説明

浸液用有機化合物の調製法および浸液

【課題】可能な限り高い屈折率と、顕微鏡分析に対するより高い適合性とを同時に備えた浸液を調製する。
【解決手段】本発明は、一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ備えた有機化合物を少なくとも1つ含む浸液に関する。


式中、Xはそれぞれ互いに独立して、SまたはOを示し、Rは、水素または炭化水素を示す。本発明は更に、浸液用の有機化合物の調製法と、顕微鏡用の液浸油としてのこの浸液および有機化合物の使用に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸液、浸液用有機化合物の調製法、更に、このような浸液および有機化合物の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
顕微鏡分析における光収集効率および分解能は、使用する対物レンズの開口数(NA)に直接影響を受ける。例えば、生細胞の単分子顕微鏡分析における主な問題は、様々な細胞成分、例えば、タンパク質、細胞代謝産物などの自家蛍光である。このような細胞の分析には、多くの場合、いわゆる全内反射顕微鏡法(TIRF)が用いられるが、これは広視野の技術である。全内反射蛍光顕微鏡分析において、対物レンズを通して照射を行う場合、液浸油とカバーガラスの屈折率を含むNAは、更に励起光の侵入深さにも影響する。NAが著しく大きいと、極めて薄い層の照射が可能となる。
【0003】
これまでの一般的な液浸油で達成可能である約1.49というNAを更に大きくするため、近視野顕微鏡用の高NAの液浸対物レンズを開発するには、より大きな屈折率を持つ化合物または化合物混合物が必要である。更に、この化合物は様々な要求をも満たすものでなければならない。つまり、可能な限り高い屈折率に加え、特に、内部蛍光が小さく、揮発性が低く、また、毒性の低いことが望まれる。
【0004】
先行技術より、様々な高屈折性化合物および浸液が知られている。例えば、米国特許出願公開第2008/0135808号明細書は、ジヨードメタンとイオウとの混合物から成り、約1.78の屈折率を持つ浸液油を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許出願公開第2008/0135808号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、この浸液油は、通常の操作温度、即ち、具体的には、約23℃から約37℃において比較的揮発性が高いため、多くの用途には不十分であり、例えば、いわゆる“生細胞撮影”技術を用いる長時間記録は不可能である。しかし、特に、“生細胞撮影”技術は、動いている細胞の顕微鏡的微速度撮影がこれにより可能となるため、現代の細胞生物学において特に興味深いものである。更に、この浸液油は極めて臭いが強く、450nm以下では透明でなく、強い内部蛍光を示す。この性質は、蛍光中での単分子検出を想定している顕微鏡技術においては特に不都合である。このような顕微鏡技術の例として、いわゆる“光活性化局在性顕微鏡(photo activated localization microscopy:PALM)”技術が挙げられ、これは基本的に20nmまでの分解能が可能である。この技術を用いた、従来の分析限界よりも更に正確に測定可能な単分子の局在性確認により、極めて高解像度の画像を連続的に撮影することができる。
【0007】
本発明の目的は、可能な限り高い屈折率と、顕微鏡分析に対するより高い適合性とを同時に備えた浸液の調製である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような目的は、請求項1に記載の浸液、請求項12に記載の、浸液用の有機化合物の調製法、更に、請求項18に記載の、浸液または有機化合物の使用によって達成される。適宜発展を加えた有益な形態は、それぞれの従属請求項に規定されている。その中で、浸液の有益な発展形は方法の有益な発展形と言うことができ、またその逆も言える。
【発明の効果】
【0009】
可能な限り高い屈折率と、顕微鏡分析に対するより高い適合性とを同時に備えた、本発明による浸液は、一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ備えた有機化合物を少なくとも1つ含んでいる。
【化1】


式中、Xはそれぞれ互いに独立して、SまたはOを示し、Rは、水素または炭化水素を示す。言い換えるならば、この浸液は、カルバマート類、S−カルバモチオアート類、O−カルバモチオアート類、およびカルバモジチオアート類より選ばれる構造要素を、1つ以上備えた有機化合物を少なくとも1つ含んでいる。本件において、この浸液は、顕微鏡、特に近視野顕微鏡用の、高NAの液浸対物レンズに特に適しており、多くの有益な特性を備えている。つまり、一般構造式Iで示される有機化合物は高い屈折率nを持ち、この化合物の化学構造を変えることができるため、例えば、使用するカバーガラス材料に合わせて、簡単に屈折率を適合させることができる。これにより、浸液の光学特性を、様々な操作温度、特に約23℃から約37℃の温度に、最も良く適合させることができる。一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ含むため、この浸液は沸点が高く、前述の操作温度では蒸発せず、あるいは感知できるほどには蒸発しない。これにより、一方では、顕微鏡で使用している間に屈折率の変化が起こらず、もう一方で、操作範囲中の不対処(immission)値も著しく小さくすることができる。その他の長所は、ガラス表面(カバーガラスなど)を十分に濡らし、更に、この浸液は、カバーガラスを用いない操作において、調製物の褪色を起こさないため、通常の顕微鏡染料の色安定性が高いことである。このように、本浸液は、その様々な長所によって、様々な顕微鏡技術、特に、蛍光顕微鏡法に非常に適している。最も簡単な形態では、本浸液は、一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ備えた有機化合物を1つだけ含むものである。しかし、基本的に、浸液に、それぞれ一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ備えた有機化合物を2つ以上加えることで、浸液の光学的および機械的特性を、様々な要求の形に合わせて、特に簡単かつ的確に適合させることができる。
【0010】
本発明の有益な発展形において、有機化合物を、一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも2つ、および/または最大で5つ備えたものとする。これにより、顕微鏡で使用できるよう、確実に、有機化合物、つまり浸液は、一方で揮発性が低く、もう一方で十分に流動性を持つものとなる。
【0011】
もうひとつの発展形において、浸液が、20℃、430nmから650nmの波長範囲で、少なくとも1.60、望ましくは、少なくとも1.70の屈折率nを持つと有益であることがわかった。これにより、本浸液は、高NAの液浸対物レンズに適しており、特に薄い層の顕微鏡分析に使用することができる。
【0012】
浸液が、少なくとも18、特に、少なくとも19、望ましくは、少なくとも20のアッベ数を持つと、更に有益である。このような場合、起こり得る像欠陥を有益に減らし、あるいは少なくともかなりの部分を除くことができる。
【0013】
本発明のもうひとつの有益な発展形では、浸液に少なくとも1つの添加剤を加えて、浸液の粘度νおよび/または屈折率nを所定のパラメータ値に調節する。これによって、粘度νを、所望の操作温度に最も良く、簡単に合わせることが可能となる。あるいは、または更に、添加剤の種類と量を適切に選ぶことで、浸液の屈折率を、特に正確かつ再現性良く、少なくともΔn±0.001で調節することができる。
【0014】
少なくとも1つの添加剤が、アルキルナフタレン、クロロナフタレン、ブロモナフタレン、ヨードナフタレン、フェニルナフタレン、ベンジルナフタレン、および/またはナフチル酢酸エステルを含むものであれば、更に有益である。これには、前述の添加剤の全ての位置異性体が共に挙げられているものとする。前述の添加剤を1つ以上用いることで、分散性、粘度、沸点、濡れ性(例えば、スライドの)に関する浸液への要望が、確実かつ安価に叶えられる。前述の添加剤は、更にそれぞれ、少なくとも1つの環構造を配置するものであり、一部は、屈折率を大きくする官能基を配置するものであるため、添加剤の質量分率が高い場合にも浸液は高屈折率となる。更に、前述の添加剤は、市販品として信頼性が高く、長期に亘って入手可能である。
【0015】
特に高い屈折率を得られるようにするため、もうひとつの発展形において、一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ備えた有機化合物が、少なくとも1つの芳香族および/または環式、特に多環式の環構造を含んでいると有益であることが分かった。
【0016】
本発明のもうひとつの有益な発展形において、一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ備えた有機化合物を、カルボン酸類、チオカルボン酸類、カルボン酸エステル類、特に、アルキルおよび/またはアリールカルボン酸エステル類、チオカルボン酸エステル類、特に、アルキルおよび/またはアリールチオカルボン酸エステル類、エーテル類、特に、アルキルおよび/またはアリールエーテル類、チオエーテル類、特にアルキルおよび/またはアリールチオエーテル類、ハロゲン化物類、特に、塩化物、臭化物、および/またはヨウ化物、ケトン類、チオケトン類、アルデヒド類、チオアルデヒド類、アルコール類、チオール類、アミン類、および/またはアミド類から選ばれる構造要素を、更に1つ以上含むものとする。これはまた、浸液の光学的、化学的、および機械的特性を、それぞれの使用目的に最も良く合うよう、簡単かつ柔軟に適合させられることを示している。ここで、特にイオウ含有官能基とハロゲン類(特に、塩素、臭素、および/またはヨウ素)は、屈折率を大きくするよう働く。
【0017】
浸液が、20℃から40℃の温度範囲で、少なくとも50mm/s、特に、少なくとも100mm/sの粘度νを持つならば、更に有益である。このような場合、本浸液は、特に、顕微鏡での使用に最も適した流動性を備えている。
【0018】
本発明のもうひとつの態様は、少なくとも1つの有機化合物を含む浸液に関するものであり、この有機化合物は、少なくとも1つのイソシアナートおよび/またはイソチオシアナート基を含む第1の化合物と、アルコール類および/またはチオール類より選ばれる第2の化合物との反応から得られる。これにより、ある1つの有機化合物は、遊離体に応じて、カルバマート類および/またはS−カルバモチオアート類および/またはO−カルバモチオアート類および/またはカルバモジチオアート類より選ばれる1つ以上の構造要素を備えているため、可能な限り高い屈折率nと、顕微鏡分析に対するより高い適合性とを同時に達成する。本件において、この浸液は、顕微鏡、特に近視野顕微鏡用の、高NAの液浸対物レンズに特に適しており、高い屈折率nの他にも多くの有益な特性を備えている。例えば、この化合物の化学構造を変えることができるため、例えば、使用するカバーガラス材料に合わせて、簡単に屈折率を適合させることができる。これにより、浸液の光学特性を、様々な操作温度、例えば23℃および37℃に、最も良く適合させることができる。更に、この浸液は沸点が高く、前述の操作温度では蒸発せず、あるいは感知できるほどには蒸発しない。これにより、顕微鏡で使用している間に屈折率の変化が起こらず、更に、操作範囲中の不対処値も著しく小さくすることができる。その他の長所は、ガラス表面(カバーガラスなど)を十分に濡らし、更に、この浸液は、カバーガラスを用いない操作において調製物の褪色を起こさないため、通常の顕微鏡染料の色安定性が高いことである。このように、本浸液は、その様々な長所によって、様々な顕微鏡技術、特に、近赤外顕微鏡法に、また、蛍光顕微鏡法の380nmから1500nmの波長範囲の特定の用途に非常に適している。最も簡単な発展形において、この有機化合物は、1つの官能基を持つ第1の化合物と、1つの官能基を持つ第2の化合物との反応によって得られるように作られている。しかし、この有機化合物を、多官能の第1化合物および/または第2化合物の反応によって得られるようにすることも可能である。更に、浸液に、第1化合物と第2化合物との反応より得られた有機化合物を1つ以上加えることで、浸液の光学的および機械的特性を、様々な要求の形に合わせて、特に簡単かつ的確に適合させることができる。
【0019】
本発明の有益な発展形において、浸液に、溶媒として第2の化合物を加える。これにより、第2化合物を溶媒として有益に使え、浸液を、特に簡単かつ安価に調製することができる。第2化合物の種類と量を適切に選ぶことで、浸液の粘度νおよび/または屈折率nを同時に調節することができる。望ましくは、第2化合物は、100℃以上の沸点を持ち、即ち、高沸点のものである。
【0020】
本発明のもうひとつの態様は、浸液用の少なくとも1つの有機化合物の調製法に関するものである。この方法では、有機化合物を、少なくとも1つのイソシアナートおよび/またはイソチオシアナート基を含む第1化合物と、アルコール類および/またはチオール類より選ばれる第2化合物との反応より調製する。これにより、ある1つの有機化合物は、遊離体に応じて、カルバマート類および/またはS−カルバモチオアート類および/またはO−カルバモチオアート類および/またはカルバモジチオアート類より選ばれる1つ以上の構造要素を備えているため、可能な限り高い屈折率nと、顕微鏡分析に対するより高い適合性とを同時に達成する。副反応が起きないよう、反応を保護ガス雰囲気中で行っても良い。更に、反応を、例えば、50℃から60℃に加熱して行い、反応速度を高めても良い。この態様によるその他の特徴および長所は、先の説明と同様である。
【0021】
本件において、本反応に、第1化合物と第2化合物との付加工程を加えると有益であることが分かった。これにより、第1化合物と第2化合物とから付加物を簡単に生成することができる。本件において、本反応に更に、第1化合物と、第1化合物と第2化合物との付加により生成した生成物との付加工程を追加しても良い。
【0022】
調製の際、まず、所定量の第2化合物を反応容器に加え、次に、所定量の第1化合物を、望ましくは、所定の時間内に滴下して加えることで、所望の生成物または所望の生成物混合物が生じ易くなるよう反応を進めることができる。特に、多官能の第1および/または第2化合物を用いる場合、ここでは第1化合物の局所濃度が低いため、第1化合物と第2化合物の一付加物(monoadducts)の生成が促進され、多付加物の生成はそれに応じて抑制される。これにより、特に、浸液の粘度νに特異的に影響を与えることができる。
【0023】
もうひとつの発展形では、第2化合物をモル過剰(必要に応じて、何倍にも)とし、溶媒として有益に作用させても良い。更に、これにより、反応をより簡単に制御できるようになる。
【0024】
もうひとつの発展形において、本反応の少なくとも1つの反応工程を、触媒、特に、第3級アミンの存在下で行うと、特に迅速で安価な反応手順となる。
【0025】
本発明のもうひとつの有益な発展形では、反応手順において、第1化合物として、単官能イソシアナートおよび/またはイソチオシアナートを用い、第2化合物として、少なくとも2つ、望ましくは3つのアルコールおよび/またはチオール基を持つ化合物を使用する。これにより、複数の有機化合物から成る生成混合物を特異的に調製することができる。このとき、それぞれの有機化合物は、第1化合物と、第2化合物のアルコールおよび/またはチオール基の数とに応じて、カルバマート類、S−カルバモチオアート類、O−カルバモチオアート類、およびカルバモジチオアート類より選ばれる1つ以上の構造要素を備えている。
【0026】
本発明のもうひとつの態様は、顕微鏡用、特に、近視野顕微鏡用の浸液油としての、前述の実施の形態のいずれかに記載の浸液の、および/または、前述の実施の形態のいずれかに記載の方法で調製した有機化合物の使用に関する。これより生じる長所は、類似の記述と同様である。
【0027】
本発明のその他の特徴は、請求項および実施の形態より明らかである。先の説明で述べた特徴および特徴の組み合わせと、後の実施の形態に述べる特徴および特徴の組み合わせは、それぞれ明示した組み合わせだけでなく、本発明の範囲から外れない、その他の組み合わせ、または単独でも使用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
次の実施例では、一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ備えた有機化合物の実施の形態を説明する。これらの化合物は、顕微鏡用の浸液として、個々に、または更に化合物と組み合わせて使用することができる。必要ならば、浸液の粘度νおよび/または屈折率nを所定のパラメータ値に調節するため、添加剤を更に用いても良い。適当な添加剤としては、例えば、アルキルナフタレン、クロロナフタレン、ブロモナフタレン、ヨードナフタレン、フェニルナフタレン、ベンジルナフタレン、および/またはナフチル酢酸エステルが挙げられる。
【0029】
本件において、全ての実施例は次の要件を満たしている。
・屈折率n≧1.70(546.1nm、20℃において)
・アッベ数(分散)V≧20
・380nmから1500nmの範囲で十分に透過性
・小さい内部蛍光F(405nm/485nm)<硫酸キニーネ20mg/l当量
・操作温度での粘度>50mm/s、特に、>80mm/s
・通常の操作温度で揮発しない
・ガラス表面(カバーガラスなど)を十分に濡らす
・顕微鏡染料の色が安定(カバーガラスを用いない操作で調製物が褪色しない)
・長期に亘って入手可能
【0030】
有機化合物と、必要に応じて1つ以上の添加剤とを、適当に選び、および/または、組み合わせることで、次のような特性を備えた浸液が調製可能である。
・様々な操作温度、特に、約23℃から約37℃の温度に合わせて調節可能な光学特性
・±0.0005の屈折率nの再現性
・使用するカバーガラス材料に屈折率を適合させることができる
【実施例】
【0031】
実施例1:
一般反応式に従い、第1化合物として、ベンジルイソチオシアナート(20℃において、n=1.6036)と、第2化合物として、4−メルカプトメチル−3,6−ジチア−1,8−オクタンジチオール(20℃において、n=1.6313)とを反応させて、顕微鏡分析に有用な浸液のための有機化合物(I)を得る。
【化2】

【0032】
この反応を行うため、まず、1モルの第2化合物を準備する。次に、50℃から60℃の温度で撹拌しながら、3モルの第1化合物をゆっくりと滴下して加える。このとき、この反応を促進するため、触媒、例えば、第3級アミン(ジメチルベンジルアミンまたはヒドロキシエチルピロリジンなど)を用いても良い。望ましくは、この反応は、保護ガス中で行い、保護ガスとしては、例えば、アルゴンおよび/または窒素が使用できる。第2化合物をモル過剰として、同時に溶媒として作用させても良い。カルバモジチオアートとして示されている有機化合物(I)は、一般構造式Iで示される構造要素を3つ備えているが、
【化3】


(式中、XはS、Rは水素)、この他に、反応制御に応じて、一般構造式Iで示される構造要素をそれぞれ1つまたは2つ備えた、3種の一付加物と、3種の二付加物も、様々な割合で生成する。更に、反応制御によっては、生成したカルバモジチオアート基とベンジルイソチオシアナートとの反応から、より高次の付加物が少量生じることもある。
【0033】
これにより、特に、浸液の粘度νおよび屈折率nを特異的に調節することができる。望ましくは、この有機化合物が、一般構造式Iで示される構造要素を、最大で5つ、特に、最大で3つ備えているならば、流動性が十分である。一般構造式Iで示される構造要素を6つ以上備えている有機化合物は、20℃から40℃の通常の操作温度では一般に固体であるため、浸液用の成分としては一般に適さず、あるいは質量分率が小さい場合にのみ使える。
【0034】
反応終了後、必要ならばこの有機化合物を、例えば、カラムクロマトグラフィ、調製用HPLC、または真空蒸留などの通常の方法を用いて精製しても良い。有機化合物(I)は、次のような特性を備えている。
屈折率(20℃):
(435.8nm)=1.7430
F’(480.0nm)=1.7252
(546.1nm)=1.7085
(589.3nm)=1.7008
C’(643.8nm)=1.6933
アッベ数(分散):V=22.2
【0035】
有機化合物(I)と、対応する一付加物および二付加物とは、それぞれ、浸液として個々に、あるいは混合して使用することができる。浸液の粘度νおよび/または屈折率nを所定のパラメータ値に調節するため、更に、少なくとも1つの添加剤を混合しても良い。適当な添加剤としては、例えば、アルキルナフタレン、クロロナフタレン、ブロモナフタレン、ヨードナフタレン、フェニルナフタレン、ベンジルナフタレン、および/またはナフチル酢酸エステルが挙げられる。
【0036】
実施例2:
一般反応式に従い、第1化合物として、2モルのフェニルイソチオシアナート(20℃において、n=1.6506)と、第2化合物として、1モルの4−メルカプトメチル−3,6−ジチア−1,8―オクタンジチオール(20℃において、n=1.6313)とを反応させて、顕微鏡分析に有用な浸液のための有機化合物(II)を得る。
【化4】

【0037】
反応制御は、実施例1と同様に行う。しかし、第2化合物の相対モル量が不足しているため、第1の実施の形態と異なり、一付加物および/または二付加物の割合が大きくなる。有機化合物(II)は、次のような特性を備えている。
屈折率(20℃):
(435.8nm)=1.7802
F’(480.0nm)=1.7569
(546.1nm)=1.7355
(589.3nm)=1.7262
C’(643.8nm)=1.7178
アッベ数(分散):V=18.8
【0038】
実施例3:
顕微鏡、特に、近視野顕微鏡用の浸液を調製するため、50体積%の有機化合物(I)と、50体積%の1−フェニルナフタレンとを混合する。この浸液は、次のような特性を備えている。
屈折率(20℃):
(435.8nm)=1.7251
F’(480.0nm)=1.7059
(546.1nm)=1.6880
(589.3nm)=1.6801
C’(643.8nm)=1.6725
アッベ数(分散):V=20.6
【0039】
実施例4:
表1及び表2に掲げた遊離体の混合物を反応させて、更にその他の有機化合物または浸液を得ることができる。これには、その化合物の全ての光学異性体、ラセミ混合物、および位置異性体が、それぞれ共に挙げられているものとする。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
基本的に、第1化合物を、少なくとも1つのイソチオシアナート基の代わりに、またはそれに加えて、イソシアナート基を持つものとしても良い。更に、基本的に、第2化合物を、少なくとも1つのメルカプト基の代わりに、またはそれに加えて、1つ以上のアルコール基を含むものとしても良い。
【0043】
基本的に、特に高い屈折率nを得るには、第1化合物と第2化合物との反応から得られる有機化合物が、一般構造式Iで示される少なくとも1つの構造要素に加えて、複数の芳香族および/またはイオウ含有構造要素を備えていると有益であることが分かった。
【0044】
本発明の対象物の具体的な特性を示すため、方法および測定条件を定義した文書中に明記されているパラメータ値は、偏り(例えば、測定誤差、装置誤差、秤量誤差、DIN許容公差などによる)の範囲までも含めて、本発明の範囲に含まれるものとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ備えた有機化合物を少なくとも1つ含む浸液であって、
【化1】


式中、Xはそれぞれ互いに独立して、SまたはOを示し、Rは、水素または炭化水素を示すことを特徴とする浸液。
【請求項2】
請求項1に記載の浸液であって、前記有機化合物は、前記一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも2つおよび/または最大で5つ備えていることを特徴とする浸液。
【請求項3】
請求項1または請求項2のいずれかに記載の浸液であって、前記浸液は、20℃、430nmから650nmの波長範囲で、少なくとも1.60、望ましくは、少なくとも1.70の屈折率nを持つことを特徴とする浸液。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の浸液であって、前記浸液は、少なくとも18、特に、少なくとも19、望ましくは、少なくとも20のアッベ数を持つことを特徴とする浸液。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の浸液であって、前記浸液は少なくとも1つの添加剤を含み、これにより、前記浸液の粘度νおよび/または屈折率nを、所定のパラメータ値に調節することを特徴とする浸液。
【請求項6】
請求項5に記載の浸液であって、前記の少なくとも1つの添加剤は、アルキルナフタレン、クロロナフタレン、ブロモナフタレン、ヨードナフタレン、フェニルナフタレン、ベンジルナフタレン、および/またはナフチル酢酸エステルを含むことを特徴とする浸液。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の浸液であって、前記一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ備えた前記有機化合物は、少なくとも1つの芳香族および/または環式、特に、多環式の環構造を含むことを特徴とする浸液。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の浸液であって、前記一般構造式Iで示される構造要素を少なくとも1つ備えた前記有機化合物は、カルボン酸類、チオカルボン酸類、カルボン酸エステル類、特にアルキルおよび/またはアリールカルボン酸エステル類、チオカルボン酸エステル類、特にアルキルおよび/またはアリールチオカルボン酸エステル類、エーテル類、特に、アルキルおよび/またはアリールエーテル類、チオエーテル類、特に、アルキルおよび/またはアリールチオエーテル類、ハロゲン化物類、特に、塩化物、臭化物、および/またはヨウ化物、ケトン類、チオケトン類、アルデヒド類、チオアルデヒド類、アルコール類、チオール類、アミン類、および/またはアミド類より選ばれる構造要素を更に1つ以上含むことを特徴とする浸液。
【請求項9】
請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の浸液であって、前記浸液は、20℃から40℃の温度範囲において、少なくとも50mm/s、特に、少なくとも100mm/sの粘度νを持つことを特徴とする浸液。
【請求項10】
少なくとも1つのイソシアナートおよび/またはイソチオシアナート基を含む第1の化合物と、アルコール類および/またはチオール類より選ばれる第2の化合物との反応より得られる有機化合物を少なくとも1つ含むことを特徴とする浸液。
【請求項11】
請求項10に記載の浸液であって、前記浸液は、前記第2化合物を溶媒として含むことを特徴とする浸液。
【請求項12】
浸液用の有機化合物の調製法であって、前記有機化合物は、少なくとも1つのイソシアナートおよび/またはイソチオシアナート基を含む第1の化合物と、アルコール類および/またはチオール類より選ばれる第2の化合物との反応によって調製されることを特徴とする調製法。
【請求項13】
請求項12に記載の調製法であって、前記反応は、前記第1化合物と前記第2化合物との付加工程を含むことを特徴とする調製法。
【請求項14】
請求項12または請求項13のいずれかに記載の調製法であって、まず、所定量の前記第2化合物を反応容器に加え、次に、所定量の前記第1化合物を、望ましくは、所定の時間内に滴下して加えることを特徴とする調製法。
【請求項15】
請求項14に記載の調製法であって、前記第2化合物は、前記第1化合物に対してモル過剰であることを特徴とする調製法。
【請求項16】
請求項14または請求項15のいずれかに記載の調製法であって、前記反応の少なくとも1つの反応工程は、触媒、特に、第3級アミンの存在下で行われることを特徴とする調製法。
【請求項17】
請求項14から請求項16のいずれか1項に記載の調製法であって、前記第1化合物として、単官能イソシアナートおよび/またはイソチオシアナートを用い、前記第2化合物として、少なくとも2つ、望ましくは3つのアルコールおよび/またはチオール基を持つ化合物を使用することを特徴とする調製法。
【請求項18】
顕微鏡、特に、近視野顕微鏡用の浸液油としての、請求項1から請求項9のいずれか1項および/または請求項10または請求項11のいずれかに記載の浸液、および/または、請求項12から請求項17のいずれか1項に記載の方法で調製した有機化合物の使用。



【公開番号】特開2010−256865(P2010−256865A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2010−39406(P2010−39406)
【出願日】平成22年2月24日(2010.2.24)
【出願人】(510051185)カール ツァイス アーゲー (2)
【Fターム(参考)】