説明

歯科用樹脂材料および歯科用成形体

【課題】本発明は、特定の構造単位を2種類含有する環状オレフィン系(共)重合体を用いることにより、吸水率が低く、透明で、かつ充分な靭性を有する歯科用樹脂材料および該樹脂材料を成形してなる歯科用成形体を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明の歯科用樹脂材料は、ある特定の構造単位:0〜99重量%と、該構造単位と同じでも異なっていてもよい特定の構造単位:100〜1重量%とを含有する環状オレフィン系(共)重合体であって、該環状オレフィン系(共)重合体の固有粘度〔ηinh〕が、0.48〜0.70dL/gであることを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用樹脂材料および歯科用成形体に関する。さらに詳しくは、本発明は、環状オレフィン系樹脂からなる歯科用樹脂材料および該樹脂材料を成形してなる歯科用成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科分野では、義歯などを製造するための材料としてポリカーボネート樹脂が提案されている。
例えば、特許文献1には、歯科用ポリマーとして、義歯床として用いる場合に成型性が優れているため、ポリカーボネート樹脂が好適であることが開示されている。また、特許文献2に記載のシクロオレフィンポリマー樹脂は、透明であることから、マウスピースや義歯および義歯の維持装置として好適であるとされている。同じく、特許文献3においても、特定の環状オレフィンポリマーが、歯科用樹脂材料として好適であることが指摘されている。このような環状オレフィンポリマーは、透明であり、かつ吸水率が低いことから歯科用樹脂材料として好ましいと考えられている。
【0003】
しかしながら、特に義歯の維持装置、鈎部(クラスプ)、床部などに用いる場合は、使用中の衝撃に耐える必要があり、必ずしもその靭性は充分とは言えなかった。
【特許文献1】特開平7−88120号公報
【特許文献2】国際公開第2004/049967号パンフレット
【特許文献3】特開2007−261970号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記問題を鑑みてなされたものであり、特定の構造単位を2種類含有する環状オレフィン系(共)重合体を用いることにより、吸水率が低く、透明性に優れる歯科用樹脂材料、および該樹脂材料を成形した場合に、充分な靭性を有する歯科用成形体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記問題を解決すべく鋭意検討した結果、環状オレフィン系(共)重合体が、特定の構造単位を2種類含有することによって、吸水率が低く、靭性に優れることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明の歯科用樹脂材料は、下記式(1)で表される構造単位を0〜99重量%、および下記式(2)で表される構造単位を100〜1重量%含有する環状オレフィン系(共)重合体であって、該環状オレフィン系(共)重合体の固有粘度〔ηinh〕が、
0.48〜0.70dL/gであることを特徴とするものである。
【0007】
【化1】

【0008】
(式中、R1は、水素原子または炭素原子数1〜10の1価の炭化水素基を表し、R2は、水素原子と炭素原子とを含まない原子群から選ばれる1種以上の原子を含む1価の極性基を表し、mは、0、1または2を表し、nは、0または1を表す。)
【0009】
【化2】

【0010】
(式中、R3およびR4は、それぞれ独立に、水素原子または炭素原子数1〜10の1価の炭化水素基を表し、pは、0、1または2を表し、qは、0または1を表す。)
また、本発明の歯科用成形体は、本発明の歯科用樹脂材料を、成形してなることを特徴とするものである。
【0011】
上記歯科用成形体は、局部義歯の維持装置用として好適である。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、吸水率が低く、透明性に優れる歯科用樹脂材料を提供することができる。さらに、本発明の歯科用樹脂材料を成形してなる歯科用成形体は、吸水率が低いことから吸水変形がほとんど見られず、透明性が高く使用中の外観が目立たないため審美性に優れ、靭性を有するために破損しにくく、口腔内で長期間使用しても変色、変質や成分の溶出を生じにくいことから、局部義歯の維持装置(鈎部(クラスプ)、床部等)用として好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の歯科用樹脂材料は、下記式(1)で表される構造単位を0〜99重量%、および下記式(2)で表される構造単位を100〜1重量%含有する環状オレフィン系(共)重合体であって、該環状オレフィン系(共)重合体の固有粘度〔ηinh〕が、0.48〜
0.70dL/gであることを特徴とするものである。
【0014】
【化3】

【0015】
(式中、R1は、水素原子または炭素原子数1〜10の1価の炭化水素基を表し、R2は、水素原子と炭素原子とを含まない原子群から選ばれる1種以上の原子を含む1価の極性基を表し、mは、0、1または2を表し、nは、0または1を表す。)
【0016】
【化4】

【0017】
(式中、R3およびR4は、それぞれ独立に、水素原子または炭素原子数1〜10の1価の炭化水素基を表し、pは、0、1または2を表し、qは、0または1を表す。)
また、本発明の歯科用成形体は、上記歯科用樹脂材料を成形してなることを特徴とするものである。
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。
<環状オレフィン系(共)重合体>
環状オレフィン系(共)重合体は、上記式(1)で表される構造単位:0〜99重量%と下記式(2)で表される構造単位:100〜1重量%とを含有するものであって、下記式(3)および下記式(4)で表されるノルボルネン誘導体化合物をメタセシス開環(共)重合させ、主鎖に生成する炭素−炭素二重結合を水素添加することによって得られるものである。なお、下記式(1)および下記式(2)で表される構造単位は、それぞれ下記式(3)および下記式(4)で表されるノルボルネン誘導体化合物から導かれたものである。
【0019】
【化5】

【0020】
(式中、R1、R2、mおよびnは、上記式(1)に定義されたR1、R2、mおよびnと同様である。)
【0021】
【化6】

【0022】
(式中、R3、R4、pおよびqは、上記式(1)に定義されたR3、R4、pおよびqと同様である。)
上記式(1)または(3)中、R1は、水素原子または炭素原子数1〜10、好ましく
は1〜4、より好ましくは1〜2の炭化水素基を表すのが望ましい。該炭化水素基がアルキル基であることが好ましく、炭素原子数1〜4のアルキル基、より好ましくは炭素原子数1〜2、特に好ましくはメチル基であることが望ましい。
【0023】
上記R2は、水素原子と炭素原子とを含まない原子群から選ばれる1種以上の原子を含
む1価の極性基を表し、該極性基としては、カルボキシル基、水酸基、アルコキシカルボニル基、アリロキシカルボニル基、アミノ基、アミド基、シアノ基などが挙げられる。これらの極性基は、メチレン基などの極性を有さない連結基を介して結合していてもよいし、カルボニル基、エーテル基、シリルエーテル基、チオエーテル基、イミノ基などの極性を有する2価の有機基を介して結合していてもよい。これらの極性基のうち、カルボキシル基、水酸基、アルコキシカルボニル基およびアリロキシカルボニル基が好ましく、特にアルコキシカルボニル基およびアリロキシカルボニル基が好ましい。
【0024】
また、上記極性基が、式:−(CH2xCOORで表される場合、得られる環状オレフィン系(共)重合体が、他材料と良好な接着性をしめすようになるため好ましい。
上記式:−(CH2xCOORにおいて、Rは、炭素原子数1〜12、好ましくは炭素原子数1〜4、より好ましくは炭素原子数1〜2の炭化水素基、好ましくはアルキル基であることが望ましい。xは、通常0〜5を表すが、好ましくは0〜3を表す。xの値が小さいものほど、環状オレフィン系(共)重合体が熱による変形を受けにくくなるので好ましく、さらにxが0を表す場合は、その合成も容易である点で好ましい。
【0025】
上記式(1)または(3)中、好ましくはmが1のとき、nは0を表すことが望ましい。m=1、n=0である場合、環状オレフィン系(共)重合体が充分な耐熱性と強靭性を併せ持つようになるため好ましい。
【0026】
上記式(2)または(4)中、R3およびR4は、水素原子を表すことが好ましい。
上記式(2)または(4)中、好ましくはpが0のとき、qは0を表すことが望ましい。p=q=0である場合、環状オレフィン系(共)重合体が高い靭性を有するようになるため好ましい。
【0027】
上記式(3)で表されるノルボルネン誘導体化合物としては、具体的には以下の化合物が例示でいるが、これらに限定されるものではない。
5−メトキシカルボニルビシクロ[2.2.1]ヘプト−2−エン、
5−メチル−5−メトキシカルボニルビシクロ[2.2.1]ヘプト−2−エン、
5−シアノビシクロ[2.2.1]ヘプト−2−エン、
8−メトキシカルボニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、
8−エトキシカルボニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、
8−n−プロポキシカルボニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデ
セン、
8−イソプロポキシカルボニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデ
セン、
8−n−ブトキシカルボニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセ
ン、
8−メチル−8−メトキシカルボニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3
−ドデセン、
8−メチル−8−エトキシカルボニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3
−ドデセン、
8−メチル−8−n−プロポキシカルボニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10
]−3−ドデセン、
8−メチル−8−イソプロポキシカルボニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10
]−3−ドデセン、
8−メチル−8−n−ブトキシカルボニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10
−3−ドデセン。
【0028】
上記式(4)で表されるノルボルネン誘導体化合物としては、具体的には以下の化合物が例示でいるが、これらに限定されるものではない。
ビシクロ[2.2.1]ヘプト−2−エン、
トリシクロ[4.3.0.12,5]−8−デセン、
トリシクロ[4.4.0.12,5]−3−ウンデセン、
テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、
ペンタシクロ[6.5.1.13,6.02,7.09,13]−4−ペンタデセン、
5−メチルビシクロ[2.2.1]ヘプト−2−エン、
5−エチルビシクロ[2.2.1]ヘプト−2−エン、
5−エチリデンビシクロ[2.2.1]ヘプト−2−エン、
8−エチリデンテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、
5−フェニルビシクロ[2.2.1]ヘプト−2−エン、
8−フェニルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン。
【0029】
環状オレフィン系(共)重合体は、上記式(1)で表される構造単位を0〜99重量%、好ましくは0〜92重量%、より好ましくは1〜92重量%、および上記式(2)で表される構造単位を100〜1重量%、好ましくは100〜10重量%含有する。なお、上記式(1)で表される構造単位と上記式(2)で表される構造単位との合計は、90重量%以上、好ましくは95重量%以上、より好ましくは98重量%以上である。
【0030】
上記式(3)で表されるノルボルネン誘導体化合物は、0〜99重量%、好ましくは0〜90重量%、より好ましくは1〜70重量%および上記式(4)で表されるノルボルネン誘導体化合物は、100〜1重量%、好ましくは100〜10重量%の割合で、メタセシス開環(共)重合触媒に接触させ、環状オレフィン系開環(共)重合体に導かれることが望ましい。上記式(4)で表されるノルボルネン誘導体化合物を用いることによって、歯科用成形体の靭性が向上し、吸水率を低減することができる。
【0031】
(メタセシス開環(共)重合用触媒)
メタセシス開環(共)重合触媒は、下記化合物(a)と下記化合物(b)との組合せからなる触媒である。
【0032】
(a)W、MoまたはReを有する化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物。
(b)デミングの周期律表IA族元素(例えば、Li、Na、Kなど)、IIA族元素(例えば、Mg、Caなど)、IIB族元素(例えば、Zn、Cd、Hgなど)、IIIA族元素(例えば、B、Alなど)、IVA族元素(例えば、Si、Sn、Pbなど)およびIVB族元素(例えば、Ti、Zrなど)からなる群より選ばれる少なくとも1つの元素を含む化合物であって、上記元素と炭素原子との結合、および上記元素と水素原子との結合のうち、少なくとも1つの結合を有する化合物から選ばれる少なくとも1種の化合物。
【0033】
また、上記メタセシス開環(共)重合触媒は、その活性を高めるために、後述の添加剤(c)を含んでいてもよい。
上記化合物(a)の具体例としては、WCl6、MoCl6、ReOCl3など、特開平
1−132626号公報の第8頁左下欄第6行〜第8頁右上欄第17行に記載の化合物を挙げることができる。
【0034】
上記化合物(b)の具体例としては、n−C49Li、(C253Al、(i−C353Al、(C252AlCl、(C251.5AlCl1.5、(C25)AlCl2、メチルアルモキサン、LiHなど、特開平1−132626号公報の第8頁右上欄第18行〜第8頁右下欄第3行に記載の化合物を挙げることができる。
【0035】
上記添加剤(c)としては、アルコール類、エーテル類、アルデヒド類、ケトン類、アミン類などを好適に用いることができ、さらに特開平1−132626号公報の第8頁右下欄第16行〜第9頁左上欄第17行に記載の化合物を用いることもできる。
【0036】
上記化合物(a)と上記化合物(b)との割合は、金属原子比〔(a):(b)〕で、通常1:1〜1:50、好ましくは1:2〜1:30である。
上記添加剤(c)と上記化合物(a)との割合は、モル比〔(c):(a)〕で、通常0.005:1〜15:1、好ましくは0.05:1〜7:1である。
【0037】
メタセシス開環(共)重合触媒の使用量は、上記化合物(a)とノルボルネン誘導体化合物とのモル比〔(a):ノルボルネン誘導体化合物〕が、通常1:500〜1:50,000、好ましくは1:1,000〜1:10,000となる量である。
【0038】
(重合反応用溶媒)
メタセシス開環(共)重合反応において、重合反応用溶媒は、後述する分子量調節剤を含む溶液を構成する溶媒や、ノルボルネン誘導体化合物および/またはメタセシス開環(共)重合触媒の溶媒として使用される。このような溶媒としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン等のアルカン類;シクロヘキサン、シクロヘプタン、シクロオクタン、デカリン、ノルボルナン等のシクロアルカン類;ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、クメン等の芳香族炭化水素;クロロブタン、ブロモヘキサン、塩化メチレン、ジクロロエタン、ヘキサメチレンジブロミド、クロロホルム、テトラクロロエチレン等のハロゲン化アルカン;クロロベンゼン等のハロゲン化アリール;酢酸エチル、酢酸n−ブチル、酢酸iso−ブチル、プロピオン酸メチル、ジメトキシエタン等の飽和カルボン酸エステル類;ジブチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジメトキシエタン等のエーテル類などを挙げることができる。これらのうち、芳香族炭化水素が好ましい。なお、これらの溶媒は、1種単独で、または2種以上を混合して用いることができる。
【0039】
重合反応用溶媒の使用量は、溶媒とノルボルネン誘導体化合物との重量比(溶媒:ノルボルネン誘導体化合物)が、通常1:1〜10:1、好ましくは1:1〜5:1となる量が望ましい。
【0040】
(分子量調節剤)
得られる開環(共)重合体の分子量は、重合温度、触媒の種類、溶媒の種類によって調節することも可能であるが、分子量調節剤を共存させることによっても調節できる。
【0041】
好適な分子量調節剤としては、例えば、エチレン、プロペン、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン、1−ヘプテン、1−オクテン、1−ノネン、1−デセン等のα−オレフィン類およびスチレンなどを挙げることができる。これらのうち、1−ブテンおよび1−ヘキセンが好ましい。なお、これらの分子量調節剤は、1種単独で、または2種以上を混合して用いることができる。
【0042】
分子量調節剤の使用量は、開環(共)重合反応に供されるノルボルネン誘導体化合物1モルに対して、通常0.005〜0.6モル、好ましくは0.01〜0.5モルである。
(フィラー)
本発明の歯科用樹脂材料は、上述の環状オレフィン系(共)重合体を主成分とするが、歯科用途に適した着色剤、例えば、有機顔料などが添加されてもよく、さらに強度や弾性率を向上させるためにフィラーが添加されていてもよい。フィラーとしては繊維状の強化剤が挙げられる。
【0043】
<水素添加反応>
メタセシス開環(共)重合で得られた重合体は、これに水素添加することにより本発明の環状オレフィン系(共)重合体に導かれる。
【0044】
水素添加反応は、通常の方法、すなわち、開環(共)重合体を含む溶液に水素添加触媒を添加し、これに常圧〜300気圧、好ましくは3〜200気圧の水素ガスを0〜200℃、好ましくは20〜180℃で作用させて行うことができる。
【0045】
(水素添加触媒)
水素添加触媒としては、通常のオレフィン性化合物の水素添加反応に用いられる触媒を使用することができ、不均一系触媒および均一系触媒が挙げられる。
【0046】
不均一系触媒としては、パラジウム、白金、ニッケル、ロジウム、ルテニウム等の貴金属触媒物質を、カーボン、シリカ、アルミナ、チタニア等の担体に担持させた固体触媒を挙げることができる。これらの触媒の形態は、粉末でも粒状でもよい。
【0047】
均一系触媒としては、ナフテン酸ニッケル/トリエチルアルミニウム、ニッケルアセチルアセトナート/トリエチルアルミニウム、オクテン酸コバルト/n−ブチルリチウム、チタノセンジクロリド/ジエチルアルミニウムモノクロリド、酢酸ロジウム、クロロトリス(トリフェニルホスフィン)ロジウム、ジクロロトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウム、クロロヒドロカルボニルトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウム、ジクロロカルボニルトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウムなどを挙げることができる。これらの触媒の形態は、粉末でも粒状でもよい。
【0048】
水素添加触媒は、開環重合体と水素添加触媒との重量比(開環重合体:水素添加触媒)が、1:1×10-6〜1:2となる割合で使用することが好ましい。
水素添加反応によって得られる本発明の環状オレフィン系(共)重合体は、優れた熱安定性を有し、成形加工時や製品として使用する際の加熱によっても、その特性が劣化することはない。本発明の環状オレフィン系(共)重合体の水素添加率は、1H−NMRによ
り500MHzの条件で測定した値が、通常50%以上、好ましく70%以上、より好ましくは90%以上、特に好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上である。水素添加率が高いほど、熱や光に対する安定性が優れ、長期にわたって安定した特性を有する歯科用成形体を得ることができる。
【0049】
(環状オレフィン系(共)重合体の固有粘度〔ηinh〕)
環状オレフィン系(共)重合体の固有粘度〔ηinh〕は、0.48〜0.7dL/gが
好ましく、0.48〜0.6dL/gがさらに好ましく、0.48〜0.5dL/gが特に好ましい。固有粘度〔ηinh〕が、0.48dL/g未満であると靭性が失われる場合
がある。また、0.7dL/gを超えると加熱溶融による成型が不可能になる場合がある。なお、固有粘度〔ηinh〕を0.48〜0.7dL/gの範囲とするには、例えば、上
記式(1)および上記式(2)で表される構造単位の重量比や重量平均分子量(Mw)を適宜設定することにより達成することができる。例えば、上記式(1)および上記式(2)で表される構造単位の重量比が、式(1):85〜99重量%、式(2):1〜15重量%の場合、重量平均分子量(Mw)を60,000〜100,000とすることで、上述の固有粘度の範囲とすることができる。固有粘度〔ηinh〕が上記範囲内である本発明
の環状オレフィン系(共)重合体は、成形加工性に優れているため、この(共)重合体によれば、透明性に優れ、靭性が高く、吸水率が低い歯科用成形体が得られる。
【0050】
(環状オレフィン系(共)重合体の分子量)
環状オレフィン系(共)重合体のポリスチレン換算の分子量は、テトラヒドロフランを溶媒として、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC、カラム:東ソー(株)製TSKgel G7000HXL×1、TSKgel GMHXL×2およびTSKgel G2000HXL×1の4本を直列に接続した。)で測定され、数平均分子量(Mn)が好ましくは8,000〜100,000、さらに好ましくは10,000〜80,000、特に好ましくは12,000〜50,000であり、重量平均分子量(Mw)が好ましくは20,000〜300,000、さらに好ましくは30,000〜250,000、特に好ましくは40,000〜200,000である。
【0051】
(環状オレフィン系(共)重合体のガラス転移温度〔Tg〕)
環状オレフィン系(共)重合体のガラス転移温度〔Tg〕は、通常100℃以上、好ましくは100〜350℃、さらに好ましくは100〜250℃、特に好ましくは100〜200℃である。ガラス転移温度〔Tg〕が上記範囲内である環状オレフィン系(共)重合体は、成形加工性に優れ、成形加工時の熱による劣化も起こりにくい。
【0052】
(環状オレフィン系(共)重合体のゲル含有量)
環状オレフィン系(共)重合体のゲル含有量は、5重量%以下であることが好ましく、1重量%以下であることがより好ましい。
【0053】
<歯科用成形体>
本発明の歯科用成形体は、上述の歯科用樹脂材料を成形してなることを特徴とするものであって、該成形体の具体的な用途としては、局部義歯の維持装置および義歯床、局部床義歯の維持装置(鈎部(クラスプ)、床部等)、全部床義歯の維持装置(床部等)、歯科用矯正具、マウスピースなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0054】
(製造方法)
歯科用成形体は、その成形前に、公知の方法により環状オレフィン系(共)重合体中に溶存する水分や酸素成分をあらかじめ除去することが好ましい。この際、熱風乾燥機、除湿乾燥機、窒素循環式乾燥機、除湿窒素循環式乾燥機、真空乾燥機など、公知の乾燥装置が用いられる。これらの乾燥装置のうち、色相均一性を有する歯科用成形体が得られやすい点で、減圧乾燥機、または窒素などの不活性ガスを循環させる乾燥機を使用することが好ましい。乾燥温度および乾燥時間は特に限定されるものではないが、通常Tg−100℃〜Tg−20℃で、通常2〜6時間乾燥される。
【0055】
歯科用成形体を製造する際の方法については、特に限定されるものではないが、一般的な射出成形機を用いて、上記環状オレフィン系(共)重合体を主成分とする歯科用樹脂材料を250〜350℃程度のシリンダー温度で溶融させ、加温された金型内に射出して成形を行う射出成形法が好ましい。金型の温度は、環状オレフィン系(共)重合体のガラス転移温度〔Tg〕に対して低い温度に設定することが好ましい。
【0056】
(歯科用成形体の引張り破断伸び)
歯科用成形体の引張り破断伸びは、ASTM D638に従って引張り速度50mm/minで測定を行う場合、5〜40%が好ましく、10〜40%がより好ましく、15%〜40%が特に好ましい。引張り破断伸びが上記範囲内であると、充分な靭性が得られるため、局部床義歯の維持装置用に好適である。
【0057】
(歯科用成形体の吸水率)
歯科用成形体の吸水率は、以下の方法により測定した場合、0〜0.5%が好ましく、0〜0.3%がより好ましい。歯科用成形体の吸水率が上記範囲内であると、吸水変形がほとんど見られないため、局部床義歯の維持装置用に好適である。
【0058】
吸水率の測定方法は、まず、歯科用成形体を、乾燥したシリカゲル入りのデシケーターに保管して恒量化する。恒量化した歯科成形体の重量をW1とする。これを25℃の水中
に7日間浸漬して7日後の重量を測定する。この重量をW2とする。吸水率(%)は下式
によって求められる。
【0059】
吸水率(%)=(W2−W1)/W1×100
【実施例】
【0060】
次に、本発明を実施例により説明するが、本発明は、この実施例により限定されるものではない。なお、「部」は断りがない限り「重量部」を表す。
各種物性の測定は、下記(1)〜(5)に記載の方法に従った。
【0061】
(1)固有粘度〔ηinh
クロロホルムを溶媒として、重合体濃度0.5g/dLの試料を調製し、30℃の条件下でウベローデ粘度計にて測定した。
【0062】
(2)分子量
東ソー株式会社製HLC−8020ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC、カラム:東ソー(株)製TSKgel G7000HXL×1、TSKgel GMHXL×2およびTSKgel G2000HXL×1の4本を直列に接続した。)を用い、テトラヒドロフラン(THF)溶媒で測定し、ポリスチレン換算の重量平均分子量〔Mw〕および分子量分布〔Mw/Mn〕を求めた。なお、Mnはポリスチレン換算の数平均分子量を表す。
【0063】
(3)ガラス転移温度〔Tg〕
セイコーインスツルメンツ社製DSC6200を用いて、昇温速度20℃/分、窒素雰囲気下で測定した。
【0064】
(4)引張り破断伸び
環状オレフィン系(共)重合体を、あらかじめ100℃で4時間真空乾燥し、窒素雰囲気下で常圧に戻した後、窒素を封入したアルミニウム製の袋に密封して保管した。この樹脂を射出成形機(ファナック社製α2000iB、シリンダー径25mm、型締め100トン)を用いて試験片を作製した。引張り破断伸び(%)は、ASTM D638に従って引張り速度50mm/minで測定を行った。
【0065】
(5)吸水率
射出成形により得られた環状オレフィン系(共)重合体の試験片を乾燥したシリカゲル入りのデシケーターに保管して恒量にした。この試験片の重量をW1とする。この試験片
を25℃の水中に7日間浸漬して7日後の重量を測定した。この重量をW2とする。吸水
率(%)は下式によって求めた。
【0066】
吸水率(%)=(W2−W1)/W1×100
[実施例1]
下記式(5)で表される8−メチル−8−メトキシカルボニルテトラシクロ[4.4.9.12,5.17,10]−3−ドデセン(上記式(3)で表されるノルボルネン誘導体化合
物の一態様である。)を215部と、下記式(6)で表されるビシクロ[2.2.1]ヘプト−2−エン(上記式(4)で表されるノルボルネン誘導体化合物の一態様である。)を35部とを反応容器に加えた。さらに、分子量調節剤として1−ヘキセン41部と開環(共)重合反応用溶媒としてトルエン750部を加えて、窒素置換した。次いで、反応容
器内の溶液に、トリエチルアルミニウムのトルエン溶液(濃度1.5モル/L)0.62部と、t−ブタノール/メタノールで変性した六塩化タングステン(t−ブタノール:メタノール:タングステン=0.35モル:0.3モル:1モル)のトルエン溶液(濃度0.05モル/L)3.7部とを添加し、この溶液を80℃で3時間攪拌することにより開環重合反応させて、開環重合体を含む溶液を得た。この重合反応における重合転化率は97%であった。
【0067】
【化7】

【0068】
このようにして得られた開環重合体の溶液4,000部をオートクレーブに仕込み、この開環重合体溶液に、RuHCl(CO)[P(C6533を0.48部添加し、水素ガス圧100kg/cm2、反応温度165℃の条件下で3時間加熱攪拌することにより
水素添加反応を行った。得られた反応溶液(水素添加重合体を含む溶液)を冷却した後、水素ガスを放圧した。
【0069】
この反応溶液を多量のメタノール中に注いで水素添加重合体を凝固させ、回収した。回収した水素添加重合体をトルエンに溶解して濃度20%の溶液を調製し、孔径1μmのフィルターでろ過した後、再度、多量のメタノール中に注いで水素添加重合体を凝固させて回収した。この再溶解/凝固/回収操作を3回繰り返し、最後に得られた水素添加重合体を、減圧下で100℃で12時間乾燥した後、溶融押出機を用いて造粒してペレットを得た。
【0070】
このようにして得られた水素添加重合体(以下「環状オレフィン系(共)重合体1」という。)の水素添加率を、400MHzの1H−NMRにより測定した。水素添加率は9
9.9%であった。また、環状オレフィン系(共)重合体1の固有粘度〔ηinh〕は0.
53dL/g、重量平均分子量〔Mw〕は75,000、分子量分布〔Mw/Mn〕は3.5、ガラス転移温度〔Tg〕は121℃、引張り破断伸びは15%、吸水率は0.2%であった。
【0071】
[実施例2]
上記式(5)で表される化合物の量を227.5部に、上記式(6)で表される化合物を22.5部に変更した以外は合成例1と同様にして水素添加重合体を得た。得られた水素添加重合体(以下「環状オレフィン系(共)重合体2」という。)の水素添加率は99.9%であった。
【0072】
環状オレフィン系(共)重合体2の固有粘度〔ηinh〕は0.50dL/g、重量平均
分子量〔Mw〕は62,000、分子量分布〔Mw/Mn〕は3.5、ガラス転移温度〔Tg〕は137℃、引張り破断伸びは15%、吸水率は0.2%であった。
【0073】
[比較例1]
上記式(5)で表される化合物の量を236.2部に、上記式(6)で表される化合物を13.8部に変更し、使用する分子量調節剤の1−ヘキセンの量を60部に設定した以外は合成例1と同様にして水素添加重合体を得た。得られた水素添加重合体(以下「環状オレフィン系(共)重合体3」という。)の水素添加率は99.9%であった。
【0074】
環状オレフィン系(共)重合体3の固有粘度〔ηinh〕は0.47dL/g、重量平均
分子量〔Mw〕は50,000、分子量分布〔Mw/Mn〕は3.4、ガラス転移温度〔Tg〕は145℃、引張り破断伸びは13%、吸水率は0.2%であった。
【0075】
[比較例2]
上記式(5)で表される化合物の量を250部用いて、上記式(6)で表される化合物は用いずに反応容器に加えた以外は合成例1と同様にして水素添加重合体を得た。得られた水素添加重合体(以下「環状オレフィン系(共)重合体4」という。)の水素添加率は99.9%であった。
【0076】
環状オレフィン系重合体4の固有粘度〔ηinh〕は0.50dL/g、重量平均分子量
〔Mw〕は61,000、分子量分布〔Mw/Mn〕は3.5、ガラス転移温度〔Tg〕は163℃、引張り破断伸びは12%、吸水率は0.4%であった。
【0077】
[比較例3]
上記式(5)で表される化合物の量を222.5部に、上記式(6)で表される化合物を27.5部にして、反応容器に加えた以外は合成例1と同様にして水素添加重合体を得た。得られた水素添加重合体(以下「環状オレフィン系(共)重合体5」という。)の水素添加率は99.9%であった。
【0078】
環状オレフィン系(共)重合体5の固有粘度〔ηinh〕は0.46dL/g、重量平均
分子量〔Mw〕は51,000、分子量分布〔Mw/Mn〕は3.5、ガラス転移温度〔Tg〕は130℃、引張り破断伸びは12%、吸水率は0.2%であった。
【0079】
[比較例4]
上記式(5)で表される化合物の量を250部用いて、上記式(6)で表される化合物は用いずに反応容器に加え、分子量調節剤として1−ヘキセン15部加えた以外は合成例1と同様にして水素添加重合体を得た。得られた水素添加重合体(以下「環状オレフィン系(共)重合体6」という。)の水素添加率は99.9%であった。
【0080】
環状オレフィン系重合体4の固有粘度〔ηinh〕は0.78dL/g、重量平均分子量
〔Mw〕は111,000、分子量分布〔Mw/Mn〕は3.5、ガラス転移温度〔Tg〕は167℃であった。この重合体は溶融射出成形ができず、引張り破断伸びおよび吸水率の測定は行うことができなかった。
【0081】
環状オレフィン系(共)重合体1〜6が有する構造単位の配合重量比、および各物性値を表1に示す。
【0082】
【表1】

【0083】
表1のから、実施例1、2は、吸水率が低く、引張り破断伸びが大きいために、局部義
歯の維持装置に適していることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明の歯科用成形体は、吸水率が低く、引張り破断伸びが大きいことから、局部義歯の維持装置および義歯床、局部床義歯の維持装置(鈎部(クラスプ)、床部等)、全部床義歯の維持装置(床部等)、歯科用矯正具、マウスピースなどに好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される構造単位を0〜99重量%、および下記式(2)で表される構造単位を100〜1重量%含有する環状オレフィン系(共)重合体であって、
該環状オレフィン系(共)重合体の固有粘度〔ηinh〕が、0.48〜0.70dL/
gであることを特徴とする歯科用樹脂材料。
【化1】

(式中、R1は、水素原子または炭素原子数1〜10の1価の炭化水素基を表し、R2は、水素原子と炭素原子とを含まない原子群から選ばれる1種以上の原子を含む1価の極性基を表し、mは、0、1または2を表し、nは、0または1を表す。)
【化2】

(式中、R3およびR4は、それぞれ独立に、水素原子または炭素原子数1〜10の1価の炭化水素基を表し、pは、0、1または2を表し、qは、0または1を表す。)
【請求項2】
請求項1に記載の歯科用樹脂材料を、成形してなることを特徴とする歯科用成形体。
【請求項3】
上記歯科用成形体が、局部義歯の維持装置用であることを特徴とする請求項2に記載の歯科用成形体。

【公開番号】特開2009−242313(P2009−242313A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−91868(P2008−91868)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000004178)JSR株式会社 (3,320)
【Fターム(参考)】