説明

水産物又はその加工品の脂質含有量の測定方法

【課題】高価な分析機器や有機溶媒などを使用することなく、食品分析の専門家でなくても操作できる、水産物又はその加工品の脂質含有量の簡便・迅速な測定方法を提供する。
【解決手段】水産物又はその加工品から採取した試料を加熱して人為的に過酸化反応を誘導させ、生じた脂質過酸化物とその分解物をチオバルビツール酸と反応させ、反応生成物中の赤色色素の量を測定し、指標とする標準物質と対比することにより、該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法。反応生成物の赤色度を、標準物質の赤色度と目視で比較する方法、可視・紫外吸光度又は蛍光強度を測定して定量する方法、クロマトグラフィ−を用いて測定する方法のいずれかを採ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水産物又はその加工品の脂質含有量の測定方法に関する。詳しくは、水産動植物又はその加工品の脂質含有量を、有機溶媒による脂質の抽出操作を行なうことなく、簡便・迅速に測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、脂質は、糖質やタンパク質と共に体を構成する主要物質の総称であり、糖質と同様、エネルギーの源となる栄養素である。ヒトについては、1日の消費エネルギーのうち25%を脂質から摂取することが望ましいとされている。また、脂質は体内で細胞膜の構成成分やホルモンの材料となるなど重要な役割を果している。脂質の摂取が過剰になると肥満や生活習慣病の原因になるが、一方、脂質が不足すると、ホルモンのバランスが崩れ、便秘や肌荒れの原因となる。また、脂質に溶けるビタミン類などが体に吸収されにくくなる。また、食物のうま味はその脂質含有量によって左右される。魚などの水産物には良質の脂質が含まれているので、個々の水産物及びその加工品の脂質含有量を簡便・迅速に知ることができれば、健康管理や食物調理などの面できわめて有益である。
【0003】
しかし、水産物の種類は非常に多く、それに含まれる脂質の量も種によって異なっている。その上、魚を例にとれば、種による違いに加えて、同じ種でも天然ものと養殖ものでは脂質の量が異なり、また、水揚げされる場所や季節によっても異なることが知られている。同じ漁獲群でもその脂質含量に個体間で大きなばらつきが生じることが、例えばカツオ漁などで知られている。さらに、同じ個体でも、臓器(筋肉・卵巣・精巣など)の違いによっても脂質の量は大きく異なり、また、同じ筋肉でも部位(腹側・背側・頭部・尾部など)の違いで異なってくる。さらに、水産物の加工品では加工法や保存方法によっても異なることがある。
【0004】
このような多種類にわたる水産物又はその加工品の脂質含有量を、日常生活の場や加工品の生産・加工・流通などの現場で測定し、その情報を活用するためには、食品成分の分析の専門家でなくても簡単・迅速・明瞭に脂質含量を測定できる方法を開発することが望ましい。
【0005】
主な水産物や加工食品に含まれている脂質量は、例えば、日本食品標準成分表(五訂増補)に記載されている。その脂質含量は、文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会食品成分委員会が測定した分析マニュアル(非特許文献1)に基づいて測定されたものである。この測定方法は、大学などの教育現場や食品の分析を請け負う会社などで実際に行なわれている、公定法ともいうべき方法である。しかしながら、この脂質含量測定法は専門家向けのものであり、設備の整った施設における作業には適しているが、素人が簡単に測定できるような方法ではない。この方法では、例えば、魚介類の脂質含量の測定にはソックスレー抽出器という特殊なガラス器具が用いられ、しかも、抽出溶媒として引火性・爆発性があって取り扱いに注意を要するジエチルエーテルを加温状態で使用する。また、この方法による抽出操作には8〜16時間もかかる上、抽出された脂質の重量測定には非常に精度の高い秤を必要とする。このように、従来の水産物や加工食品の脂質含有量測定の公定法ともいうべき測定方法は、特殊な設備・装置・溶媒などを必要とすると共に、煩雑で危険を伴う手技を要し、また、作業時間も長時間を必要とするので、分析の専門家以外の者が実施することは困難である。
【0006】
一方、有機溶媒による脂質の抽出操作をすることなく、非破壊のままで脂質含有量を測定する方法として、近赤外線分光光度計を用いる方法が脂質含量の測定に研究・応用されている(特許文献1・特許文献2など)。これらの方法は、簡便・迅速であり、小型化された測定機器を用いれば現場での作業が可能である。しかしながら、この測定方法は、特殊で高価な機器を必要とすることや、例えば、魚の個体丸ごとの脂質量の測定はできるが、各部位ごとや各臓器ごとに分けて細かく測定することは困難であるなどの不利な点がある。
【0007】
また、非破壊分析法の範疇に入るが、近赤外線などの電磁波の吸収を利用するものとは異なる分析法として、食品の質量と音響的方法により求めた体積から密度を算出し、脂質含有量を求める方法が提案されているが(特許文献3)、これも特殊な装置を必要とする方法である。
【0008】
このような状況から、魚介類などの脂質含有量を測定する方法について、有機溶媒による抽出操作を必要とせず、操作が簡便・迅速な測定方法が開発されれば、魚肉試料を直接採取して測定する湿式測定法においても、専門家でない者でも扱える測定方法として、十分に有用性がある。このことは魚介類のみならず、その加工品についても同様である。
【0009】
また、食品成分の分析が必要な現場、例えば、水産食品の製造工場などの製品のロット管理のために脂質分析作業をルーチン化して実施するような場合にも、省力化、効率化の面から、簡便・迅速に操作できる測定方法の開発が有用である。
【特許文献1】特開2003−270139号公報
【特許文献2】特開平9−119894号公報
【特許文献3】特開平10−170499号公報
【非特許文献1】五訂増補「日本食品標準成分表・分析マニュアル」文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会食品成分委員会編集、独立行政法人国立印刷局発行、2005年3月
【非特許文献2】「生物化学実験法34 過酸化脂質・フリーラジカル実験法」五十嵐修・島崎弘幸編著、学会出版センター発行、1995年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の状況に鑑み、本発明は、高価な分析機器や有機溶媒などを使用することなく、食品分析の専門家でなくても操作できる、水産物又はその加工品の脂質含有量の簡便・迅速な測定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための本発明のうち特許請求の範囲・請求項1に記載する発明は、水産物又はその加工品から採取した試料を加熱して人為的に過酸化反応を誘導させ、その試料の脂質過酸化度に基づいて該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法である。
【0012】
また、同請求項2に記載する発明は、水産物又はその加工品から採取した試料を加熱して人為的に過酸化反応を誘導させ、生じた脂質過酸化物とその分解物をチオバルビツール酸と反応させ、反応生成物中の赤色色素の量を測定し、これを指標とする標準物質と対比することにより、該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法である。
【0013】
さらに、同請求項3に記載する発明は、請求項2に記載の脂質含有量の測定方法において、チオバルビツール酸との反応生成物の赤色度を指標とする標準物質の赤色度と目視で比較することにより、生成した赤色色素を半定量し、該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法である。
【0014】
また、同請求項4に記載する発明は、請求項2に記載の測定方法において、チオバルビツール酸との反応生成物の可視・紫外吸光度又は蛍光強度を測定することにより、生成した赤色色素を定量し、該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法である。
【0015】
さらに、同請求項5に記載する発明は、請求項2に記載の脂質含有量の測定方法において、クロマトグラフィ−を用いてチオバルビツール酸との反応生成物のピークの面積を測定することにより、生成した赤色色素を定量し、該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る水産物又はその加工品の脂質含有量の測定方法は、水産物又はその加工品に含まれる脂質を有機溶媒で抽出して直接測定するのではなく、採取した試料を加熱して人為的に過酸化反応を誘導させ、その脂質過酸化度に応じて脂質含有量を間接的に測定する方法であるから、従来の方法に比べて、水産物又はその加工品の脂質含有量を簡便・迅速に測定することが可能である。
【0017】
また、本発明に係る水産物又はその加工品の脂質含有量の測定方法は、従来の測定方法に比べて検出感度が非常に高いので、使用する試料が極少量で済むという利点がある。さらに、本発明に係る水産物又はその加工品の脂質含有量の測定方法は、有機溶媒によって抽出するための特殊な器具・装置や引火性・危害性のある溶媒を必要としない上、測定時に反応試薬や溶液などを調製する手間を省くことができる。そのため、本発明に基づいて脂質含有量を測定するために用いる器具や試薬をキット化することや測定機器を自動化することが十分に可能である。
【0018】
本発明に係る水産物又はその加工品の脂質含有量の測定方法は、分析の専門家以外の一般の測定者にその有用性が発揮されるものである。また、分析の専門家においても、簡便・迅速・高感度な方法として有用性が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明において、「水産物」とは、水産動植物そのもの並びに水産動物の筋肉や臓器など及び水産植物の組織などの一切をいう。また、「水産物の加工品」とは、水産物を原料の一部又は全部に用いた加工食品、化粧品、化学品、飼料・肥料などの一切をいう。
【0020】
本発明に係る水産物又はその加工品の脂質含有量の測定方法は、沸騰水による加熱などによって人為的に脂質の過酸化反応を瞬時に進行させ、生成した脂質の過酸化物とその分解物をチオバルビツール酸(TBA:thiobarbituric acid )と反応させて(以下この反応を「TBA反応」と記す。)、その反応生成物の赤色色素の量を測定し、これを指標とする標準物質と対比することにより、水産物又はその加工品が含有する脂質量を間接的に測定する方法である。
【0021】
すなわち、本発明は、油脂・食品・生体試料の脂質過酸化の測定に適した方法として知られているチオバルビツール反応(TBA反応)の原理を応用して、水産物又はその加工品に含まれる脂質の量を測定する方法である。TBA法は、生体の脂質過酸化度を総合的に測定する有用な方法である。すなわち、TBA法では、試料を酸性条件下でTBAと加熱し、試料から遊離するTBA反応性物質(TBARS)とTBAとを反応させて生じる赤色色素を定量することにより、脂質の過酸化度を測定する方法である。なお、TBA法に関しては非特許文献2に詳しく説明されている。
【0022】
一般に、水産物に含まれる脂質の特長として、高度不飽和脂肪酸が豊富に存在していることが知られている。この高度不飽和脂肪酸は自動酸化により過酸化反応とそれに続く分解反応を起こす。これらの反応により生じた水産物の過酸化脂質及びその分解物の量は、脂質の劣化を反映し、水産物の品質低下の一因となっている。この過酸化脂質及び分解物の生成を検出する方法として最も多用されているのがTBA法である。なお、この方法でTBAと反応する物質(TBARS)は、脂質ヒドロペルオキシド類及びアルデヒド誘導体などである。
【0023】
通常のTBA法では、自動酸化などによって既に生じている過酸化脂質及びその分解物であるTBARSのみをTBAと反応させなければ正確な過酸化度が得られないので、人為的な過酸化反応を完全に阻止するために、反応系には抗酸化剤、例えばブチルヒドロキシトルエン(BHT)などの十分量を添加することが必須であるとされている。
【0024】
通常、鮮度の良い魚肉などでは脂質が自動酸化を受けて過酸化脂質になっている割合はきわめて低い。本発明者らの測定では、サバ肉において全脂質の0.01%程度である。実験的にサバのミンチ肉を50℃で72時間放置し、自動酸化を進行させた場合、過酸化脂質の割合は大きく上昇して通常のサバ肉の約40倍になるが、それでも過酸化脂質の量は全脂質の約0.4%であるという結果が得られている。したがって、実際に測定対象とする水産物においては、過酸化状態が進行したものでも、大きく見積もって、たかだか全脂質量の1%程度の過酸化脂質が含まれているものと考えることができる。そのため、既に試料中に存在している過酸化脂質量は本発明の測定系に及ぼす影響は無視できるものと考えられる。
【0025】
本発明者らは、抗酸化剤を入れない系でTBA反応を進行させること、すなわち、人為的に脂質過酸化反応を徹底的に起こさせて反応を完結させる実験系の着想を得て、試験を行なった。すなわち、高度不飽和脂肪酸を豊富に含む魚肉(ハマチなど)を、TBAを含んだ弱酸性水溶液を入れた試験管に入れ、BHTなどの抗酸化剤を添加しないで、沸騰水浴上で短時間(5分程度)加熱した。すると、驚いたことに、脂質過酸化・分解反応(TBARS生成)とTBA反応が同時に進行してしまうのみならず、赤色のTBA反応物を生成し、その反応生成物の赤色度は魚肉に含まれている脂質の量に比例することを見いだした。本発明に係る水産物又はその加工品の脂質含有量の測定方法は、この知見に基づいて発明された方法である。
【0026】
TBA反応による反応生成物の赤色度(赤色色素の含量)が試料の脂質含有量に比例することは、図1によっても明らかである。図1は、従来のソックスレー脂質抽出法(後記する参考例1の方法)で求めた14種類の魚肉の脂質含量(%)を横軸に示し、同じ14種類の魚肉試料のTBA値(試料の脂質過酸化物・分解物とTBAとの反応生成物の量を相対値で表したもの)を縦軸に示したグラフである。図示のとおり、両者の間に統計学的に有意な相関が認められる。
【0027】
すなわち、本発明では、水産物又はその加工品の脂質含有量を測定するに際し、その試料を加熱することによって水産物に特徴的に豊富に含まれる高度不飽和脂肪酸を過酸化状態に誘導し、その過酸化反応とそれに続く分解反応によって生じる脂質過酸化物及びその分解物をTBAと反応させ、その反応生成物の赤色色素の含有量を測定することにより、TBA反応生成物が含有する赤色色素の量は試料中の脂質含量に比例するという本発明者らの知見に基づいて、水産物又はその加工品が本来含有する脂質量を間接的に測定する方法である。
【0028】
本発明では、まず、脂質含量を測定する水産物又はその加工品から試料を採取する。次いで、この試料を、例えばTBAの酸性溶液を入れたネジ付き試験管内に投入し、蓋をして激しく振とうする。必要ならばペンシルミキサーなどを用いてなるべく試料を細かく分散させる。密封した試験管を沸騰水浴やヒーティングブロックなどにより加熱する。95℃以上の温度で5分間以上加熱することが好ましい。加熱によってTBA反応が生じ、赤色の反応生成物が得られる。
【0029】
TBA反応による生成物には赤色色素が含まれているので、その含量について目視による比色の半定量法が可能である。この方法では、例えば、試験紙や試験管内の反応液の赤色の度合を、指標とする標準物質の赤色度と対比すればよい。標準物質としては、あらかじめ既知量の脂質と反応させておいたTBA反応生成物からなる標準液などを用いることができる。
【0030】
また、反応生成物の可視・紫外吸光度又は蛍光強度を測定することにより、反応生成物の赤色色素の量を定量することができる。なお、吸光度又は蛍光強度の測定には、常法のとおり、分光光度計を用いることが好ましい。また、反応生成物の赤色色素の量は、クロマトグラフィーを用いて測定することもできる。クロマトグラフィ−としては、高速液体クロマトグラフィ−(HPLC)を用いることが好ましい。
【0031】
本発明の測定方法によって、水産植物、例えば海藻類の脂質含有量を測定する場合は、脂質量が魚介類に比較して少ないため、脂質と反応して生ずるTBA反応生成物も少量であり、試料として用いる量も多く必要となる。そのため、TBA反応生成物である赤色色素の赤色度を目視で標準物質と対比したり、或いは分光光度計を用いてその含量を測定することが困難となる場合が多い。このため、赤色色素の量はクロマトグラフィーを用いて測定することが好ましい。
【0032】
また、本発明の測定方法によって、水産加工品の脂質含有量を測定する場合は、加工品のタイプにより、水産物以外の脂質、例えば、畜産物の脂質や穀物の脂質などが大量に含まれていることがあるので注意する必要がある。また、水産加工品によっては、本発明の測定に影響を与える物質、例えば、抗酸化物質、金属イオン、キレート剤、その他の添加物を加えている場合もあるので注意する必要がある。よって、本発明の測定方法を適用する前に、従来法である溶媒抽出による方法との相関性を確認することが好ましい。
【0033】
以下、実施例及び参考例によって、本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例1】
【0034】
(1)ブリ、ハマチ、ヤズ、サバ、アジ、ビンチョウマグロ、キビナゴ、タチウオ、スズキ、サケ、ヒラメ、マダラ、タイ、カワハギの14種類の新鮮な状態の魚肉をスーパーマーケットで購入し、これらの魚肉を用いて、以下の方法により、それぞれの脂質含有量を測定した。
(2)酢酸緩衝液(pH3.5)2mL、0.8%TBA水溶液2mL、5mM塩化鉄溶液800μLを入れたネジ付き試験管に、細かく切断した上記14種類の魚肉をそれぞれ25〜100mgずつ採取して入れ、ペンシルミキサーで攪拌した後、ブロックヒーターを用いて95℃で5〜15分間加熱し、脂質の酸化・分解物とTBAの反応誘導体を生成させた。このTBA反応生成物は波長532nmに吸収極大を持ち、赤色を呈している。(3)この赤色の反応溶液を、あらかじめ既知量の脂質と反応させておいた数段階の標準液(例えば、0〜50mgの6段階に調整してあるイワシ油のTBA反応生成物を入れた6本の試験管)と目視で比較することにより半定量した。
(4)また、反応を終了したネジ付き試験管より反応液200μLを1.5mLマイクロチューブに移し、クロロホルム1mLを加え、10,000rpmで5分間遠心分離した後、紫外可視分光光度計を用いて上層の吸光度(波長532nm)を測定し、定量した。(5)別の方法として、遠心分離後の上層をHPLCに注入し、TBA反応生成物のピークを検出し、定量した。HPLC分析は、逆相カラム=GLサイエンス社製Inertsil・ODS−3/内径4.6mm・長さ250mm、移動相=メタノール/pH5.6酢酸緩衝液(45/55)混合液・流速1.00mL/min、測定波長=532nmの条件で行なった。
(6)HPLCのピーク面積の測定値から、標準物質の検量線を用いてそれぞれの試料の脂質含有量を計算すると、ブリ:18.0%、ハマチ:10.0%、ヤズ:4.0%、サバ:13.3%、アジ:5.7%、ビンチョウマグロ:1.1%、キビナゴ:3.5%、タチウオ:7.0%、サケ:5.4%、スズキ:0.4%、ヒラメ:1.8%、マダラ:0.3%、タイ:5.0%、カワハギ:0.5%という結果が得られた。
(7)このようにして、脂質過酸化物・分解物のTBA反応生成物の検出・定量より、魚肉中の脂質含量を間接的に求めることができる。
【0035】
《参考例1》
一方、上記の各種魚肉について、従来の脂質測定法であるソックスレ−脂質抽出法を用いて脂質含量を測定した。その方法は以下のとおりである。
あらかじめよく洗浄し、乾燥して精秤したソックスレー受器を用意した。15種類の魚肉について、それぞれ細かく切断し、予備乾燥した魚肉各5gを円筒ろ紙内に入れて精秤し、これを95〜100℃の乾燥器に1時間置いて乾燥させ、ほとんどの水分を蒸発させた。乾燥後、円筒ろ紙の上に脱脂綿を軽く詰め、ソックスレー抽出器の抽出管に入れ、恒量化させたソックスレー受器をその下部に装着した。上部よりジエチルエーテルを加え、アルミホイルで軽く蓋をして約10時間抽出した。なお、電気浴上装置は50〜60℃に設定した。抽出後、円筒ろ紙を取り出して再び加温を続け、装置中のジエチルエーテルをすべて装置上部に移行させた。ソックスレー受器中のジエチルエーテル臭がなくなったことを確認した後、105℃で30分間乾燥させ、デシケーター内で30分間放冷した後秤量した。この操作を恒量に達するまで行ない、残存量より魚肉中の脂質含有量(%)を求めた。
【0036】
《参考例2》
また、上記の14種類の魚肉について、クロロホルム・メタノール混液抽出法を用いて脂質含量を測定した。その方法は以下のとおりである。
細かく切断した各種の魚肉5gを50mL遠沈管に採取した。そこへクロロホルム/メタノール(2/1)を8mL加え、ウルトラディスパーザーでホモジナイズし、さらに蒸留水4mLで刃に付いた魚肉片を洗い入れ、2,500rpmで10分間遠心分離した。遠心分離後、上層(水層)をアスピレーターで除去し、下層を綿栓ろ過によりナシ型フラスコに回収してロータリーエバポレーターで有機溶媒を除去して濃縮し、10mLメスフラスコに移し、クロロロホルム/メタノール(2/1)を加えて10mLに定容した。あらかじめ精秤しておいた試験管に抽出液500μLを分取し、窒素気流下で溶媒を除去した後、重量を精秤し、魚肉中の脂質含有量(%)を求めた。
【0037】
図1は、実施例1の脂質含量測定法と参考例1の脂質含量測定法の測定値を比較したグラフである。図1において、横軸は、参考例1の方法で求めた14種類の魚肉の脂質含量(%)を示す。また、縦軸には実施例1の方法で測定して得られたTBA反応生成物の赤色色素の量をTBA値(相対値)で示してある。図における各点は、14種類(ブリ、ハマチ、ヤズ、サバ、アジ、ビンチョウマグロ、キビナゴ、タチウオ、サケ、スズキ、ヒラメ、マダラ、タイ、カワハギ)の魚肉の値を示す。そして、その回帰直線を表示してある(n=14、r=0.908)。
【0038】
図1に示すとおり、本発明に係る脂質含有量の測定方法と従来法による脂質含有量の測定方法とは、統計学的に有意な相関が認められる。すなわち、TBA法による反応生成物の赤色色素の量は、試料の脂質含有量に比例することを、この図によって確認できる。
【実施例2】
【0039】
スーパーマーケットで購入したタイの各部位(普通筋肉、皮下筋肉、内蔵周り筋肉)を細かく切断し、その各50mgを用いて、実施例1の方法(直接法)により各部位の脂質含有量を求めた。一方、参考例2の方法を用いて各部位の脂質を抽出した後、魚肉の代わりに抽出脂質を試料として用いてTBA法で測定する方法(抽出法)を採り、直接法と比較した。その結果を表1に示す。表1で明らかなとおり、両者はよく相関している。
【0040】
本発明に係る測定方法は、脂質の有機溶媒抽出操作を省略し、魚肉ホモジェネートのままで脂質の過酸化反応と分解反応を行なっているが、実施例1と実施例2の結果から、溶媒抽出操作の省略は脂質の測定上何ら問題にならないことが明らかとなった。よって、本発明の方法によって、実験操作の簡便性を向上できることが確認された。
【0041】
最近は、食品の安全性と共に健康機能性に対する消費者の意識の向上がみられることや水産物の生産者・加工業者・流通業者も安全性や健康機能性に繋がる成分測定データを商品価値の向上やブランド化に利用できないかと注目している。本発明の方法によれば、水産物又はその加工品の脂質含有量を簡便・迅速に測定することができるので、これらのニーズに適切に対応できる。
【0042】
水産食品の脂質含有量は、日本食品標準成分表(五訂増補)などの出版物から得ることも可能であるが、その値はあくまで目安の値であり、魚肉などの個体差、季節による差、漁場による差、或いは部位による差を反映したものではないため、その利用範囲は限られる。本発明に係る水産物又はその加工品の脂質含有量の測定方法は、これらの脂質含有量の差(ばらつき)を反映した情報を簡便・迅速・高感度に得ることが可能になる。また、本発明は、分析の専門家でなくても簡便に脂質含量を測定できる方法であるから、一般の消費者、生産者、加工・流通業者などにも有用である。さらに、小学校、中学校、高等学校の授業や一般向けの市民教養講座などでも本発明に係る測定方法を使用すれば、水産物に興味を持たせることができる。
【0043】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】実施例1の脂質含量測定法と参考例1の脂質含量測定法の測定値を対比したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水産物又はその加工品から採取した試料を加熱して人為的に過酸化反応を誘導させ、その試料の脂質過酸化度に基づいて該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法。
【請求項2】
水産物又はその加工品から採取した試料を加熱して人為的に過酸化反応を誘導させ、生じた脂質過酸化物とその分解物をチオバルビツール酸と反応させ、反応生成物中の赤色色素の量を測定し、これを指標とする標準物質と対比することにより、該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法。
【請求項3】
請求項2に記載の脂質含有量の測定方法において、チオバルビツール酸との反応生成物の赤色度を指標とする標準物質の赤色度と目視で比較することにより、生成した赤色色素を半定量し、該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法。
【請求項4】
請求項2に記載の脂質含有量の測定方法において、チオバルビツール酸との反応生成物の可視・紫外吸光度又は蛍光強度を測定することにより、生成した赤色色素を定量し、該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法。
【請求項5】
請求項2に記載の脂質含有量の測定方法において、クロマトグラフィ−を用いてチオバルビツール酸との反応生成物のピークの面積を測定することにより、生成した赤色色素を定量し、該水産物又はその加工品の脂質含有量を測定する方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−203002(P2008−203002A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−37274(P2007−37274)
【出願日】平成19年2月19日(2007.2.19)
【出願人】(503114002)独立行政法人水産大学校 (10)
【Fターム(参考)】