキッチンカウンターでの使用を想定し、継続的な清掃による表面劣化状態を再現するために、ナイロン不織布(住友スリーエム社製「スコッチ・ブライト」(登録商標))で樹脂表面の表層15μmを研磨した上で同様に防汚性能評価を行った。
【0048】
【表1】

【0049】
表1から分かる通り、実施例の両末端変性シリコーンを添加した樹脂の方が、比較例1、比較例2よりも汚染試験が良好であった。樹脂特に、実施例1の両末端変性シリコーンを添加した樹脂においては、撥水性能、防汚性能共に表層の研磨を行う前と同水準の性能を維持しており、キッチンカウンターなどへの長期間の使用で樹脂表面が劣化した状態においてもその高い性能を維持することが分かった。
【0050】
さらに、実施例1で得られた樹脂成形体の表面のシリコーン分布をAgilent社製顕微赤外イメージングシステム(Agilent660−IR赤外分光光度計、Agilent620−IR赤外顕微鏡、32×32マルチチャンネルMCT検出器、100×100μm狭帯域MCT検出器)を用いてIRイメージング法にて140μm×140μmの範囲を評価した。
【0051】
図5は実施例1の樹脂成形体表面の無機充填剤成分である水酸化アルミニウムの表面分布として、水酸基由来の3350cm−1のピークを不飽和ポリエステル樹脂のカルボニル基由来の1726cm−1のピークで除算することで補正して得た分布である。また、図6は、シリコーンのメチル基に由来する1260cm−1のピークを同様に1726cm−1のピークで補正して得られた分布である。図5、図6を見ると、3350cm−1/1726cm−1比が1.5を超える主に充填剤の水酸化アルミニウムを反映した領域と、シリコーン由来のピークが高強度である1260cm−1/1726cm−1比が0.2〜0.4の領域が重複していることから、両末端メタクリル変性シリコーンが無機充填剤である水酸化アルミニウムを被覆し、樹脂成形体への汚れの染み込みを抑制していることが確認できた。(例:図5及び図6の破線丸括弧部)また、図5の水酸化アルミニウムが検出されない領域にも図6では1260cm−1/1726cm−1比で0.1〜0.2のシリコーンピークが存在しており、シリコーンが充填剤領域だけでなく不飽和ポリエステル樹脂全体に存在していることも確認できた。
【0052】
一方で、図7、図8には比較例1の水酸化アルミニウムの分布及びシリコーン分布(10μm×10μm)を示したものである。図7、図8から比較例1では水酸化アルミニウムの存在領域と、シリコーンの高強度領域に相関性がないことから、無機充填剤へ特異的に被覆せず、主に樹脂とグラフト重合していることが確認できる。このことから、片末端メタクリル変性シリコーンでは、特に無機充填剤が加えられた樹脂成形体への汚れの染み込み抑制効果が十分でないことが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結合性官能基を有する樹脂に、撥水剤を配合し成型硬化させてなる樹脂成形体において、
前記撥水剤は、樹脂表面に発現した撥水性が表面拭き取りにより低下した際、その後当該撥水性を回復させる、撥水性回復効果を有するものであることを特徴とする樹脂成形体。
【請求項2】
前記撥水剤は、両末端に前記樹脂と重合可能な官能基を有し、側鎖に疎水性官能基を有したシリコーンであることを特徴とする、請求項1に記載の樹脂成形体。
【請求項3】
前記樹脂は、硬化剤を加えて成型硬化させてなる熱硬化性樹脂であることを特徴とする、請求項2に記載の樹脂成形体。
【請求項4】
前記熱硬化性樹脂は、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂から選ばれるものであり、
前記シリコーンの両末端に存在する官能基は、アクリル基、メタクリル基、水酸基、カルボキシル基、エポキシ基から選ばれるもので構成されていることを特徴とする、請求項3に記載の樹脂成形体。
【請求項5】
前記熱硬化性樹脂には、無機材料からなる充填剤が配合されていることを特徴とする、請求項4に記載の樹脂成形体。
【請求項6】
前記シリコーンの両末端に存在する官能基は、互いに異なる官能基であって、一端側がアクリル、メタクリル、カルボキシル基、エポキシ基から選ばれるものであり、他端側が水酸基であることを特徴とする、請求項5に記載の樹脂成形体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−10947(P2013−10947A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−122627(P2012−122627)
【出願日】平成24年5月30日(2012.5.30)
【出願人】(000010087)TOTO株式会社 (3,889)
【Fターム(参考)】