説明

液体クロマトグラフ質量分析装置

【課題】
APCI/ESI高速切替えが可能な高感度イオン源を提供する。
【解決手段】
複数の試料成分が混合した溶液を成分毎に分離する分離手段と、前記分離手段から溶出する溶液をガスと共に噴霧し試料の一部をエレクトロスプレイイオン化する試料噴霧部と、噴霧された試料成分の一部を大気圧化学イオン化する針電極と、前記針電極で生成したイオンを真空中に導入する試料導入部と、前記試料導入部より導入されたイオンを質量分離する質量分析部で構成される液体クロマトグラフ質量分析装置に於いて、前記試料噴霧部で噴霧された試料液滴を覆う気化部を備え、前記気化部の出口面積が前記気化部の断面積より小さいことを特徴とする。
【効果】
APCI/ESI高速切替えが可能な高感度イオン源の提供が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
流量が数百μL/min 以上での液体クロマトグラフィーは複数の成分が混合した試料の分離手段として一般的である。液体クロマトグラフの試料検出手段の一つである質量分析装置は、試料分子をイオン化して真空中に導入し、真空内の電場を制御して試料分子の質量を求める分析装置である。質量分析装置のイオン源にはエレクトロスプレイイオン化法を用いたエレクトロスプレイイオン源(ESI)や大気圧化学イオン化法を用いた大気圧化学イオン源(APCI)、ソニックスプレイイオン化法を用いたソニックスプレイイオン源(SSI)が一般的に用いられる。いずれのイオン化法においても、液体クロマトグラフから溶出する試料溶液を噴霧し、生成した試料液滴の気化効率を上げてイオン化効率を向上させる。
【0003】
液体クロマトグラフから溶出する数百μL/min の試料溶液を噴霧する場合、全ての試料液滴を質量分析装置に導入されるまでに気化させるのは、流量が高いため困難である。
【0004】
試料液滴の気化効率を上げるために噴霧した試料液滴の気化を助ける乾燥ガスを試料液滴に対して導入する方法がある。この場合、試料液滴の十分な気化のためには試料液滴と乾燥ガスを十分攪拌することが必要であるが、例えば、特許文献1に示されるように試料噴霧部と乾燥ガス導入方向が同軸の場合、ガスと試料液滴の攪拌が不十分で気化効率が低く、また気化した試料の濃度が乾燥ガスにより希釈されるため、APCIに於いてはイオン化効率が低下し、その他のイオン源においてもMS部への試料導入効率が低下する結果、感度が低下する課題があった。
【0005】
これに対し、例えば、特許文献2や特許文献3に示されるように、試料噴霧部と交差する軸方向より乾燥ガスを導入する場合に於いても、試料液滴を十分乾燥するためには多量のガスが必要であり、気化した試料の濃度がガスにより希釈されAPCIに於いてはイオン化効率が低下し、その他のイオン源においてもMS部への試料導入効率が低下する結果、感度が低下する課題があった。
【0006】
また、気化不十分な試料液滴が質量分析装置の試料導入部に直接あたると、試料導入部の温度低下が生じて質量分析装置の感度が低下する。これを避けるために、この流量の試料をイオン化するイオン源は、気化不十分な試料液滴が直接質量分析装置の試料導入部へ当たらないように試料導入部の細孔とイオン源の噴霧部との軸をずらしたり、試料導入部に対して直交方向から試料を噴霧する方法がある。この場合、噴霧部から噴霧された試料液滴と試料導入部の距離が、細孔正面から噴霧した場合より遠いため、MS部への試料導入効率が低下する結果、感度が低下する課題があった。
【0007】
【特許文献1】特開2003−83938号公報
【特許文献2】米国特許第5412208号
【特許文献3】米国特許第6759650号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
質量分析装置の複数のイオン化法のうち、複数のイオン化法を同一のイオン源で実現すると測定者の利便性が向上する。
【0009】
ESIとAPCIを一台で実現するイオン源の場合、ESIとAPCIで試料噴霧機構を共有し、かつESIとAPCIを測定者の要望に応じて即時に切替え可能である必要がある。また、いずれのイオン化法においても、イオン化効率やMS部への試料導入効率などで定まる感度を同等に維持する必要がある。
【0010】
APCIの試料噴霧方式には加熱噴霧方式とガス噴霧方式がある。例えば特開2000−314726号公報に示されるような加熱噴霧方式の場合、APCIからESIへ切替える際は加熱ブロックの温度低下を待つ必要があり、高速での切替えは不可能である。
【0011】
従って、ガス噴霧方式によるESIを基準に、ESIの感度維持したままAPCIにも対応することが課題である。しかし、ガス噴霧方式による試料噴霧でAPCIを行う場合、ESIにおけるレイリー分裂による試料液滴の微細化が不可能であるため試料溶液の気化がESIよりも困難である。これを解決するために多量かつ高温の乾燥ガスを試料液滴に導入すると、気化は促進されるが、気化した試料の濃度が乾燥ガスにより希釈されるためAPCIのイオン化効率が低下する結果、感度が低下する。また、APCIでの試料液滴の気化を赤外線ランプによって実現する場合は、試料の希釈を避けて試料を気化することが可能であるが、ランプ表面に試料液滴などの汚れが付着しやすく、その結果ランプが破損する課題があった。
【0012】
本発明は、複数のイオン源の間で(例えば、APCI/ESIの間で)高速切替えが可能な高感度イオン源を有する液体クロマトグラフ質量分析装置の提供を目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一つの態様によれば、複数の試料成分が混合した溶液を成分毎に分離する分離手段と、前記分離手段から溶出する溶液をガスと共に噴霧し試料の一部を第1のイオン源でイオン化する試料噴霧部と、噴霧された試料成分の一部をイオン化する第2のイオン源と、前記第2のイオン源で生成したイオンを真空中に導入する試料導入部と、前記試料導入部より導入されたイオンを質量分離する質量分析部とを有する液体クロマトグラフ質量分析装置であって、前記試料噴霧部で噴霧された試料液滴を覆う気化部を備え、前記気化部の出口面積が前記気化部の断面積より小さいことを特徴とする。
【0014】
本発明の他の態様によれば、複数の試料成分が混合した溶液を成分毎に分離する分離手段と、前記分離手段から溶出する溶液をガスと共に噴霧し試料の一部をエレクトロスプレイイオン化する試料噴霧部と、噴霧された試料成分の一部を大気圧化学イオン化する針電極と、前記針電極で生成したイオンを真空中に導入する試料導入部と、前記試料導入部より導入されたイオンを質量分離する質量分析部で構成される液体クロマトグラフ質量分析装置に於いて、前記試料噴霧部で噴霧された試料液滴を覆う気化部を備え、前記気化部の出口面積が前記気化部の断面積より小さいことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、複数のイオン源(例えば、ESIとAPCI)で試料噴霧機構を共有し、いずれのイオン化法においても、イオン化効率やMS部への試料導入効率などで定まる感度を同等に維持することが可能となるため、複数のイオン源の間(例えば、APCI/ESIの間)の高速切替えが可能な高感度イオン源を有する液体クロマトグラフ質量分析装置の提供が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施例を、図面により説明する。
【実施例1】
【0017】
図1に、本実施例で用いる装置の構成を示す。本実施例は、液体クロマトグラフ1から溶出する試料溶液がイオン源へ導入される配管2と、試料溶液に高電圧を印加して試料をエレクトロスプレイイオン化する噴霧部3と、スプレイした試料液滴を乾燥するためのガスを供給するガス供給部4およびガス配管5と、試料液滴と加熱ガスを攪拌するための気化部6と、気化部6での攪拌を促す仕切り板7と、気化した試料と溶媒が気化部6から出るための仕切り板7上の出口孔8と、気化した試料を大気圧化学イオン化するためのコロナ放電を起こす針電極9と、ESI時の噴霧部3またはAPCI時の針電極9でイオン化した試料と溶媒を質量分析装置10中に導入するための細孔11とで構成される。
【0018】
まず、本実施例でESIを行う場合は、噴霧部3に直流4kV程度の高電圧が印加され、針電極9への電圧印加はされない。液体クロマトグラフ1により単一成分に分離された試料成分は、溶媒と共に配管2を経て噴霧部3へ送られる。噴霧部3では、エレクトロスプレイイオン化により試料は帯電液滴となる。またガス供給部4からは乾燥窒素ガスが10L/min 程度の流量でガス配管5を経て気化部6へ供給される。試料液滴と乾燥ガスは仕切り板7に衝突しながら気化部6で攪拌されて、試料液滴は気化される。気化により試料液滴の直径がある値以下まで達すると、液滴内の電荷同士の反発により液滴は瞬時に微細化し(レイリー分裂)、液滴内の試料や溶媒がイオン化する。イオン化された試料と溶媒は、出口孔8から排出され、細孔11より質量分析装置10へ導入されて質量分離される。
【0019】
次に、本実施例でAPCIを行う場合は、噴霧部3に電圧印加はされず、針電極9に直流9kV程度の高電圧が印加される。液体クロマトグラフ1により単一成分に分離された試料成分は、溶媒と共に配管2を経て噴霧部3へ送られる。噴霧部3で資料は噴霧され、試料液滴となる。またガス供給部4からは乾燥窒素ガスが10L/min 程度の流量でガス配管5を経て気化部6へ供給される。試料液滴と乾燥ガスは仕切り板7に衝突しながら気化部6で攪拌されて、試料液滴は気化される。気化した試料と溶媒分子は、出口孔8から排出される。針電極9先端では、印加された高電圧によりコロナ放電が生じ、針電極9近傍に存在する水などの分子がイオン化されて大気圧化学イオン化部12が生成する。出口孔8から排出された試料と溶媒の気体は、大気圧化学イオン化部12のイオンと衝突すると電荷を奪い、イオンとなる。生成した試料と溶媒のイオンは、細孔11より質量分析装置10へ導入されて質量分離される。
【0020】
上記のようにESIとAPCIの切替えは、直流高電圧の印加部位を変更するのみであるため、高速での切替えが可能である。
【0021】
本実施例では、気化部出口の出口孔8の直径が気化部6の内径よりも小さい。これにより、ESIでは気化部6で気化した試料と溶媒が高濃度で細孔11近傍に排出されるため、質量分析装置10への導入効率が向上する。また、APCIでは大気圧化学イオン化部12に排出されるため、イオン化効率が上がる。
【0022】
また、本実施例では噴霧部3の中心軸よりも出口孔8の中心軸は細孔11に近い。これにより、ESIの場合には、気化部6で生成したイオンが細孔11により近い部分に集められ、質量分析装置10への導入効率がさらに向上する。またAPCIの場合には、噴霧された試料液滴のうち直径が大きく噴霧部3の直下へ吹き付けられる液滴は、まず気化部6下の仕切り板7へ当たるため針電極9には当たらず、大気圧化学イオン化部12の安定性が向上するためイオン化効率が安定する。その他、図2の例に示すように気化部6で気化した試料と溶媒が大気圧化学イオン化部12のイオン密度が大きい部分に排出されるため、イオンとの衝突確率が高くなり、イオン化効率が上がる。さらに、気化部6で気化した試料と溶媒が細孔11に近い部分から排出されるため、イオン化した試料が細孔11に導入される効率が上がる。
【0023】
また、本実施例の針電極9の中心軸は、細孔11の中心軸と同一平面上にはなく、細孔の中心軸と平行方向に2mm離れた位置に存在する。これにより、APCIの場合に、図3に示すように細孔11の正面で出口孔8から排出される試料と溶媒の気体の流れが、針電極9と細孔11との間で生じる大気圧化学イオン化部12に与える影響が小さくなり、大気圧化学イオン化部12の安定性が向上するためイオン化効率が安定する。
【0024】
また、本実施例の気化部6の出口孔8が配置された仕切り板は、金属で構成されるため、ESIで生成した帯電液滴や試料と溶媒のイオンによるチャージアップが起きない。
【0025】
本実施例の乾燥ガスには窒素ガスなどの不活性ガスを用いる。また、試料液滴の気化を促進するため、乾燥ガスを500℃程度に加熱することもできる。その他、気化部6や仕切り板7にヒータを設け外部から加熱して試料液滴の気化を促進することもできる。
【実施例2】
【0026】
図4に、本発明の第2の実施例を示す。実施例1と同一符号箇所は、同一物又は同じ機能を有する相当物である。本実施例は、第1の実施例の気化部6近傍に大気圧光イオン化を実現するランプ13を備えて、大気圧光イオン源(APPI)モードも可能にした例である。本実施例では気化部6の材料をランプ13が発する光を透過する材料にすることで、気化部6内で大気圧光イオン化が起きる。
【0027】
第1,第2イオン源の組み合わせは、質量分析装置の複数のイオン化法のうち、複数のイオン化法を実現できる組み合わせとすることができる。さらに、必要に応じて3以上のイオン化法を実現できる組み合わせとしてもよい。質量分析装置部分に関して、複数のイオン化法(例えば、ESIとAPCI)を一台で実現できる。また、複数のイオン化法で試料噴霧機構を共有できる。また、複数のイオン化法間で測定者の要望,測定上の必要性に応じて即時に切替え可能である。また、いずれのイオン化法においても、イオン化効率やMS部への試料導入効率などで定まる感度を同等に維持することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の第1の実施例の構成図である。
【図2】本発明の第1の実施例における大気圧イオン化部の概略図である。
【図3】本発明の第1の実施例を上方向から見た概略図である。
【図4】本発明の第2の実施例の構成図である。
【符号の説明】
【0029】
1 液体クロマトグラフ
2 配管
3 噴霧部
4 ガス供給部
5 ガス配管
6 気化部
7 仕切り板
8 出口孔
9 針電極
10 質量分析装置
11 細孔
12 大気圧化学イオン化部
13 ランプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の試料成分が混合した溶液を成分毎に分離する分離手段と、前記分離手段から溶出する溶液をガスと共に噴霧し試料の一部を第1のイオン源でイオン化する試料噴霧部と、噴霧された試料成分の一部をイオン化する第2のイオン源と、前記第2のイオン源で生成したイオンを真空中に導入する試料導入部と、前記試料導入部より導入されたイオンを質量分離する質量分析部とを有する液体クロマトグラフ質量分析装置であって、
前記試料噴霧部で噴霧された試料液滴を覆う気化部を備え、前記気化部の出口面積が前記気化部の断面積より小さいことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に於いて、
前記第1のイオン源は、前記試料の一部をエレクトロスプレイイオン化し、前記第2のイオン源は、前記噴霧された試料成分の一部を大気圧化学イオン化する針電極を有することを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記気化部の出口が噴霧部の軸に対して非回転対称に配置されたことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記気化部に乾燥ガスを導入することを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項5】
請求項4に於いて、
前記乾燥ガスを加熱することを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項6】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記気化部を100℃以上に加熱することを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項7】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記気化部の出口形状が円であることを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項8】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記気化部の出口を含む面が前記噴霧部の中心と垂直であることを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項9】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記気化部出口の中心軸が前記試料導入部の中心軸と同一平面上にあることを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項10】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記噴霧部と前記試料導入部が直交に位置し、前記気化部の出口が前記試料噴霧部の中心軸よりも前記試料導入部に近いことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項11】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記針電極の先端と前記試料導入部の中心軸が同一平面上に無いことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項12】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記気化部の一部が透明の部材から構成されることを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項13】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記気化部の出口が金属で構成されることを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。
【請求項14】
請求項1又は請求項2に於いて、
前記気化部近傍に大気圧光イオン化を実現するランプを備えたことを特徴とする液体クロマトグラフ質量分析装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−25260(P2009−25260A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−191535(P2007−191535)
【出願日】平成19年7月24日(2007.7.24)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】