説明

波長分波器

【課題】分解能が高い波長分波器を提供する。
【解決手段】入射光13の波長に応じて回折光14の伝播方向が変化する回折格子11を備えた波長分波器において、屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質12を回折格子11と一体に設け、入射光13と回折光14をこの媒質12の中を伝播させるようにする。これにより、高い波長分解能を有する波長分波器を実現することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回折格子を用いた波長分波器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インターネットの爆発的な普及により、光通信の大容量化が求められている。この大容量化の有力な手段が、複数の信号を別々の波長の光に載せ、1本の光ファイバで伝送する波長分割多重伝送(WDM)方式である。この方式においては、異なる波長の光を分波する波長分波器が重要な役割を果たしている。大容量光通信においては、使用される波長分波器も多数個になるので、製造コストが安い、大きさが小さなものが望まれる。また、固体中または原子・分子中のエネルギー準位を発光過程を利用して探る分光技術においても、より微細なエネルギー構造を知るためには、高い波長分解能が必要とされている。
【0003】
波長分波器の従来例として、空間伝播光に対して回折格子を用いる方法、あるいはシリカ等で構成されるアレイ導波路型回折格子を用いる方法(例えば特許文献1)などが広く知られている。図7は、従来の空間伝播光に対して回折格子を用いる波長分波器の動作を説明する図である。なお、アレイ導波路型回折格子についても、回折次数mが異なるだけで、動作の本質的な部分は同じと見なすことができるため、ここでまとめて説明する。周期dで凹凸構造を有する回折格子11の法線に対して、入射光13が角度φで入射する時、角度θの方向へ回折光14が回折されたとすると、これらは次式を満たしている。
【0004】
【数1】

【0005】
式(1)において、nは入射光および回折光が伝播する媒質71中の屈折率を、mは回折の次数(m=±1、±2、…)を、λは入射光の真空中での波長をそれぞれ表している。式(1)において、入射光波長が微少量Δλだけ変化したときの回折角の微小変化量をΔθとすると、
【0006】
【数2】

【0007】
となる。回折光を距離Lだけ離れた場所で観察すると、LΔθの空間的な分離となるので、波長分解能LΔθ/Δλは、Δθ、Δλが微少量であることを考慮して、式(1)と(2)より、
【0008】
【数3】

【0009】
と導出できる。この式(3)から、屈折率nを小さくすればするほど波長分解能が大きくなることが分かる。なお、図7は動作原理を分かりやすくするためにdとLが1桁程度しか大きさが違わないように描いているが、実際には数桁も違う量である。
【特許文献1】特開平2−244105号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、自然界にある物質で屈折率が一番小さくできるのはn=1の空気の場合である。θがゼロに近い場合を考えると、cosθ≒1という近似式が使えるので、波長分解能は
【0011】
【数4】

【0012】
という不等式を満たす。もちろん、回折次数mの絶対値を大きくすることで分解能を上げることは可能であるが、mの絶対値が大きくなるにつれて回折効率が低減していくため、限界がある。なお、前記特許文献1〜5には、何れも後述する本発明の重要な事項である入射光と回折光が、屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質中を伝播することについては、なんらの記載もない。
【0013】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、高い分解能を有する波長分波器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明による波長分波器は、入射光の波長に応じて回折光の伝播方向が変化する回折格子を備えた波長分波器において、入射光、及び回折光に対する屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質を有し、入射光、及び回折光が媒質中を伝播することを特徴とする。
【0015】
屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質は、屈折率が1以上の媒質との境界面を有することを特徴とする。
【0016】
屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質は、入射光及び回折光に対する境界面が、入射光及び回折光の伝播方向に対して垂直になっていることを特徴とする。
【0017】
屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質は、入射光及び前記回折光が伝播する面内において、入射光の回折位置を中心とする同心を有する円又は円弧形状を有することを特徴とする。
【0018】
同心を有する円又は円弧形状は、同心球又は同心円筒の断面形状であることを特徴とする。
【0019】
さらに、前記屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質における境界面上に反射防止膜を備えることを特徴とする。
【0020】
さらに、回折光の伝播方向に対して、垂直な平面に光検出器アレイを備えることを特徴とする。
【0021】
屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質は、異なる誘電率を有する媒質を入射光の真空中の波長よりも十分小さな膜厚で多層に積層した構造であることを特徴とする。
【0022】
反射防止膜は、異なる誘電率を有する媒質を前記入射光の真空中の波長よりも十分小さな膜厚で多層に積層した構造であることを特徴とする。
【0023】
積層した構造は、異符号の誘電率を有する2つ以上の媒質を交互に積層した構造であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明の波長分波器によれば、入射光の波長に応じて回折光の伝播方向が変化する回折格子を備えており、前記入射光と回折光が、屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質中を伝播することによって、屈折率が1以上の媒質中を伝播する従来のものよりも高い分解能を有する波長分波器を提供できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を図面と共に説明する。図1は、本発明による波長分波器の第1の実施の形態を示している。屈折率nが0<n<1を満たす媒質12が回折格子11と一体となった構造であって、入射光13および回折光14が媒質12中を伝播している。回折光14が距離Lだけ伝播した後の波長分解能は前述の式(3)のまま変わらないが、従来例と大きく違う点は、媒質12の屈折率が0<n<1である点である。
【0026】
いま、n=0.1の媒質を用いたとする。式(3)によれば、同じ回折次数mの場合、n=1の空気中と比較して分解能が10倍に向上することが分かる。このように、0<n<1を満たす媒質12が回折格子11と一体となった構造を用いることにより、従来の波長分波器よりも分解能が高いものを提供することができる。
【0027】
次に、屈折率0<n<1を実現する手法について具体的に説明する。図2は、屈折率0<n<1を実現する方法の一例を示しており、誘電率の正負の符号が異なる第1および第2の薄膜21および22が、入射光13の真空中の波長λよりも十分に小さな周期aで交互に積層された構造を有している。第1、第2の薄膜21,22の厚さと誘電率はそれぞれf1a、f2a、およびε1、ε2である。ここでf1とf2は空間的な充填率を示しており、f1+f2=1を満たしている。簡単のため、ε1<0、ε2>0としておく。また、図中の矢印kは光の波数ベクトルの方向、すなわち光の伝搬方向を表している。
【0028】
薄膜21,22の周期aがa≪λという条件の場合、周期構造から見て波長が無限大と見なす近似、つまり媒質に静電界が作用する場合と同じとして扱うことができる。図中のように光が積層方向に対して垂直に伝播する場合、電場の振動方向は積層面に対して平行となる。電場の境界条件から、隣接媒質境界の両側で電界の大きさが等しくなることが要請される。従って、電場の感じる実効的な誘電率ε‖は、誘電率と電極面積がそれぞれε1とf1、ε2とf2を有するコンデンサの並列接続と同じ容量を持つ、同じ電極間隔で電極面積が1(=f1+f2)のコンデンサの誘電率と同値と見なせる。すなわち、
【0029】
【数5】

【0030】
である。従って、実効的な屈折率は
【0031】
【数6】

【0032】
となる。負の誘電率をもつ薄膜21としては、銀や金、アルミニウムといった金属が、正の誘電率をもつ薄膜22としてはシリカや酸化アルミニウム、フッ化マグネシウムなどの誘電体を用いることができる。これら金属と誘電体の多層膜構造は、スパッタ装置などを用いて成膜することが可能である。
【0033】
続いて、具体的な屈折率の値を求める。ε1=−20の金属とε2=2の誘電体から構成される多層膜を想定する。各々の充填率f1=0.09、f2=0.91とすると、式(6)を用いることで、n‖=√0.02=0.14を導出することができる。なお、この0<n<1の計算はほんの一例を示したに過ぎず、様々な誘電率をもつ媒質をもってきたとしても、充填率を適切に設定することにより、所望の屈折率を得ることが可能となる。また、ここでは2種類の媒質の多層膜構造を例にとって説明したが、正および負の誘電率を有する媒質が各々1種類以上あれば、前記多層膜構造を構成する媒質は3種類以上であっても構わない。
【0034】
これまでの議論では、多層膜の積層方向に対して伝播する光に対して0<n<1を示したが、図1を見ると、入射光と回折光は平行ではないため、上記の構造を単純にもってきても機能しない。この問題を解決する手法を示しているのが図3であり、多層膜構造と、回折格子への入射光、回折格子からの回折光の関係性を示している。
【0035】
誘電率の正負の符号が異なる2種類の薄膜21と22が、同心球または同心円筒状に成膜をされている。なお、図3は断面図であるため、両者の区別がついていない。入射光13の光線の中心軸と回折格子11の表面との交点を、同心球または同心円筒の中心と一致する配置にしておけば、入射光13と回折光14の伝播方向が積層平面の法線方向と常に一致しているため、前述した多層膜構造の0<n<1の実効屈折率を利用することができ、ひいては高い分解能をもつ波長分波器が実現される。
【0036】
図4は、本発明による波長分波器の第2の実施の形態を示す。0<n<1の媒質12へ屈折率がn´≧1の通常の媒質中からの入射面、あるいは出射面の角度を、入射光13、回折光14の伝播方向に対してほぼ垂直に設定されている。すなわち、入射光13に対する垂直面41および回折光14に対する垂直面42が設けられている。
【0037】
ほとんどの場合、波長分波をしたい光は、屈折率がn´≧1の媒質中にもともと存在する。この領域にある光を0<n<1の領域に入射させたい場合、入射側の方の屈折が大きいため、ある臨界角以上の角度の光は入射させることができない、という全反射条件となってしまう。仮に全反射条件の外側であっても、反射率は1に近く、透過率が非常に小さくなり、波長分波器のスループットが非常に悪くなる。
【0038】
図4に示す第2の実施の形態のように、垂直面41,42を付加することで、入射角度が大きいことに起因する反射損失を低減することが可能となる。しかし、図4のように垂直面を出したとしても、次式で表されるn´とnの差に対応する反射率は取り除くことはできない。
【0039】
【数7】

【0040】
次に、第3の実施の形態を説明する。上記反射率を限りなくゼロに近づけるために工夫されている構造が、本実施の形態による波長分波器を示す図5である。第2の実施の形態に加え、さらに入射光の透過率を上げるために、反射防止膜51、52を付加している。反射防止膜51は、入射光13の入射面(図4の垂直面41)に設けられ、反射防止膜52は、回折光14の出射面(図4の垂直面42)に設けられている。この反射防止膜51,52の屈折率n″とその膜厚hの設計の仕方について、簡単に述べる。n″とhはn´、n、入射光波長λを用いてそれぞれ
【0041】
【数8】

【0042】
【数9】

【0043】
に設定すればよい。なお、Mは自然数を表している。これにより、反射防止膜51,52のそれぞれ2つの境界面での反射位相がπだけずれ、干渉効果によって反射率をゼロに近づけることが可能となる。式(8)、式(9)はよく知られた数式であるが、ここで注意すべき点がある。n=0.14、n´=1という屈折率を想定したとすると、n″=0.37となり、これもまた0<n″<1を満たしている。よって通常の物質では作ることができないので、上述のように異なる誘電率を有する媒質の薄膜多層構造で実現することになる。
【0044】
ε1=−20の金属とε2=2の誘電体から構成される多層膜を想定する。各々の充填率f1=0.085、f2=0.915とすると、式6を用いることで、n″=0.37を導出することが出来る。このように図2で示される薄膜多層構造は、反射防止膜としても機能することが分かる。
【0045】
図6は、本発明による波長分波器の第4の実施の形態を示している。回折光14の伝播方向に対して、垂直な平面内に光検出器アレイ61が備えられている。WDM方式に基づく光通信技術の場合、波長分波器の後段で分波された光信号を用いて別の信号処理作業が行われることが多い。しかし、波長分波後に直ちに光検出したい場合もあるし、分光技術分野においては、波長分波後は光強度検出を行うだけという場合がほとんどである。このような状況においては、波長分波後は余分な光学損失を生じさせる光路のない方が望ましい。よって、本実施の形態は、この用途に最適である。
【0046】
光検出器アレイ61は、可視光から波長1μm程度の光に対しては受光面がシリコンからなる光検出器アレイが、波長0.8μmから1.6μm程度の波長の光に対しては受光面がインジウムガリウムヒ素からなる光検出器アレイ61を用いることができる。また、隣接する光検出器アレイの間隔は25μm程度まで小さくすることも可能である。
【0047】
上述した実施の形態によれば、入射光と回折光が、屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質中を伝播することにより、高い分解能が実現することができる。また、反射防止膜51,52を形成したことにより、波長分波器の入出力部分での反射損失を低減することができる。また、光検出器アレイ61を設けたことにより、波長分波後の光学損失を低減することができる。
【0048】
本発明は上述した各実施の形態に限定されるものではなく、各請求項に記載した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、各請求項に記載した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施の形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0049】
なお、本発明は、高い分解能を有する波長分波器が実現されるため、WDM方式に基づいた大容量光通信システム、および高い波長分解能が必要とされる物性あるいは原子・分子分光に応用することができ、各々の技術の発展に資することができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明による波長分波器の第1の実施の形態を表す図である。
【図2】本発明で用いる0より大きく1よりも小さい屈折率を有する媒質の構造を表す構成図である。
【図3】0より大きく1よりも小さい屈折率を有する媒質の構造と、回折格子への入射光、回折格子からの回折光の関係性を示す構成図である。
【図4】本発明による波長分波器における、垂直入出力構造を備えた第2の実施の形態を表す構成図である。
【図5】本発明による波長分波器における、反射防止膜を備えた第3の実施の形態を表す構成図である。
【図6】本発明による波長分波器における、光検出器アレイを備えた第4の実施の形態を表す構成図である。
【図7】回折格子を用いた従来の波長分波器の動作原理説明をするための構成図である。
【符号の説明】
【0051】
11 回折格子
12 屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質
13 入射光
14 回折光
21 第1の薄膜
22 第2の薄膜
41 入射光に対する垂直面
42 回折光に対する垂直面
51 入射光に対する反射防止膜
52 回折光に対する反射防止膜
61 光検出器アレイ
71 屈折率が1以上の媒質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射光の波長に応じて回折光の伝播方向が変化する回折格子を備えた波長分波器において、
前記入射光及び前記回折光に対する屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質を有し、
前記入射光及び前記回折光が前記媒質中を伝播することを特徴とする波長分波器。
【請求項2】
前記屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質は、屈折率が1以上の媒質との境界面を有することを特徴とする請求項1記載の波長分波器。
【請求項3】
前記屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質は、前記入射光及び前記回折光に対する境界面が、前記入射光及び前記回折光の伝播方向に対して垂直になっていることを特徴とする請求項1又は2記載の波長分波器。
【請求項4】
前記屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質は、前記入射光及び前記回折光が伝播する面内において、前記入射光の回折位置を中心とする同心を有する円又は円弧形状を有することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の波長分波器。
【請求項5】
前記同心を有する円又は円弧形状は、同心球又は同心円筒の断面形状であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の波長分波器。
【請求項6】
さらに、前記屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質における境界面に反射防止膜を備えることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の波長分波器。
【請求項7】
さらに、前記回折光の伝播方向に対して、垂直な平面に光検出器アレイを備えることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の波長分波器。
【請求項8】
前記屈折率が0より大きく1よりも小さい媒質は、異なる誘電率を有する媒質を前記入射光の真空中の波長よりも十分小さな膜厚で多層に積層した構造であることを特徴とする請求項1から7のいずれか1項に記載の波長分波器。
【請求項9】
前記反射防止膜は、異なる誘電率を有する媒質を前記入射光の真空中の波長よりも十分小さな膜厚で多層に積層した構造であることを特徴とする請求項1から8のいずれか1項に記載の波長分波器。
【請求項10】
前記積層した構造は、異符号の誘電率を有する2つ以上の媒質を交互に積層した構造であることを特徴とする請求項1から9のいずれか1項に記載の波長分波器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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