説明

涙液分泌量を増加させる眼用組成物

【課題】涙腺機能低下による涙液分泌量の減少を増加させるための眼用組成物の提供。
【解決手段】塩酸ピロカルピンを含有することを特徴とする涙液分泌を増加させるための眼用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、涙液分泌を増加させるための眼用組成物、さらに詳しくは眼への過度な負荷により涙腺の機能が低下し、分泌量の減少した涙液を増加させるための眼用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
涙液は、眼球の最外層を覆う厚さ約7μmの薄い液層である。涙液は、表層から、油層・水層・ムチン層の3層構造を有しており、これらの各層が互いに影響し、涙液の構造を整えている。また、これらの涙液の各層には、例えば、ラクトフェリン、リゾチーム、IgA、IgGおよびアルブミン等のタンパク質、ワックス、コレステロール、糖質、ムチン等の種々の成分が含有されている。これらの成分を含有する涙液の機能としては、眼表面の環境を湿潤に保つとともに、外界から侵入する病原体等からの感染防御、多数の生理活性物質の供給および無血管組織である角膜への酸素供給等が挙げられる。
このように、涙液は様々な機能を有しているが、例えば、涙液の分泌に異常が起こり、その量的・質的変化によって、涙液の蒸発量が増加した場合等には、涙液の機能が正常に機能しなくなることがある。こうした涙液異常が生じた場合、自覚症状として眼の乾燥等のドライアイ症状を訴える症例が多い。
このドライアイ症状が引き起こされる原因は様々なものが報告されているが、近年注目されているものの一つとして、パーソナルコンピュータ(PC)のディスプレイ画面(VDT)を見ながら行う作業(VDT作業)による眼への負荷がある。
【0003】
近年、IT技術の向上と基盤整備の充実に伴って、日常生活の中でPCを使用する機会が飛躍的に増加した。Intel社が概算したところ、世界には約10億台のインターネットに接続したPCがあると言われており、今やオフィスワーカーのほとんどがVDTを見ながら仕事を行っている。このPCの使用頻度の増加に伴い、VDT作業が原因と考えられる視覚障害を伴った眼精疲労やドライアイ症状を訴える人の増加が確認されており、先進工業国では重大な健康問題として取り上げられ始めている。ドライアイ症状は、VDT作業によって瞬き回数が通常の4分の1程度に減り、涙液の蒸発量が増えることが一因と考えられているが、本発明者らはVDT作業のような目への過度な負荷によって涙腺機能が低下し、涙液の分泌量が減少していることを新たに見出した。
また、この眼への負荷は酸化ストレスであることが疑われており、2007年の中村らの報告(非特許文献1)によると、VDT作業によって引き起こされる角膜上皮障害は酸化ストレスによるものであることが示されている。
【0004】
現在、このような眼精疲労や眼の乾燥等の不快症状を緩和する方法として、人工涙液を点眼することにより不足した涙液を外部から補充する方法や、涙点を閉鎖する方法等が知られている。しかしながら、いずれの方法も一時的な対症療法に過ぎないものであり、満足のいくものではない。それゆえ、このような対症療法ではなく、減少した涙液の分泌量を増加させることによって、眼の乾燥や、異物感、眼の不快感および眼の疲れ等の症状を根本的に改善する方法や、そのような効果のある組成物が求められている。
これまで、角結膜表面の乾燥を防止する目的で、ヒアルロン酸やグルコマンナンを有効成分とする点眼液(特許文献1及び特許文献2)や、トリメチルグリシンを含有してなる眼科用液剤が開示されている(特許文献3)。
【0005】
また、シクロスポリンを有効成分とする点眼薬が乾燥性角結膜炎(KCS)の処置に、βアドレナリン受容体作動薬を有効成分として含有する組成物が乾性眼障害や角結膜障害の治療に利用できること(特許文献4及び特許文献5)、さらには、涙液の分泌を促進するためのPY受容体アゴニストの使用(特許文献6)や、涙液層を安定化させるカルボスチリル誘導体の使用(特許文献7)も開示されている。
しかしながら、これらの技術には、VDT作業等の眼に対する負荷によって涙腺機能が低下し涙液分泌量が減少する事実やこれを治療するための組成物については一切記述がない。
【特許文献1】特開昭60−8425号公報
【特許文献2】特開平6−345653号公報
【特許文献3】特開2000−281563号公報
【特許文献4】米国特許第4839342号
【特許文献5】再公表WO01/041806号公報
【特許文献6】再公表WO98/034593号公報
【特許文献7】特許第3093661号公報
【非特許文献1】Investigative Ophthalmology & Visual Science, April 2007, Vol.48, No.4, p1552−1558「Involvement of Oxidative Stress on Corneal Epithelial Alterations in a Blink−Suppressed Dry Eye」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、涙腺機能の低下によって減少した涙液の分泌量を増加させるための点眼組成物を提供することにある。
【0007】
本発明の他の目的および利点は以下の説明から明らかになろう。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、VDT作業により涙腺機能が低下し、涙液分泌量が減少する症状を見出し、さらに涙腺機能を正常な状態に戻すことによって涙液分泌量を増加させるための眼用組成物を究明し本発明に到達した。すなわち、本発明は、塩酸ピロカルピンを含有することを特徴とする涙液分泌を増加させるための眼用組成物である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によって開示される薬剤の使用によって、眼に対する負荷により機能の低下した涙腺を正常な状態に戻し、涙液の分泌量を増加させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の眼用組成物は、有効成分として塩酸ピロカルピンを含有している。該成分による涙腺機能の正常化および涙液分泌量の増加を妨げない限り、さらに必要に応じて、各種成分を含有することができる。
本発明における塩酸ピロカルピンを含有する組成物の投与方法としては、経口投与などの各種の投与方法をとることができるが、例えば点眼液または眼軟膏等の局所投与剤が好ましい。点眼液の投与量および投与回数は、塩酸ピロカルピンの含有量が1〜1,000mMの溶液を1回につき1〜2滴で1日数回点眼すればよい。製剤の安定性およびさし心地の良さを得るために、並びに容器開封後の内容液の微生物汚染を避けるために、該製剤には添加物としては、例えば等張化剤、緩衝剤、安定化剤、粘稠剤および防腐剤を使用目的、剤型および容器形態に応じて適宜使用するのが望ましい。
【0011】
上記等張化剤は、該点眼剤の浸透圧を調整する目的等で含有することができる。該等張化剤としては、一般に点眼剤等に用いられているものであれば特に差し支えなく、例えば塩化ナトリウム、塩化カリウムおよび塩化マグネシウムなどからなるアルカリまたはアルカリ土類金属塩;およびグルコース、マンニトール、ソルビトール、キシリトールおよびデキストランなどの糖質が好ましく用いられる。これらは単独であるいは2種以上併用することができ、これら等張化剤の濃度は0.5〜5.0重量%の範囲が好ましい。また、点眼剤水溶液の浸透圧は、等張化剤の濃度を調整して、生理食塩水を1とした場合、その浸透圧比が0.7〜1.3の範囲に収まるようにするのが好ましい。
上記緩衝剤は、該点眼剤のpHを安定化する目的等で含有させることができる。緩衝剤としては、一般に点眼剤等に用いられているものであれば特に差し支えなく、例えばリン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸一水素カリウム、およびリン酸二水素カリウムの如きリン酸系緩衝剤、硼酸、硼酸ナトリウムの如き硼酸系緩衝剤並びにトリスアミノメタンと希塩酸およびトリスマレートと希カセイソーダ液の如きトリス系緩衝剤が好ましい。緩衝剤は0.05〜1.0重量%の濃度範囲で用いるのが好ましい。本発明の点眼水溶液のpH範囲はpH5〜8であることが好ましく、pH5以下の酸性またはpH8以上のアルカリ性領域では眼刺激や眼障害を生じる可能性があるので避けるべきである。
【0012】
上記安定化剤は、該点眼剤の有効成分を安定化する目的等で含有することができる。該安定化剤としては、一般に点眼剤等に用いられているものであれば特に差し支えなく、例えばエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム、クエン酸およびクエン酸塩が好ましくい。また、その濃度は0.01〜0.2重量%の範囲が好ましい。
上記防腐剤は、該点眼剤に防腐効果を持たせる目的で含有することができる。該防腐剤としては、一般に点眼剤等に用いられているものであれば特に差し支えなく、例えばエチルパラベン、ブチルパラベン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウムおよびグルコン酸クロルヘキシジンなどが好ましく、その濃度は0.001〜0.1重量%の範囲が好ましい。
【0013】
上記粘稠化剤は、該点眼剤の粘度を調整する目的等で含有することができる。該粘稠化剤としては、一般に点眼剤等に用いられているものであれば特に差し支えなく、例えばグリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールおよびポリビニルアルコールなどのポリオール類、トレハロース、シュクロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースおよびβ−シクロデキストリンなどの糖質類、カルボキシビニルポリマーおよびポリビニルピロリドンなどが用いられる。これらの粘稠剤の濃度は、目的とする製剤の粘性率によって適宜設定され、0.05〜5.0重量%の範囲が好ましい。
また、眼軟膏の基剤としては、例えば白色ワセリンまたは流動パラフィンが好ましく用いられる。
【実施例】
【0014】
以下、本発明を実施例および比較例により具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0015】
実施例1
以下のように、低湿度環境下にてラットに向けて送風を行い、ラットドライアイモデルを作製した。作製したラットドライアイモデルを用い、本発明の有効成分である塩酸ピロカルピンの涙液分泌量の亢進作用について調べた。
【0016】
(1)使用動物
被験動物として、照明下12時間および暗室下12時間、室温23±2℃、相対湿度60±10%の環境を維持した飼育室にて、4日間馴化させた8週齢の雌性SDラットを用いた。
【0017】
(2)ラットドライアイモデルの作製方法
馴化飼育後、ラットを室温20±2℃、相対湿度25±5%に維持した低湿度環境下に搬入し、ラットに扇風機にて風速2〜4m/sの送風を行った。この送風は、ラットが正面から風を受けるようにした状態で8時間、その後さらに、ラットが自由に動くことができる状態で16時間行った。これを連続して10日間行った。なお、本実施例では、このような環境をDry環境という。
【0018】
(3)ラットドライアイモデルの評価
塩酸ピロカルピン点眼およびPBS点眼による涙腺機能の回復効果の調査を実施する前に、確認のために、Normal環境(通常湿度、送風なし)およびDry環境におけるラットの涙腺細胞の顕微鏡観察とSchirmer試験による涙液分泌量の測定を実施した。さらに、Normal環境のラット及びDry環境のラットから涙腺を採取し、タンパク質分泌量の測定を行った。その結果、Dry環境のラットは、Normal環境のラットと比較して、涙腺細胞が肥大し、涙液分泌量も低下していた(図1及び図2参照。図1の左右一対の写真は同じ倍率。右上部写真中の左下の白線および右下部写真中の左下の白線の長さはそれぞれ200μmおよび50μmである。)。また、タンパク質分泌量も低下しており涙腺機能の低下が確認された(図3参照)。
【0019】
(4)試験薬の調製と点眼方法
塩酸ピロカルピンをリン酸緩衝ナトリウム溶液(以下PBSと略す)に溶解したものと、対照としてPBSのみを用いて試験を行った。塩酸ピロカルピン溶液(塩酸ピロカルピン量:0.75mg/kg)または対照溶液を、ラットが風を正面から受ける状態の後に点眼する操作を飼育期間中継続した。
【0020】
(5)涙液分泌亢進作用の評価
処置5日目と10日目の塩酸ピロカルピン溶液または対照溶液点眼後の涙液分泌量をSchirmer試験によって測定した。その結果、ピロカルピン投与群は対象群と比較して涙液分泌量が多く、分泌量の低下が抑制されていることが分かった(図4参照)
【0021】
参考例1
実施例1に示すラットドライアイモデルを用いて、休息による涙液分泌量と涙腺機能の回復効果を調べた。
(1)実験操作
実施例1の(1)に示すラットに実施例1の(2)に示す処置を行い、その後10日間Normal環境で飼育したときの涙液分泌量をSchirmer試験によって測定した。また、涙腺細胞のタンパク質分泌量をBradfoed法によって測定した。
(2)涙液分泌量の測定
涙液分泌量とタンパク質分泌量を測定した結果、ラットドライアイモデルの涙液分泌量が回復しており、涙腺機能も回復していることが確認された(図5及び図6参照)。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】Normal環境およびDry環境におけるラットの涙腺細胞の、顕微鏡写真。
【図2】Normal環境およびDry環境におけるラットの涙腺細胞の、経時的なシルマー(Schirmer)スコアの変動。
【図3】Normal環境およびDry環境におけるラットの涙腺細胞の、経時的な蛋白質分泌量の変動。
【図4】Dry環境におけるラットの涙腺細胞の、ピロカルピン投与後5日目と10日目のシルマースコア。
【図5】Dry環境におけるラットの涙腺細胞を、Normal環境に戻したときの、シルマースコアの回復。
【図6】Dry環境におけるラットの涙腺細胞をNormal環境に戻したときの、蛋白質分泌量の回復。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩酸ピロカルピンを含有することを特徴とする涙液分泌を増加させるための眼用組成物。
【請求項2】
涙腺機能の低下による涙液分泌量の低下を、涙腺機能を正常に戻すことによって増加させる請求項1記載の眼用組成物。
【請求項3】
涙腺機能の低下がVDT作業による請求項2記載の眼用組成物。
【請求項4】
塩酸ピロカルピンの、涙液分泌を増加させるための眼用組成物への有効成分としての使用。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【公開番号】特開2009−203175(P2009−203175A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−45132(P2008−45132)
【出願日】平成20年2月26日(2008.2.26)
【出願人】(595149793)株式会社オフテクス (8)
【Fターム(参考)】