説明

溢水域緑化方法および溢水域緑化器具

【課題】 ダム等の溢水域に植え付けた苗木を枯らさない溢水域緑化方法および溢水域緑化器具を提供することにある。
【解決手段】 水深が変化する溢水域に、樹木のうち、タイワンフウ、ヤナギおよびナンキンハゼを除いた樹木を植え付けるとともに、前記樹木全体を透光性筒体で被覆する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダム貯水池の土砂の崩落を防止するとともに、湖岸の緑化を促進するための溢水域緑化方法、および、溢水域緑化器具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、溢水域、例えば、ダム貯水池の岸辺では降水量の多少あるいは洪水調整や発電運用によって水位が変化する。そして、水面波浪による侵食作用によって貯水池斜面の裸地化が進むとともに、土砂崩落によってダムの底に土砂が堆積し、ダム貯水池としての機能を維持できる期間が短くなっていた。また、ダムの水位が下がって低水位となったときにダム貯水池の岸辺が露出し、湖畔の景観,環境保全上からも問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、長年の間、例えば、ダム貯水池の湛水する岸辺にヤナギ等の苗木を試験的に植栽していたが、殆ど失敗していた。これは、梅雨や台風シーズンにダムの水位が上昇し、岸辺に植え付けた苗木が長期間、完全に水没すると、枯れてしまうという問題点がある。
【0004】
本発明は、前記問題点に鑑み、ダム等の溢水域に植え付けた苗木を枯らさない溢水域緑化方法および溢水域緑化器具を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明にかかる溢水域緑化方法は、前記課題を解決すべく、鋭意研究の結果、溢水域に植栽した樹木に透光性筒体を被せて覆うと、樹木が透光性筒体と共に長期間、完全に水没しても枯れないということを知見し、この知見に基づいて本願発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本願発明にかかる溢水域緑化方法は、水深が変化する溢水域に、樹木のうち、タイワンフウ、ヤナギおよびナンキンハゼを除いた樹木を植え付けるとともに、前記樹木全体を透光性筒体で被覆する工程からなるものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、樹木が水没しても、透光性筒体内の樹木が前記透光性筒体を透過した光を受けて光合成を行ない、発生した酸素を前記透光性筒体内に保持し、呼吸を行なう。さらに、呼吸の際に、透光性筒体内に放出,保持された二酸化炭素を吸収して前述の光合成を行ない、樹木の生命を維持して成育を助けると考えられる。
【0008】
本発明にかかる実施形態としては、前記透光性筒体は、溢水域に立設した少なくとも1本の支柱に緊締手段を介して支持してもよい。また、前記透光性筒体は、樹木の成育に適した波長だけを透過させる材料で形成してもよい。
【0009】
また、本発明にかかる溢水域緑化器具は、溢水域に植え付けた樹木全体を被覆する透光性筒体で構成してある。
【0010】
本発明によれば、樹木が水没しても、透光性筒体内の樹木が前記透光性筒体を透過した光を受けて光合成を行ない、発生した酸素を前記透光性筒体内に保持し、呼吸を行なう。さらに、呼吸の際に、前記透光性筒体内に放出,保持された二酸化炭素を吸収して前述の光合成を行なうので、樹木の生命を維持して成育を助けるという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明にかかる実施形態を図1の添付図面に従って説明する。
本発明にかかる第1実施形態は、図1に示すように、溢水域に植栽した樹木10に透光性筒体11を被せて覆った場合である。
【0012】
溢水域としては、例えば、ダム貯水池の岸辺のように降水量の変化や放水量の調節等によって水位が大きく変化する場所だけでなく、人工的に水位を調節して浅水あるいは深水となる湛水地であってもよい。
【0013】
植栽する樹木10は特に限定するものではなく、例えば、タイワンフウ、ナンキンハゼ、ヤナギ類、ミズキ、クマノミズキ、ドロノキ、ヤマナラシ、ヌマスギ、アカメガシワ、サクラ類、カツラ、ウツギ類、クルミ類、ハンノキ、ニセアカシア、ネム、ヤシャブシ類、ミズナラ、コナラ、クヌギ、マツ類、エゴノキ、トベラ、ヤマモモ、ヤブツバキ、ウバメガシ等が挙げられる。
【0014】
透光性筒体11は、例えば、ポリプロピレン、ポリエチレンを母体とする合成樹脂製であってもよく、あるいは、ガラス製であってもよい。さらに、前記透光性筒体は透明あるいは半透明であってもよく、無色あるいは有色であってもよい。特に、前記透光性筒体には、樹木の成育に適した波長だけを透過させる材料で形成してもよい。例えば、波長560nm〜700nmの赤色光を最大30〜50%カットし、波長400nm以下の紫外光を100%カットする材料で作成してもよい。また、波長700nmの遠赤外光を最大50〜80%カットし、波長400nm以下の紫外光を100%カットする材料で作成してもよい。さらに、波長400nm〜500nmの青色光を最大30〜80%カットし、波長400nmの紫外光を100%カットする材料で作成してもよい。
【0015】
着色方法としては、例えば、ベンゾトリアゾール系、ベンゾフェノン系、サリシレート系、シアノアクリレート系等の紫外線吸収剤を添加してもよい。また、紫外光をカットするフタロシアニン系化合物、紫外光および遠赤外光を共にカットするナフタロシアニン化合物、赤色光をカットするフタロシアニンブルー、青色光をカットするキナクリドンレッド、モノアゾイエローなどを添加して着色してもよい。さらに、前述の紫外線吸収剤および化合物は単体で使用してもよいが、必要に応じて組み合せて使用してもよい。
【0016】
前記透光性筒体11は、それ単体を樹木10に被せても、水流で流されるおそれがあるので、固定する必要がある。例えば、図1に示すように、樹木10に被せた前記透光性筒体11の両側に打ち込んだ2本の支柱12と、この支柱12に前記透光性筒体11を縛り付けるヒモ13とからなる固定手段が挙げられる。また、前記透光性筒体11にリング状ホルダ(図示せず)を嵌合し、前記透光性筒体11近傍に打ち込んだ支柱12を前記リング状ホルダに縛り付けて支持してもよい。なお、前記支柱12は植え付け条件に応じて選択でき、少なくとも1本あればよい。
【0017】
前記透光性筒体11は平面円形に限らず、3角形、4角形、5角形、6角形等の多角形であってもよく。特に、前記透光性筒体11が偶数角形、例えば、正4角形、正6角形、正8角形であれば、2つに折り畳んで持ち運びでき、作業性が向上するという利点がある。
【実施例】
【0018】
(実施例1)
ダムによって形成されている貯水池の対向する岸辺のうち、片側に位置する岸辺の斜面(標高433m〜434m)に苗木を植栽し、その活着状況を調べた。
苗木としては、高さ1.0m〜1.2mのタイワンフウ(200本)、ナンキンハゼ(200本)、タチヤナギ(200本)を使用し、これらを前述の標高内で植栽した。植栽方法は、前述の実施形態で説明したように岸辺に植栽した苗木に、ポリエチレン製の平面正6角形の透光性筒体であるヘキサチューブ(種類 H−3W ハイトカルチャ株式会社製)を被せた。さらに、前記ヘキサチューブ近傍に打ち込んだ2本の支柱に合成樹脂製のヒモ(商品名 チューブタイ ハイトカルチャ株式会社製)を介して前記ヘキサチューブを固定してある。前記ヘキサチューブは1辺6cmの正6角形であり、高さ140cmであった。
【0019】
約10ヶ月経過後に前記苗木の活着状況を測定した。なお、前記貯水池の水位の変化を図2に示す。ダムの水位が0mの場合の標高は405mである。このため、例えば、水位が28mであるということは、そのときの水面の標高が433mであることを意味する。
【0020】
図2から明かなように、斜面中部(標高433.5m)および斜面下部(標高433m)に植栽した苗木は6月下旬に約3日間、7月中旬に約3日間、9月中旬に約10日間、および、10月中旬までに約2日間と約6日間、さらに、10月10日から11月20日までの約40日間連続で、ほとんどの苗木がほぼ完全に水没する時期があった。特に、9月中旬に約6日間、10月17日から11月13日までの約26日間は、斜面上部(標高434m)に植栽した苗木を含め、全ての苗木が連続してほぼ水没する時期があった。
【0021】
植栽から10ヶ月経過後の生存状態を調査したところ、タイワンフウの苗木は200本のうち、174本は生存して活着していたが、24本は枯れ、2本は流失し、その生存率は87.0%であった。そして、生存していた苗木のうち、樹高が1.4m以上、2.0m未満のものが102本であり、2.0m以上のものが72本であった。
【0022】
また、ナンキンハゼの苗木は200本のうち、179本は生存していたが、20本は枯れ、1本は流出し、その生存率は89.5%であった。そして、生存していた苗木のうち、樹高が1.1m以上、2.0m未満のものが97本であり、2.0m以上のものが82本であった。
【0023】
さらに、タチヤナギの苗木は200本のうち、196本は生存し、4本は枯れており、その生存率は98.0%であった。そして、生存していた苗木のうち、樹高が1.4m以上、2.0m未満のものが94本であり、2.0m以上のものが102本であった。
【0024】
以上の調査結果から明かなように、苗木が最長約40日間連続してほぼ完全に水没していたにもかかわらず、枯れることなく高い生存率で生存できることが明らかとなった。これについては種々の理由が挙げられているが、未だ明確な理由は判明しておらず、以下のように考えられている。
【0025】
すなわち、ダム貯水池の岸辺に植栽した苗木は、それ全体がヘキサチューブに被覆されているので、苗木が完全に水没した場合には、ヘキサチューブ内に水が充満している。しかし、ヘキサチューブ内の水はヘキサチューブ外の水のように移動することが少なく、その大部分がヘキサチューブ内に滞留している。そして、前記ヘキサチューブは透光性を有するため、昼間はヘキサチューブを透過してきた光を苗木の葉が受け、その葉が光合成を行なって酸素を発生する。この結果、ヘキサチューブ内に酸素の気泡が保持されるとともに、ヘキサチューブ内の水中の溶存酸素量が高まると考えられる。一方、夜間は昼間に蓄えた酸素を吸収して苗木が呼吸するとともに、二酸化炭素を発生することにより、昼間の光合成に必要な二酸化炭素の気泡をヘキサチューブ内に蓄えると考えられている。
また、ヘキサチューブを被せることにより、苗木の葉の表面に水中の泥等が付着しにくく、光合成を妨げることが少ないためであるとも考えられている。
【0026】
(実施例2)
実施例1にかかるダム貯水池の対向する岸辺のうち、残る片側の岸辺(標高431.5m〜436.0m)にジャヤナギ20本を実施例1と同時期に植栽した。そして、前記ヘキサチューブ(種類 H−3W ハイトカルチャ株式会社製)を前述の実施例1と同様に被せて覆い、その成長度合を測定した。観測期間は植栽した時から約3ヶ月経過後を測定開始時期とし、そのときの樹高を経過前樹高として測定した。そして、前記測定開始時期から約7ヶ月経過した後の樹高を経過後樹高として測定した。測定結果を図3に示す。
【0027】
なお、ダムの水位の変化は図2に示すように第1実施例と同様である。したがって、ダムの水位が0mである場合の水面の標高は405mである。このため、水位が28mであるということは、そのときの水面の標高が433mであることを意味する。
【0028】
図2から明かなように、斜面下部(標高431.5〜433m)の苗木は6月下旬に約7日間、7月中旬に約8日間、8月下旬から9月上旬にかけて約21日間、ほとんどの苗木がほぼ完全に水没する時期があった。さらに、9月15日から9月25日までの約11日間、10月10日から11月21日までの約43日間、全ての苗木が完全に水没する時期があった。
また、斜面中部(標高433.5〜434.5m)は9月16日から9月21日までの約6日間、全ての苗木が完全に水没し、10月中旬から11月中旬の約27日間ほとんどの苗木がほぼ完全に水没する時期があった。
さらに、斜面上部(435m〜436m)は9月中旬に約3日間、10月下旬に約3日間、約半数の苗木が水没する時期があった。
【0029】
図3から明かなように、測定対象となったジャヤナギはヘキサチューブが外れたか否かで、その樹高に著しい差が生じており、ヘキサチューブの有効性を確認できた。特に、低いジャヤナギであればあるほど、苗木の成長に与えるヘキサチューブの影響が大きいことがわかった。
【0030】
なお、標高431.5mに植え付けたNo.1のジャヤナギの場合、チューブが外れているにもかかわらず、成長高が80cmであり、他の測定結果と全く異なる結果が出ている。これは、測定開始時期から7ヶ月経過後の測定間近まではヘキサチューブが外れておらず、苗木が順調に成育した後にヘキサチューブが外れたからであると考えられる。
【0031】
また、冬を越し、植栽してから15ヶ月経過した5月中旬に苗木の成育状況を観察したところ、実施例1,2で生存していた苗木はすべて開芽し、ほぼ正常に成育していることを確認できた。
【0032】
なお、前述の実施形態では、溢水域の1種であるダム貯水池に適用する場合について説明したが、必ずしもこれに限らず、例えば、水位が浅水あるいは深水となる湛水地に適用してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0033】
ダム貯水池の土砂の崩落を防止するとともに、湖岸の緑化にも利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明にかかる溢水域緑化方法の植栽方法を示す斜視図である。
【図2】本発明に係る実施例1,2の水位の変化を示すグラフ図である。
【図3】実施例2にかかる苗木の成長度合の測定結果を示す表である。
【符号の説明】
【0035】
10…樹木
11…透光性筒体
12…支柱
13…ヒモ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水深が変化する溢水域に、樹木のうち、タイワンフウ、ヤナギおよびナンキンハゼを除いた樹木を植え付けるとともに、前記樹木全体を透光性筒体で被覆することを特徴とする溢水域緑化方法。
【請求項2】
透光性筒体を、溢水域に立設した少なくとも1本の支柱に緊締手段を介して支持することを特徴とする請求項1に記載の溢水域緑化方法。
【請求項3】
透光性筒体を、樹木の成育に適した波長だけを透過させる材料で形成したことを特徴とする請求項1または2に記載の溢水域緑化方法。
【請求項4】
水深が変化する溢水域に植え付けた樹木全体を被覆する透光性筒体からなることを特徴とする溢水域緑化器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−20644(P2006−20644A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−238951(P2005−238951)
【出願日】平成17年8月19日(2005.8.19)
【分割の表示】特願2002−164637(P2002−164637)の分割
【原出願日】平成14年6月5日(2002.6.5)
【出願人】(594161884)ハイトカルチャ株式会社 (7)
【出願人】(591195031)株式会社ジェイペック (8)
【Fターム(参考)】