説明

流体動圧軸受装置

【課題】軸受スリーブの内周面の寸法変化を抑え、ラジアル方向の支持力の高い流体動圧軸受装置を提供する。
【解決手段】焼結金属製の軸受スリーブの密度を真密度に対して80〜95%の範囲とし、且つ、軸受スリーブのヤング率を70GPa以上とする。このように、軸受スリーブの密度を高めるだけでなく、ヤング率を70GPa以上とすることで、2〜4mmの軸部材を支持する場合に、軸受スリーブの内周面の寸法変化を0.5μm以下に抑えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸部材の外周面と軸受スリーブの内周面との間に形成されたラジアル軸受隙間の流体膜の動圧作用で軸部材を相対回転自在に支持する流体動圧軸受装置に関し、特に、焼結金属製の軸受スリーブを備えた流体動圧軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
流体動圧軸受装置は、その高回転精度および静粛性から、情報機器(例えばHDD)の磁気ディスク駆動装置、CD・DVD・ブルーレイディスク等の光ディスク駆動装置、あるいはMD・MO等の光磁気ディスク駆動装置等のスピンドルモータ用として好適に使用されている。
【0003】
例えば特許文献1には、焼結金属製の軸受スリーブを備えた流体動圧軸受装置が示されている。軸受スリーブを焼結金属で形成することで、焼結金属の内部に形成される無数の気孔に潤滑油が含浸され、この内部気孔に含浸された潤滑油が、軸部材の回転時に軸部材と軸受スリーブとの間の軸受隙間ににじみ出ることにより、軸受隙間に潤滑油が潤沢に供給され、潤滑性が高められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−112614号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
軸受スリーブの内周面の寸法精度は、ラジアル軸受隙間の精度に直結し、ひいてはラジアル方向の支持力に大きく影響する。特に、HDDのディスク駆動装置のように超高速回転する小径軸(軸径2〜4mm)を支持する用途では、軸受スリーブの内周面の寸法精度が重要となる。
【0006】
しかし、軸受スリーブの内周面を高精度に加工しても、様々な要因により内周面の寸法変化が生じる恐れがある。例えば、軸受スリーブをハウジングの内周面に固定する際に軸受スリーブに加わる圧力により、軸受スリーブの内周面の寸法変化が生じる恐れがある。特に、上記のような超高速回転する小径軸を支持する場合、軸受スリーブの内周面に僅かな寸法変化が生じても、軸受性能に与える影響は無視できないものとなる。
【0007】
本発明の解決すべき課題は、軸受スリーブの内周面の寸法変化量を抑え、優れたラジアル方向の支持力を有する流体動圧軸受装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明は、軸径が2〜4mmの軸部材と、内周に軸部材が挿入された焼結金属製の軸受スリーブと、内周面に軸受スリーブが固定されたハウジングと、軸部材の外周面と軸受スリーブの内周面との間に形成されるラジアル軸受隙間の流体膜で軸部材を相対回転自在に支持するラジアル軸受部とを備えた流体動圧軸受装置であって、軸受スリーブの密度が真密度に対して80〜95%の範囲であり、且つ、軸受スリーブのヤング率が70GPa以上であることを特徴とする。
【0009】
尚、「真密度」とは、内部気孔が全く形成されていない状態の固体の密度ことを言い、例えば、粉砕などの手段により内部気孔を完全に潰して焼結金属の実容積(内部気孔を除く容積)を測定し、この実容積で焼結金属の質量を割ることで算出できる。あるいは、焼結金属の原材料の真密度と、各材料の配合割合とから真密度を算出することも可能である。また、焼結金属製の軸受スリーブの密度は、上記のように真密度に対する割合(百分率)で表し、以下の説明でも同様とする。
【0010】
このように、焼結金属製の軸受スリーブの密度を高めることで、具体的には焼結金属の密度を80%以上とすることで、軸受スリーブの強度が高められ、軸受スリーブの寸法変化を抑えることができる。
【0011】
このとき、軸受スリーブの密度を真密度近くまで高めれば、高強度を付与することができるが、このような超高密度の焼結金属は内部の気孔が独立気孔となるため、潤滑油を含浸することができず、上記のような潤滑性の向上効果を得ることができない。また、焼結金属の密度を真密度近くまで高めるためには、金属粉末の圧縮成形時の圧力を極めて高くする必要があり、加工コスト高を招く。従って、軸受スリーブの密度には上限があり、具体的には95%以下とする必要がある。本発明者らは、このような密度の範囲内で、軸受スリーブの内周面の寸法変化をより確実に抑えるために、軸受スリーブのヤング率に着目し、軸受スリーブのヤング率と内径寸法変化量との関係を調べた。具体的には、ハウジングに固定する前の軸受スリーブと、ハウジングに固定した後の軸受スリーブとで、内周面の寸法変化量(直径の変化量)を調べた。ここでは、ハウジングと軸受スリーブとを隙間嵌めした状態でその隙間に接着剤を介在させる、いわゆる隙間接着により両者を固定した。軸受スリーブのサンプルは、ヤング率が40GPa、70GPa、100GPa、及び200GPaの4種類を5個ずつ用意し、何れのサンプルも密度を88%とした。
【0012】
その結果、図1に示すようなグラフが得られた。このグラフの縦軸は、サンプルをハウジングに固定する前後におけるサンプルの内径寸法変化量(3箇所の平均値)を表し、横軸はサンプルのヤング率を表す。同じヤング率の各サンプルの内径寸法変化量の差は±0.05μmの範囲内であったため、一つのプロットで示している。軸径が2〜4mmの小径軸の場合、内径寸法変化量が0.5μm以下であれば軸受スリーブとして実用上問題とならないことから、内径寸法変化量を確実に0.5μm以下に抑えることを目標とした。図1のグラフから、ヤング率が70GPa以上であれば、内径寸法変化量はおおよそ0.4μm以下であり、安全率を考慮しても0.5μm以下に収まると考えられる。また、70GPaを境界としてグラフの傾きが大きく変化し、70GPa以上では傾きが非常に緩やかになって内径寸法変化量がおおよそ一定となっている。これらから、軸受スリーブのヤング率を70GPa以上とすることにより、軸受スリーブの内径寸法変化量を確実に0.5μm以下に抑えることができ、小径軸支持用として適した流体動圧軸受装置を得ることができる。
【0013】
ヤング率は、JPMA M 10−1997に規定される方法で測定できる。あるいは、軸受スリーブの圧環強度を測定することで、ヤング率を間接的に推定することができる。圧環強度は、JIS Z2507に規定される方法で測定することができ、例えば圧環強度が600N/mm2以上であれば、ヤング率が70GPa以上であると推定することができる。
【0014】
ハウジングが金属製である場合、軸受スリーブの内周面の寸法変化が大きくなる恐れがある。すなわち、金属製のハウジングは概して剛性が高いため、例えばハウジングの内周に軸受スリーブを圧入固定すると、軸受スリーブがハウジングから受ける抗力が大きくなり、変形の恐れが高まる。あるいは、金属製のハウジングは概して線膨張係数が大きいため、温度変化により膨張・収縮しやすく、これにより軸受スリーブに圧力が加わって変形の恐れが高まる。従って、金属製のハウジングを用いる場合は、本発明が好適に適用される。
【0015】
軸受スリーブの内周面には、ラジアル軸受隙間の流体膜に動圧作用を積極的に発生させる動圧発生部を形成することができる。この動圧発生部は、例えば成形型によるプレス加工で形成することができる。
【0016】
軸受スリーブの材料として、例えばCuやFe系金属、あるいはこれらの双方を含む材料を使用することができる。軸受スリーブの材料がCu及びFe系金属の双方を含む場合、CuよりFe系金属の配合量を多くすることができる。
【0017】
軸受スリーブの焼結温度が低すぎると、金属粉末の表面が十分に活性化されず、金属粉末同士の結合力が不足する恐れがあるため、750℃以上に設定することが好ましい。一方、焼結材料がCuを含む場合、焼結温度がCuの融点を超えると、金属粉末に含まれるCuが完全に溶融して軸受スリーブの形状を維持することができなくなる。以上より、焼結温度は、750℃以上、且つ、Cuの融点以下に設定することが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、本発明によれば、軸受スリーブの内周面の寸法変化を抑えることができるため、ラジアル方向の支持力の高い流体動圧軸受装置を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】軸受スリーブのサンプルのヤング率と内径寸法変化量との関係を示すグラフである。
【図2】スピンドルモータの断面図である。
【図3】流体動圧軸受装置の軸方向断面図である。
【図4】軸受スリーブの軸方向断面図である。
【図5】軸受スリーブの下面図である。
【図6】ハウジングと軸受スリーブとを固定する手順を示す断面図であり、(a)は加熱前、(b)は加熱時(接着剤硬化時)、(c)は冷却時の状態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0021】
図2は、本発明の一実施形態に係る流体動圧軸受装置1を組み込んだ情報機器用スピンドルモータの一構成例を示している。このスピンドルモータは、例えば2.5インチHDDのディスク駆動装置に用いられるもので、軸部材2を回転自在に非接触支持する流体動圧軸受装置1と、軸部材2に装着されたディスクハブ3と、流体動圧軸受装置1が取り付けられたブラケット6と、半径方向のギャップを介して対向させたステータコイル4およびロータマグネット5とを備えている。ステータコイル4はブラケット6に取り付けられ、ロータマグネット5はディスクハブ3に取り付けられる。ディスクハブ3には、磁気ディスク等のディスクDが所定の枚数(図示例では2枚)保持される。ステータコイル4に通電すると、ステータコイル4とロータマグネット5との間の電磁力でロータマグネット5が相対回転し、これによりディスクハブ3、ディスクD、および軸部材2が一体となって回転する。
【0022】
流体動圧軸受装置1は、図3に示すように、軸部材2と、内周に軸部材2を挿入した軸受スリーブ8と、軸方向両側に開口した筒状をなし、内周面7aに軸受スリーブ8が固定されたハウジング7と、ハウジング7の軸方向一方の開口部に設けられたシール部9と、ハウジング7の軸方向他方の開口部を閉塞する蓋部材10とで構成される。尚、説明の便宜上、軸方向でハウジング7が開口している側を上側、蓋部材10で閉塞されている側を下側として説明を進める。
【0023】
軸部材2は、ステンレス鋼等の金属材料で形成され、軸径(直径)が2〜4mmの軸部2aと、軸部2aの下端に設けられたフランジ部2bとを備えている。軸部2aの外周面2a1には、他の部分よりも若干小径な逃げ部2a2が形成される。軸部材2は、全体を金属で形成する他、例えばフランジ部2bの全体あるいはその一部(例えば両端面)を樹脂で構成することにより、金属と樹脂のハイブリッド構造とすることもできる。
【0024】
軸受スリーブ8は、金属粉末の圧縮成形体を焼結して得られる焼結金属で構成される。軸受スリーブ8の材料は、例えばCu、又はFe系金属、あるいはこれらの双方を含む。本実施形態の軸受スリーブ8は、CuとSUS(ステンレス鋼)を含む材料で形成され、SUSがCuよりも多く配合されている。このように、軸受スリーブ8の材料がSUSを含むことにより、軸受面(内周面8a及び下側端面8c)にSUSを露出させることができ、これにより軸部材2との摺動に対する耐摩耗性を高めることができる。
【0025】
軸受スリーブ8の内周面8aには、ラジアル軸受隙間の流体膜に動圧作用を積極的に発生させるラジアル動圧発生部が形成される。本実施形態では、図4に示すように、ラジアル動圧発生部としてヘリングボーン形状の動圧溝8a1・8a2が軸方向に離隔した2箇所の領域に形成される。具体的には、軸受スリーブ8の内周面8aの軸方向に離隔した2箇所の領域に、内径に僅かに突出したヘリングボーン形状の丘部8a10・8a20(図4にクロスハッチングで示す)が形成される。丘部8a10・8a20は、各々の軸方向略中央部に形成された環状部8a11・8a21と、環状部8a11・8a21から軸方向両側に延びた傾斜部8a12・8a22とからなり、傾斜部8a12・8a22の径方向間に動圧溝8a1・8a2が形成される。本実施形態では、上側の動圧溝8a1は、軸受内部における潤滑油の循環を意図的に作り出す目的で、軸方向非対称に形成される。具体的には、動圧溝8a1のうち、丘部8a10の環状部8a11より上側領域の軸方向寸法X1が、下側領域の軸方向寸法X2よりも大きくなるように形成されている。一方、下側の動圧溝8a2は軸方向対称な形状に形成されている。
【0026】
軸受スリーブ8の下側端面8cには、スラスト動圧発生部として、例えば図5に示すようなスパイラル形状の動圧溝8c1が形成される。具体的には、軸受スリーブ8の下側端面8cに下方に僅かに突出したスパイラル形状の丘部8c10が形成され、この丘部8c10の間に動圧溝8c1が形成される。
【0027】
軸受スリーブ8の外周面8dには、図4及び図5に示すように、任意の本数(例えば3本)の軸方向溝8d1が軸方向全長に亙って形成され、軸受スリーブ8の上側端面8bには、任意の本数(例えば3本)の径方向溝8b1が形成される。流体動圧軸受装置1を組み立てた状態では、図3に示すように、軸受スリーブ8の軸方向溝8d1及び径方向溝8b1が潤滑油を軸受内部で循環させるための循環経路の一部を構成する。
【0028】
軸受スリーブ8の密度は80〜95%の範囲内に設定され、且つ、軸受スリーブ8のヤング率は70GPa以上に設定される。これにより、軸受スリーブ8の内径寸法変化を抑えることができるため、ラジアル軸受隙間の隙間幅が高精度に設定され、優れたラジアル方向の支持力を得ることができる。
【0029】
また、軸受スリーブ8のヤング率が高すぎると、軸受スリーブ8の成形性が悪くなり、所望の寸法精度が得られない恐れがある。特に、上記のように軸受スリーブ8に動圧発生部(動圧溝8a1、8a2、8c1)を形成する場合、ヤング率をむやみに高くすると動圧発生部の成形精度が悪化し、動圧作用が低下する恐れがある。従って、ヤング率は150GPa以下(圧環強度では約1500N/mm2以下)に設定することが好ましい。
【0030】
ハウジング7は、図3に示すように、軸方向両側に開口した円筒状を成し、例えば金属材料で形成され、本実施形態では真ちゅうで形成される。ハウジング7は金属製に限らず、樹脂材料で形成してもよい。ハウジング7の内周面7aには、軸受スリーブ8の外周面8dが、隙間接着、圧入、圧入接着等の適宜の手段により固定され、本実施形態では隙間接着により固定される。
【0031】
蓋部材10は、例えば金属材料で形成され、ハウジング7の下端開口部に接着、圧入、圧入接着、溶着等の適宜の手段で固定される。蓋部材10の上側端面10aには、動圧発生部として、例えばスパイラル形状の動圧溝が形成される(図示省略)。
【0032】
シール部9は、例えば樹脂材料で環状に形成され、ハウジング7の内周面7aの上端部に接着、圧入、圧入接着、溶着等の適宜の手段で固定される。シール部9の下面9bは、軸受スリーブ8の上側端面8bに当接している。シール部9の内周面9aは、下方へ向けて漸次縮径したテーパ状に形成される。このテーパ状内周面9aと軸部2aの円筒面状外周面2a1との間に、下方へ向けて半径方向寸法を漸次縮小した楔状のシール空間Sを形成し、このシール空間Sの毛細管力で潤滑油を保持する毛細管シールを構成する。シール空間Sの容積は、軸受装置の使用温度範囲内において、軸受装置の内部に保持された潤滑油の熱膨張量よりも大きくなるように設定され、これにより、軸受装置の使用温度範囲内では、潤滑油がシール空間Sから漏れ出すことはなく、油面が常時シール空間S内に保持される。
【0033】
軸部材2が回転すると、軸受スリーブ8の内周面8aと軸部材2の外周面2a1との間にラジアル軸受隙間が形成される。そして、ラジアル動圧発生部(軸受スリーブ8の内周面8aの動圧溝8a1・8a2、図4参照)により、このラジアル軸受隙間に形成された流体膜(油膜)の圧力が高められ、この動圧作用により、軸部材2の軸部2aをラジアル方向に回転自在に非接触支持するラジアル軸受部R1・R2が構成される(図3参照)。
【0034】
これと同時に、軸受スリーブ8の下側端面8cと軸部材2のフランジ部2bの上側端面2b1との間、及び蓋部材10の上側端面10aと軸部材のフランジ部2bの下側端面2b2との間にそれぞれスラスト軸受隙間が形成される。そして、スラスト動圧発生部(軸受スリーブ8の下側端面8cの動圧溝8c1(図5参照)、及び蓋部材10の上側端面10aの動圧溝)により、上記各スラスト軸受隙間に形成された流体膜(油膜)の圧力が高められ、この動圧作用により、軸部材2のフランジ部2bを両スラスト方向に回転自在に非接触支持する第1スラスト軸受部T1及び第2スラスト軸受部T2が構成される(図3参照)。
【0035】
以下、流体動圧軸受装置1の製造工程を、軸受スリーブ8の製造工程、及び軸受スリーブ8とハウジング7との組付工程を中心に説明する。
【0036】
軸受スリーブ8は、圧縮成形工程、焼結工程、及びサイジング工程を経て製造される。圧縮成形工程は、軸受スリーブの材料となる混合金属粉末を金型で圧縮成形することにより行われる。混合金属粉末は、例えばCu粉末、Cu―Fe合金粉末、Fe系金属粉末等を含み、本実施形態では、Cu粉末及びSUS粉末を含む混合金属粉末を使用している。このように、混合金属粉末が比較的柔らかいCu粉末を含むことにより、圧縮成形及び後述のサイジング工程における成形性を高めることができる。
【0037】
焼結工程では、圧縮成形工程で成形された圧縮成形体を所定温度で焼結する。このときの焼結温度は、金属粉末同士が結合可能な温度、具体的には750℃以上に設定される。特に、本実施形態のように、軸受スリーブ8を構成する金属粉末がSUS粉末を含む場合、SUS粉末表面の酸化被膜により焼結による金属粉末間の結合力が不足する恐れがあるため、なるべく高温(例えば950℃以上)で焼結することが好ましい。一方、焼結温度が金属粉末の融点を超えると、軸受スリーブ8の形状を維持することができないため、金属粉末の融点以下、本実施形態ではCuの融点(1084℃)以下とする必要がある。
【0038】
サイジング工程では、焼結工程を経た圧縮成形体(以下、焼結体)が、サイジング金型により所定寸法に矯正される。サイジング金型には、軸受スリーブ8に動圧発生部(動圧溝8a1、8a2、8c1)を成形するための成形型が設けられ、サイジングと同時に成形型でプレス加工することにより、焼結体のサイジング及び動圧発生部の成形が同一工程内で行われる。
【0039】
以上のようにして形成された軸受スリーブ8は、密度が80〜95%の範囲内であり、且つ、ヤング率が70GPa以上である。言い換えると、これらの条件を充たすように、金属粉末の粒径、圧縮成形工程における圧縮率、焼結工程における焼結温度及び焼結時間、サイジング工程における圧縮率等の条件を設定する。
【0040】
こうして形成された軸受スリーブ8が、ハウジング7の内周面7aに固定される。本実施形態では、両者が隙間接着、特に熱硬化性接着剤を用いた隙間接着により固定される。具体的には、熱硬化性接着剤をハウジング7の内周面7aに塗布し、軸受スリーブ8をハウジング7の内周に挿入する。そして、ハウジング7の内周面7aの所定位置に軸受スリーブ8を位置決めした状態で、ハウジング7及び軸受スリーブ8を共に加熱し、接着剤を硬化させた後、常温に冷却することで固定が完了する。
【0041】
ハウジング7と軸受スリーブ8との固定工程において、熱硬化性接着剤を硬化させる際の加熱により、以下のような不具合が生じる恐れがある。すなわち、図6(a)に示すように、ハウジング7の内周面7aと軸受スリーブ8の外周面8dとの径方向隙間δ1に熱硬化性接着剤Gを介在させた状態で加熱すると、ハウジング7及び軸受スリーブ8が共に熱膨張する。特に、本実施形態のように、ハウジング7を真ちゅうで形成し、軸受スリーブ8をCu及びSUSを含む焼結金属で形成すると、ハウジング7の線膨張係数が軸受スリーブ8の線膨張係数よりも大きくなる。具体的には、真ちゅうの線膨張係数は19×10-6/℃程度であるのに対し、上記材料で形成した焼結金属の線膨張係数は13×10-6/℃程度である。このような線膨張係数の差があることから、加熱時には、ハウジング7と軸受スリーブ8との間の径方向隙間δ2が加熱前の隙間δ1より大きくなり(δ2>δ1、図6(b)参照)、この状態で径方向隙間δ2に介在した熱硬化性接着剤Gが硬化する。
【0042】
その後、ハウジング7及び軸受スリーブ8が冷却されると、図6(c)に示すように、ハウジング7が熱収縮して内周面7aが縮径する。このとき、接着剤Gは既に硬化しているため、径方向隙間δ2の大きさは変わらず、ハウジング7の内周面7aの縮径により、硬化した接着剤Gを介して軸受スリーブ8が内径向きに圧迫される。特に、本実施形態のようにハウジング7を金属材料(真ちゅう)で形成する場合、ハウジング7のヤング率が比較的高いため(約100GPa)、ハウジング7の収縮により軸受スリーブ8が受ける圧迫力が比較的大きくなる。本発明によれば、上記のように軸受スリーブ8の密度を80%以上に高め、且つ、ヤング率を70GPa以上としているため、このような圧迫力に対抗する十分な強度を有し、軸受スリーブ8の変形、特に内周面8aの変形を抑えることができる。
【0043】
ここでは、ハウジング7と軸受スリーブ8とが熱硬化性接着剤により固定される場合を示しているが、他の固定方法、例えば両者を圧入固定する際にも軸受スリーブ8の内周面8aが変形する恐れがあるため、上記のように軸受スリーブ8の密度及びヤング率を高めることが有効となる。
【0044】
また、本実施形態のように、HDD等のディスク駆動装置のスピンドルモータに使用される流体動圧軸受装置の場合、軸部材2は超高速で回転するため、軸部材2と軸受スリーブ8との間の流体膜に生じる圧力も非常に大きくなる。このような流体膜の圧力が軸受スリーブ8に加わることにより、軸受スリーブ8に微小な弾性変形が生じ、回転する軸部材2に振動が発生する恐れがある。上記のように、軸受スリーブ8のヤング率が70GPa以上であることにより、流体膜の圧力による軸受スリーブ8の微小変形を抑え、軸部材2の振動の発生を防止することができる。
【0045】
本発明は上記の実施形態に限られない。例えば上記の実施形態では、軸受スリーブ8にヘリングボーン形状やスパイラル形状の動圧溝からなる動圧発生部が形成されているが、これに限らず、他の形状の動圧溝を形成したり、軸受スリーブ8の内周面8aを複数の円弧を組み合わせた多円弧形状とすることにより、動圧発生部を構成してもよい。あるいは、軸受スリーブ8の内周面8aや下側端面8cに動圧発生部を形成する替わりに、これらの面と軸受隙間を介して対向する部材(軸部材2の軸部2aの外周面2a1及びフランジ部2bの上側端面2b1)に動圧発生部を形成してもよい。さらには、軸受スリーブ8の内周面8a及び軸部材2の軸部2aの外周面2a1の双方を円筒面状とした、いわゆる真円軸受を構成してもよい。この場合、動圧作用を積極的に発生させる動圧発生部は形成されないが、軸部2aの僅かな振れ回りにより動圧作用が発生する。
【0046】
また、上記の実施形態では、本発明の流体動圧軸受装置が、HDDのディスク駆動装置のスピンドルモータに適用された場合を示しているが、これに限らず、軸径が2〜4mmの軸部材の相対回転を支持する用途であれば、他の用途に適用することが有効となる。
【符号の説明】
【0047】
1 流体動圧軸受装置
2 軸部材
3 ディスクハブ
4 ステータコイル
5 ロータマグネット
6 ブラケット
7 ハウジング
8 軸受スリーブ
9 シール部
10 蓋部材
D ディスク
R1・R2 ラジアル軸受部
T1・T2 スラスト軸受部
S シール空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸径が2〜4mmの軸部材と、内周に軸部材が挿入された焼結金属製の軸受スリーブと、内周面に軸受スリーブが固定されたハウジングと、軸部材の外周面と軸受スリーブの内周面との間に形成されるラジアル軸受隙間の流体膜で軸部材を相対回転自在に支持するラジアル軸受部とを備えた流体動圧軸受装置であって、
軸受スリーブの密度が真密度に対して80〜95%の範囲であり、且つ、軸受スリーブのヤング率が70GPa以上である流体動圧軸受装置。
【請求項2】
軸受スリーブの圧環強度が600N/mm2以上である請求項1記載の流体動圧軸受装置。
【請求項3】
ハウジングが金属製である請求項1又は2記載の流体動圧軸受装置。
【請求項4】
軸受スリーブの内周面に動圧発生部が形成された請求項1〜3の何れかに記載の流体動圧軸受装置。
【請求項5】
前記動圧発生部が、成形型によるプレス加工で形成された請求項4記載の流体動圧軸受装置。
【請求項6】
軸受スリーブの材料がCuを含む請求項1〜5の何れかに記載の流体動圧軸受装置。
【請求項7】
軸受スリーブの材料がFe系金属を含む請求項1〜6の何れかに記載の流体動圧軸受装置。
【請求項8】
軸受スリーブの材料がCu及びFe系金属を含み、CuよりFe系金属材料の配合量が多い請求項1〜5の何れかに記載の流体動圧軸受装置。
【請求項9】
軸受スリーブの焼結温度が、750℃以上、Cuの融点以下である請求項6又は8に記載の流体動圧軸受装置。
【請求項10】
軸径が2〜4mmの軸部材を支持するための焼結金属製の軸受スリーブであって、密度が真密度に対して80〜95%の範囲であり、且つ、ヤング率が70GPa以上である軸受スリーブ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−74949(P2011−74949A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−224603(P2009−224603)
【出願日】平成21年9月29日(2009.9.29)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】