説明

溶接性に優れた耐火鋼材

【課題】 50〜60キロ級(室温での引張強さ490〜590MPa)の高強度でありながら、優れた耐火性と溶接性とを兼備した耐火鋼材を提供する。
【解決手段】 本発明の耐火鋼材は、mass%で、C:0.02超〜0.15%、Si:0.1〜1.0%、Mn:1.0〜2.0%、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Al:0.005〜0.050%、Ti:0.015〜 0.10%、Cr:0.2〜2.0%、N:0.002〜0.010%、B:0.0005〜0.0050%、Mo:0〜0.3%未満、Nb:0〜0.005%未満、V:0〜0.005%未満を含み、下記TS値が0〜0.10%、CS値が0.12〜0.22%とされ、残部Feおよび不可避的不純物からなるものである。但し、[X]は元素Xのmass%を示す。TS=[Ti]−3.4×[N]、CS=6.4×[C]−1.4[Ti]+0.004×[Cr]+3.2×[N]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、火災などの高温に曝される可能性のある建築構造材などに適した耐火鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に構造用鋼材は、室温(常温)では十分な強度が確保できるように設計されているが、500℃以上の高温状態になると大幅に強度が低下する。このため、火災等により高温に曝される建築構造用鋼材では、高温状態で脆くなって、構造物が倒壊したり著しく変形することがないように、鋼材に耐火被覆が施される。
このような耐火被覆は、建築コストを高め、また工期の長期化を招くことにもなるので、近年、この種の耐火被覆を施さなくとも高温でも強度を維持する耐火鋼材が開発されてきた。例えば、特公平4−50362号公報(特許文献1)には、Mo、Nb、V等の微細炭化物により析出強化した鋼材が記載されている。しかし、このような析出強化元素により強化した鋼材は、建築用鋼材として要求される溶接性、特にHAZ靭性を低下させるという問題があった。
【0003】
これに対して、出願人は、特開2002−249854号公報(特許文献2)に記載されているように、高温でのCuの析出を活用し、前記Mo等の元素を低減した耐火鋼材を提案した。この鋼材により、溶接入熱5kJ/mm程度の溶接に対応できるようになったが、溶接施工効率低減の観点から一層の大入熱溶接が望まれている今日においては、十分な溶接性が得られているとは言えない。
【0004】
また、大入熱溶接に対応できる耐火鋼材として、特開2001−262269号公報(特許文献3)には、酸化物とTiNの複合介在物を活用することにより、HAZ靭性を改善したMo含有耐火鋼材が提案されているが、HAZ靭性の改善、特に60キロ級の高強度鋼材のHAZ靭性レベルが不十分で、また酸化物系介在物を均一に分散させることが製造上難しいという課題もある。
【0005】
一方、建築分野向けの60キロ級の高HAZ靭性鋼材として、特開2005−36295号公報(特許文献4)には、溶接HAZの硬化性を表す炭素当量(CEN )、平均アスペクト比を規定し、島状マルテンサイト相、ε−Cu相を基地中に分散させた大入熱建築用鋼材が提案されているが、製造段階での組織制御が複雑である上、高温強度(高温耐力)が低いため、十分な耐火性を有しているとは言えない。
【特許文献1】特公平4−50362号公報
【特許文献2】特開2002−249854号公報
【特許文献3】特開2001−262269号公報
【特許文献4】特開2005−36295号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のとおり、十分な高温強度(耐火性)と溶接性(溶接HAZ靭性)とを兼備した高強度鋼材は未だ開発されておらず、本発明は50〜60キロ級(室温での引張強さ490〜590MPa)の高強度でありながら、優れた耐火性と溶接性とを兼備した耐火鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の耐火鋼材は、化学成分が、mass%で、C:0.02超〜0.15%、Si:0.1〜1.0%、Mn:1.0〜2.0%、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Al:0.005〜0.050%、Ti:0.015〜 0.10%、Cr:0.2〜2.0%、N:0.002〜0.010%、B:0.0005〜0.0050%、Mo:0〜0.30%未満、Nb:0〜0.005%未満、V:0〜0.005%未満を含み、下記TS値が0〜0.10%、CS値が0.12〜0.22%とされ、残部Feおよび不可避的不純物からなるものである。但し、[X]は元素Xのmass%を示す。
TS=[Ti]−3.4×[N]
CS=6.4×[C]−1.4[Ti]+0.004×[Cr]+3.2×[N]
【0008】
本発明の耐火鋼材によれば、溶接HAZのベイナイト組織を粗大化するMo、Nb、Vの3元素の含有量を制限したので、HAZ靭性を確保することができる。また、S量を抑制した上、TS値が0以上、0.10以下となる範囲で、TiをNに対して十分に添加し、かつCS値を0.12〜0.22%の範囲でCrを適量添加したので、高温時に先ずTiCが微細析出させ、それを核としてCr炭化物が微細析出し、さらにBを適量添加することで、粗大化し易いといわれているCr炭化物の粗大化を抑制し、前記TiCの微細析出と相まってCr炭化物の微細化により優れた高温強度(高温耐力)を確保することができる。
【0009】
上記耐火鋼材において、HAZ靭性向上元素としてA群(Zr:0.005〜0.050%、Ca,Mg,REM(希土類元素):各々0.0005〜0.0050%)の元素から、あるいは高温強度向上元素としてB群(Cu,Ni:各々0.1〜2.0%、但しAS値(=[Mn]+[Ni]+2*[Cu]):4.5%以下)の元素から、1種以上の元素をさらに添加することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の耐火鋼材によれば、溶接HAZ組織を粗大化し、その靭性を劣化させるMo、Nb、Vの添加を抑制しつつ、Ti、Cr、Bの所定量の添加により、これらの炭化物を高温下で微細析出させることができ、優れた溶接性と高温強度(高温耐力)を備える。このため、耐火鋼材として好適であり、その製造方法も容易で、生産性も良好である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
まず、本発明の耐火鋼材の化学成分について説明する。以下、単位はmass%である。C:0.02超〜0.15%
Cは、強化元素として添加される。0.02%以下では490MPa以上の強度を確保することが困難となり、一方0.15%を超えるとHAZ中の硬質のMA組織(Martensite Austenite Constituent マルテンサイトとオーステナイトとの混合組織)が増加するためHAZ靭性が低下する。このため、C量は0.02%超、好ましくは0.03%以上とし、その上限を0.15%、好ましくは0.12%とする。
【0012】
Si:0.1〜1.0%
Siは、強度の確保及び脱酸のために添加される。0.1%未満ではこれらの効果が過少であり、一方1.0%を超えると硬質MA組織が増加し、HAZ靭性が劣化する。このため、Siの下限を0.1%、好ましくは0.12%とし、一方その上限を1.0%、好ましくは0.80%とする。
【0013】
Mn:1.0〜2.0%
Mnは、強度確保のために添加される。1.0%未満では所定強度が得られず、一方2.0%を超えると、HAZの強度が高くなり過ぎて、延性が返って劣化するようになる。このため、Mnの下限を1.0%、好ましくは1.2%とし、一方その上限を2.0%、好ましくは1.8%とする。
【0014】
P:0.020%以下
Pは粒界破壊を助長する不純物元素であり、HAZ靭性確保のため0.020%以下、好ましくは0.012%以下に止める。
【0015】
S:0.010%以下
SはHAZの高温割れを助長する不純物元素であり、またTiと結びついてTi量を低下させる。HAZ靭性確保及びTi量低下防止の点から0.010%以下、好ましくは0.008%に止める。
【0016】
Al:0.005〜0.050%
Alは、脱酸元素として添加される。0.005%未満では脱酸が不十分となるため、延性が低下し、一方0.050%超になるとSiと同様、HAZ靭性が劣化するようになる。このため、Al量の下限を0.005%、好ましくは0.010%とし、その上限を0.050%、好ましくは0.040%とする。
【0017】
Ti:0.015〜0.10%
Tiは窒化物を形成することでHAZ靭性を向上させる。また微細なTiCを生成し、これを核としてCr炭化物の微細析出化に寄与し、これらの作用により高温強度を向上させる。Ti量が0.015%未満ではこれらの効果が過少であり、一方0.10%を超えるとHAZ靭性が返って低下するようになる。このため、Ti量の下限を0.015%、好ましくは0.020%とし、その上限を0.10%、好ましくは0.080%とする。
【0018】
Cr:0.2〜2.0%
CrはCr炭化物を形成することにより高温強度の確保に寄与する。0.2%未満ではかかる作用が過少となり、一方2.0%を超えるとCr炭化物の粗大化を免れず、返って高温強度が低下するようになる。このため、Cr量の下限を0.2%、好ましくは0.5%とし、一方その上限を2.0%、好ましくは1.5%とする。
【0019】
N:0.002〜0.010%
NはTiの一部と結びついてTiNを形成し、HAZ靭性の改善に寄与する。0.002%未満ではかかる効果が過少であり、一方0.010%を超えるとTiCの析出量が低下するようになるので高温強度が低下するようになり、また窒化物が過多となってHAZ靭性も低下するようになる。このため、N量の下限を0.0020%、好ましくは0.0025%とし、一方その上限を0.010%、好ましくは0.008%とする。
【0020】
B:0.0005〜0.0050%
BはCr炭化物の成長を抑制することから高温強度の向上に寄与する。0.0005%未満ではかかる効果が過少であり、一方0.0050%超ではHAZ靭性が返って低下するようになる。
【0021】
Mo:0〜0.30%未満
MoはHAZのベイナイト組織を粗大化し、靭性を低下させるので少ないほうが好ましい。無添加でもよい。本発明の成分系では0.30%未満まで許容されるが、0.20%未満に止めることが好ましい。
【0022】
Nb、V:各々0〜0.005%未満
Moと同様、HAZのベイナイト組織を粗大化し、靭性を低下させるので少ないほうが好ましい。無添加でもよい。本発明の成分系では0.005%未満まで許容されるが、0.004%以下に止めることが好ましい。
【0023】
TS値(=[Ti]-3.4*[N]):0〜0.10%
TS値は、Ti炭化物の析出可否を示す指標である。本発明ではS量が制限されていることから、Tiはほとんど硫化物を形成することなく、大部分が炭窒化物として析出する。TS値はTi総量から窒化物として固定されたTi量を差し引いた値に該当する。TS値が0%以上でないとTiCが確保できないが、0.10%を超えるとTiCが過多となり、HAZ靭性が返って低下するようになる。このため、TS値を0%以上、0.10%以下とする。好ましくは、下限を0.01%、上限を0.08%とするのがよい。
【0024】
CS値(=6.4*[C]-1.4[Ti]+0.004*[Cr]+3.2*[N]):0.12〜0.22%
CS値は、熱力学計算で算出したCr炭化物量と主要元素の影響を定量化したものであり、TiCとCr炭化物のバランスの指標である。0.12%未満ではCr炭化物がほとんど生成しないようになり、0.22%超ではCr炭化物が粗大化し、返って高温強度が低下するようになる。このため、CS値の下限を0.12%、好ましくは0.13%とし、その上限を0.22%、好ましくは0.20%とする。
【0025】
本発明の耐火鋼材は、上記基本成分の他、残部Feおよび不可避的不純物よりなるが、さらにHAZ靭性向上元素としてA群(Zr,Ca,Mg,REM(希土類元素))の元素から、あるいは高温強度向上元素としてB群(Cu,Ni)の元素から、1種以上の元素を所定量添加して下記(1) 、(2) 、(3) の成分とすることができる。
(1) 基本成分+A群から1種以上の元素
(2) 基本成分+B群から1種以上の元素
(3) 上記(1) の成分+B群から1種以上の元素
【0026】
上記特性向上元素の添加量、並びにより具体的な作用について説明する。
Zr:0.005〜0.050%
Zrは窒化物の形成によりHAZ靭性を改善するので、0.005%以上の添加が好ましい。一方、0.050%超と過剰に添加すると窒化物が粗大化し、HAZ靭性が返って低下するようになる。このため、0.050%以下に止めることが望ましい。
Ca,Mg,REM:各々0.0005〜0.0050%
これらの元素は介在物の形態を球状化することによって靭性を改善する作用を有する。そのためには0.0005%以上の添加が望ましい。一方、各々0.0050%超と過剰に添加すると酸化物を形成し、HAZ靭性が返って低下するようになる。このため、0.0050%以下に止めるのがよい。
【0027】
Cu,Ni:各々0.1〜2.0%
これらの元素はHAZ靭性に影響を与えず、強度を向上させる。各々0.1%未満では強度向上作用が過少であり、2.0%を超えて添加しても作用が飽和し、材料コスト高を招来する。このため、各々0.1%以上、2.0%以下添加することが望ましい。
【0028】
AS値(=[Mn]+[Ni]+2*[Cu]):4.5%以下
Cu、Niを添加する場合、上記のとおり強度向上に有効であり、60キロ級の高強度鋼を得ることができるようになるが、これらは、Mnと同様、オーステナイト安定化元素であり、過剰な添加は高温時にオーステナイト化し易くなり、高温強度が低下するようになる。このため、Ni、Cuを添加する場合、AS値を4.5%以下に止めることが望ましい。
【0029】
本発明の耐火鋼材は、上記成分を鋼を常法によって熱間圧延することによって製造される。すなわち、上記成分の鋼を溶製し、その鋼片を1100〜1200℃程度の温度に加熱した後、仕上圧延温度を850℃程度として熱間圧延を終了し、空冷により冷却することによって製造される。
このようにして製造された鋼材の組織は、フェライトおよび低温変態生成物(ベイナイトあるいは/及びマルテンサイト)からなる組織となるが、本発明の耐火鋼材はいずれの組織であってもいよい。
次に、本発明の熱延鋼板及びその製造方法を実施例を挙げてより具体的に説明するが、本発明はかかる実施例により限定的に解釈されるものではない。
【実施例】
【0030】
表1、表2に示す鋼種を溶製し、その鋼片を1150℃に加熱し、熱間圧延を施し、仕上圧延終了温度を850℃として圧延を終了し、空冷して板厚50mmの試験用鋼板を製作した。
各試料の鋼板を用いて、常温引張試験及び600℃における高温引張試験を行い、常温での耐力(YS)及び引張強さ(TS)並びに高温でのYSを調べた。引張試験は、JISZ2201に従って鋼板板厚の1/4部位から引張試験片を加工し、JISZ2241に従って実施した。これらの測定結果を表3に示す。常温引張強さが490MPa以上、高温YS/常温YSが75%以上が合格レベルと評価される。
【0031】
また、溶接性を調べるため試料鋼板に対して熱サイクル試験を実施した。熱サイクル試験は、溶接入熱量が65kJ/cmに相当する熱サイクルとして、1400℃に加熱した後に800℃から500℃に500sec で冷却する熱サイクルを1回与えるものであり、熱サイクル試験後、鋼板より衝撃試験片を採取し、シャルピー衝撃試験(試験温度0℃)を実施し、衝撃吸収性特性吸収エネルギー(vE0)を測定した。vE0が150J以上がHAZ靭性の合格レベルと評価される。試験結果を表3に併せて示す。
【0032】
表3より、発明例の試料No. 1〜20は、常温引張強さが490MPa以上でありながら、高温YS/常温YSが75%以上であり、600℃における高温状態においても相当な強度が確保されていることがわかる。しかも、熱サイクル試験の結果も衝撃吸収エネルギーが150J以上確保されており、優れたHAZ靭性を兼備している。特に、Cu、NiをAS値が4.5%以下で添加した試料No. 15〜20は、常温強度が600MPa以上であるが、高い高温強度(高温耐力)が確保されており、しかもHAZ靭性にも優れている。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分が、mass%で
C:0.02超〜0.15%、Si:0.1〜1.0%、
Mn:1.0〜2.0%、P:0.020%以下、
S:0.010%以下、Al:0.005〜0.050%、
Ti:0.015〜 0.10%、Cr:0.2〜2.0%、
N:0.002〜0.010%、B:0.0005〜0.0050%、
Mo:0〜0.30%未満、Nb:0〜0.005%未満、
V:0〜0.005%未満を含み、下記TS値が0〜0.10%、CS値が0.12〜0.22%とされ、残部Feおよび不可避的不純物からなる、溶接性に優れた耐火鋼材。
TS=[Ti]−3.4×[N]
CS=6.4×[C]−1.4[Ti]+0.004×[Cr]+3.2×[N]
但し、[X]は元素Xのmass%を示す。
【請求項2】
化学成分が、さらにZr:0.005〜0.050%、Ca:0.0005〜0.0050%、Mg:0.0005〜0.0050%、REM:0.0005〜0.0050%の1種以上を含む、請求項1に記載した耐火鋼材。
【請求項3】
化学成分が、さらにCu:0.1〜2.0%、Ni:0.1〜2.0%の1種以上を含み、かつ下記AS値が4.5%以下である、請求項1又は2に記載した耐火鋼材。
AS=[Mn]+[Ni]+2×[Cu]



【公開番号】特開2007−191746(P2007−191746A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−9992(P2006−9992)
【出願日】平成18年1月18日(2006.1.18)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】