説明

液体吐出装置および液体吐出ヘッドの回復方法

【課題】少ない液体の消費量で、吐出口の内部の気泡や塵の排出効果を高める。
【解決手段】液体吐出ヘッド7の回復方法として、まず、液体吐出ヘッド7の吐出口9が形成された吐出口面10を、ヘッド対向部材35のヘッド対向面34と対向させる。次に、近接工程として、ヘッド対向面34を液体吐出ヘッド7の吐出口面10に接触させる。次に、排出工程として、吐出口9の内部のインクを排出することができる速度で、吐出口面10とヘッド対向面34との間隔を広げる。ヘッド対向面34を急激に吐出口面10から遠ざけることで、吐出口面10とヘッド対向面34との間の狭空間の体積が急激に広がる。これにより、狭空間は減圧され、吐出口9の内部のインクが、気泡とともに排出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体吐出装置及びその吐出状態の回復方法に関し、詳しくは、液体吐出ヘッドの吐出状態の回復処理手段及び回復方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、プリンタ、複写機、ファクシミリ、ワードプロセッサなどの機器が広く普及している。これらの機器に用いられる液体吐出装置として、様々な記録方式を採用した装置が開発されている。
【0003】
その中でも、液体を吐出して記録媒体に記録を行う液体吐出装置は、他の記録方式と比べて高精細化が容易である。さらに、液体吐出装置は、高速記録性および静粛性に優れ、かつ安価であるという優れた特徴を有している。
【0004】
液体吐出装置は、ノズルが形成された液体吐出ヘッドを有している。液体吐出ヘッドの表面には複数の微細な吐出口が設けられており、この吐出口からノズル内の液体であるインクの小滴が飛翔する。液体吐出装置は、飛翔したインクを、紙やプラスチックシートなどのヘッド対向部材上の記録媒体に付着させて文字や画像等の記録を行う。
【0005】
液体吐出装置においては、種々の要因で液体の吐出不良が生じることがある。例えば、ノズル内の吐出口近傍に、吐出口の径と同程度の大きさの気泡が滞留した場合、吐出不良が発生する。また、インク溶媒が揮発し、インクが増粘した場合も、吐出不良が発生する。さらに、インクの吐出を連続で行うと、吐出口が形成された面(以下、吐出口面と呼ぶ。)にインクが付着して、正常な吐出が妨げられることがある。
【0006】
これらの吐出不良の発生を抑制するため、液体吐出装置では、ノズル内の気泡や増粘したインクを除去し、吐出状態を回復するための回復手段が必要である。
【0007】
特許文献1には、回復手段の一例が記載されている。特許文献1に記載の液体吐出装置は、液体吐出ヘッドの吐出口面を覆い、密着状態にするためのキャップ手段を有している。さらにキャップ手段にはポンプが連結されており、キャップ手段の内部を吸引可能に構成されている。
【0008】
特許文献1では、密着状態にあるキャップ手段と吐出口面とを部分的に離した状態で、ポンプによってノズル内のインクを吸引する。これにより、ノズルの内部の気泡や塵などを排出することができる。
【0009】
また、特許文献2には、別の回復手段が記載されている。特許文献2に記載の液体吐出装置は、回復手段としてクリーニングローラを有している。図9は、クリーニングローラの模式的側面図である。さらに、図10(a)〜(c)は、特許文献2のクリーニングローラが吐出口面を清掃するステップを拡大して示した図である。
【0010】
回復動作時に、クリーニングローラ50は、液体吐出ヘッド51の吐出口面53に接触する。この状態で、クリーニングローラ50は吐出口面53に対して平行に移動する。この移動に伴い、クリーニングローラ50が従動回転または強制的に回転する。
【0011】
これにより、吐出口面53に付着したインクを拭き取り清掃することができる。また、クリーニングローラ50が吐出口52を通過する際に、吐出口52からインクが排出されるということも記載されている。
【特許文献1】特許第3083409号公報
【特許文献2】特開2003−266714号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上述した回復手段では、以下に示す課題がある。
【0013】
特許文献1に記載の回復手段は、インクの排出とともに、ノズルから増粘インクと気泡を除去することができる。しかし、液体吐出ヘッドに形成された全てのノズルからインクを排出させるため、強い圧力で、大量のインクを吸引する必要がある。
【0014】
そのため、吐出状態の回復動作において、インクを大量に消費してしまう。また、インクを吸引するためのポンプや、ポンプを作動する装置などが必要であり、液体吐出装置の構成が複雑化する。
【0015】
特許文献2に記載の回復手段は、吐出口面に付着したインクの拭き取り清掃には有効である。しかし、吐出口からインクを排出させる効果は低く、ノズル内の気泡、塵、増粘インクなどの排出が不十分になるという課題がある。
【0016】
また、クリーニングローラを高速度で強制的に回転させた場合には、インクの排出効果は向上するが、吐出口面とクリーニングローラとの摩擦によって、吐出口面が破損する懸念がある。
【0017】
本発明の目的は上記背景技術の課題の少なくとも一つを解決できる液体吐出装置、及び液体吐出装置の吐出状態の回復方法を提供することにある。その目的の一例は、少ない液体の消費量で、吐出口の内部の気泡や塵の排出効果を高める液体吐出装置、及び吐出状態の回復方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題の少なくとも1つを解決するため、本発明は、液体を吐出するための吐出口が形成された液体吐出ヘッドの吐出状態を回復するための回復手段を有する液体吐出装置において、前記回復手段は、前記液体吐出ヘッドの前記吐出口が形成された面である吐出口面が配置される位置と対向する面と、前記面を前記吐出口面と接触または近接させてから、前記吐出口の内部の前記液体を排出することができる速度で前記面と前記吐出口面との間隔を広げることが可能な機構と、を有することを特徴とする。
【0019】
また、本発明は、液体を吐出するための吐出口が形成された液体吐出ヘッドの吐出状態の回復方法であって、前記吐出口が形成された面である吐出口面に、前記吐出口面と対向する面を接触または近接させる近接工程と、前記吐出口の内部の前記液体を排出することができる速度で、前記面と前記吐出口面との間隔を広げる排出工程と、を有する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、少ない液体の消費量で、吐出口の内部の気泡や塵の排出効果を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施例について図面を参照して説明する。以下では、記録媒体として記録用紙を取り扱う液体吐出装置を例にとって説明するが、本発明は、記録用紙に限らず、プラスチックシートや記録ディスクなどのヘッド対向部材状の記録媒体に記録を行う装置全般に適用できる。
【0022】
[第1の実施例]
図1は、本発明の第1の実施例に係る液体吐出装置の模式的斜視図である。図では、液体吐出装置の構成が概略的に示されており、記録媒体である記録用紙も示されている。
【0023】
液体吐出装置は、液体吐出ヘッド7と、キャリッジ5と、吐出状態を回復する回復手段19と、を有している。液体吐出ヘッド7には、ノズルと吐出口とが形成されている。液体吐出ヘッド7は、吐出口からノズル内の液体であるインクを吐出する。
【0024】
液体吐出ヘッド7はキャリッジ5に搭載される。キャリッジ5は、ガイド軸6に移動可能に支持されている。すなわち、キャリッジ5はガイド軸6に沿った方向(図1中の矢印の方向であり、以下「主走査方向」と呼ぶ。)に移動可能となっている。キャリッジ5は、不図示のキャリッジモータの駆動力が、ベルト(不図示)を介して伝達されることによって駆動される。
【0025】
次に、回復手段19について説明する。回復手段19は、キャリッジ5の移動範囲の端部に配置されている。回復手段19は、気泡除去手段40、キャップ手段22、及びワイパ21を有している。
【0026】
図2(a)は気泡除去手段40の模式的平面図である。ここで、図2(a)は液体吐出ヘッドの吐出口面と対向する方向から見た平面図であり、図の見易さのため、後述のヘッド対向部材は透視的に描かれている。また、図2(b)は図2(a)のA−A線に沿った断面を、矢印の方向から見た断面図である。
【0027】
気泡除去手段40は、液体吐出ヘッド7の吐出口が形成された吐出口面が配置される位置(以下、回復処理位置と呼ぶ。)と対向する面(以下、ヘッド対向面34と呼ぶ。)を備えたヘッド対向部材35を有している。また、気泡除去手段40は、ヘッド対向面34を吐出口面と接触させた状態から、吐出口の内部の液体を排出することができる速度でヘッド対向面34と吐出口面との間隔を広げることが可能な機構を有している。
【0028】
この機構は、可動部36とバネ37とを有している。可動部36はヘッド対向面34を備えたヘッド対向部材35を支持しており、回復処理位置に対して移動可能に構成されている。つまり、ヘッド対向部材35と吐出口面との間隔は可変に構成されている。
【0029】
本実施例では、ヘッド対向面34は平面であるが、ヘッド対向面34は平面に限定されない。ヘッド対向面34は吐出口面と密着可能な形状を持つことが好ましい。これにより、吐出口の内部の液体を、より効果的に排出することができる。
【0030】
バネ37は、ヘッド対向面34を回復処理位置から遠ざかる方向に付勢している。本実施例ではバネ37を用いたが、バネ37を、ヘッド対向部材35を付勢することが可能な弾性体で置き換えても良い。
【0031】
ヘッド対向部材35の裏面には、ヘッド対向部材35の主面と略垂直な方向に沿って立てられた4本の第1の柱状部材46と、ヘッド対向部材35の主面と略垂直な方向沿って立てられた第2の柱状部材48が固定されている。
【0032】
可動部36は、不図示の駆動部によって、液体吐出ヘッド7の吐出口面から遠ざかる方向へ移動可能となっている。
【0033】
また、可動部36には、4つの第1の開口部38と、第2の開口部39と、が形成されている。そして、第1の柱状部材46は、第1の開口部38を通って可動部36の反対側の領域まで延びている。また、第2の柱状部材48は、第2の開口部39を通って可動部36の反対側の領域まで延びている。
【0034】
バネ37は、第2の柱状部材48の先端側に巻かれている。第2の柱状部材48の先端部48a(ヘッド対向部材35とは反対側の端部)は、バネ37が保持されるように、バネ37の径より大きくなっている。
【0035】
また、気泡除去手段40を組み立てる際に、バネ37を第2の柱状部材48に取り付けることができるように、第2の柱状部材の先端部48aには、切り欠きが形勢されている。これにより、先端部48aの径が細く歪むことができるように構成されている。
【0036】
バネ37は、可動部36と第1の柱状部材の先端部48aとの間に挟まれることで、弾性エネルギーを蓄積している。これにより、ヘッド対向部材35は、可動部36が設けられている方向、つまり吐出口面から遠ざかる方向に付勢されている。
【0037】
第1の柱状部材46の中央部近傍には、規制部46aである凸状の爪部が形成されている。気泡除去手段40が作動してないとき、この規制部46aは、第1の開口部38近傍の可動部36と接触している。このようにして、規制部46aは、バネ37に弾性エネルギーが蓄積された状態でヘッド対向面34が回復処理位置から遠ざかる方向へ移動しないように規制している。
【0038】
また、第1の柱状部材46は撓むことができるように構成されている。規制部46aと可動部36との間に働く力以上の力が印加されることで、第1の柱状部材46は撓み、規制部46aが第1の開口部38を通過する。
【0039】
規制部46aと可動部36との間に働く力は、バネ37の復元力よりも十分大きい。つまり、ヘッド対向面34に所定の大きさの力が印加されることで、ヘッド対向部材35は可動部36に対して移動する。つまり、可動部36が回復処理位置に向けて移動し、ヘッド対向面34を回復処理位置における吐出口面に押しつけることによって、規制部46aによって規制された状態が解除される。
【0040】
規制部46aが解除されると、バネ37の復元力によって、ヘッド対向部材35は、ヘッド対向面34が回復処理位置から遠ざかる方向に、急激に移動する。
【0041】
また、可動部36には、ヘッド対向部材35側、つまり吐出口面側にむけて延びた突出部36aが形成されている。この突出部36aは、液体吐出ヘッド7の回復処理の工程中に、液体吐出ヘッド7の所定の位置と接触する。また、第2の柱状部材の先端部48a側には、回復手段19のフレーム部23が位置している。
【0042】
次に、上記の構成の気泡除去手段40の動作について説明する。図3(a)〜(d)は気泡除去手段の動作を説明するためのステップ図である。また、図4は、気泡除去手段40の動作中において、可動部36に形成された突出部36aの位置の変化と、ヘッド対向面34の位置の変化と、を示すグラフである。
【0043】
まず、図3(a)のように、気泡除去手段40を動作させる前に、予め、液体吐出ヘッド7の吐出口面10をヘッド対向部材35のヘッド対向面34と対向させておく(図4の状態A)。このとき、バネ37は、弾性エネルギーを最も蓄積した状態になっている。本実施例では、この状態におけるバネの弾性力が0.98N(100gf)となるように、気泡除去手段40を構成した。
【0044】
次に、可動部36を液体吐出ヘッド7の吐出口面10の方向へ移動させ、ヘッド対向部材35のヘッド対向面34を吐出口面10と接触させる。図3(b)に示すように、この状態で可動部36がさらに移動することで、第1の柱状部材46は撓み、規制部46aが可動部36に形成された第1の開口部38を通過し始める(図4の状態B)。
【0045】
そして図3(c)のように、規制部46aが第1の開口部38を通過し終え、規制が解除される(図4の状態C)。これにより、ヘッド対向部材35は、バネ37の弾性力によって、ヘッド対向面34が液体吐出ヘッド7から遠ざかる方向に急激に移動する。このヘッド対向面34の急激な移動によって、吐出口面10近傍の圧力が低下し、ノズルの内部からインクが排出される。
【0046】
そして図3(d)のように、可動部36の突出部36aが液体吐出ヘッド7の所定の位置に接触して、可動部36が停止する(図4の状態D)。突出部36aは、液体吐出ヘッド7の損傷を防ぐために、ノズルの近傍には接触しないように構成されている。
【0047】
この後、可動部36を液体吐出ヘッド7から退避する方向へ移動させる。この可動部36の移動に伴い、第2の柱状部材の先端部48aは、回復手段19のフレーム部23に押圧する。この状態で、可動部36をさらに移動させることで、再び、第1の柱状部材46の規制部46aが、第1の開口部38を通過する。このようにして、気泡除去手段40は、再び規制部によって規制された状態(図4の状態A)となる。
【0048】
以下、上記の気泡除去手段40を用いて、液体吐出ヘッド7の回復方法について、図5(a)〜(d)を参照して説明する。
【0049】
液体吐出ヘッド7の回復方法として、まず、液体吐出ヘッド7の吐出口9が形成された吐出口面10を、ヘッド対向部材35のヘッド対向面34と対向させる。なお、図5(a)では、吐出口面10にインク44が付着しており、さらにノズル33の内部に気泡43が発生した状態の液体吐出ヘッド7が示されている。
【0050】
ノズル33の内部に発生した気泡43は、インクの発泡による吐出方式の液体吐出ヘッド7では、特にインク不吐出の原因となる。
【0051】
次に、近接工程として、ヘッド対向面34を液体吐出ヘッド7の吐出口面10に接触させる(図5(b)参照。)。実際には、ヘッド対向面34及び吐出口面10は完全に密着されず、非接触領域が存在すると考えられる。つまり、ヘッド対向面34と吐出口面10との間には、狭空間が形成される。図5(b)では、この狭空間が形成された領域を示している。
【0052】
この狭空間の体積を低減するために、ヘッド対向面34は別の弾性体で形成されていることが好ましい。当該弾性体としては、例えば硬度(デュロメータ硬さ(JIS K 6253準拠))60、厚さ1.0mmのウレタンゴム材を用いることが出来る。
【0053】
狭空間は、吐出口面10に付着していたインク44で満たされる。なお、本実施例の回復方法において、狭空間がインク44で完全に満たされる必要は無い。
【0054】
また近接工程において、ヘッド対向面34を吐出口面10に完全に接触させる必要は無い。ヘッド対向面34は、後述の排出工程において、吐出口9からインクを吐出することができる程度に接近させれば良い。
【0055】
次に、排出工程として、吐出口9の内部のインクを排出することができる速度で、吐出口面10とヘッド対向面34との間隔を広げる(図5(c)参照。)。ヘッド対向面34を急激に吐出口面10から遠ざけることで、吐出口面10とヘッド対向面34との間の狭空間の体積が急激に広がる。これにより、狭空間は減圧され、吐出口9の内部のインクが、気泡とともに排出される(図5(d)参照。)。
【0056】
実際に測定した結果では、吐出口面10とヘッド対向面34との距離が約20μm程度で、インク44を介した接触状態は終わる。したがって、近接工程において、ヘッド対向面34と吐出口面10との間隔を20μm以下にすることが好ましい。また、ノズル33から引き出された気泡43は、ヘッド対向面34に排出されたインク44内に存在していることが確認された。
【0057】
本実施例で述べた回復方法は、気泡43の除去に限らず、ノズル33内に混入した塵や、吐出口近傍の増粘インクなども好適に除去することができる。
【0058】
上記のように、本発明に係る液体吐出装置では、簡便な機構でノズル33内のインク44を排出することができる。このとき消費されるインク44は、液体吐出ヘッド7と気泡除去手段40との間の狭空間の体積以下である。したがって、特許文献1に記載されたポンプによるインクの吸引と比較して、インクの消費量は大幅に低下する。つまり、インク消費量を抑えつつ液体吐出ヘッド7の回復を行うことができる。
【0059】
以下、ヘッド対向面34が吐出口面10から遠ざかる速度について説明する。図6(a),(b)は、ヘッド対向部材35の速度を説明するための概略図である。ここで、図6(a)は、バネ37が最も圧縮された状態(図4の状態C)の気泡除去手段40をモデル化したものであり、図6(b)は、ヘッド対向部材35が吐出口面10から距離hだけ遠ざかった状態をモデル化したものである。
【0060】
図6(a)に示す状態と図6(b)に示す状態との間には、下記数1に示すエネルギー保存則が成り立つ。
【0061】
【数1】

【0062】
ここで、ヘッド対向部材35は鉛直下向きに移動したものとした。また、mはヘッド対向部材35と第1及び第2の柱状部材46,48との合計の質量であり、l0はバネ37の自然長であり、l1は蓄勢時におけるバネ37の長さであり、kはバネ定数であり、vはヘッド対向部材35の速度であり、gは重力加速度である。
【0063】
数1から求めたヘッド対向部材35の速度vは、下記数2で与えられる。
【0064】
【数2】

【0065】
つまり、バネ37の弾性力を大きくすることで、ヘッド対向部材35の速度を早くすることができる。本実施例では、蓄勢された状態のバネ37の弾性力を0.98N(100gf)とし、ヘッド対向部材35と第1及び第2の柱状部材46,48との合計の質量を約10gとした。
【0066】
次に、本発明に係る気泡除去手段40との比較のため、比較例として、特許文献2に記載のクリーニングローラ50の移動速度について説明する。ここで、クリーニングローラ50は液体吐出ヘッドと接触した状態で従動回転するものとする。
【0067】
図10(c)のように、特許文献2に記載のクリーニングローラ50が、液体吐出ヘッド51に対して速さVで移動したとする。つまり、クリーニングローラ50の外縁部は速度Vで回転している。吐出口面53から距離Hだけ離れた場所における外縁部の、吐出口面53と垂直な方向の速さvrは、下記数3によって与えられる。
【0068】
【数3】

【0069】
ここで、Rはクリーニングローラ50の直径である。また比較例において、クリーニングローラ50の直径を10mm、速度Vを30mm/sとした。
【0070】
次に、数2で与えられた速さvと、数3で与えられた速さvrとを比較した結果を、図7を参照して説明する。図7は、実施例における速さvと、比較例における速さvrとをプロットしたグラフである。
【0071】
実施例において、ヘッド対向部材35が吐出口面10から遠ざかる速度vは、比較例における速度vrよりも大きい。このように、バネ37の弾性力によって、ヘッド対向部材35を吐出口面10から急激に遠ざけることが出来る。これにより、ヘッド対向部材35と吐出口面10との間の空間の体積が急激に増加し、当該空間の圧力は低下する。したがって、ノズル33内のインクが効果的に排出されるため、気泡や塵や増粘インクの排出効果を高まる。
【0072】
実施例において、距離hが20μmにおいて速度vが1mm/s以上のときに、気泡の除去が可能であることを確認した。また、バネ37の弾性力が0.98N(100gf)のときに、数式1とほぼ等しい速度に達することを確認した。
【0073】
比較例のクリーニングローラ50では、液体吐出ヘッド51からの距離が20μmの位置において、1mm/sの速度であっても、ノズル54内の気泡が残留することがあることを見出した。
【0074】
気泡の残留を防ぐためには、クリーニングローラ50の径を小さくして回転速度を上げることが考えられる。しかし、直径の小さいクリーニングローラ50では、液体吐出ヘッド51とクリーニングローラ50との間の空間の体積が小さくなる。この体積の減少によって、吐出口52近傍の圧力変化も低下し、気泡を除去する機能も低下する。
【0075】
また、特許文献2に記載のクリーニングローラ50において、クリーニングローラ50を強制的に回転させて、回転速度を上げることも考えられる。しかし、クリーニングローラ50の回転速度を上げると、激しく摩擦によって吐出口面53が損傷するという懸念がある。したがって、特許文献2に記載のクリーニングローラ50と比較すると、本発明の気泡除去手段40は、ノズルの内部の気泡を除去する効果が向上する。
【0076】
次に、本実施例における回復手段19の他の構成要素について、図1を参照して説明する。
【0077】
ワイパ21は、ゴム状の弾性体からなるブレードであり、ワイパホルダ20に取り付けられている。ワイパホルダ20は往復移動可能となっている。ワイパホルダ20の往復移動に伴い、ワイパ21は液体吐出ヘッド7の吐出口面に接触する。これにより、吐出口面に付着したインクを拭き取り清掃することができる。
【0078】
キャップ手段22は、液体吐出ヘッド7の吐出口面を被うことができるように構成されている。これにより、吐出口の内部のインクの乾燥を防ぐことが出来る。また、キャップ手段22には、ポンプ(不図示)が取り付けられていても良い。ポンプは、吐出口の内部のインクを強制的に吸引することができる。
【0079】
キャップ手段22と気泡除去手段40は、それぞれを選択して利用することができる。液体吐出ヘッド7の状態や使用状況などにより、キャップ手段22と気泡除去手段40とを使い分けることで、より効果的に液体吐出ヘッド7のメンテナンスを行うことができる。
【0080】
次に、液体吐出装置の他の構成について、図1を参照して説明する。液体吐出装置は、搬送ローラ1と排送ローラ17とをさらに有している。搬送ローラ1は、記録動作時に、不図示の給紙装置から搬送された記録用紙3を、液体吐出ヘッド7の吐出口面と対向する位置へ搬送する。吐出口面と対向する位置には、プラテン4が設けられている。プラテン4は、搬送された記録用紙3を保持する。
【0081】
搬送ローラ1は、不図示の紙送りモータから伝達される駆動力によって回転駆動される。また、搬送ローラ1に圧接し、搬送ローラ1と従動回転するピンチローラ2が設けられている。記録用紙3は、搬送ローラ1とピンチローラ2によって、プラテン4に搬送される。
【0082】
また、排送ローラ17に圧接し、排送ローラ17と従動回転する拍車18が設けられている。排送ローラ17と拍車18によって、記録用紙3は液体吐出装置の外部へ排出される。
【0083】
キャリッジ5には、液体であるインクを貯留している複数の液体貯留部8が着脱可能に搭載されている。本実施例では、ブラック(Bk)インクの液体貯留部、イエロー(Y)インクの液体貯留部、マゼンタ(M)インクの液体貯留部、シアン(C)インクの液体貯留部が搭載されている。しかしながら、液体貯留部8に貯留されるインクは、どのようなものでも良い。また、インクに限らず、様々な液体が貯留されていても良い。
【0084】
液体吐出ヘッド7は、記録用紙3の搬送方向(副走査方向)に複数のノズルが並んでいる。本実施例では、一例として、ブラックインクを吐出する吐出口の列、イエローインクを吐出する吐出口の列、マゼンタインクを吐出する吐出口の列、およびシアンインクを吐出する吐出口の列が、液体吐出ヘッド7に形成されている。
【0085】
キャリッジ5は、記録用紙3の搬送方向と直交する方向(主走査方向)に移動する。このキャリッジ5の移動に伴って、液体吐出ヘッド7の吐出口から記録データに応じて、記録用紙3に向けてインクを吐出する。これにより、文字や画像などの記録が行われる。
【0086】
本実施例における液体吐出ヘッド7は、電気熱変換体を用いたヒータが発生する熱エネルギーによってインクに気泡を生じさせる。この気泡の圧力によって、液体吐出ヘッド7はインクを吐出する。すなわち、液体吐出ヘッド7は、熱エネルギーを利用してインクに気泡を生じさせ、その気泡の圧力によってインクを吐出する。
【0087】
[第2の実施例]
次に、第2の実施例に係る液体吐出ヘッドの回復方法について述べる。本実施例に係る液体吐出装置の構成は、第1の実施例の液体吐出装置と同様である。ただし、本実施例の気泡除去手段では、ヘッド対向部材の表面に弾性体が形成されている必要は無い。
【0088】
以下、本実施例に係る液体吐出ヘッドの回復方法について、図8(a)〜(c)を参照して説明する。図8(a)〜(c)は、液体吐出ヘッドの回復方法を示すステップ図である。
【0089】
本実施例に係る液体吐出ヘッド7の回復方法は、液体付着工程と、近接工程と、排出工程と、を有する。
【0090】
まず、液体吐出ヘッド7の吐出口9が形成された吐出口面10を、ヘッド対向部材35のヘッド対向面34と対向させる。なお、図8(a)では、ノズル33の内部に気泡43が発生した状態の液体吐出ヘッド7が示されている。
【0091】
次に、液体付着工程として、ヘッド対向面34に液体を付着させる。本工程は、液体吐出ヘッド7からヘッド対向面34に向けてインク44を吐出することで容易に実施できる(図8(a)参照。)。インクの予備吐出により、ヘッド対向面34にインク44が付着する(図8(b)参照。)。
【0092】
液体付着工程は、後述の近接工程が終わる前までに実施しておけば良い。また、付着させる液体は、液体吐出ヘッド7から吐出される液体に限定されない。
【0093】
液体付着工程において、予備吐出を行うことで、図8(c)に示すように、液体吐出ヘッド7とヘッド対向面34との間の空間を液体で満たすことができる。予備吐出のインク量は、液体吐出ヘッド及び気泡除去手段の形状や外部環境などによって適宜決定する。
【0094】
次に、近接工程として、ヘッド対向部材35を液体吐出ヘッド7の吐出口面10に近接させる(図8(c)参照。)。これにより、液体吐出ヘッド7とヘッド対向面34との間の空間を、インク44で満たすことができる。
【0095】
次に、排出工程を実施する。排出工程は、第1の実施例と同様に実施される(図5(c),(d)参照)。本実施例では、液体吐出ヘッド7とヘッド対向面34との間の空間をインク44で満たすことにより、排出工程において、インク44の排出効果が向上する。これにより、より効果的に気泡43や増粘インクや塵を除去することができる。
【0096】
本発明に係る液体吐出装置では、簡便な機構でノズル33内のインクを排出することができる。このとき消費されるインク44は、液体吐出ヘッド7と気泡除去手段40との間の狭空間の体積以下である。したがって、インク44の消費量を低減することができる。つまり、インクの消費量を抑えると伴に、液体吐出ヘッド7の回復を行うことができる。
【0097】
このようにして、安定して高い印字品位を実現する液体吐出装置を提供することができる。
【0098】
以上、本発明の望ましい実施形態について提示し、詳細に説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、要旨を逸脱しない限り、さまざまな変更及び修正が可能であることを理解されたい。
【0099】
例えば、本発明に係る気泡除去手段40は、キャップ手段の内部に構成されていても良い。特に、気泡除去手段40が有するヘッド対向部材35が、キャップ手段の内部に構成されていることが好ましい。
【0100】
キャップ手段は、液体吐出ヘッド7の吐出口面10を覆うように構成されており、吐出口9の内部の液体の乾燥を防ぐ。したがって、液体吐出ヘッド7の吐出口面10を覆った状態で、本発明の回復方法を実施することができる。
【0101】
また、上記の実施例では、ヘッド対向部材35が移動可能に構成されているが、ヘッド対向部材35は固定されていても良い。この場合、液体吐出ヘッド7をヘッド対向部材35に対して移動可能に構成すれば良い。つまり、吐出口9の内部の液体を排出することができる速度で、ヘッド対向面34と吐出口面10との間隔を広げることが可能であれば良い。
【0102】
上記の実施例では、液体吐出ヘッド7が吐出する液体がインクの場合について詳細に説明したが、液体はインクに限定されない。本発明の液体吐出ヘッド及び液体吐出装置は、医療分野において液状薬剤を霧状として肺吸入させる際に使用される吸入装置などで液体を微小な液滴として噴霧吐出するヘッドにも好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】本発明の一実施例に係る液体吐出装置の模式的斜視図。
【図2】(a)は図1に示された気泡除去手段の模式的平面図であり、(b)は(a)のA−A線に沿った気泡除去手段の断面矢視図である。
【図3】(a)〜(d)は、気泡除去手段の動作を説明するためのステップ図。
【図4】気泡除去手段の動作中において、可動部に形成された突出部の位置の変化と、ヘッド対向部材の位置の変化と、を示すグラフである。
【図5】(a)〜(d)は、本発明の第1の実施例に係る液体吐出ヘッドの回復方法を示すステップ図である。
【図6】(a)及び(b)は、ヘッド対向部材の移動速度を説明するための概略図である。
【図7】実施例におけるヘッド対向部材の吐出口面と垂直な方向の移動速度と、比較例におけるクリーニングローラの吐出口面と垂直な方向の移動速度と、を示すグラフ。
【図8】(a)〜(c)は、本発明の第2の実施例に係る液体吐出ヘッドの回復方法を示すステップ図である。
【図9】特許文献2に記載のクリーニングローラの模式的側面図。
【図10】(a)〜(c)は、図9に記載のクリーニングローラが吐出口面を清掃するステップを拡大して示した図。
【符号の説明】
【0104】
7 液体吐出ヘッド
9 吐出口
10 吐出口面
19 回復手段
22 キャップ手段
23 フレーム部
33 ノズル
34 ヘッド対向面
35 ヘッド対向部材
36 可動部
36a 突出部
37 バネ
38 第1の開口部
39 第2の開口部
40 気泡除去手段
43 気泡
44 インク
46 第1の柱状部材
46a 規制部
48 第2の柱状部材
48a 先端部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を吐出するための吐出口が形成された液体吐出ヘッドの吐出状態を回復するための回復手段を有する液体吐出装置において、
前記回復手段は、前記液体吐出ヘッドの前記吐出口が形成された面である吐出口面が配置される位置と対向する面と、
前記面を前記吐出口面と接触または近接させてから、前記吐出口の内部の前記液体を排出することができる速度で前記面と前記吐出口面との間隔を広げることが可能な機構と、を有することを特徴とする、液体吐出装置。
【請求項2】
前記面は前記吐出口面と密着可能な形状を持つことを特徴とする、請求項1に記載の液体吐出装置。
【請求項3】
前記機構は、前記面と前記吐出口面との間隔を広げるとき、弾性エネルギーを蓄積させた弾性体の復元力を用いることを特徴とする、請求項1または2に記載の液体吐出装置。
【請求項4】
前記機構は、
前記面を支持し、且つ、前記位置に対して移動可能である可動部と、
前記面を前記位置から遠ざかる方向に付勢する弾性体と、
前記弾性体に弾性エネルギーが蓄積された状態で前記面が前記方向へ移動しないように規制する規制部であって、前記可動部を前記位置に向けて移動し、前記面を前記位置における前記吐出口面に押しつけることで前記状態を解除して、前記面を前記位置から遠ざかる方向に移動させる規制部と、
を有する、請求項1から3のいずれか1項に記載の液体吐出装置。
【請求項5】
前記弾性体がバネであることを特徴とする、請求項3または4に記載の液体吐出装置。
【請求項6】
前記面が別の弾性体で形成されていることを特徴とする、請求項1から5のいずれか1項に記載の液体吐出装置。
【請求項7】
前記液体吐出ヘッドの前記吐出口面を覆い、前記吐出口の内部の前記液体の乾燥を防ぐためのキャップ手段をさらに有し、
前記面は、前記キャップ手段に設けられていることを特徴とする、請求項1から6のいずれか1項に記載の液体吐出装置。
【請求項8】
前記速度は、前記位置における前記吐出口面と前記面との距離が20μmのときに、1mm/s以上であることを特徴とする、請求項1から7のいずれか1項に記載の液体吐出装置。
【請求項9】
液体を吐出するための吐出口が形成された液体吐出ヘッドの吐出状態の回復方法であって、
前記吐出口が形成された面である吐出口面に、前記吐出口面と対向する面を接触または近接させる近接工程と、
前記吐出口の内部の前記液体を排出することができる速度で、前記面と前記吐出口面との間隔を広げる排出工程と、を有する、液体吐出ヘッドの回復方法。
【請求項10】
前記近接工程が終わる前に、前記面に液体を付着させる液体付着工程をさらに実施する、請求項9に記載の液体吐出ヘッドの回復方法。
【請求項11】
前記液体は前記液体吐出ヘッドが吐出する液体である、請求項10に記載の液体吐出ヘッドの回復方法。
【請求項12】
前記近接工程において、前記吐出口面と前記面との距離を20μm以下にする、請求項9から11のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッドの回復方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−298026(P2009−298026A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−155202(P2008−155202)
【出願日】平成20年6月13日(2008.6.13)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】