説明

水素ガスセンサ

【課題】電力供給開始後、速やかに水素濃度を正確に測定することが可能な接触燃焼式の水素ガスセンサを提供する。
【解決手段】検知用素子1と補償用素子2とを具備する。検知用素子1への印加電圧を、通常状態と、この通常状態よりも印加電圧が高い高電圧状態とに切り替え可能な測定用回路を具備する。これにより、水素ガスセンサの起動時には、まず検知用素子1に高電圧状態の電圧を印加することで、検知用素子1を急加熱して速やかに検知用素子1の温度を上昇させ、次いで検知用素子1に通常状態の電圧を印加することにより、検知用素子1の温度を水素ガスが検知可能な所定の温度に維持することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素ガスの検出に用いられる接触燃焼式の水素ガスセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、気相中の水素濃度を検出するための水素ガスセンサとしては半導体方式、及び接触燃焼方式のガスセンサが広く使用されている。特に接触燃焼式ガスセンサは、水素ガスがセンサ表面で燃焼したとき発生する反応熱を電気的信号に変換して感知するセンサであり、簡単な構造で出力信号もリニアな特性であるという特徴を有する。
【0003】
図14,15は特許文献1に開示された接触燃焼式のガスセンサを示している。このガスセンサの検知用素子21は、可燃性ガスを燃焼させる燃焼体22と、通電に応じて発生するジュール熱で燃焼体22を加熱する発熱抵抗体23とで構成される。
【0004】
燃焼体22は、アルミナなどの絶縁体をビーズ状に形成して、パラジウムや白金などの触媒を含有させてある。また発熱抵抗体23は主に高温度抵抗係数を有する白金線からなり、この発熱抵抗体23をコイル状に巻回し、コイル状に巻かれた部分を燃焼体22内に埋設してある。
【0005】
この検知用素子21は、燃焼体22にパラジウムや白金などの触媒を含有させない以外は検知用素子21と略同形状に形成された補償用素子24と共に、図15に示すような測定回路に組み込んで用いられる。
【0006】
この測定回路では、検知用素子21と補償用素子24と固定抵抗17,18とでブリッジ回路を形成し、ブリッジ回路の出力端子c,d間の電圧Vcを測定することによって発熱抵抗体23の抵抗値変化を求め、この抵抗値変化から水素ガス濃度を検出できる。
【0007】
補償用素子24の温度特性および湿度特性は検知用素子21と略同じであるが、燃焼触媒活性を有しないため水素ガスには反応しない。図示のブリッジ回路では、端子a,b間に検知用素子21および補償用素子24の直列回路と、固定抵抗17,18の直列回路とをそれぞれ接続してある。また端子a,b間に平衡調整用の可変抵抗19を接続し、この可変抵抗19の中間タップを固定抵抗17,18の中間点に接続している。また端子a,b間には可変抵抗20とスイッチSWとを介して直流電源E1を接続してあり、可変抵抗20の抵抗値を調整することで、端子a,b間に印加する電圧を調整している。
【0008】
而して、この測定回路では可変抵抗20の抵抗値を調整することによって、発熱抵抗体23に流れる電流が変化してその発熱量が調整されるから、雰囲気中に水素ガスが存在しない状態で可変抵抗20の抵抗値を調整して燃焼体22を所定の温度(例えば300〜500℃)に加熱し、この状態で可変抵抗19を調整して、ブリッジ回路の平衡状態を維持させる。その後、燃焼体22に水素ガスが到達すると水素ガスが燃焼し、発熱抵抗体23の電気抵抗が増加する。一方、補償用素子24は水素燃焼触媒活性を有しないため、補償用素子24では水素ガスは燃焼せず、補償用素子24の電気抵抗は変化しない。したがって、検知用素子21と補償用素子24との間で電気抵抗差が発生し、出力端子c,d間にブリッジ電圧が発生する。このブリッジ電圧は水素ガスのガス濃度に比例して出力されるので、このブリッジ電圧を検出することによって水素ガスのガス濃度を検出することができる。
【0009】
このような接触燃焼式の水素ガスセンサは、近年、燃料電池、特に燃料電池で駆動する自動車等において、燃料である水素ガスの漏洩監視や燃料電池への適切な水素供給量の監視、制御等への利用が期待されている。
【0010】
ところで、通常、燃料電池自動車は運転中には蓄電池から水素ガスセンサへ電力を供給することができるが、運転停止時にはバッテリー上がりを防ぐため、水素ガスセンサへの電力を供給し続けることはできず、その間は水素ガスセンサによる水素ガス検知はできなくなる。このため、燃料電池車の運転開始直後から水素ガスセンサによる水素ガス検知を行って水素ガスの漏洩監視や燃料電池への適切な水素供給量の監視、制御等を行うようにするためには、水素ガスセンサには、起動直後から水素ガスの正確な検知をすることが求められている。
【特許文献1】特開平10−90210号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、接触燃焼式水素ガスセンサを無通電状態から動作させる場合、電圧の印加により発熱抵抗体23がジュール発熱により発熱し、この熱が燃焼体22に伝わって温度が上昇し、この燃焼体22が一定温度となって初めて正確な水素濃度測定を行うことができる。このため、通常は電圧の印加開始後、正確な水素濃度測定が可能となるまでには、待ち時間が十数秒から数十秒も必要となるものであった。
【0012】
本発明は上記の点に鑑みて為されたものであり、電力供給開始後、速やかに水素濃度を正確に測定することが可能な接触燃焼式の水素ガスセンサを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る水素ガスセンサは、検知用素子1と補償用素子2とを具備する接触燃焼式の水素ガスセンサであって、検知用素子1への印加電圧を、通常状態と、この通常状態よりも印加電圧が高い高電圧状態とに切り替え可能な測定用回路を具備することを特徴とする。これにより、水素ガスセンサの起動時には、まず検知用素子1に高電圧状態の電圧を印加することで、検知用素子1を急加熱して速やかに検知用素子1の温度を上昇させ、次いで検知用素子1に通常状態の電圧を印加することにより、検知用素子1の温度を水素ガスが検知可能な所定の温度に維持することができて、水素ガスセンサの起動後、短時間で検知用素子1の温度を水素ガスが検知可能な所定の温度まで上昇させることができる。
【0014】
上記測定用回路が、検知用素子1への通電開始後、検知用素子1に高電圧状態の電圧を印加した後、通常状態の電圧を印加するものであれば、上記のように水素ガスセンサの起動後、短時間で検知用素子1の温度を水素ガスが検知可能な所定の温度まで上昇させることができる。
【0015】
また、上記測定用回路としては、検知用素子1への通電開始後、0.1〜0.3秒間経過するまでの間は通常状態の電圧に対して60〜90%増しの高電圧状態の電圧を検知用素子1及び補償用素子2に印加し、それ以降は通常状態の電圧を印加するものを設けることができる。この場合、水素ガスセンサの起動後、検知用素子1の温度が水素ガスを検知可能な所定の温度に上昇するまでに要する時間を更に短縮することができる。
【0016】
また、検知用素子1の外径寸法は0.3〜0.6mmの範囲とすることができる。この場合、水素ガスセンサの起動後、検知用素子1の温度が水素ガスを検知可能な所定の温度に上昇するまでに要する時間を更に短縮することができる。
【0017】
また、補償用素子2の寸法を検知用素子1の寸法未満とすると、水素ガスセンサの起動初期において、検知用素子1の昇温速度が補償用素子2の昇温速度を超えることを抑制し、水素ガスが存在しない状態であたかも水素ガスが存在するかのような検知結果が得られることを防止することができる。
【0018】
また、上記検知用素子1は、水素燃焼部、加熱部及び測温抵抗部を兼ねる白金系コイル3の外側にシリコントラップ用多孔質層4を設けて形成することができる。この場合、検知用素子1への印加電圧を低減しつつ、白金系コイル3の触媒活性を低減する被毒物質であるシリコン化合物をシリコントラップ用多孔質層4にて捕捉・除去することで測定感度の低下を抑制し、長期間に亘る正確な水素検知が可能となる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、水素ガスセンサの起動後、速やかに水素ガス濃度を正確に測定することが可能な状態とすることができ、特に車載用燃料電池における燃料供給制御用途に好適なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0021】
接触燃焼式水素ガスセンサは、検知用素子1、補償用素子2、及び測定回路を具備する。
【0022】
検知用素子1としては、水素ガスに感応する接触燃焼式の検知用素子1であれば、適宜のものを用いることができる。
【0023】
検知用素子1の一例としては、図2に示すように水素ガスを燃焼させる燃焼体5と、通電に応じて発生するジュール熱で燃焼体5を加熱する発熱抵抗体6とで構成されるものを挙げることができる。燃焼体5は、アルミナ等の絶縁体をビーズ状に形成して、パラジウムや白金などの燃焼触媒を含有させ形成することができる。また発熱抵抗体6は主に高温度抵抗係数を有する白金線等の金属線をコイル状に巻回した部分にて形成することができ、この発熱抵抗体6は燃焼体5内に埋設してある。この発熱抵抗体6の両端からは、金属線からなる端子部7が延出されている。
【0024】
このような検知用素子1を作製するにあたっては、例えば金属線をコイル状に巻回して形成された発熱抵抗体6の周囲に、アルミナ、シリカ等の微粉末をアルミナゾルやシリカゾルをバインダーとしてコイルに塗布して、加熱焼成し、得られた無機多孔質体に塩化白金酸水溶液を塗布、風乾後800℃程度で焼成して、燃焼体5を形成することができる。
【0025】
この検知用素子1では、燃焼体5は加熱された状態で水素ガスを燃焼させる水素燃焼部として機能する。また、発熱抵抗体6は、通電によるジュール熱で加熱される加熱部として機能すると共に、水素燃焼部での水素ガスの燃焼熱による温度上昇に応じて電気抵抗が変化し、この電気抵抗の変化を水素ガスの濃度検知信号として出力する測温抵抗部としても機能する。
【0026】
補償用素子2は、その抵抗値を用いて雰囲気温度変化等の雰囲気条件を補正することで、燃焼熱による検知用素子1の抵抗値変化をより正確に測定するために設けられる。この補償用素子2としては、水素燃焼触媒活性を有しない以外は検知用素子1と同様の温度−抵抗特性を有するものが用いられる。上記のような検知用素子1と対になる補償用素子2としては、燃焼触媒を含まないアルミナ等の絶縁体をビーズ状に形成したものに、上記のような発熱抵抗体6を埋設したものを挙げることができる。
【0027】
また、検知用素子1の他の例として、図3に示すような、水素燃焼部、加熱部及び測温抵抗部を兼ねる白金系コイル3の外側に、シリコントラップ用多孔質層4を設けたものを挙げることができる。
【0028】
この白金系コイル3は、白金、ジルコニア安定化白金等の白金合金といった、触媒活性を有する白金系金属線をコイル状に巻回した部分にて形成することができる。この白金系コイル3の両端からは、白金系金属線からなる端子部7が延出されている。この白金系コイル3は、その表面に塩化白金酸水溶液や硝酸パラジウム水溶液を塗布し、800℃程度で焼成するなどして、水素燃焼触媒活性を向上させておくことが好ましい。
【0029】
シリコントラップ用多孔質層4は、上記白金系コイル3を覆うように形成される。シリコントラップ用多孔質層4は、このシリコントラップ用多孔質層4を通過する気体(検知対象のガス)中から、白金系コイル3を被毒するシリコン化合物を捕捉して除去する機能を有する。
【0030】
シリコントラップ用多孔質層4は、シリコン化合物を捕捉する機能を有する物質(以下、シリコントラップ物質という。)を含有をする多孔質の成形体にて形成することができる。具体的にはシリカやアルミナ等の多孔質の無機成形体中に、白金等のシリコントラップ物質を分散させたものを挙げることができる。この場合のシリコントラップ用多孔質層4中の白金の含有量は、5〜30重量%の範囲とすることができる。
【0031】
このような検知用素子1を用いる場合、対となる補償用素子2としては、水素燃焼触媒活性を有しない以外は、検知用素子1と同様の構成を有するものを用いることができる。すなわち、白金系コイル3から触媒燃焼活性を除去したものに、上記のようなシリコントラップ用多孔質層4を設けることで、形成することができる。白金系コイル3からの水素燃焼触媒活性の除去は、例えば白金系コイル3の表面を事前にシリコン蒸気で被毒したり、白金系コイル3の表面に適当量の塩化金酸液を塗布して白金系コイル3の表面の白金を金と合金化するなどして、白金の水素燃焼触媒活性を低下させる処理を施すことにより、行うことができる。
【0032】
これら各例における検知用素子1の寸法は適宜設定されるが、寸法が小さいほど、水素ガスセンサの起動時に短時間で検知用素子1の温度を水素ガスが検知可能な所定の温度まで上昇させることができる。但し、あまりにも小型の素子を作製することには製造上困難が生じると共に大量生産時に素子の寸法のばらつきが生じやすくなる。このため、検知用素子1は、外径寸法が好ましくは0.3〜0.6mmの範囲、更に好ましくは0.4mm〜0.5mmの範囲となるようにする。また、補償用素子2はその温度−抵抗特性が検知用素子1と近似することが好ましいため、その寸法は検知用素子1と近似することが好ましいが、水素ガスセンサの起動初期における誤作動防止のためには、補償用素子2の寸法は好ましくは検知用素子1の寸法未満となるようにするものであり、更に好ましくは補償用素子2の外径が検知用素子1の外径の90〜95%の範囲となるようにする。
【0033】
この検知用素子1と補償用素子2とは、図1に示すような測定回路に組み込まれる。
【0034】
この測定回路では、検知用素子1と補償用素子2と固定抵抗17,18とでブリッジ回路を形成し、ブリッジ回路の出力端子c,d間の電圧Vcを測定することによって測温抵抗部である発熱抵抗体6や白金系コイル3の抵抗値変化を求め、この抵抗値変化から水素ガス濃度を検出できる。
【0035】
補償用素子2の温度特性および湿度特性は検知用素子1と略同じであるが、燃焼触媒活性を有しないため水素ガスには反応しない。図示のブリッジ回路では、端子a,b間に検知用素子1および補償用素子2の直列回路と、固定抵抗17,18の直列回路とをそれぞれ接続してある。また端子a,b間に平衡調整用の可変抵抗19を接続し、この可変抵抗19の中間タップを固定抵抗17,18の中間点に接続している。また端子a,b間には可変抵抗20とスイッチSWとを介して直流電源E1,E2を接続してあり、可変抵抗20の抵抗値を調整することで、端子a,b間に印加する電圧を調整している。
【0036】
このように構成される水素ガスセンサでは、スイッチSWを切り替えることにより検知用素子1と補償用素子2とに電圧を印加すると共に、可変抵抗19を調整して、ブリッジ回路の平衡状態を維持させる。このとき、検知用素子1に水素ガスが到達すると水素ガスが燃焼し、測温抵抗部である発熱抵抗体6や白金系コイル3の電気抵抗が増加する。一方、補償用素子2は水素燃焼触媒活性を有しないため、補償用素子2では水素ガスは燃焼せず、補償用素子2の電気抵抗は変化しない。したがって、検知用素子1と補償用素子2との間で電気抵抗差が発生し、出力端子c,d間にブリッジ電圧が発生する。このブリッジ電圧は水素ガスのガス濃度に比例して出力されるので、このブリッジ電圧を検出することによって水素ガスのガス濃度を検出することができる。
【0037】
この測定用回路は、検知用素子1に印加される電圧値が、通常状態と高電圧状態との二段階に切り替わるように形成されている。図示の例では、回路の端子a,b間に起電力が異なる二種類の直流電源E1,E2を並列に設け、スイッチSWを切り替えることにより、いずれの直流電源E1,E2にて検知用素子1と補償用素子2とに電圧を印加するかを切り替えることができるようになっている。そして、一方の直流電源(通常電圧電源)E1にて検知用素子1に通常状態の電圧が印加され、他方の直流電源(高電圧電源)E2によって検知用素子1に高電圧状態の電圧が印加されるようになっている。
【0038】
通常状態の印加電圧とは、検知用素子1に継続して印加することにより検知用素子1の温度を水素ガスが検知可能な所定の温度に維持することが可能な電圧である。また、高電圧状態の印加電圧は、通常状態の印加電圧よりも高い値を有するものであり、好ましくは通常状態の印加電圧の60〜90%増しの値を有するものである。
【0039】
このような測定回路を採用する場合、水素ガスセンサの起動時には、まずスイッチSWの切り替えにより高電圧電源E2にて検知用素子1と補償用素子2とに電圧が印加されるようにし、検知用素子1への印加電圧が高電圧状態となるようにする。その後、好ましくは0.1〜0.3秒間が経過したら、スイッチSWの切り替えにより通常電圧電源E1にて検知用素子1と補償用素子2とに電圧が印加されるようにし、検知用素子1への印加電圧が高電圧状態となるようにする。
【0040】
このようにすると、水素ガスセンサの起動時には、まず検知用素子1に通常状態よりも高い高電圧状態の電圧が印加されることから、検知用素子1が急加熱されて速やかに検知用素子1の温度が上昇し、次いで検知用素子1に通常状態の電圧が印加されることから、検知用素子1の温度を水素ガスが検知可能な所定の温度に維持される。このため、水素ガスセンサの起動後、短時間で検知用素子1の温度を水素ガスが検知可能な所定の温度まで上昇させることができ、水素ガスセンサの起動直後から水素ガス濃度を正確に測定することが可能となる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例に基づき、本発明を更に詳しく説明する。
【0042】
1.素子の作製
試験に供するための検知用素子1及び補償用素子2を、下記のように作製した。
【0043】
(1)試験例1の素子の作製
線径20μmの白金線をコイル状に巻回して、コイル径150μm、ターン数10のコイル状の発熱抵抗体6を形成した。
【0044】
この発熱抵抗体6の周囲に、アルミナの微粉末にバインダーとしてアルミナゾルを加えたペーストを塗布し、800℃で加熱焼成して無機多孔質体を形成した。この無機多孔質体を塩化白金酸水溶液(白金換算濃度30g/L)の液滴中に浸した後、3秒後に取り出し、これを風乾した後、800℃で焼成して、燃焼体5を形成した。
【0045】
これにより、図2に示す構造を有し、外径が0.3〜0.6μmの範囲で寸法を異ならせた複数の検知用素子1を作製した。
【0046】
また、塩化白金散水溶液の塗布焼成を行わなかった以外は上記検知用素子1と同様にして、この検知用素子1と対になる補償用素子2を作製した。
【0047】
(2)試験例2の素子の作製
線径20μmの白金製の金属線をコイル状に巻回して、コイル径150μm、ターン数10のコイル状の白金系コイル3を形成した。この白金系コイル3の表面には、濃度30g/Lの塩化白金酸水溶液を塗布し、800℃程度で焼成することにより、白金系コイル3の表面の触媒活性を向上させた。
【0048】
シリカゲル粉末を1.0g秤量し、塩化白金酸水溶液を白金換算で0.2g秤量した。このシリカゲル粉末と塩化白金酸水溶液を混合し、この混合物から水分を蒸発させた後、電気炉にて600℃で10分間焼成した。得られた焼成物を乳鉢で粉砕した後、シリカゾル0.3cm3と適量の水を加え、ペースト状の混合物を調製した。
【0049】
この混合物を、上記白金系コイル3の周囲に塗布してこの白金系コイル3の全体を覆った。これを風乾した後、600℃で5分間焼成してシリコントラップ用多孔質層4を形成した。
【0050】
これにより、図3に示す構造を有し、外径が0.3〜0.6μmの範囲で寸法を異ならせた複数の検知用素子1を作製した。
【0051】
また、白金系コイル3に塩化白金酸水溶液による処理を施さず、それに代えて白金系コイル3の表面を事前にシリコン蒸気で被毒した以外は、上記検知用素子1と同様にして、この検知用素子1と対になる補償用素子2を作製した。
【0052】
2.一定電圧印加時の特性評価試験
試験例1,2それぞれにおいて、まず、検知用素子1への印加電圧を変化させない場合における水素センサの動作を測定した。
【0053】
(1)試験例1について
上記のようにして得られた試験例1の素子から、外径0.6mm前後の範囲で、(A)検知用素子1と補償用素子2の寸法が同一の組み合わせ、(B)検知用素子1の方が大きい組み合わせ、(C)補償用素子2の方が大きい組み合わせを、それぞれ選び、各組み合わせにつき、検知用素子1及び補償用素子2を図15に示すような測定用回路に組み込んだ。次いで、大気中で0.8Vの電圧を印加し、ブリッジ出力を0Vに調整した後、一旦通電を止めて無通電状態とした。その後、再び通電を再開した時の、ブリッジ出力の経時変動を測定した結果を、図4に示す。
【0054】
また、大気中に代えて、水素濃度10000ppmの雰囲気中で同様の試験を行った結果を、図5に示す。
【0055】
この結果、大気中において、(A)のサンプルのように検知用素子1と補償用素子2の寸法が同じで熱容量的なバランスがとれている場合には、検知用素子1と補償用素子2の温度上昇速度が同一である結果、出力はほぼ瞬時に一定値となる。
【0056】
一方、(B)のサンプルのように検知用素子1が補償用素子2より大きい場合は、補償用素子2の方が温度上昇が速いために出力値はマイナス側から0Vに近づいていく。
【0057】
また、(C)のサンプルのように検知用素子1が補償用素子2より小さい場合は、検知用素子1の方が温度上昇が速いため、出力値はプラス側から0Vに近づいていく。
【0058】
このとき、(B)、(C)のサンプルは共に安定までに20秒程度の時間がかかっている。これは、検知用素子1と補償用素子2とが共に一定温度に達するまで20秒程度かかっていることを意味する。
【0059】
また、水素10000濃度ppm雰囲気中では、(A)〜(C)のいずれの場合も、出力値が35mV付近で安定するまでに15〜20秒程度かかっている。これは、素子温度が発熱抵抗体6での発熱に加えて燃焼体5上での水素燃焼による発熱によっても上昇するため、発熱抵抗体6で発熱した熱に加えて燃焼体5上の触媒での水素燃焼による熱が発熱抵抗体6に伝わって加熱され、素子全体の温度が平衡状態となるまでに要する時間が、15〜20秒程度であったと考えられる。
【0060】
また、検知用素子1の外径が0.5mm、0.4mm、0.3mmの場合についても、上記と同様にして、水素濃度10000ppm雰囲気中での、出力値が安定するまでに要した時間を導出した。その結果を、外径が0.6mmの場合の結果と併せて、図6に示す。
【0061】
この結果、素子の寸法は小さいほど安定化に要する時間は短くなったが、外径0.3mmであっても4秒程度を要するものであった。
【0062】
このため、安定化に要する時間は十分に短縮されず、特に車載用の燃料電池制御等に要求されるような短時間でのレスポンスを達成することはできないものであった。
【0063】
(2)試験例2について
試験例2については、試験例1の場合よりも低温で動作するために、印加電圧を0.5Vとした。それ以外は上記試験例1の場合と同様に起動特性評価試験を行った。大気中での結果を図7に、水素濃度10000ppmの雰囲気中での結果を図8にそれぞれ示す。
【0064】
また、検知用素子1の外径が0.5mm、0.4mm、0.3mmの場合についても、上記と同様にして、水素濃度10000ppm雰囲気中での、出力値が安定するまでに要する時間を導出した。その結果を、外径が0.6mmの場合の結果と併せて、図9に示す。
【0065】
この結果、試験例1の場合と同様、素子の寸法は小さいほど起動時の安定化に要する時間は短くなるが、外径0.3mmであっても4秒程度を要するものであった。
【0066】
このため、安定化に要する時間は十分に短縮されず、特に車載用の燃料電池制御等に要求されるような短時間でのレスポンスを達成することはできないものであった。
【0067】
また、大気中での起動特性は図7に示すように試験例1の場合と同様であったが、水素濃度10000ppm雰囲気中では図8に示すように起動初期にオーバーシュートが生じた。この現象は、試験例2の場合には検知用素子1の白金系コイル3で水素を燃焼する起動初期にまず白金系コイル3の温度が上がり、引き続いてこの熱がシリコントラップ用多孔質層4に移動して白金系コイル3の温度が下がった結果、生じたものと考えられる。
【0068】
3.印加電圧切替時の特性評価試験
次に、試験例1,2のそれぞれにつき、検知用素子1及び補償用素子2を図1に示すような測定用回路に組み込んで、起動初期に高電圧状態の電圧を印加し、その後に通常状態の電圧を印加した場合における水素センサの動作を測定した。
【0069】
ここで、予備実験においては素子の外径寸法が0.6mmを超えるものはいかなる電圧印加条件でも応答性を十分に向上できる見込みがなかったため、今回の試験対象からは除外した。また印加電圧及び印加時間についても、前記応答性が得られる可能性が全くない条件を除外して、適切な条件範囲内での検討を行った。
【0070】
(1)試験例1について
上記試験例1につき、検知用素子1の外径が0.4mm、0.5mm、0.6mmの場合について、それぞれ大気中で検知用素子1に起動時に高電圧を印加した後、0.8Vの電圧を検知用素子1に印加するようにした。それ以外は、上記一定電圧印加時の特性評価試験と同一の試験を行った。
【0071】
このとき、高電圧状態での電圧を、通常状態での電圧(0.8V)に対して、30%、60%、90%又は120%増大させた値とした場合につき、それぞれ試験を行った。また、この高電圧状態での印加時間を0.1秒、0.2秒、0.3秒とした場合につき、それぞれ試験を行った。
【0072】
各場合について、出力値が安定するまでに要した時間を、上記一定電圧印加時の特性評価試験の場合と同様にして測定した結果を表1に示す。
【0073】
【表1】

【0074】
また、大気中に代えて、水素濃度10000ppmの雰囲気中で同様の試験を行った。その結果を、表2に示す。また、素子外径0.6mm、印加時間0.1秒の場合についての結果を示すグラフを図10に、素子外径0.6mm、印加時間0.3秒の場合についての結果を示すグラフを図11に、併せて示す。
【0075】
【表2】

【0076】
この結果、印加電圧の二段階の切り替えにより、大気中、水素濃度10000ppm雰囲気中の両方において、出力値が安定するまでに要する時間を短縮することができた。
【0077】
特に素子外径を0.4mm〜0.5mm、高電圧状態での電圧を通常状態時の電圧に対して60〜90%増し、高電圧状態での印加時間を0.1〜0.3秒としたものについては、安定に要する時間を著しく短縮することができた。また、素子寸法が外径0.6mm以上の場合であっても、印加電圧を本実施例のような二段階ではなく、三段階以上に切り替えるようにすれば、測定回路の複雑化や動作制御の煩雑化を招きはするが、安定化に要する時間を更に短縮化できる可能性がある。
【0078】
(2)試験例2について
試験例2につき、上記試験例1の場合と同様にして印加電圧切替時の特性評価試験を行った。大気中における試験結果を表3に示す。
【0079】
【表3】

【0080】
また、水素濃度10000ppmの雰囲気中での試験結果を、表4に示す。
【0081】
【表4】

【0082】
この結果、試験例1の場合と同様、印加電圧の二段階の切り替えにより、大気中、水素濃度10000ppm雰囲気中の両方において、出力値が安定するまでに要する時間を短縮することができた。
【0083】
特に素子外径を0.4mm〜0.5mm、高電圧状態での電圧を通常状態時の電圧に対して60〜90%増し、高電圧状態での印加時間を0.1〜0.3秒としたものについては、安定に要する時間を著しく短縮することができた。また、素子寸法が外径0.6mm以上の場合であっても、印加電圧を本実施例のような二段階ではなく、三段階以上に切り替えるようにすれば、測定回路の複雑化や動作制御の煩雑化を招きはするが、安定化に要する時間を更に短縮化できる可能性がある。
【0084】
4.補償用素子寸法評価試験
上記印加電圧切替時の特性評価試験においては、大気雰囲気中では試験例1,2共に、一定電圧印加時の特性評価試験の場合と同様に、検知用素子1と補償用素子2の寸法が同じで熱容量的なバランスがとれている場合には、検知用素子1と補償用素子2の温度上昇速度が同一である結果、出力はほぼ瞬時に一定値となった。また、検知用素子1が補償用素子2より大きい場合は、補償用素子2の方が温度上昇が速いために出力値はマイナス側から0Vに近づいていき、検知用素子1が補償用素子2より小さい場合は、検知用素子1の方が温度上昇が速いため、出力値はプラス側から0Vに近づく現象が発生した。すなわち、検知用素子1と補償用素子2の寸法に相違が生じると、その熱容量の相違に基づき、昇温速度に差異が生じるものであった。
【0085】
そのため、検知用素子1が補償用素子2より小さい場合には、雰囲気中に水素が存在しない場合であっても、起動初期には出力値がプラス側に振れて、あたかも水素ガスが存在するかのような検知出力が生じてしまう。これを回避するためには、補償用素子2の寸法を検知用素子1の寸法未満とすることが好ましい。これを検証するために、次のような試験を行った。
【0086】
試験例1,2について、検知用素子1として外径0.6mmのものを用い、対となる補償用素子2の外径を、検知用素子1の外径の100〜90%の範囲で変更した。
【0087】
各検知用素子1と補償用素子2との組み合わせにつき、それぞれ複数のサンプルを用意し、大気雰囲気中で上記印加電圧切替時の特性評価試験と同様の試験を行った。
【0088】
そして、通電開始から0.2秒後における出力値の、プラス側又はマイナス側への振れ度合いに基づいて、起動時の出力値がプラス側、マイナス側のいずれから安定値に近づくかを評価した。
【0089】
試験例1についての結果を図12に、試験例2についての結果を図13にそれぞれ示す。この結果、補償用素子2の寸法が検知用素子1よりも小さくなるほど、起動時の出力値がマイナス側から安定値に近づく頻度が多くなり、特に補償用素子2の寸法が検知用素子1の寸法の95%以下の場合には出力値がプラス側から安定値に近づく現象は認められなかった。但し、検知用素子1と補償用素子2の寸法は、両者の熱的挙動を合わせるためにできるだけ近似していることが好ましい。このため、補償用素子2の外径寸法は、検知用素子1の外径寸法の90〜95%の範囲であることが好ましいと判断される。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】本発明の実施の形態の一例を示す回路図である。
【図2】同上の実施の形態における検知用素子の一例を示す断面図である。
【図3】同上の実施の形態における検知用素子の他例を示す断面図である。
【図4】試験例1についての、大気中での一定電圧印加時の特性評価試験の結果を示すグラフである。
【図5】試験例1についての、水素濃度10000ppm雰囲気中での一定電圧印加時の特性評価試験の結果を示すグラフである。
【図6】試験例1についての、水素濃度10000ppm雰囲気中での一定電圧印加時の特性評価試験における、検知用素子の外径寸法と検知出力の安定化に要する時間との関係を示すグラフである。
【図7】試験例2についての、大気中での一定電圧印加時の特性評価試験の結果を示すグラフである。
【図8】試験例2についての、水素濃度10000ppm雰囲気中での一定電圧印加時の特性評価試験の結果を示すグラフである。
【図9】試験例2についての、水素濃度10000ppm雰囲気中での一定電圧印加時の特性評価試験における、検知用素子の外径寸法と検知出力の安定化に要する時間との関係を示すグラフである。
【図10】試験例1についての、素子外径0.6mm、高電圧印加時間0.1秒の場合での高電圧状態での電圧を変更した場合の安定化に要する時間を測定した結果を示すグラフである。
【図11】試験例1についての、素子外径0.6mm、高電圧印加時間0.3秒の場合での高電圧状態での電圧を変更した場合の安定化に要する時間を測定した結果を示すグラフである。
【図12】試験例1についての、検知用素子に対する補償用素子の寸法を変更した場合の安定化に要する時間を測定した結果を示すグラフである。
【図13】試験例2についての、検知用素子に対する補償用素子の寸法を変更した場合の安定化に要する時間を測定した結果を示すグラである。
【図14】従来技術を示す一部破断した斜視図である。
【図15】同上の回路図である。
【符号の説明】
【0091】
1 検知用素子
2 補償用素子
3 白金系コイル
4 シリコントラップ用多孔質層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検知用素子と補償用素子とを具備する接触燃焼式の水素ガスセンサであって、検知用素子への印加電圧を、通常状態と、この通常状態よりも印加電圧が高い高電圧状態とに切り替え可能な測定用回路を具備することを特徴とする水素ガスセンサ。
【請求項2】
上記測定用回路が、検知用素子への通電開始後、検知用素子に高電圧状態の電圧を印加した後、通常状態の電圧を印加するものであることを特徴とする請求項1に記載の水素ガスセンサ。
【請求項3】
上記測定用回路が、検知用素子への通電開始後、0.1〜0.3秒間経過するまでの間は通常状態の電圧に対して60〜90%増しの高電圧状態の電圧を検知用素子及び補償用素子に印加し、それ以降は通常状態の電圧を印加するものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の水素ガスセンサ。
【請求項4】
検知用素子の外径寸法が0.3〜0.6mmの範囲であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の水素ガスセンサ。
【請求項5】
補償用素子の寸法が検知用素子の寸法未満であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の水素ガスセンサ。
【請求項6】
上記検知用素子が、水素燃焼部と加熱部と測温抵抗部とを兼ねる白金系コイルの外側にシリコントラップ用多孔質層を設けて形成されていることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の水素ガスセンサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2008−249494(P2008−249494A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−91326(P2007−91326)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(593210961)エフアイエス株式会社 (39)
【Fターム(参考)】