説明

水素分離膜

【課題】比較的高温においても水素透過能が高い水素分離膜を提供すること。
【解決手段】水素分離膜10は、原料粉末をプレス成形し、及び、熱処理することにより金属多孔質基材12を作製した後、金属多孔質基材12の上に蒸着により金属酸化物からなる中間層14を形成し、その後、その中間層14の上に蒸着により水素選択透過膜16を形成することにより得られる。このようにして得られた水素分離膜10は、金属多孔質基材12が、Ni、Ni合金、Fe、ステンレス鋼、及び、Coからなる群から選ばれる少なくとも1種からなり、中間層14が、アルミナ、シリカ、及び、ジルコニアからなる群から選ばれる少なくとも1種からなり、水素選択透過膜16が、Pd又はPd合金からなる。中間層14は、厚さが50nm超500nm以下が好ましく、金属多孔質基材12は、単一層でも、粗大孔層12aと微細孔層12bとからなる多層構造でもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素分離膜に関し、燃料電池のアノード、改質ガス発生装置等に用いられる水素分離膜に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、使用する電解質の種類に応じて、固体高分子型、固体酸化物型、アルカリ型、リン酸型等に分類される。電解質の種類によらず、燃料電池の燃料ガスには、一般に、純水素又は改質ガスが用いられる。改質ガスは、純水素を用いる場合に比べて種々の利点を有しているが、水素以外にCO、CO等を含んでいるので、改質ガスを燃料電池用の燃料ガスとして用いるためには、改質ガスから水素を分離する必要がある。Pd又はPd合金は、水素の選択透過性を有しているので、改質ガスのような水素を含む混合気体から水素を分離するための水素分離膜として使用されている。
【0003】
Pd又はその合金は高価であるので、Pd又はその合金を単独で水素分離膜として使用することはなく、通常は、多孔質支持体の表面に極めて薄いPd薄膜又はPd合金薄膜を形成したものが水素分離膜として用いられている。しかしながら、Pd薄膜の構成元素と多孔質支持体の構成元素とが相互に拡散することによる水素分離能の低下が生ずるという問題があった。この相互拡散は特に600℃以上の高温で顕著であった。また、Pd薄膜又はPd合金薄膜と多孔質支持体とは異種材料であるので、接合強度が不十分となるという問題もあった。
【0004】
そこで、この問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、SUS316Lの各金属多孔体パイプの表面にアルミナ・シリカ・ジルコニアを各々含有するペーストを塗布して焼成することにより、各金属多孔体パイプの表面に酸化物薄膜を厚さ5μm〜30μmで形成し、その後、その酸化物薄膜の上に蒸着によりPd薄膜又はPd合金薄膜を形成した水素分離膜が開示されている。同文献には、この水素分離膜は、500℃で1000時間エージング試験を行っても水素透過性が一定である(すなわち、構成元素が相互に拡散しない)点が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開平5−285357号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された水素分離膜は、金属多孔体にペーストを塗布したものであるため、金属多孔体の細孔にペーストが染み込んでしまう。従って、ペーストの量を増やすと酸化物薄膜の膜厚の制御が困難で厚くなりすぎ、水素透過能が大幅に低下する。また、そもそも膜厚が厚い(5μm〜30μm)ため水素透過能が低い。更に、膜厚が厚くなりすぎると、酸化物薄膜と金属の熱膨張係数の差により剥離が生じやすくなる。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、比較的高温においても水素透過能が高い水素分離膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明に係る水素分離膜は、金属多孔質基材と、前記金属多孔質基材の上に形成された金属酸化物からなる中間層と、前記中間層の上に形成されたPd又はPd合金からなる水素選択透過膜とを備え、前記中間層は、厚さが50nm超500nm以下であることを要旨とする。この場合に、前記中間層は、複数の柱状体からなり、前記柱状体は、直径が50nm以上1μm以下、かつ、隣接する柱状体との間隔が1nm以上100nm以下であることが望ましい。また、前記中間層は、アルミナ、シリカ、及び、ジルコニアからなる群から選ばれる少なくとも1種であることが望ましい。前記金属多孔質基材は、Ni、Ni合金、Fe、ステンレス鋼、及び、Coからなる群から選ばれる少なくとも1種であることが望ましい。前記水素選択透過膜は、厚さが20μm以下であることが望ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る水素分離膜は、金属多孔質基材と、金属多孔質基材の上に形成された金属酸化物からなる中間層と、中間層の上に形成されたPd又はPd合金からなる水素選択透過膜とを備え、中間層の厚さが50nm以上であるから、600℃以上の高温域を含む温度域において金属多孔質基材の構成元素と水素選択透過膜の構成元素との相互拡散が抑制されるとともに、中間層の厚さが500nm以下であるから水素透過能の著しい低下が回避される。従って、本発明に係る水素分離膜は、比較的高温においても水素透過能が高いという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(構成)
以下、本発明の一実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
図1(a)及び同図(b)は、本発明の一実施形態に係る水素分離膜10の概略構成を示した図である。同図に示したように、水素分離膜10は、金属多孔質基材12と、中間層14と、水素選択透過膜16とからなる。同図(a)は、金属多孔質基材12が単一層のみからなる場合を示し、同図(b)は、金属多孔質基材12が粗大孔層12aと微細孔層12bの多層からなる場合を示す。
【0011】
[1. 金属多孔質基材12]
[1.1. 金属多孔質基材12の構造]
金属多孔質基材12は、水素分離膜全体10の機械的強度を担う機能、及び、原料ガスを実質的に無損失で水素選択透過膜16まで拡散させる機能を持つ。従って、金属多孔質基材12は、水素分離膜全体の強度を保持するのに十分な相対的に厚い厚さと、原料ガスを実質的に無損失で拡散させるのに十分な相対的に大きな孔径を有する開気孔及び相対的に大きな気孔率を持つものを用いる。
金属多孔質基材12は、開気孔の平均孔径及び気孔率が均一である単一層のみからなるものでも良く、あるいは、平均孔径が相対的に大きな開気孔を有する少なくとも1つの層(粗大孔層12a)と、平均孔径が相対的に小さな開気孔を有する少なくとも1つの層(微細孔層12b)からなる多層構造を備えたものでも良い。多層構造の場合、粗大孔層12aの上に微細孔層12bを形成し、その上に中間層14が形成される構成とすると良い。多層構造を備えた金属多孔質基材12は、水素分離膜全体の強度を高め、原料ガスの拡散抵抗を小さくし、かつ、緻密で厚さの薄い水素選択透過膜16を形成することができるという利点がある。
ここで、「平均孔径」とは、金属多孔質基材12(多層構造を有する金属多孔質基材12の場合は、各層)に含まれる開気孔の径の平均値をいう。「平均孔径」は、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)で金属多孔質基材12の表面を観察し、一定区画内のすべての孔について縦方向と横方向の孔径を求めてその平均を算出することにより求めることができる。
【0012】
[1.2. 金属多孔質基材12の開気孔]
金属多孔質基材12の上には中間層14が形成され、中間層14の上には水素選択透過膜16が形成される。そのため、金属多孔質基材12の表面の開気孔が大きくなりすぎると、ピンホールのない健全な中間層14を形成するのが困難となる。従って、金属多孔質基材12は、中間層14が形成される面の開気孔の平均孔径が5μm以下であるものが好ましい。
【0013】
金属多孔質基材12の最適な平均孔径は、金属多孔質基材12の構造により異なる。
例えば、金属多孔質基材12が単一層のみからなる場合において、金属多孔質基材12の開気孔の平均孔径が小さくなりすぎると、原料ガスの拡散抵抗が大きくなる。従って、単一層のみからなる場合において、原料ガスを実質的に無損失で水素選択透過膜16まで拡散させるためには、金属多孔質基材12の開気孔の平均孔径は、0.1μm以上が好ましい。平均孔径は、更に好ましくは、1μm以上である。
【0014】
また、例えば、金属多孔質基材12が多層構造を有する場合において、粗大孔層12aの開気孔の平均孔径は、上述した単一層のみの場合と同様の理由から、0.1〜5μmが好ましく、更に好ましくは、0.3〜5μmである。
一方、微細孔層12bは、その厚さが適度な厚さであれば、開気孔の平均孔径が小さくなっても、原料ガスの拡散抵抗を相対的に小さく維持することができる。むしろ、微細孔層12bの開気孔の平均孔径が小さくなるほど、金属多孔質基材12の表面が平滑となるので、水素選択透過膜16を薄く、均一で、かつ平滑に形成するのが容易化する。金属多孔質基材12が多層構造を有する場合において、水素選択透過膜16を薄く、均一で、かつ平滑に形成するためには、微細孔層12bの開気孔の平均孔径は、0.1μm以下が好ましい。
微細孔層12bが二層以上からなる場合、各層の開気孔の平均孔径は、それぞれ、0.1μm以下が好ましい。各層の開気孔の平均孔径は、互いに同一であっても良く、あるいは、異なっていてもよい。特に、水素選択透過膜16側にある微細孔層12bの開気孔の平均孔径を粗大孔層12a側に形成された微細孔層12bの開気孔の平均孔径より小さくすると、原料ガスの拡散抵抗を相対的に小さく維持したまま、水素選択透過膜16を薄く、均一で、かつ平滑に形成するのが容易化する。
【0015】
[1.3. 金属多孔質基材12の気孔率]
一般に、金属多孔質基材12の気孔率が小さくなりすぎると、原料ガスの拡散抵抗が大きくなる。一方、金属多孔質基材12の気孔率が大きくなりすぎると、水素分離膜全体の機械的強度が低下する。従って、金属多孔質基材12の気孔率は、その構造に応じて最適な値を選択するのが好ましい。
例えば、金属多孔質基材12が単一層からなる場合において、原料ガスを実質的に無損失で水素選択透過膜16まで拡散させるためには、金属多孔質基材12の気孔率は、30%以上が好ましい。一方、水素分離膜全体の機械的強度の低下を抑制するためには、金属多孔質基材12の気孔率は、95%以下が好ましい。
【0016】
また、例えば、金属多孔質基材12が多層構造を有する場合において、粗大孔層12aの気孔率は、上述した単一層のみの場合と同様の理由から、30〜95%が好ましい。
一方、微細孔層12bは、その厚さが適度な厚さであれば、気孔率が小さくなっても、原料ガスの拡散抵抗を相対的に小さく維持することができる。しかしながら、微細孔層12bの気孔率が小さくなりすぎると、原料ガスの拡散抵抗が大きくなる。従って、微細孔層12bの気孔率は、15%以上が好ましい。微細孔層12bの気孔率は、水素選択透過膜16の均一性及び健全性を損なわない限りにおいて、大きいほどよい。
微細孔層12bが二層以上からなる場合、粗大孔層12aの最表面に形成された微細孔層12bの気孔率を15%以上とするのが好ましい。各層の気孔率は、互いに同一であっても良く、あるいは、異なっていてもよい。特に、水素選択透過膜16側にある微細孔層12bの気孔率を粗大孔層12a側に形成された微細孔層12bの気孔率より小さくすると、原料ガスの拡散抵抗を相対的に小さく維持したまま、水素選択透過膜16を薄く、均一で、かつ平滑に形成するのが容易化する。
【0017】
[1.4. 金属多孔質基材12の厚さ]
一般に、金属多孔質基材12の厚さが薄くなりすぎると、水素分離膜全体の機械的強度が低下する。一方、金属多孔質基材12の厚さが厚くなりすぎると、実益がないだけでなく、原料ガスの拡散抵抗が大きくなる。従って、金属多孔質基材12の厚さは、その構造に応じて最適な値を選択するのが好ましい。
例えば、金属多孔質基材12が単一層からなる場合において、実用上十分な強度を得るためには、多孔質基材の厚さは、50μm以上が好ましい。多孔質基材の厚さは、更に好ましくは、100μm以上である。
【0018】
また、例えば、金属多孔質基材12が多層構造を有する場合において、粗大孔層12aの厚さは、上述した単一層のみの場合と同様の理由から、50μm以上が好ましく、更に好ましくは、100μm以上である。
一方、微細孔層12bの厚さが厚くなりすぎると、原料ガスの拡散抵抗が大きくなる。従って、微細孔層12bの厚さは、50μm以下が好ましく、更に好ましくは、30μm以下である。この点は、微細孔層12bが二層以上からなる場合も同様である。
【0019】
[1.5. 金属多孔質基材12の表面粗度]
一般に、金属多孔質支持体の表面粗度(多層構造を有する場合には、最表面にある微細孔層12bの表面粗度)が粗くなるほど、中間層14にピンホールができやすくなる。厚さが薄く、均一で、かつ、健全な中間層14を形成するためには、金属多孔質基材12の表面粗度Raは、1μm以下(Rzで8μm以下)が好ましい。金属多孔質支持体の表面粗度Raは、更に好ましくは、0.1μm以下(Rzで0.8μm以下)である。
【0020】
[1.6. 金属多孔質基材12の材質]
金属多孔質基材12の材質は、特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の材料を用いることができる。金属多孔質基材12の材質としては、具体的には、Ni、Fe、Co、若しくは、これらのいずれか1以上の元素を含む合金(例えば、ステンレス鋼、Ni合金等)等がある。
金属多孔質基材12が多層構造を有する場合、金属多孔質基材12には、それぞれ、これらのいずれか1種の材料を用いても良く、あるいは、二種以上を組み合わせて用いても良い。例えば、粗大孔層12a及び微細孔層12bには、それぞれ、同一の材料を用いても良く、あるいは、異なる材料を用いても良い。また、微細孔層12bが複数層からなる場合、各層には、それぞれ、同一の材料を用いても良く、あるいは、異なる材料を用いても良い。
【0021】
また、微細孔層12bの少なくとも1つは、「図2に示す多層粉末20からなる粉末層を粗大孔層12aの表面に形成し、還元雰囲気下で焼結させることにより得られるもの」が好ましい。多層粉末20は、原料粉末の一つであるため、その構成及び製造方法に関する詳細は後述するが、多層粉末20は、還元性雰囲気下で加熱することによって構成元素の少なくとも一部を金属にすることができる化合物(例えば、酸化物、水酸化物、有機化合物(例えば、シュウ酸塩)等)からなるもの(多層化合物粉末)であっても良く、あるいは、構成元素の少なくとも一部が初めから金属状態にあるもの(多層金属粉末)でも良い。
そして、多層粉末20は以下の条件を備えていることが望ましい。
(a) 多層粉末20は、還元雰囲気下において還元可能な易焼結性金属元素(後述する)を主成分とし、前記還元雰囲気下において還元されない難焼結性金属元素(後述する)を副成分として含む。
(b) 多層粉末20に含まれる難焼結性金属元素の含有量は、中心部より表面部の方が少ない。
また、多層粉末20は、上述の条件に加えて、更に以下の条件を備えているものが好ましい。
(c) 多層粉末20は、その表面に易焼結性金属元素を主成分とする板状粒子が放射状に配置されている。
【0022】
上述の条件を満たす多層粉末20は、表面に含まれる難焼結性金属元素の量が相対的に少ないので、還元性雰囲気下で加熱すると、表面において粒子間の焼結が容易に進行する。一方、内部においては、難焼結性金属元素の量が相対的に多いので、粒子の粗大化、すなわち、細孔の収縮や消滅を抑制することができる。そのため、このような多層粉末20を用いると、機械的強度が高く、かつ、開気孔の平均孔径が小さい微細孔層12bを形成することができる。
特に、その表面に易焼結性金属元素を主成分とする板状粒子26が放射状に付着している多層粉末20は、粉末間の焼結が専ら板状粒子26の先端で生ずるので、開気孔の気孔径が相対的に小さく、かつ、気孔率が相対的に大きい微細孔層12bを形成することができる。
尚、このような多層粉末20の構成及び製造方法に関する詳細は、後述する。
【0023】
[2. 中間層14]
中間層14は、金属多孔質基材12の上、すなわち、金属多孔質基材12と水素選択透過膜16との間に形成され、金属多孔質基材12の構成元素と水素選択透過膜16の構成元素とが相互に拡散するのを抑制する機能を持つ。従って、中間層14は、金属多孔質基材12の構成元素と水素選択透過膜16の構成元素とが相互に拡散するのを抑制するに十分な厚さとして、その厚さが50nm超であることが好ましい。
一方、中間層14は、その厚さが厚すぎると、水素分離膜10の水素透過能の著しい低下を招くとともに、金属多孔質基材12とは異種材料であるため、熱膨張率の差に起因して金属多孔質基材12から剥離してしまう。従って、中間層14は、水素透過能の著しい低下を回避する機能、及び、熱膨張率の差を緩和する機能を持つことが要求される。そこで、中間層14は、水素透過能の著しい低下や熱膨張率の差に起因する剥離を回避するには、その厚さが500nm以下であることが好ましい。
【0024】
中間層14は、金属酸化物からなり、具体的には、アルミナ、シリカ、若しくは、ジルコニア、又は、これらのうちから選ばれる二種以上の混合物であることが好ましい。また、中間層14は、緻密質であっても良く、あるいは、多孔質でも良い。中間層14が緻密質であっても良いのは、中間層14が50nm超500nm以下と薄い上、金属酸化物には粒界や欠陥が存在するため、改質ガス等(分離されるべき水素を含むガス)は、この粒界や欠陥を拡散可能だからである。中間層14は、多孔質でも良いが、この場合には、微細孔層12bと同様の開気孔の平均孔径及び気孔率を持つものであればよい。
中間層14は、その開気孔の平均孔径が0.1μm以下、その気孔率が15%以上であることが好ましい。これらの理由は、微細孔層12bの場合と同様であるため、その説明を省略する。
尚、一般に、中間層14の厚さが薄いと、ピンホールが生成しやすくなるが、金属多孔質基材12の構造、気孔径、及び気孔率を最適化すると、薄く、均一で、かつ健全な中間層14を形成することができる。特に、金属多孔質基材12を多層構造にすると、中間層14の厚さを薄くすることができる。
【0025】
[3. 水素選択透過膜16]
水素選択透過膜16は、中間層14の上に形成される。水素選択透過膜16には、Pd膜又はPd合金膜を用いることができる。Pd合金膜としては、具体的には、Pd/Ag合金膜、Pd/Cu合金膜、Pd/Au合金膜、Pd/Rh合金膜、Pd/Au/Rh合金膜等がある。
水素選択透過膜16は、高価なPdを主成分として使用しているので、水素選択透過膜16の厚さが厚くなるほど、高コスト化する。水素分離膜の製造コストを低減するためには、水素選択透過膜16の厚さは、20μm以下が好ましい。水素選択透過膜16の厚さは、更に好ましくは、10μm以下である。
尚、一般に、水素選択透過膜16の厚さを薄くすると、ピンホールが生成しやすくなるが、中間層14の気孔径及び気孔率を最適化すると、薄く、均一で、かつ健全な水素選択透過膜16を形成することができる。
【0026】
(製造方法)
[1. 水素分離膜の製造方法の概略]
次に、本発明の一実施形態に係る水素分離膜10の製造方法について説明する。水素分離膜10は、原料粉末をプレス成形し、及び、熱処理することにより金属多孔質基材12を作製した後、金属多孔質基材12の上に蒸着により金属酸化物からなる中間層14を形成し、その後、その中間層14の上に蒸着により水素選択透過膜16を形成することにより得られる。
以下、原料粉末の準備と作製、金属多孔質基材12の作製、中間層14の作製、及び、水素選択透過膜16の作製のそれぞれについて説明する。
【0027】
[2. 原料粉末の準備と作製]
[2.1. 各層の原料粉末]
金属多孔質基材12の粗大孔層12a、中間層14、及び、水素選択透過膜16は、市販の粉末材料等を用いることができるため、特に説明を要しない。
金属多孔質基材12の微細孔層12b(微細孔層12bが多層からなる場合には、特に、水素選択透過膜16に面する層)は、図2に示す多層粉末20を用いることが好ましい。そこで、以下、多層粉末20の作製について説明する。
【0028】
[2.2. 多層粉末20]
既述のように、多層粉末20は、易焼結性金属元素と難焼結性金属元素を含むものが好ましい。そこで、易焼結性元素と難焼結性元素について説明する。
【0029】
[2.3.易焼結性元素と難焼結性元素]
本発明において、「易焼結性金属元素」とは、多層粉末20を焼結させる際の還元雰囲気下において、金属状態が安定であるものをいう。また、「難焼結性金属元素」とは、多層粉末20を焼結させる際の還元雰囲気下において、酸化物、水酸化物又は有機化合物の状態が安定であるものをいう。
易焼結性金属元素としては、具体的には、Fe、Co、Ni、Ag、Mo、Cu等がある。これらは、いずれも比較的低い温度で焼結させることができる。微細孔層12bを形成するための多層粉末20には、これらのいずれか1種が含まれていても良く、あるいは、二種以上が含まれていても良い。
また、難焼結性金属元素としては、具体的には、2A族元素、Al、Ba、In、Si、Ge、Mn、W、Ti、Zr、Cr、Sc、Y、Zn等がある。これらは、いずれも少量で焼結の進行を阻害させることができる。微細孔層12bを形成するための多層粉末には、これらのいずれか1種が含まれていても良く、あるいは、二種以上が含まれていても良い。
【0030】
各種化合物の標準状態の生成エンタルピー、エントロピーの値は、既知である。従って、これらを用いると、融解等の相変化がない場合、5%の誤差の範囲内で、ある種の金属元素の酸化物、水酸化物又は有機化合物がH、CO等の還元ガスによって金属状態に還元される時の、平衡状態における温度と還元ガスの分圧との関係を熱力学的に算出することができる。
例えば、CuOを600℃においてH又はCOで還元する場合、平衡状態におけるHの分圧及びCOの分圧は、いずれも1気圧より遙かに小さい。従って、温度600℃において、1気圧のH又は1気圧のCOで還元する還元雰囲気下において、Cuは、「易焼結性金属元素」と判断することができる。他の元素も同様である。
【0031】
[2.4. 難焼結性元素の含有量]
表面における難焼結性金属元素の含有量が中心部より少ない多層粉末20の具体的態様には、以下のようなものがある。
(a) 多層粉末20は、コア22と、コア22の表面に配されたシェル24からなり、コア22は難焼結性金属元素を含み、シェル24は実質的に難焼結性金属元素を含まない(図2(a)参照)。
(b) 多層粉末20は、コア22と、コア22の表面に配されたシェル24からなり、シェル24は難焼結性金属元素を含むが、その含有量はコア22の難焼結性金属元素の含有量より少ない(図2(a)参照)。
(c) 多層粉末20は、コア22と、コア22の表面に配されたシェル24からなり(コアの周囲に複数層のシェルがある場合を含む)、中心から表面に向かって難焼結性金属元素の含有量が段階的又は連続的に減少している(図2(b)参照)。
(d) 多層粉末20は、コア22と、コア22の表面に放射状に配置された板状粒子26からなり、コア22は難焼結性金属元素を含み、板状粒子26は実質的に難焼結性元素を含まない(図2(c)参照)。
(e) 多層粉末20は、コア22と、コア22の表面に放射状に配置された板状粒子26からなり、板状粒子26は難焼結性金属元素を含むが、その含有量はコアの難焼結性金属元素の含有量より少ない(図2(c)参照)。
(f) 多層粉末20は、コア22と、コア22の表面に配されたシェル24と、シェル24の表面に放射状に配置された板状粒子26からなり、難溶性金属元素の含有量がコア>シェル>板状粒子になっている(図2(d)参照)。
【0032】
上述したいずれの態様においても、多層粉末20に含まれる全金属元素のモル数Bに対する多層粉末20に含まれる難焼結性金属元素のモル数Aの比は、次の(1)式を満たすことが好ましい。
0.005≦A/B≦0.05 ・・・(1)
A/B比が小さくなりすぎると、多層粉末20を焼結させて微細孔層12bを作製する際に、難焼結性金属元素による焼結の阻害効果が不十分となる。その結果、微細孔層12b内の開気孔が消滅するおそれがある。従って、A/B比は、0.005以上が好ましい。
一方、A/B比が大きくなりすぎると、難焼結性金属元素による焼結の阻害効果が強く現れすぎて、多層粉末20の焼結性が低下する。従って、A/B比は、0.05以下が好ましい。
【0033】
[2.5. 多層粉末20の大きさ]
一般に、粉末を焼結させて多孔体を作製する場合、多孔体に含まれる開気孔の大きさは、出発原料として用いる粉末の粒径に依存する。この点は、上述した構成を有する多層粉末20を用いて微細孔層12bを形成する場合も同様である。
多層粉末20の粒径が小さすぎると、難焼結性金属元素による多層粉末の粗大化の抑制が不十分となり、細孔が消滅するおそれがある。従って、多層粉末20の粒径は、0.2μm以上が好ましい。
一方、多層粉末20の粒径が大きくなりすぎると、開気孔の平均孔径が大きくなり、水素選択透過膜16を薄くかつ均一に形成するのが困難となる。従って、多層粉末の粒径は、3μm以下が好ましい。
【0034】
尚、多層粉末20の粒径は、例えば、次のようにして測定することができる。
すなわち、走査型電子顕微鏡(SEM)にて多数の多層粉末20を観察し、一定区画内にあるすべての多層粉末20の縦方向と横方向の長さを求め、その平均値を粒径とする。この場合において、多層粉末20が球状でないときには、多層粉末20の最も長い方向の長さと、これと直角方向の長さの平均値を多層粉末20の粒径とする。
【0035】
[2.6. 多層粉末20の製造方法]
次に、易焼結性金属元素及び難焼結性金属元素を含む多層粉末20の製造方法について説明する。
[2.6.1. 第1混合工程]
まず、易焼結性金属元素の塩と難焼結性金属元素の塩とを水に溶解させ、第1原料液を作製する(第1混合工程)。易焼結性金属元素の塩及び難焼結性金属元素の塩には、それぞれ、硝酸塩、硫酸塩、塩酸塩、酢酸塩等を用いることができる。
第1原料液に含まれる易焼結性金属元素のモル数は、難焼結性金属元素のモル数より多くする。この時のモル比によって、析出粒子(コア22)の組成が決まる。
【0036】
第1原料液に含まれる易焼結性金属元素の塩の濃度が低すぎると、析出粒子を回収する際に廃液が多量に発生するおそれがある。従って、第1原料液に含まれる易焼結性金属元素の塩の濃度は、0.01モル/L以上が好ましい。
一方、易焼結性金属元素の塩の濃度が高すぎると、粒子の析出が急激に進行し、形状及び組成が均一な析出粒子を得るのが困難となるおそれがある。従って、易焼結性金属元素の塩の濃度は、4.0モル/L以下が好ましい。
【0037】
[2.6.2. 第1析出工程]
次に、第1原料液と、シュウ酸水溶液又はアルカリ金属水酸化物水溶液からなる第1反応液とを混合する(第1析出工程)。これにより、易焼結性金属元素イオン及び難焼結性金属元素イオンと、シュウ酸イオン又は水酸化物イオンとが反応し、難溶性の金属シュウ酸塩又は金属水酸化物からなる析出粒子が析出する。
第1原料液と第1反応液との混合は、錯化剤共存下で行う必要がある。錯化剤共存下で第1原料液と第1反応液との混合を行わないと、粒径が制御された粉末が得られない。第1原料液、第1反応液、及び、錯化剤の混合は、第1原料液と錯化剤とを均一に混合後、第1反応液と直接混合することにより行っても良く、あるいは、錯化剤を水に溶解させた錯化剤水溶液中に両者を少量ずつ攪拌しながら添加することにより行っても良い。 特に、後者の方法は、粒径が制御された粉末を得る方法として好適である。いずれの混合方法を用いる場合であっても、第1反応液は、シュウ酸又はアルカリ金属水酸化物が、第1原料液中に含まれる金属イオンの等量(モル)以上となるように添加するのが好ましい。
【0038】
第1反応液としてシュウ酸水溶液を用いる場合、第1反応液中のシュウ酸の濃度が低すぎると、析出粒子を回収する際に廃液が多量に発生するおそれがある。従って、第1反応液に含まれるシュウ酸の濃度は、0.01モル/L以上が好ましい。
一方、シュウ酸の濃度が高すぎると、粒子の析出が急激に進行し、形状及び組成が均一な析出粒子を得るのが困難となるおそれがある。従って、シュウ酸の濃度は、1.0モル/L以下が好ましい。尚、シュウ酸の濃度を1.0モル/Lとする時には、80℃以上の温度において、第1反応液と第1原料液とを反応させるのが好ましい。これは、溶解度の低いシュウ酸を溶解した第1反応液と第1原料液とを反応させるためである。
また、第1反応液としてアルカリ金属水酸化物水溶液を用いる場合、同様の理由から、アルカリ金属水酸化物の濃度は、0.01〜4.0モル/Lが好ましい。
【0039】
錯化剤共存下で第1原料液と第1反応液とを混合する場合において、錯化剤の種類を最適化すると、錯化剤の種類に応じて析出粒子の形状を制御することができる。
錯化剤としては、金属イオンに配位する窒素原子を分子内に有する有機化合物(例えば、アンモニア、1,3−プロパンジアミン、グリオキシム等)を用いることができる。錯化剤の種類は、第1析出工程において析出させようとするコア粒子の形状に応じて最適なものを選択する。例えば、第1析出工程において球状のコア粒子を析出させる場合、錯化剤には、アンモニアを用いるのが好ましい。
【0040】
錯化剤水溶液中に第1原料液及び第1反応液を滴下する場合において、錯化剤水溶液中の錯化剤の濃度が低すぎると十分な量の錯体を形成することができず、析出粒子の形状を制御するのが困難となる。従って、錯化剤の濃度は、0.05モル/L以上が好ましい。
一方、錯化剤水溶液中の錯化剤の濃度が高すぎると、錯体が安定化しすぎて、析出粒子の回収量が低下するおそれがある。従って、錯化剤の濃度は、4.0モル/L以下が好ましい。
【0041】
第1原料液と第1反応液との反応が終了した後、析出粒子をろ過・水洗し、更に粉砕する。第1原料液と第1反応液との反応条件(例えば、濃度、温度、試薬の種類等)を最適化すると、粒径が0.2〜3μmである析出粒子を得ることができる。また、析出粒子の粒径のバラツキが大きい時には、析出粒子を粉砕・分級することにより、粒径が0.2〜3μmの析出粒子を選別することができる。
【0042】
[2.6.3. 第2混合工程]
次に、易焼結性金属元素の塩、及び、必要に応じて難焼結性金属元素の塩を水に溶解させ、第2原料液を作製する(第2混合工程)。易焼結性金属元素の塩及び難焼結性金属元素の塩には、それぞれ、第1混合工程と同様のものを用いることができる。
第2原料液に含まれる難焼結性金属元素のモル数は、第1原料液中のモル数より少なくする。この時のモル比によって、シェル又は板状粒子の組成が決まる。
第2原料液に含まれる易焼結性金属元素の塩の濃度は、第1原料液と同様に、0.01〜4.0モル/Lが好ましい。
【0043】
[2.6.4. 第2析出工程]
次に、第1析出工程で得られた析出粒子と、第2原料液と、シュウ酸又はアルカリ金属水酸化物水溶液からなる第2反応液とを混合する(第2析出工程)。これにより、易焼結性金属元素イオン(及び、必要に応じて添加された難焼結性金属元素イオン)と、シュウ酸イオン又は水酸化物イオンとが反応し、析出粒子(コア22)の表面に難溶性の金属シュウ酸塩又は金属水酸化物からなるシェル24又は板状粒子26が付着している多層析出粒子を得ることができる。
第2原料液と第2反応液との混合は、錯化剤共存下で行う必要がある。錯化剤共存下で第2原料液と第2反応液との混合を行わないと、粒径が制御された粉末が得られない。第2原料液、第2反応液、及び、錯化剤の混合は、第2原料液と錯化剤溶液とを混合後、第2反応液と直接混合することにより行っても良く、あるいは、錯化剤水溶液中に両者を少量ずつ攪拌しながら添加することにより行っても良い。 特に、後者の方法は、粒径が制御された粉末を得る方法として好適である。いずれの混合方法を用いる場合であっても、第2反応液は、シュウ酸又はアルカリ金属水酸化物が、第2原料液中に含まれる金属イオンの等量(モル)以上となるように添加するのが好ましい。
【0044】
第2反応液としてシュウ酸水溶液を用いる場合、第2反応液中のシュウ酸の濃度は、0.01〜1.0モル/Lが好ましい。また、シュウ酸の濃度が1.0モル/Lである第2反応液を用いる場合80℃以上の温度において、第2反応液と第2原料液とを反応させるのが好ましい。
また、第2反応液としてアルカリ金属水酸化物水溶液を用いる場合、第2反応液中のアルカリ金属水酸化物の濃度は、0.01〜4.0モル/Lが好ましい。
【0045】
錯化剤共存下で第2原料液と第2反応液とを混合する場合において、錯化剤の種類を最適化すると、錯化剤の種類に応じて析出粒子の表面に析出する析出物の形状を制御することができる。
錯化剤としては、金属イオンに配位する窒素原子を分子内に有する有機化合物(例えば、アンモニア、1,3−プロパンジアミン、グリオキシム等)を用いることができる。
例えば、第2析出工程において析出粒子(コア22)の表面にシェル24を析出させる場合、錯化剤には、アンモニア等を用いるのが好ましい。
一方、析出粒子(コア22)の表面に、板状粒子26を放射状に析出させる場合、錯化剤には、1,3−プロパンジアミン、グリオキシム等を用いるのが好ましい。
更に、錯化剤水溶液中に第2原料液及び第2反応液を滴下する場合において、錯化剤水溶液中の錯化剤の濃度は、0.05〜4.0モル/Lが好ましい。
【0046】
第2原料液と第2反応液との反応が終了した後、多層析出粒子をろ過・水洗し、更に粉砕する。第2原料液と第2反応液との反応条件(例えば、濃度、温度、試薬の種類等)を最適化すると、粒径が0.2〜3μmである多層析出粒子を得ることができる。また、多層析出粒子の粒径のバラツキが大きい時には、多層析出粒子を粉砕・分級することにより、粒径が0.2〜3μmの多層析出粒子を選別することができる。
尚、第2混合工程及び第2析出工程を複数回繰り返しても良い。この時、第2原料液に含まれる難焼結性金属元素の濃度を段階的に少なくすると、中心から表面に向かって難焼結性金属元素の濃度が段階的又は連続的に減少している多層析出粒子を得ることができる。
【0047】
[2.6.5. 還元工程]
次に、第2析出工程で得られた多層析出粒子を還元雰囲気下で加熱する(還元工程)。これにより、多層析出粒子を構成する金属シュウ酸塩、金属水酸化物又は金属酸化物の少なくとも一部が金属に還元され、構成元素の少なくとも一部が金属状態である多層粉末20を得ることができる。
還元ガスには、水素、一酸化炭素等を用いる。
加熱温度が低すぎると、還元ガスによる還元が不十分となる。還元が不十分な多層粉末20を用いると、成形時に多層粉末20が金型に付着しやすくなる。そのため、平滑な微細孔層12bを得るのが困難になり、あるいは、成形時に金型に離型剤を塗布する必要が生ずる場合がある。従って、加熱温度は、300℃以上が好ましい。
一方、加熱温度が高すぎると、還元時に粒子間の結合が起こりやすくなる。その結果、多層粉末20の充填性が低下し、均質な成形体を得るのが困難になるおそれがある。従って、加熱温度は、600℃以下が好ましい。
【0048】
尚、多層析出粒子を還元することなく、そのまま成形し、還元雰囲気下で加熱しても良い。非金属状態にある多層析出粒子の成形体を還元雰囲気下で加熱すると、多層析出粒子の還元と同時に、還元により生成した金属状態の多層粉末20を焼結させることができる。
また、多層粉末20の製造方法は、上述した液相合成法に限られるものではない。
多層粉末20を得る他の方法としては、例えば、
(1) コア粒子を製造した後、スピンコートや旋回流を利用してコア粒子の表面にシェル又は板状粒子を付着させる方法、
(2) コア粒子と、これより細かい粉末(粒径比<1/5)を回転体の中で混合する方法、
(3) コア粒子の表面に、CVD、スパッタ等の物理的成膜法を用いてシェル又は板状粒子を付着させる方法、
(4) 共沈法やゾルゲル法を用いて、コア粒子の表面にシェル又は板状粒子を付着させる方法、等がある。
【0049】
[3. 金属多孔質基材12の作製]
図1(a)に示す単一層からなる金属多孔質基材12は、市販のNi粉末(原料粉末)を成形し、焼結させることにより製造することができる。一般に、原料粉末の粒径が大きくなるほど、金属多孔質基材12に形成される開気孔の孔径を大きくすることができる。
焼結時の雰囲気は、真空中又は還元雰囲気が好ましい。焼結温度及び焼結時間は、金属多孔質基材12の組成、要求される開気孔径及び気孔率に応じて最適なものを選択する。一般に、焼結温度が高くなる程、及び/又は、焼結時間が長くなる程、開気孔が収縮又は消滅しやすくなる。焼結は、常圧で行っても良く、あるいは、ホットプレス、HIP等を用いて加圧下で行っても良い。
【0050】
図1(b)に示す多層構造からなる金属多孔質基材12は、市販のNi粉末(原料粉末)を成形し、焼結させることにより粗大孔層12aを形成した後、粗大孔層12aの表面に所定の組成及び粒径を有する多層粉末20(原料粉末)からなる粉末層を形成し、焼結させて微細孔層12bを形成することにより製造することができる。
粉末層の形成方法は、特に限定されるものではなく、ドクターブレード法等によって粗大孔層12a上に多層粉末20からなる粉末層を均一に形成後、金型プレスを行う方法等が挙げられる。
焼結条件は、粗大孔層12aを製造する場合と同様であり、粗大孔層12a及び微細孔層12bの組成、要求される開気孔径及び気孔率に応じて、最適な条件を選択すればよい。
【0051】
[4. 中間層14の作製]
金属多孔質基材12の上に中間層14を形成する方法として、スパッタ、レーザーアブレーション、イオンプレーティング等のPVD、CVD等がある。これらの方法により、金属多孔質基材12の上に直接、アルミナ、シリカ、及び、ジルコニアからなる群から選ばれる少なくとも1種を蒸着させることにより、中間層14を形成することができる。
あるいは、適当な基板表面に形成した金属酸化物層を金属多孔質基材12の表面に転写し、熱処理することにより、中間層14を形成しても良い。
【0052】
[5. 水素選択透過膜16の作製]
中間層14の上に水素選択透過膜16を形成する方法として、スパッタ、レーザーアブレーション、イオンプレーティング等のPVD、CVD、無電解メッキ等の方法がある。これらの方法により、中間層14の上に直接、Pd又はPd合金を蒸着させることにより、水素選択透過膜16を形成することができる。
あるいは、適当な基板表面に形成した水素選択透過膜16を中間層14表面に転写し、熱処理しても良い。
以上の手順により、水素分離膜10を製造することができる。
【0053】
(作用)
次に、本発明の一実施形態に係る水素分離膜10の作用について説明する。
水素分離膜10に金属多孔質基材12側から改質ガスを流すと、改質ガスは、金属多孔質基材12及び中間層14を通り、水素選択透過膜16のところで水素が選択的に透過し、分離される。このとき、中間層14は、金属酸化物からなり厚さが50nm以上であるため、水素分離膜は、600℃以上の高温域を含む温度域において金属多孔質基材12の構成元素と水素選択透過膜16の構成元素との相互拡散が抑制される。そのため、水素分離膜は、その相互拡散に起因する水素分離能の低下が抑制され、高い水素分離能を発揮する。また、水素分離膜は、中間層14の厚さが500nm以下であるため、その水素透過能が著しく低下することはない。更に、水素分離膜は、中間層14が500nm以下であるため、中間層14が金属多孔質基材12や水素選択透過膜16と異種材料であっても熱膨張率の差が緩和され、良好な密着性を発揮する。
【実施例】
【0054】
(実施例1〜5、比較例1〜7)
[1. 試料の作製]
[1.1. 微細孔層用の多層粉末の作製]
まず、水に1.98モル/L相当のNiSO4と、0.02モル/L相当のZnSO4とを溶解させたNiSO4/ZnSO4水溶液(第1原料液)と、濃度4モル/LのNaOH水溶液(第1反応液)とを作製した。
次に、濃度2.0モル/LのNH3水溶液(錯化剤水溶液)100mLを500mLのトールビーカーに入れ、ウォーターバスにて40℃に保持した。次いで、1000rpmで回転する攪拌棒でNH3水溶液を攪拌しつつ、これに第1原料液及び第1反応液を、それぞれ、毎分0.7mLずつ15分間供給した。その結果、水酸化ニッケルを主成分とする析出粒子が析出した。この析出粒子は、水酸化ニッケルの他にもZnを含有する。Znは、水酸化ニッケルのニッケルサイトにある一部のNiと置換されていると考えられる。得られた析出粒子をろ過により回収し、析出粒子を水洗して乾燥させた。
【0055】
次に、濃度1.0モル/LのNiSO4水溶液(第2原料液)、及び、濃度2.0モル/LのNaOH水溶液(第2反応液)を作製した。析出粒子、及び、濃度1.0モル/Lの1,3−プロパンジアミン水溶液(錯化剤水溶液)100mLを500mLのトールビーカーに入れ、温度0℃に保持した。次いで、2000rpmで回転する攪拌棒によって、1,3−プロパンジアミン水溶液を攪拌しつつ、これに第2原料液及び第2反応液とを、それぞれ、毎分0.7mLずつ30分間供給した。これにより、析出粒子の表面に、水酸化ニッケルからなる板状粒子が放射状に付着している多層析出粒子を得た。得られた多層析出粒子をろ過により回収し、多層析出粒子を水洗して乾燥させた。多層析出粒子は、中心部(析出粒子)の直径が約0.2μm、表面部(板状粒子)の粒径が約0.3μmであった。
得られた多層析出粒子を、水素ガス中において450℃×1hrの加熱処理を行った。これにより、水酸化ニッケルがNiに還元され、Ni多層粉末が得られた。Ni多層粉末の粒径は、0.2μmであった。
【0056】
[1.2. 粗大孔層の作製]
粒径1μmの市販Ni粉末を金型に充填し、0.3t/cm2(30MPa)でプレス成形した。成形体を、H/N混合ガス中において、500℃×1hで仮焼した。その後、成形体に更にプレス圧(200MPa)を加えた後、再度、H/N混合ガス中において、500℃×2hの熱処理を行い、粗大孔層を得た。得られた粗大孔層の厚さは250μm、開気孔径は5μm以下であった。
【0057】
[1.3. 微細孔層の作製]
粗大孔層の表面に、上記[1.1]で得られた粒径0.2μmのNi多層粉末を厚さ50μm程度に塗布し、プレス成形(30MPa)した。成形後、H/N混合ガス中において、400℃×1h程度の仮焼を行った。その後、成形体に更にプレス圧(200MPa)を加えた後、再度、H/N混合ガス中において、500℃×1hの熱処理を行い、Ni金属多孔質基材を得た。微細孔層の厚さは15μm、開気孔径は0.05μm以下、気孔率は20%であった。
【0058】
[1.4. 中間層及び水素選択透過膜の作製]
上記[1.3.]で得られた各Ni金属多孔質基材の上に、Alをマグネトロンスパッタ装置を用いて、100nm、300nm、500nm成膜することにより中間層を形成した。次に、形成された中間層の上に、Pdをマグネトロンスパッタ装置を用いて、7μm成膜することにより水素選択透過膜を形成し、水素分離膜を得た。
得られた水素分離膜は、Alを100nm成膜したものを実施例1、300nm成膜したものを実施例2、500nm成膜したものを実施例3、1μm成膜したものを比較例1とした。更に、実施例1の水素分離膜を窒素雰囲気中700℃で熱処理したものを実施例1’とした。
図3は、実施例1の水素分離膜の中間層の構造写真である。同図に示したように、中間層は複数の柱状体からなり、柱状体の直径は50nm〜1μmであり、隣接する柱状体の隙間は1〜100nmであった。
【0059】
実施例4の水素分離膜は、100μm厚のNi板に、Alをマグネトロンスパッタ装置を用いて、100nm成膜した後、Pdをマグネトロンスパッタ装置を用いて、0.3μm成膜し、これを、還元雰囲気中、500℃〜700℃で熱処理することにより得た。
実施例5の水素分離膜は、Pd膜の厚さを0.3μmとした以外は、実施例1の水素分離膜と同じ手順で作製し、更に、窒素雰囲気中700℃で熱処理することにより得た。
比較例2及び比較例3の水素分離膜は、中間層としてAl層を設けなかった以外は実施例1と同じ手順で作製した水素分離膜に、窒素雰囲気中、500℃〜600℃(比較例2)、700℃(比較例3)で熱処理することにより得た。
比較例4〜6の水素分離膜は、100μm厚のNi板の上に、Pdをマグネトロンスパッタ装置を用いて、0.3μm成膜し、これを、還元雰囲気中、500℃(比較例4)、600℃(比較例5)、700℃(比較例6)で熱処理することにより得た。
比較例7の水素分離膜は、中間層の厚さを50nm、Pd膜の厚さを0.3μmとした以外は、実施例1の水素分離膜と同じ手順で作製し、更に、窒素雰囲気中700℃で熱処理することにより得た。
表1に、実施例1〜5及び比較例1〜7の水素分離膜の各層の膜厚等並びに熱処理の有無及びその温度をまとめて示す。
【0060】
【表1】

【0061】
[2. 評価]
実施例1、実施例1’、実施例2、実施例3の水素分離膜、及び、比較例1〜3の水素分離膜の水素透過能を400℃でガスクロマトグラフにより測定した。
また、実施例4及び比較例4〜6の水素分離膜の界面の元素拡散をオージェ電子分光分析によって観察した。
更に、実施例5及び比較例7の水素分離膜のNi及びPdの水素分離膜の表面からの深さ分布をオージェ電子分光分析により測定した。
これらのデータに基づき評価を行った。
【0062】
[2.1. 中間層の有無と水素透過能]
図4に、実施例1及び1’並びに比較例2及び3の水素透過能の測定データに基づいて作成した中間層の有無と水素流束との関係を示す。同図に示したように、Al中間層を形成した実施例1及び実施例1’の水素分離膜は、水素流束がいずれも6ml/cm2/minを示し、熱処理の有無に拘わらず水素流束が高かった。一方、Al中間層を形成していない比較例2及び比較例3の水素分離膜は、500〜600℃で熱処理を行った比較例2の水素流束が6ml/cm2/minと高かったのに対し、700℃で熱処理を行った比較例3の水素流束が1ml/cm2/minと急激に低下した。このことから、Ni金属多孔質基材の上にAl中間層を形成し、更にその上にPd膜を形成すると700℃という比較的高い温度で熱処理がなされても水素透過能が高いことがわかった。従って、金属酸化物からなる中間層が形成された水素分離膜は、700℃という比較的高い温度下での使用にも耐えうるといえる。一方、Al中間層がない場合には、高い温度で熱処理がなされると水素透過能が悪く、高い温度での使用に向かないといえる。尚、700℃で熱処理を行った比較例3の水素分離膜の水素流束が低かったのは、界面におけるNi金属多孔質基材の構成元素とPd膜の構成元素との相互拡散によるものと考えられる。
【0063】
そこで、相互拡散及びその影響について調べるために、500〜700℃で熱処理を行った実施例4の水素分離膜を用いて、その界面の元素拡散をオージェ電子分光分析により観察したところ、相互拡散は認められなかった。一方、比較例4〜6の水素分離膜を用いて、その界面の元素拡散をオージェ電子分光分析により観察したところ、いずれも界面の元素拡散が認められた。500℃で熱処理した比較例4の水素分離膜は表面のPd濃度が85%、600℃で熱処理した比較例5の水素分離膜は表面のPd濃度が38%、700℃で熱処理した比較例6の水素分離膜は表面のPd濃度が15%に低下していた。特に、700℃で熱処理した比較例6の水素分離膜の場合、Pdが完全にNi金属多孔質基材の内部まで拡散していることが認められた。このことから、界面における元素拡散によって水素透過能が低下することが確認された。
【0064】
[2.2. 中間層の厚さと水素透過能]
中間層の厚さが100nm、300nmである実施例1、実施例2の場合、水素流束は、いずれも、6ml/cm2/minを示し、中間層の厚さが500nmである実施例3の場合、水素流束は3〜4ml/cm2/minを示し、中間層の厚さが1μmである比較例1の場合、水素流束は0.7ml/cm2/minを示した。すなわち、中間層の厚さの増加に伴い水素流束が低下した。このことから、所望の水素流束を得るには、中間層の厚さが500nm以下であることが好ましいことがわかった。
【0065】
図5は、Ni及びPdの水素分離膜の表面からの深さ分布を示すグラフであり、同図(a)が実施例5の水素分離膜(中間層100nm)、同図(b)が比較例7の水素分離膜(中間層50nm)を測定したグラフである(いずれも700℃で熱処理したもの)。同図(a)に示すように、中間層厚さが100nmの場合、Pd強度が、Pd膜表面から300nm付近で急激に下降していることから、PdがNi金属多孔質基材へ拡散していないことがわかる。また、Ni強度が、Pd膜表面から400nm付近で急激に上昇していることから、NiがPd膜へ拡散していないことがわかる。
一方、同図(b)に示すように、中間層厚さが50nmの場合、Pd強度がほぼ一定の割合でPd膜表面から奥に行くほど減少する一方、Ni強度もほぼ一定の割合でPd膜表面から奥に行くほど増加している。このことから、Pd及びNiが相互に中間層を挟んで拡散していることがわかる。
以上より、中間層を形成する場合、元素の相互拡散を抑制するには、中間層の厚さを50nmより厚くすればよいことがわかった。
【0066】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明に係る水素分離膜は、燃料電池用のアノード、改質ガス発生装置の水素分離膜等に使用することができ、自動車産業をはじめ、各種産業において極めて有益である。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の一実施形態に係る水素分離膜の概略構成図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る水素分離膜の原料粉末(微細孔層の原料粉末)である多層粉末の概略構成図である。
【図3】実施例1の水素分離膜の中間層の構造写真である。
【図4】中間層の有無と水素分離膜の水素流束との関係を示すグラフである。
【図5】中間層の厚さと元素拡散との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属多孔質基材と、
前記金属多孔質基材の上に形成された金属酸化物からなる中間層と、
前記中間層の上に形成されたPd又はPd合金からなる水素選択透過膜とを備え、前記中間層は、厚さが50nm超500nm以下であることを特徴とする水素分離膜。
【請求項2】
前記中間層は、複数の柱状体からなり、前記柱状体は、直径が50nm以上1μm以下、かつ、隣接する柱状体との間隔が1nm以上100nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の水素分離膜。
【請求項3】
前記中間層は、アルミナ、シリカ、及び、ジルコニアからなる群から選ばれる少なくとも1種からなることを特徴とする請求項1又は2に記載の水素分離膜。
【請求項4】
前記金属多孔質基材は、Ni、Ni合金、Fe、ステンレス鋼、及び、Coからなる群から選ばれる少なくとも1種からなることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の水素分離膜。
【請求項5】
前記水素選択透過膜は、厚さが20μm以下であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の水素分離膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−237945(P2008−237945A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−77592(P2007−77592)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】