説明

水性アクリルエマルション、発泡性制振性塗料及び制振体

【課題】20〜60℃の広い温度範囲に亙って高い制振性を示す制振材料と該材料に有用な水性重合体組成物を提供する。
【解決手段】20℃で2.0×10〜7.0×10Paの貯蔵弾性率と1.0×10〜2.0×10Paの損失弾性率及び60℃で2.5×10〜3.5×10Paの貯蔵弾性率と1.0×10〜2.0×10Paの損失弾性率をそれぞれ有し、且つ20〜60℃の温度範囲で1.6以上のtanδの最大ピークを有するアクリル重合体を使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制振性塗料の皮膜形成成分として有用な水性アクリルエマルションに関し、特に広い使用環境温度範囲に亙って優れた制振性能及び防音性能を発揮する制振材料を形成できる水性アクリルエマルションに関する。更に、本発明は、かかる水性アクリルエマルションを主成分として含む発泡性制振性塗料に関し、特に剥がれや膨れの発生を惹起することなく制振効果の大きな発泡した厚膜の形成を可能とする発泡性制振性塗料に関する。更にまた、本発明は、かかる発泡性制振性塗料を用いて形成される高い制振性を有する制振体に関する。
【背景技術】
【0002】
生活環境や作業環境の快適さを求める要求の高まりに伴い、自動車、鉄道車両、航空機、船舶等の室内や、冷蔵庫、洗濯機、掃除機等の家電製品などに生じる振動や振動音を抑制乃至防止し生活環境や作業環境を静寂に保つための対策が強く求められている。
【0003】
従来、これらの制振対策として、基材表面にアスファルト系制振シートや制振鋼板などのシート状制振材を貼り付ける方法や有機溶剤系又は水系の制振性塗料を塗装する方法が採用されてきた。しかし、シート状制振材を貼り付ける方法では、シート形状を複雑な基材形状に合わせることが困難な場合も少なくないし、基材形状に合わせたシートを基材の種類やサイズごとに製作、分類、保管しておく必要があるうえ、シートの貼り付け作業はロボット化が困難で人手によらざるを得ないなどの作業効率上の問題があった。一方、制振性塗料を塗布する方法では、作業効率上の問題はないものの、市場で汎用されている有機溶剤系制振塗料では有機溶剤特に芳香族炭化水素系溶剤が大気汚染の大きな要因となることが問題とされている。このため、環境問題への配慮から水系制振性塗料が検討されている。
【0004】
制振材料は、振動する車両、家電機器、精密機器、建築構造物などの基材とともに振動しながらその材料の動的粘弾性から生じる内部摩擦などにより振動エネルギーを熱エネルギーに変換することにより振動を減衰させ振動音を低減させるものである。制振材料の動的粘弾性は温度によって大きく変化するため、制振性能は温度に依存し、特定の温度で極大となる。そのため、多くの場合、特定の温度で優れた制振性能を示す制振材料であっても、その温度より低温領域又は高温領域では制振性能が大幅に低下する。しかし、制振材料の使用対象とされる車両、家電機器、精密機器、建築構造物などは種々の走行条件、運転条件、環境条件などに曝されるため、制振材料の使用部位もまた低温から高温までの幅広い温度条件に曝されることが多い。このため、室温から高温に亙る広い環境温度範囲において高い制振性を発揮する水系制振材料が求められており、そのための検討がなされている。
【0005】
このような検討例として、特許文献1には、ガラス転移温度が−10〜50℃の範囲にあり、かつガラス転移温度が異なる2種以上の合成樹脂を主成分とするエマルションと、粒子径範囲が0.1〜200μmであり、かつ平均粒子径が0.5〜90μmのマイカを所定割合で含有する水系制振塗料が提案されている。また、特許文献2には、ガラス転移温度の異なる2種以上の非相溶性のポリマー(例えば、−20〜10℃の範囲のガラス転移温度を有するポリマー及び20〜50℃の範囲のガラス転移温度を有するポリマー)の水性分散物にアルコール類、エーテル類等の相溶性調整成分を所定割合で含有する水系制振材組成物が提案されている。しかし、これらの塗料及び組成物は一定の温度範囲において改良された制振性を示すものの、高い制振性能を示す温度範囲は限定的であり、従って実用上は更に広い温度範囲に亙って高い制振性を示す制振材料が必要とされている。
【特許文献1】特開平10−60311号公報
【特許文献2】特開平2001−152028号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、制振材料の通常の使用環境温度である20〜60℃の広い温度範囲に亙って高い制振性を示す制振材料として有用な水性重合体組成物を提供することにある。
本発明の他の目的は、20〜60℃の広い温度範囲に亙って高い制振性を示す制振性塗料を提供することにある。
本発明の更に他の目的は、20〜60℃の広い温度範囲に亙って高い制振性を示すとともに、塗膜に剥がれや膨れを生じることなく厚膜の塗布が可能であり、かつスプレーガンの目詰まりがなく安定したスプレー塗装が可能な水性制振性塗料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、アクリル系重合体を使用し、該重合体の20℃と60℃のそれぞれの温度における貯蔵弾性率と損失弾性率を特定範囲内に制御すると共に損失正接(tanδ)(以下、単にtanδという。)の最大ピークのピーク強度とピーク温度を特定範囲内に制御することにより、20〜60℃の広い温度範囲において高い制振性を実現することが可能であるとの技術的知見を見出し、この知見に基づき本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、水性媒体と該水性媒体中に分散するアクリル重合体(A)のエマルション粒子とから成る水性アクリルエマルションであって、前記アクリル重合体(A)が、20℃で2.0×10〜7.0×10Paの貯蔵弾性率と1.0×10〜2.0×10Paの損失弾性率及び60℃で2.5×10〜3.5×10Paの貯蔵弾性率と1.0×10〜2.0×10Paの損失弾性率をそれぞれ有し、且つ20〜60℃の温度範囲で1.6以上のtanδの最大ピークを有する水性アクリルエマルションを提供する。
【0009】
また、本発明は、前記水性アクリルエマルションと発泡剤と無機充填剤を含有する発泡性制振性塗料を提供する。
【0010】
更にまた、本発明は、基材上に前記発泡性制振性塗料の制振性塗膜を形成してなる制振体を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の水性アクリルエマルションは、制振性塗料の皮膜形成成分として用いた場合、制振材料の通常の使用環境温度である20〜60℃の広い温度範囲に亙って高い制振効果を奏する。
【0012】
また、本発明の発泡性制振性塗料は、20〜60℃の広い温度範囲に亙って高い制振効果を奏する厚くて均一に発泡した制振塗膜を形成することができ、塗装時には塗膜の剥がれや膨れを生じることなく厚膜の塗布が可能であり、かつスプレーガンの目詰まりがなく安定したスプレー塗装が可能である。
【0013】
更にまた、本発明の制振体は、最大6mm程度の均一に発泡した制振塗膜を有し、20〜60℃の広い温度範囲に亙って高い制振効果を奏するから、車両、家電機器、精密機器、建築構造物などの振動と振動音の発生を効果的に抑制ないし防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明で使用するアクリル重合体は、その貯蔵弾性率、損失弾性率及びtanδの最大ピークの強度とピーク温度の各値がそれぞれ前記数値範囲内にある動的粘弾性特性を有する限り、単独重合体であってもよく、また2種以上の重合体の混合物であってもよい。しかし、アクリル重合体(A)の動的粘弾性特性を前記特定範囲内に制御するには、単独重合体で制御するよりも2種以上の重合体の混合物で制御するほうが容易である。本発明で使用するアクリル重合体(A)としては、前記動的粘弾性特性を有すると共に、40℃で1.0×10〜8.0×10Paの貯蔵弾性率と3.0×10〜1.3×10Paの損失弾性率を有するものが好ましく、更に30〜50℃の温度範囲にtanδの最大ピークを有するものが特に好ましい。
【0015】
本発明で使用するアクリル重合体(A)は、例えば、相互に非相溶又は半相溶の、(1)20℃で9.5×10〜1.5×10Paの貯蔵弾性率と1.0×10〜2.5×10Paの損失弾性率及び60℃で1.0×10〜4.0×10Paの貯蔵弾性率と6.0×10〜2.0×10Paの損失弾性率をそれぞれ有し、且つ30〜50℃の温度範囲で2.0以上のtanδの最大ピークを有するアクリル重合体(A−1)と、(2)20℃で1.0×10〜5.0×10Paの貯蔵弾性率と3.0×10〜8.0×10Paの損失弾性率及び60℃で2.5×10〜4.0×10Paの貯蔵弾性率と1.0×10〜1.5×10Paの損失弾性率をそれぞれ有し、且つ10〜30℃の温度範囲で1.8以上のtanδの最大ピークを有するアクリル重合体(A−2)を、混合することによって調整することができる。従って、本発明の水性アクリルエマルションは、アクリル重合体(A−1)の水性エマルションとアクリル重合体(A−2)の水性エマルションを混合することによって製造することができる。アクリル重合体(A−1)としては、上記(1)に記載の動的粘弾性特性に加え、40℃で5.0×10〜1.0×10Paの貯蔵弾性率と6.0×10〜1.0×10Paの損失弾性率を有するものが好ましく、更に30〜50℃の温度範囲でtanδの最大ピークを有するものが特に好ましい。
アクリル重合体(A−2)としては、上記(2)に記載の動的粘弾性特性に加え、40℃で3.0×10〜8.0×10Paの貯蔵弾性率と6.0×10〜1.2×10Paの損失弾性率を有するものが好ましく、更に30〜50℃の温度範囲でtanδの最大ピークを有するものが特に好ましい。
【0016】
アクリル重合体(A−1)としては、主たる重合単位としてスチレン単量体単位を有するスチレン−アクリル系重合体が好適であり、アクリル重合体(A−2)としては、実質的にスチレン単量体単位を有さないノンスチレン系アクリル重合体が好適である。アクリル重合体(A−1)とアクリル重合体(A−2)は互いに非相溶又は半相溶であるが僅かな分子同士の絡み合いを許容する関係にあり、その結果、それら混合物のtanδの温度ピーク、すなわち制振性の温度ピークとして捉えられるピークは、充分な高さと幅の広がりをもったブロードなピークとなる。このことは、アクリル重合体(A−1)とアクリル重合体(A−2)の混合によって高い制振性を示す温度領域が拡大することを示している。本発明で使用する動的粘弾性特性を示す各数値は固体粘弾性測定装置で測定される数値である。
【0017】
アクリル重合体(A−1)としては、例えばスチレン系単量体単位50〜75重量%と炭素原子数6〜10のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステル系単量体単位20〜45重量%とカルボキシル基含有ビニル系単量体単位1〜6重量%を有するスチレン−アクリル系重合体が好適である。アクリル重合体(A−2)としては、炭素原子数1〜3のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステル系単量体単位30〜50重量%と炭素原子数4〜5のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステル系単量体単位45〜65重量%とカルボキシル基含有ビニル系単量体単位1〜6重量%を有するノンスチレン系アクリル重合体が好適である。
【0018】
アクリル重合体(A−1)とアクリル重合体(A−2)の混合割合(A−1/A―2)は、その混合物がアクリル重合体(A)の上記動的粘弾性特性を有する限り特に限定されず、通常2/8〜8/2の範囲内の割合とすることができる。特に固形分中のアルキル基の炭素原子数3〜10のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸アルキルエステル系単量体単位の含有割合が20〜40重量%となる混合物が好ましい。
【0019】
アクリル重合体(A−1)の製造に使用する単量体の具体例を挙げれば次のとおりである。すなわち、スチレン系単量体としては、例えば、スチレン、α−メチルスチレン、ビニルトルエン、クロルスチレン、2,4―ジブロモスチレン等が挙げられ、なかでもスチレンが好ましい。炭素原子数6〜10のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸アルキルエステル系単量体としては、例えば、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸ヘプチル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸オクタデシル等が挙げられる。カルボキシル基含有ビニル系単量体としては、例えば、(メタ)アクリル酸、クロトン酸、マレイン酸およびその無水物、フマル酸、イタコン酸、不飽和ジカルボン酸モノアルキルエステル(例えば、マレイン酸モノメチル、フマル酸モノエチル、イタコン酸モノノルマルブチル)等が挙げられ、中でも(メタ)アクリル酸、イタコン酸が好ましい。
【0020】
次にアクリル重合体(A−2)の製造に使用する単量体を挙げれば次のとおりである。すなわち、炭素原子数1〜3のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステル系単量体としては、例えば、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸アミノエチル、(メタ)アクリル酸ジメチルアミノエチル、(メタ)アクリル酸ジエチルアミノエチル、(メタ)アクリル酸プロピル等が挙げられる。炭素原子数4〜5のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステル系単量体としては、例えば、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸ペンチル等が挙げられる。カルボキシル基含有ビニル系単量体としては、アクリル重合体(A−1)の製造に使用するものと同じものを使用することができる。アクリル重合体(A−1)及びアクリル重合体(A−2)におけるカルボキシル基含有ビニル系単量体の使用は、それら重合体を製造する乳化重合反応において反応系を安定化させる機能を果たす。
【0021】
アクリル重合体(A−1)及びアクリル重合体(A−2)を製造する重合反応において、他の共重合可能なビニル系単量体を使用することも可能である。そのような他の共重合可能なビニル系単量体としては、例えば、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル等のビニルエステル;塩化ビニリデン臭化ビニリデン等のビニリデンハライド;(メタ)アクリロニトリル;(メタ)アクリル酸グリシジル;(メタ)アクリルアミド、Nーメチロール(メタ)アクリルアミド、ブトキシメチル(メタ)アクリルアミド、ジアセトンアクリルミド等が挙げられる。これらの共重合可能なビニル系単量体の使用量は、本発明の目的の達成に支障とならない限り限定的ではないが、一般的にはアクリル重合体(A−1)又はアクリル重合体(A−2)の製造に使用する前記単量体の全重量の10%以下である。
【0022】
アクリル重合体(A−1)及びアクリル重合体(A−2)のそれぞれの合成方法としてはシード乳化重合法が最も適している。この重合法によれば、得られる重合体のtanδの温度ピークの高さを大きくすること、すなわちそのピーク温度における制振効果を大きくすることができる。また、シード乳化重合における重合条件、特に重合温度は、得られる重合体のtanδの温度ピークの高さと幅の広がり、すなわち制振効果の大小とその温度依存性に影響を与える。例えば、重合開始剤として過硫酸ナトリウムを使用する反応系においてアクリル重合体(A−1)を前記単量体組成でシード乳化重合法により合成する場合、重合温度は80℃が最適である。重合温度を80℃とすると、得られる重合体のtanδの温度ピークは、充分に大きな高さとピーク幅の広がりをもったものになる。
【0023】
このことは、重合温度80℃において、制振性が高く、しかもその温度依存性の少ない重合体を合成できること意味する。これに対し、重合温度を90℃とすると、得られる重合体のtanδの温度ピークは、重合温度80℃の温度ピークよりも、ピークの高さは大きくなるものの、ピーク幅の広がりは狭くなる。
【0024】
このことは、得られる重合体は、最大ピークの特定温度において大きな制振性を示すものの、制振性の温度依存性が大きく、その温度より低温領域及び高温領域において制振性が大きく低下することを意味する。重合温度を70℃にすると、得られる重合体のtanδの温度ピークは、重合温度80℃の温度ピークよりも、ピークの高さは小さくなり、ピーク幅の広がりは大きくなる。このことは、制振性の温度依存性は小さいが、制振性が弱くなることを意味する。
【0025】
アクリル重合体(A−1)及びアクリル重合体(A−2)のそれぞれの水性アクリルエマルションは次に1例として示す具体的方法及びその通常の設計変更に従って製造することができる。すなわち、単量体、乳化剤、重合開始剤(例えば、過硫酸ナトリウム)等の混合物(単量体プレミックス)100重量部の中の1重量部を、予め60重量部の水の入った反応容器の中に一括して仕込み、所定温度(例えば、70〜80℃)で1時間攪拌してシード乳化重合のためのシード(種粒子)を合成する。反応温度を同温度に維持し攪拌しながら、反応系に残り99重量部の単量体プレミックスを5時間に亙って滴下し、その後2時間反応を続けてシード乳化重合反応を行う。反応終了後、反応物を冷却し、アルカリ物質(例えば、アンモニア)で中和して目的とする水性アクリルエマルションを得る。
【0026】
上記反応で用いる乳化剤としては、例えば、脂肪酸石鹸、ロジン酸石鹸、アルキルスルホン酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、ジアルキルアリールスルホン酸塩、アルキルスルホコハク酸塩、ポリオキシエチレンアルキル硫酸塩等のアニオン系重合乳化剤;ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルアリールエーテル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、オキシエチレンオキシプロピレンブロックコポリマー等のノニオン系重合乳化剤等が挙げられる。これらの乳化剤は単独又は2種以上を組み合わせて使用することができる。ノニオン系及びアニオン系の併用、及び陽イオン界面活性剤、両イオン界面活性剤等の使用も可能である。乳化剤の使用量は、乳化重合に供される重合性モノマーの全量100重量部に対して、0.3〜3重量部が好ましい。0.3重量部以上とすることで合成樹脂エマルションの安定性が良好となり、3重量部以下とすることで乾燥被膜の耐水性が良好となる。
【0027】
また、乳化重合反応において使用する重合開始剤としては、例えば、過硫酸カリウム(K)、過硫酸ナトリウム(Na)、過硫酸アンモニウム[(NH]、過酸化水素等の水性触媒;tert−ブチルハイドパ−オキサイド、クメンハイドロパ−オキサイド等の油性触媒が挙げられる。重合開始剤の使用量は、乳化重合に供される重合性単量体の100重量部に対して、0.1〜0.7重量部が好ましい。
【0028】
また、乳化重合反応において分子量を調整するために、重合時に連鎖移動剤及び重合停止剤等の分子量調整剤または重合率調整剤を適宜使用することができる。更に冷却による反応中断により分子量のコントロールを行っても良い。かかる連鎖移動剤としては、例えば、t−ドデシルメルカプタン、n−トデシルメルカプタン、オクチルメルカプタン、n−テトラデシルメルカプタン、n−ヘキシルメルカプタン等のメルカプタン類、ターピノーレン、t−テルピネン、α−メチルスチレンダイマー、エチルキサントゲンジスルフィド、ジイソプロピルキサントゲンスルフィド、アミノフェニルスルフィド、テトラエチルチウラムジスルフィド等が挙げられ、これらの1種又は2種以上を使用することができる。
【0029】
連鎖移動剤の使用量は、乳化重合に供される重合性単量体の全量100重量部に対して1.0重量部以下が好ましい。1.0重量部以下の場合、得られる重合体のゲル分率と架橋密度を適切な範囲に制御することができる。重合体の適切なゲル分率は重合体の全重量の0.1〜1.0%である。重合体のゲル分率が0.1%より低いと、その重合体を用いた発泡性制振性塗料を基材に塗装する際に塗膜が発泡し過ぎて「剥がれ」が生じやすくなり、1.0%より高いと、均一な発泡が妨げられ「膨れ」が発生しやすくなる。重合体のゲル分率が上記の適切な範囲内にあるときは、「剥がれ」や「膨れ」のない均一に発泡した制振性塗膜が得られる。
【0030】
また重合停止剤としては、例えばハイドロキノン(フェノール)類、アミン系硫黄類、硫酸ヒドロキシルアミン、アンモニア、苛性ソーダ、苛性カリ等が挙げられ、またその他重合停止効果のあるものが使用でき、更にこれらを複数併用しても良い。その使用量は重合禁止剤の種類及び単量体との反応性比により異なる。乳化重合反応においては、前記乳化剤、連鎖移動剤及び重合開始剤のほか、必要に応じて各種電解質、pH調製剤等を併用してもよい。
【0031】
本発明の水性アクリルエマルションの好適な粒子径は250〜300nmである。粒子径がこの範囲内にあるときは、その水性アクリルエマルションを用いた制振性塗料は、優れた厚膜形成性を有すると共に、そのエマルション粒子は優れた機械的安定性を有し、スプレー塗装時にスプレーガンの目詰まりを起こさない。
【0032】
本発明の水性アクリルエマルションは、未反応モノマーの臭気を低減する等のため、例えば、ストリッピング等の方法によって、必要とされる固形分含有量に濃縮されて使用することが好ましい。固形分含有量は、一般的に塗装性を考慮して適宜調整され、通常好ましくは30〜60重量%に調整される。
【0033】
また、本発明の水性アクリルエマルションに、更に無機系充填剤と発泡剤を配合することによって本発明の発泡性制振性塗料を製造することができる。かかる無機充填剤としては、例えば、重質炭酸カルシュウム、軽質炭酸カルシュウム、タルク、クレー、シリカ、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシュウム、炭酸マグネシュウム、硫酸バリウム、カーボンブラック、酸化チタン、セピオライト等が挙げられる。無機充填剤の使用量は、重合体固形分100重量部に対して5〜250重量部が好ましく、10〜150重量部が特に好ましい。この範囲において優れた耐ブロッキング性及び皮膜形成性が得られる。
【0034】
発泡剤としては公知の各種発泡剤を使用することができるが、フロン系液体がカプセル内に充填された発泡剤が好適である。発泡剤の使用量は、重合体固形分100重量部に対して1〜5重量部が好ましい。
【0035】
また、本発明の発泡性制振性塗料には、その使用目的に応じて他の添加剤を加えることができる。他の添加剤としては、例えば、無機顔料、有機顔料等の着色剤、キレート剤、分散剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、界面活性剤、圧縮回復剤、消泡剤、殺菌剤、防腐剤、湿潤剤、エポキシ系を除く架橋剤、酸化亜鉛・硫黄・加硫促進剤等の加硫剤、タック防止剤、起泡剤、整泡剤、浸透剤、撥水・撥油剤・ブロッキング防止剤、難燃剤、充填剤、増粘剤等を挙げることができ、かかる添加剤の選択、添加量、添加順序等は、アクリルエマルションの製造条件、作業性、安定性、更に加工適性、塗布量等を考慮して、適宜に決定されれば良い。これらの添加剤を加える場合は、例えば、制振性塗料の用途に用いるエマルションについて、上記の添加剤を、それぞれ、エマルションの固形分100重量部に対し0.01〜5重量部加えることが好ましい。
【0036】
本発明の発泡性制振性途料は自動車、鉄道車両、航空機、船舶等の室内や、冷蔵庫、洗濯機、掃除機等の家電製品などの広範な対象物の制振部位に塗装され、対象物の振動や振動音を抑制ないし防止し、生活環境や作業環境を静寂に保つことができる。本発明の発泡性制振性塗料を基材に塗装する方法は、特に限定されるものではなく、必要に応じた方法を適宜採ることができるが、エアレススプレー、スリットノズル押しだし等の方法が好ましい。塗料の乾燥条件は、特に限定されず、対象基材や塗装膜厚などを考慮して適宜設定すればよいが、例えば乾燥温度70〜150℃、乾燥時間20〜60分の乾燥条件とすることができる。本発明の発泡性制振性塗料を使用して形成された制振塗膜は、発泡後の塗膜の厚さが5〜8mm程度の厚膜となる場合でも、剥がれや膨れがなく均一に発泡した制振塗膜となるので、優れた制振性のみならず、平滑な表面をもつ美麗な外観を呈する。
【実施例】
【0037】
以下に実施例および比較例を挙げて本発明を具体的に説明する。なお、例中の部及び%はそれぞれすべて重量部及び重量%である。
【0038】
(本発明で使用する水性アクリルエマルションの合成)
合成例1
攪拌装置を備えた容器に水20部、スチレン61部、2−エチルヘキシルアクリレート37部、メチルメタアクリレート2部、ラウリルメルカプタン0.5部、乳化剤として「ニューコール707SF」[日本乳化剤(株)製ポリオキシエチレン多環フェニルエーテル硫酸エステル塩]2部及び「ノイゲンEM230」[第一工業製薬(株)製、ポリオキシエチレンフェニルエーテル]1部を混合して単量体プレミックスを調製した。
【0039】
攪拌装置を備えた重合容器に水43部、上記単量体プレミックス1部及び過硫酸ナトリウム0.1部を仕込み、80℃で1時間反応させた。次いで、反応容器中の反応液を80℃に保ち攪拌しながら、残りの単量体プレミックスを5時間に亙って連続的に滴下した。滴下終了後、80℃で2時間攪拌して本発明で使用する水性アクリルエマルション(E−a)を得た。
【0040】
合成例2
攪拌装置を備えた容器に水20部、ブチルアクリレート53部、メチルメタアクリレート45部、80%メタクリル酸1.25部、イタコン酸1部、t−ブチルメルカプタン0.5部、乳化剤として「ニューコール707SF」[日本乳化剤(株)製ポリオキシエチレン多環フェニルエーテル硫酸エステル塩]2部及び「ノイゲンEM230」[第一工業製薬(株)製、ポリオキシエチレンフェニルエーテル]1部を混合して単量体プレミックスを調製した。
【0041】
攪拌装置を備えた重合容器に水43部と前記単量体プレミックス1部及び過硫酸ナトリウム0.1部を仕込み、80℃で1時間反応させた。次いで、反応容器中の反応液を80℃に保ち攪拌しながら、残りの単量体プレミックスを5時間に亙って連続的に滴下した。滴下終了後、80℃で2時間攪拌して、本発明で使用する水性アクリルエマルション(E−b)を得た。
【0042】
合成例3
攪拌装置を備えた容器に水20部、ブチルアクリレート53部、メチルメタアクリレート45部、80%メタクリル酸1.25部、イタコン酸1部、t−ブチルメルカプタン0.5部、乳化剤としてニューコール707SF[日本乳化剤(株)製ポリオキシエチレン多環フェニルエーテル硫酸エステル塩]2部、ノイゲンEM230[第一工業製薬(株)製、ポリオキシエチレンフェニルエーテル]1部を混合して単量体プレミックスを調製した。
【0043】
攪拌装置を備えた重合容器に水43部と上記単量体プレミックス1部及び過硫酸アンモニウム1部を仕込み、70℃で1時間反応した。次いで、反応容器中の反応液を70℃に保ち攪拌しながら、残りの単量体プレミックスを、5時間に亙って連続的に滴下した。滴下終了後、70℃で2時間攪拌して本発明使用する水性アクリルエマルション(E−c)を得た。
【0044】
(本発明の水性アクリルエマルションとそれを用いたフィルムの調製)
実施例1
合成例1で得られた水性アクリルエマルション(E−a)10部と合成例2で得られた水性アクリルエマルション(E−b)10部とを混合し、本発明の水性アクリルエマルション(E−1)を得た。これをガラス板上に流延し、室温で6時間、次いで120℃で20分間乾燥し、乾燥膜厚300μmのフィルムを得た。
【0045】
実施例2
合成例1で得られた水性アクリル系エマルション(E−a)10部と合成例3で得られたアクリル系水性エマルション(E−c)10部とを混合し、本発明の水性アクリルエマルション(E−2)を得た。これをガラス板上に流延し、室温で6時間、次いで120℃で20分間乾燥し、乾燥膜厚300μmのフィルムを得た。
【0046】
(比較例の水性アクリルエマルションとそれを用いたフィルムの調製)
比較例1
合成例1で得られた制振塗料用アクリル系水性エマルション(E−a)20部をガラス板上に流延し、室温で6時間、次いで120℃で20分間乾燥し、乾燥膜厚300μmのフィルムを得た。
【0047】
比較例2
合成例2で得られた水性アクリルエマルション(E−b)を用いた以外は、比較例1と同様にしてフィルムを得た。
【0048】
比較例3
合成例3で得られた水性アクリルエマルション(E−c)を用いた以外は、比較例1と同様にしてフィルムを得た。
【0049】
(本発明及び比較例の水性アクリルエマルションを用いたフィルムの動的粘弾性特性の測定と結果)
前記各実施例及び比較例で得られた各フィルムの貯蔵弾性率(E’)、損失弾性率(E’’)及びtanδ(=E’’/E’)をRHEOMETRICS社製の固体粘弾性測定装置「RSA−2」を用いて測定した。それらの測定結果の各値を表1に掲げる。
【表1】

【0050】
(本発明の制振性塗料、それを用いた発泡性制振性塗装鋼板及びそれらの損失係数)
表2に記載の配合組成に従って実施例及び比較例の各発泡性制振性塗料を調製した。各発泡性制振性塗料の不揮発分含有量はそれぞれ80%に調整した。各発泡性制振性塗料を発泡乾燥膜厚が6mmとなるように、1mm厚の電着塗装鋼板上に塗付し、次いで130℃で30分間乾燥して、発泡した制振性塗膜で被覆された電着塗装鋼板(面密度は6kg/m2)を得た。面密度6kg/mとは、1mに6kgの塗膜が塗装されていることを表す。得られた各塗膜について、GIS G 0602「制振鋼板の振動減衰試験方法」の半値幅法に準じて、20℃(340Hz)、40℃(224Hz)、及び60℃(190Hz)における損失係数を測定した。( )内の値は、損失係数を測定した時の振動数を表す。それらの測定結果の各値を表2に掲げる。
【表2】

表2中の配合処方量は不揮発固形分の重量部である。
分散剤A: サンノプコ(株)製「ノプコスパース44−C」(ポリカルボン酸ナトリウム塩 有効成分含有量40重量%)
分散剤B: サンノプコ(株)製「サント8034L」(ポリカルボン酸ナトリウム塩 有効成分含有量40重量%)
カーボンブラック:三菱化学(株)製「カーボンブラックMA100」
増粘剤:ポリアクリル酸
フィラー:塩化カルシウム
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の水性アクリルエマルション及びそれを用いた発泡性制振塗料は、広い温度範囲に亙って高い制振性を有するため、自動車、鉄道車両、航空機、船舶等の室内や、冷蔵庫、洗濯機、掃除機等の家電製品などに生じる振動や振動音を抑制乃至防止し生活環境や作業環境を静寂に保つことができる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】実施例1の水性アクリルエマルションの塗膜の貯蔵弾性率、損失弾性率及びtanδのそれぞれと温度との関係を示す図である。
【図2】実施例2の水性アクリルエマルションの塗膜の貯蔵弾性率、損失弾性率及びtanδのそれぞれと温度との関係を示す図である。
【図3】比較例1の水性アクリルエマルションの塗膜の貯蔵弾性率、損失弾性率及びtanδのそれぞれと温度との関係を示す図である。
【図4】比較例2の水性アクリルエマルションの塗膜の貯蔵弾性率、損失弾性率及びtanδのそれぞれと温度との関係を示す図である。
【図5】比較例3の水性アクリルエマルションの塗膜の貯蔵弾性率、損失弾性率及びtanδのそれぞれと温度との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性媒体と該水性媒体中に分散するアクリル重合体(A)のエマルション粒子とから成り、前記アクリル重合体(A)が20℃で2.0×10〜7.0×10Paの貯蔵弾性率と1.0×10〜2.0×10Paの損失弾性率及び60℃で2.5×10〜3.5×10Paの貯蔵弾性率と1.0×10〜2.0×10Paの損失弾性率をそれぞれ有し、且つ20〜60℃の温度範囲で1.6以上のtanδの最大ピークを有することを特徴とする水性アクリルエマルション。
【請求項2】
前記アクリル重合体(A)が更に40℃で1.0×10〜8.0×10Paの貯蔵弾性率と3.0×10〜1.3×10Paの損失弾性率を有し、且つ30〜50℃の温度範囲でtanδの最大ピークを有する請求項1に記載の水性アクリルエマルション。
【請求項3】
前記アクリル重合体(A)が、20℃で9.5×10〜1.5×10Paの貯蔵弾性率と1.0×10〜2.5×10Paの損失弾性率及び60℃で1.0×10〜4.0×10Paの貯蔵弾性率と6.0×10〜2.0×10Paの損失弾性率をそれぞれ有し、且つ30〜50℃の温度範囲で2.0以上のtanδの最大ピークを有するアクリル重合体(A−1)と、20℃で1.0×10〜5.0×10Paの貯蔵弾性率と3.0×10〜8.0×10Paの損失弾性率及び60℃で2.5×10〜4.0×10Paの貯蔵弾性率と1.0×10〜1.5×10Paの損失弾性率をそれぞれ有し、且つ10〜30℃の温度範囲で1.8以上のtanδの最大ピークを有するアクリル重合体(A−2)との混合物である請求項1に記載の水性アクリルエマルション。
【請求項4】
前記アクリル重合体(A−1)が、40℃で5.0×10〜1.0×10Paの貯蔵弾性率と6.0×10〜1.0×10Paの損失弾性率を有し、且つ30〜50℃の温度範囲でtanδの最大ピークを有し、前記アクリル重合体(A−2)が、40℃で3.0×10〜8.0×10Paの貯蔵弾性率と6.0×10〜1.2×10Paの損失弾性率を有し、且つ30〜50℃の温度範囲でtanδの最大ピークを有する請求項3に記載の水性アクリルエマルション。
【請求項5】
前記アクリル重合体(A−1)が、主たる重合単位としてスチレン単量体単位を有するスチレン−アクリル系重合体であり、前記アクリル重合体(A−2)が実質的にスチレン単量体単位を有さないノンスチレン系アクリル重合体である請求項3に記載の水性アクリルエマルション。
【請求項6】
前記アクリル重合体(A−1)が、スチレン系単量体単位50〜75重量%と炭素原子数6〜10のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステル系単量体単位20〜45重量%とカルボキシル基含有ビニル系単量体単位1〜6重量%を有するスチレン−アクリル系重合体であり、前記アクリル重合体(A−2)が炭素原子数1〜3のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステル系単量体単位30〜50重量%と炭素原子数4〜5のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステル系単量体単位45〜65重量%とカルボキシル基含有ビニル系単量体単位1〜6重量%を有するノンスチレン系アクリル重合体である請求項3に記載の水性アクリルエマルション。
【請求項7】
前記アクリル重合体(A)のエマルション粒子のゲル分率が重合体の全重量の0.1〜1.0重量%の範囲にある請求項1〜6のいずれか1項に記載の水性アクリルエマルション。
【請求項8】
前記アクリル重合体(A)のエマルション粒子が250〜300nmの平均粒子径を有する請求項1〜7のいずれか1項に記載の水性アクリルエマルション。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の水性アクリルエマルションと発泡剤と無機充填剤を含有することを特徴とする発泡性制振性塗料。
【請求項10】
基材上に請求項9に記載の発泡性制振性塗料の制振性塗膜を形成して成ることを特徴とする制振体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−335938(P2006−335938A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−163948(P2005−163948)
【出願日】平成17年6月3日(2005.6.3)
【出願人】(000002886)大日本インキ化学工業株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】