説明

温間成形用高強度鋼板およびその製造方法

【課題】 温間成形性が良好であり、且つ温間成形後の強度と延性に優れた高強度鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 室温における引張強さが780MPa以上であり、400℃以上700℃以下の加熱温度域における降伏応力が室温における降伏応力の80%以下であり、前記加熱温度域における全伸びが室温における全伸びの1.1倍以上であり、前記加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の降伏応力が前記加熱前の室温における降伏応力の70%以上であり、前記加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の全伸びが前記加熱前の室温における全伸びの70%以上である高強度鋼板とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形温度域が400℃以上700℃以下の温間成形用として有用な鋼板に係り、室温における引張強さ(TS)が780MPa以上であり、前記成形温度域において厳しい加工条件にも対応可能な極めて良好な延性を有し、温間成形の前後間で機械的特性の変化が小さい温間成形用高強度鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から、CO2の排出量を規制するため自動車業界全体で自動車の燃費改善が指向されている。燃費改善には使用部材の薄肉化により自動車の軽量化を図ることが最も有効であるが、使用部材の薄肉化に伴い自動車の衝突特性が低下するため安全性は低下する。このため、自動車車体の軽量化には使用部材の薄肉化とともに高強度化が必要条件となる。しかしながら、自動車部材の多くは鋼板を所望形状に成形することにより製造されるが、成形時の鋼板が高強度であるほど、形状凍結性の劣化、金型への過負荷、割れやネッキング、しわの発生等の不具合が発生し易くなる。
【0003】
上記問題を解決するひとつの手段として、特許文献1には、鋼板をオーステナイト域まで加熱し、Ac3変態点以上の温度で金型を用いて成形加工を開始し、加工と同時に金型で抜熱することにより急冷し、マルテンサイト変態により硬化させて、鋼板に熱間成形加工後の硬化能および優れた衝撃特性を付与する技術が提案されている。また、特許文献2には、組織を、固溶Cの含有率が高く転位密度が高いベイナイト相を体積%で10%以上含有し、パーライト相とマルテンサイト相の合計が体積%で10%以下、残部がフェライト相である組織とする温間成形用鋼板が提案されている。そして、このような組織を有する鋼板に、250℃以上の温度域で温間成形を施すと、成形中およびその後の冷却中に大きなひずみ時効硬化量が得られるため、温間成形後の鋼板強度が著しく向上するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−211197号公報
【特許文献2】特開2002−256388号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
室温における引張強さが780MPa以上である鋼板を所望形状に成形するに際し、冷間成形では、形状凍結性が低い高強度のままの鋼板に成形加工を施すため、スプリングバックが発生してしまい、所望の形状とすることが極めて困難となる。また、高強度のままの鋼板に成形加工を施すため、金型への負荷が大きくなり、金型寿命が短くなる。
【0006】
特許文献1で提案された熱間成形の技術では、延性に乏しい硬質なマルテンサイト相を活用していることから成形後の鋼板の延性に乏しい。そのため、このような鋼板を所望形状に成形しても、高強度であり且つ延性に優れた自動車部材を得ることができない。そして、自動車部材では、衝突時に所望の衝撃吸収能を発現することが求められるが、自動車部材の延性が不十分であると、衝突時の衝撃吸収能が低下するという支障をきたす。加えて、特許文献1で提案された技術では、成形時に鋼板をオーステナイト域まで加熱することを要するため、係る技術を用いて自動車部材を大量生産しようとする場合、成形工程でのエネルギーコスト高騰が懸念される。
【0007】
一方、温間成形では、成形前の鋼板を加熱することにより鋼板強度を低下させるとともに延性を向上させ、鋼板の変形抵抗が小さく形状凍結性が改善された状態で成形加工を施す。そのため、温間成形によると、スプリングバックの発生が抑制可能であるとともに、金型への負荷も軽減される。また、鋼板を加熱すると延性も向上するため、複雑な形状に成形することも可能になる。温間成形前後間での引張強さと延性は低下しないため成形部材の衝撃吸収能は損なわれない。加えて、特許文献1の技術より低い温度の加熱で上記効果が得られるためエネルギーコストの面でも有利である。
【0008】
しかしながら、特許文献2で提案された温間成形に関する技術では、鋼板組織が硬質で延性に乏しいベイナイト相を含む組織であるうえ、ひずみ時効によって更に延性が低下し、鋼板強度は上昇するので、温間成形時に割れや金型損傷の問題が見られる。
【0009】
また、自動車部材等は厳しい腐食環境下で使用されることから、鋼板を用いてこれらの部材を製造する場合においては、耐食性を付与する目的で溶融亜鉛めっき処理や合金化溶融亜鉛めっき処理等のめっき処理を施すことが多い。そのため、自動車部材等に適用される鋼板には、めっき処理を施した後の特性が大幅に劣化しないことも要求される。しかしながら、特許文献1,2で提案された技術では、熱による材質変化が大きいマルテンサイト相やベイナイト相を含む鋼板としている。すなわち、これらの鋼板に溶融亜鉛めっき処理や合金化溶融亜鉛めっき処理といった加熱処理を伴うめっき処理を施すと、該めっき処理の熱履歴を経ることにより鋼板強度が低下する等、その特性が変化してしまう。
【0010】
本発明は、従来技術が抱える上記問題を有利に解決し、温間成形時の加工性(成形成)に優れ、厳しい温間成形条件にも適用可能であり、且つ、熱による材質変化が小さいため温間成形後の強度および延性低下が小さい温間成形に適した高強度鋼板およびその製造方法および該高強度鋼板の使用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決すべく、本発明者らは、高強度鋼板の温間成形性(加熱前、加熱中、加熱後の延性、強度など)に及ぼす各種要因について鋭意検討した。その結果、室温における引張強さが780MPa以上の高強度鋼板であっても、所定の加熱温度域(温間成形温度域)における降伏応力が室温における降伏応力の80%以下であり、上記加熱温度域における全伸びが室温における全伸びの1.1倍以上であれば、上記温間成形温度域において変形抵抗が低下するとともに延性が上昇し、鋼板を複雑な形状に成形することが可能となり、優れた温間成形性を示すことを見い出した。また、このような鋼板であれば、形状凍結性にも優れていることを知見した。また、上記加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち室温まで冷却した後の降伏応力および全伸びの各々が、前記加熱前の室温における降伏応力および全伸びの70%以上であれば、温間成形したのちにおいても自動車部材に必要な強度と延性を確保できることを知見した。
【0012】
そこで、本発明者らは、上記の如き特性を有する鋼板を得るための鋼板組織および鋼板組成について検討した。
まず、本発明者らは、延性に優れ、且つ熱による材質変化の少ないフェライト相に着目し、温間成形前、温間成形時および温間成形後の鋼板組織をいずれも実質的にフェライト単相とすることに想到した。そして、このような実質的にフェライト単相の鋼板であれば、400℃以上の温間の成形温度に加熱した際に、フェライト相中の転位運動が活発化して変形抵抗が低下し、温間成形性が向上するとともに、降伏応力が低下して形状凍結性が向上すること、また、温間成形後の鋼板組織が実質的にフェライト単相であれば、温間成形後においても優れた延性を示すことを知見した。
【0013】
更に、フェライト単相では十分な鋼板強度が得られないことに鑑み、本発明者らは、実質的にフェライト単相である鋼板を高強度化する手段について検討した。温間成形時に発生する固溶CおよびNによるひずみ時効硬化では、温間成形後の鋼板強化を図ることができても、温間成形時ならびに温間成形後における鋼板の延性が不十分となる。また、細粒化強化による高強度化では、加熱時に粒成長するため温間成形用素材には適さない。
【0014】
そこで、本発明者らは、炭化物の析出強化を利用することに思い至った。そして、温間成形性および温間成形後の強度・延性を向上させるためには、実質的にフェライト単相のマトリックス中に、微細なTi炭化物、或いは更にV炭化物、Mo炭化物、W炭化物を析出させて鋼板の高強度化を図ることが良いことを知見した。本発明者らの検討によれば、これらの炭化物は、700℃以下の温間成形温度域(加熱温度域)では粗大化せず、温間成形後においても微細析出状態が維持される。すなわち、実質的にフェライト単相のマトリックス中に、これらの炭化物を析出させることにより、温間成形後においても優れた強度を有する鋼板が得られることを見い出した。
【0015】
また、本発明者らは、炭化物形成元素であるTiの含有量、或いは更にTi、V、Mo、Wの含有量を適正範囲内に調整するとともに、Cの含有量に対するTiの含有量、或いは更にTi、V、Mo、Wの含有量を適正範囲内に調整することが、鋼板を上記した所望の組織とするうえで重要となることを知見した。更に、上記した所望の組織を有する鋼板を製造するに際し、特に上記炭化物の粗大化を抑制するうえでは、熱間圧延後の冷却・巻取り条件を適正範囲内に調整することが重要であることを知見した。
【0016】
本発明は上記の知見に基づき完成されたものであり、その要旨は次のとおりである。
[1] 室温における引張強さが780MPa以上であり、400℃以上700℃以下の加熱温度域における降伏応力が室温における降伏応力の80%以下であり、前記加熱温度域における全伸びが室温における全伸びの1.1倍以上であり、前記加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の降伏応力が前記加熱前の室温における降伏応力の70%以上であり、前記加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の全伸びが前記加熱前の室温における全伸びの70%以上であることを特徴とする温間成形用高強度鋼板。
【0017】
[2] 前記[1]において、質量%で、
C :0.03%以上0.14%以下、 Si:0.3%以下、
Mn:0.60%超1.8%以下、 P :0.03%以下、
S :0.005%以下、 Al:0.1%以下、
N :0.005%以下、 Ti:0.25%以下
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記の(1)式および(2) 式を満足する組成を有し、フェライト粒径が1μm以上でありフェライト相の面積率が95%以上であるマトリックスを有し、該マトリックス中に平均粒径が10nm以下である炭化物が析出した組織を有することを特徴とする温間成形用高強度鋼板。

([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)>0.0031 …(1)
0.8≦([C]/12)/([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)≦1.20 …(2)
([C]、[Ti]、[V]、[Mo]、[W]:各元素の含有量(質量%))
【0018】
[3] 前記[2]において、前記組成に加えてさらに、質量%で、V :0.5%以下、Mo:0.5%以下、W :1.0%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする温間成形用高強度鋼板。
【0019】
[4] 前記[1]ないし[3]のいずれかにおいて、表面にめっき層を具えることを特徴とする温間成形用高強度鋼板。
【0020】
[5] 前記[4]において、前記めっき層が、溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層であることを特徴とする温間成形用高強度鋼板。
【0021】
[6] 前記[1]ないし[5]のいずれかに記載の温間成形用高強度鋼板を、400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えることを特徴とする温間成形用高強度鋼板の加工方法。
【0022】
[7] 質量%で、
C :0.03%以上0.14%以下、 Si:0.3%以下、
Mn:0.60%超1.8%以下、 P :0.03%以下、
S :0.005%以下、 Al:0.1%以下、
N :0.005%以下、 Ti:0.25%以下
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記の(1)式および(2)式を満足する組成を有する鋼スラブを、1100℃以上1350℃以下に加熱後、仕上げ圧延温度:820℃以上となる熱間圧延を行い、該熱間圧延後2s以内に冷却を開始し、820℃以上の温度から巻取温度までの温度域を30℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、550℃以上680℃以下の巻取温度でコイル状に巻き取ることを特徴とする温間成形用高強度鋼板の製造方法。

([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)>0.0031 …(1)
0.8≦([C]/12)/([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)≦1.20 …(2)
([C]、[Ti]、[V]、[Mo]、[W]:各元素の含有量(質量%))
【0023】
[8] 前記[7]において、前記組成に加えてさらに、質量%で、V :0.5%以下、Mo:0.5%以下、W :1.0%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする温間成形用高強度鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によると、引張強さが780MPa以上であって、小さいプレス荷重で複雑な形状の部材を温間成形することが可能な温間成形性に優れた高強度鋼板が得られる。また、本発明の高強度鋼板は、温間成形性に優れることに加えて温間成形後の強度低下および延性低下が小さいため、衝突時の衝撃吸収性が要求される自動車部材等の使途に好適である。更に、本発明の高強度鋼板は、熱による材質変化が小さい組織を有することから、めっき処理等の熱履歴を受けても鋼板特性が殆ど変化しない。そのため、耐食性の観点からめっき処理を要する部材にも適用可能であり、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の温間成形用高強度鋼板は、室温における引張強さが780MPa以上である鋼板を対象とする。なお、本発明において「室温」とは、22±5℃を意味するものとする。
本発明の温間成形用高強度鋼板は、室温における引張強さが780MPa以上であり、400℃以上700℃以下の加熱温度域における降伏応力が室温における降伏応力の80%以下であり、前記加熱温度域における全伸びが室温における全伸びの1.1倍以上であり、前記加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の降伏応力が前記加熱前の室温における降伏応力の70%以上であり、前記加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の全伸びが前記加熱前の室温における全伸びの70%以上であることを特徴とする。
【0026】
本発明では、400℃以上700℃以下の温間成形温度を想定し、400℃以上700℃以下の加熱温度域における鋼板特性を規定する。
室温における引張強さが780MPa以上である鋼板の場合、400℃以上700℃以下の加熱温度域における降伏応力が室温における降伏応力の80%を超えると、温間成形時において鋼板の変形抵抗を十分に低減することができない。そのため、温間成形時のプレス荷重を大きくすることが必要となり、金型寿命の低下が問題となる。また、大きなプレス荷重を付与する場合、プレス機本体も必然的に大きくなるが、プレス機本体が大きくなると、温間成形温度に加熱した鋼板をプレス機まで運搬するのに時間がかかることで、鋼板温度が低下してしまい、所望の温度で温間成形することが困難となる。更に、形状凍結性も十分に改善されないため、前記した温間成形のメリットを発現することができない。
【0027】
また、室温における引張強さが780MPa以上である鋼板の場合、400℃以上700℃以下の加熱温度域における全伸びが室温における全伸びの1.1倍未満では、温間成形時における鋼板の成形性の改善効果が不十分となる。そのため、成形時に割れ等の欠陥が生じ、問題となる。
【0028】
また、鋼板に温間成形を施すと、主に鋼板を加熱したことに伴い温間成形後の鋼板強度が低下する場合がある。更に、鋼板に温間成形を施すと、前記のひずみ時効により、或いは加工硬化により、温間成形後の鋼板の延性が低下する場合があり問題となる。
通常、鋼板に温間成形を施して(自動車)部材を製造する場合、鋼板には相当塑性ひずみで1〜10%程度のひずみが導入される。そこで、本発明では、400℃以上700℃以下の温度域で最大20%のひずみが導入される温間成形を想定し、400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち、前記加熱温度から室温まで冷却した後の鋼板の降伏応力および全伸びを規定する。温間成形前後間での延性維持の観点からは15%以下のひずみ付与が望ましい。
【0029】
ここで、本発明において、400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱して付与する「ひずみ」とは、相当塑性ひずみ(ε)を意味し、通常、例えば非特許文献1に記載の如く下式で表される。
【0030】
【数1】

【0031】
【非特許文献1】吉田総仁、「弾塑性力学の基礎」、初版3刷発行、 共立出版株式会社、1999年10月5日、p.155
【0032】
室温における引張強さが780MPa以上である鋼板の場合、温間成形後の降伏応力および全伸びの各々が、加熱前の(温間成形前の)室温における降伏応力および全伸びの70%未満であると、温間成形後の鋼板の強度および全伸びが不十分となる。そして、このような鋼板を温間成形によって所望形状として自動車部材とする場合、衝突時の衝撃吸収性能が不十分となり、自動車部材としての信頼性が損なわれる。
そこで、本発明では、400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の鋼板の降伏応力および全伸びを、加熱成形前の室温における降伏応力および全伸びの70%以上とする。
【0033】
以上のような特性を鋼板に付与するうえでは、鋼板組成を、質量%で、C :0.03%以上0.14%以下、Si:0.3%以下、Mn:0.60%超1.8%以下、P :0.03%以下、S :0.005%以下、Al:0.1%以下、N :0.005%以下、Ti:0.25%以下を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記の (1) 式および (2) 式を満足する組成とし、鋼板組織を、フェライト粒径が1μm以上でありフェライト相の面積率が95%以上であるマトリックスを有し、該マトリックス中に平均粒径が10nm以下である炭化物が析出した組織とすることが好ましい。

([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)>0.0031 …(1)
0.8≦([C]/12)/([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)≦1.20 …(2)
([C]、[Ti]、[V]、[Mo]、[W]:各元素の含有量(質量%)
【0034】
まず、上記組織および炭化物の限定理由について説明する。
温間成形時および温間成形後の鋼板がマルテンサイト相、ベイナイト相等の硬質相を含むと、所望の延性(全伸び)を得ることが困難となる。そのため、本発明においては、鋼板のマトリックスを実質的にフェライト単相とすることが好ましい。上記組成を有する鋼板の場合、温間成形温度に加熱する前の鋼板のマトリックスが実質的にフェライト単相であれば、400℃以上700℃以下の加熱温度域(温間成形温度)に加熱されても鋼板のマトリックスは実質的にフェライト単相のままに維持される。そして、鋼板が加熱されることに伴い延性が増し、400℃以上700℃以下の加熱温度域における全伸びを室温における全伸びの1.1倍以上とすることができる。
【0035】
また、上記組成を有する鋼板の場合、400℃以上700℃以下の温度域において温間成形を施すと、転位の回復を伴いながら成形加工されるため、温間成形中の延性低下は殆ど生じない。そして、温間成形後に室温まで冷却しても組織変化は生じないことから、鋼板のマトリックスは実質的にフェライト単相のままに維持され、優れた延性を示す。そのため、(温間成形前の)鋼板のマトリックスを実質的にフェライト単相とすれば、400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の鋼板の全伸びを、加熱成形前(温間成形前)の室温における全伸びの70%以上とすることができる。
【0036】
また、フェライト相を400℃以上に加熱すると、温度上昇に伴い転位の運動が活発となることで変形抵抗が低下し、鋼板の降伏応力は低下する。そのため、400℃以上700℃以下の加熱温度域における鋼板の降伏応力は、室温における鋼板の降伏応力の80%以下となる。
【0037】
フェライト粒径は、1μm以上とすることが好ましい。フェライト粒径が1μm未満であると、温間成形時に粒成長し易くなり、温間成形後の鋼板の材質安定性が低下する。但し、フェライト粒径が過剰に大きくなると、細粒化強化量低下により所望の鋼板強度を得ることが困難となる場合がある。よって、フェライト粒径は、15μm以下とすることが好ましい。より好ましくは1μm以上12μm以下である。
【0038】
優れた延性を付与する観点、或いは熱による材質変化を抑制する観点からは、鋼板のマトリックスをフェライト単相にすることが好ましい。また、フェライト相のほかに硬質相であるベイナイト相やマルテンサイト相が混在すると、これらの硬質相とフェライト相との硬度差が大きいことから、温間成形性を低下させる要因にもなる。しかしながら、完全なフェライト単相でない場合であっても、実質的にフェライト単相、すなわち、マトリックス全体の面積に対するフェライト相の面積が95%以上であれば、温間成形中および温間成形後の鋼板に十分な延性を付与し、且つ熱による材質変化を抑制することができる。
【0039】
なお、本発明の鋼板において、フェライト相以外の相としては、パーライト相、ベイナイト相、マルテンサイト相、残留オーステナイト相等が挙げられ、これらの合計は組織全体に対する面積率で5%以下であれば許容される。
【0040】
以上のように、温間成形前における鋼板のマトリックスを実質的にフェライト単相とすれば、温間成形時および温間成形後において鋼板の延性(全伸び)を十分に確保することができる。しかしながら、フェライト単相では、所望の鋼板強度(引張強さ:780MPa以上)を得ることが困難である。
【0041】
そこで、本発明では、実質的にフェライト単相のマトリックス中に、微細な炭化物、具体的にはTi炭化物、或いは更にV炭化物、Mo炭化物、W炭化物を析出させて鋼板の高強度化を図る。ここで、炭化物の平均粒子径が10nmを超えると、鋼板を所望の強度(引張強さ:780MPa以上)とすることができない。よって、上記炭化物の平均粒子径は10nm以下とする。好ましくは7nm以下である。
【0042】
なお、鋼板に含まれる炭化物は通常、加熱に伴い粗大化して析出強化能が低下する。しかしながら、上記した平均粒子径10nm以下の炭化物(Ti炭化物、或いは更にV炭化物、Mo炭化物、W炭化物)の場合、その加熱温度が700℃以下であれば粗大化することはなく、平均粒子径は10nm以下に維持される。すなわち、実質的にフェライト単相のマトリックス中に平均粒子径10nm以下の炭化物(Ti炭化物、或いは更にV炭化物、Mo炭化物、W炭化物)を含む鋼板を400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱して温間成形を施しても、炭化物の粗大化が抑制されるため、温間成形後の鋼板強度の低下が大幅に抑制される。したがって、実質的にフェライト単相のマトリックス中に平均粒子径10nm以下の炭化物を含む鋼板組織とすれば、400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱して最大20%のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の鋼板の降伏応力を、加熱成形前(温間成形前)の室温における降伏応力の70%以上とすることができる。
【0043】
次に、上記組成の限定理由について説明する。なお、以下の成分組成を表す%は、特に断らない限り質量%を意味するものとする。
C:0.03%以上0.14%以下
CはTi、或いは更にV、Mo、Wの炭化物を形成し、鋼中に微細分散して鋼板の高強度化を図るうえで必須の元素である。引張強さが780MPa以上の鋼板を得るためには、Cを少なくとも0.03%以上含有することが好ましい。一方、Cの含有量が0.14%を超えると、靱性が著しく劣化し、良好な衝撃吸収能(例えばTS×Elで表される。TS:引張強さ、El:全伸び。)を有する鋼板が得られなくなる。したがって、C含有量は0.03%以上0.14%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.04%以上0.13%以下である。
【0044】
Si:0.3%以下
Siは固溶強化元素であり、加熱温度域での強度低下を阻害し温間成形性を低下させる。そのため、Siは極力低減することが好ましいが、0.3%までは許容できる。したがって、Si含有量は0.3%以下とすることが好ましく、0.1%以下とすることがより好ましい。
【0045】
Mn:0.60%超1.8%以下
Mnは、鋼の変態点を下げ、微細な析出物を得やすくして強化に寄与する元素である。そのため、Mnは0.60%を超えて含有することが好ましく、0.8%以上とすることがより好ましい。しかし、Mn含有量が1.8%を超えると、鋼板の加工性が著しく低下するため、Mn含有量は1.8%以下とすることが好ましい。また、1.5%以下とすることがより好ましい。
【0046】
P :0.030%以下
Pは、非常に固溶強化能が高く、温間成形時における鋼板強度の低下を妨げる元素である。さらに、Pは粒界に偏析するため、温間成形時ならびに温間成形後の延性を低下させる元素でもある。そのため、Pは極力低減することが好ましく、0.030%以下とすることが好ましい。
【0047】
S :0.005%以下
Sは、鋼中で介在物として存在する有害な元素であり、特にMnと結合して硫化物を形成し、温間での延性を低下させる元素である。そのため、Sは極力低減することが好ましく、0.005%以下とすることが好ましい。
【0048】
Al:0.1%以下
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、このような効果を得るためには0.02%以上含有することが望ましい。しかしながらAlは酸化物を形成して延性を低下させる元素である。Al含有量が0.1%を越えると介在物による温間での延性低下の影響を無視できなくなるため、Al含有量は0.1%以下とすることが好ましい。また、0.07%以下とすることがより好ましい。
【0049】
N:0.005%以下
Nは、製鋼の段階でTiやVと結合し、粗大な窒化物を形成するため鋼板強度を著しく低下させる。そのため、Nは極力低減することが好ましく、0.005%以下とすることが好ましい。
【0050】
Ti:0.25%以下
Tiは、Cと炭化物を形成して鋼板の強化に寄与する元素である。Tiは、Cと炭化物を形成して鋼板の強化に寄与する元素であり、このような効果を得るうえでは、Ti含有量を0.01%以上とすることが好ましい。なお、後述するV、Mo、Wを添加しない場合、鋼板強度を780MPa以上とするうえではTi含有量を0.13%以上とすることが好ましく、0.15%以上とすることがより好ましい。但し、0.25%を超える含有は熱間圧延前のスラブ加熱時に粗大なTiCが残存してミクロボイド生成の原因となる。そのため、Ti含有量は0.25%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.20%以下である。
【0051】
以上が本発明における好ましい基本組成であるが、基本組成に加えてさらにV :0.5%以下、Mo:0.5%以下、W :1.0%以下のうちの1種または2種以上を含有してもよい。
V :0.5%以下、Mo:0.5%以下、W :1.0%以下
V、MoおよびWは、Tiと同様、炭化物を形成して鋼板の強化に寄与する元素である。そのため、鋼板のさらなる高強度化が要求される場合において任意に含有することができ、このような効果を得るためにはV含有量を0.01%以上、Mo含有量を0.01%、W含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
【0052】
しかしながら、V含有量が0.5%を超えると、炭化物が粗大化しやすくなり、400℃以上700℃以下の加熱温度域で炭化物が粗大化するため、室温まで冷却した後の炭化物の平均粒子径を10nm以下にすることが困難となる。
そのため、V含有量は0.5%以下とすることが好ましく、0.35%以下とすることがより好ましい。
また、Mo含有量およびW含有量がそれぞれ0.5%および1.0%を超えると、フェライト変態が極度に遅延する。そのため、鋼板組織にベイナイト相やマルテンサイト相が混在し、実質的にフェライト相単相を得ることが困難となる。そのため、Mo含有量およびW含有量はそれぞれ0.5%以下および1.0%以下とすることが好ましく、それぞれ0.4%以下および0.9%以下とすることがより好ましい。
【0053】
また、上記した鋼組成を採用する場合において、室温における引張強さが780MPa以上であり、温間成形時の延性に優れ、且つ温間成形後の強度および延性に優れた鋼板を得るためには、以下の(1)式および(2)式を満足する必要がある。
([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)>0.0031 …(1)
0.8≦([C]/12)/([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)≦1.20 …(2)
なお、(1)式および(2)式において、[C]、[Ti]、[V]、[Mo]、[W]は、各元素の含有量(質量%)である。また、[V]、[Mo]、[W]に関しては、それぞれの含有量が0.01%未満の場合、或いは含有しない場合、ゼロとして計算するものとする。
【0054】
([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)>0.0031 …(1)
先述のとおり、本発明において実質的にフェライト相単相であるマトリックスを有する鋼板とする場合には、マトリックス中に平均粒子径が10nm以下の炭化物、具体的にはTi炭化物或いは更にV炭化物、Mo炭化物、W炭化物を微細分散させる析出強化によって、鋼板の高強度化を図ることとしている。そのため、鋼板の引張強さを高めるうえでは、炭化物構成元素であるTi或いは更にV、Mo、Wを所要量含有させる必要がある。ここで、炭化物構成元素であるTi或いは更にV、Mo、Wの含有量に関し、([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)が0.0031以下になると、マトリックス中に析出する炭化物が不足し、鋼板の引張強さを780MPa以上とすることが困難となる。したがって、上記した鋼組成を採用する場合には、([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)を0.0031超とする。好ましくは0.0033超である。
【0055】
0.8≦([C]/12)/([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)≦1.20 …(2)
鋼板中に多量の固溶Cが存在すると、温間成形時にひずみ時効が生じ、温間成形時および温間成形後の鋼板の延性が低下する。また、鋼板中に硬質かつミクロンオーダーのセメンタイトが存在すると、温間成形時にフェライト相とセメンタイトとの界面でミクロボイドが発生するため、温間成形時および温間成形後の鋼板の延性が低下する。
すなわち、上記した鋼組成を採用する場合において、室温における引張強さが780MPa以上であり、温間成形時の延性に優れ、且つ温間成形後の強度および延性に優れた鋼板を得るためには、鋼板中に微細な炭化物を積極的に析出させるとともに、炭化物生成に関与しないC量を制限して鋼板中の固溶Cおよびセメンタイトを極力低減することが好ましい。
【0056】
そこで、上記した鋼組成を採用する場合には、Cの含有量に対するTiの含有量、或いは更にV、Mo、Wの含有量を制御する。
([C]/12)/([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)が0.8未満になると、炭化物構成元素が炭化物として十分に析出せず、室温における引張強さが780MPa以上である鋼板が得られなくなる。
一方、([C]/12)/([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)が1.2を超えると炭化物と結合しないCが固溶状態もしくはセメンタイトとして存在することとなり、400℃以上700℃以下の加熱温度域(温間成形時)または温間成形後において良好な延性を得ることができなくなる。
したがって、上記した鋼組成を採用する場合には、(2)式を満足するように、([C]/12)/([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)を0.8以上1.20以下とする。
【0057】
本発明では、上記の成分以外の残部はFeおよび不可避的不純物である。なお、不可避的不純物としては、O(酸素)、Cu、Cr、Ni、Co等、本発明で規定しない元素が挙げられ、これらの含有量は合計で0.5%以下であれば許容できる。
【0058】
先述のとおり、実質的にフェライト単相であるマトリックス中に微細な炭化物が析出した前記鋼板に加熱処理を施す場合であっても、700℃までの加熱温度であれば、加熱処理が材質に影響を及ぼすことはない。そのため、前記鋼板にめっき処理を施し、その表面にめっき層、例えば電気めっき層、無電解めっき層、溶融めっき層等を具えることも可能である。また、めっき層の合金成分は特に限定されず、亜鉛めっき、合金化亜鉛めっき等が適用可能である。
【0059】
上記したように、本発明の鋼板は、400℃以上700℃以下の加熱温度域で、20%以下の引張相当ひずみを与えた場合、優れた温間成形性を発揮するとともに、温間成形後の強度、延性を良好とすることができる。したがって、本発明の温間成形用高強度鋼板は、400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与える加工により温間成形し、自動車用などの部材とすることが好ましい。
【0060】
次に、本発明の温間成形用高強度鋼板の製造方法について説明する。
本発明の温間成形用高強度鋼板は、例えば上記した組成の溶鋼を溶製して鋼スラブとし、該鋼スラブを、1100℃以上1350℃以下に加熱後、仕上げ圧延温度(熱間圧延が完了したときの鋼板温度):820℃以上となる熱間圧延を行い、該熱間圧延後2s以内に冷却を開始し、820℃以上の温度から巻取温度までの温度域を30℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、550℃以上680℃以下の巻取温度でコイル状に巻き取ることにより得られる。
【0061】
本発明において、鋼の溶製方法は特に限定されず、例えば、所望の成分組成を有する鋼は転炉や電気炉などで溶製後、真空脱ガス炉にて2次精錬を行って製造される。また、溶製後、従前公知の鋳造方法によって鋼スラブとするが、生産性や品質上の点から連続鋳造法で行うことが好ましい。鋳造後は、本発明の方法にしたがって鋼スラブを加熱したのち、熱間圧延を行う。
【0062】
鋼スラブの加熱温度:1100℃以上1350℃以下
熱間圧延前の加熱では、鋼スラブを実質的に均質なオーステナイト相とし、鋼スラブ中の粗大な炭化物を溶解する必要がある。鋼スラブの加熱温度が1100℃未満では、粗大な炭化物が溶解しないため、最終的に得られる鋼板中に微細分散する炭化物の量が減じることとなり鋼板強度が著しく低下する。一方、上記加熱温度が1350℃を超えるとスケールが噛み込み、表面性状を悪化させる。したがって、鋼スラブの加熱温度は1100℃以上1350℃以下とする。好ましくは1150℃以上1300℃以下である。
なお、鋳造後の鋼スラブが上記加熱温度(1100℃以上1350℃以下)を保持している場合には、鋼スラブを加熱することなく直送圧延してもよい。また、鋼スラブに粗圧延および仕上げ圧延からなる熱間圧延を施すに際し、粗圧延条件については特に限定されない。
【0063】
仕上げ圧延温度:820℃以上
仕上げ圧延温度が820℃未満であると、フェライト粒が伸展された組織となるうえ、個々のフェライト粒径が大きく異なる混粒組織となるため、鋼板強度が著しく低下する。また、フェライト粒径1μm以上の組織を得るにはフェライト変態における核生成サイト数の過多を防ぐ必要があり、核生成サイト数は圧延中に鋼板に蓄積されるひずみエネルギーと密接な関係がある。ここで、仕上げ圧延温度が820℃未満であると、過剰なひずみエネルギーの蓄積を防ぐことができず、フェライト粒径1μm以上の組織とすることが困難になる。そのため、仕上げ圧延温度は820℃以上とする。好ましくは860℃以上である。
【0064】
熱間圧延後から冷却開始までの時間:2s以下
仕上げ圧延直後の鋼のオーステナイト相には、大きなひずみエネルギーが蓄積されていることから、仕上げ圧延直後の鋼にはひずみ誘起析出が生じる。このひずみ誘起析出で得られる炭化物は、高温で析出することから粗大化し易いため、ひずみ誘起析出で得られる炭化物が大量に発生すると、最終的に得られる鋼板中に微細な炭化物を析出させることが困難となる。そこで、本発明では、熱間圧延終了後、できる限り速やかに冷却を開始してひずみ誘起析出を抑制する必要があり、熱間圧延後2s以内に冷却を開始するものとする。
【0065】
820℃以上の温度から巻取温度までの温度域の平均冷却速度:30℃/s以上
上記と同様に、高温に維持される時間が長いほどひずみ誘起析出による炭化物の粗大化が進行し易くなる。そのため、仕上げ圧延後急冷する必要があり、炭化物の粗大化を抑制するには820℃以上の温度から巻取温度までの温度域を30℃/s以上の平均冷却速度で冷却する必要がある。望ましくは50℃/s以上である。
【0066】
巻取温度:550℃以上680℃以下
巻取温度が550℃未満になると、鋼板中に析出する炭化物が不十分となり、鋼板強度が低下する。一方、巻取温度が680℃を超えると、析出した炭化物が粗大化するために鋼板強度が低下する。したがって、巻取温度は550℃以上680℃以下とする。好ましくは575℃以上650℃以下である。
【0067】
なお、熱間圧延後は表面にスケールが付着した状態であっても、酸洗を行うことによりスケールを除去した状態であっても、鋼板の特性が変わることはない。
また、上記により得られた鋼板にめっき処理を施し、鋼板表面にめっき層、例えば溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層等を形成してもよい。めっき層は従前公知の付着方法により形成することができ、例えば、めっき浴に鋼板を浸漬して引き上げることにより形成することができる。めっき付着量(めっき層の厚さ)はめっき浴の浸漬温度および時間、引き上げ速度によって変化するが、めっき層の厚さを4μm以上とすることが好ましく、6μm以上とすることがより好ましい。また、合金化溶融亜鉛めっき層を形成する際の合金化処理は、めっき処理後にガス炉など、鋼板表面が加熱可能な炉内で行うことができる。
【実施例】
【0068】
表1に示す化学組成を有する鋼No.A〜Lを転炉で溶製し、鋼スラブとした。これら鋼スラブを表2に示す温度に加熱して均熱保持し、表2に示す熱延条件でコイル状の熱延鋼板(板厚1.6mm) No.1〜18を製造した。なお、表2に記載の鋼板(熱延鋼板)のうち、鋼板No.9,11,13(後述する表3に記載の試験片No.o, q, s)には、連続溶融亜鉛めっきラインにて700℃に加熱後、460℃の溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、500℃で合金化処理を行い、鋼板表面に7μmの厚さの合金化溶融亜鉛めっき層を形成した。また、鋼板No.2については、上記と同様にして合金化溶融亜鉛めっき層を形成したもの(後述する表3に記載の試験片No.b〜e)と連続溶融亜鉛めっきラインを通さずめっき層を形成しないもの(後述する表3に記載の試験片No.f〜h)とした。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
得られた熱延鋼板から試験片を採取し、引張試験、組織観察および析出物観察、温間成形温度域における穴拡げ試験を行い、室温における引張強さ、温間成形温度域における降伏応力および全伸び、温間成形温度域で表3に示すひずみ(最大15%のひずみ)を導入したのち室温に冷却した後の降伏応力および全伸びを求めた。また、得られた熱延鋼板から試験片を採取し、温間成形温度域に加熱する前のフェライト粒径、フェライト相の面積率、炭化物の平均粒子径、並びに、温間成形温度域における穴拡げ率を求めた。試験方法は以下のとおりである。
【0072】
(i)引張試験
得られた熱延鋼板から、圧延方向と垂直方向にJIS Z 2201(1998)に規定された13 B号引張試験片を採取し、JIS G 0567(1998)に準拠して引張試験を行い、室温(22±5℃)における平均の降伏応力(YS-1)、引張強さ(TS-1)、全伸び(El-1)、および400〜800℃の温度域の各温度における平均の降伏応力(YS-2)、引張強さ(TS-2)、全伸び(El-2)を求めた。更に、上記と同様にして試験片を採取し、上記高温引張試験と同様の条件で引張試験を行い、各温度で表3に示すひずみを導入したのち、表3に示す冷却速度で室温(22±5℃)まで冷却した。そして、このようにして得られた各試験片について、室温で引張試験を行い、平均の降伏応力(YS-3)、引張強さ(TS-3)、全伸び(El-3)を求めた。
【0073】
なお、上記引張試験はいずれも、クロスヘッドスピード:10mm/minで行った。また、加熱温度域において高温引張試験を行うに際しては、電気炉を用いて試験片を表3に示す温度に加熱し、試験片温度が試験温度の±3℃以内に安定して得られるようになった後、15分保持した。
【0074】
(ii)組織観察
得られた熱延鋼板から試験片を採取し、圧延方向に平行な断面(L断面)の板厚中心部について、5%ナイタールによる腐食現出組織を走査型電子顕微鏡(SEM)で400倍に拡大して10視野分撮影した。
フェライト相の占積率(面積率)は上記によって得られた組織写真(SEM写真)について画像解析を行い、フェライト相とそれ以外を分離し、観察視野に対するフェライト相の面積率によって求めた。なお、フェライト相は粒内に腐食痕が観察されず粒界が滑らかな曲線で観察されるが、線状の形態として観察される粒界はフェライト相の一部として計上した。
また、フェライト粒径は、上記によって得られた組織写真を用い、ASTM E 112-10に準拠した切断法によって求めた。
【0075】
炭化物の平均粒子径は、得られた熱延鋼板の板厚中央部から薄膜法によってサンプルを作製し、透過型電子顕微鏡(倍率:12万倍)で観察を行い、100点以上(100〜300点)の炭化物粒子径の平均によって求めた。この炭化物粒子径を算出する上でマイクロオーダーより大きい、すなわち1μmよりも大きな粗大なセメンタイトや窒化物は含まないものとした。
【0076】
(iii)温間成形温度域における穴拡げ試験(温間成形性)
試験温度:550℃において穴広げ試験を行い、得られた穴拡げ率によって温間成形性を評価した。
穴拡げ試験は、日本鉄鋼連盟規格(T1001-1996)に準拠して行った。すなわち、得られた熱延鋼板から100W×100L mmの試験片を採取し、該試験片の中央に、クリアランスを12%として、直径10mmの穴を打抜加工で成形した。次いで、試験片を、加熱炉によって600℃まで加熱して均熱保持し、550±25℃の状態にある試験片の穴に円筒台のポンチを挿入し、以下 (3)式で算出される穴広げ率が80%になるまで試験片の穴を押し広げた。
(穴広げ率)=(試験後穴径−試験前穴径(=10mm))/(試験前穴径)×100…(3)
【0077】
穴拡げ試験後、各試験片について、穴縁端面の亀裂貫通の有無を確認した。また、試験後、試験片の一部を切り出した断面の板厚中央部についてビッカース試験を行った。ビッカース試験の試験荷重は1kgfとし、測定点数は5点とした。
穴縁端面に貫通割れが確認されないうえ、ビッカース硬さが260HV以上の試験片を、温間成形性良好(○)とした。一方、穴縁端面に貫通割れが確認された試験片、或いはビッカース硬さが260HV未満である試験片を、温間成形性不良(×)とした。
以上により得られた結果を表3および表4に示す。
【0078】
【表3】

【0079】
【表4】

【0080】
本発明例の鋼板(試験片No.a,b,c,d,e,g,o,p,q,r,s)は、いずれも室温における引張強さ(TS-1)が780MPa以上であり、400℃以上700℃以下の温度域に加熱した場合の降伏応力 (YS-2)が室温における降伏応力(YS-1)に対して80%以下、400℃以上700℃以下の温度域に加熱した場合の全伸び(El-2)が室温における全伸び (El-1)に対して1.1倍以上である。また、本発明例の鋼板は、いずれも上記加熱温度域で20%以下のひずみを与えた後、室温まで冷却した場合の降伏応力(YS-3)および全伸び(El-3)が、室温(ひずみ導入前)における降伏応力(YS-1)および全伸び(El-1)に対してそれぞれ70%以上となった。更に、本発明例の鋼板は、いずれも温間成形性が良好であった。
【0081】
一方、比較例の鋼板(試験片No.f,h,i,j,k,l,m,n,t,u,v,w,x)、すなわち、室温における引張強さ(TS-1)、400℃以上700℃以下の温度域に加熱した場合の降伏応力(YS-2)または全伸び(El-2)、上記加熱温度域で20%以下のひずみを与えた後室温まで冷却した場合の降伏応力(YS-3)または全伸び(El-3)のいずれかが本発明の範囲から外れる鋼板はいずれも、温間成形性が不良であった。
また、本発明の温間成形条件を外れた加工(試験片No.f,h)を行った場合、室温まで冷却した後の降伏応力(YS-3)が加熱前の室温における降伏応力(YS-1)の70%以上であること、あるいは室温まで冷却した後の全伸び(El-3)が前記加熱前の室温における全伸び(El-1)の70%以上であることのいずれかを満足しない結果となった。
【0082】
更に、比較例である試験片No.fは、高温引張試験の試験温度(加熱温度)が700℃を超えているため、加熱中にオーステナイト相が生成したうえ、炭化物が粗大化し加熱後の機械的特性が著しく劣化した。
比較例である試験片No.hは、ひずみの付与が大きすぎるため加熱時に転位が回復しきれず、加熱後室温まで冷却したときの延性が低下した。
比較例である試験片No.iは、スラブ加熱温度が低く、また、試験片No.jは、仕上げ圧延温度が低いため、室温における引張強さ(TS-1)が780MPaに到達しなかった。
【0083】
比較例である試験片No.k,l,mは、仕上げ圧延後において高温に曝される時間が長いため、或いは平均冷却速度や巻取温度が本発明の範囲を外れるため、炭化物の平均粒子径が10nmを超えていた。そのため、室温における引張強さ(TS-1)が780MPaに到達しなかった。
比較例である試験片No.nは、巻取温度が低いため、十分な炭化物が得られず、室温における引張強さ(TS-1)が780MPaに未達であった。さらに、炭化物が析出しない代わりに固溶Cを多く含有するため、加熱時に固溶Cがひずみ時効析出して加熱時の応力低下および延性上昇量を妨げ、加熱後室温まで冷却したときの延性も低下した。
【0084】
比較例である試験片No.tは、(2)式を満足せず、炭化物を構成するC、Ti、V、W、Moの含有量のバランスが適正でないため、室温における引張強さ(TS-1)が780MPaに到達しなかった。
比較例である試験片No.uは、Mn含有量が少ないため、高温で炭化物が析出して粗大化したため、室温における引張強さ(TS-1)が780MPaに到達しなかった。
比較例である試験片No.vは、(1)式を満たしていないため、析出する炭化物が不十分となり、室温における引張強さ(TS-1)が780MPaに到達しなかった。
【0085】
比較例である試験片No. wは、(2)式を満足せず炭化物と関与しないC含有量が多いため、温間成形時の加熱中にひずみ時効を生じ、加熱温度域(温間成形温度域)における降伏応力(YS-2)が高いうえ、加熱温度域(温間成形温度域)における全伸び(El-2)が不十分であり、温間成形に不適であった。
比較例である試験片No. xは、Wの含有量が多いため、フェライト変態が遅延し、フェライト相の面積率が小さい。そのため、加熱後室温下における機械的特性に劣化が認められる。
【0086】
次に、表2に示した鋼板のうち本発明例に該当する鋼板(No.1,2,9,10,11,12,13)について、400〜700℃の加熱温度域における機械的特性(降伏応力、全伸び)および上記加熱温度域で20%以下のひずみを与えて室温まで冷却した後の機械的特性と、加熱前の室温における機械的特性との関係を確認するため、上記と同様にして引張試験(高温引張試験および室温まで冷却した後の引張試験)を行った。
すなわち、試験温度を400℃、650℃として引張試験を行い、平均の降伏応力(Y2-2)、全伸び(El-2)を求めるとともに、400℃、650℃で引張試験により表5に示す20%以下のひずみを付与したのち、表5に示す冷却速度で室温まで冷却し、得られた各試験片について室温で引張試験を行い、平均の降伏応力(YS-3)、全伸び(El-3)を求めた。結果を表5に示す。
【0087】
【表5】

【0088】
表5のとおり、本発明の鋼板は、いずれも室温における引張強さ(TS-1)が780MPa以上であり、400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱した場合の降伏応力(YS-2)が室温における降伏応力(YS-1)に対して80%以下、400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱した場合の全伸び(El-2)が室温における全伸び(El-1)に対して1.1倍以上であり、また、上記加熱温度域で20%以下のひずみを与えたのち室温まで冷却した場合の降伏応力(YS-3)および全伸び(El-3)が、室温(ひずみ導入前)における降伏応力(YS-1)および全伸び(El-1)に対してそれぞれ70%以上となった。
【0089】
なお、鋼板組織および鋼板組成を前記した好ましい組織および組成とした本発明例は、400℃以上700℃以下の加熱温度域では実質的なフェライト単相組織が維持され、且つ鋼板中の炭化物の状態も鋼板の材質に影響を及ぼすほど変化しない。そのため、加熱温度域(温間成形温度域)に加熱して温間成形を施したのち、室温まで冷却する際の冷却速度は温間成形後の鋼板の材質に何ら影響を及ぼさない。したがって、本発明の温間成形用高強度鋼板は、温間成形後の鋼板を急冷する急冷装置が付帯した温間成形設備に適用することも可能である。また、本発明の温間成形用高強度鋼板は、上記の如き急冷装置が付帯しない温間成形設備に対しても勿論適用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
室温における引張強さが780MPa以上であり、400℃以上700℃以下の加熱温度域における降伏応力が室温における降伏応力の80%以下であり、前記加熱温度域における全伸びが室温における全伸びの1.1倍以上であり、前記加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の降伏応力が前記加熱前の室温における降伏応力の70%以上であり、前記加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えたのち前記加熱温度から室温まで冷却した後の全伸びが前記加熱前の室温における全伸びの70%以上であることを特徴とする温間成形用高強度鋼板。
【請求項2】
質量%で、
C :0.03%以上0.14%以下、 Si:0.3%以下、
Mn:0.60%超1.8%以下、 P :0.03%以下、
S :0.005%以下、 Al:0.1%以下、
N :0.005%以下、 Ti:0.25%以下
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記の(1)式および(2)式を満足する組成を有し、フェライト粒径が1μm以上でありフェライト相の面積率が95%以上であるマトリックスを有し、該マトリックス中に平均粒径が10nm以下である炭化物が析出した組織を有することを特徴とする請求項1に記載の温間成形用高強度鋼板。

([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)>0.0031 …(1)
0.8≦([C]/12)/([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)≦1.20 …(2)
([C]、[Ti]、[V]、[Mo]、[W]:各元素の含有量(質量%))
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、V :0.5%以下、Mo:0.5%以下、W :1.0%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項2に記載の温間成形用高強度鋼板。
【請求項4】
表面にめっき層を具えることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の温間成形用高強度鋼板。
【請求項5】
前記めっき層が、溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層であることを特徴とする請求項4に記載の温間成形用高強度鋼板。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の温間成形用高強度鋼板を、400℃以上700℃以下の加熱温度域に加熱して20%以下のひずみを与えることを特徴とする温間成形用高強度鋼板の加工方法。
【請求項7】
質量%で、
C :0.03%以上0.14%以下、 Si:0.3%以下、
Mn:0.60%超1.8%以下、 P :0.03%以下、
S :0.005%以下、 Al:0.1%以下、
N :0.005%以下、 Ti:0.25%以下
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記の(1)式および(2)式を満足する組成を有する鋼スラブを、1100℃以上1350℃以下に加熱後、仕上げ圧延温度:820℃以上となる熱間圧延を行い、該熱間圧延後2s以内に冷却を開始し、820℃以上の温度から巻取温度までの温度域を30℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、550℃以上680℃以下の巻取温度でコイル状に巻き取ることを特徴とする温間成形用高強度鋼板の製造方法。

([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)>0.0031 …(1)
0.8≦([C]/12)/([Ti]/48+[V]/51+[Mo]/96+[W]/184)≦1.20 …(2)
([C]、[Ti]、[V]、[Mo]、[W]:各元素の含有量(質量%))
【請求項8】
前記組成に加えてさらに、質量%で、V :0.5%以下、Mo:0.5%以下、W :1.0%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項7に記載の温間成形用高強度鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2013−23721(P2013−23721A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−158508(P2011−158508)
【出願日】平成23年7月20日(2011.7.20)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】