説明

活性汚泥のスカムの解消方法及び微生物製剤

【課題】殺菌剤のように活性汚泥処理に対して悪影響を与えることなく、選択的にスカム原因微生物の増殖を抑制することができる新規な菌株を見出し、活性汚泥のスカムの問題を生物学的に解決すること、さらには、スカムに起因する、活性汚泥処理における最終沈殿池における汚泥浮上、処理水質の低下、悪臭、汚泥沈降不良等の問題を生じない活性汚泥処理を提供すること。
【解決手段】活性汚泥のスカムの発生を抑制するための活性汚泥のスカムの解消方法であって、バチルス・リケニホルミスに属し、スカム発生の原因微生物に対して増殖抑制効果を有する微生物を、活性汚泥の処理系内に投入して処理することを特徴とする活性汚泥のスカムの解消方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活性汚泥のスカムの解消方法及び微生物製剤に関し、より詳しくは、活性汚泥のスカムの発生の原因微生物に対して増殖の抑制効果がある新規微生物を利用した活性汚泥のスカムの解消技術に関する。
【背景技術】
【0002】
活性汚泥槽での異常発泡はスカムと呼ばれ、最終沈殿池における汚泥浮上、処理水質の低下、悪臭、汚泥沈降不良等の原因となる。スカムは、Actinobacteria門、Corynebacterineae亜目、Gordoniaceae科に分類されるミコール酸含有細菌の増殖により発生することが知られている。特に、Gordonia amarae(ゴルドニア・アマラエ、以下、G.amarae)は、下水及び産業排水の両施設において出現頻度が最も高く、世界中で、数多くの報告がされている。また、この菌は、低・中級脂肪酸、有機酸をよく資化するため、食品工場や下水処理場で発生頻度が高いとされており、これらの工場排水における活性汚泥処理の際のスカムの発生量は多く、特に問題となっている。
【0003】
上記のような菌によって生じるスカムに対する対策は、活性汚泥槽中のDO(溶存酸量)の調整やSRT(活性汚泥滞留時間)の調整等といった運転管理では抑制することが難しく、種々の対策がとられている。その対策としては、浮遊スカムに消泡水を噴射して物理的に破砕して消泡除去することや、殺菌剤を使用するケースが多く、これまでにも種々の提案がなされている。例えば、消泡水にスカムの原因菌である放線菌を溶菌する加水分解酵素を添加することや、グラム陽性菌の細胞壁を加水分解する加水分解酵素を固定化して活性汚泥中に投入・混合させることが提案されている(特許文献1)。また、炭素数が4以上のアルキル基を含む脂肪族第一アミン等は、有用な細菌に影響を与えることなく放線菌の増殖を抑制することができ、スカム解消剤として有用であるとされている(特許文献2)。
【0004】
しかしながら、殺菌剤の使用は、殺菌作用が強過ぎると有用な細菌にも影響を与え、一方、有用な細菌に影響を与えないような殺菌剤であると、バルキングの発生原因となる糸状性細菌に比べて放線菌に対しての効果が低いという点もあり、スカムの抑制に対してあまり有効なものとはならない。また、殺菌剤の使用は、最終処理水水質の悪化を招く恐れもある。
【0005】
これに対し、スカムの抑制を微生物によって行うことが考えられる。特許文献3では、下水処理菌、脱臭菌として利用することができる土壌から分離した細菌について提案しており、この菌は、スカムの低減にも効果が認められるとされている。しかしながら、スカムの低減を主としたものではなく、この点については十分なものとは言い難く、活性汚泥中に投入することで、選択的にスカム原因微生物の増殖を抑制することができ、活性汚泥処理に対して影響のない微生物は、これまで知られていない。
【0006】
【特許文献1】特開平8−112591号公報
【特許文献2】特開平11−267681号公報
【特許文献3】特公平4−26834号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、殺菌剤のように活性汚泥処理に対して悪影響を与えることなく、選択的にスカム原因微生物の増殖を抑制することができる新規な菌株を見出し、活性汚泥のスカムの問題を生物学的に解決することにある。本発明のより具体的な目的は、活性汚泥槽等でのスカムの発生の原因微生物に対して増殖の抑制効果がある新規微生物を見出し、さらには該微生物を工業的に利用できるようにして、活性汚泥の処理系で問題となっているスカムの解消技術を確立することにある。さらに、本発明の最終的な目的は、スカムに起因する、活性汚泥処理における最終沈殿池における汚泥浮上、処理水質の低下、悪臭、汚泥沈降不良等の問題を生じない活性汚泥処理を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的は、以下の本発明によって達成される。即ち、本発明は、活性汚泥のスカムの発生を抑制するための活性汚泥のスカムの解消方法であって、バチルス・リケニホルミス(Bacillus licheniformis)に属し、スカム発生の原因微生物に対して増殖抑制効果を有する微生物を、活性汚泥の処理系内に投入して処理することを特徴とする活性汚泥のスカムの解消方法である。
【0009】
上記した本発明の方法の好ましい実施形態としては、下記のものが挙げられる。上記微生物が、バチルス・リケニホルミスYM2株(受託番号:FERM P−21488)を含有する活性汚泥のスカムの解消方法。上記スカム発生の原因微生物がG.amaraeである活性汚泥のスカムの解消方法。上記微生物を、直接、或いは、排水又は有機基質により増殖させた後に、排水調整槽又は活性汚泥槽に投入して処理を行う上記の活性汚泥のスカムの解消方法。運転中の排水調整槽又は活性汚泥槽中における拮抗菌量が102〜109CFU/mlとなるように、前記微生物を投入する上記の活性汚泥のスカムの解消方法。
【0010】
本発明の別の実施形態は、本発明は、バチルス・リケニホルミスに属し、活性汚泥のスカム発生の原因微生物に対して増殖抑制効果を有する微生物を有効成分として含んでなることを特徴とする微生物製剤である。特に好ましい形態としては、上記の微生物が、バチルス・リケニホルミスYM2株(受託番号:FERM P−21488)を含有する微生物製剤である。また、特に好ましい形態としては、前記スカム発生の原因微生物がゴルドニア・アマラエである微生物製剤である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、殺菌剤のように活性汚泥処理に対して悪影響を与えることなく、選択的に、G.amarae等のスカム原因微生物の増殖を抑制することができる菌株を利用することで、活性汚泥のスカムの問題を生物学的な方法で容易に解決することが可能となる。本発明によれば、このような活性汚泥のスカムの解消方法に最適な微生物製剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明を実施するための最良の形態を挙げて、本発明を更に詳細に説明する。
本発明者らは、先に述べた従来技術の課題を生物学的な手段によって解決すべく鋭意検討を行った。具体的には、環境試料中から多くの微生物を単離し、その生物学的な性質について研究を行った。その結果、土壌から単離された菌株において、スカム原因微生物に対して顕著な増殖抑制効果を持つ新規な微生物を見出して、本発明をなすに至った。即ち、バチルス・リケニホルミスに属する微生物には、活性汚泥処理の際に添加することで、添加しない場合と比較して明らかな有為差をもって活性汚泥のスカムを減少させる効果を示し、スカム原因微生物に対して拮抗作用を有するものが存在することを確認した。
【0013】
バチルス・リケニホルミスに属し、スカム発生の原因微生物に対して増殖抑制効果を有するものであれば、いずれの場合もスカムの解消効果が認められ、いずれの微生物によっても、本発明の目的を達成することができる。本発明者らのさらなる検討の結果、バチルス・リケニホルミスに属し、スカム発生の原因微生物に対して増殖抑制効果を有する微生物の中でも、特に、本発明者らが見出したバチルス・リケニホルミスYM2株は、スカム発生の原因微生物であるG.amaraeに対して顕著な増殖抑制効果を示す。該菌株を利用することで、活性汚泥処理におけるスカムの解消に対して、より高い効果が得られる。
【0014】
バチルス・リケニホルミスYM2株の微生物的性質は、下記に示す通りである。
【0015】

【0016】

【0017】

【0018】

【0019】

【0020】
本発明者らは、上記の各性質からバチルス・リケニホルミスYM2株を新規な菌株と判断し、2008年1月15日付けで、独立行政法人産業技術総合研究所内特許生物寄託センターに、受託番号:FERM P−21488として寄託した。
【0021】
本発明者らの検討によれば、上記に挙げた微生物は容易に製剤化することが可能であり、その拮抗作用を損なうことなく、上記菌株等を有効成分として含んでなる微生物製剤とできる。微生物製剤とすることで、本発明の活性汚泥のスカムの解消方法に使用する場合に、より使用し易いものになる。本発明の活性汚泥のスカムの解消方法において、上記した微生物や、該微生物を含んでなる微生物製剤の使用の仕方は、いずれであってもよいが、具体的には下記のように使用することが好ましい。先ず、上記した菌株や、該菌株を含んでなる微生物製剤を、活性汚泥槽又は排水調整槽に直接投入することで、浄化処理に対して何らの影響を与えることもなく、スカム発生を有効に抑制できる。また、上記した菌株や、該菌株を含む微生物製剤を用い、拮抗菌を、処理対象の排水又は有機基質により増殖させた後、排水調整槽又は活性汚泥槽に投入するといった方法で使用してもよい。このような方法で、上記した菌株や該菌株を含む微生物製剤を排水調整槽又は活性汚泥槽に添加する場合には、処理系におけるG.amarae等のスカム発生の原因微生物の棲息状況にもよるが、槽内における拮抗菌の量が102〜109CFU/ml、より好ましくは103〜109CFU/ml、さらには105〜109CFU/mlとなる範囲で添加するとよい。本発明者らの検討によれば、詳細は後述するが、例えば、G.amaraeが106CFU/ml棲息する曝気槽内に拮抗菌を添加した試験で、拮抗菌の添加量を102CFU/mlとした場合にスカム発生量の抑制が認められ、特に拮抗菌の添加量を103CFU/ml以上とした場合により顕著なスカム発生量の抑制が認められた。また、拮抗菌の添加量を109CFU/mlとした場合にはほとんどスカム発生がなく、これ以上の添加は、処理を経済的に行うとする観点から必要ないと判断された。さらなる検討の結果、特に、活性汚泥槽中におけるG.amaraeの量に対して、拮抗菌の量を、対数値で同程度〜最大2倍程度とすることが好ましいことがわかった。
【0022】
本発明の微生物製剤は、活性汚泥のスカム発生の原因微生物に対して増殖抑制効果を有する微生物を含み、微生物が、バチルス・リケニホルミスに属する菌株を含有してなることを特徴とする。特に、その菌株が、バチルス・リケニホルミスYM2株(受託番号:FERM P−21488)を含有するものであることが好ましい。上記に挙げたような菌株を製剤化する具体的な方法は特に限定されず、従来公知の方法をいずれも用いることができるが、例えば、下記のような方法を挙げることができる。液体純粋培養した後、得られる微生物培養物を膜ろ過等により水分を除き、粉末担体等に担持させて低温乾燥して得られる粉末微生物製剤の製造方法、又は、フスマ、大豆カス等のような有機性固体培地を使用した固体培養により得られる粉末微生物製剤の製造方法などが挙げられる。
【実施例】
【0023】
次に、実施例及び比較例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
<実施例1及び比較例>
図1に示した活性汚泥槽(曝気槽)と沈澱槽とで構成した試験プラントを2機用意し、それぞれ活性汚泥処理を行って、活性汚泥槽中に、バチルス・リケニホルミスに属する菌株を投入した場合としなかった場合のスカムの発生状況を調べた。具体的には、それぞれ4.5Lの活性汚泥槽を用い、3週間の通水試験を行った。通水した原水には、スカムの発生し易い食品工場からの排水を模して、希釈豆乳と大豆油を用いて、BOD値が1,200mg/Lになるように調整したものを使用した。なお、この原水のn−ヘキサン抽出物を測定したところ、300mg/Lであった。
【0024】
上記のようにして調整した原水を通水する試験開始前に、活性汚泥槽中に、発泡現象の原因菌と考えられるG.amaraeを106CFU/mLとなるように添加した。そして、比較例の系では、この状態で通水を行った。実施例の系では、曝気槽中のバチルス・リケニホルミスYM2株が106CFU/mLとなるように活性汚泥槽中に1日1回菌株を添加し、その状態で注水を行った。
【0025】
試験開始時に発泡現象が起こるとされるG.amaraeを106CFU/mLとなるように曝気槽に添加し、通水試験(試験期間:3週間)を行った。実施例1では、曝気槽内のバチルス・リケニホルミス属YM2株の量が106CFU/mLとなるように、粉末のYM2株を毎日曝気槽に添加して試験を行った。実施例1及び比較例における通水条件を表1にまとめて示した。
【0026】

【0027】
<評価結果>
[A]処理水の水質
3週間の試験期間中に、処理水を適宜な間隔でサンプリングしてSS量とBOD値を測定した結果、いずれの場合も、比較例の系よりも実施例の系の方が良好な状態の処理水が得られることが確認された。表2に、処理水について測定した値の平均値を、それぞれ示した。
【0028】

【0029】
[B]スカム量の経時変化
実施例1及び比較例のそれぞれの系において、3週間の試験期間中に、適宜な間隔で曝気槽内の汚泥をサンプリングして下記の手順でスカム量を測定した。測定結果を図2に示した。その結果、実施例1の系では、比較例の系と比べて格段にスカムの発生が抑制されることが確認された。特に、3週間の連続処理において、処理の後半になればなるほどスカムの抑制効果が高くなった。具体的には、20日目で、実施例1の系ではスカム量が2mmであったのに対して、比較例の系では19mmであった。
(1)先ず、1Lのシリンダーに、それぞれサンプリングした曝気槽汚泥を1Lずつ入れ、散気用エアーストーン(丸型30ml)を用いて、2L/minの速度で30分間通気してスカムを発生させる。
(2)通気を終了後、30分間静置する。
(3)シリンダーの外側から汚泥の様子を観察し、泡沫量及び浮上汚泥量の高さを、計測する。そして、泡沫量及び浮上汚泥量を合わせてスカム量とする。
【0030】
<実施例2>
実施例1で添加した粉末のバチルス・リケニホルミス属YM2株に代えて、バチルス・リケニホルミス属YM2株を含有する製剤化した微生物製剤を用いた以外は、実施例1で行ったとまったく同様にして処理試験を行った。得られた処理水の性状は、実施例1と同様であり、この場合も良好な処理が可能であることが確認された。また、実施例1の場合と同様にスカム量の経時変化を調べたところ、実施例1と同様に、比較例の系よりもスカム量を低減できた。
【0031】
<実施例3>
バチルス・リケニホルミス属YM2株の培養液を用い、菌株の添加量(拮抗菌量)を種々に変えて、曝気槽内のYM2株の量が表3に示したようになるようにした以外は、実施例1で行ったとまったく同様にして処理試験を行った。3週間後のスカムの発生状況を、前記したスカム量の測定方法で測定し、その結果を表3中に示した。この結果、YM2株の添加量が多くなるにしたがって明らかにスカムの発生量が抑制されており、スカムの発生の抑制効果が確認された。また、活性汚泥槽中におけるYM2株の量としては、106CFU/ml程度でも十分であることがわかった。
【0032】

【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明で用いた試験フローの概略を示す図である。
【図2】スカム量の経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
活性汚泥のスカムの発生を抑制するための活性汚泥のスカムの解消方法であって、バチルス・リケニホルミスに属し、スカム発生の原因微生物に対して増殖抑制効果を有する微生物を、活性汚泥の処理系内に投入して処理することを特徴とする活性汚泥のスカムの解消方法。
【請求項2】
微生物が、バチルス・リケニホルミスYM2株(受託番号:FERM P−21488)を含有する請求項1に記載の活性汚泥のスカムの解消方法。
【請求項3】
前記スカム発生の原因微生物がゴルドニア・アマラエである請求項1又は2に記載の活性汚泥のスカムの解消方法。
【請求項4】
前記微生物を、直接、或いは、排水又は有機基質により増殖させた後に、排水調整槽又は活性汚泥槽に投入して処理を行う請求項1〜3のいずれか1項に記載の活性汚泥のスカムの解消方法。
【請求項5】
運転中の排水調整槽又は活性汚泥槽中における拮抗菌量が102〜109CFU/mlとなるように、前記微生物を投入する請求項4に記載の活性汚泥のスカムの解消方法。
【請求項6】
バチルス・リケニホルミスに属し、活性汚泥のスカム発生の原因微生物に対して増殖抑制効果を有する微生物を有効成分として含んでなることを特徴とする微生物製剤。
【請求項7】
前記微生物が、バチルス・リケニホルミスYM2株(受託番号:FERM P−21488)を含有する請求項6に記載の微生物製剤。
【請求項8】
前記スカム発生の原因微生物がゴルドニア・アマラエである請求項6又は7に記載の微生物製剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−248004(P2009−248004A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−99655(P2008−99655)
【出願日】平成20年4月7日(2008.4.7)
【出願人】(000156581)日鉄環境エンジニアリング株式会社 (67)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】