説明

液体吐出ヘッドの製造方法、および液体吐出ヘッド

【課題】液体流路部材の厚みが厚くなった場合でも、液体吐出口のエッジ形状がシャープであり、高品位印字を可能にする液体吐出ヘッド及びその製造方法を提供する。
【解決手段】液体を吐出するためのエネルギーを発生するエネルギー発生素子と、液体を吐出する液体吐出口に連通する液体流路の型となりかつポジ型レジストからなる固体層とが設けられた基板上に、光カチオン重合開始剤とカチオン重合性樹脂とを含む被覆樹脂層を被覆する工程と、該被覆樹脂層を露光及び現像して液体吐出口を形成する工程と、該固体層を除去することにより液体流路を形成する工程とを含む液体吐出ヘッドの製造方法であって、該被覆樹脂層が、カチオン重合阻害剤として、パーフルオロアルキル基を有するアミン化合物を含む液体吐出ヘッドの製造方法。及び該方法より得られた液体吐出ヘッド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録ヘッド等の液体吐出ヘッドの製造方法、およびその方法により製造される液体吐出ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
液体吐出ヘッドの1つであるインクジェット記録ヘッドを作製する方法は、特許文献1に記載がある。まず、エネルギー発生素子が形成された基板上に、溶解可能な樹脂にてインク流路パターンを形成する。次いで、このインク流路パターン上に、カチオン重合可能な樹脂および、光カチオン重合開始剤を含む被覆樹脂層を形成し、フォトリソグラフィーによりエネルギー発生素子上にインク吐出口を形成する。最後に前記溶解可能な樹脂を溶出した後、被覆樹脂層を硬化させ、インク流路部材を形成する。
【0003】
一方、特許文献2に記載があるように、化学増幅系レジストで寸法制御性の良いパターニング形状を得るために、光カチオン重合開始剤から発生する酸に対して、アミンなど塩基として働く材料を加えることが知られている。これは、マスクエッジ部の酸濃度分布を急峻にすることにより寸法制御性を向上させるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平6−45242号公報
【特許文献2】特開平5−127369号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
インクジェットプリンタにおいて高品位印字を実現し常に安定した印字効果を得るためには、インク吐出口において、インクのメニスカスが常に一定の位置で形成されることが望まれる。
【0006】
ここで、図1にインク吐出口の断面図を示し、インク4のメニスカスを符号4aで表す。図1(a)の符号3aに示すように、インク吐出口エッジ部がシャープな場合は、インクのメニスカス4aを常に一定の位置に形成することができる。一方、図1(b)、(c)の符号3bに示すように、インク吐出口エッジ部が鈍い場合は、インク吐出口において、インクのメニスカスが一定の位置に形成できない場合がある。
【0007】
フォトリソグラフィーによりインク吐出口を形成する場合、インク流路部材を底部まで硬化させるために、底部と比較して、インク流路部材1の吐出口が形成される面(インク吐出口面2a)における露光量は多くなる。即ち、光カチオン重合開始剤から発生する酸は、インク流路部材の底部よりもインク吐出口面2aにおいて多くなり、この面付近では硬化反応が急激に進行する。その結果、インク吐出口のエッジ形状が鈍ってしまうことがあった。これは、インク流路部材の厚みが大きくなるほど顕著になる傾向があった。
【0008】
ここで、先に述べたようにアミンなどの塩基性材料をインク流路部材に加えることにより、インク吐出口面付近で発生した酸を失活させることでインク吐出口のエッジ形状の鈍りを抑える効果はある。しかし、この効果はあくまでもインク流路部材の厚みが薄い場合である。この塩基性材料はインク流路部材中に均一に存在するため、インク流路部材の厚みが厚くなった場合は、底部まで硬化させるためにインク吐出口面における露光量がさらに多くなる。このため、吐出口面付近で発生した酸は塩基性材料で失活されきれずに、多く存在するため、結果的にこの面付近で硬化反応が急激に進行し、インク吐出口のエッジ形状が鈍ってしまうのである。
【0009】
そこで、本発明の目的は、液体流路部材の厚みが厚くなった場合でも、液体吐出口のエッジ形状がシャープであり、高品位印字を可能にする液体吐出ヘッド及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の液体吐出ヘッドの製造方法は、液体を吐出するためのエネルギーを発生するエネルギー発生素子と、液体を吐出する液体吐出口に連通する液体流路の型となりかつポジ型レジストからなる固体層とが設けられた基板上に、光カチオン重合開始剤とカチオン重合性樹脂とを含む被覆樹脂層を被覆する工程と、該被覆樹脂層を露光および現像して液体吐出口を形成する工程と、該固体層を除去することにより液体流路を形成する工程とを含む液体吐出ヘッドの製造方法であって、
該被覆樹脂層が、カチオン重合阻害剤として、パーフルオロアルキル基を有するアミン化合物を含む。
【0011】
また、本発明の液体吐出ヘッドは、液体を吐出するためのエネルギーを発生するエネルギー発生素子を有する基板と、液体を吐出する液体吐出口及び該液体吐出口に連通する液体流路を有する液体流路部材とを含む液体吐出ヘッドであって、
該液体流路部材中に、パーフルオロアルキル基を有するアミン化合物が該液体流路部材の厚み方向に濃度勾配を有して存在し、該アミン化合物の濃度が該液体流路部材の最表層で最も高い。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、液体流路部材の厚みが厚くなった場合でも、液体吐出口のエッジ形状がシャープであり、高品位印字が可能な液体吐出ヘッド及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】インクメニスカスとインク吐出口エッジ部の形状との関係を説明するためのインク吐出口における模式的断面図である。
【図2】本発明の製造方法により得られるインクジェット記録ヘッドの模式図である。
【図3】本発明の製造方法の各工程を説明するための図である。
【図4】被覆樹脂層中の厚さ方向におけるアミン相対強度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者は、前記課題を解決すべく鋭意研究した結果、被覆樹脂層に添加するカチオン重合阻害剤にパーフルオロアルキル基を有するアミン化合物を選択することで、上記課題を解決できることを見出した。なお、本発明より得られる液体吐出ヘッドは、インクを被記録媒体に吐出して記録を行うインクジェット記録ヘッドや、バイオチップ作製や電子回路印刷用途の液体吐出ヘッドとして使用することができる。
【0015】
(液体吐出ヘッド)
以下、図面を参照して、本発明より得られる液体吐出ヘッドを具体的に説明する。その際、液体吐出ヘッドのうちのインクジェット記録ヘッドに着目して説明を行う。なお、以下の説明では、同一の機能を有する構成には図面中に同一の番号を付し、その説明を省略する場合がある。
【0016】
インクジェット記録ヘッドの一例を図2に示す。
【0017】
図2に示すインクジェット記録ヘッドは、インク流路部材(液体流路部材)1と、基板(基材)5とを含む。
基板5は、液体、具体的にはインクを吐出するためのエネルギーを発生するエネルギー発生素子6を有する。インク流路部材1は、インクを吐出するためのインク吐出口(液体吐出口)2と、インク吐出口2に連通しインクを保持するインク流路(液体流路)7とを有する。図2では、エネルギー発生素子6が、基板5の長手方向に沿って2列、所定のピッチで複数個配置されている。また、エネルギー発生素子6には素子を動作させるための制御信号入力電極を接続することができる。また、基板5には、インクをインク流路7に供給するインク供給口(液体供給口)8が設けられている。なお、インク吐出口2は、エネルギー発生素子6上に形成することができ、後述する図3(g)では、インク吐出口がエネルギー発生素子の紙面上方に形成されている。
【0018】
(液体吐出ヘッドの製造方法)
本発明の製造方法は、以下の工程を含む。
(1)上記エネルギー発生素子と、上記インク流路の型となりかつポジ型レジストからなる固体層とが設けられた基板上に、光カチオン重合開始剤とカチオン重合性樹脂とを含む被覆樹脂層を被覆する工程。
(2)前記被覆樹脂層を露光及び現像してインク吐出口を形成する工程。
(3)前記固体層を除去することによりインク流路を形成する工程。
【0019】
なお、工程1と2との間に、被覆樹脂層のインク吐出口が形成される面を表面に露出した状態で、被覆樹脂層を加熱処理する工程4を含むことができ、さらに、工程2と3との間に、基板にインク供給口を形成する工程5を含むことができる。また、本発明では、前記被覆樹脂層は、カチオン重合阻害剤として、パーフルオロアルキル基を有するアミン化合物を含む。
【0020】
以下、図3を用いて、本発明の実施形態の一例を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されない。図3(a)は、エネルギー発生素子6を有する基板5を図示したものであり、図3(b)から(g)は、図2及び図3(a)のA−A’断面に相当する各工程の模式的断面図である。
【0021】
(工程1)
まず、図3(b)に示すように、エネルギー発生素子6が形成された基板5上に、ポジ型感光性樹脂層を形成し、この樹脂層をパターニングして、インク流路の型(インク流路パターン)となる固体層7aを形成する(工程1−1)。
【0022】
基板5としては、例えば、結晶軸(100)のSiウエハを用いることができ、エネルギー発生素子としては、例えば電気熱変換素子や圧電素子を用いることができる。なお、固体層は基板表面に直接形成しても良く、基板と固体層との間に他の層(例えば、密着層や平坦化層)を設けても良い。
【0023】
固体層7aの材料、即ちポジ型感光性樹脂層の材料としては、液体吐出ヘッドの分野において公知なポジ型感光性樹脂を適宜選択して用いることができる。この樹脂は、特に限定されるものではないが、工程2の露光に使用する光(通常、紫外線)に対する吸光度が低い材料が好ましい。これにより、工程2の露光時に、固体層7aが感光して、パターニング不良が発生することを容易に防ぐことができる。ポジ型感光性樹脂としては、例えば、DeepUV光で露光可能なポリメチルイソプロペニルケトン(PMIPK)などを挙げることができる。
【0024】
ポジ型感光性樹脂層は、例えば、ポジ型感光性樹脂を適宜溶媒に溶解し、得られた溶液をスピンコート法により基板5上に塗布し、その後、プリベークを行うことで形成することができる。例えば樹脂として、PMIPKを用いた場合、溶媒としては、シクロヘキサノンを用いることができる。
【0025】
また、ポジ型感光性樹脂層により形成された固体層7aはポジ型レジストであり、工程3において露光及び現像することで基板上から除去することができる。例えば、ポジ型感光性樹脂としてPMIPKを用いた場合は、固体層7aは溶剤(酢酸メチルや乳酸メチル等)により溶解除去することができる。
【0026】
ポジ型感光性樹脂層をパターニングする方法としては、例えば以下の方法を用いることができる。まず、ポジ型感光性樹脂層に対して、ポジ型感光性樹脂を感光可能な活性エネルギー線を、マスクを介して照射し、パターン露光する。その後、この樹脂層の露光部を溶解可能な溶媒等を用いて現像し、リンス処理を行うことで、固体層7aを形成することができる。
【0027】
固体層7aの厚さ(図3では、基板表面からの厚さ)は、所望のインク流路の高さに応じて選択することができ、特に限定されるものではないが、例えば、5μm以上20μm以下とすることができる。
【0028】
次に、図3(c)に示すように、固体層7a及び基板5上に、カチオン重合性樹脂と、光カチオン重合開始剤と、カチオン重合阻害剤とを含む被覆樹脂層1aを形成する(工程1−2)。その際、被覆樹脂層1aは、固体層及び基板それぞれの表面を覆うように形成(被覆)することができる。また、被覆樹脂層1aは、固体層7aに直接形成しても良いし、層1aと7aとの間に他の層(例えば、相溶防止層やスカム防止層)を設けても良い。
【0029】
カチオン重合性樹脂は、エポキシ系、オキセタン系、ビニルエーテル系などカチオン重合可能な樹脂であれば何でも用いることができる。しかし、硬化時の体積収縮が小さいことや、硬化物の物性を考慮すると、脂環式エポキシやグリシジルエーテルといったエポキシ系やオキセタン系の樹脂を用いることが好ましい。
【0030】
また、光カチオン重合開始剤は、一般的に知られているイオン性のスルホニウム塩系やヨードニウム塩系などのオニウム塩など幅広く使用することができる。しかし、カチオン重合活性の大きさから、リン系のPF6やアンチモン系のSbF6をアニオンとするオニウム塩が好ましい。
【0031】
カチオン重合阻害剤は、分子構造中にパーフルオロアルキル基とアミン(第1〜3級アミン)とを有する化合物から適宜選択して用いることができる。この化合物としては、例えば、以下の式1で表されるアミン化合物を挙げることができる。なお、式1中のnは正の整数を表す。その中でも、式1中のnが3以上の整数であるアミン化合物を用いることが好ましく、nが7以上の整数であるアミン化合物を用いることがより好ましい。理由は後述する。
(式1)
CF3(CF2nCH2NH2
【0032】
被覆樹脂層1aは、例えば、被覆樹脂層1aの材料(被覆樹脂層形成用材料)を適宜溶媒に溶解した溶液を、固体層7aおよび基板5上に塗布し、その溶媒を蒸発させることで形成することができる。溶媒を使用する場合、溶媒は、固体層7aを溶解しない溶媒から適宜選択して使用することができるが、塗布性などプロセス適性の観点からキシレンを用いることが好ましい。なお、溶液中の被覆樹脂層形成用材料の濃度は適宜調整することができる。
【0033】
溶液の塗布方法及び蒸発方法は、液体吐出ヘッドの分野で公知の方法から適宜選択して用いることができる。なお、溶液の塗布方法として例えばスピンコート法を採用した場合は、通常、塗布の最中に大部分の溶媒が蒸発してしまうため、別途蒸発操作を行わずに済む。また、以下の工程4を行う場合は、工程4における加熱処理操作が上記溶媒の蒸発操作を兼ねることできるため、除去操作を省略することができる。
【0034】
なお、被覆樹脂層及び被覆樹脂層形成用材料は、エポキシ樹脂等のカチオン重合性樹脂、光カチオン重合開始剤及びカチオン重合阻害剤の他に機能性を付与する材料を含むことができる。この機能性を付与する材料としては、例えばポリエーテルアミド等の密着性向上材料や膨潤抑止材料等を挙げることができる。
【0035】
また、被覆樹脂層用の塗布液中のカチオン重合性樹脂の含有量は、塗布性の観点から40質量%以上、析出など安定性の観点から80質量%以下とすることが好ましい。被覆樹脂層(固形分)中の光カチオン重合開始剤の含有量は、カチオン重合性樹脂100質量部に対して、硬化性の観点から1質量部以上、パターニング性の観点から10質量部以下とすることが好ましい。被覆樹脂層(固形分)中のカチオン重合阻害剤(パーフルオロアルキル基を有するアミン化合物)の含有量は、光カチオン重合開始剤100質量部に対して、重合阻害の効果の観点から0.5質量部以上、硬化性の観点から5質量部以下とすることが好ましい。塗布液を塗布し、溶媒を蒸発させた後の被覆樹脂層中のカチオン重合性樹脂の含有量は、80質量%以上99質量%以下であることが好ましい。
【0036】
(工程4)
次に、図3(d)に示すように、工程1と2との間に、被覆樹脂層のインク吐出口が形成される面(インク吐出口面)1cを表面に露出した状態で、被覆樹脂層を加熱処理する工程4を含むことができる。この工程により、被覆樹脂層1a中の残存溶媒を容易に除去することができ、それと同時に、被覆樹脂表層1a中の厚み方向にパーフルオロアルキル基を有するアミン化合物を容易に偏析させることができる。より具体的には、アミン化合物を被覆樹脂層表面付近に相対的に多く存在(偏在)させることが容易にでき、これにより、インク吐出口エッジ部の鈍化を容易に防ぐことができる。なお、図3中、アミン化合物が偏在している部分を符号1bで表す。
【0037】
なお、被覆樹脂層のインク吐出口面1cが表面に露出した状態にあるとは、被覆樹脂層のインク吐出口面上(図3(c)では吐出口面1cの紙面上方)に他の層や部材が形成されていないことを意味する。即ち、工程4を行う際、被覆樹脂層1aは、基板5上に設けられた層のうちの最表層であることができる。
【0038】
加熱処理は空気中で行うことができ、具体的な加熱温度としては、アミン化合物を効率的に偏析させる観点から40℃以上、被覆樹脂層のパターニングの観点から100℃以下が好ましい。また、加熱方法としては、例えば、ホットプレート加熱などを挙げることができる。工程4の加熱処理を空気中で行う場合、インク吐出口面1cは、空気と被覆樹脂層との界面となることができる。
【0039】
図4に、被覆樹脂層に含まれるカチオン重合阻害剤(アミン化合物)の種類と、各種類における被覆樹脂層の深さ(厚み)方向でのアミン相対強度を示す。なお、被覆樹脂層に含有する光カチオン重合開始剤としてはいずれも後述の実施例中に記載の式5に示す化合物を使用し、カチオン重合性樹脂としてはいずれも後述の実施例中に記載の式4に示す化合物を使用した。図4は、被覆樹脂層(厚さ:5μm)を斜め切削して断面を作製した後、Tof−SIMS(飛行時間型2次イオン質量分析)によりCHN量とCH量を測定し、段差計にて測定した断面形状を基に、被覆樹脂層深さ方向でのCHN量のCH量に対する強度をアミン相対強度としてプロファイルしたものである。なお、図4中の深さとは、被覆樹脂層の表面(インク吐出口面1c)からの深さを表しており、深さ0nmが被覆樹脂層表面を表している。
【0040】
図4から、パーフルオロアルキル基を有さないトリエタノールアミンは、被覆樹脂層中にほぼ均一に存在することがわかる。それに対し、以下の式2及び3でそれぞれ表されるパーフルオロアルキルアミンについては、表面付近に偏在していることがわかる。
(式2)
CF3CF2CF2CF2CF2CF2CF2CF2CH2NH2
(式3)
CF3CF2CF2CF2CH2NH2
【0041】
そこで、図4において、被覆樹脂層表面付近のアミン相対強度をさらに詳細に観察した結果、以下のことがわかった。即ち、式2及び3でそれぞれ表わされるパーフルオロアルキルアミンでは、表面付近、より具体的には、表面から深さ約40nmまでの部分(符号1bに対応する部分)の相対強度が相対的に高く、深さ約40〜100nmでの相対強度が相対的に低いことがわかる。このことより、約40〜100nmの深さにあるアミン化合物が表面付近に析出したと考えられる。これは、パーフルオロアルキル基の特徴を表している。マトリックス樹脂中に、臨界表面張力が著しく低い−CF3基が存在すると、空気界面においてその自由エネルギーを最小にするようにドライビングフォースが働き、空気界面側に−CF3基が偏在し易くなる。この現象は、式1中のnが3以上の整数のアミン化合物を用いて、樹脂を加熱処理した際に顕著に見られる。さらに、式1中のnが大きくなるほど結晶性が向上し、nが7以上の整数の場合に、ほぼ最密にパッキングされることが知られている。結晶性が向上すると、被覆樹脂層表面にアミン化合物が均一に存在するため、被覆樹脂層表面のインク吐出口形状を容易に安定させることができる。以上より、式1中のnは、3以上の整数であることが好ましく、7以上の整数であることがより好ましい。
なお、析出などの安定性の観点から、式1中のnは10以下の整数であることが好ましい。
【0042】
本発明の製造方法により以下のインクジェット記録ヘッドを得ることができる。即ち、インク流路部材中(液体流路部材中)にパーフルオロアルキル基を有するアミン化合物がインク流路部材の厚み方向に濃度勾配を有して存在し、そのアミン化合物の濃度がインク流路部材の最表層(図3では、符号1bに対応)で最も高いインク記録ヘッドを得ることができる。
【0043】
なお、インク流路部材の最表層は、インク流路部材の厚み方向において、例えば、インク流路部材の表面から深さ50nmまでの部分であることができる。また、インク流路部材の厚み方向におけるアミン化合物の濃度勾配は、例えばインク流路部材の表面から深さ150nmまでのアミン相対強度を例えばTof−SIMSで測定することにより確認できる。
【0044】
前記被覆樹脂層1aの厚さとしては、樹脂層の強度を考慮して固体層7a上の厚み、即ち固体層7a表面からの厚みが3μm以上であることが好ましい。また、厚さの上限は、インク吐出口部の現像性に応じて適宜選択することができ、特に制限されるものではないが、インクの吐出性能の観点から固体層7a上の厚みとして70μm以下が好ましい。
【0045】
(工程2)
次に、図3(e)に示すように、被覆樹脂層上(図3では紙面上方)から、マスク9を介して、例えば紫外線を含む活性エネルギー線(i線等)を被覆樹脂層に露光(照射)して、インク吐出口となる潜像(未露光部に対応:不図示)を形成するとともに、被覆樹脂層の露光部を硬化させる。そして、この被覆樹脂層を例えば溶媒によって現像することにより、図3(f)に示すようにインク吐出口2を有するインク流路部材1を形成する。その際、露光した被覆樹脂層を現像前に加熱して、被覆樹脂層をより硬化させることもできるし、現像後にリンス処理を行うこともできる。なお、図3(f)では、インク流路は、固体層7aによって占有(充填)されている。
インク吐出口2の開口形状は、吐出するインク滴の大きさによって適宜設定することができる。
【0046】
(工程5)
次に、工程2と3との間に、例えば、ドライエッチングやウエットエッチングなどの異方性エッチングによりインク供給口8を形成する工程を含むことができる。シリコン基板のエッチング液としては例えば水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)を用いることができる。
【0047】
(工程3)
続いて、図3(g)に示すように、固体層7aを除去することによりインク流路7を形成する。
【0048】
インク流路パターン5の除去方法としては、例えば、固体層7aを溶解可能な溶媒に基板を浸漬し、インク供給口8やインク吐出口2から固体層を溶出させ、除去する方法などがある。また、必要に応じて、固体層7aを感光可能な活性エネルギー線を用いて露光して溶解性を高めてもよい。
【0049】
また、工程3より得られた基板に、エネルギー発生素子4を駆動させるための電気的接合を行うことができ、さらに、インク供給のためのインク供給部材等を接続することもできる。
【0050】
本発明に係るインクジェット記録ヘッドは、プリンタ、複写機、通信システムを有するファクシミリ、プリンタ部を有するワードプロセッサなどの装置、更には各種処理装置と複合的に組み合わせた産業記録装置に搭載可能である。また、本発明に係るインクジェット記録ヘッドを用いることによって、紙、糸、繊維、皮革、金属、プラスチック、ガラス、木材、セラミックなど種々の被記録媒体に記録を行うことができる。
【実施例】
【0051】
(インクジェット記録ヘッドの作製)
以下、本発明について実施例を用いてさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0052】
(評価方法)
・吐出口エッジ観察
各例で作製したインクジェット記録ヘッドのインク吐出口エッジ形状を、SEM(走査型電子顕微鏡)により断面観察した。そして、以下の基準に基づき評価した。
吐出口エッジ形状評価基準
◎:非常にシャープ 〇:シャープ △:やや鈍っている。
【0053】
・インク吐出評価
各例で作製したインクジェット記録ヘッドをインクジェットプリンタ(商品名:MP560、キヤノン株式会社製)に装着し、下記組成のインクにて吐出評価を行い、着弾精度を測定した。そして、以下の基準に基づき評価した。なお、着弾精度とは、紙に着弾したインク滴の位置ズレ(所望の着弾位置からインク滴中心までの距離)を意味する。
(インク組成)
純水/ジエチレングリコール/イソプロピルアルコール/酢酸リチウム/黒色染料フードブラック2=79.4/15/3/0.1/2.5(質量比)
インク吐出評価基準
◎:着弾精度が2μm以下で非常に良好、
〇:着弾精度が2μmより大きく3μm以下で良好、
△:着弾精度が3μmより大きく5μm以下で許容範囲内。
【0054】
(実施例1)
まず、図3(a)に示すように、エネルギー発生素子としての電気熱変換素子6を形成したシリコン基板5上に、ポジ型感光性樹脂として、ポリメチルイソプロペニルケトン(商品名:「ODUR−1010」、東京応化工業株式会社製)をスピンコートにより塗布した。次いで、120℃にて6分間プリベークを行った。さらに、DeepUV露光機(商品名:「UX−3000」、ウシオ電機株式会社製)にて、インク流路のパターン露光(露光量:14J/cm2)を行った。その後、メチルイソブチルケトンで現像し、IPA(イソプロピルアルコール)でリンス処理を行った。これにより、インク流路パターンとなる固体層7aを形成した(工程1−1、図3(b))。なお、固体層7aの基板表面からの厚みは20μmであった。
【0055】
次いで、下記樹脂組成物1をキシレンに50質量%の濃度となるように溶解した。この溶液をスピンコートにて固体層7a及びシリコン基板5上に塗布し、被覆樹脂層1aを形成した(工程1−2、図3(c))。なお、被覆樹脂層1aの固体層表面からの厚み(インク流路パターン上の被覆樹脂層の厚み)は20μmであった。
【0056】
(樹脂組成物1)
・カチオン重合性樹脂
以下の式4に示す化合物(商品名:「EHPE−3150」、ダイセル化学株式会社製) 100質量部
【0057】
【化1】

【0058】
式4中のl、m及びnはいずれも正の整数を表す。
・光カチオン重合開始剤
以下の式5に示す化合物 1.5質量部
【0059】
【化2】

【0060】
・カチオン重合阻害剤
以下の式2に示す化合物 0.015質量部
(式2)
CF3CF2CF2CF2CF2CF2CF2CF2CH2NH2
【0061】
次いで、加熱処理を90℃にて3分間行い、被覆樹脂層1aの残存溶媒を除去すると同時に、被覆樹脂層1aの表面部分1bに式2に示すアミン化合物を偏在させた(工程4、図3(d))。
【0062】
次いで、i線ステッパー露光機(キヤノン株式会社製、商品名:i5)を用いて、マスク9を介して、インク吐出口面側から被覆樹脂層に対して露光(露光量:5500J/m2)を行った(図3(e))。
次いで、露光後ベーク(PEB)を90℃にて4分間行い、さらに、メチルイソブチルケトンで現像および、IPAでリンス処理を行い、被覆樹脂層をさらに硬化させてインク流路部材1とし、インク吐出口2を形成した(工程2、図3(f))。なお、インク吐出口の開口形状は円であり、その直径φは30μmであった。
【0063】
次に、TMAH中にてエッチングを行い、インク供給口8を形成した(工程5)。さらに、再び前記DeepUV露光装置(商品名:「UX−3000」、ウシオ電機株式会社製)にて露光(露光量:27J/cm2)し、その後、乳酸メチル中に超音波を付与しつつ浸漬し、残存している固体層7aを溶出し、インク流路7を形成した(工程3、図3(g))。
【0064】
最後に、インク供給口8が形成されているシリコン基板5の裏面に、アルミナからなるインク供給部材を接着して、インクジェット記録ヘッドを完成した。
【0065】
上述した評価方法に基づき、このインクジェット記録ヘッドの吐出口エッジ形状と、インク吐出の着弾精度とを評価した。評価結果を表1に示す。
【0066】
(実施例2)
被覆樹脂層1aの材料として、下記樹脂組成物2を用いたこと以外は実施例1と同様にインクジェット記録ヘッドを作製し、評価した。評価結果を表1に示す。
【0067】
(樹脂組成物2)
・カチオン重合性樹脂
上記式4に示す化合物 100質量部
・光カチオン重合開始剤
上記式5に示す化合物 1.5質量部
・カチオン重合阻害剤
以下の式3に示す化合物 0.015質量部
(式3)
CF3CF2CF2CF2CH2NH2
【0068】
(実施例3)
被覆樹脂層1aの固体層7a表面からの厚みを40μmとし、工程2における露光量を8000J/m2としたこと以外は実施例1と同様にインクジェット記録ヘッドを作製し、評価した。評価結果を表1に示す。
【0069】
(実施例4)
被覆樹脂層1aの固体層7a表面からの厚みを40μmとし、工程2における露光量を8000J/m2としたこと以外は実施例2と同様にインクジェット記録ヘッドを作製し、評価した。評価結果を表1に示す。
【0070】
(比較例1)
被覆樹脂層1aの材料として、下記樹脂組成物3を用いたこと以外は実施例1と同様にインクジェット記録ヘッドを作製し、評価した。評価結果を表1に示す。
【0071】
(樹脂組成物3)
・カチオン重合性樹脂
上記式4に示す化合物 100質量部
・光カチオン重合開始剤
上記式5に示す化合物 1.5質量部
・カチオン重合阻害剤
以下の式6に構造を示すトリエタノールアミン 0.015質量部
(式6)
N(CH2CH2OH)3
【0072】
(比較例2)
被覆樹脂層1aの材料として、下記樹脂組成物4を用い、工程2における露光量を4500J/m2としたこと以外は実施例1と同様にインクジェット記録ヘッドを作製し、評価した。評価結果を表1に示す。
【0073】
(樹脂組成物4)
・カチオン重合性樹脂
上記式4に示す構造のもの 100質量部
・光カチオン重合開始剤
上記式5に示す構造のもの 1.5質量部。
【0074】
【表1】

【0075】
尚、実施例1〜4及び比較例1、2のインク流路部材に関して、Tof−SIMSにより表面から深さ150nmまでのアミン相対強度を測定した。この結果、実施例1〜4のインク流路部材では、パーフルオロアルキル基を有するアミン化合物がインク流路部材の厚み方向に濃度勾配を有して存在し、そのアミン化合物の濃度がインク流路部材の最表層で最も高くなっていた。一方、比較例1、2ではこのような傾向は得られなかった。
【0076】
また、表1に示した通り、インク流路パターン上のインク流路部材厚みが20μmの場合、カチオン重合阻害剤にトリエタノールアミンを用いたインクジェット記録ヘッド(比較例1)や、カチオン重合阻害剤を使用しない従来構成のインクジェット記録ヘッド(比較例2)ではインク吐出口形状が鈍り、印字品位が低下する傾向にある。対して、本発明であるカチオン重合阻害剤にパーフルオロアルキルアミン化合物を使用した場合は、インク吐出口形状がシャープで、印字品位も良好である(実施例1、2)。また、インク流路パターン上のインク流路部材厚みが40μmと厚くなった場合でも、カチオン重合阻害剤にパーフルオロアルキルアミン化合物を使用した場合は、インク吐出口形状はシャープであり、また印字品位も良好である(実施例3、4)。
【0077】
実施例1から実施例4により、本発明の方法を用いれば、インク流路部材の厚みが厚くなった場合でも、インク吐出口エッジ形状がシャープであり、高品位印字が可能なインクジェット記録ヘッドが作製できることが確認できた。
【符号の説明】
【0078】
1 インク流路部材
1a 被覆樹脂層
1b 被覆樹脂層のアミン化合物が偏在している部分
1c 被覆樹脂層のインク吐出口面
2 インク吐出口
2a インク流路部材のインク吐出口面
3a シャープなインク吐出口エッジ
3b 鈍ったインク吐出口エッジ
4 インク
4a インクメニスカス
5 基材
6 エネルギー発生素子(電気熱変換素子)
7 インク流路
7a 固体層(インク流路パターン)
8 インク供給口
9 マスク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を吐出するためのエネルギーを発生するエネルギー発生素子と、液体を吐出する液体吐出口に連通する液体流路の型となりかつポジ型レジストからなる固体層とが設けられた基板上に、光カチオン重合開始剤とカチオン重合性樹脂とを含む被覆樹脂層を被覆する工程と、該被覆樹脂層を露光および現像して液体吐出口を形成する工程と、該固体層を除去することにより液体流路を形成する工程とを含む液体吐出ヘッドの製造方法であって、
該被覆樹脂層が、カチオン重合阻害剤として、パーフルオロアルキル基を有するアミン化合物を含むことを特徴とする液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項2】
前記アミン化合物が、以下の式1で表されるアミン化合物であることを特徴とする請求項1に記載の液体吐出ヘッドの製造方法:
(式1)
CF3(CF2n−CH2−NH2
(nは3以上の整数を表す)。
【請求項3】
前記アミン化合物が、以下の式2で表されるアミン化合物であることを特徴とする請求項1または2に記載の液体吐出ヘッドの製造方法:
(式2)
CF3CF2CF2CF2CF2CF2CF2CF2CH2NH2
【請求項4】
前記被覆樹脂層を被覆する工程と、前記液体吐出口を形成する工程との間に、該被覆樹脂層の液体吐出口が形成される面を表面に露出した状態で、該被覆樹脂層を加熱処理する工程を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項5】
前記被覆樹脂層を被覆する工程において、前記光カチオン重合開始剤と、前記カチオン重合性樹脂と、前記カチオン重合阻害剤とを含む被覆樹脂層形成用材料をキシレンに溶解させた溶液を前記基板上に塗布し、該キシレンを蒸発させて該被覆樹脂層を形成することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項6】
液体を吐出するためのエネルギーを発生するエネルギー発生素子を有する基板と、液体を吐出する液体吐出口及び該液体吐出口に連通する液体流路を有する液体流路部材とを含む液体吐出ヘッドであって、
該液体流路部材中に、パーフルオロアルキル基を有するアミン化合物が該液体流路部材の厚み方向に濃度勾配を有して存在し、該アミン化合物の濃度が該液体流路部材の最表層で最も高いことを特徴とする液体吐出ヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−52536(P2013−52536A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−190624(P2011−190624)
【出願日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】