比熱および熱伝導率の測定方法。
【課題】 高圧下にて比熱および熱伝導率を同時に測定できる方法を提供すること。
【解決手段】 熱浴である圧力容器中に圧力伝達媒体と、熱源を接触させた測定対象試料とを封入し、圧力下における試料の比熱および熱伝導率を同時に測定する測定方法であって、熱源上の1点と試料上の熱伝導上等価でない2点との少なくとも3箇所の測定点の温度変化を、熱源による加熱開始または加熱終了から定常状態となるまで測定し、この測定系を模した数値解析モデルを、圧力伝達媒体中の熱伝搬も考慮した非定常熱伝導方程式に基づいて構築し、当該モデルを用いて前記測定点に相当する点の温度変化が当該測定点の実際の温度変化と同一の温度変化曲線を描くように、試料の比熱、熱伝導率、および、試料と熱源との間の熱伝導係数を、数値解析をおこなって決定することを特徴とする。
【解決手段】 熱浴である圧力容器中に圧力伝達媒体と、熱源を接触させた測定対象試料とを封入し、圧力下における試料の比熱および熱伝導率を同時に測定する測定方法であって、熱源上の1点と試料上の熱伝導上等価でない2点との少なくとも3箇所の測定点の温度変化を、熱源による加熱開始または加熱終了から定常状態となるまで測定し、この測定系を模した数値解析モデルを、圧力伝達媒体中の熱伝搬も考慮した非定常熱伝導方程式に基づいて構築し、当該モデルを用いて前記測定点に相当する点の温度変化が当該測定点の実際の温度変化と同一の温度変化曲線を描くように、試料の比熱、熱伝導率、および、試料と熱源との間の熱伝導係数を、数値解析をおこなって決定することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、比熱および熱伝導率の測定方法に関し、特に、高圧下における比熱と熱伝導率とを同時に測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
新規な合金やセラミックスなど、固体物質を新たに得た場合には、基本的な物理量ないし物性を調べることからその物質の理解が始まる。また、従来知られた物質であっても、極低温下や超高圧下における性質は、それまで知られていない様相を呈するものもある。実際、CeCu2Si2は、最初の強相関電子系超伝導体として知られており、2.5GPa下では、超伝導転移温度TcはTc=0.7Kから2Kに急激に上昇する。
【0003】
Tcに限らず、固体物質の物性は電子状態によるところが大きく、逆に、転移点があれば、そこで電子状態が変化していると推察される。従って、電気抵抗率、比熱、熱伝導率、帯磁率、磁化率など、基本的な物理量を様々な雰囲気下(圧力雰囲気下、温度雰囲気下など)で調べることは、物性研究の上で極めて重要である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、低温雰囲気下における測定技術は進歩しているものの、ギガパスカル級の超高圧下における基本的な物理量の測定、特に、比熱や熱伝導率の測定はなかなか進歩していない、という実情がある。
【0005】
例えば、比熱を測定する方法として、断熱法や交流法が知られている。断熱法の測定装置概要を図22に示す。断熱法では、まず、数十mgの試料を圧力伝達媒体と共にテフロンカプセルに入れ、これをピストンシリンダー型圧力セルに封入し、油圧プレスにより高圧雰囲気とする。比熱の測定では、ピストンシリンダー型圧力セルごと断熱状態にし、熱量ΔQを加えたときの温度上昇ΔTからC=ΔQ/ΔTとして熱容量を求める。
【0006】
求められた熱容量は、試料、テフロンセル、圧力伝達媒体、ピストンシリンダー型圧力セルの全体の系からなる熱容量なので、テフロンセル、圧力伝達媒体、ピストンシリンダー型圧力セルの熱容量をバックグラウンドとして別途測定して差引き、試料自体の熱容量を求める。
【0007】
ここで、試料が数十mgであるのに比べ、セル本体は数十gと質量が大きいため、バックグラウンドとして熱容量を差し引くこの測定方法では、自ずと誤差が大きくなる可能性がある。特に、高圧下で測定する場合には、必然的にセルが大きくなり、差し引くべきバックグラウンドの容量も大きくなるのでこの問題はいっそう深刻となる。従って、測定限界が実質上存在し、現在では、せいぜい2GPa未満での測定値しか得られない。
【0008】
一方、交流法では、20GPaの超高圧下における比熱の異常を測定することに成功している。しかしながら、詳細な説明は省略するが、交流法では絶対値を得ることは困難であるため、比熱測定の重要な意義でもあるエントロピーの評価など、定量的な解析ができず、転移温度の圧力依存性を確認する程度の定性的な評価にとどまっているのが現状である。
【0009】
また、比熱測定の他の方法として緩和法が知られている。緩和法の測定概要を図23に示す。図示したように、緩和法は、試料に熱源および温度計を直接接合し、熱浴に対して熱リークをつくることで、一次元熱伝達問題に帰結させ、加熱もしくは冷却にともなう温度上昇もしくは下降を測定して比熱を決定する方法である。緩和法は、加えた熱は総て試料に伝達されるという仮定のもとに成り立つため、系は真空(0気圧)であることが要求され、熱拡散が生じてしまう圧力伝達媒体を介在させる測定(すなわち高圧下における測定は)は原理的に不可能である、という問題点があった。
【0010】
熱伝導率を測定する方法としては、例えば定常法が知られている。定常法の測定装置概要を図24に示す。定常法では、断面積S[cm2]の細長い試料の一端を熱浴に固定し、もう一端をヒータによって加熱し、熱流Q[W]を与えたときに、試料の長さ方向にL[cm]だけ離れた2点間に生じる温度差ΔT[K]からκ[W/cmK]=(QS)/(ΔTL) として熱伝導率を求める。定常法は、試料中に均一な熱流が発生しているという仮定のもとに成り立つため、系は真空(0気圧)であることが要求され、熱拡散が生じてしまう圧力伝達媒体を介在させる測定(すなわち高圧下における測定)は原理的に不可能である。また、その他の熱伝導率の測定法によっても、定常法と同様の理由により高圧下での測定方法は未だ確立されていない。
【0011】
本発明はこのような問題点を克服し、高圧下にて比熱のみならず熱伝導率を同時に測定できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の比熱および熱伝導率の測定方法は、熱浴である圧力容器中に圧力伝達媒体と、熱源を接触させた測定対象試料とを封入し、圧力下における試料の比熱および熱伝導率を同時に測定する測定方法であって、熱源上の1点と試料上の熱伝導上等価でない2点との少なくとも3箇所の測定点の温度の時間変化を、熱源による加熱開始又は加熱終了から定常状態にいたる過程において測定し、この測定系を模した数値解析モデルを、圧力伝達媒体中の熱伝搬も考慮した非定常熱伝導方程式に基づいて構築し、当該モデルを用いて前記測定点に相当する点の温度変化が当該測定点の実際の温度変化と同一の温度変化曲線を描くように、試料の比熱、熱伝導率、および、試料と熱源との間の熱伝導係数を、数値解析をおこなって決定することを特徴とする。
【0013】
すなわち、請求項1にかかる発明は、圧力伝達媒体が試料の周囲を取り囲んでいることを考慮した、試料や熱源からの圧力伝達媒体への3次元的な熱伝搬を、試料と熱源との接触も勘案した少なくとも3点の測定により、絶対値としての数値解析を可能とする。このとき、定常状態にいたるまでの温度の上昇曲線または温度の下降曲線に基づき試料の比熱解析が可能となり、3点の定常状態から試料の比熱が解析可能となる。
【0014】
また、請求項2に記載の比熱および熱伝導率の測定方法は、請求項1に記載の比熱および熱伝導率の測定方法において、試料を対称形に成形し、圧力容器中における試料の配置、熱源の試料上における配置、および、測定点の配置を、試料に沿って対称としたことを特徴とする。
【0015】
すなわち、請求項2にかかる発明は、系を対称とすることにより、非定常熱伝導方程式およびこれに対応した数値解析モデルを単純化でき、ひいては数値解析精度が向上する。
【0016】
また、請求項3に記載の比熱および熱伝導率の測定方法は、請求項1に記載の比熱および熱伝導率の測定方法において、圧力容器を円筒形として試料も円柱形に加工し、圧力容器の中心軸と試料の中心軸とが一致するように試料を圧力容器中に配置し、試料の底面中心に熱源を接合し、中心軸上に前記測定点を設けたことを特徴とする。
【0017】
すなわち、請求項3にかかる発明は、系を軸対称とすることにより、非定常熱伝導方程式およびこれに対応した数値解析モデルを二次元問題に単純化でき、計算負荷の低減や数値解析精度の向上が可能となる。
【0018】
また、請求項4に記載の比熱および熱伝導率の測定方法は、請求項1、2または3に記載の比熱および熱伝導率の測定方法において、数値解析法として、有限要素法、有限差分法または境界要素法を用いることを特徴とする。
【0019】
すなわち、請求項4にかかる発明は、効率的な数値解析が可能となる。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明によれば、測定対象試料から熱拡散が生じる場合であっても、その試料の比熱および熱伝導率を同時に測定できる方法を提供可能となる。このとき、測定対象試料を圧力伝達媒体とすれば、高圧下における試料の比熱および熱伝導率を同時に測定できることとなる。なお、バックグラウンドを差し引くような手法でなく、試料の温度を絶対値として直接測定するので、本発明によれば、基本的に、雰囲気温度(熱浴温度)や雰囲気圧力に制限無く、比熱や熱伝導率を測定可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施例を図面を参照しながら詳細に説明する。本実施例では、CeRh2Si2を用い、まず、実験により温度測定を行い、続いて、得られた温度の変化曲線から、解析により比熱と熱伝導率を求めた。
【0022】
(測定試料の準備)
測定試料は原料をアーク融解することにより作製した。作製した試料は、粉末X線回折により、測定したい多結晶CeRh2Si2であることを確認した。次に、測定試料を、直径3.0×高さ1.0mmの円柱形に整形した。上底面と下底面に、温度計として0.025mmφのアルメル・クロメル熱電対(株式会社Nilaco製)を取付け、下底面にはさらに試料加熱用のヒータ(350Ωの歪ゲージ(株式会社共和電子工業社製))を取り付けた。
【0023】
続いて、外層がCu−Be、内層がNiCrAlの内径5mmφのピストンシリンダー型圧力セル(株式会社R&Dサポート社製)に、圧力伝達媒体としてフロリナート70とフロリナート77(いずれも住友3M株式会社製)とを1:1の割合で混合したものを入れ、この中に試料を封入した。
【0024】
測定試験の概念図を図1に示す。測定に際しては、ヒータにより直接試料を加熱し、その際の温度変化の曲線を複数の測定点において測定することにより、3次元的な熱の流れを観測し、圧力伝達媒体の比熱および熱伝導率の影響を見積もることにより、試料の比熱および熱伝導率を求めることとした。冷却にはGM冷凍機(株式会社ULVAC製R10 Refrigerator)を用いた。
【0025】
(測定手順)
測定に際しては、後述する解析モデルのパラメータ決めをするために、ヒータのみを圧力伝達媒体に浸したブランク測定をまず行った。これは、フロリナートの比熱および熱伝導率の影響が無視できない程度大きいことによる。雰囲気温度(熱浴温度)は約10K前後の測定最低温度から40Kおよび室温、測定圧力範囲は0GPa〜0.45GPaとした。
【0026】
次に、試料の底面にヒータを取付け、ヒータ、試料底面中心(ヒータ側)、試料上面中心(ヒータと反対側)の3つの測定点において熱浴温度からの温度変化を測定した。測定温度範囲は約10K前後の測定最低温度から40Kおよび室温、測定圧力範囲は、0GPa〜0.45GPaとした。
【0027】
(測定結果)
図2、図3および図4に、ヒータのみのブランク試験の結果を示す。このうち、図2は、真空中の測定結果を、図3および図4は、圧力伝達媒体を封入した場合の測定結果を示している。真空中で測定した温度の変化曲線(図2参照)と圧力伝達媒体を封入した場合の温度の変化曲線(図3および図4参照)とは、後者では、加熱を始めて数秒後には温度が一定値に落ち着く点が大きく相違する。同様に、加熱を停止した後、熱浴温度まで温度が緩和して戻るまでの時間も真空中と比べてはるかに短い。従って、ヒータから圧力伝達媒体への熱リークがかなり大きいということが確認できた。
【0028】
図5、図6および図7に、試料の温度変化の測定結果を示す。このうち、図5は、真空中の測定結果を、図6および図7は、圧力伝達媒体を封入した場合の測定結果を示している。図中、グレーのプロットはヒータの温度変化ΔTH、黒のプロットは試料のヒータ側の温度変化ΔT1、白丸のプロットはヒータの反対側の温度変化ΔT2、を示している。ΔTHに関しては、銅リード線の途中で被覆が剥がれたため一部データが欠落している。
【0029】
真空中と異なり圧力伝達媒体を封入した場合の曲線から次のことが分かる。
(1)ΔT1とΔTHの温度変化には約0.1K程度の温度差が生じている。試料とヒータとは現段階で考えうる最良の熱伝導をもつAg入り接着剤で接着したが、実際には温度差が生じる。従って、熱接触を考慮した解析が不可欠である。
(2)ΔT1とΔT2において僅かに温度差が生じる。従って、試料の熱伝導率の計算が可能となる。
【0030】
(比熱と熱伝導率の算出)
次に、測定結果に基づいて、比熱と熱伝導率を算出する。ただし、圧力媒体中では、3次元的な熱の流れを考慮し、各測定点における温度変化をシミュレートする必要がある。本実施例では、試料および圧力媒体の比熱と熱伝導率をパラメータとし、測定点における温度の時間変化を有限要素法によってシミュレートした。さらに、実験結果とシミュレーションの結果とが一致するように、パラメータを最適化することとした。
【0031】
まず、三次元の微少領域に関して、円筒座標系における非定常熱伝導方程式を概説する。円筒座標系(r、θ、y)における微小領域は近似的にdr、rdθ、dyを三辺にもつ直方体で表せるが、この微小領域の単位時間tにおける温度Tの変化は、領域を占める物質の密度をρ、比熱をC、熱伝導率をκ、この物質が発熱体であったとき単位時間当たりの発熱量をQとして、
C・(dT/dt)・(ρ・dr・rdθ・dy)
=Q+(単位時間あたりに熱伝導によって外部から流入する熱量)−(単位時間あたりに熱伝導によって外部へ流出する熱量)
と表せる。
【0032】
軸対称の伝熱問題を考えるときはθ方向には熱流が存在しないため、r方向、y方向において単位時間当たりに流入または流出する熱量を考慮すれば良く、結局、円筒座標系非定常熱伝導の支配方程式は、
【0033】
【数1】
となる。すなわち、対称性の良い軸対称な熱の流れを考える場合には、問題が2次元(r、y)に帰結できる。
【0034】
実際に3次元的な熱の流れを考慮して、各座標点での温度を計算するには、系全体を幾つもの微小領域(要素)に分割し、その各要素に対してρ、C、κ、Qを与え、それぞれの要素について式1の解を求めることとなる。解を求める手法として、全要素の方程式を連立させて解析的に計算することは不可能であり、多くの場合は数値解析的手法を用いることとなる。数値解析的手法には、差分法、有限要素法、境界要素法などがあるが、本実施例では有限要素法を使用した。
【0035】
(解析モデルの作成)
図8は、本実施例における有限要素法の解析モデルの概略構成図である。このうち、図8aは、円柱形試料底面を軸方向に垂直に配置した3次元系を表し、図8bは、これを、軸対称であることを考慮して2次元問題に帰結させた様子を示した説明図である。解析には、サイバネットシステム株式会社製の有限要素法解析プログラムであるANSYSを用いた。
【0036】
解析に際しては、試料S、ヒータH、および、圧力伝達媒体(フロリナート)Fのそれぞれの比熱C(CS、CH、CF)、熱伝導率κ(κS、κH、κF)、密度ρ(ρS、ρH、ρF)と、ヒータと試料間の熱接触要素として熱伝導係数Kをパラメータとして与えた。解析の対象となる測定結果は、熱浴温度からの温度の変化分であるため、モデルにおいては雰囲気温度0Kを適用した。メッシングは自動的におこなわせ、全部で200強の節点を設けた。メッシング結果を図9に示す。
【0037】
(シミュレーション)
式1に基づき有限要素法により数値計算した温度変化の様子を図10〜図12に示した。また、図13に、実測の測定点に対応した点における温度変化の時間依存性(ヒータの温度変化ΔTH、試料のヒータ側の温度変化ΔT1、反対側ΔT2)をプロットした様子を示した。図から明らかなように、実測して得られた温度変化の曲線(図6、図7参照)とほぼ同じ形状となることが確認できた。
【0038】
(試料の比熱および熱伝導係数の算出)
シミュレーションに基づく温度変化を、前述のCS、CH、CF、κS、κH、κF、ρS、ρH、ρF、Kの合計10個パラメータとして実際に各ベース温度で測定した温度変化の曲線へ最適化する作業を行った。最適化にはシンプレックス法を用いた。具体的には、定数として試料の密度ρS、ヒータの密度ρH、フロリナートの密度ρF、ヒータの熱伝導率κHをあらかじめ代入し、ヒータの比熱CHについても、真空中であらかじめ測定した値が圧力中でも保持されるものとして用いた。
【0039】
まず、ヒータのみの温度変化の測定結果からCFとκFとを解析する。はじめに、温度の変化曲線の”高さ”にシミュレーションの結果を合致させるようにしてκFを決定する。続いて、曲線の“カーブ”にシミュレーションの結果を合致させるようにしてCFを決定する。
【0040】
図14は、室温常圧下におけるヒータのみの温度変化の測定結果に、最適化によって得られた温度変化曲線を重ねて描画した図である。図から判るように、両曲線はよく合致することが確認できた。解析によって得られたパラメータは、CF=925(mJ/Kg)、κF=0.83(mW/cmK)であった。一方、室温常圧下におけるフロリナートの比熱および熱伝導率のカタログ値は、CF=1040(mJ/Kg)(フロリナート70および77)、κF=0.71(mW/cmK)(フロリナート70)、κF=0.63(mW/cmK)(フロリナート77)であった。解析から得られたフロリナートの比熱は僅かにカタログ値より小さく、一方、熱伝導率はカタログ値より大きい結果となった。これは、低温における測定時の圧力伝達媒体の熱収縮を考慮して、室温で0.3GPaを掛けた状態での測定であったため、加圧によって比熱が小さく、また、熱伝導率が大きく得られたと解釈すれば矛盾せず、むしろ、本発明による導出方法が定性的にも、定量的にも実用に耐えうるものであることが確認できた。
【0041】
次に、低温領域の温度変化曲線に対しても、同様の解析を行いCF、κFの温度依存性を求めた。図15aは、得られたフロリナートの比熱CFの温度依存性を、図15bは、得られた熱伝導率κFの温度依存性を示した図である。図16は、断熱法により〜10K、〜0.64GPaの範囲で得られているフロリナートの比熱の温度依存性を示した実験データである(向井仁 平成12年 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻修士論文より)。また、図17は、図15aと図16を合成した図である。図17に着目し、0kBar(1kBar=0.1GPa)10K付近の断熱法による既知の比熱CFを読み取ると、およそ38(mJ/gK)である。一方、本シミュレーションにより決定された0GPaの10K付近の比熱CFの値は約22(mJ/gK)と数値に若干の違いがある。しかし、断熱法の結果の信頼性およびヒータ形状が完全な円盤形でないなど実施例が理想的な実験状況でないことを勘案すれば、両者は大まかに一致しているといえる。
【0042】
次に、試料の温度変化の測定結果から、ヒータと試料の間の熱伝導係数K、試料の比熱CS、試料の熱伝導率κSの最適化を行った。このとき、フロリナートの比熱CF、熱伝導率κFは、ヒータのみの測定によって得られた較正式から必要な温度、圧力における値を計算して使用した。図18に、最適化の例として0.45GPa、熱浴温度20Kの結果を示した。試料の解析に関しても、はじめに、温度の変化曲線の”高さ”に注目し10〜20秒の範囲で3つの測定点における温度測定結果と有限要素法による計算結果とが合致するように熱伝導係数Kと試料の熱伝導率κSを最適化した。続いて、温度変化曲線の上昇部、下降部が合致するように試料の比熱CSを最適化した。図から明らかなように、ヒータのみの場合と同様に、このモデルによって決定されたパラメータに基づく温度変化の曲線と、実際に測定された温度変化の曲線は非常に良く合致することが確認できた。
【0043】
次に、解析で得られた試料CeRh2Si2の比熱CSの結果を図19に示す。なお、過去に断熱法によって測定された0気圧における比熱CSの絶対値のプロットも併記した。図示したように、CeRh2Si2の0気圧における36K付近の反強磁性転移温度TNが加圧によって30K付近にまで抑えられる様子がはっきり観測されている。この振る舞いは過去に電気抵抗率測定から得られた温度−圧力相図(図20参照)とよく一致する。絶対値という観点からは、転移による影響のかからない、転移点より上の温度、例えば40Kにおける0.45GPaのデータと断熱法によるデータとを比較すると、非常に良く一致していることが確認できた。従って、ここでも、本発明によれば、物性値の絶対値導出も可能であることが確認できたといえる。
【0044】
また、図21に、CeRh2Si2の熱伝導率κSの解析結果を示した。熱伝導率に関しては、常圧での測定も難しく、この物質に関して比較できるようなデータは存在しない。しかし、絶対値の大きさおよび磁気転移点で僅かに熱伝導率κSが増大するなどの特徴は、他のCe系化合物の特徴と一致していることから、結果は十分信頼性があるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明を用いて、例えば、海底などの物質の挙動や、惑星や恒星の物質の解析などが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】測定試験の概念図を示した図である。
【図2】ヒータのみのブランク試験の結果を示した図である(真空中)。
【図3】ヒータのみのブランク試験の結果を示した図である(0GPa)。
【図4】ヒータのみのブランク試験の結果を示した図である(0.45GPa)。
【図5】試料の温度変化の測定結果を示した図である(真空中)。
【図6】試料の温度変化の測定結果を示した図である(0GPa)。
【図7】試料の温度変化の測定結果を示した図である(0.45GPa)。
【図8】本実施例の解析モデルの概略構成図である。
【図9】メッシング結果を示した図である。
【図10】式1に基づき有限要素法により数値計算した温度変化の様子を示した図である。
【図11】式1に基づき有限要素法により数値計算した温度変化の様子を示した図である。
【図12】式1に基づき有限要素法により数値計算した温度変化の様子を示した図である。
【図13】実測の測定点に対応した点の温度変化をプロットした様子を示した図である。
【図14】室温常圧下におけるヒータのみの温度変化の測定結果(○印)に、最適化によって得られた温度変化曲線を重ねて描画した図である。
【図15】解析により得られたフロリナートの比熱CFおよび熱伝導率κFの温度依存性を示した図である。
【図16】断熱法により〜10K、〜0.64GPaの範囲で得られているフロリナートの比熱の温度依存性を示した実験データである。
【図17】図15aと図16を合成した図である。
【図18】最適化の例として0.45GPa、ベース温度40Kの結果を示した図である。
【図19】解析で得られた試料CeRh2Si2の比熱CSの温度依存性を示した図である。
【図20】電気抵抗率測定から得られた反強磁性転移温度TNの温度−圧力相図である。
【図21】CeRh2Si2の熱伝導率κSの解析結果を示した図である。
【図22】断熱法の測定装置概要を示した図である。
【図23】緩和法の測定概要を示した図である。
【図24】定常法の測定概要を示した図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、比熱および熱伝導率の測定方法に関し、特に、高圧下における比熱と熱伝導率とを同時に測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
新規な合金やセラミックスなど、固体物質を新たに得た場合には、基本的な物理量ないし物性を調べることからその物質の理解が始まる。また、従来知られた物質であっても、極低温下や超高圧下における性質は、それまで知られていない様相を呈するものもある。実際、CeCu2Si2は、最初の強相関電子系超伝導体として知られており、2.5GPa下では、超伝導転移温度TcはTc=0.7Kから2Kに急激に上昇する。
【0003】
Tcに限らず、固体物質の物性は電子状態によるところが大きく、逆に、転移点があれば、そこで電子状態が変化していると推察される。従って、電気抵抗率、比熱、熱伝導率、帯磁率、磁化率など、基本的な物理量を様々な雰囲気下(圧力雰囲気下、温度雰囲気下など)で調べることは、物性研究の上で極めて重要である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、低温雰囲気下における測定技術は進歩しているものの、ギガパスカル級の超高圧下における基本的な物理量の測定、特に、比熱や熱伝導率の測定はなかなか進歩していない、という実情がある。
【0005】
例えば、比熱を測定する方法として、断熱法や交流法が知られている。断熱法の測定装置概要を図22に示す。断熱法では、まず、数十mgの試料を圧力伝達媒体と共にテフロンカプセルに入れ、これをピストンシリンダー型圧力セルに封入し、油圧プレスにより高圧雰囲気とする。比熱の測定では、ピストンシリンダー型圧力セルごと断熱状態にし、熱量ΔQを加えたときの温度上昇ΔTからC=ΔQ/ΔTとして熱容量を求める。
【0006】
求められた熱容量は、試料、テフロンセル、圧力伝達媒体、ピストンシリンダー型圧力セルの全体の系からなる熱容量なので、テフロンセル、圧力伝達媒体、ピストンシリンダー型圧力セルの熱容量をバックグラウンドとして別途測定して差引き、試料自体の熱容量を求める。
【0007】
ここで、試料が数十mgであるのに比べ、セル本体は数十gと質量が大きいため、バックグラウンドとして熱容量を差し引くこの測定方法では、自ずと誤差が大きくなる可能性がある。特に、高圧下で測定する場合には、必然的にセルが大きくなり、差し引くべきバックグラウンドの容量も大きくなるのでこの問題はいっそう深刻となる。従って、測定限界が実質上存在し、現在では、せいぜい2GPa未満での測定値しか得られない。
【0008】
一方、交流法では、20GPaの超高圧下における比熱の異常を測定することに成功している。しかしながら、詳細な説明は省略するが、交流法では絶対値を得ることは困難であるため、比熱測定の重要な意義でもあるエントロピーの評価など、定量的な解析ができず、転移温度の圧力依存性を確認する程度の定性的な評価にとどまっているのが現状である。
【0009】
また、比熱測定の他の方法として緩和法が知られている。緩和法の測定概要を図23に示す。図示したように、緩和法は、試料に熱源および温度計を直接接合し、熱浴に対して熱リークをつくることで、一次元熱伝達問題に帰結させ、加熱もしくは冷却にともなう温度上昇もしくは下降を測定して比熱を決定する方法である。緩和法は、加えた熱は総て試料に伝達されるという仮定のもとに成り立つため、系は真空(0気圧)であることが要求され、熱拡散が生じてしまう圧力伝達媒体を介在させる測定(すなわち高圧下における測定は)は原理的に不可能である、という問題点があった。
【0010】
熱伝導率を測定する方法としては、例えば定常法が知られている。定常法の測定装置概要を図24に示す。定常法では、断面積S[cm2]の細長い試料の一端を熱浴に固定し、もう一端をヒータによって加熱し、熱流Q[W]を与えたときに、試料の長さ方向にL[cm]だけ離れた2点間に生じる温度差ΔT[K]からκ[W/cmK]=(QS)/(ΔTL) として熱伝導率を求める。定常法は、試料中に均一な熱流が発生しているという仮定のもとに成り立つため、系は真空(0気圧)であることが要求され、熱拡散が生じてしまう圧力伝達媒体を介在させる測定(すなわち高圧下における測定)は原理的に不可能である。また、その他の熱伝導率の測定法によっても、定常法と同様の理由により高圧下での測定方法は未だ確立されていない。
【0011】
本発明はこのような問題点を克服し、高圧下にて比熱のみならず熱伝導率を同時に測定できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の比熱および熱伝導率の測定方法は、熱浴である圧力容器中に圧力伝達媒体と、熱源を接触させた測定対象試料とを封入し、圧力下における試料の比熱および熱伝導率を同時に測定する測定方法であって、熱源上の1点と試料上の熱伝導上等価でない2点との少なくとも3箇所の測定点の温度の時間変化を、熱源による加熱開始又は加熱終了から定常状態にいたる過程において測定し、この測定系を模した数値解析モデルを、圧力伝達媒体中の熱伝搬も考慮した非定常熱伝導方程式に基づいて構築し、当該モデルを用いて前記測定点に相当する点の温度変化が当該測定点の実際の温度変化と同一の温度変化曲線を描くように、試料の比熱、熱伝導率、および、試料と熱源との間の熱伝導係数を、数値解析をおこなって決定することを特徴とする。
【0013】
すなわち、請求項1にかかる発明は、圧力伝達媒体が試料の周囲を取り囲んでいることを考慮した、試料や熱源からの圧力伝達媒体への3次元的な熱伝搬を、試料と熱源との接触も勘案した少なくとも3点の測定により、絶対値としての数値解析を可能とする。このとき、定常状態にいたるまでの温度の上昇曲線または温度の下降曲線に基づき試料の比熱解析が可能となり、3点の定常状態から試料の比熱が解析可能となる。
【0014】
また、請求項2に記載の比熱および熱伝導率の測定方法は、請求項1に記載の比熱および熱伝導率の測定方法において、試料を対称形に成形し、圧力容器中における試料の配置、熱源の試料上における配置、および、測定点の配置を、試料に沿って対称としたことを特徴とする。
【0015】
すなわち、請求項2にかかる発明は、系を対称とすることにより、非定常熱伝導方程式およびこれに対応した数値解析モデルを単純化でき、ひいては数値解析精度が向上する。
【0016】
また、請求項3に記載の比熱および熱伝導率の測定方法は、請求項1に記載の比熱および熱伝導率の測定方法において、圧力容器を円筒形として試料も円柱形に加工し、圧力容器の中心軸と試料の中心軸とが一致するように試料を圧力容器中に配置し、試料の底面中心に熱源を接合し、中心軸上に前記測定点を設けたことを特徴とする。
【0017】
すなわち、請求項3にかかる発明は、系を軸対称とすることにより、非定常熱伝導方程式およびこれに対応した数値解析モデルを二次元問題に単純化でき、計算負荷の低減や数値解析精度の向上が可能となる。
【0018】
また、請求項4に記載の比熱および熱伝導率の測定方法は、請求項1、2または3に記載の比熱および熱伝導率の測定方法において、数値解析法として、有限要素法、有限差分法または境界要素法を用いることを特徴とする。
【0019】
すなわち、請求項4にかかる発明は、効率的な数値解析が可能となる。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明によれば、測定対象試料から熱拡散が生じる場合であっても、その試料の比熱および熱伝導率を同時に測定できる方法を提供可能となる。このとき、測定対象試料を圧力伝達媒体とすれば、高圧下における試料の比熱および熱伝導率を同時に測定できることとなる。なお、バックグラウンドを差し引くような手法でなく、試料の温度を絶対値として直接測定するので、本発明によれば、基本的に、雰囲気温度(熱浴温度)や雰囲気圧力に制限無く、比熱や熱伝導率を測定可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施例を図面を参照しながら詳細に説明する。本実施例では、CeRh2Si2を用い、まず、実験により温度測定を行い、続いて、得られた温度の変化曲線から、解析により比熱と熱伝導率を求めた。
【0022】
(測定試料の準備)
測定試料は原料をアーク融解することにより作製した。作製した試料は、粉末X線回折により、測定したい多結晶CeRh2Si2であることを確認した。次に、測定試料を、直径3.0×高さ1.0mmの円柱形に整形した。上底面と下底面に、温度計として0.025mmφのアルメル・クロメル熱電対(株式会社Nilaco製)を取付け、下底面にはさらに試料加熱用のヒータ(350Ωの歪ゲージ(株式会社共和電子工業社製))を取り付けた。
【0023】
続いて、外層がCu−Be、内層がNiCrAlの内径5mmφのピストンシリンダー型圧力セル(株式会社R&Dサポート社製)に、圧力伝達媒体としてフロリナート70とフロリナート77(いずれも住友3M株式会社製)とを1:1の割合で混合したものを入れ、この中に試料を封入した。
【0024】
測定試験の概念図を図1に示す。測定に際しては、ヒータにより直接試料を加熱し、その際の温度変化の曲線を複数の測定点において測定することにより、3次元的な熱の流れを観測し、圧力伝達媒体の比熱および熱伝導率の影響を見積もることにより、試料の比熱および熱伝導率を求めることとした。冷却にはGM冷凍機(株式会社ULVAC製R10 Refrigerator)を用いた。
【0025】
(測定手順)
測定に際しては、後述する解析モデルのパラメータ決めをするために、ヒータのみを圧力伝達媒体に浸したブランク測定をまず行った。これは、フロリナートの比熱および熱伝導率の影響が無視できない程度大きいことによる。雰囲気温度(熱浴温度)は約10K前後の測定最低温度から40Kおよび室温、測定圧力範囲は0GPa〜0.45GPaとした。
【0026】
次に、試料の底面にヒータを取付け、ヒータ、試料底面中心(ヒータ側)、試料上面中心(ヒータと反対側)の3つの測定点において熱浴温度からの温度変化を測定した。測定温度範囲は約10K前後の測定最低温度から40Kおよび室温、測定圧力範囲は、0GPa〜0.45GPaとした。
【0027】
(測定結果)
図2、図3および図4に、ヒータのみのブランク試験の結果を示す。このうち、図2は、真空中の測定結果を、図3および図4は、圧力伝達媒体を封入した場合の測定結果を示している。真空中で測定した温度の変化曲線(図2参照)と圧力伝達媒体を封入した場合の温度の変化曲線(図3および図4参照)とは、後者では、加熱を始めて数秒後には温度が一定値に落ち着く点が大きく相違する。同様に、加熱を停止した後、熱浴温度まで温度が緩和して戻るまでの時間も真空中と比べてはるかに短い。従って、ヒータから圧力伝達媒体への熱リークがかなり大きいということが確認できた。
【0028】
図5、図6および図7に、試料の温度変化の測定結果を示す。このうち、図5は、真空中の測定結果を、図6および図7は、圧力伝達媒体を封入した場合の測定結果を示している。図中、グレーのプロットはヒータの温度変化ΔTH、黒のプロットは試料のヒータ側の温度変化ΔT1、白丸のプロットはヒータの反対側の温度変化ΔT2、を示している。ΔTHに関しては、銅リード線の途中で被覆が剥がれたため一部データが欠落している。
【0029】
真空中と異なり圧力伝達媒体を封入した場合の曲線から次のことが分かる。
(1)ΔT1とΔTHの温度変化には約0.1K程度の温度差が生じている。試料とヒータとは現段階で考えうる最良の熱伝導をもつAg入り接着剤で接着したが、実際には温度差が生じる。従って、熱接触を考慮した解析が不可欠である。
(2)ΔT1とΔT2において僅かに温度差が生じる。従って、試料の熱伝導率の計算が可能となる。
【0030】
(比熱と熱伝導率の算出)
次に、測定結果に基づいて、比熱と熱伝導率を算出する。ただし、圧力媒体中では、3次元的な熱の流れを考慮し、各測定点における温度変化をシミュレートする必要がある。本実施例では、試料および圧力媒体の比熱と熱伝導率をパラメータとし、測定点における温度の時間変化を有限要素法によってシミュレートした。さらに、実験結果とシミュレーションの結果とが一致するように、パラメータを最適化することとした。
【0031】
まず、三次元の微少領域に関して、円筒座標系における非定常熱伝導方程式を概説する。円筒座標系(r、θ、y)における微小領域は近似的にdr、rdθ、dyを三辺にもつ直方体で表せるが、この微小領域の単位時間tにおける温度Tの変化は、領域を占める物質の密度をρ、比熱をC、熱伝導率をκ、この物質が発熱体であったとき単位時間当たりの発熱量をQとして、
C・(dT/dt)・(ρ・dr・rdθ・dy)
=Q+(単位時間あたりに熱伝導によって外部から流入する熱量)−(単位時間あたりに熱伝導によって外部へ流出する熱量)
と表せる。
【0032】
軸対称の伝熱問題を考えるときはθ方向には熱流が存在しないため、r方向、y方向において単位時間当たりに流入または流出する熱量を考慮すれば良く、結局、円筒座標系非定常熱伝導の支配方程式は、
【0033】
【数1】
となる。すなわち、対称性の良い軸対称な熱の流れを考える場合には、問題が2次元(r、y)に帰結できる。
【0034】
実際に3次元的な熱の流れを考慮して、各座標点での温度を計算するには、系全体を幾つもの微小領域(要素)に分割し、その各要素に対してρ、C、κ、Qを与え、それぞれの要素について式1の解を求めることとなる。解を求める手法として、全要素の方程式を連立させて解析的に計算することは不可能であり、多くの場合は数値解析的手法を用いることとなる。数値解析的手法には、差分法、有限要素法、境界要素法などがあるが、本実施例では有限要素法を使用した。
【0035】
(解析モデルの作成)
図8は、本実施例における有限要素法の解析モデルの概略構成図である。このうち、図8aは、円柱形試料底面を軸方向に垂直に配置した3次元系を表し、図8bは、これを、軸対称であることを考慮して2次元問題に帰結させた様子を示した説明図である。解析には、サイバネットシステム株式会社製の有限要素法解析プログラムであるANSYSを用いた。
【0036】
解析に際しては、試料S、ヒータH、および、圧力伝達媒体(フロリナート)Fのそれぞれの比熱C(CS、CH、CF)、熱伝導率κ(κS、κH、κF)、密度ρ(ρS、ρH、ρF)と、ヒータと試料間の熱接触要素として熱伝導係数Kをパラメータとして与えた。解析の対象となる測定結果は、熱浴温度からの温度の変化分であるため、モデルにおいては雰囲気温度0Kを適用した。メッシングは自動的におこなわせ、全部で200強の節点を設けた。メッシング結果を図9に示す。
【0037】
(シミュレーション)
式1に基づき有限要素法により数値計算した温度変化の様子を図10〜図12に示した。また、図13に、実測の測定点に対応した点における温度変化の時間依存性(ヒータの温度変化ΔTH、試料のヒータ側の温度変化ΔT1、反対側ΔT2)をプロットした様子を示した。図から明らかなように、実測して得られた温度変化の曲線(図6、図7参照)とほぼ同じ形状となることが確認できた。
【0038】
(試料の比熱および熱伝導係数の算出)
シミュレーションに基づく温度変化を、前述のCS、CH、CF、κS、κH、κF、ρS、ρH、ρF、Kの合計10個パラメータとして実際に各ベース温度で測定した温度変化の曲線へ最適化する作業を行った。最適化にはシンプレックス法を用いた。具体的には、定数として試料の密度ρS、ヒータの密度ρH、フロリナートの密度ρF、ヒータの熱伝導率κHをあらかじめ代入し、ヒータの比熱CHについても、真空中であらかじめ測定した値が圧力中でも保持されるものとして用いた。
【0039】
まず、ヒータのみの温度変化の測定結果からCFとκFとを解析する。はじめに、温度の変化曲線の”高さ”にシミュレーションの結果を合致させるようにしてκFを決定する。続いて、曲線の“カーブ”にシミュレーションの結果を合致させるようにしてCFを決定する。
【0040】
図14は、室温常圧下におけるヒータのみの温度変化の測定結果に、最適化によって得られた温度変化曲線を重ねて描画した図である。図から判るように、両曲線はよく合致することが確認できた。解析によって得られたパラメータは、CF=925(mJ/Kg)、κF=0.83(mW/cmK)であった。一方、室温常圧下におけるフロリナートの比熱および熱伝導率のカタログ値は、CF=1040(mJ/Kg)(フロリナート70および77)、κF=0.71(mW/cmK)(フロリナート70)、κF=0.63(mW/cmK)(フロリナート77)であった。解析から得られたフロリナートの比熱は僅かにカタログ値より小さく、一方、熱伝導率はカタログ値より大きい結果となった。これは、低温における測定時の圧力伝達媒体の熱収縮を考慮して、室温で0.3GPaを掛けた状態での測定であったため、加圧によって比熱が小さく、また、熱伝導率が大きく得られたと解釈すれば矛盾せず、むしろ、本発明による導出方法が定性的にも、定量的にも実用に耐えうるものであることが確認できた。
【0041】
次に、低温領域の温度変化曲線に対しても、同様の解析を行いCF、κFの温度依存性を求めた。図15aは、得られたフロリナートの比熱CFの温度依存性を、図15bは、得られた熱伝導率κFの温度依存性を示した図である。図16は、断熱法により〜10K、〜0.64GPaの範囲で得られているフロリナートの比熱の温度依存性を示した実験データである(向井仁 平成12年 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻修士論文より)。また、図17は、図15aと図16を合成した図である。図17に着目し、0kBar(1kBar=0.1GPa)10K付近の断熱法による既知の比熱CFを読み取ると、およそ38(mJ/gK)である。一方、本シミュレーションにより決定された0GPaの10K付近の比熱CFの値は約22(mJ/gK)と数値に若干の違いがある。しかし、断熱法の結果の信頼性およびヒータ形状が完全な円盤形でないなど実施例が理想的な実験状況でないことを勘案すれば、両者は大まかに一致しているといえる。
【0042】
次に、試料の温度変化の測定結果から、ヒータと試料の間の熱伝導係数K、試料の比熱CS、試料の熱伝導率κSの最適化を行った。このとき、フロリナートの比熱CF、熱伝導率κFは、ヒータのみの測定によって得られた較正式から必要な温度、圧力における値を計算して使用した。図18に、最適化の例として0.45GPa、熱浴温度20Kの結果を示した。試料の解析に関しても、はじめに、温度の変化曲線の”高さ”に注目し10〜20秒の範囲で3つの測定点における温度測定結果と有限要素法による計算結果とが合致するように熱伝導係数Kと試料の熱伝導率κSを最適化した。続いて、温度変化曲線の上昇部、下降部が合致するように試料の比熱CSを最適化した。図から明らかなように、ヒータのみの場合と同様に、このモデルによって決定されたパラメータに基づく温度変化の曲線と、実際に測定された温度変化の曲線は非常に良く合致することが確認できた。
【0043】
次に、解析で得られた試料CeRh2Si2の比熱CSの結果を図19に示す。なお、過去に断熱法によって測定された0気圧における比熱CSの絶対値のプロットも併記した。図示したように、CeRh2Si2の0気圧における36K付近の反強磁性転移温度TNが加圧によって30K付近にまで抑えられる様子がはっきり観測されている。この振る舞いは過去に電気抵抗率測定から得られた温度−圧力相図(図20参照)とよく一致する。絶対値という観点からは、転移による影響のかからない、転移点より上の温度、例えば40Kにおける0.45GPaのデータと断熱法によるデータとを比較すると、非常に良く一致していることが確認できた。従って、ここでも、本発明によれば、物性値の絶対値導出も可能であることが確認できたといえる。
【0044】
また、図21に、CeRh2Si2の熱伝導率κSの解析結果を示した。熱伝導率に関しては、常圧での測定も難しく、この物質に関して比較できるようなデータは存在しない。しかし、絶対値の大きさおよび磁気転移点で僅かに熱伝導率κSが増大するなどの特徴は、他のCe系化合物の特徴と一致していることから、結果は十分信頼性があるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明を用いて、例えば、海底などの物質の挙動や、惑星や恒星の物質の解析などが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】測定試験の概念図を示した図である。
【図2】ヒータのみのブランク試験の結果を示した図である(真空中)。
【図3】ヒータのみのブランク試験の結果を示した図である(0GPa)。
【図4】ヒータのみのブランク試験の結果を示した図である(0.45GPa)。
【図5】試料の温度変化の測定結果を示した図である(真空中)。
【図6】試料の温度変化の測定結果を示した図である(0GPa)。
【図7】試料の温度変化の測定結果を示した図である(0.45GPa)。
【図8】本実施例の解析モデルの概略構成図である。
【図9】メッシング結果を示した図である。
【図10】式1に基づき有限要素法により数値計算した温度変化の様子を示した図である。
【図11】式1に基づき有限要素法により数値計算した温度変化の様子を示した図である。
【図12】式1に基づき有限要素法により数値計算した温度変化の様子を示した図である。
【図13】実測の測定点に対応した点の温度変化をプロットした様子を示した図である。
【図14】室温常圧下におけるヒータのみの温度変化の測定結果(○印)に、最適化によって得られた温度変化曲線を重ねて描画した図である。
【図15】解析により得られたフロリナートの比熱CFおよび熱伝導率κFの温度依存性を示した図である。
【図16】断熱法により〜10K、〜0.64GPaの範囲で得られているフロリナートの比熱の温度依存性を示した実験データである。
【図17】図15aと図16を合成した図である。
【図18】最適化の例として0.45GPa、ベース温度40Kの結果を示した図である。
【図19】解析で得られた試料CeRh2Si2の比熱CSの温度依存性を示した図である。
【図20】電気抵抗率測定から得られた反強磁性転移温度TNの温度−圧力相図である。
【図21】CeRh2Si2の熱伝導率κSの解析結果を示した図である。
【図22】断熱法の測定装置概要を示した図である。
【図23】緩和法の測定概要を示した図である。
【図24】定常法の測定概要を示した図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱浴である圧力容器中に圧力伝達媒体と、熱源を接触させた測定対象試料とを封入し、圧力下における試料の比熱および熱伝導率を同時に測定する測定方法であって、
熱源上の1点と試料上の熱伝導上等価でない2点との少なくとも3箇所の測定点の温度の時間変化を、熱源による加熱開始又は加熱終了から定常状態にいたる過程において測定し、
この測定系を模した数値解析モデルを、圧力伝達媒体中の熱伝搬も考慮した非定常熱伝導方程式に基づいて構築し、
当該モデルを用いて前記測定点に相当する点の温度変化が当該測定点の実際の温度変化と同一の温度変化曲線を描くように、試料の比熱、熱伝導率、および、試料と熱源との間の熱伝導係数を、数値解析をおこなって決定することを特徴とする比熱および熱伝導率の測定方法。
【請求項2】
試料を対称形に成形し、圧力容器中における試料の配置、熱源の試料上における配置、および、測定点の配置を、試料に沿って対称としたことを特徴とする請求項1に記載の比熱および熱伝導率の測定方法。
【請求項3】
圧力容器を円筒形として試料も円柱形に加工し、圧力容器の中心軸と試料の中心軸とが一致するように試料を圧力容器中に配置し、
試料の底面中心に熱源を接合し、
中心軸上に前記測定点を設けたことを特徴とする請求項1に記載の比熱および熱伝導率の測定方法。
【請求項4】
数値解析法として、有限要素法、有限差分法または境界要素法を用いることを特徴とする請求項1、2または3に記載の比熱および熱伝導率の測定方法。
【請求項1】
熱浴である圧力容器中に圧力伝達媒体と、熱源を接触させた測定対象試料とを封入し、圧力下における試料の比熱および熱伝導率を同時に測定する測定方法であって、
熱源上の1点と試料上の熱伝導上等価でない2点との少なくとも3箇所の測定点の温度の時間変化を、熱源による加熱開始又は加熱終了から定常状態にいたる過程において測定し、
この測定系を模した数値解析モデルを、圧力伝達媒体中の熱伝搬も考慮した非定常熱伝導方程式に基づいて構築し、
当該モデルを用いて前記測定点に相当する点の温度変化が当該測定点の実際の温度変化と同一の温度変化曲線を描くように、試料の比熱、熱伝導率、および、試料と熱源との間の熱伝導係数を、数値解析をおこなって決定することを特徴とする比熱および熱伝導率の測定方法。
【請求項2】
試料を対称形に成形し、圧力容器中における試料の配置、熱源の試料上における配置、および、測定点の配置を、試料に沿って対称としたことを特徴とする請求項1に記載の比熱および熱伝導率の測定方法。
【請求項3】
圧力容器を円筒形として試料も円柱形に加工し、圧力容器の中心軸と試料の中心軸とが一致するように試料を圧力容器中に配置し、
試料の底面中心に熱源を接合し、
中心軸上に前記測定点を設けたことを特徴とする請求項1に記載の比熱および熱伝導率の測定方法。
【請求項4】
数値解析法として、有限要素法、有限差分法または境界要素法を用いることを特徴とする請求項1、2または3に記載の比熱および熱伝導率の測定方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【公開番号】特開2006−64413(P2006−64413A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−244302(P2004−244302)
【出願日】平成16年8月24日(2004.8.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年2月24日 国立島根大学主催の「修士論文発表会」において文書をもって発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(504155293)国立大学法人島根大学 (113)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年8月24日(2004.8.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年2月24日 国立島根大学主催の「修士論文発表会」において文書をもって発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(504155293)国立大学法人島根大学 (113)
【Fターム(参考)】
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