説明

溶射皮膜の後処理方法および後処理剤

【課題】皮膜厚さや封孔処理までの時間管理を強化したり、また過剰な封孔処理および塗装処理を行ったりすることなく、アルミニウム系溶射皮膜の点錆および早期消耗を防止することが可能な溶射皮膜の後処理方法および後処理剤の提供。
【解決手段】アルミニウム系溶射皮膜を形成した後、溶射皮膜に電解質水溶液、または電解質水溶液を含む水性塗料を塗布し、含浸させる。塗布された電解質水溶液、または水性塗料に含まれる電解質水溶液は、溶射皮膜2の空隙部4を通じて含浸し、鉄鋼基材1と溶射皮膜2の界面に到達し、電池を形成し、電解質水溶液がマグネシウム化合物水溶液の場合には、鉄鋼基材1表面に水酸化マグネシウムを主成分とする皮膜3が形成されるので、鉄鋼基材1と溶射皮膜2との間で流れる電流値が小さくなり、酸素が鉄鋼基材1に到達しにくくなるため、点錆の発生が防止され、早期消耗が防止される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、橋梁、港湾設備、プラント、配管、広告塔、表示灯、車両や船舶などの屋外において使用される鉄を主成分とする炭素鋼、ニッケルクロム鋼やステンレス鋼などの鉄鋼基材表面の防錆を目的として施工されるアルミニウム系溶射皮膜の後処理方法および後処理剤に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁、港湾設備、プラント、配管、広告塔、表示灯、車両や船舶などの屋外において使用される鉄鋼の防食を目的とした防食溶射法は、日本工業規格(JIS H8300)に記されているように、亜鉛、アルミニウムおよびそれらの合金の溶射が規格化されている。その中で、特に純亜鉛、純アルミニウム、亜鉛アルミニウム合金およびアルミニウム・マグネシウム合金の溶射材料が推奨されている。
【0003】
中でも純アルミニウムは、酸に強く、耐熱性もあるため、屋外環境ばかりでなく、プラント、タンクや化学機器などの防食にも広い範囲で採用されている。しかし、往々にして溶射後の初期段階、特に溶射後一週間以内に溶射皮膜に点状赤錆(点錆)が生じることがある。
【0004】
ここで点錆とは、水や水蒸気が鉄鋼基材と溶射皮膜の界面に達し、電池を形成した際、鉄鋼基材より鉄イオンが生じ、溶射皮膜の貫通気孔を通って溶射皮膜の表面に達し、空気によって酸化して、溶射皮膜の表面に斑点状の赤錆が生じる現象である。通常、NiCr鋼やステンレス鋼等のように、鉄より溶射皮膜の自然電位が高い時に生じる現象であるが、本来、自然電位が鉄より低いはずのアルミニウム系合金溶射皮膜でも、様々な環境条件により極性の逆転現象が起こり、点錆が生じることがある。一旦、点錆が生じると皮膜の消耗が加速され、寿命が短くなる傾向がある。また、点錆が生じた皮膜の上から溶射を重ねても密着性や耐食性が低下するため、補修には溶射皮膜をすべて剥がして再溶射するしかなく、工期面でも費用面でも大きなロスになる。
【0005】
これは、皮膜厚さが薄かったり、溶射から封孔処理までに時間が掛かったり、封孔処理が不十分であった場合、特に屋外環境ではよくある現象である。そのため、純アルミニウム溶射皮膜では、皮膜厚さや封孔処理までの時間管理を強化したり、封孔処理や塗装を必要以上に行ったりすることが欠かせない。
【0006】
一方、もう一つの推奨材料であるアルミニウム・マグネシウム(95:5)合金は、特に北海油田の石油掘削プラントの防食に多用され、優秀な防食性能を示しているという歴史があり、国際規格(ISO)2063でも推奨されている。しかし、実際に屋外環境で使用すると環境条件や溶射法により早く消耗したり、溶射後の初期段階、特に溶射後一週間以内に点錆が発生したりと安定性に欠く傾向がある。そのため、純アルミニウム溶射と同様に、皮膜厚さや封孔処理までの時間管理を強化したり、封孔処理や塗装を必要以上に行ったりすることで対処している。
【0007】
なお、従来の封孔処理として、例えば特許文献1〜5に記載の方法が知られている。特許文献1に記載の方法は、高温腐食環境における耐食性向上のため、融点が高い硫酸塩を主成分とする高粘度または高分子材料を塗布し、溶射皮膜の空隙部を埋めるものである。特許文献2に記載の方法は、熱水処理や水蒸気処理に対する高温耐食性を有する皮膜材料によりアルミニウム素地上に溶射皮膜を形成し、熱水処理または水蒸気処理により溶射皮膜の空隙部から露出するアルミニウム素地を反応させてアルミニウム水和物を生成させて封孔するものである。
【0008】
特許文献3に記載の方法は、亜鉛、アルミニウム、亜鉛/アルミニウム擬合金の溶射皮膜に対してケイ酸アルカリ水溶液を塗布し、不溶性の錯塩を作るものである。特許文献4に記載の方法は、溶射皮膜の表面に、水性ポリマーエマルジョンにコロイダルシリカと反応型シリコン撥水剤を混合してなる水系封孔処理剤からなる封孔皮膜を形成するものである。特許文献5に記載の方法は、高温環境における耐熱性および耐食性向上のため、溶射皮膜の表面に酢硝酸塩や酢酸塩を塗布し、熱処理により焼結させて金属酸化物を形成するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−302820号公報
【特許文献2】再公表2005−35829号公報
【特許文献3】特開2005−15835号公報
【特許文献4】特開2007−291440号公報
【特許文献5】特開2009−46765号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のようなアルミニウム系溶射皮膜の点錆や早期消耗への対処法には、次のような問題がある。溶射皮膜を厚くすることは単に資源の無駄遣いに留まらず、すなわち工期を長くし、溶射工事のコストをアップさせ、競争力を低下させる。一方、封孔・塗装を必要以上に行うことは、同じく資源の無駄であり、工事コストをアップするばかりでなく、塗装重量の半分を占めるVOC(揮発性有機溶剤)を大量に使うことになる。これは地球温暖化の原因物質と言われており、環境への悪影響が懸念される。
【0011】
また、防食目的の溶射は、それぞれの環境において求められる寿命に応じて皮膜厚さが決められ、一般的に皮膜厚さが大きい程、その寿命が長くなる。日本工業規格(JIS H8300)において、亜鉛系材料の純亜鉛、および亜鉛・アルミニウム合金は、皮膜厚さが50μm以上とすることが推奨されているのに対し、アルミニウム系材料である純アルミニウム、およびアルミニウム・マグネシウム合金の推奨皮膜厚さは100μm以上である。これは、アルミニウム系材料は点錆が生じやすいのが理由と考えられる。この点錆を防ぐことができれば、必要寿命に応じた皮膜厚さを採用できるようになる。すなわち、期待寿命が少ない場合は、皮膜厚さを薄くして、施工コストを小さくすることができるようになる。
【0012】
そこで、本発明においては、皮膜厚さや封孔処理までの時間管理を強化したり、過剰な封孔処理および塗装処理を行ったりすることなく、アルミニウム系溶射皮膜の点錆および早期消耗を防止することが可能な溶射皮膜の後処理方法および後処理剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の溶射皮膜の後処理方法は、アルミニウム系材料を鉄鋼基材表面に溶射して溶射皮膜を形成した後、溶射皮膜に電解質水溶液、または、電解質水溶液を含む水性塗料を塗布し、含浸させることを特徴とする。また、本発明の溶射皮膜の後処理剤は、アルミニウム系材料を鉄鋼基材表面に溶射して溶射皮膜を形成した後、塗布し、含浸させる封孔処理剤であって、電解質水溶液、または、電解質水溶液を含む水性塗料からなることを特徴とする。
【0014】
鉄鋼基材の防食のためには、鉄鋼基材と溶射皮膜との間で一定以上の電流が流れる必要があるが、鉄鋼基材表面への酸素の供給量で防食に必要な電流が変動する。本発明の溶射皮膜の後処理方法および溶射皮膜の後処理剤では、塗布された電解質水溶液または水性塗料に含まれる電解質水溶液が、溶射皮膜の空隙部を通じて含浸し、鉄鋼基材と溶射皮膜の界面に到達し、電池を形成する。
【0015】
ここで、電解質水溶液がマグネシウム化合物水溶液の場合には、このマグネシウム化合物水溶液中のマグネシウムイオンが鉄鋼基材表面に析出し、水酸化マグネシウムを主成分とする皮膜を形成する。これにより、鉄鋼基材と溶射皮膜との間で流れる電流値が小さくなり、酸素が鉄鋼基材に到達しにくくなるため、点錆の発生が防止され、早期消耗が防止される。なお、マグネシウム化合物水溶液としては、硫酸マグネシウム、硝酸マグネシウムや塩化マグネシウムなどの水溶液を用いることができる。
【0016】
また、電解質水溶液が塩化物水溶液の場合には、この塩化物水溶液中の塩化物イオンにより電池反応が活性化し、溶射皮膜のアルミニウムが不動態皮膜を作りにくくなる。これにより、溶射皮膜の電位を低く保つことができ、点錆の発生が防止され、早期消耗が防止される。なお、塩化物水溶液としては、塩化ナトリウム、塩化アンモニウムや塩化マグネシウムなどの水溶液を用いることができる。
【0017】
特に、溶射皮膜がアルミニウム・マグネシウム合金である場合には、上記に加えて、電解質水溶液に含まれる塩化物イオン、硫酸イオンや硝酸イオン等によって、溶射皮膜からのマグネシウムイオンの溶出や鉄鋼基材への析出などの反応が活性化し、鉄鋼基材を覆うマグネシウム化合物の皮膜が厚くなるため、点錆の発生および早期消耗がさらに防止される。
【0018】
さらにこの場合、溶射皮膜から溶出するマグネシウムイオンにマグネシウム化合物水溶液を含浸させると必然的にマグネシウムイオンの量が増えるため、析出する水酸化マグネシウムの量が増し、鉄鋼基材を覆うマグネシウム化合物の皮膜がさらに厚くなる。そのため、さらに点錆の発生および早期消耗が防止される。
【0019】
また、本発明の溶射皮膜の後処理方法は、アルミニウム系材料を鉄鋼基材表面に溶射して溶射皮膜を形成した後、溶射皮膜に電解質水溶液を塗布し、含浸させ、乾燥後、水性塗料を塗布することを特徴とする。上述のように、アルミニウム系材料を鉄鋼基材表面に溶射して溶射皮膜を形成した後、溶射皮膜に電解質水溶液を塗布し、含浸させることで、点錆の発生が防止されるので、水性塗料を重防食目的で使用することが可能となる。
【発明の効果】
【0020】
(1)本発明によれば、塗布された電解質水溶液または水性塗料に含まれる電解質水溶液が、溶射皮膜の空隙部を通じて含浸し、鉄鋼基材と溶射皮膜の界面に到達し、電池を形成することにより、電解質水溶液がマグネシウム化合物水溶液の場合には、鉄鋼基材表面に水酸化マグネシウムを主成分とする皮膜が形成されるので、鉄鋼基材と溶射皮膜との間で流れる電流値が小さくなり、酸素が鉄鋼基材に到達しにくくなるため、点錆の発生が防止され、早期消耗が防止される。これにより、必要寿命に応じた溶射皮膜厚さを採用できるようになり、期待寿命が少ない場合は、溶射皮膜厚さを薄くして、施工コストを小さくすることが可能となる。また、水性塗料に電解質水溶液が含まれるものを使用することで、環境対策に優れる水性塗料を重防食目的で使用することが可能となる。
【0021】
(2)また、電解質水溶液が塩化物水溶液の場合には、この塩化物水溶液中の塩化物イオンにより電池反応が活性化し、溶射皮膜のアルミニウムが不動態皮膜を作りにくくなるので、溶射皮膜の電位を低く保つことができ、点錆の発生が防止され、早期消耗が防止される。
【0022】
(3)特に、溶射皮膜がアルミニウム・マグネシウム合金である場合には、上記に加えて、電解質水溶液に含まれる塩化物イオン、硫酸イオンや硝酸イオン等によって、溶射皮膜からのマグネシウムイオンの溶出や鉄鋼基材への析出などの反応が活性化し、鉄鋼基材を覆うマグネシウム化合物の皮膜が厚くなるため、点錆の発生および早期消耗がさらに防止される。さらにこの場合、溶射皮膜から溶出するマグネシウムイオンにマグネシウム化合物水溶液を含浸させると必然的にマグネシウムイオンの量が増えるため、析出する水酸化マグネシウムの量が増し、鉄鋼基材を覆うマグネシウム化合物の皮膜がさらに厚くなる。そのため、さらに点錆の発生および早期消耗が防止される。
【0023】
(4)アルミニウム系材料を鉄鋼基材表面に溶射して溶射皮膜を形成した後、溶射皮膜に電解質水溶液を塗布し、含浸させ、乾燥後、水性塗料を塗布することにより、環境対策に優れる水性塗料を重防食目的で使用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の第1実施形態における防錆処理のフロー図である。
【図2】本発明の第1実施形態における防錆処理を施した鉄鋼基材表面の拡大断面図である。
【図3】本発明の第2実施形態における防錆処理のフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(実施の形態1)
本発明の第1実施形態における防錆処理について説明する。図1は本発明の第1実施形態における防錆処理のフロー図、図2は本発明の第1実施形態における防錆処理を施した鉄鋼基材表面の拡大断面図である。
【0026】
図1に示すように、本発明の第1実施形態における防錆処理は、まず鉄鋼素材の鉄鋼基材にブラスト処理を施し(S1)、アルミニウム系溶射皮膜を形成する(S2)。ブラスト処理はSa2〜Sa3とし、溶射皮膜の膜厚は50μm〜500μm、好ましくは日本工業規格(JIS H8300)で推奨されている100μm〜200μmとする。また、アルミニウム系溶射皮膜の形成は、純アルミニウム、亜鉛アルミニウム合金やアルミニウム・マグネシウム合金などの溶射材料のプラズマ溶射、ガスフレーム溶射やアーク溶射などにより行う。
【0027】
そして、この溶射皮膜に対して、溶射皮膜の後処理を行う(S3)。溶射皮膜の後処理は、溶射して間もない溶射皮膜に対して溶射皮膜の後処理剤としての電解質水溶液を塗布し、含浸させることにより行う。ここで塗布する電解質水溶液は、塩化物またはマグネシウム化合物の水溶液を用いる。塩化物は、塩化ナトリウム、塩化アンモニウムや塩化マグネシウムなどを用いる。マグネシウム化合物は、硫酸マグネシウム、硝酸マグネシウムや塩化マグネシウムなどを用いる。電解質水溶液の濃度は、0.1mol/L〜水に対する溶解度の範囲とする。0.1mol/L以下でもそれなりの効果はあると考えられるが、0.1mol/L以上で電位的に安定する。また、水溶液の温度が下がった際に再結晶しないように0℃の最大溶解度以下とすることが望ましい。また、電解質水溶液の塗布の方法は、刷毛やローラなどによる塗布の他、ウォータージェットやスプレーでも良い。
【0028】
これらの水または電解質水溶液の塗布の後、乾燥養生させる。乾燥時間は、指触乾燥まででよい。また、乾燥方法は、自然乾燥で充分であるが、熱風等による強制乾燥により行うことも可能である。このままでも充分な防錆性を発揮するが、一般的には乾燥後、封孔処理を行う(S4)。封孔処理には、例えば水系や溶剤系の塗料を使用することができる。
【0029】
このような防錆処理によれば、溶射皮膜の後処理(S3)において塗布された電解質水溶液が、図2に示す溶射皮膜2の構成粒子2a間の空隙部4を通じて含浸し、鉄鋼基材1と溶射皮膜2の界面に到達し、電池を形成する。
【0030】
このとき、電解質水溶液がマグネシウム化合物水溶液の場合には、化学反応によりpHが13程度まで上昇する。すると、電解質水溶液中のマグネシウムイオンが鉄鋼基材1表面に析出し、アルカリに難溶性の水酸化マグネシウムを主成分とする皮膜3を形成する。この皮膜3により、鉄鋼基材1と溶射皮膜2との間に流れる電流値が小さくなり、さらに酸素が鉄鋼基材1に到達しにくくなるため、点錆の発生が防止され、早期消耗が防止される。
【0031】
一方、電解質水溶液が塩化物水溶液の場合には、塩化物イオンが介在することになるため、電池反応が活性化し、溶射皮膜2のアルミニウムが不動態皮膜を作りにくくなり、溶射皮膜2の電位を低く保つようになる。そのため、マグネシウム化合物水溶液の場合と同様に、点錆の発生が防止され、早期消耗が防止される。
【0032】
特に、溶射皮膜2がアルミニウム・マグネシウム合金の場合には、上記の効果に加えて、電解質水溶液に含まれる塩化物イオン、硫酸イオンや硝酸イオン等によって、溶射皮膜2からのマグネシウムイオンの溶出や鉄鋼基材1への析出などの反応を活性化する効果もあり、鉄鋼基材1を覆うマグネシウム化合物の皮膜が厚くなるため、点錆の発生および早期消耗がさらに防止される。
【0033】
また、溶射皮膜2から溶出するマグネシウムイオンにマグネシウム化合物水溶液を含浸させると必然的にマグネシウムイオンの量が増えるため、析出する水酸化マグネシウムの量を増し、やはり鉄鋼基材1を覆うマグネシウム化合物の皮膜が厚くなる。そのため、さらに点錆の発生および早期消耗が防止される。なお、この反応の際、溶射皮膜2のアルミニウムもイオン化するが、水酸化アルミニウムを主とするアルミニウム化合物はpHの高い環境では水に溶けるため、鉄鋼基材1表面に析出はしない。
【0034】
(実施の形態2)
次に、本発明の第2実施形態における防錆処理について説明する。図3は本発明の第2実施形態における防錆処理のフロー図である。
【0035】
図3に示すように、本発明の第2実施形態における防錆処理は、ブラスト処理(S1)および溶射皮膜形成(S2)は第1実施形態と同じである。そして、第2実施形態においては、溶射皮膜に対して溶射皮膜の後処理剤としての水性塗料を刷毛やローラなどにより塗布し、乾燥させる(S5)。
【0036】
なお、水性塗料は、塗りやすくするため、通常であれば10%程度の水道水を水性塗料に添加して塗布するが、本実施形態における水性塗料では、この水道水に代えて第1実施形態において説明した塩化物水溶液またはマグネシウム化合物水溶液を使用する。水性塗料と塩化物またはマグネシウム化合物の溶液との混合比は、質量比で水性塗料10に対して溶液1〜3とする。また、溶液の濃度は、0.1mol/L〜水に対する溶解度の範囲とする。
【0037】
なお、水性塗料は、地球温暖化原因物質のひとつであるVOC(揮発性有機化合物)を含まないため、環境対策に期待されているが、防食性が低いので、重防食目的としては従来使われていない。そこで、溶射皮膜と組合せて使用することが考えられていたが、実際には溶射皮膜に水性塗料を塗布すると、樹脂成分により完全乾燥が遅くなるため、点錆が出やすくなる。また、水性塗料だけでも鉄鋼基材1と溶射皮膜2の間で電池を形成するが、溶射皮膜2の電位を高くする作用があり鉄鋼基材1に対する防錆効果が小さい。
【0038】
しかしながら、本実施形態における電解質水溶液を含む水性塗料では、塗布された水性塗料に含まれる電解質水溶液が、溶射皮膜2の構成粒子2a間の空隙部4を通じて含浸し、鉄鋼基材1と溶射皮膜2の界面に到達し、電池を形成するとともに溶射皮膜2の電位を低くするので、第1実施形態と同様の効果が得られ、環境対策に優れる水性塗料を重防食目的で使用することが可能となる。
【実施例1】
【0039】
上記実施形態におけるアルミニウム系溶射皮膜の試験片を用いて屋外曝露による腐食試験を行った。促進腐食試験には通常、塩水噴霧試験や複合サイクル試験が行われるが、これらの試験に用いられる塩水は塩化物である塩化ナトリウムを主成分とするため、前述の理由でアルミニウム系溶射皮膜の促進腐食試験に用いると、むしろ寿命が長くする働きがあり、促進効果を得られない。そこで、事前の試験において、電気抵抗値の高い蒸留水、または淡水を使用することで、促進効果を得ることが確認できた。そこで、本実施例では、実環境に近づけるため雨水による促進腐食試験を行った。
【0040】
表1に試験片の仕様一覧を示す。本実施例においては、表1に示すようにアルミニウム系溶射材料として、Al−5%Mgおよび99.7%Alを用いた。
【0041】
【表1】

【0042】
屋外曝露は、日当たりの良い場所(常温)で行った。屋外曝露開始から24時間おきに各試験片に対し、雨水を霧吹き散布して、目視判断で発錆するまでの屋外曝露経過日数を評価した。雨水とは、大気中の淡水環境として最も理想に近いと思われるものである。また、溶射皮膜厚さを通常施工膜厚の半分にすることで、早期での発錆の腐食試験とした。表2に屋外曝露での発錆状況を示す。表2から分かるように、封孔処理の前処理を行ったものは、前処理を行わないものと比較して飛躍的に発錆時期が延びていることが確認できた。また、水溶液の濃度は0.1mol/Lおよび1mol/Lとし、塩化マグネシウムは0℃での水への溶解度である2.5mol/Lでの試験も行った。
【0043】
【表2】

【0044】
上記腐食試験は、短期間での外観変化を評価するために溶射皮膜厚さが通常より薄い試験片で行ったものであるため、さらに通常の施工膜厚で上記と同様の屋外曝露経過時の自然電位を測定し、鉄素材と溶射皮膜との電位差を評価した。表3に試験片一覧を示す。
【0045】
【表3】

【0046】
まず、比較例として雨水および塩水環境での鉄素材とAl−5%Mg溶射皮膜(含浸溶液なし)の電位差を表4に、鉄素材と99.7%Al溶射皮膜(含浸溶液なし)の電位差を表5にそれぞれ示す。なお、以下の表中の鉄素材との電位差は、−101mV以下を◎、−100mV〜−51mVを○、−50mV〜−1mVを△、0mV以上(極性逆転)を×で表している。表4および表5から分かるように、前処理を行わない従来方法では、塩水に対しては良好な電位差を維持できるが、雨水に対しては不安定となり、極性が逆転することもあった。極性が逆転するとアルミニウム系溶射皮膜より鉄鋼基材の方が溶出し易くなり、溶出した鉄イオンが溶射皮膜表面に達し、酸化するため、点錆を生じる大きな原因の1つである。
【0047】
【表4】

【0048】
【表5】

【0049】
次に、実施例として各種溶液を含浸させたAl−5%Mg皮膜と鉄素材との雨水環境での電位差および各種溶液を含浸させた99.7%Al皮膜と鉄素材との雨水環境での電位差を表6に示す。表6から分かるように封孔処理の前処理を行ったものは、雨水に対しても良好な電位差を維持することができており、雨水に対する溶射皮膜の寿命が長くなることが確認できた。
【0050】
【表6】

【実施例2】
【0051】
次に、Al−5%Mg皮膜に対し、各薬剤の電解質水溶液を混合させた水性塗料を塗布して、屋外曝露による腐食試験を行った。表7に試験片の仕様一覧を示す。
【0052】
【表7】

【0053】
屋外曝露は、日当たりの良い場所(常温)で行った。屋外曝露開始から14時間おきに各試験片に対し、雨水を霧吹き散布して、目視判断で発錆するまでの屋外曝露経過日数を評価した。雨水は、大気中の淡水環境として最も理想に近いと思われるものである。また、溶射皮膜厚さを通常施工膜厚の半分にすることで、早期での発錆の腐食試験とした。表8に屋外曝露での発錆状況を示す。表8から分かるように、封孔処理の前処理を行ったものは、前処理を行わないものと比較して飛躍的に発錆時期が延びていることが確認できた。
【0054】
【表8】

【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は、橋梁、港湾設備、プラント、配管、広告塔、表示灯、車両や船舶などの屋外において使用される鉄を主成分とする炭素鋼、ニッケルクロム鋼やステンレス鋼などの鉄鋼などの鉄鋼基材表面の防錆を目的として施工されるアルミニウム系溶射皮膜の溶射皮膜の後処理方法および後処理剤として有用である。特に、本発明の溶射皮膜の後処理方法および後処理剤は、雨水等に曝される屋外環境で使用されるものに好適である。
【符号の説明】
【0056】
1 鉄鋼基材
2 溶射皮膜
2a 構成粒子
3 金属化合物
4 空隙部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム系材料を鉄鋼基材表面に溶射して溶射皮膜を形成した後、前記溶射皮膜に電解質水溶液、または、電解質水溶液を含む水性塗料を塗布し、含浸させることを特徴とする溶射皮膜の後処理方法。
【請求項2】
前記電解質水溶液は、前記溶射皮膜の空隙部を通じて前記鉄鋼基材表面に到達し、前記鉄鋼基材と前記溶射皮膜との間に電池を形成することを特徴とする請求項1記載の溶射皮膜の後処理方法。
【請求項3】
前記電解質水溶液はマグネシウム化合物水溶液であり、このマグネシウム化合物水溶液中のマグネシウムイオンが前記鉄鋼基材表面に析出し、水酸化マグネシウムを主成分とする皮膜を形成することを特徴とする請求項1または2に記載の溶射皮膜の後処理方法。
【請求項4】
前記電解質水溶液は塩化物水溶液であり、この塩化物水溶液中の塩化物イオンにより電池反応を活性化させ、前記溶射皮膜のアルミニウムが不動態皮膜を作りにくくして、前記溶射皮膜の電位を低く保つことを特徴とする請求項1または2に記載の溶射皮膜の後処理方法。
【請求項5】
前記溶射皮膜はアルミニウム・マグネシウム合金である請求項1から4のいずれかに記載の溶射皮膜の後処理方法。
【請求項6】
アルミニウム系材料を鉄鋼基材表面に溶射して溶射皮膜を形成した後、前記溶射皮膜に電解質水溶液を塗布し、含浸させ、乾燥後、水性塗料を塗布することを特徴とする溶射皮膜の後処理方法。
【請求項7】
アルミニウム系材料を鉄鋼基材表面に溶射して溶射皮膜を形成した後、塗布し、含浸させる封孔処理剤であって、電解質水溶液、または、電解質水溶液を含む水性塗料からなる溶射皮膜の後処理剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−67347(P2012−67347A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−212494(P2010−212494)
【出願日】平成22年9月22日(2010.9.22)
【出願人】(592030850)山田金属防蝕株式会社 (7)
【出願人】(509147444)株式会社フジエンジニアリング (7)
【出願人】(505398963)西日本高速道路株式会社 (105)
【Fターム(参考)】