説明

気道のウイルス感染症の治療に用いるEV576

本発明は、上気道及び下気道のウイルス感染、例えば、SARSコロナウイルス(SARS)や汎発流行性インフルエンザAH5N1(トリインフルエンザ)、汎発流行性インフルエンザAH1N1(ブタインフルエンザ)による感染による炎症を治療及び予防する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、上気道及び下気道のウイルス感染、例えば、SARSコロナウイルス(SARS)や汎発流行性インフルエンザAH5N1(トリインフルエンザ)、インフルエンザAH1N1(ブタインフルエンザ)による感染による炎症を治療及び予防する方法に関する。
【0002】
本明細書のテキスト内及び本明細書の末尾に記載の全ての文献は、本明細書の一部を構成するものとしてここに援用する。
【背景技術】
【0003】
SARSや汎発流行性インフルエンザに伴う死亡率は、急性肺傷害(ALI)や急性呼吸促迫症候群(ARDS)を引き起こす急速進行性呼吸不全と関連している。多臓器不全を特徴とすることもある。汎発流行性H5N1インフルエンザの場合、呼吸不全や多臓器不全による死亡率は約60%である。致死的H1N1インフルエンザの主要な肺病理については最近説明され、壊死性肺胞炎や高密度の好中球浸潤を特徴とする[1]。
【0004】
当初、SARSや汎発流行性インフルエンザに伴う呼吸不全は、気道の標的細胞(例えば、肺胞上皮細胞)の細胞溶解破壊や呼吸器系から遠く離れた組織や器官(例えば、中枢神経系)へのウイルスの逃避をもたらす急速なウイルス複製に起因すると考えられていた。しかし、最近のエビデンスから、呼吸不全の発生は実際には高ウイルス価には関係しないことが分かった。研究者らによって、呼吸不全はTFNαやIFNβ等の炎症促進性サイトカインの大幅な増加に関係することが見出された。これによって、専門家らは、このような合併症の病因はいわゆる「サイトカインストーム」を引き起こす自然免疫系の不適切な刺激であることを提案するに至っている[2、3]。
【0005】
呼吸不全の現在の治療においては、酸素マスクを用いて患者の酸素レベルを上昇させることや人工呼吸器を用いた機械的な酸素供給、また、最も重篤な場合には、体外膜型酸素供給(ECMO)(即ち、患者の血液を体外に循環させ、そこへ人工的に酸素を添加する)を行う。
【0006】
気道のウイルス感染による炎症に起因する呼吸不全に対して現在行われている治療を改善する剤の必要性が高まっている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明は、気道のウイルス感染による炎症を治療又は予防する方法であって、古典的補体経路、代替補体経路及びレクチン補体経路を阻害する剤の治療有効量又は予防有効量をそれを必要とする対象に投与することを含む方法を提供する。
【0008】
また、本発明は、気道のウイルス感染による炎症を治療又は予防するための、古典的補体経路、代替補体経路及びレクチン補体経路を阻害する治療有効量又は予防有効量の剤も提供する。
【0009】
補体系は、異物侵入に対する身体の自然防御機構の必須部分であり、炎症プロセスにも関与する。血清内や細胞表面における30を超えるタンパク質が補体系の機能や調節に関与する。最近では、有益なプロセス及び病理学的プロセスの両方に関連し得る補体系の約35種の公知成分と共に、補体系自身が、血管形成や血小板活性化、糖代謝、精子形成等の様々な機能を有する少なくとも85種の生物学的経路と相互作用することが明らかになっている。
【0010】
補体系は異種抗原の存在によって活性化される。次の3種の活性化経路、即ち、(1)IgMとIgGの複合体によって、又は炭水化物の認識によって活性化される古典的経路、(2)非自己表面(特定の調節分子がない)及び菌体内毒素によって活性化される代替経路、及び(3)病原体表面のマンノース残基へのマンナ結合性レクチン(MBL)の結合によって活性化されるレクチン経路が存在する。これら3種の経路は、細胞表面への類似のC3転換酵素及びC5転換酵素の形成によって炎症の急性メディエーター(C3a及びC5a)を放出し、膜侵襲複合体(MAC)を形成して補体活性化をもたらす事象の並列カスケードを含む。古典的経路及び代替経路に関与する並列カスケードを図1に示す。
【0011】
補体系は、多くの炎症カスケードを開始する自然免疫応答の初期アクチベーターとして認識される。しかし、以前は、補体系が呼吸器系のウイルス感染の呼吸器合併症の原因に関係あるとはされていなかった。驚くべきことに、本願に提示のデータによって、代替補体経路、古典的補体経路及びレクチン補体経路を阻害する剤が気道のウイルス感染による炎症を抑制することが初めて示される。
【0012】
気道のウイルス感染による炎症の抑制は、このようなウイルス感染症に罹患している対象における炎症性サイトカイン及び/又は好中球の低下によって評価することができる。本発明の一様相においては、代替補体経路、古典的補体経路及びレクチン補体経路を阻害する剤を気道のウイルス感染に罹患している対象に投与することによって、未処理の対象と比べて、炎症性サイトカイン(例えば、CXCL2、IL−1β及び/又はIL−6)のレベルを低下させることができる。また、代替補体経路、古典的補体経路及びレクチン補体経路を阻害する剤を気道のウイルス感染症に罹患している対象に投与することによって、未処理の対象と比べて、好中球のレベルを低下させることもできる。サイトカインレベル及び好中球レベルは、例えば、対象由来の気管支肺胞洗浄(BAL)液にて評価することができる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一様相においては、剤は補体C5と結合することができる。剤を作用させて、補体C5がC5転換酵素によって補体C5aと補体C5b〜9へ切断されることを防止することができる。また、剤を作用させて、気道のウイルス感染症に罹患している対象(例えば、このような対象由来のBAL液)におけるC5aレベルを、未処理の対象と比べて低下させることができる。驚くべきことに、本願に提示のデータによって、気道のウイルス感染後のBAL液においてC5aが有意に増加することが初めて示される。
【0014】
補体C5タンパク質(本明細書においては「C5」とも称する)はC5転換酵素(それ自身はC3a、即ち、代替経路の初期生成物から生成する)によって切断される(図1)。この切断による生成物としては、アナフィラトキシンC5aや溶解性複合体C5b〜9(膜侵襲複合体(MAC)としても知られる)が挙げられる。C5aは、多くの病理学的炎症プロセス(例えば、好中球及び好酸球の化学遊走や、好中球の活性化、毛細血管透過性の上昇、好中球アポトーシスの阻害)に関与する高反応性ペプチドである[4]。
【0015】
MACは他の重要な病理学的プロセス、例えば、関節リウマチ[5;6]や増殖性糸球体腎炎[7]、特発性膜性腎症[8]、タンパク尿[9]、急性軸索損傷後の脱髄[10]と関連し、また、異種移植後の急性移植片拒絶[11]にも関与する。
【0016】
C5aは補体関連障害の分野では特に注目の標的となっている[12]。C5aに関しては多くの病理学的関連性が認識されているが、ヒトにおけるC5a欠乏の作用は限られているように思われる。C5a及びC5a受容体と結合して阻害するモノクローナル抗体や小分子が種々の自己免疫疾患の治療用に開発されている。しかし、これらの分子はMACの放出を防止しない。
【0017】
これに対し、本発明で用いる剤はC5aペプチド及びMAC両方の生成を阻害する。C5は古典的補体経路及び代替補体経路の後期生成物であるため、カスケード内の初期生成物を標的にする場合に存在する随伴感染のリスクにC5の阻害が関連する可能性は低い[13]。
【0018】
剤がC5と結合する能力は、当該技術分野で公知の標準的なインビトロアッセイ、例えば、ゲル上の該タンパク質を標識したC5と共にインキュベートした後のウェスタンブロッティングによって求めることができる。本発明に係る剤がC5と結合する際のIC50は0.2mg/mL未満であることが好ましく、好ましくは0.1mg/mL未満、好ましくは0.05mg/mL未満、好ましくは0.04mg/mL未満、好ましくは0.03mg/mL未満、好ましくは0.02mg/mL、好ましくは1μg/mL未満、好ましくは100ng/mL未満、好ましくは10ng/mL未満、より好ましくは1ng/mL未満である。
【0019】
本発明の一実施形態においては、C5と結合する剤は抗C5モノクローナル抗体ではない。
【0020】
また、本発明は、気道のウイルス感染による炎症を治療又は予防する方法であって、エイコサノイド活性を阻害する剤の治療有効量又は予防有効量をそれを必要とする対象に投与することを含む方法も提供する。
【0021】
また、本発明は、気道のウイルス感染による炎症を治療又は予防するための、エイコサノイド活性を阻害する治療有効量又は予防有効量の剤も提供する。
【0022】
本発明のこの様相に係る剤はロイコトリエンB4(LTB4)活性を阻害することができる。特に、本発明のこの様相に係る剤はLTB4と結合することができる。剤がLTB4と結合する能力は、当該技術分野で公知の標準的なインビトロアッセイ、例えば、ゲル上の該タンパク質を標識したLTB4と共にインキュベートした後のウェスタンブロッティングによって求めることができる。本発明に係る剤がLTB4と結合する際のIC50は0.2mg/mL未満とすることができ、好ましくは0.1mg/mL未満、好ましくは0.05mg/mL未満、好ましくは0.04mg/mL未満、好ましくは0.03mg/mL未満、好ましくは0.02mg/mL、好ましくは1μg/mL未満、好ましくは100ng/mL未満、好ましくは10ng/mL未満、より好ましくは1ng/mL未満である。
【0023】
本発明は、その一様相において、気道のウイルス感染による炎症を治療又は予防する方法であって、
a)古典的補体経路、代替補体経路及びレクチン補体経路を阻害し、
b)エイコサノイド活性を阻害する
剤の治療有効量又は予防有効量をそれを必要とする対象に投与することを含む方法を提供する。
【0024】
また、本発明は、気道のウイルス感染による炎症を治療又は予防するための、
a)古典的補体経路、代替補体経路及びレクチン補体経路を阻害し、
b)エイコサノイド活性を阻害する、
治療有効量又は予防有効量の剤も提供する。
【0025】
本発明のこの様相の一実施形態においては、剤はC5及びLTB4の両方と結合する。従って、この実施形態に係る剤を作用させて、補体C5がC5転換酵素によって補体C5aと補体C5b〜9(MAC)へ切断されることを防止すると共に、LTB4活性を阻害することができる。
【0026】
本明細書に記載の本発明の方法及び使用によって、上気道又は下気道のウイルス感染による炎症を治療又は予防することができる。特に、本明細書に記載の本発明の方法及び使用によって、ウイルス感染に起因する呼吸不全、例えば、急性肺傷害や急性呼吸促迫症候群を治療又は予防することができる。また、本発明の方法及び使用によって、ウイルス感染に起因する呼吸不全の続発症、例えば、多臓器不全を治療又は予防することもできる。
【0027】
炎症は、上気道又は下気道の如何なるウイルス感染にも起因し得る。特に、本発明の方法及び使用によって、インフルエンザAH5N1(トリインフルエンザ)やインフルエンザAH1N1(ブタインフルエンザ)等の汎発流行性インフルエンザウイルスによる感染に起因する炎症を治療又は予防することができる。また、本発明の方法及び使用によって、SARSコロナウイルスによる感染に起因する炎症を治療又は予防することもできる。
【0028】
本発明の剤は吸血性節足動物に由来することが好ましい。「吸血性節足動物」には適切な宿主から血液を摂取する全ての節足動物が含まれ、例えば、昆虫やマダニ、シラミ、ノミ、コダニが挙げられる。剤はマダニに由来することが好ましく、マダニ類オルニソドロス・モウバタ(Ornithodoros moubata)に由来することが好ましい。
【0029】
本発明の一実施形態においては、剤は、図2のアミノ酸配列のアミノ酸19〜168を含むタンパク質、又はこのタンパク質の機能等価物である。剤は、図2のアミノ酸配列のアミノ酸19〜168で構成されるタンパク質、又はこのタンパク質の機能等価物とすることができる。
【0030】
他の一実施形態においては、本発明のこの実施形態において用いるタンパク質は、図2のアミノ酸配列のアミノ酸1〜168を含むか又は該アミノ酸で構成することができ、或いは、その機能等価物とすることができる。図2に記載のタンパク質配列の最初の18個のアミノ酸は、C5結合やLTB4結合活性に必要のないシグナル配列を形成するため、例えば、組換えタンパク質生成の効率化のために必要に応じて省くことができる。
【0031】
図2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質(本明細書では「EV576タンパク質」とも称する)は、マダニ類オルニソドロス・モウバタ(Ornithodoros moubata)の唾液腺から単離された。EV576はリポカリンファミリーの外(outlying)メンバーであり、補体活性化を阻害することが示された最初のリポカリンファミリーメンバーである。EV576タンパク質は、C5と結合し、C5がC5転換酵素によって補体C5aと補体C5b〜9へ切断されることを防止して代替補体経路、古典的補体経路及びレクチン補体経路を阻害し、C5aペプチド及びMACの両方の作用を阻害する。また、EV576タンパク質はLTB4とも結合する。本明細書に記載の「EV576タンパク質」とは、シグナル配列の有無に関わらず、図2に記載の配列を意味する。
【0032】
EV576タンパク質及びこのタンパク質が補体活性化を阻害する能力については、[14]に開示されているが、そこでは、EV576タンパク質が「OmCIタンパク質」と称されている。また、EV576タンパク質が重症筋無力症[15]、呼吸器障害[16]及び末梢神経障害[17]の治療に有効であることも示されている。EV576タンパク質がエイコサノイド(LTB4等)と結合する能力、及びロイコトリエンやヒドロキシエイコサノイド介在による疾患の治療における該タンパク質の使用は[18]に示唆されている。しかし、ウイルス感染の治療又は予防、特に、気道のウイルス感染による炎症の治療又は予防にEV576タンパク質が有用となり得ることは、これらの開示のいずれにも示唆されていない。
【0033】
気道のウイルス感染による炎症の治療及び予防にEV576タンパク質が驚くほど有効であることが見出された。本明細書に提示のデータによって、気道のヒトH1N1インフルエンザ感染のマウスモデルにおいては、EV576で処理したマウスの場合、媒体処理マウスと比べて、タンパク質及び総細胞数のレベルが有意に低く、補体C5aのレベルが低く、炎症性サイトカインIL−6、IL−1β及びCXCL2のレベルが低く、好中球数が非常に有意に少ないことが示される。従って、EV576は、気道のウイルス感染による炎症の治療及び予防に対するヒト治療の可能性を示す。呼吸器障害の治療におけるEV576の驚くほどの有効性は、EV576がC5と結合してC5a及びMACの生成を阻害するように作用するという事実、又はEV576のLTB4結合活性に起因し得る。
【0034】
本発明の更なる一実施形態においては、剤は、EV576タンパク質をコードする核酸分子又はその機能等価物とすることができる。例えば、遺伝子治療を用いて、対象における関連細胞によるEV576タンパク質の内在的産生をインビボ又はエクスビボで行うことができる。別のアプローチは「ネイキッドDNA」の投与(即ち、治療遺伝子を血流又は筋組織に直接注入する)である。
【0035】
このような核酸分子は、図2のヌクレオチド配列の塩基53〜507を含むか又は該塩基で構成されることが好ましい。このヌクレオチド配列は、シグナル配列を有しない図2のEV576タンパク質をコードする。図2のヌクレオチド配列の最初の54個の塩基は、補体阻害活性やLTB4結合活性に必要のないシグナル配列をコードする。或いは、核酸分子は、図2の核酸配列の塩基1〜507を含むか又は該塩基で構成することができるが、この場合、シグナル配列を有するタンパク質をコードする。
【0036】
EV576タンパク質は、ラット、マウス及びヒト血清においてC5と結合してそのC5転換酵素による切断を防止し、IC50は約0.02mg/mLであることが示された。EV576タンパク質の機能等価物はC5と結合する能力を保持してIC50が0.2mg/mL未満であることが好ましく、好ましくは0.1mg/mL未満、好ましくは0.05mg/mL未満、好ましくは0.02mg/mL未満、好ましくは1μg/mL未満、好ましくは100ng/mL未満、好ましくは10ng/mL未満、より好ましくは1ng/mL未満である。
【0037】
また、EV576タンパク質はLTB4と結合することも示された。また、EV576タンパク質の機能等価物はLTB4と結合する能力を保持し、EV576タンパク質と同様の親和性を有することもできる。
【0038】
一様相においては、本明細書に記載の「機能等価物」は、a)C5と結合し、C5転換酵素によって補体C5が補体C5aと補体C5b〜9へ切断されることを防止する能力を保持し、及び/又はb)LTB4と結合する能力を保持するEV576タンパク質の相同体及び断片を説明するのに用いる。
【0039】
また、「機能等価物」とは、EV576タンパク質と構造的に類似した分子、又は、同様又は同一の三次構造を、特にC5及び/又はLTB4と結合するEV576タンパク質の活性部位の環境で含む分子(例えば、合成分子)をも意味する。LTB4結合に必要となる可能性の高いEV576内のアミノ酸は[18]に記載されている。
【0040】
「相同体」には、図2において明確に特定されるEV576配列のパラログ及びオーソログも含まれ、例えば、他のマダニ種、即ち、リピセファラス・アッペンディクラトゥス(Rhipicephalus appendiculatus)やR.サングイネウス(R. sanguineus)、R.ブルサ(R. bursa)、A.アメリカナム(A. americanum)、A.カジェネンセ(A. cajennense)、A.ヘブレウム(A. hebraeum)、ブーフィラス・ミクロプラス(Boophilus microplus)、B.アニュラトゥス(B. annulatus)、B.デコロラトゥス(B. decoloratus)、ダーマセンター・レティキュラトゥス(Dermacentor reticulatus)、D.アンダーソニ(D. andersoni)、D.マーギナトゥス(D. marginatus)、D.バリアビリス(D. variabilis)、ヘマフィサリス・イネルミス(Haemaphysalis inermis)、Ha.レアチイ(Ha. leachii)、Ha.プンクタタ(Ha. punctata)、ヒアロンマ・アナトリクム・アナトリクム(Hyalomma anatolicum anatolicum)、Hy.ドロメダリイ(Hy. dromedarii)、Hy.マージナトゥム・マージナトゥム(Hy. marginatum marginatum)、イクソデス・リシナス(Ixodes ricinus)、I.ペルスルカトゥス(I. persulcatus)、I.スカプラリス(I. scapularis)、I.ヘキサゴナス(I. hexagonus)、アルガス・ペルシカス(Argas persicus)、A.リフレクサス(A. reflexus)、オルニトドロス・エラティカス(Ornithodoros erraticus)、O.モウバタ・モウバタ(O. moubata moubata)、O.m.ポルシナス(O. m. porcinus)、O.サヴィギニュイ(O. savignyi)に由来するEV576タンパク質配列も含まれる。「相同体」には更に、例えばキュレックス(Culex)、アノフェレス(Anopheles)、アエデス(Aedes)属、特にキュレックス・キンクファッシアタス(Culex quinquefasciatus)、アエデス・アエジプチ(Aedes aegypti)、アノフェレス・ガンビエ(Anopheles gambiae)等の蚊種;クテノセファリデス・フェリス(Ctenocephalides felis)(ネコノミ)等のノミ種;ウシアブ;サシチョウバエ;ブヨ;ツェツェバエ;シラミ;コダニ;ヒル;及び扁形動物に由来する等価なEV576タンパク質配列も含まれる。天然EV576タンパク質はO.モウバタ(O. moubata)に約18kDaの他の3種の形態で存在していると考えられ、「相同体」にはこれらのEV576の他の形態も含まれる。
【0041】
図2に示すEV576配列の相同体を特定するための方法は、当業者には明らかであろう。例えば、公的及び私的両方の配列データベースの相同性検索によって相同体を特定することができる。便宜上、公的に入手し得るデータベースを用いることができるが、私的なデータベース又は市販のデータベースも、特に公的データベースに示されていないデータを含む場合に同様に役立つ。一次データベースは、一次ヌクレオチド配列データ寄託又は一次アミノ酸配列データ寄託のサイトであり、公的に利用可能でもあり、市販されてもいる。公的に利用可能な一次データベースの例としては、GenBankデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)、EMBLデータベース(http://www.ebi.ac.uk/)、DDBJデータベース(http://www.ddbj.nig.ac.jp/)、SWISS-PROTタンパク質データベース(http://expasy.hcuge.ch/)、PIR(http://pir.georgetown.edu/)、TrEMBL(http://www.ebi.ac.uk/)、TIGRデータベース(http://www.tigr.org/tdb/index.html参照)、NRL-3Dデータベース(http://www.nbrfa.georgetown.edu)、タンパク質データベース(http://www.rcsb.org/pdb)、NRDBデータベース(ftp://ncbi.nlm.nih.gov/pub/nrdb/README)、OWLデータベース(http://www.biochem.ucl.ac.uk/bsm/dbbrowser/OWL/)、二次データベースPROSITE(http://expasy.hcuge.ch/sprot/prosite.html)、PRINTS(http://iupab.leeds.ac.uk/bmb5dp/prints.html)、Profiles(http://ulrec3.unil.ch/software/PFSCAN_form.html)、Pfam(http://www.sanger.ac.uk/software/pfam)、Identify(http://dna.stanford.edu/identify/)、Blocks(http://www.blocks.fhcrc.org)の各データベースが挙げられる。市販データベース又は私的データベースの例としては、PathoGenome(ゲノム・セラピューティックス(Genome Therapeutics)社)やPathoSeq(以前のインサイト・ファーマシューティカルズ(Incyte Pharmaceuticals)社)が挙げられる。
【0042】
通常、2個のポリペプチド間(好ましくは、活性部位等の特定の領域に亘る)の同一性が30%を超える場合、機能面において等価であり、従って2個のタンパク質は相同性を示すと考えられる。相同体であるタンパク質は、図2に示すEV576タンパク質配列に対する配列同一性が60%を超えることが好ましい。より好ましい相同体は、図2に示すEV576タンパク質配列に対して70%、80%、90%、95%、98%又は99%を超える同一性を有する。本明細書に記載の同一率(percentage identity)は、BLAST(バージョン2.1.3)により、NCBI(the National Center for Biotechnology Information; http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)が規定するデフォルトパラメータ[Blosum 62 matrix; gap open penalty=11、gap extension penalty=l]を用いて求めたものである。
【0043】
図2に示すEV576タンパク質配列の相同体には、C5と結合する能力を保持するのであれば、野生型配列に対するアミノ酸(例えば、1、2、3、4、5、7、10又はそれ以上のアミノ酸)の置換、挿入又は欠失を含む変異体も含まれる。従って、変異体には、該タンパク質の機能や活性に悪影響を及ぼさない保存的アミノ酸置換を含むタンパク質が含まれる。更にこのタームには、天然の生物学的バリアント(例えば、EV576タンパク質が得られる種内の対立遺伝子バリアントや配列バリエーション(geographical variations))も含まれる。該タンパク質配列の特定の残基を系統的又は指向的に変異させることによって、C5及び/又はLTB4への結合能力が改善された変異体を設計することもできる。
【0044】
また、EV576タンパク質の断片及びEV576タンパク質の相同体も、C5及び/又はLTB4への結合能力を保持しているのであれば「機能等価物」に包含される。断片としては、補体C5への結合能力を保持しているのであれば、例えば、EV576タンパク質配列に由来し、150未満のアミノ酸、125未満のアミノ酸、100未満のアミノ酸、75未満のアミノ酸、50未満のアミノ酸又は25未満のアミノ酸から成るポリペプチドを挙げることができる。
【0045】
このような断片としては、本明細書にて図2で明確に特定されるO.モウバタ(O. moubata)EV576タンパク質の断片だけでなく、上述したこのタンパク質の相同体の断片も挙げられる。このような相同体の断片は通常、図2のEV576タンパク質配列の断片に対して60%を超える同一性を有するが、より好ましい相同体の断片は、図2のEV576タンパク質配列の断片に対して70%、80%、90%、95%、98%又は99%を超える同一性を示す。当然のことながら、改善された断片は、野生型配列の系統的な変異又は断片化と、それに続く活性アッセイによって合理的に設計することができる。断片はEV576と同等又はそれ以上の親和性をC5及び/又はLTB4に対して示すことができる。
【0046】
本発明において用いる機能等価物は、例えば、EV576タンパク質をコードするポリヌクレオチドをインフレームで異種タンパク質配列のコード配列にクローン化して得られる融合タンパク質とすることができる。本明細書に記載の「異種」とは、EV576タンパク質以外の如何なるポリペプチド又はその機能等価物をも示す。N末端又はC末端において可溶性融合タンパク質に含まれ得る異種配列の例としては、膜結合型タンパク質の細胞外ドメインや、免疫グロブリン定常領域(Fc領域)、多量体化ドメイン、細胞外タンパク質のドメイン、シグナル配列、搬出配列、アフィニティークロマトグラフィーによって精製可能な配列が挙げられる。このような異種配列の多くは発現プラスミドで市販されているが、それは、これらの配列が通常は、該配列に融合するタンパク質の特定の生物活性を大幅に損なわずに更なる特性をもたらすために融合タンパク質内に含まれているからである[19]。このような更なる特性の例としては、体液内でのより長い半減期、細胞外局在化、タグ(例えば、ヒスチジンやHAタグ)によって可能となるより簡便な精製手続きが挙げられる。
【0047】
EV576タンパク質及びその機能等価物は、宿主細胞での発現によって組換え型に調製することができる。このような発現方法は当業者にはよく知られており、詳細は[20]及び[21]に記載されている。EV576タンパク質及びその機能等価物の組換え型は非グリコシル化であることが好ましい。
【0048】
また、本発明のタンパク質及び断片は、従来のタンパク質化学技法を用いて調製することもできる。例えば、化学合成によってタンパク質断片を調製することができる。融合タンパク質を作出するための方法は、当該技術分野では標準的であり、当業者には公知であろう。例えば、最も一般的な分子生物学、微生物学、組換えDNA技術及び免疫学的技法は[20]又は[22]に見出すことができる。
【0049】
本発明の方法又は使用において剤を投与する対象は哺乳動物であることが好ましく、ヒトであることが好ましい。また、剤を投与する対象は、上気道又は下気道のウイルス感染症(例えば、インフルエンザAH5N1(トリインフルエンザ)やインフルエンザAH1N1(ブタインフルエンザ)等の汎発流行性インフルエンザウイルス、又はSARSコロナウイルス)に罹患している場合もある。
【0050】
剤は治療有効量又は予防有効量を投与する。「治療有効量」とは、ウイルス感染に伴う炎症を治療又は改善するのに必要な剤の量を意味する。本明細書に記載の「予防有効量」とは、ウイルス感染に伴う炎症を予防するのに必要な剤の量を意味する。
【0051】
剤の用量は、対象内で可能な限り多量の有効C5(より好ましくは有効C5全量)と結合するのに十分であることが好ましい。或いは、剤の用量は、対象内で可能な限り多量の有効LTB4(より好ましくは有効LTB4全量)と結合するのに十分とすることができる。幾つかの様相においては、剤の用量は、可能な限り多量の有効C5及びLTB4(例えば、有効C5及びLTB4の全量)と結合するのに十分である。供給する剤の用量は、対象内で有効C5及び/又はLTB4の全量と結合するのに必要なモル用量の少なくとも2倍である。供給する剤の用量は、対象内で有効C5及び/又はLTB4の全量と結合するのに必要なモル用量の2.5倍、3倍又は4倍とすることができる。用量は0.0001mg/kg(患者の質量に対する薬剤の質量)〜20mg/kgであることが好ましく、好ましくは0.001mg/kg〜10mg/kg、より好ましくは0.2mg/kg〜2mg/kgである。
【0052】
必要な投与頻度は用いる剤の半減期によって変わる。剤がEV576タンパク質又はその機能等価物である場合、投与は持続点滴で行ってもよく、ボーラス投与でもよく、1日1回、1日2回、又は2日毎、3日毎、4日毎、5日毎、6日毎、7日毎、10日毎、15日毎、20日(又はそれ以上)毎に投与してもよい。
【0053】
また、正確な用量や投与頻度は投与時の患者の状態によっても変わり得る。用量を決める際に考慮に入れ得る因子としては、患者の疾患状態の重症度や患者の全体的な健康、年齢、体重、性別、食事、投与時間や投与頻度、薬剤併用、反応感受性、患者の治療に対する耐性や応答が挙げられる。正確な量は日常的な実験によって決めることができるが、最終的には臨床医の判断に任せることができる。
【0054】
剤は通常、薬学的に許容し得る担体の一部として投与する。本明細書に記載の「薬学的に許容し得る担体」としては、担体自身が、毒性作用を誘発せず、また、医薬組成物を投与する個体に対して有害な抗体の産生を引き起こすことがないのであれば、遺伝子やポリペプチド、抗体、リポソーム、多糖類、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、不活性ウイルス粒子が挙げられ、実際には他の如何なる剤も挙げられる。薬学的に許容し得る担体は更に、水や生理食塩水、グリセロール、エタノール等の液体、湿潤剤や乳化剤等の補助物質、pH緩衝物質等を含むことができる。従って、用いる薬学的担体は投与経路によって変わる。医薬組成物は担体によって、患者の摂取を助ける錠剤、丸剤、糖衣錠剤、カプセル剤、液剤、ゲル剤、シロップ剤、スラリー剤、懸濁剤に調製することができる。医薬的に許容し得る担体に関する詳細な考察は[23]で得られる。
【0055】
剤は公知の如何なる投与経路によっても送達することができる。剤は経鼻的に送達することができ、また、吸入によって、例えば、定量噴霧式吸入器やネブライザー、乾燥粉末吸入器、経鼻吸入器を用いて送達することができる。剤は非経口経路(例えば、皮下、腹腔内、静脈内又は筋肉内における注射、又は組織の間質腔への送達)によって送達することができる。また、組成物は病変部に投与することもできる。その他の投与形態としては、経口及び肺内投与や坐剤、経皮性又は経皮的塗布、針、ハイポスプレーを挙げることができる。
【0056】
剤は単独で投与してもよく、呼吸器障害患者の治療に現在使用されている他の薬剤の投与も伴う治療レジメンの一部として投与してもよい。例えば、剤の投与は、更なる抗ウイルス薬剤の点滴及び/又は酸素処理と組み合わせて行うことができる。
剤の投与は他の薬物と同時に、逐次的に又は別々に行うことができる。例えば、剤の投与は他の薬物の投与前又は投与後に行うことができる。
【0057】
このように、本発明は、対象(該対象は抗ウイルス薬剤による治療を予め受けている)における気道のウイルス感染による炎症を治療又は予防するための、C5及び/又はLTB4と結合する剤(好ましくは、EV576タンパク質又はその機能等価物)を提供する。本発明のこの様相に用いることのできる抗ウイルス薬剤の例としては、ザナミビル(リレンザ)やオセルタミビル(タミフル)が挙げられる。
【0058】
以下、実施例によって本発明の種々の様相及び実施形態をより詳細に説明する。本発明の範囲から逸脱することなく細部を変更することができることは理解されよう。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】補体活性化の古典的経路及び代替経路の概略図。酵素成分はダークグレーで示し、アナフィラトキシンは星形で囲んで示す。
【図2】EV576の一次配列。シグナル配列を下線で示す。システイン残基を太字で示す。ヌクレオチド番号及びアミノ酸番号を右側に示す。
【図3】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(104プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後の好中球数低下について同一モデルへEV131又は媒体を投与した場合との比較。
【図4】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(104プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後の総細胞数低下について同一モデルへEV131又は媒体を投与した場合との比較。
【図5】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(104プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後の総タンパク質低下について同一モデルへEV131又は媒体を投与した場合との比較。
【図6】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(106プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後の好中球数低下について同一モデルへ媒体を投与した場合との比較。
【図7】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(106プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後の総細胞数低下について同一モデルへ媒体を投与した場合との比較。
【図8】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(106プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後の総タンパク質低下について同一モデルへ媒体を投与した場合との比較。
【図9】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(104プラーク形成単位(PFU))へEV576(OmCI)を投与した後のIL−6レベル低下について同一モデルへEV131又は媒体を投与した場合との比較。
【図10】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(104プラーク形成単位(PFU))へEV576(OmCI)を投与した後のCXC2レベル低下について同一モデルへEV131又は媒体を投与した場合との比較。
【図11】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(104プラーク形成単位(PFU))へEV576(OmCI)を投与した後のIL−1β低下について同一モデルへEV131又は媒体を投与した場合との比較。
【図12】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(106プラーク形成単位(PFU))へEV576(OmCI)を投与した後のIL−6レベル低下について同一モデルへ媒体を投与した場合との比較。
【図13】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(106プラーク形成単位(PFU))へEV576(OmCI)を投与した後のCXC2レベル低下について同一モデルへ媒体を投与した場合との比較。
【図14】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(106プラーク形成単位(PFU))へEV576(OmCI)を投与した後のIL−1β低下について同一モデルへ媒体を投与した場合との比較。
【図15】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(104プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後の肺組織100mg当たりの好中球数の相対的低下について同一モデルへEV131又は媒体を投与した場合との比較。
【図16】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(106プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後の肺組織100mg当たりの好中球数の相対的低下について同一モデルへEV131又は媒体を投与した場合との比較。
【図17】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(104プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後の総合病理組織学的スコアについて同一モデルへEV131又は媒体を投与した場合との比較。
【図18】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(106プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後の総合病理組織学的スコアについて同一モデルへ媒体を投与した場合との比較。
【図19】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(接種レベル:104プラーク形成単位(PFU))の気管支肺胞洗浄液(BALF)中C5aレベルについて偽接種の場合との比較。
【図20】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(接種レベル:106プラーク形成単位(PFU))の気管支肺胞洗浄液(BALF)中C5aレベルについて偽接種の場合との比較。
【図21】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(104プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後のC5aレベル低下について同一モデルへEV131又は媒体を投与した場合との比較。
【図22】ブタインフルエンザ感染マウスモデル(106プラーク形成単位(PFU))へEV576を投与した後のC5aレベル低下について同一モデルへ媒体を投与した場合との比較。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0060】
図2に示すアミノ酸配列を有するEV576タンパク質を、気道のヒトH1N1インフルエンザ感染のマウスモデルで試験した。
【0061】
方法
パスツール研究所から入手したヒトH1N1ウイルスの亜致死量(104PFU)又は致死量(106PFU)をBalbCマウスに経鼻感染させるか、又はリン酸緩衝食塩水(PBS)により偽感染させた。
【0062】
低接種マウスでは4日以内に下気道感染の徴候(体重減少及び呼吸器鬱血)が見られ、高接種群ではより早く、3日目までには全てのマウスがウイルスに屈した。
【0063】
図2に示すアミノ酸配列を有するEV576タンパク質を、感染30分前及び1日目には250μg、2日目、3日目及び4日目には200μg、5日目には170μgを腹腔内注射によって投与した。rEV131(EV576に対する同等サイズのリポカリンであるが、補体系を阻害しないことが知られている)とPBSを対照として用いた。
【0064】
高接種マウスの場合、3日目までに全て死亡したため、投与は最初の2回のみであった。高接種マウスに関しては、3日目に気管支肺胞洗浄(BAL)を行った。低接種マウスに関しては、6日目(最後の投与から24時間後)に気管支肺胞洗浄(BAL)を行い、その直後に殺した。総細胞数、好中球数、総タンパク質及びサイトカイン(IL−1β、IL−6及びCXCL2)について洗浄液のアッセイを行った。
【0065】
結果を図3〜16に示す。
【0066】
偽処理マウスと比べて媒体処理マウスでは全てのパラメータが非常に有意に上昇したことが分かった。
【0067】
結果
104プラーク形成単位(PFU)の場合、EV576で処理したマウスでは、媒体処理マウスと比べて、タンパク質のレベル(図5)及び総細胞数(図4)が有意に低下し、好中球数(図3及び15)が非常に有意に低下した。106PFUの場合も、EV576で処理したマウスでは好中球数が媒体処理と比べて有意に低下した。
【0068】
104PFUの場合、媒体処理マウス及びrEV131マウスでは、偽処理マウスと比べて、総細胞数、好中球数及びタンパク質が非常に有意に(p<0.001)増加した。EV576で処理したマウスでは、媒体処理マウスに比べて、総細胞数の増加は有意に低く(p<0.05)、好中球数の増加も有意に低かった(p<0.01)(図3及び4)。106PFUの場合、総細胞数(p<0.05)及び好中球数(p<0.001)のみが偽処理マウスに比べて増加し、EV576で処理したマウスでは、媒体処理マウスに比べて、好中球数の増加は有意に低かった(p<0.05)(図6〜8及び16)が、瀕死のマウスに対してBALを6日目ではなく3日目に行ったため、H1N1インフルエンザの呼吸器合併症の作用が十分に現れる時間がなく、従って、補体阻害の潜在的な保護作用については明らかにならなかったと考えられる。
【0069】
低接種群の場合、媒体処理群及びrEV131処理群では、偽処理マウスと比べて、BAL液中の炎症性サイトカインIL−1β、IL−6及びCXCL2のレベルが有意に(p<0.05)又は非常に有意に(p<0.01)上昇したことが分かった(図9〜11)が、一方、EV576で処理したマウスでは、上昇はしたものの有意差はなかった。細胞に関する結果と同様に、高接種群においては差があまり顕著ではなかった(図12〜14)。
【0070】
低接種マウス及び高接種マウスについての肺炎症の全病理組織学的スコアの合計をそれぞれ図17及び18に示す。病理組織学的スコアの合計は、気道炎症、血管炎症、実質性炎症、好中球炎症及び上皮傷害のスコアを用いて算出した。低接種群においては、EV576によって上皮損傷及び炎症が抑制された。ヒスタミン捕捉タンパク質であるEV131の有効性は低かった。
【0071】
これらのデータから、EV576がH1N1感染による炎症を有意に阻害することが分かる。EV576はC5の結合を介して補体系を阻害し、エイコサノイド活性を阻害することが知られている。これらのデータから、EV576及び同様のC5結合特性を有する他の剤がウイルス感染による肺の炎症を抑制するのに有効となり得ることが示唆される。
【実施例2】
【0072】
図2に示すアミノ酸配列を有するEV576タンパク質を、気道のヒトH1N1インフルエンザ感染のマウスモデルで試験し、その補体C5aレベルへの作用について調べた。
【0073】
方法
実施例1で上述したようにBalbCマウスの感染及び処理を行った1(注1:正しいことを確認できるでしょうか?確認できない場合には、実験プロトコルの詳細を提供して下さい)。
【0074】
BALF中のC5aレベルの測定は、偽接種マウスでは 日目2(注2:この情報を提供して下さい。2010年12月26日送付のeメールに添付された図面には見当たりません)、ヒトH1N1ウイルスの亜致死量(104PFU)に曝露したマウスでは1日目、4日目、7日目及び10日目、ヒトH1N1ウイルスの致死量(106PFU)に曝露したマウスでは1日目、3日目及び5日目に行った。
【0075】
6日目に、媒体、EV131又はEV576でも処理した低接種マウスにおいてBALF中のC5aレベルを測定した。3日目に、媒体又はEV576でも処理した高接種マウスにおいてBALF中のC5aレベルを測定した。
【0076】
結果を図19〜22に示す。
【0077】
結果
高接種レベル及び低接種レベルの両方において、感染後最大10日間、BAL液中のC5aが有意に増加する(図19及び20)。EV576で処理したマウスでは、C5aレベルの上昇が有意に抑制された。媒体及びEV131ではC5aレベルの上昇は抑制されなかった(図21及び22)。
【0078】
H1N1インフルエンザ感染に起因する炎症における補体に対する直接的な役割が示されたのはこれが初めてである。この補体の増加は補体阻害剤EV576によってブロックすることができる。EV576が補体及び関連炎症をブロックする能力は、EV576がH1N1インフルエンザ感染の治療に有効であることを示唆する。
【実施例3】
【0079】
H1N1感染に続くサイトカインストーム及び関連炎症は、H5N1感染後にも存在する。従って、H1N1感染後の補体増加及び関連炎症をEV576がブロックする能力は、H5N1感染後に再現されることが期待される。上述及び参考文献24に記載の実験プロトコルを用い、図2に示すアミノ酸配列を有するEV576タンパク質を、気道のヒトH5N1インフルエンザ感染のマウスモデルで試験することができる。H5N1又はH1N1インフルエンザ感染後のオセルタミビル(タミフル)とEV576の併用の効果も確認することができる。
【0080】
方法
実験プロトコルは参考文献24に記載のものと同様である。
【0081】
体重が20〜23gに標準化された病原体フリーの雌性マウス(8週齢)(例えば、FVB/J株)に、パスツール研究所から入手したヒトH5N1ウイルス又はH1N1ウイルスを経鼻感染させるか、又はリン酸緩衝食塩水(PBS)により偽感染させる。
【0082】
図2に示すアミノ酸配列を有するEV576タンパク質を腹腔内注射によって投与する。マウスにはオセルタミビルを投与することもできる。PBSを対照として用いる。各感染モデルについて次の4群、即ち、(1)ウイルス+PBS、(2)ウイルス+EV576、(3)ウイルス+EV576+オセルタミビル、及び(4)ウイルス+オセルタミビルを設けることができる。感染及び処理のスケジュールを下表に示す。
【0083】
【表1】

【0084】
次の感染徴候や処理効果の値を測定することができる。
・体重(毎日)
・群特異的生存率%
・各々の肺、背腹の写真(各時点)
・肺重量(各時点)
・肺ウイルス価(各時点)
・肺ミエロペルオキシダーゼ活性(各時点)
・オプション1:病理組織学的試験(各時点)
・オプション2:肺好中球ケモカイン(KC及びMIP−2)
・オプション3:肺単球/NK/T細胞ケモカイン(MCP1、MIP1α)
・オプション4:肺サイトカイン(IL−6、TNFα、IFNα、IFNγ、IL−1β)
・オプション5:IFによる肺全体のウイルス分布
・オプション6:フローサイトメトリーによるBALF中の細胞数カウント
【0085】
読み出し回収の時点はH5N1感染後2日目、3日目及び4日目、又はH1N1感染後2日目、4日目、6日目、7日目、8日目とする。感染前の値を求めることもできる。
【0086】
参考文献
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[15] WO/2007/028968
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[24] Garigliany et al., (2010) Emerg Infect Dis 16:595-603

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気道のウイルス感染による炎症を治療又は予防する方法であって、
a)古典的補体経路、代替補体経路及びレクチン補体経路を阻害し、及び/又は
b)エイコサノイド活性を阻害する
剤の治療有効量又は予防有効量をそれを必要とする対象に投与することを含む方法。
【請求項2】
気道のウイルス感染による炎症を治療又は予防するための、
a)古典的補体経路、代替補体経路及びレクチン補体経路を阻害し、及び/又は
b)エイコサノイド活性を阻害する、
治療有効量又は予防有効量の剤。
【請求項3】
剤は補体C5と結合する、請求項1に記載の方法又は請求項2に記載の剤。
【請求項4】
剤は、C5転換酵素によって補体C5が補体C5aと補体C5b〜9(MAC)へ切断されることを阻害する、請求項3に記載の方法又は剤。
【請求項5】
剤はLTB4と結合する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法又は剤。
【請求項6】
剤は吸血性節足動物に由来する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法又は剤。
【請求項7】
剤は、図2のアミノ酸配列のアミノ酸19〜168を含むか又は該アミノ酸で構成されるタンパク質、又はこのタンパク質の機能等価物である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法又は剤。
【請求項8】
剤は、図2のアミノ酸配列のアミノ酸1〜168を含むか又は該アミノ酸で構成されるタンパク質、又はこのタンパク質の機能等価物である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法又は剤。
【請求項9】
剤は、請求項7又は8に記載のタンパク質をコードする核酸分子である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法又は剤。
【請求項10】
核酸分子は、図2のヌクレオチド配列の塩基53〜507を含むか又は該塩基で構成される、請求項9に記載の方法又は剤。
【請求項11】
核酸分子は、図2のヌクレオチド配列の塩基1〜507を含むか又は該塩基で構成される、請求項10に記載の方法又は剤。
【請求項12】
対象は哺乳動物であり、好ましくはヒトである、請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法又は剤。
【請求項13】
剤は、対象内で可能な限り多量の有効C5及び/又はLTB4(より好ましくは有効C5全量)と結合するのに十分な用量で投与する、請求項5〜12のいずれか1項に記載の方法又は剤。
【請求項14】
気道のウイルス感染による炎症は、急性肺傷害や急性呼吸促迫症候群等の呼吸不全、又は多臓器不全等の呼吸不全の続発症である、請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法又は剤。
【請求項15】
ウイルス感染は、インフルエンザAH5N1(トリインフルエンザ)やインフルエンザAH1N1(ブタインフルエンザ)等の汎発流行性インフルエンザウイルスやSARSコロナウイルス等の上気道又は下気道の感染である、請求項1〜14のいずれか1項に記載の方法又は剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公表番号】特表2013−516450(P2013−516450A)
【公表日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−547546(P2012−547546)
【出願日】平成23年1月10日(2011.1.10)
【国際出願番号】PCT/GB2011/000022
【国際公開番号】WO2011/083317
【国際公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【出願人】(509064657)ヴァーレイ・イミュノ・ファーマスーティカルズ・(ヴィーアイピー)・リミテッド (3)
【Fターム(参考)】