説明

機械研磨方法、機械研磨装置および研磨物

【課題】ガラス基板の表面を切り込み加工により研磨する際、加工時においてガラス基板の表面に加工不要な凸部が現れても、加工を要する要加工部のみを加工可能とする研磨方法を提供する。
【解決手段】回転テーブル上に粘弾性素材のバッキングパッド14によりガラス基板1を保持し、工具面を固定した研磨工具15により回転するガラス基板1の表面を切り込み加工により研磨加工する際、研磨工具15に対し、ガラス基板1の加工を要する箇所の通過時間を短くし、加工を不要とする箇所での通過時間を長くした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平板状のガラス板、ウエハー等の加工対象物(ワーク)の表面と工具との間に研磨材を介在させて目的形状に研磨する機械研磨方法、機械研磨装置、及び機械研磨方法により研磨されたガラス板、ウエハー等の研磨物に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶ディスプレイ等の画像表示装置の大サイズ化が進み、例えば2m角以上のマザー・ガラスが使用されており、さらなる大型化が要求されている。
【0003】
この大型化されたマザー・ガラスに対して、例えばR、G、B等のパターンを転写するためのマスク基板もマザー・ガラスの大型化に合わせて大型化が要求される。
【0004】
マスク基板は、例えば矩形平板状の石英ガラス製ガラス基板表面にマスクを形成したもので、ガラス基板表面には高い平坦度が要求されている。
【0005】
大サイズのガラス基板表面を高平坦度に研磨する技術として、上下方向に回転軸を有するワーキングテーブル上にワークであるガラス基板を装着し、上下方向に回転軸を有する研磨用の工具を該ワーキングテーブルの径方向に沿って揺動可能に配置し、前記ワーキングテーブルの1回転で回転する工具を4往復揺動(4周期揺動)させ、矩形平板状のワークに対して工具軌跡を矩形に形成し、前記工具の往復揺動中心位置を僅かずつワーキングテーブルの回転中心に向かってずらすことで、ガラス基板の表面を全面にわたって研磨する(特許文献1)。
【0006】
この特許文献1の加工方法では、前記ワーキングテーブルの回転角速度を等速とし、工具位置をガラス基板の各一辺が通過するのに同期して工具を1往復移動させ、ガラス基板が1回転した時における工具の揺動方向中心位置を僅かにワーキングテーブルの中心に向かって移動させ、同様に工具を揺動させる。
【0007】
そして、ガラス基板の角部が工具位置を通過する前後の揺動速度を速くすることで、ガラス基板に対する工具軌跡を曲線とし、ガラス基板の角部の奥深くまで工具を送り込むようにしている。これにより、ガラス基板の大サイズ化に応じて工具の直径が大きくなっても、ガラス基板の角部の加工量を目的の加工量で加工できるようにしている。
【0008】
また、特許文献1の加工方法では、ワークであるガラス基板に工具を一定圧力で押し付けながら加工(以下、定圧加工と称す)している。この定圧加工では、一定圧力で工具をワークに押し付けて加工するため、ワークが研磨されればその分工具が下方に自動的に下がることになる。
【0009】
また、特許文献1の加工方法等の加工方法では、ワークであるガラス基板の表面を加工する前に、該表面形状を計測し、計測データに基づいて目的形状のガラス基板表面を得るのに要するワークと工具との相対回転速度、加圧力、同一工具軌跡に対する加工回数等を演算する。
【特許文献1】特開2006−062055号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ワークとしてのガラス基板は、その表面形状を計測する際、計測装置の定盤上に例えば水平姿勢で載置され、表面形状が測定され、その後加工装置の定盤上に保持手段を介して載置される。
【0011】
図2(a)は、計測装置の定盤上で計測したガラス基板1の基板表面形状を示し、計測結果として、A部が図2(d)に示す略平坦形状、B部が図2(e)に示す凸形状(実凸部とする)で、目的形状との関係において、A部は加工不要(加工したくない)箇所であり、B部は要加工(加工したい)箇所とする。
【0012】
一方、ガラス基板1は、垂直姿勢から水平姿勢に保持姿勢を変更した場合、また水平姿勢においてガラス基板1の周辺部のみを支持した場合とガラス基板1の全面を支持した場合とではガラス基板1の表面形状が変化する。
【0013】
図2(a)ではガラス基板1を例えば垂直姿勢で基板表面形状を計測し、図2(b)はこのガラス基板1を平坦な水平台上に載置した場合を示す。ガラス基板1の厚みは全体において一定ではなく、僅かなバラツキがあり、A部の板厚が僅かに厚いと、図2(b)に示すように、板厚が表面形状に影響を及ぼし、水平載置状態で略平坦であったA部が凸形状に変化する(この凸形状に変化したA部を虚凸部とする)。そして、図2(c)に示すように、このガラス基板1を加工装置の定盤上に配置した保持手段2上に載置すると、本来は表面形状が略平坦な箇所であったA部が虚凸部になる。なお、この虚凸部は、ガラス基板1を定盤あるいは保持手段2から取り外すと消え、A部は図2(a)に示す略平坦形状に戻る。
【0014】
そして、図2(f)に示すように、定圧加工により、例えば工具面の向きを自在に変更できる首振り式の工具3でガラス基板1の表面を加工すると、加工したい実凸部であるB部だけでなく、加工したくない虚凸部であるA部も加工されてしまい、加工後にガラス基板1を保持手段2から取り外すと、A部が凹部となり目的とする表面形状が得られなくなる。
【0015】
本発明の目的は、このような観点に鑑みなされたもので、加工時においてガラス基板等のワークの表面に虚凸部などが現れても、計測結果に基づいて決定された要加工部のみを加工し、ワーク表面を目的形状に加工できる機械研磨方法、機械研磨装置およびこの機械加研磨方法により加工された研磨物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の目的を実現する第1の機械研磨方法は、研磨対象物に対する工具面の向きを固定した回転する研磨工具を使用して、回転テーブル上に粘弾性素材の保持手段を介して水平姿勢に保持された板状の研磨対象物を工具切り込み形式の切り込み加工により研磨する機械研磨方法であって、前記研磨対象物における加工を要する箇所での前記研磨工具の通過時間を短くし、加工を不要とする箇所での前記研磨工具の通過時間を長くしたことを特徴とする。
【0017】
本発明の目的を実現する第2の機械研磨方法は、上記した第1の方法で、前記通過時間の長短は、前記研磨対象物が保持される回転テーブルの回転速度を調節することで生成することを特徴とする。
【0018】
本発明の目的を実現する第3の機械研磨方法は、上記したいずれかの方法で、前記切り込み加工のタイミングは、前記研磨工具を所定の加工時間毎、又は前記回転テーブルの所定回転毎に段階的に降下させることを特徴とする。
【0019】
本発明の目的を実現する第4の機械研磨方法は、上記した第1または第2の方法で、前記切り込み加工のタイミングは、前記研磨対象物における加工を不要とする個所では行わず、前記研磨対象物における加工を要する個所に合わせて行うことを特徴とする。
【0020】
本発明の目的を実現する第5の機械研磨方法は、上記したいずれかの方法で、前記研磨対象物における加工を要する箇所での前記研磨工具の回転数を速くし、加工を不要とする箇所での前記研磨工具の回転数を遅くしたことを特徴とする。
【0021】
本発明の目的を実現する第1の機械研磨装置は、ワーク回転駆動機構により回転数可変に回転駆動される水平回転テーブルと、板状の研磨対象物を前記水平回転テーブルに対して水平姿勢に担持する粘弾性素材からなるシート状の保持手段と、上下方向に回転軸を有し、前記研磨対象物に対する工具面の向きを固定した前記研磨対象物の上面を研磨する研磨工具と、前記研磨工具を切り込み加工のために昇降させる工具昇降機構と、前記ワーク回転駆動機構と前記工具昇降機構をそれぞれ駆動制御すると共に、研磨対象物に対して加工を要する箇所と加工を不要とする箇所を予め設定した制御手段と、を有し、前記制御手段は、予め設定した加工を要する箇所が工具に当接する際の回転速度を速くし、加工を不要とする箇所が該工具に当接する際の回転速度を遅くするように前記ワーク回転駆動機構を制御することを特徴とする。
【0022】
本発明の目的を実現する第2の機械研磨装置は、上記した第1の研磨装置で、前記制御手段は、前記切り込み加工のタイミングとして、前記研磨工具を所定の加工時間毎、又は前記回転テーブルの所定回転毎に段階的に降下させることを特徴とする。
【0023】
本発明の目的を実現する第3の機械研磨装置は、上記した第1の研磨装置で、前記制御手段は、前記切り込み加工のタイミングとして、前記研磨対象物における加工を不要とする個所では行わず、前記研磨対象物における加工を要する個所に合わせて行うことを特徴とする。
【0024】
本発明の目的を実現する第4の機械研磨装置は、上記したいずれかの研磨装置で、前記制御手段は、前記研磨対象物における加工を要する箇所での前記研磨工具の回転数を速くし、加工を不要とする箇所での前記研磨工具の回転数を遅くしたことを特徴とする。
【0025】
本発明の目的を実現する研磨物は、上記したいずれかの機械研磨方法により研磨されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明の機械加工方法によれば、研磨対象物として例えばマスク用のガラス基板等を例えば修正加工により目的の形状に研磨加工する際、ガラス基板を水平姿勢に保持することで、ガラス基板の板厚変化がガラス基板の研磨加工面に現れ、本来は加工を不要とする箇所が加工を要する箇所と同様に凸となる場合であっても、ガラス基板などの研磨対象物を発泡ポリウレタン等の粘弾性素材により構成した保持手段により担持(保持)させ、当該箇所における研磨工具の通過時間を長短制御することで、要研磨箇所のみを加工することができる。
【0027】
ここで粘弾性素材は、急激な変形を加えた場合には弾性体として作用し変形部分が元に戻るのに対し、ゆっくりとした変形を加えた場合には、粘性流動が加わって形が変る(すぐには元に戻らない)という特徴を有している。
【0028】
このように要不要個所について選択的に加工ができるのは、発泡ポリウレタン等の粘弾性素材の特性によるもので、粘弾性素材の保持手段上に載置したガラス基板に研磨工具により長時間にわたって加圧を付与する、すなわちゆっくりと過重を加えると当該部分が徐々に変形し、その荷重を緩和する変形量が大きくなって工具圧力が基板に伝わらないのに対し、短時間で加圧する、すなわち急激に荷重を加えると、変形量が小さく圧力の緩和も小さくなる。そのため、工具切り込み形式の切り込み加工法により、当該部分をある程度の時間をかけて加工すると研磨工具を長時間の加圧した部分は殆ど加工されず、短時間で加圧した部分が加工されることになる。
【0029】
請求項2に係る発明によれば、回転テーブルの回転速度の高低を調節するという簡単な方法で、加工不要の凸部分の加工を行うことなく加工要の凸部分のみを切り込み加工することができる。
【0030】
請求項3に係る発明によれば、切り込み加工のタイミングとして、前記研磨工具を所定の加工時間毎、又は前記回転テーブルの所定回転毎に段階的に降下させることで、切り込み加工のタイミング制御が容易に行える。
【0031】
請求項4に係る発明によれば、切り込み加工のタイミングとして、前記研磨対象物における加工を不要とする個所では行わず、前記研磨対象物における加工を要する個所に合わせて行うので、誤って加工不要箇所を加工することがない。
【0032】
請求項5に係る発明によれば、工具の高速化で加工進行が行え、工具の低速化で加工の抑制を行える。
【0033】
請求項6に係る発明によれば、研磨工具により切り込み加工を採用している研磨装置において、回転テーブルに粘弾性素材からなるシート状の保持手段を介してガラス基板等の研磨対象物を載置させ、加工を要する箇所が工具に当接する際の回転速度を速くし、加工を不要とする箇所が該工具に当接する際の回転速度を遅くするだけで、加工の要の個所のみを確実に加工することができる。
【0034】
請求項7に係る発明によれば、切り込み加工のタイミングを容易に設定することができる。
【0035】
請求項8に係る発明によれば、加工不要箇所で切り込みのために研磨工具が降下すると、急激な変形を受けて加工が施されるおそれがあるが、切り込み加工のタイミングとしてこの個所を外しているので、誤加工のない研磨加工が行える。
【0036】
請求項9に係る発明によれば、研磨工具の回転数を調節することで、加工の進行を速めたり加工を抑制したりすることができる。
【0037】
請求項10に係る発明によれば、目的形状に加工したガラス基板等の研磨対象物を提供することができる。
【0038】
また、本発明による機械研磨装置によれば、水平回転テーブル上の保持手段として発泡ポリウレタン等の粘弾性素材のものを用意し、水平回転テーブルの回転数を制御するだけで、切り込み加工により上述の要加工箇所のみを研磨加工することができる。
【0039】
さらに、本発明の方法及び装置によれば、切り込み加工に際しては、研磨対象物に対する工具面の向きを固定した研磨工具を使用することにより、要加工個所の凸部分になぞって研磨工具が首ふりしながら移動することがなく、要加工個所の凸部分を研磨することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
以下、本発明を図面に示す実施形態に基づいて詳細に説明する。
実施形態1
図1は本発明による機械研磨装置の実施形態を示し、(a)は概略上面図、(b)は概略正面図および制御ブロック図を示す。図2は、本発明の研磨加工を説明するための図である。
【0041】
本実施形態による機械研磨装置10は、不図示の基台に上下方向に回転軸11を有するワーク回転駆動機構12を取り付けている。
【0042】
ワーク回転駆動機構12は、回転数可変の駆動モータ12aと減速機12bとモータの回転角(角速度)を検出するロータリエンコーダ12c等により構成され、減速機12bの出力側に回転軸11を取り付け、この回転軸11の上端に水平回転テーブル13を取り付けている。
【0043】
水平回転テーブル13上には、ワーク保持手段14が設置され、このワーク保持手段14上にワーク(研磨対象物)であるガラス基板1を水平姿勢に保持する。本実施形態において、ワーク保持手段14は、発泡ポリウレタン等の粘弾性素材を平板状(シート状)としたもの(以下、バッキングパッドと称す)を使用している。
【0044】
一方、水平回転テーブル13の上方には、上下方向に回転軸15aを有する工具15が配置され、工具回転駆動機構16により工具15を回転駆動する。工具回転駆動機構16は、工具昇降機構17を介して工具水平移動機構18に取り付けられ、工具水平移動機構18は水平案内手段19に支持案内されて水平方向に移動可能となっている。
【0045】
工具15は、工具本体15bの工具面の向きをガラス基板1の表面に対して固定しており、本実施形態では工具本体15bを回転軸15aに対して直角に固定している。
【0046】
工具回転駆動機構16は、工具回転数指令により回転数を可変とし、また例えばロータリエンコーダにより工具15の回転数を検出可能としている。
【0047】
工具昇降機構17は、不図示の位置センサにより工具15の昇降位置を検出可能とすると共に、不図示のパルスモータ等のアクチュエータに工具昇降指令信号を出力すると、指令信号に応じて工具15を昇降させる。そして、切り込み加工を実行する場合には、工具15を段階的に降下させる。
【0048】
工具水平移動機構18は、例えば工具15が水平回転テーブル13の回転中心を通る直径線上を移動軌跡として工具15を往復移動(揺動)させ、不図示の位置センサにより工具15の水平方向位置を検出可能としている。
【0049】
工具15の往復移動量と水平回転テーブル13の回転速度との関係を調節することにより、工具15がガラス基板1に対して種々の工具軌跡を描いて研磨することができ、例えば図1(a)に示すように、工具15の往復移動軌跡をX軸とし、研磨加工のスタート位置を水平0°位置(往復動を0°から360°とする)とすると、例えば回転テーブル13の1回転と工具15の往復動を同期させた場合、工具15の往復動で元の位置に戻るとガラス基板1がちょうど1回転して元の位置に戻る。また、図2(f)に示すように、工具15はガラス基板1の外周側から内周側に向かって工具軌跡Tを描くように移動する。なお、工具15の往復動に伴う揺動範囲は、例えば図1(a)を例にすると、ガラス基板1の外周端と中心との間を少なくともカバーできる範囲としている。
【0050】
本実施形態において、工具15を上方から下方へ段階(ステップ)的に降下させる切り込み加工において、切り込みのタイミング(工具15を1ステップ降下させるタイミング)として所定の加工時間毎で行っているが、回転テーブル13の周回数に応じて行うようにしても良い。また、図2(a)に示す虚凸部付近では切り込まず、実凸部の手前で切り込むようにしても良い。
【0051】
上記切り込み加工において、工具15の総降下量(目標切り込み量)は図2(a)に示す基板表面形状の計測結果から、目的形状を得るのに要する修正加工量に基づいて求められる。
【0052】
また、図2(a)に示すように、基板表面形状の計測結果により、A部が加工不要箇所、B部が要加工箇所と判定した場合、図2(c)に示すように、修正加工範囲に加工不要箇所A部の表面が存在するため、この加工不要箇所A部が研磨加工されてしまうように思われる。
【0053】
ガラス基板1の加工不要箇所A部にできた虚凸部は、ガラス基板1をワーク保持手段であるバッキングパッド14上に載置することにより、ガラス基板1の板厚のバラツキで形成されたものであり、弾性変形容易な部分でもある。
【0054】
そこで、工具15が通過する際に虚凸部を下方に向けて押し下げ、その時に粘弾性素材からなるバッキングパッド14の変形量が大きく圧力の緩和が大きければ、工具圧力がガラス基板に伝わらないので、当該虚凸部が工具15により研磨加工されずに済むことになる。
【0055】
また、ガラス基板1の要加工個所B部の実凸部が工具15を通過する際に、実凸部を下方に押し下げるが、バッキングパッド14の変形量が小さく圧力の緩和が小さければ、工具圧力がガラス基板に伝わり、当該実凸部が工具により研磨加工されることになる。
【0056】
このように、実凸部と虚凸部とについてバッキングパッド14の変形量を調節可能とするには、工具15が通過する際に、工具15の加圧時間を調節することにより行える。すなわち、バッキングパッド14を構成する粘弾性素材の特性として、急激な変形を受けると弾性変形性が支配的となり元に戻るという例えばバネと同様の作用を有するのに対し、ゆっくりとした変形を受けると粘性流動性が支配的となり変形を受けた形状に略変形する。したがって、工具15の通過時間を短くすればバッキングパッド14は急激な変形を受けることになり、逆に工具15の通過時間を長くすればバッキングパッド14はゆっくりとした変形を受けることになる。
【0057】
したがって、切り込み加工により工具15を段階的に降下させて工具15の工具面をガラス基板1の表面に当接させて研磨することになるが、加圧時間の調整は回転テーブル13の回転数を変化させて行っている。この場合、工具15の当接箇所が実凸部では高回転速度とし、工具15の当接箇所が虚凸部では低速回転速度としている。その際、工具15の回転数も実凸部では高回転、虚凸部では低回転とする。工具の高回転は加工をより進行させ、逆に低回転は加工を抑える。
【0058】
したがって、図2(g)に示すように、切り込み加工により実凸部が工具15と当接する場合には、工具15とガラス基板1の当該実凸部(当接箇所)における回転方向の相対回転速度を速くすることで当該当接箇所のバッキングパッド14に対する変形量が小さく、工具15による当該実凸部の研磨加工を可能とする。
【0059】
また工具15との上記当接箇所が虚凸部の場合では、当該当接箇所での工具15に対するガラス基板1の相対回転速度部を低くすると、当該当接箇所のバッキングパッド14に対する変形量が大きくなり、工具15による虚凸部の研磨加工を不可能とする。
【0060】
このように、工具15により加工される領域において、工具15に対するガラス基板1の相対回転速度の変更は、図2(a)に示すように、基板表面形状の計測結果に基づいて目的形状とする修正加工量が演算されると、ガラス基板1の表面全面に対する工具軌跡Tがパソコン(PC)で作成される。
【0061】
パソコンでは、各工具軌跡Tに対応して、要加工箇所と加工不要箇所に応じた工具15に対するガラス基板1の相対回転速度(回転数)を設定する。また、ガラス基板1の回転速度の変更(水平回転テーブル13の回転数の変更)に同期するように、工具15の揺動速度を設定し、また工具回転数を設定する。
【0062】
本実施形態では、1加工周回における水平回転テーブル13(ガラス基板1)の回転位置が0°から359°までの1°毎に、工具水平揺動位置、工具回転数、ガラス基板回転数をそれぞれパソコン(PC)19で作成し、これを修正加工データとして制御装置20のバッファ20aに送信する。例えば、図2(a)に示すように、略平坦な表面形状のA部がBP14上に載置した時に虚凸部となる場合、工具軌跡TmからTnにおいて、加工対象部分が存在しない回転角0°からθ1までの範囲では高速回転、次に虚凸部の存在するθ2の回転角範囲では低速回転、次の加工対象部分が存在しない回転角θ3の回転角範囲では高速回転、さらに加工対象部分が存在する回転角θ4の回転角範囲では高速回転で回転するようにデータを作成する。
【0063】
なお、ガラス基板1の回転数は、例えば0.5rpm〜20rpmとし、高速回転数といってもガラス基板1の回転中心に近い位置と遠い位置では工具15に対する回転速度が異なるので、夫々適宜の回転数を設定する。
【0064】
制御装置20は、CPU20bからバッファ20aに修正加工データの問い合わせを行うと、バッファ20aはPC19から問い合わせに対応するデータをバッファ20aに送信する。
【0065】
また、制御装置20は、制御パネル21に設けた操作ボタン(初期位置ボタン、スタートボタン、加工ボタン、停止ボタン)を操作すると、操作スイッチである初期位置スイッチ(SW)21a、スタートスイッチ21b、加工スイッチ21c、停止スイッチ21dがそれぞれONし、ON信号をCPU20bに出力する。
【0066】
制御装置20は、CPU20bに各操作スイッチ21a〜21dからのON信号が入力すると、図3A、図3Bに示すフローチャートに従って機械研磨装置10のワーク回転駆動機構12、工具回転駆動機構16、工具昇降機構17、工具水平移動機構18を駆動制御する。
【0067】
図3Aにおいて、初期位置スイッチ21aをONすると(S1)、水平回転テーブル13の所定位置に載置したガラス基板1が初期位置(ゼロ位置)であるか、工具15の昇降方向および水平方向が初期位置(ゼロ位置)であるかを確認し(S2)、スタートスイッチ21bがONされるのを待つ(S3)。
【0068】
S3において、スタートスイッチ21bがONされると、PC19からバッファ20aを介して初期位置データ(0°位置データ)を受け取り(S4)、工具水平移動機構18に工具水平0°位置指令(工具水平初期位置指令)を出力し(S5)、工具15を水平方向の初期位置(水平0°位置)に到達するまで移動させる(S6、S7)。また、工具昇降機構17に、工具昇降初期位置指令を出力し(S8)、工具15が昇降方向の初期位置に到達するまで移動させる(S9、S10)。
【0069】
ここで、工具昇降初期位置は、図4(a)に示すように、ガラス基板1から上方に離れた位置で、工具設定高さに、所定の高さマージンを加えた高さとしている。また、工具設定高さは、図4(b)に示すように、ガラス基板1が未研磨加工状態において、工具15とガラス基板1が接する高さである。また、切り込み加工のために工具15を降下させる高さを工具高さと称す。
【0070】
なお、ガラス基板1は、バッキングパッド14を介して水平回転テーブル13上に載置されているので、水平回転テーブル13の表面からガラス基板1の表面までの高さ、及び工具15の上方待機位置と水平回転テーブル13の間隔を計測し、これを制御装置20に予め入力しておけば、前記工具昇降初期位置は求まる。
【0071】
また、工具15をガラス基板1にいきなり接するように降下させるとガラス基板1を傷めるおそれがあるため、工具15を上方の待機位置からある程度の高さまで降下させ、そこから工具設定高さまでゆっくりと工具を降下させるようにしており、その高さを工具高さマージンとし、例えば7mm程度に設定している。なお、工具15が昇降方向の最も上方へ退避した待機位置から工具昇降初期位置まで速く降下させ、その後はゆっくりと工具設定高さまで降下させる。
【0072】
S11において、工具15が水平方向及び昇降方向において共に初期位置に達したと判断(S7,S10終了)すると、加工スイッチ21cがONされるのを待つ(S12)。そして、加工スイッチ21cがONされると、内蔵タイマーを始動させる(S13)。
【0073】
本実施形態において、切り込みタイミング(工具15を1ステップ降下させるタイミング)は、加工時間間隔に基づいて行っており、この加工時間間隔を内蔵タイマーに設定している。例えば加工時間間隔をtとすると、加工時間間隔tのn倍をタイマー時間としている。
【0074】
S13で内蔵タイマーが始動すると、工具昇降機構17に工具設定高さ位置指令を出力し(S14)、図4(b)に示すように、工具15を工具設定高さに移動させる(S15)。また、工具回転駆動機構16に対し、初期位置(工具水平0°)での工具回転数指令を出力し(S16)、工具15を指令回転数で回転させる(S17)。
【0075】
さらに、S13での内蔵タイマーの始動により、ワーク回転駆動機構12に対し、回転角0°でのガラス基板1の回転数指令を出力し(S18)、ガラス基板1をバッキングパッド14を介して支持している水平回転テーブル13を指令回転数で回転させ(S19、S20)、ガラス基板1の回転角度をロータリエンコーダ12cからの角度検出情報に基づいて検出する(S21)。
【0076】
そして、検出角度が次に取り込む角度(次角度とする)であるかどうかを判断し(S22)、次角度と判断すると、S23において次角度位置データを修正加工用データから取り込み、図3BのS−Aに進む。
【0077】
図3Bにおいて、次角度制御に際し、工具15の水平方向揺動のために次角度での工具水平位置指令を出力し(S24)、工具15を揺動のために次角度位置に移動する(S25)。また、次角度での工具回転数指令を出力し(S26)、工具15を指令回転数で回転させるようにモータ12aを回転させる(S27)。
【0078】
さらに、次角度での基板回転数指令を出力し(S28)、ガラス基板1を指令回転数で回転させる(S29、S30)このときの工具軌跡上で、当該回転角に前記虚凸部が存在していると、例えば工具回転数を一定とし、基板回転数を小さくして工具15に対するガラス基板の回転速度を低速とすることにより、当該虚凸部に対する工具15の通過時間が長くなり、当該虚凸部に対応するバッキングパッド14の部分が大きく変形し当該虚凸部に対して工具圧力が伝わらない。したがって、工具15に接する虚凸部の上面は研磨されずに済むことになる。
【0079】
また、逆に虚凸部ではなく実凸部が存在している場合には、基板回転数を高くして実凸部に対する工具15の通過時間を短くし、当該実凸部に対応する部分の変形量を小さくする。これにより、当該実凸部に対して工具圧力が伝達され、当該実凸部が研磨加工されることになる。
【0080】
そして、ガラス基板の回転角を検出し(S31)、次角度を検出すると(S32)、次角度位置データを取込み(S33)、加工を行う(S34)。
【0081】
S34での加工中に、内蔵タイマーのタイマー時間をチェックし(S35)、タイマー時間に達したかどうかを判断し、タイマー時間に達していなければ、S36において次角度であるかどうかを判断する。
【0082】
S36で次角度と判断されると、S−Aに戻って再びS24からS33の処理に基づいて加工を行い(S34)、またS36で次角度でないと判断されると、引き続いて加工を行う(S34)。
【0083】
一方、S35でタイマー時間に達したと判断されると、切り込み加工のために工具高さを所定値、例えば1μmだけ降下させる指令(切り込み信号)を出力し(S37)、工具15を1μmだけ降下させ(S38)、S39に進む。
【0084】
S39では、切り込み量が目標切り込み量に到達しているかどうかを判断し、まだ目標切り込み量に達していなければ、次角度であるかどうかを判断し(S40)、次角度でなければS34に戻って引き続いて加工を実行し、次角度であればS−Aに戻って再びS24からS33の処理に基づいて加工を行う(S34)。
【0085】
また、S39で目標切込量に達したと判断されると、内蔵タイマーを終了し(S41)、S42において停止スイッチ21dがONされるのを待ち、停止スイッチ21dがONされると、停止動作を開始する(S43)。
【0086】
S43で停止動作が開始されると、高さマージン工具位置上昇指令を出力し(S44)、工具15を高さマージンだけ上昇させる。また、工具回転停止指令を出力し(S46)、工具15の回転を停止する(S47)。さらに、ガラス基板回転停止指令を出力し(S48)、ガラス基板1の回転を停止して(S49)、このガラス基板1に対する研磨加工を終了する。
【0087】
以上のように、ガラス基板1を定盤上に載置するとガラス基板1の厚みムラ(板厚変化量)が上面側(研磨加工面側)に現れ、研磨不要箇所が要研磨箇所と同様高さの凸部(虚凸部)となってしまう。このため、ガラス基板1の表面形状の計測と共に、ガラス基板1の板圧変化量も計測し、これらの計測結果により、ガラス基板1の上面に対して、例えば修正加工のために求めた要研磨箇所である実凸部と、研磨不要箇所である虚凸部との存在が判明する。
【0088】
本実施形態では、粘弾性素材で形成したバッキングパッド14によりガラス基板1を保持し、実凸部が工具15を通過する時間を短くするために回転テーブル13の回転速度を速め、バッキングパッド14における当該実凸部に対応する部分の変形量を小さくして当該実凸部を研磨する。
【0089】
また、虚凸部が工具15を通過する時間を長くするために回転テーブル13の回転速度を遅くし、バッキングパッド14における当該虚凸部に対応する部分の変形量を大きくして当該虚凸部が研磨されることを避ける。
【0090】
実施例
バッキングパッドの粘弾性挙動が研磨加工に及ぼす影響を調べるために、同一ガラス基板内で工具滞在時間を変更させてその時の研磨量を計測した。その計測結果を図5に示す。
【0091】
バッキングパッドは、フジボウBPX222を使用した。バッキングパッド(フジボウBPX222)は、圧縮率(98kPaの圧力を5分間付与したときの厚み変化率)35%、圧縮弾性率(98kPaの圧力を5分間付与し、除荷して5分後の厚み回復率)86%である。このバッキングパッドは、元の厚さの35%が縮んで、その35%のうち、86%が元に戻る(14%が元に戻らない=0.35×0.14=0.049)ことになる。そうすると、元の厚みが400μmとすると、140μmの変形のうち19.6μmが元に戻らないことになる。
【0092】
図5(a)は、工具軌跡を半径740mmの円形とし、工具回転数を50rpm、ガラス基板回転数を最小0.5rpm、最大20rpmとした。また、研磨開始位置である0°(0°〜40°)でのガラス基板回転数を2.78 rpmとし、40°(40°〜90°)で0.5 rpm、90°(90°〜140°)で3.98rpm、140°(140°〜180°)で11.94 rpm、180°(180°〜220°)で17.72 rpm、220°(220°〜270°)で20 rpm、270°(270°〜320°)で16.52 rpm、320°(320°〜360°)で8.56 rpmとした。
【0093】
このときのガラス基板の板厚変化量を図5(b)、基板端部の板厚変化量とそのときのガラス基板の回転数を図5(c)に示す。
【0094】
図5(b)は、ガラス基板1の回転中心を通る直線を0°−180°ライン、140°−320°ライン、90°−270°ライン、40°−220°ラインの4本のライン上におけるガラス基板の板厚変化量を示し、縦軸は研磨を要する研磨量を示し、横軸は基板中央からの端部方向における各ラインの距離を示す。
【0095】
図5(c)に示すように、ガラス基板の回転数が速くなると研磨量が大きくなる。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】本発明による機械研磨装置の実施形態を示し、(a)は概略上面図、(b)は概略正面図および制御ブロック図を示す。
【図2】本発明の研磨加工を説明するための図。
【図3A】図1に示す制御装置の動作を示すフローチャート。
【図3B】図3Aの続きをフローチャート。
【図4】図3Bの工具設定高さ、工具マージンを説明する図
【図5】工具切り込みによる基板回転数と加工量との関係を示す図。
【符号の説明】
【0097】
1 ガラス基板
2 保持手段
3 工具(首振り式)
10 機械研磨装置
11 回転軸
12 ワーク回転駆動機構
13 水平回転テーブル
14 ワーク保持手段
15 工具(固定式)
16 工具回転駆動機構
17 工具昇降機構
18 工具水平移動機構
19 水平案内手段
20 制御装置
21 制御パネル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
研磨対象物に対する工具面の向きを固定した回転する研磨工具を使用して、回転テーブル上に粘弾性素材の保持手段を介して水平姿勢に保持された板状の研磨対象物を工具切り込み形式の切り込み加工により研磨する機械研磨方法であって、
前記研磨対象物における加工を要する箇所での前記研磨工具の通過時間を短くし、加工を不要とする箇所での前記研磨工具の通過時間を長くしたことを特徴とする機械研磨方法。
【請求項2】
前記通過時間の長短は、前記研磨対象物が保持される回転テーブルの回転速度を調節することで生成することを特徴とする請求項1に記載の機械研磨方法。
【請求項3】
前記切り込み加工のタイミングは、前記研磨工具を所定の加工時間毎、又は前記回転テーブルの所定回転毎に段階的に降下させることを特徴とする請求項1または2に記載の機械研磨方法。
【請求項4】
前記切り込み加工のタイミングは、前記研磨対象物における加工を不要とする個所では行わず、前記研磨対象物における加工を要する個所に合わせて行うことを特徴とする請求項1または2に記載の機械研磨方法。
【請求項5】
前記研磨対象物における加工を要する箇所での前記研磨工具の回転数を速くし、加工を不要とする箇所での前記研磨工具の回転数を遅くしたことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の機械研磨方法。
【請求項6】
ワーク回転駆動機構により回転数可変に回転駆動される水平回転テーブルと、
板状の研磨対象物を前記水平回転テーブルに対して水平姿勢に担持する粘弾性素材からなるシート状の保持手段と、
上下方向に回転軸を有し、前記研磨対象物に対する工具面の向きを固定した前記研磨対象物の上面を研磨する研磨工具と、
前記研磨工具を切り込み加工のために昇降させる工具昇降機構と、
前記ワーク回転駆動機構と前記工具昇降機構をそれぞれ駆動制御すると共に、研磨対象物に対して加工を要する箇所と加工を不要とする箇所を予め設定した制御手段と、
を有し、
前記制御手段は、予め設定した加工を要する箇所が工具に当接する際の回転速度を速くし、加工を不要とする箇所が該工具に当接する際の回転速度を遅くするように前記ワーク回転駆動機構を制御することを特徴とする機械研磨装置。
【請求項7】
前記制御手段は、前記切り込み加工のタイミングとして、前記研磨工具を所定の加工時間毎、又は前記回転テーブルの所定回転毎に段階的に降下させることを特徴とする請求項6に記載の機械研磨装置。
【請求項8】
前記制御手段は、前記切り込み加工のタイミングとして、前記研磨対象物における加工を不要とする個所では行わず、前記研磨対象物における加工を要する個所に合わせて行うことを特徴とする請求項6に記載の機械研磨装置。
【請求項9】
前記制御手段は、前記研磨対象物における加工を要する箇所での前記研磨工具の回転数を速くし、加工を不要とする箇所での前記研磨工具の回転数を遅くしたことを特徴とする請求項6から8のいずれかに記載の機械研磨装置。
【請求項10】
請求項1から5のいずれかに記載の機械研磨方法により研磨されたことを特徴とする研磨物。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−107064(P2009−107064A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−281533(P2007−281533)
【出願日】平成19年10月30日(2007.10.30)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】