説明

永久磁石同期電動機の制御装置

【課題】永久磁石同期電動機の電気的定数に設定誤差が存在しても最大トルク/電流制御を実現する。
【解決手段】実施形態によれば、比例制御器と積分制御器の出力の和に非干渉化のためのフィードフォワード項を加算するフィードフォワード制御手段と、積分制御器の出力を用いて回転子速度および回転子位置を推定する推定手段と、電動機に流れる電流を最小としながら最大のトルクを得る最大トルク/電流制御の制御式に電動機の電気的定数を適用して補正前D軸電流指令値を出力するD軸電流指令手段と、最大トルク/電流制御を実行する場合に補正前D軸電流指令値の設定ずれを補正可能なように決定された補正角ΔθCompとQ軸電流指令値IqRefを用いて、IdRef′=IdRefcosΔθComp−IqRefsinΔθCompにより補正前D軸電流指令値IdRefを補正してD軸電流指令値IdRef′を出力する電流位相補正手段とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、センサレス制御を行う永久磁石同期電動機の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
永久磁石同期電動機は、無負荷電流がない、二次側銅損がないなどの特性を有しており、広く普及している誘導電動機と比較して高効率である。埋込形永久磁石同期電動機のように突極性を有する電動機の場合には、リラクタンストルクを利用することで、さらに高効率に制御することが可能となる。その一つの手段として、ある限られた電流量によって最大限のトルクを得ることができる最大トルク/電流制御を実現できれば、電動機の銅損を最小化できるばかりでなく、電動機を駆動する電力変換機の損失も低減することが可能となり、電動機駆動装置としてより高効率のシステムを構築できる。
【0003】
図8は、突極性を有する永久磁石同期電動機(PMモータ)に対する最大トルク/電流制御の駆動システムを示している。電圧形PWMインバータ1は、電動機2に対し交流電圧を出力する。座標変換器4は、電流検出器3による検出電流から同期座標軸上のD軸電流idとQ軸電流iqを得る。位相検出器5および速度検出器6は、それぞれレゾルバやPG(Pulse Generator)から構成されるセンサ7の信号に基づいて回転子の磁束位置θおよび回転速度ωを検出する。
【0004】
PI補償器8は、速度偏差に対するPI補償演算を実行してQ軸電流指令IqRefを出力し、D軸電流指令器9は、最大トルク/電流制御に必要な励磁電流成分であるD軸電流指令IdRefを出力する。補償器10、11は、それぞれD軸電流偏差、Q軸電流偏差に対する補償演算を実行してD軸電圧指令VdRef、Q軸電圧指令VqRefを出力する。座標変換器12は、これらD軸電圧指令VdRefとQ軸電圧指令VqRefから静止座標軸上の電圧Vu、Vv、Vwを得る。
【0005】
最大トルク/電流制御に必要なD軸電流idは、一般に(1)式で示すように知られている。
【数1】

【0006】
この(1)式は、永久磁石による電機子巻線鎖交磁束φ(以下、磁束φという)が既知であり、その磁束方向をD軸と定義した場合において、D軸インダクタンスLdとQ軸インダクタンスLqが既知のとき、最小の電流値で最大のトルクを得るために流すべきD軸電流idとQ軸電流iqとの関係を表している。突極性を有する永久磁石同期電動機の場合、各相の巻線のインダクタンスは回転子の位置に応じて変化する。各相の方向とD軸方向とが一致するときに最小のインダクタンスを示し、直交するときに最大のインダクタンスを示す。従って、インダクタンスを実測する際には、巻線に測定用電流を流し、巻線のインダクタンスの最小値、最大値に相当する値としてD軸インダクタンスLd、Q軸インダクタンスLqを求めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4038412号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】武田、他3名、「PMモータの制御法と回転子構造による特性比較」、電気学会論文誌D、平成6年6月、第114巻、第6号、p.662−667
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、運転中の電動機の電気的定数は運転条件によって変化する。例えば、電動機のQ軸インダクタンスLqは、トルク電流であるQ軸電流iqの大きさによって磁気的飽和の影響を受けて変化することが知られている。従って、永久磁石による磁束φ、D軸インダクタンスLdおよびQ軸インダクタンスLqを固定値として(1)式により算出したD軸電流idを用いて制御すると、制御で用いた磁束およびインダクタンスと運転中の電動機の実際の磁束およびインダクタンスとの間に差が生じたときに、最小の電流値で最大トルクを得られないという問題が生じる。
【0010】
永久磁石同期電動機をセンサレスで制御するシステムでも最大トルク/電流制御を行い、リラクタンストルクを利用してさらに高効率に制御することへの期待は大きい。しかし、センサレス制御では磁束位置および回転速度を検出するセンサを有していないため、何らかの方法で磁束位置を推定して制御しなければならない。例えば、誘起電圧を演算で求め、そのD軸成分を0に収束させるように回転速度を推定する方式が知られている。しかし、誘起電圧の推定演算には電動機の電気的定数が用いられるので、それらの設定値と実際値との間に乖離が生じていると、推定された磁束位置および回転速度に誤差が生じる可能性がある。このため、センサレス制御では、最小の電流値で最大トルクを得る最大トルク/電流制御が一層難しくなるという問題がある。
【0011】
そこで、制御で用いる電動機の電気的定数に設定誤差が存在しても、最大トルク/電流制御を実現できる永久磁石同期電動機の制御装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
実施形態の永久磁石同期電動機の制御装置は、電流検出手段、比例制御器および積分制御器、フィードフォワード制御手段、推定手段、D軸電流指令手段および電流位相補正手段を備えている。
【0013】
電流検出手段は、永久磁石同期電動機の磁束軸方向成分であるD軸電流とこれに直交するトルク軸方向成分であるQ軸電流とを検出する。比例制御器および積分制御器は、D軸電流指令値とD軸電流検出値との差およびQ軸電流指令値とQ軸電流検出値との差を入力とする。フィードフォワード制御手段は、比例制御器と積分制御器の出力の和に予め取得された永久磁石同期電動機の電気的定数に基づき非干渉化のためのフィードフォワード項を加算する。推定手段は、積分制御器の出力を用いて回転子速度および回転子位置を推定する。
【0014】
D軸電流指令手段は、永久磁石同期電動機に流れる電流を最小としながら最大のトルクを得る最大トルク/電流制御の制御式に予め取得された永久磁石同期電動機の電気的定数を適用して補正前D軸電流指令値を出力する。電流位相補正手段は、最大トルク/電流制御を実行する場合に、永久磁石同期電動機の電気的定数の誤差と回転子位置の推定誤差とに基づいて生じる補正前D軸電流指令値の設定ずれを補正可能なように決定された補正角ΔθCompとQ軸電流指令値IqRefとを用いて、
IdRef′=IdRefcosΔθComp−IqRefsinΔθComp
の補正式により補正前D軸電流指令値IdRefを補正してD軸電流指令値IdRef′を出力する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】第1の実施形態を示す永久磁石同期電動機のセンサレス制御装置のブロック構成図
【図2】電流指令演算手段のブロック構成図
【図3】補正前後の電流ベクトルを示す図
【図4】Q軸電流指令を補正しない場合の図3相当図
【図5】D−Q軸とM−T軸との関係を示す図
【図6】最小電流で最大トルクとなるときの電流軌跡を示す図
【図7】第2の実施形態を示すブロック構成図
【図8】従来技術を示す永久磁石同期電動機の最大トルク/電流制御のブロック構成図
【発明を実施するための形態】
【0016】
(第1の実施形態)
図1ないし図6を参照しながら第1の実施形態を説明する。図1は、永久磁石同期電動機(以下、電動機という)のセンサレス制御装置のブロック構成図である。主回路と座標変換器は図8に示したものと同一構成なので同一符号を付している。制御上用いる電動機2の推定された磁束軸をD軸とし、これに直交するトルク軸をQ軸とする。制御装置21は、誘起電圧のD軸成分を0に収束させることで磁束位置を推定するとともに最大トルク/電流制御を実行する。最大トルク/電流制御は、電動機2に流れる電流(例えば電流実効値)を最小としながら最大の出力トルクを得る制御である。
【0017】
電圧形PWMインバータ1は、入力した指令電圧Vu、Vv、Vwに基づいて、電動機2に対しPWM波形を持つ交流電圧を出力する電力変換装置である。電流検出器3は、ホール素子などから構成されており、少なくとも2相の電動機電流を検出する。座標変換器4は、推定された磁束位置θestを入力し、検出電流に対し3相−2相変換および回転座標変換を実行して制御装置内で用いる同期座標軸上のD軸電流idとQ軸電流iqを演算する。電流検出器3と座標変換器4は電流検出手段を構成する。座標変換器12は、推定された磁束位置θestを入力し、D軸電圧指令VdRefとQ軸電圧指令VqRefに対し2相−3相変換および回転座標変換を実行して静止座標軸上の指令電圧Vu、Vv、Vwを算出する。
【0018】
減算器22は、速度指令値ωrefから速度推定値ωestを減算して速度偏差Δωを算出する。PI補償器23は、速度偏差Δωに対するPI補償演算を実行してQ軸電流指令IqRefを出力する。電流指令演算手段24は、図2に示すようにD軸電流指令手段25と電流位相補正手段26とから構成されており、後述するように最大トルク/電流制御に必要なD軸電流指令IdRef′とQ軸電流指令IqRef′を出力する。
【0019】
減算器28は、ローパスフィルタ27を通した後のD軸電流指令値IdRef′とD軸電流検出値idとの差(D軸電流偏差Δid)を算出し、減算器30は、ローパスフィルタ29を通した後のQ軸電流指令値IqRef′とQ軸電流検出値iqとの差(Q軸電流偏差Δiq)を算出する。D軸電流制御の比例制御器31は、D軸電流偏差Δidに比例ゲインKp-dを乗算し、D軸電流制御の積分制御器32は、D軸電流偏差Δidに積分ゲインKi-dを乗じて積分演算をする。これらのPI補償演算値は加算器33で加算される。同様に、Q軸電流制御の比例制御器34は、Q軸電流偏差Δiqに比例ゲインKp-qを乗算し、Q軸電流制御の積分制御器35は、Q軸電流偏差Δiqに積分ゲインKi-qを乗じて積分演算をする。これらのPI補償演算値は加算器36で加算される。
【0020】
フィードフォワード制御手段37は、電圧ベクトル演算部38によって電流のフィードフォワード項を演算し、これを加算器39、40を用いて加算器33、36の出力に加算することで非干渉電流制御を行う。フィードフォワード項として加算する電圧ベクトルの算出には、オートチューニングを実行するなどして予め取得した電動機2の電気的定数である巻線抵抗R、D軸インダクタンスLd、Q軸インダクタンスLqおよび推定された一次周波数ωstatが用いられる。このうちQ軸インダクタンスLqは、Q軸電流iqの増加に伴う磁気的飽和による変化量が大きい。このため、電動機を駆動する前におけるオートチューニングは、定格Q軸電流を流した状態で行うのが好ましい。加算器39、40から出力されるD軸電圧指令VdRefとQ軸電圧指令VqRefは座標変換器12に与えられる。
【0021】
この非干渉電流制御は、電動機2の電圧方程式に基づいた電圧ベクトルを電流制御の出力に加算しているので、電流制御の積分制御器32、35には誘起電圧の推定値相当が現れることになる。推定の磁束軸であるD軸が実際の磁束方向と一致している場合には、誘起電圧はQ軸の成分しか現れない。そこで、本センサレス制御は、D軸成分に現れる誘起電圧成分を0とするように収束演算を行うことにより一次周波数ωstatを推定する。
【0022】
すなわち、一次周波数推定手段41は、(2)式および(3)式に示すように、除算器42を用いて積分制御器32の出力vd-integを積分制御器35の出力vq-integで除して得られる磁束位置推定誤差指標Δθcと、Q軸電流制御の加算器36の出力eqとを用いて一次周波数ωstatを推定する。
【0023】
【数2】

【0024】
得られた一次周波数ωstatを速度応答と電流応答との間の周波数帯にカットオフ周波数を有するローパスフィルタ43を通過させて速度推定値ωest(回転子速度)を得る。また、一次周波数ωstatを積分器44で積分演算することにより磁束位置θest(回転子位置)が得られる。これら一次周波数推定手段41とローパスフィルタ43と積分器44により推定手段45が構成されている。
【0025】
図2に示すD軸電流指令手段25は、(1)式で示した最大トルク/電流制御の関係式に、上記オートチューニングを実行するなどして予め取得した電動機2の電気的定数であるD軸インダクタンスLd、Q軸インダクタンスLq、磁束φと、PI補償器23から出力されたQ軸電流指令IqRefとを適用してD軸電流指令IdRef(補正前D軸電流指令値に相当)を算出する。しかし、電気的定数の設定値と実際値との間に誤差があると、(1)式で算出したD軸電流指令IdRefをそのまま用いても最小電流値で最大トルクを得られない。さらに、電気的定数の設定値と実際値との間に誤差があると、推定された磁束位置θestにも誤差が生じるので、後述するように最大トルク/電流制御が一層難しくなる。
【0026】
そこで、電流位相補正手段26は、D軸電流指令IdRefとQ軸電流指令IqRefとからなる電流ベクトルの位相角を補正する。この補正演算の1つとして、補正前のD軸電流指令IdRefとQ軸電流指令IqRefとからなる電流ベクトルIRefを(4)式、(5)式に示すように補正角ΔθCompだけ回転させる方法がある。補正角ΔθCompは、EEPROMなどの不揮発性のメモリ26aに事前に書き込まれている。IdRef′、IqRef′は、それぞれ補正演算後のD軸電流指令、Q軸電流指令である。D軸方向からQ軸方向に回転する向きを電流位相の正方向とした場合、図3は、補正角ΔθCompが正の場合の上記補正方法による補正前後の電流ベクトルIRef、IRef′を示している。
【0027】
【数3】

【0028】
しかし、トルク制御ではなく速度制御システムである場合には、速度制御器であるPI補償器23から出力されたQ軸電流指令IqRefを変化させると、速度制御ループとの間で干渉を起こす恐れがある。このため、本実施形態のように速度制御システムの場合には、図4に示すように電流ベクトルIRefを補正角ΔθCompだけ回転させた後、Q軸電流指令を補正前の値のまま維持する方がよい。これを式で示すと(6)式、(7)式のようになる。D軸電流指令IdRefのみを補正した場合、Q軸電流指令IqRefは速度制御ループの自動調整機能により必要なトルク電流値に調整される。
【0029】
【数4】

【0030】
運転前のオートチューニング等において、ある程度精度の高い電気的定数が得られている場合には、電流位相の補正角ΔθCompは小さくて済む。この場合には、(6)式に替えて(8)式に示す近似式を用いても十分に調整できる。
【0031】
【数5】

【0032】
なお、上述した座標変換処理、速度制御演算処理、電流指令演算処理、電流制御演算処理、フィードフォワード制御処理、一次周波数推定演算処理等は、予め不揮発性メモリに記憶された制御プログラムに従ってマイクロコンピュータにより実行されるようになっている。
【0033】
次に、最大トルク/電流制御における電気的定数の誤差と補正角ΔθCompとの関係を詳しく考察する。はじめに、電圧ベクトル演算部38における電圧ベクトルの演算に用いられる電動機2の電気的定数の設定誤差と推定した磁束位置θとの関係について説明する。負荷量の変化によって電動機2の電流が変化したときに、磁気的飽和によって比較的大きく変化し易いQ軸インダクタンスLqの設定誤差と位置推定誤差Δθとの関係を解析するためである。
【0034】
解析上、実際の電動機2の磁束軸と推定の磁束軸とを区別するため、実際の電動機の磁束軸をM軸と定め、M軸から90度進んだ位相にT軸を定めた場合、電動機2のM−T軸上における電圧方程式は(9)式に示すように与えられる。φは磁束、ωmeは回転子速度(電気角)である。
【0035】
【数6】

【0036】
制御装置21によって推定された磁束軸をD軸と定め、D軸から90度進んだ位相にQ軸を定め、推定磁束軸の誤差Δθが図5に示すように生じている場合、D−Q軸上における電動機2の電圧方程式は(10)式のように表される。
【0037】
【数7】

【0038】
定常的な位置推定誤差を解析するため(10)式の微分項を無視した場合、(11)式のように表せる。
【数8】

【0039】
電流制御により、D軸電流idとQ軸電流iqはそれぞれの指令値と一致するまで、電流制御器の積分項が変化する。従って、制御装置内でのD−Q軸上における電圧指令Vdref、Vqrefは(12)式、(13)式で示す値に収束すると考察される。
【0040】
【数9】

【0041】
磁束位置θの推定誤差Δθが、Q軸インダクタンスLqの設定誤差のみで生じていると仮定すると、(12)式、(13)式で表されるD−Q軸上での電圧指令値Vdref、Vqrefから非干渉制御のフィードフォワード項を減算した値、すなわち(14)式、(15)式で示す値edc、eqcが、D−Q軸上で観測される誘起電圧を表すことになる。ここで、Rset、Ld-set、Lq-setは電気的定数の設定値である。実際の制御装置内では上記減算処理は行われていない。電流制御の積分制御器32、35の出力がD−Q軸上で観測される誘起電圧となる。
【0042】
【数10】

【0043】
この(14)式、(15)式を整理すると(16)式、(17)式になる。位置推定誤差Δθが比較的小さいと仮定すると、(18)式で示す近似式が成立する。この式を整理すると、電動機2の電気的定数の設定誤差による位置推定誤差Δθは(19)式に示す関係式となる。
【0044】
【数11】

【0045】
この式から、分子に存在する巻線抵抗の設定誤差(R−Rset)とQ軸インダクタンスの設定誤差(Lq−Lq-set)が位置推定誤差Δθに影響すると考えられる。一次周波数推定手段41のような誘起電圧に基づいた制御方式は、一般に中高速域の制御としてよく用いられるので、巻線抵抗の設定誤差(R−Rset)の項を無視すると(20)式が得られる。また、D軸インダクタンスLdは負荷量による変化が小さい。そこで、Q軸インダクタンスLqの設定誤差の影響が支配的であると考えると、(20)式は(21)式のように表すことができる。
【0046】
【数12】

【0047】
この(21)式によれば、分母は磁束φの項が支配的なので正となる。分子は、仮にQ軸インダクタンスの設定値が十分な電流をQ軸に流さずに測定された値であったとすると、飽和によるQ軸インダクタンスLqの減少によりLq<Lq-setとなる。このとき、位置推定誤差Δθ(=θest−θ)は負となるため、推定の磁束軸D−Q軸は実際の磁束軸M−T軸よりもΔθだけ遅れた関係となる。
【0048】
続いて、電動機2の電気的定数の設定に誤差が生じているときに、(1)式に基づく最大トルク/電流制御に及ぼす影響を考察する。図6は、最小電流で最大トルクとなるときの電流軌跡を示している。実線Aは、位置推定誤差Δθがなく制御装置内で用いる推定のD−Q軸と電動機2の実際のM−T軸が一致している場合において、(1)式から得られるD軸電流idの軌跡を示している。D軸電流idは、Q軸電流iqが大きくなるほど負の向きに大きくなる。
【0049】
破線Bは、位置推定誤差Δθがなく制御装置内で用いる推定のD−Q軸と電動機2の実際のM−T軸が一致している場合において、Q軸インダクタンスLqの飽和が進み、その実際値が設定値よりも小さくなった場合の最大トルクを得るD軸電流idの軌跡を示している。すなわち、Q軸インダクタンスLqの実際値が飽和により小さくなると、最大トルクを得られるD軸電流idは、Q軸電流iqの増加に伴う負の向きへの変化量が小さくて済むようになる。
【0050】
説明のため、(22)式によりaという値を定義する。ここで、φは永久磁石の磁束なので、実際には微小ながら温度変化するがここでは固定値として考える。
【数13】

【0051】
Q軸電流iqの増加に伴い飽和が進行すると、Q軸インダクタンスLqの実際値は小さくなるので、aの分母が小さくなりaの値は大きくなる。ただし、Lq>Ldの関係は維持されておりa>0である。このaを用いると、(1)式は(23)式のように表せる。
【数14】

【0052】
ここで、Q軸電流iqが増加したときに、最大トルクを得るためにD軸電流idをどれほど負の方向に増加させればよいかを示す指標として、(24)式に示す微分係数を算出する。これによれば、飽和によりaの値が大きくなると、Q軸電流iqの増加に対するD軸電流idの負方向への変化量は小さくてよいことが分かる。これが上述した破線Bの特性である。
【数15】

【0053】
すなわち、飽和によりLq<Lq-setになっても最大トルク/電流制御を実現するには、(1)式により求めたD軸電流指令IdRefを用いた電流ベクトルIRefをD−Q軸上で負の位相方向に回転させること、すなわち最大トルクを得るための基準軸である最大トルク軸を負の方向に回転させることが必要になる(補正角ΔθCompは負)。
【0054】
一方、Q軸インダクタンスLqの設定誤差による位置推定誤差Δθを表す(21)式によれば、負の位置推定誤差Δθが生じると、図6のD′−Q′軸とM−T軸とで示すように推定のD′−Q′軸が実際のM−T軸に対しΔθだけ遅れた関係となる。従って、負の位置推定誤差Δθを持つD′−Q′軸上の制御では、上述した最大トルク軸の負方向への回転処理を行わない場合でも、(1)式に従って制御される電流軌跡は破線Cに示すように最大トルクが得られる破線Bの軌跡に近づく方向に推移する。しかしながら、飽和の度合い、さらには、飽和によるQ軸インダクタンスLqの設定誤差から生じる位置推定誤差Δθは、駆動する電動機2の特性により変化することから、実際には最大トルク/電流制御を実現させることは難しい。
【0055】
この問題を解決するために、本実施形態の制御装置21は、上述したように電動機2の電気的定数の設定誤差と位置推定誤差Δθとに基づいて生じるD軸電流指令IdRefの設定ずれを補正する電流位相補正手段26を備えている。また、パラメータとして補正角ΔθCompを有している。例えば図6に示すような関係である場合には、破線Bで示した軌跡と破線Cで示した軌跡との角度差(<0)、すなわち実線Aと破線Bとの角度差(<0)から位置推定誤差Δθ(<0)を減算して得られる角度(<0)を補正角ΔθCompに設定すればよい。
【0056】
電流位相補正手段26は、(4)式、(5)式に示すように補正前のD軸電流指令IdRefとQ軸電流指令IqRefとからなる電流ベクトルIRefを補正角ΔθCompだけ回転させてD軸電流指令IdRef′、Q軸電流指令IqRef′を得る。この補正後の電流指令を用いて電流制御を行うので、突極性がある電動機2について電気的定数の設定に誤差がある場合でも最大トルク/電流制御を実現できる。
【0057】
この場合、センサレス制御で生じた軸ずれ角Δθも含めて補正角ΔθCompを設定する(補正角ΔθCompからΔθを減算する)ことにより、センサレス制御を採用しても最大トルク/電流制御を実現できる。これにより、電動機2の銅損を最小化できるばかりでなく、電動機2を駆動する電圧形PWMインバータ1の損失も低減することができ、電動機2の制御装置21としてより高効率のシステムを構築できる。
【0058】
さらに、(6)式、(7)式に示すようにD軸電流指令IdRefのみを補正し、Q軸電流指令IqRefを補正しない方法を採用すると、速度制御系との干渉による振動を防止しながら最大トルク/電流制御を実現して高効率運転を行うことができる。また、(6)式に替えて(8)式に示す近似式を採用すれば、補正演算の処理負担を軽減することができる。
【0059】
(第2の実施形態)
図7は、第2の実施形態を示す部分的なブロック構成図である。第1の実施形態と同様に不揮発性のメモリ26aには、補正角ΔθCompを含む種々のパラメータが記憶されている。補正角設定手段46は、電動機2の稼動運転前に負荷機等で所定の負荷を印加する試験運転を実行し、補正角ΔθCompを決定する。すなわち、試験運転において上述した(4)式と(5)式、(6)式と(7)式、(8)式と(7)式の何れかの補正式に適用する補正角ΔθCompの値を徐々に変化させ、電動機2に流れる電流の実効値が最小となる時の補正角ΔθCompをメモリ26aに書き込む。
【0060】
電流位相補正手段26は、電動機2の稼動運転時において、メモリ26aに保存されている補正角ΔθCompを読み出し、その読み出した補正角ΔθCompを上述した補正式に適用する。本実施形態によれば、稼動運転時の電気的定数に設定誤差があっても、その電気的定数に基づいて予め最小電流で最大トルクが得られるように決定した補正角ΔθCompを用いて電流位相を補正するので、試験運転に近い負荷条件である限り最大トルク/電流制御を確実に実現することができる。
【0061】
(第3の実施形態)
次に、第3の実施形態について説明する。本実施形態の電流位相補正手段26は、オートチューニング等の実施により予めメモリ26aに記憶されている補正角をΔθComp-Adjust、Q軸電流iqのノミナル値例えば定格電流値をIq-nominal、Q軸電流指令値をIqRefとすれば、(25)式により補正角ΔθCompを決定する。この場合、電動機2に定格電流を流した状態でオートチューニングを行い、定格トルク近傍におけるQ軸インダクタンスLqを得て電気的定数として用いることが好ましい。
【0062】
【数16】

【0063】
本実施形態によれば、負荷量に応じて変化するQ軸電流指令IqRefを用いて補正角ΔθCompの大きさに重み付けする。これにより、Q軸電流の増加に伴い飽和が進むとQ軸インダクタンスLqが減少するという特性に合わせて、飽和が小さい軽負荷時は補正角ΔθCompを小さく、飽和が大きくなる重負荷時は補正角ΔθCompを大きくするという調整を自動的に行うことができる。その結果、電動機2の電気的定数に設定誤差があっても、軽負荷時から重負荷時までの広い領域で精度よく最大トルク/電流制御を実現できる。
【0064】
(その他の実施形態)
以上説明した複数の実施形態に加えて以下のような構成を採用してもよい。
第2の実施形態と第3の実施形態とを組み合わせて実施してもよい。
推定手段は、積分制御器32、35の少なくとも一方の出力を用いて速度推定値ωestおよび磁束位置θestを推定する構成であれば一次周波数推定手段41に限られない。
電動機2の電気的定数を得るためのオートチューニングは、実際の稼働負荷を与えた状態で実行してもよい。
【0065】
以上説明した実施形態によれば、電動機の電気的定数に設定誤差が存在しても、センサレス制御により最大トルク/電流制御を実現できる。
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0066】
図面中、2は永久磁石同期電動機、3は電流検出器(電流検出手段)、4は座標変換器(電流検出手段)、25はD軸電流指令手段、26は電流位相補正手段、26aはメモリ(不揮発性メモリ)、31、34は比例制御器、32、35は積分制御器、37はフィードフォワード制御手段、41は一次周波数推定手段(推定手段)、46は補正角設定手段である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
永久磁石同期電動機の磁束軸方向成分であるD軸電流とこれに直交するトルク軸方向成分であるQ軸電流とを検出する電流検出手段と、
D軸電流指令値とD軸電流検出値との差およびQ軸電流指令値とQ軸電流検出値との差を入力とする比例制御器および積分制御器と、
前記比例制御器と積分制御器の出力の和に予め取得された前記永久磁石同期電動機の電気的定数に基づき非干渉化のためのフィードフォワード項を加算するフィードフォワード制御手段と、
前記積分制御器の出力を用いて回転子速度および回転子位置を推定する推定手段と、
前記永久磁石同期電動機に流れる電流を最小としながら最大のトルクを得る最大トルク/電流制御の制御式に予め取得された前記永久磁石同期電動機の電気的定数を適用して補正前D軸電流指令値を出力するD軸電流指令手段と、
前記最大トルク/電流制御を実行する場合に、前記永久磁石同期電動機の電気的定数の誤差と前記回転子位置の推定誤差とに基づいて生じる前記補正前D軸電流指令値の設定ずれを補正可能なように決定された補正角ΔθCompと前記Q軸電流指令値IqRefとを用いて、
IdRef′=IdRefcosΔθComp−IqRefsinΔθComp
の補正式により前記補正前D軸電流指令値IdRefを補正して前記D軸電流指令値IdRef′を出力する電流位相補正手段とを備えていることを特徴とする永久磁石同期電動機の制御装置。
【請求項2】
前記電流位相補正手段は、補正角ΔθCompの値が小さい場合の近似として、
IdRef′=IdRef−IqRefΔθComp
の補正式により前記補正前D軸電流指令値IdRefを補正して前記D軸電流指令値IdRef′を出力することを特徴とする請求項1記載の永久磁石同期電動機の制御装置。
【請求項3】
前記電流位相補正手段は、予め設定された補正角をΔθComp-Adjustとし、Q軸電流のノミナル値をIq-nominalとし、前記Q軸電流指令値をIqRefとした場合、
ΔθComp=ΔθComp-Adjust×|IqRef|/Iq-nominal
により前記補正角ΔθCompを決定することを特徴とする請求項1または2記載の永久磁石同期電動機の制御装置。
【請求項4】
不揮発性メモリと、
前記永久磁石同期電動機の稼動運転前に所定の負荷を印加する試験運転を実行し、前記補正手段の補正式に適用する補正角ΔθCompの値を徐々に変化させ、前記永久磁石同期電動機に流れる電流が最小となる時の補正角を前記不揮発性メモリに保存する補正角設定手段とを備え、
前記電流位相補正手段は、稼動運転時において、前記不揮発性メモリに保存されている補正角を読み出し、その読み出した補正角に基づいて決定した補正角ΔθCompを前記補正式に適用することを特徴とする請求項1ないし3の何れかに記載の永久磁石同期電動機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−78214(P2013−78214A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−216914(P2011−216914)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(302038844)東芝シュネデール・インバータ株式会社 (78)
【Fターム(参考)】