説明

消化管運動賦活剤及びその製造方法

【課題】容易に入手し得る原料を用い、いったん減退した消化管運動機能を効果的に回復し得る新規な薬剤を提供する。
【解決手段】一般式


(式中のR1、R2、R3及びR4はそれぞれ水素原子又は低級アルキル基であるか、あるいはR1とR2又はR3とR4とでたがいに連結して低級アルキレン基を形成する基であり、R5は水素原子又は低級アルキル基、Xは1価のイオンである)
で表わされるプロトベルベリン型アルカロイドの少なくとも1種を有効成分として含む消化管運動賦活剤とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトベルベリン型アルカロイドを有効成分とした新規な消化管運動賦活剤、すなわち消化管運動の減退によりもたらされる胃運動や胃排出能の低下に起因する胃もたれ、胃部不快感、胃痛、食欲不振、胃部膨満感、胃アトニー、悪心、嘔吐などの消化器機能欠乏症状を回復するための賦活剤及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
最近、環境的にストレスが増大する傾向にあり、ストレスが原因となって胃もたれ、胃部不快感、食欲不振、腹部膨満感、悪心、嘔吐などの消化器機能低下症状を訴える人が多くなっている。
また、高齢化による下部食道括約筋圧(lower esophageal sphincteric pressure、LESPと略す)の低下に伴って発症する逆流性食道炎によっても、胸焼け、胃もたれなどの消化器機能欠乏症状を呈する。
【0003】
このような消化器機能欠乏症状の治療には、通常消化管運動賦活剤の投与が行われている。そして、この消化管運動賦活薬としては、これまでにクエン酸モサプリドのような5‐HT4レセプター・アゴニストや、ドンペリドン、トグマチールのようなドーパミンD2アンタゴニストやマレイン酸トリメブチンのようなオピオイド・μレセプター刺激薬が提案され、これらの消化管運動賦活剤は単独投与により消化管運動や胃排出能を上昇させることが知られている。
【0004】
他方、ケシ科のコリダリス・ターシャニノビ ベッサーフォルム ヤンフソ チョーエットシー(Corydalis turtschaninovii Besser forma yanhusuo Y.H. Chou et C. C. Hsu)及びその近縁植物の根塊を乾燥した生薬として知られているエンゴサクについては、鎮痛、鎮痙作用を有することが知られ、安中散などの漢方処方に用いられている。
【0005】
また、このエンゴサクに含まれているアルカロイドについては弱いパパベリン様の鎮痙作用が認められ、またエンゴサクから抽出精製した第四級塩基を主成分とし、第三級塩基を含むアルカロイドエキスについては、強力な胃液分泌抑制作用及び抗潰瘍作用を示すこと及びその有効成分がデヒドロコリダリンであることが見出されている(非特許文献1,2参照)
そして、これらのテトラヒドロプロトベルベリン型アルカロイドの1種であるコリダリンを有効成分とするアシルコエンザイムA・コレステロールアシルトランスフェラーゼ(ACAT)阻害剤(特許文献1参照)、プロトベルベリン型アルカロイドであるパルマチン塩、コプチシン塩又はそれらの誘導体を有効成分とする脂肪分解促進剤(特許文献2参照)、ベルベリン又はナルコトリンを含む胃腸管の粘膜組織を修復、再生するための組成物(特許文献3参照)などがこれまでに提案されている。
【0006】
しかしながら、これまでエンゴサク及びその抽出物が消化管運動賦活作用を有することは知られていない。
【0007】
【特許文献1】特開平8−59469号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献2】特開平9−95452号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献3】特表2005−508976号公報(特許請求の範囲その他)
【非特許文献1】渡辺和夫,後藤義明,村上学,「応用薬理」,1974年,第8巻,第8号,p.1105−1113
【非特許文献2】荘司行伸,河島勝良,清水当尚,「日薬誌」,1974年,第70巻,p.425−437
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、容易に入手し得る原料を用い、いったん減退した消化管運動機能を効果的に回復し得る新規な薬剤を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、新規な消化管運動賦活剤を開発するために種々研究を重ねた結果、エンゴサクの抽出物中に含まれているプロトベルベリン型アルカロイドがいったん減退した消化管運動の賦活に有効であることを見出し、この知見に基づいて本発明をなすに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、一般式
【化1】

(式中のR1、R2、R3及びR4はそれぞれ水素原子又は低級アルキル基であるか、あるいはR1とR2又はR3とR4とでたがいに連結して低級アルキレン基を形成する基であり、R5は水素原子又は低級アルキル基、Xは一価のイオンである)
で表わされるプロトベルベリン型アルカロイドの少なくとも1種を有効成分として含む消化管運動賦活剤を提供するものである。
【0011】
この一般式(I)におけるR1、R2、R3、R4及びR5がそれぞれ低級アルキル基である場合、この低級アルキル基は炭素数1〜4のアルキル基が好ましい。このアルキル基は直鎖状、枝分れ状のいずれでもよい。このようなアルキル基の例としては、メチル基、エチル基、n‐プロピル基、イソプロピル基、n‐ブチル基、イソブチル基などを挙げることができる。
【0012】
また、R1とR2又はR3とR4とが、たがいに連結して低級アルキレン基を形成する場合、この低級アルキレン基は、炭素数1〜4のアルキレン基であるのが好ましい。このようなアルキレン基の例としては、メチレン基、エチレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基を挙げることができる。
さらに、X-としては、水酸イオン、塩素イオン、臭素イオンのようなハロゲンイオン、硝酸イオン、H2PO4-イオンなどを挙げることができる。
【0013】
上記の一般式(I)において、R1、R2、R3、R4及びR5がいずれもメチル基の場合はデヒドロコリダリン(dehydrocorydaline)、R1とR2及びR3とR4がそれぞれメチレン基を形成し、R5が水素原子の場合はコプチシン(coptisine)、R1、R3、R4及びR5がメチル基でR2が水素原子の場合はデヒドロコリブルビン(dehydrocorybulbine)、R1とR2がメチレン基を形成し、R3及びR4がメチル基、R5が水素原子の場合はベルベリン(berberine)、R1、R2及びR5がメチル基、R3とR4がメチレン基を形成する場合はデヒドロタルクトリフォリン(dehydrothalictrifoline)、R1、R2、R3及びR4がメチル基、R5が水素原子の場合はパルマチン(palmatine)である。
【0014】
一般式(I)のプロトベルベリン型アルカロイドは、例えばエンゴサク粉末に1.5〜10倍量の抽出溶剤を加え、温度20〜85℃において1〜120時間抽出したのち、残渣をろ去し、ろ液を1/2〜1/4体積になるまで減圧濃縮し、次いで凍結乾燥することにより得ることができる。
【0015】
この際の抽出溶剤としては、水又は低級アルカノール例えばメタノール、エタノール、プロパノール又はブタノールあるいはこれらの混合物が用いられるが、最も好ましいのは30〜50%濃度のエタノール水溶液である。
【0016】
抽出温度は、20〜85℃の範囲が用いられるが、比較的温度が高ければ抽出時間は短かく、また比較的温度が低ければ抽出時間は長くなる。例えば、抽出温度を50〜85℃の範囲で選べば、抽出時間は1〜5時間程度であるが、抽出温度を20℃にすれば抽出時間は120時間になる。
【0017】
本発明の消化管運動賦活剤は、有効成分として一般式(I)で表わされるプロトベルベリン型アルカロイドを単独で含んでいてもよいし、2種以上を混合して含んでいてもよい。
【0018】
本発明の消化管運動賦活剤は、経口用賦形剤と混合して経口用製剤に調製することもできるし、また非経口用賦形剤と混合して非経口用製剤、例えば注射薬に調製することもできる。
本発明の消化管運動賦活剤は1日当り0.0001〜5g/kg体重、好ましくは0.01〜0.5g/kg体重の割合で、所望に応じ数回に分割して投与することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の消化管運動賦活剤は、減退した消化管運動機能に起因する胃もたれ、胃部不快感、食欲不振、腹部膨満感、悪心、嘔吐などの症状を効果的に回復させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
次に、実施例によって本発明を実施するための最良の形態を説明するが、本発明はこれによりなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
エンゴサク末1070gに30%エタノール2.3リットルを加えよく混和し、3時間還流抽出し、ろ過する。この操作を4回繰り返し、得られたろ液を60℃以下で減圧濃縮し、凍結乾燥後、消化管運動賦活剤152.5gを得た。
この賦活剤中にはコリダリン0.38質量%、コプチシン0.153質量%、パルマチン0.022質量%、ベルベリン0.006質量%、デヒドロコリダリン0.136質量%を含むことが確認された。
【実施例2】
【0022】
エンゴサク末2000gにメタノール2.5リットルを加えよく混和し、3時間還流抽出し、ろ過する。残った残渣メタノール2.0リットルを加えさらに3時間還流抽出し、ろ過する。さらにこの操作を再度繰り返し、得られたろ液を60℃以下で減圧濃縮し、消化管運動賦活剤71.9gを得た。
この賦活剤中にはコリダリン1.53質量%、コプチシン0.153質量%、パルマチン0.104質量%、ベルベリン0.036質量%、デヒドロコリダリン0.678質量%を含むことが確認された。
【実施例3】
【0023】
エンゴサク末15.5gに10倍量の50%エタノールを加え、抽出温度75℃で3時間還流抽出後、ろ過(東洋濾紙No.2)する。得られたろ液を約1/3量まで減圧濃縮し、凍結乾燥機(EYELA FREEZE DRYER FD−81 東京理化機械)を用いて凍結乾燥することにより、消化管運動賦活剤2.47gが得られた。この賦活剤中にはコリダリン0.34質量%、コプチシン0.20質量%、パルマチン0.13質量%、ベルベリン0.04質量%、デヒドロコリダリン0.57質量%を含むことが確認された。
【実施例4】
【0024】
16時間絶食させたddY系6週令雄性マウスを用い、l−dopaにより低下した消化管輸送能の賦活実験を行った。すなわちl‐dopa300mg/kgを皮下投与したマウスに対し、実施例1で得た30%エタノールエキス及び実施例2で得たメタノールエキスのそれぞれ所定量を経口投与した。
次いで、5分後に5%炭素末を体重10g当り0.1mlの割合で経口投与した後、20分後に頚椎脱臼させて屠殺し、胃、小腸を摘出し、胃幽門部より盲腸までの長さと炭素末の移動した先端までの長さを計測し、その長さに対する移動率である消化管輸送能を算出し、対照群と比較した。
なお、各エキスはTween 80と5%アラビアゴムの混液(1:19)に、また5%炭素末は5%アラビアゴムに懸濁し、マウス体重10g当り0.1mlの割合で投与した。その結果を表1に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
この表から分るように、l−dopaにより消化管輸送能が低下したマウスに対しては、両エキスともに輸送能を回復する傾向がみられた。エンゴサクではメタノールエキスについて用量依存的な促進がみられ、中でも250及び500mg/kgでは有意な促進が認められた。
また特に500mg/kgでは輸送率66.75%と正常群の61.56%を上回る促進がみられた。
30%エタノールエキスについては500mg/kgでは有意な増加が認められたが125及び250mg/kgでは対照群と比べて変化はみられず、用量依存性も見られなかった。
【実施例5】
【0027】
16時間絶食させたddY系6週令雄性マウスを用い、l−dopaにより低下した胃排出能の賦活実験を行った。すなわち、実施例1で得た30%エタノールエキス及び実施例2で得たメタノールエキスの所定量を経口投与したマウスへ、30分後にl−dopa 300mg/kgを皮下投与し、さらに30分後に2%ブルーデキストラン水溶液0.4mlを経口投与した後、15分後に頚椎脱臼させて屠殺し、胃を摘出し、胃内容物中のブルーデキストランの濃度を定量した。
さらにブルーデキストラン投与直後の濃度を定量し、0分後のこの濃度に対する胃排出率を算出し、対照群と比較した。
なお、被検薬物はTween 80と5%アラビアゴムの混液(1:19)に、マウス体重10g当り0.1mlの割合で投与した。その結果を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
この表から分るように、l−dopaの投与により胃排出能が低下したマウスに対し、メタノールエキスでは12.5〜50mg/kgとほぼ用量依存的に回復する傾向が認められ、特に50及び100mg/kgの投与では、対照群に比べて有意差が認められた。また、30%エタノールエキスでは、100mg/kgの投与で有意差が認められた。
【実施例6】
【0030】
実施例5におけるメタノールエキス及び30%エタノールエキスの代りに、その中に含まれる成分の1つであるコリダリンを異なった量で用い、同様の実験を行った。その結果を表3に示す。
【0031】
【表3】

【実施例7】
【0032】
実施例5におけるメタノールエキス及び30%エタノールエキスの代りに、その中に含まれる成分の1つである塩化パルマチンを異なった量で用い、同様の実験を行った。その結果を表4に示す。
【0033】
【表4】

【0034】
この表から分るように、l−dopaの投与により胃排出率が低下したマウスに対し、塩化パルマチンを104又は208μg/kg投与すると、胃排出率を有意に回復させることができる。
【実施例8】
【0035】
実施例5におけるメタノールエキス及び30%エタノールエキスの代りに、その中に含まれる成分の1つである塩化コプチシンの異なった量を用い、同様の実験を行った。その結果を表5に示す。
【0036】
【表5】

【0037】
この表から分るように、l−dopaの投与により低下した胃排出率は、塩化コプチシン153〜612μg/kgの投与により回復させることができる。特に612μg/kgの用量では対照群に比べ明らかに有意差が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明によれば、ストレス等により低下した消化管機能を効果的に回復し、健常状態に戻すことができる薬剤が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式
【化1】

(式中のR1、R2、R3及びR4はそれぞれ水素原子又は低級アルキル基であるか、あるいはR1とR2又はR3とR4とでたがいに連結して低級アルキレン基を形成する基であり、R5は水素原子又は低級アルキル基、Xは1価のイオンである)
で表わされるプロトベルベリン型アルカロイドの少なくとも1種を有効成分として含む消化管運動賦活剤。
【請求項2】
ケシ科のエンゴサクを水又は低級アルカノールの中から選ばれた少なくとも1種を用いて20〜85℃において1〜120時間抽出し、この抽出液を減圧濃縮後、凍結乾燥することを特徴とする、一般式
【化2】

(式中のR1、R2、R3及びR4はそれぞれ水素原子又は低級アルキル基であるか、あるいはR1とR2又はR3とR4とでたがいに連結して低級アルキレン基を形成する基であり、R5は水素原子又は低級アルキル基、Xは一価のイオンである)
で表わされるプロトベルベリン型アルカロイドの少なくとも1種を有効成分として含む消化管運動賦活剤の製造方法。
【請求項3】
低級アルカノールがメタノール、エタノール、プロパノール又はブタノールである請求項2記載の消化管運動賦活剤の製造方法。

【公開番号】特開2007−112738(P2007−112738A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−305035(P2005−305035)
【出願日】平成17年10月19日(2005.10.19)
【出願人】(000148782)株式会社太田胃散 (6)
【Fターム(参考)】