説明

樹脂製保持器

【課題】爪折れ状態を生じること無く転動体をポケットに挿入することが可能な低コストの樹脂製保持器を提供する。
【解決手段】周方向に沿って所定間隔に設けられ、転動体を挿入するための開口6がそれぞれ形成された複数のポケット4を有しており、各ポケットには、転動体の輪郭形状に沿った形状を成すポケット面Pmが形成されていると共に、各開口には、ポケットに挿入された転動体を保持するための一対の爪部8が当該開口を一部覆うように互いに対向して立ち上げられている樹脂製保持器2であって、各爪部は、その基端側の爪部基端部8bから先端側の爪部先端部8aに亘って延出しており、爪部先端部は、爪部基端部の全幅Wに対してポケット面から1/3〜2/3の範囲の真上に位置決め設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受に組み込まれる複数の転動体を転動自在に保持する樹脂製保持器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、転がり軸受には、その内外輪間に転動自在に組み込まれる複数の転動体を回転可能に保持するための種々の保持器が適用されている(例えば、特許文献1)。その一例として図2(a),(b)には、樹脂製の冠形保持器2が示されており、当該冠形保持器2には、周方向に沿って等間隔に設けられた複数のポケット4が設けられている。それぞれのポケット4には、その一方側に開口6が形成されていると共に、各開口6には、当該開口6を一部覆うように一対の爪部8が互いに対向して立ち上げられており、これら一対の爪部8によって各開口6の開口径が狭められている。
【0003】
この場合、当該冠形保持器2に転動体を組み込む際、例えば一対の爪部8の間に転動体(図示しない)を位置合わせした状態からポケット4に向けて転動体を押し込むと、そのときの押圧力(荷重)により一対の爪部8が外側に弾性変形して開口径が拡がることで、当該開口6を介して転動体をポケット4に挿入して組み込むことができる。このとき、一対の爪部8が元の形状に弾性的に復元し開口径が再び狭められることにより、ポケット4内の転動体は、一対の爪部8とポケット面Pmとの間に収容され、その状態において、当該ポケット4から脱落すること無く回転可能に保持される。なお、ポケット面Pmは、ポケット4内に形成されており、当該ポケット4に挿入された転動体の輪郭形状(例えば、転動体が玉であれば球面形状)に沿った形状を成している。
【0004】
このような冠形保持器2は、図示しない転がり軸受の内輪と外輪との間に各転動体を回転可能に保持した状態で組み込まれ、例えば各転動体の公転速度と同じ速度で公転する。なお、内外輪間に沿って公転する冠形保持器2を案内する方式としては、例えば転動体案内、外輪案内、内輪案内があるが、特に転動体の直径が小さな軸受(例えば、玉径2mm以下の小径軸受、ミニアチュア軸受)には、内輪案内方式が適用されるのが一般的である。
【0005】
ところで、樹脂製の冠形保持器2では、転動体をポケット4に挿入する際、当該転動体と一対の爪部8との間の僅かな位置合わせのズレ状態によっては、爪部8が変形したり或いは損傷したりする虞がある。例えば転動体が一方の爪部8寄りに位置付けられた状態から当該転動体をポケット4に向けて押し込むと、そのときの押圧力(荷重)は、一対の爪部8に対して均等に作用すること無く、いずれか一方の爪部8に対して大きく作用することになる。このとき、一方の爪部8に作用する押圧力(荷重)の程度によっては、当該爪部8が変形したり或いは損傷したりする虞がある。
【0006】
具体的に説明すると、図2(c)に示すように、従来の冠形保持器2において、各爪部8の基端側の爪部基端部8bは、ポケット4の中心(ポケット中心)Psと略同一位置に設定されている。また、各爪部8外側の外径8cは、円弧形状を成しており、その曲率半径の中心8sがポケット中心Psよりも、ポケット径比で15〜20%程度図中向って下方位置となるように設定されている。また、各爪部8は、先端側に向うに従って薄肉化されており、その爪部先端部8aは、爪部基端部8bの全幅Wに対してポケット面Pmから略1/3以下の範囲の真上に位置決め設定されている。
【0007】
ここで、図2(d)には、上記の設定条件を満たす冠形保持器2において、転動体が一方の爪部8寄り(例えば、爪部先端部8aの真上)の開口6に位置付けられた状態から当該転動体をポケット4に向けて押し込んだ際、その一方の爪部8に作用した押圧力(荷重)Fによって当該爪部8が変形する状態をFEM(有限要素法)解析した結果が示されている。これによれば、当該爪部8(爪部先端部8a)がポケット4側に向けて容易に且つ大きく折れ曲がってしまうことが分かる。
【0008】
そして、このような爪折れ状態の程度によっては、ポケット4に保持された転動体をスムーズに回転させることが困難になり、その結果、転がり軸受の回転時(内外輪の相対回転時)におけるトルクを一定に維持することができなくなってしまう。この場合、かかる爪折れ状態を防止するために、各爪部8外側の外径8cに例えば補強リブ(図示しない)を増設する方法も考えられるが、そうなると、補強リブの増設費用が別途加算され、その分だけ冠形保持器2の製造コストが上昇してしまう。
【特許文献1】特開2001−165172号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような問題を解決するためになされており、その目的は、爪折れ状態を生じること無く転動体をポケットに挿入することが可能な低コストの樹脂製保持器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
このような目的を達成するために、本発明は、周方向に沿って所定間隔に設けられ、転動体を挿入するための開口がそれぞれ形成された複数のポケットを有しており、各ポケットには、転動体の輪郭形状に沿った形状を成すポケット面が形成されていると共に、各開口には、ポケットに挿入された転動体を保持するための一対の爪部が当該開口を一部覆うように互いに対向して立ち上げられている樹脂製保持器であって、各爪部は、その基端側の爪部基端部から先端側の爪部先端部に亘って延出しており、爪部先端部は、爪部基端部の全幅に対してポケット面から1/3〜2/3の範囲の真上に位置決め設定されている。
【0011】
本発明において、ポケットには、玉径が2mm以下の転動体が保持される。また、開口を一部覆うように互いに対向して立ち上げられた一対の爪部の爪部先端部は、当該爪部先端部同士を結んだ平面に対して、ポケット側に向けて30度以下の角度を成して傾斜している。更に、開口を一部覆うように互いに対向して立ち上げられた一対の爪部の爪部基端部は、ポケットの中心と略同一位置に設定されている。また、爪部外側の外径は、爪部基端部から爪部先端部に亘って円弧形状を成しており、その曲率半径の中心がポケットの中心と略同中心となるように設定されている。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、爪折れ状態を生じること無く転動体をポケットに挿入することが可能な低コストの樹脂製保持器を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の一実施の形態に係る樹脂製保持器について、図1を参照して説明する。
本実施の形態は、図2に示された樹脂製保持器(冠形保持器)2の改良であるため、以下では改良部分の説明にとどめる。この場合、上述した樹脂製保持器2(図2参照)と同一の構成については、その構成に付された参照符号と同一の符号を本実施の形態に用いた図面上に付することで、その説明を省略する。
【0014】
図1(a)に示すように、本実施の形態の冠形保持器2において、それぞれの開口6を一部覆うように互いに対向して立ち上げられた一対の爪部8の爪部基端部8bは、ポケット4の中心(ポケット中心)Psと略同一位置に設定されている。また、各爪部8外側の外径8cは、爪部基端部8bから爪部先端部8aに亘って円弧形状を成しており、その曲率半径の中心8sがポケット中心Psと略同中心となるように設定されている。この場合、各爪部8外側の外径8cの曲率半径の中心8sがポケット中心Psよりも、ポケット径比で7%以下の範囲で図中向って下方位置となるように設定しても良い。
【0015】
また、本実施の形態の冠形保持器2において、各爪部8は、爪部基端部8bから爪部先端部8aに亘って延出しており、爪部先端部8aは、爪部基端部8bの全幅Wに対してポケット面Pmから1/3〜2/3の範囲の真上に位置決め設定されている。この場合、それぞれの開口6を一部覆うように互いに対向して立ち上げられた一対の爪部8の爪部先端部8aは、当該爪部先端部8a同士を結んだ平面Lに対して、ポケット4側に向けて30度以下の角度θを成して傾斜している。
【0016】
ここで、図1(b)には、上記の設定条件を満たす冠形保持器2において、転動体が一方の爪部8寄り(例えば、爪部先端部8aの真上)の開口6に位置付けられた状態から当該転動体をポケット4に向けて押し込んだ際、その一方の爪部8に作用した押圧力(荷重)Fによって当該爪部8が変形する状態をFEM(有限要素法)解析した結果が示されている。これによれば、当該爪部8(爪部先端部8a)がポケット4側に向けて大きく折れ曲がっていないことが分かる。
【0017】
以上、上記の設定条件を満たす爪部8によれば、転動体を組み込む際の押圧力(荷重)Fが作用しても、当該押圧力(荷重)Fに対して爪部8が突っ張った状態を維持する。このとき、その突っ張り力は押圧力(荷重)Fを上回った状態となるため、当該爪部8(爪部先端部8a)がポケット4側に向けて容易に且つ大きく折れ曲がることは無い。即ち、上述した従来の設定条件(図2(c))では、転動体を組み込む際の押圧力(荷重)Fによって爪部8(爪部先端部8a)がポケット4側に向けて容易に且つ大きく折れ曲がってしまうが、本実施の形態の設定条件(図1(a))を満たすことにより、かかる弊害の発生を完全に払拭することができる。
【0018】
これにより、ポケット4に挿入された転動体は、爪部8とポケット面Pmとの間に安定して収容され、その状態において、当該ポケット4から脱落すること無くスムーズに回転可能に保持される。これにより、当該冠形保持器2に保持された複数の転動体を組み込んだ転がり軸受では、その軸受回転時(内外輪の相対回転時)におけるトルクを長期に亘って一定に維持することができる。
【0019】
また、本実施の形態の冠形保持器2では、複数のポケット4に玉径が2mm以下の転動体をスムーズな回転安定性を維持しつつ保持可能であり、これを適用した転がり軸受は、軸受回転時のトルクを長期に亘って一定に維持する玉軸受として実現される。
【0020】
また、本実施の形態の設定条件(図1(a))を満たす冠形保持器2によれば、爪折れ状態を防止するために、各爪部8外側の外径8cに例えば補強リブ(図示しない)を増設する必要も無い。
【0021】
また、本実施の形態において、冠形保持器2を形成するために用いる樹脂材料は、例えば、熱可塑性スーパーエンジニアリングプラスチック、200℃以上の長期耐熱性を有するポリマーアロイなど、当該冠形保持器2を用いた転がり軸受の使用環境や使用目的に応じて各種の樹脂材料を適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】(a)は、本発明の一実施の形態に係る樹脂製保持器において、各ポケットに設けられた爪部の構成を一部拡大して示す図、(b)は、ポケットに転動体を組み込む際における本実施の形態の爪部の変形状態をFEM解析した結果を示す図。
【図2】(a)は、冠形保持器の構成を示す斜視図、(b)は、ポケットの構成を一部拡大して示す斜視図、(c)は、従来の爪部の構成を一部拡大して示す図、(d)は、ポケットに転動体を組み込む際における従来の爪部の変形状態をFEM解析した結果を示す図。
【符号の説明】
【0023】
2 樹脂製保持器(冠形保持器)
4 ポケット
6 開口
8 爪部
8a 爪部先端部
8b 爪部基端部
Pm ポケット面
W 爪部基端部の全幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周方向に沿って所定間隔に設けられ、転動体を挿入するための開口がそれぞれ形成された複数のポケットを有しており、各ポケットには、転動体の輪郭形状に沿った形状を成すポケット面が形成されていると共に、各開口には、ポケットに挿入された転動体を保持するための一対の爪部が当該開口を一部覆うように互いに対向して立ち上げられている樹脂製保持器であって、
各爪部は、その基端側の爪部基端部から先端側の爪部先端部に亘って延出しており、爪部先端部は、爪部基端部の全幅に対してポケット面から1/3〜2/3の範囲の真上に位置決め設定されていることを特徴とする樹脂製保持器。
【請求項2】
ポケットには、玉径が2mm以下の転動体が保持されることを特徴とする請求項1に記載の樹脂製保持器。
【請求項3】
開口を一部覆うように互いに対向して立ち上げられた一対の爪部の爪部先端部は、当該爪部先端部同士を結んだ平面に対して、ポケット側に向けて30度以下の角度を成して傾斜していることを特徴とする請求項1又は2に記載の樹脂製保持器。
【請求項4】
開口を一部覆うように互いに対向して立ち上げられた一対の爪部の爪部基端部は、ポケットの中心と略同一位置に設定されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の樹脂製保持器。
【請求項5】
爪部外側の外径は、爪部基端部から爪部先端部に亘って円弧形状を成しており、その曲率半径の中心がポケットの中心と略同中心となるように設定されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の樹脂製保持器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−191865(P2009−191865A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−30479(P2008−30479)
【出願日】平成20年2月12日(2008.2.12)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】