説明

油脂の精製方法

【課題】 本発明の目的は上記の課題を解決させるため、酸化安定性を高め、魚油など10重量%以上の高度不飽和脂肪酸を含有する油脂の戻り臭を長期にわたり抑制でき、油脂の風味を損なうことなく酸化安定化することである。
【解決手段】 高度不飽和脂肪酸を10重量%以上含有する油脂の精製において、高度不飽和脂肪酸を10重量%以上含有する油脂を脱酸処理後、フィチン酸と接触させ、その後活性炭及び/又は白土により脱色することを特徴とする油脂の精製方法を実施する事。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は油脂の精製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年脂質栄養学の研究が進み、EPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸(高度不飽和脂肪酸)の摂取が動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、痴呆症などの生活習慣病の予防に有効であることが数多くの報告から明らかとなっている。前記のように高度不飽和脂肪酸は健康維持に必要である一方で、多くの二重結合を含んでいるため酸化が非常に速く、保存中に過酸化脂質が形成され易い欠点がある。しかし、生体内では逆に、高度不飽和脂肪酸が多く存在すると酸化防止に関連する酵素活性が高まると言われている。
【0003】
過酸化脂質とはヒドロぺルオキシ基(−OOH)を有する脂質であり、熱・光・遷移金属の作用で容易に脂質のフリーラジカルとなり、そのフリーラジカルは新たな過酸化脂質とフリーラジカルを形成する。この様に過酸化脂質は自触媒的にラジカル連鎖反応を引き起こし、その結果、油脂中の過酸化脂質は急激に増大することになる。過酸化脂質の含量は過酸化物価(POV)として評価される。そして過酸化脂質のフリーラジカルは、活性酸素と同様に遺伝子の損傷や細胞の老化など、生体への悪影響を及ぼすため、過酸化脂質の発生を抑制する酸化防止は、特に精製魚油などの高度不飽和脂肪酸含有油脂を取り扱う上で重要な課題である。このような油脂の酸化には鉄分や銅などの金属類が強く関与しており、これらの物質を有効に除去することにより油脂の酸化を抑制することができる。
【0004】
これまで、通常食用油脂の精製は魚油・動物油・植物油に関わらず、脱ガム・脱酸・脱色・脱臭の順に行われている。脱ガムとは、油脂に溶存するリン脂質などのガム質をリン酸などの酸処理により水和し、沈殿したガム質を遠心分離機で除去する工程である。油脂にガム質が存在すると加熱による着色など品質劣化の原因となる。脱酸とは、油脂に含まれる遊離脂肪酸を苛性ソーダなどのアルカリで中和して、生じたセッケンを遠心分離などで除去する工程である。遊離脂肪酸は油脂の劣化である加水分解によって生じ、酸価(AV)として遊離脂肪酸の残存量が示される。脱色とは、脱ガムや脱酸で除去されなかった色素成分や他の微量成分を、活性白土等で吸着除去する工程である。脱臭とは、油脂を高真空下で200℃以上に加熱して水蒸気を吹き込むことにより臭気の原因となる揮発性成分を蒸留除去する工程である。この工程は、水蒸気蒸留とも呼ばれ、食用油脂の精製の最終工程である。
【0005】
魚油の精製方法として、例えば、シリカゲルによる精製方法(特許文献1)、極性の多孔性樹脂による精製方法(特許文献2、特許文献3)、高吸水性樹脂による精製方法(特許文献4)、ケイソウ土による精製方法(特許文献5)などの吸着剤を用いる方法などが考案されている。しかしながら、魚油の精製に有効な上記吸着剤はいずれも高価な素材であり、再生利用も可能であるものの生産上の負荷が大きく、精製魚油の製造が高コストとなる要因であった。
【0006】
また脱酸後にリン酸処理を行う油脂の精製方法(特許文献6)が考案されている。しかしこの方法は過酸化物の分解には優れているが、リン酸による金属類の除去は完全ではないため、油脂の酸化を十分に抑制することはできなかった。
【0007】
また油脂の抗酸化にフィチン酸を利用する方法として、フィチン酸を乳化剤と共に油脂に懸濁させる方法(特許文献7)が考案されているが、この方法では最終的な精製油脂中にフィチン酸や乳化剤が残存するため、油脂の風味が悪化する場合があり、また乳化剤を使用するため油脂の物性にも影響を及ぼす可能性がある。
【特許文献1】特開昭62−181398号公報
【特許文献2】特開平5−331487号公報
【特許文献3】特開平8−302382号公報
【特許文献4】特開平8−311481号公報
【特許文献5】特開平9−137182号公報
【特許文献6】特開2003−313578号公報
【特許文献7】特開昭54−60303号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、魚油などの高度不飽和脂肪酸を含有する食用油脂の精製において、酸化安定性があり、戻り臭が少なく、風味の良好な高度不飽和脂肪酸含有油脂を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、脱酸後にフィチン酸と接触させ金属類を除去し、白土、または活性炭により金属と共にフィチン酸を除去し脱臭を行うことにより、戻り臭が無く、かつ酸味臭を呈することのない油脂の精製が行えることを見出した。
【0010】
即ち本発明の第一は、高度不飽和脂肪酸を10重量%以上含有する油脂を脱酸処理後、フィチン酸と接触させ、その後活性炭及び/又は白土により脱色することを特徴とする油脂の精製方法に関する。好ましい実施態様は、フィチン酸をリン酸と共に油脂に接触させることを特徴とする請求項1記載の油脂の精製方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の精製方法により、油脂中の金属類を効率的に除去することができ、脱臭後の油脂の酸化劣化を防ぐことができる。これらの方法により長期にわたり風味良好な高度不飽和脂肪酸含有油脂を得ることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明に用いることが出来る油脂は、食用であればその種類に特に限定はなく、魚油、動物油脂、植物油脂等あらゆる油脂が挙げられ、それらよりなる群から選ばれる少なくとも1種用いることができ、油脂全体中の高度不飽和脂肪酸含量が10重量%以上であれば充分な効果が得られる。また油脂中の金属類の含有量が多いほど効果が強く発揮される。さらに高度不飽和脂肪酸の含有量が20重量%以上であると、さらに大きな効果が得られるので好ましく、25重量%以上であると、特に大きな効果が得られるのでより好ましい。
【0013】
また、α−リノレン酸、EPA、DHAなど、油脂の脂肪酸残基に二重結合が3個以上存在する高度不飽和脂肪酸を含有する油脂の精製において、本発明の酸化安定(耐酸化性)効果が特に大きく発揮される。中でもEPA、DHAを含有する酸化劣化しやすい魚油の精製に最も適している。魚油としては、イワシ油、マグロ油、サンマ油、サバ油、アジ油、スケソウダラ油などの魚類由来の油脂が例示される。
【0014】
本発明の油脂の精製フローは、脱ガム、脱酸、フィチン酸による処理、活性炭及び/又は白土による脱色、脱臭、の順で行うことが望ましい。以下に、その理由を含めて精製フローを説明する。
【0015】
<脱ガム工程>
従来法に従いリン酸等の酸によりリン脂質等のガム質を沈殿させ、遠心分離によりガム質を除去する。ガム質の少ない魚油等ではこの工程は必要でない場合がある。
【0016】
<脱酸工程>
原料油脂に対し従来法に従って苛性ソーダ等のアルカリによる脱酸工程を行い、油脂に含まれた遊離脂肪酸を除去する。
【0017】
<フィチン酸処理工程>
アルカリ脱酸された油脂は、真空下で攪拌しながら好ましくは40℃以上、且つ100℃以下、より好ましくは80℃以上、且つ120℃以下に加熱する。所定の温度に到達後、所定量のフィチン酸、またはその水溶液を加え、30分間攪拌する。到達温度が40℃より低いとフィチン酸との反応が十分に起こらず、120℃より高いと高度不飽和脂肪酸が劣化する可能性が高くなる。
【0018】
フィチン酸は、油脂100重量部に対して好ましくは0.1重量部以上、且つ5重量部以下、更に好ましくは0.3重量部以上、且つ3重量部以下を添加して、真空下あるいは不活性ガス存在下で攪拌する。フィチン酸の添加量が0.1重量部よりも少ないと反応が十分に起こらない場合がある。また、フィチン酸を5重量部より多い過剰量添加しても構わないが、次の活性炭又は白土による脱色工程の障害となる場合があり、さらに余分なコストもかかる。本発明において使用するフィチン酸は特に限定しないが市販の50%程度の濃度のものでよい。フィチン酸を添加する際、過酸化物を分解する効果を持つリン酸と共に添加するのが好ましい。リン酸の添加量は、油脂100重量部に対して0.1重量部以上、且つ5重量部以下が好ましい。リン酸を5重量部より多い過剰量添加しても構わないが、次の活性炭又は白土による脱色工程の障害となる場合があり、さらに余分なコストもかかる。
【0019】
脱酸工程後の原料油脂に対してフィチン酸を接触させることで、フィチン酸が油脂中の金属類に多座配位し、白土または活性炭により吸着されやすい状態になると推測される。
【0020】
<活性炭または白土による処理(脱色)工程>
上記フィチン酸処理の終了後、所定の活性炭及び/又は白土を所定量添加してから真空下で20分から60分間の攪拌を行う。その後は通常の脱色工程と同様に濾過や圧搾により活性炭または白土を除去する。魚油等のように、二重結合が3個以上の高度不飽和脂肪酸を含有する油脂の場合は、酸化を少しでも防ぐために40℃以下に冷却してから濾過することが好ましい。
【0021】
活性炭処理に用いる活性炭もしくは白土の種類は特に限定は無く、添加量はリン酸添加前の油脂100重量部に対して0.1重量部以上、且つ10重量部以下、好ましくは0.5重量部以上、且つ5重量部以下である。活性炭及び/又は白土の添加量が0.1重量部未満では充分に油脂の脱色ができない場合がある。活性炭及び/又は白土の添加量が5重量部を超えると精製油脂の歩留まりが低下し、また活性炭の容積が非常に大きくなり作業性が悪化する場合があるからである。また活性炭及び/又は白土にシリカゲル、ケイソウ土などの吸着剤を併せて使用しても構わない。
【0022】
<脱臭工程>
その後、公知の方法に従い、10-3MPa以下の減圧下で水蒸気を吹き込みながら、160℃以上、且つ260℃以下の脱臭温度で操作を行うことが好ましい。260℃を越える高温では油脂が分解する場合があるし、コスト的にも不利である。また、魚油等、脂肪酸残基に二重結合が3個以上の高度不飽和脂肪酸を含有する油脂の場合は、180℃以上、且つ240℃以下の脱臭温度で操作を行うことが好ましい。180℃より低温では臭気成分や遊離脂肪酸の除去が不十分となる場合があり、240℃を越える高温では高度不飽和脂肪酸の重合が起こり易くなる場合がある。その他の脱臭条件は特に限定は無い。
【実施例】
【0023】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、実施例において「部」や「%」は重量基準である。
【0024】
<脱臭直後の油脂のPOV測定法>
脱臭工程終了後10分以内に油脂試料10gを200mlの共栓フラスコに精秤し、イソオクタンと酢酸を2:3(v/v)に混合した酸性溶剤50mlを加えて溶解し、次いで飽和ヨウ化カリウム溶液を0.1ml加えて窒素シール下で1分間攪拌する。5分後、30mlの水を加えて激しく攪拌したのちデンプン溶液を指示薬として、0.01Nのチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定した。
【0025】
<30℃で7日間静置後の油脂のPOV測定法>
油脂試料として、脱臭工程終了後10分以内の油脂50gを100mlの摺り栓付き共栓フラスコに精秤し、摺り栓で蓋をしてから30℃に設定した恒温槽で7日間静置した後、上記「脱臭直後の油脂のPOV測定法」と同様の方法にてPOVを測定した。
【0026】
(実施例1)
ドコサヘキサエン酸21.0重量%、エイコサペンタエン酸6.5重量%を含有する高度不飽和脂肪酸含有油脂(マグロ油、POV≒8.3)を通常の方法により脱酸を行い(本実験に使用したマグロ油はガム質が少ないため脱ガム操作は行っていない)、脱酸後の油脂100重量部に対して真空下90℃で1.0重量部のフィチン酸(築野ライスファインケミカルズ(株)製フィチン酸含量約50%)を添加し、30分攪拌した。攪拌は約260rpmで行った。攪拌後、活性炭(二村化学工業(株)社製太閤活性炭S)2重量部と白土(水沢化学(株)製ガレオンアースNFX)2重量部を添加し、30分攪拌した後ろ過を行い、活性炭及び白土を除いた。その後通常の方法に従い脱臭(210℃、1時間)を行った。脱臭直後及び30℃で7日間静置後の精製油脂のPOVを評価し、結果を表1にまとめた。
【0027】
【表1】

【0028】
(実施例2)
ドコサヘキサエン酸21.0重量%、エイコサペンタエン酸6.5重量%を含有する高度不飽和脂肪酸含有油脂(マグロ油、POV≒8.3)を通常の方法により脱酸を行い(本実験に使用したマグロ油はガム質が少ないため脱ガム操作は行っていない)、脱酸後の油脂100重量部に対して真空下90℃で0.6重量部のリン酸(和光純薬(株)製、食品添加用75%)と0.4重量部のフィチン酸(築野ライスファインケミカルズ(株)製フィチン酸含量約50%)の混合液を添加し、30分攪拌した。攪拌は約260rpmで行った。攪拌後、活性炭(二村化学工業(株)社製太閤活性炭S)2重量部と白土(水沢化学(株)製ガレオンアースNFX)2重量部を添加し、30分攪拌した後ろ過を行い、活性炭及び白土を除いた。その後通常の方法に従い脱臭(210℃、1時間)を行った。脱臭直後及び30℃で7日間静置後の精製油脂のPOVを評価し、結果を表1にまとめた。
【0029】
(比較例1)
ドコサヘキサエン酸21.0重量%、エイコサペンタエン酸6.5重量%を含有する高度不飽和脂肪酸含有油脂(マグロ油、POV≒8.3)を通常の方法により脱酸を行い(本実験に使用したマグロ油はガム質が少ないため脱ガム操作は行っていない)、脱酸後の油脂100重量部に対して、真空下90℃で活性炭(二村化学工業(株)社製太閤活性炭S)2重量部と白土(水沢化学(株)製ガレオンアースNFX)2重量部を添加し、30分攪拌した後ろ過を行い、活性炭及び白土を除いた。その後通常の方法に従い脱臭(210℃、1時間)を行った。脱臭直後及び30℃で7日間静置後の精製油脂のPOVを評価し、結果を表1にまとめた。
【0030】
(比較例2)
ドコサヘキサエン酸21.0重量%、エイコサペンタエン酸6.5重量%を含有する高度不飽和脂肪酸含有油脂(マグロ油、POV≒8.3)を通常の方法により脱酸を行い(本実験に使用したマグロ油はガム質が少ないため脱ガム操作は行っていない)、脱酸後の油脂100重量部に対して常圧下50℃で1.0重量部のEDTA2Na溶液(和光純薬工業(株)製EDTA2Na10gを80gの蒸留水に溶かしたもの)を2重量部加え、260rpmで攪拌を行った。攪拌後、真空下活性炭(二村化学工業(株)社製太閤活性炭S)2重量部と白土(水沢化学(株)製ガレオンアースNFX)2重量部を添加し、30分攪拌した後ろ過を行い、活性炭及び白土を除いた。その後通常の方法に従い脱臭(210℃、1時間)を行った。脱臭直後及び30℃で7日間静置後の精製油脂のPOVを評価し、結果を表1にまとめた。
【0031】
(比較例3)
ドコサヘキサエン酸21.0重量%、エイコサペンタエン酸6.5重量%を含有する高度不飽和脂肪酸含有油脂(マグロ油、POV≒8.3)を通常の方法により脱酸を行い(本実験に使用したマグロ油はガム質が少ないため脱ガム操作は行っていない)、脱酸後の油脂100重量部に対して真空下90℃で1.0重量部のリン酸(和光純薬(株)製、食品添加用75%)を添加し、30分攪拌した。攪拌は約260rpmで行った。攪拌後、活性炭(二村化学工業(株)社製太閤活性炭S)2重量部と白土(水沢化学(株)製ガレオンアースNFX)2重量部を添加し、30分攪拌した後ろ過を行い、活性炭及び白土を除いた。その後通常の方法に従い脱臭(210℃、1時間)を行った。脱臭直後及び30℃で7日間静置後の精製油脂のPOVを評価し、結果を表1にまとめた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高度不飽和脂肪酸を10重量%以上含有する油脂を脱酸処理後、フィチン酸と接触させ、その後活性炭及び/又は白土により脱色することを特徴とする油脂の精製方法。
【請求項2】
フィチン酸をリン酸と共に油脂に接触させることを特徴とする請求項1記載の油脂の精製方法。

【公開番号】特開2006−45274(P2006−45274A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−225128(P2004−225128)
【出願日】平成16年8月2日(2004.8.2)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】