説明

溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法

【課題】優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板を短時間で安定的に製造する方法を提供する。
【解決手段】鋼板に溶融亜鉛めっき処理を施し、調質圧延を施した後、pH緩衝作用を有し鉄マスク剤を含有する酸性溶液に接触させ、接触終了後1〜60秒保持した後に水洗する。以上により、めっき鋼板表面に亜鉛系酸化物層を形成する。鉄マスク剤は、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数が3.0以上であり、かつ、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数がZn(II)との錯形成反応の生成定数の対数より高いことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形時の摺動抵抗が小さく優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛系めっき鋼板は自動車車体用途を中心に広範な分野で広く利用され、そのような用途では、プレス成形を施されて使用に供される。しかし、溶融亜鉛系めっき鋼板は冷延鋼板に比べてプレス成形性が劣るという欠点を有する。これはプレス金型での溶融亜鉛めっき鋼板の摺動抵抗が冷延鋼板に比べて大きいことが原因であり、金型とビードでの摺動抵抗が大きい部分で溶融亜鉛系めっき鋼板がプレス金型に流入しにくくなり、鋼板の破断が起こりやすくなる。
【0003】
ここで、溶融亜鉛系めっき鋼板にはめっき後に合金化を施す場合と合金化を施さない場合がある。特に合金化を施さない場合では、金型にめっきが付着すること(型カジリ)により、更に摺動抵抗が増加する現象があり、連続プレス成形の途中から割れが発生するなど、自動車の生産性に深刻な悪影響を及ぼす。
【0004】
上記を受けて、溶融亜鉛めっき鋼板使用時のプレス成形性を向上させる方法として、高粘度の潤滑油を塗布する方法が広く用いられている。しかし、この方法では潤滑油が高粘性のために塗装工程で脱脂不良による塗装欠陥が発生する。また、プレス時の油切れにより、プレス性能が不安定になる等の問題がある。
【0005】
上記問題を解決する方法として、特許文献1及び特許文献2は、めっき後に合金化を施した溶融亜鉛めっき鋼板を調質圧延後、pH緩衝作用を有する酸性溶液に接触させ、接触終了後に1〜30秒放置した後水洗乾燥することで、溶融亜鉛めっき鋼板の表層に、亜鉛系酸化物を形成しプレス成形性を向上させる技術を開示している。
【0006】
また、溶融亜鉛浴には、下地鉄と亜鉛との合金化反応を調整する目的で少量のAlが添加されており、溶融亜鉛めっき鋼板の表面には浴中Alに由来するAl酸化物が存在するため、めっき後に合金化を施さない溶融亜鉛めっき鋼板は、めっき後に合金化を施した溶融亜鉛めっき鋼板に比べて表面のAl酸化物濃度が高く表面の活性度が低い。
【0007】
このような問題に対して、特許文献3は、特に表面の活性度が低いめっき後に合金化を施さない溶融亜鉛めっき鋼板に上記亜鉛系酸化物を形成する方法として、酸性溶液接触前にアルカリ溶液に接触させることにより表面のAl酸化物を除去して表面を活性化し亜鉛系酸化物の形成を促進する方法を開示している。
【0008】
特許文献4は、めっき後に合金化を施さない溶融亜鉛めっき鋼板の高速での製造条件に対応するため、特許文献3に開示されている技術に対し、さらにTi、Zr、Snのうち、少なくとも1種類以上を酸性溶液中に含有させることで、短時間で十分な亜鉛系酸化物層を形成させ、良好なプレス成形性を得る技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−256448号公報
【特許文献2】特開2003−306781号公報
【特許文献3】特開2004−3004号公報
【特許文献4】特開2010−77456号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1、2では摺動距離が長い自動車用部品のプレス成形においては、膜厚が不十分であり、自動車部品の生産工程において型カジリが発生することがある。
【0011】
また、特許文献3でも、上記と同様に摺動距離が長い自動車用部品において、型カジリが発生することがある。
さらに、特許文献4に開示されている技術を適用した場合、従来の製造コストに加え、酸性溶液中に含有させるTi、Zr、Sn(添加量:0.1〜50g/L)のコストも掛かるため、製造コストが増加するといった問題点が生じる。
【0012】
本発明は上記問題点を改善し、優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板を短時間で安定的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意研究を重ねた結果、鋼板に溶融亜鉛めっきを施し、調質圧延を施した後、pH緩衝作用を有する酸性溶液に接触させ、接触終了後1〜60秒保持した後水洗することによりめっき鋼板表面に亜鉛系酸化物層を形成するに際し、前記酸性溶液中に鉄マスキング剤を含有することで、優れたプレス成形性を有しつつ亜鉛系酸化物層の形成時間を短縮することが可能となることを見出した。
【0014】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0015】
[1]鋼板に溶融亜鉛めっき処理を施し、調質圧延を施した後、pH緩衝作用を有する酸性溶液に接触させ、接触終了後1〜60秒保持した後に水洗することによりめっき鋼板表面に亜鉛系酸化物層を形成する溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法において、前記酸性溶液は、鉄マスキング剤を含有することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[2]前記鉄マスキング剤は、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数が3.0以上であり、かつ、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数がZn(II)との錯形成反応の生成定数の対数より高いことを特徴とする前記[1]に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[3]前記鉄マスキング剤の濃度は0.01〜5g/Lであることを特徴とする前記[1]または[2]に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[4]前記pH緩衝作用を有する酸性溶液は、酢酸塩、フタル酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩、硫酸塩のうちの少なくとも1種以上を含有し、pHが1.0〜5.0の範囲にある酸性溶液であることを特徴とする前記[1]〜[3]のいずれか一項に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[5]pH緩衝作用を有する酸性溶液に接触終了時のめっき鋼板表面の液膜量は15g/m以下であることを特徴とする前記[1]〜[4]のいずれか一項に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0016】
本発明において、溶融亜鉛めっき鋼板とは、めっき後に合金化処理を施す鋼板(以下、GAと称する)、合金化処理を施さない鋼板(以下、GIと称する)のいずれも含むものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、プレス成形時の摺動抵抗が小さく優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。さらに、高速での製造条件において亜鉛系酸化物層を形成させる時間が短時間しか確保できない場合においても、プレス成形時の摺動抵抗が小さく優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板を安定して製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】摩擦係数測定装置を示す概略正面図である。
【図2】図1中のビード形状・寸法を示す概略斜視図である。
【図3】図1中のビード形状・寸法を示す概略斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、溶融亜鉛めっき鋼板を酸性溶液に接触させ、接触終了後1〜60秒間保持し、水洗を行うことにより溶融亜鉛めっき鋼板表面に亜鉛系酸化物層を形成するに際し、前記酸性溶液中に鉄マスキング剤を含有する。このように、鉄マスキング剤を含有する酸性溶液を用いることは、本発明において、重要な要件であり、特徴である。
【0020】
酸性溶液中に鉄マスキング剤を含有することにより亜鉛系酸化物層が短時間に形成するメカニズムについては明確ではないが、次のように考えることができる。
通常、溶融亜鉛めっき鋼板を酸性溶液に接触させると、鋼板側からは亜鉛の溶解が生じる。この亜鉛の溶解は、同時に水素発生反応を生じるため、亜鉛の溶解が進行すると、溶液中の水素イオン濃度が減少し、その結果溶液のpHが上昇し、溶融亜鉛めっき鋼板表面に亜鉛を主体とする酸化物層が形成されると考えられる。pHが上昇時には、水素発生反応と共に起こっていた亜鉛の溶解は、溶存酸素の還元反応とともに起こるようになる。前記亜鉛の溶解反応に加え、酸性溶液中では鋼板からの鉄の溶解反応も起こり得る。酸性溶液中に鉄イオン、特にFe(II)が存在すると、Fe(II)を酸化するために溶存酸素が消費され、亜鉛の溶解に消費される溶存酸素の量が減少して亜鉛の溶解速度が低下すると考えられる。
これに対して、鉄マスキング剤を含有する酸性溶液を含有すると、溶けているFe(II)と鉄マスキング剤とが安定な錯体を形成してFe(II)を不活性化することで溶存酸素の消費を抑制することができる。そのため、pH上昇時の亜鉛の溶解を妨げることなく、溶融亜鉛めっき鋼板表面に酸化物層を短時間で形成することができ、良好なプレス成形性を得ることができると考えられる。
【0021】
このような鉄マスキング剤としては、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数が3.0以上を有し、かつ、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数がZn(II)との錯形成反応の生成定数の対数より高い鉄マスキング剤を用いることが好ましい。本発明の効果が十分に得られることになる。
【0022】
Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数が3.0未満であると、Fe(II)の安定化効果が不十分となり、溶存酸素の消費を抑制できなくなる場合がある。また、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数がZn(II)との錯形成反応の生成定数の対数よりも低い鉄マスキング剤を用いると、Zn(II)を不活性化してしまい、亜鉛系酸化物層の成膜を阻害してしまう場合がある。
【0023】
前記鉄マスキング剤の濃度は0.01〜5g/Lであることが好ましい。濃度が0.01g/L未満であると、Fe(II)の安定化効果が不十分となるため、溶存酸素の消費を抑制できなくなる場合がある。一方、5g/Lを超えると、酸化物層中に取込まれる量が多くなり摺動性に影響を及ぼす可能性が考えられる。
【0024】
このような鉄マスキング剤としては、ヒスタミン、イノシン、β−フェニルアラニン、ポリ燐酸塩、プロリン、サルコシン、セリン、スレオニン、バリン、アセチルアセトンなどのうち少なくとも1種以上を使用することができる。
なお、参考までに、表1に本発明に適用可能な鉄マスキング剤の一部と、Fe(II)及びZn(II)との錯形成反応の生成定数の対数を示す。
【0025】
【表1】

【0026】
また、本発明で用いる酸性溶液は、pH緩衝作用を有する。pH緩衝作用を持たない酸性溶液を使用すると、溶液のpHが瞬時に上昇し、酸化物層の形成に十分な亜鉛の溶解が得られず、その結果、摺動性の向上に十分な亜鉛系酸化物層が生成しない。これに対して、pH緩衝作用を有する酸性溶液を使用すると、亜鉛が溶解し、水素発生反応が生じても、溶液のpH上昇が緩やかであるため、さらに亜鉛の溶解が進行し、結果的に、摺動性の向上に十分な亜鉛系酸化物が生成する。
【0027】
酸性溶液のpHが低すぎると、亜鉛の溶解は促進されるが、酸化物が生成しにくくなるため、pHは1.0以上であることが望ましい。一方、pHが高すぎると亜鉛溶解の反応速度が低くなるため、液のpHは5.0以下であることが望ましい。
【0028】
pH緩衝作用を有する酸性溶液は、pHが2.0〜5.0の領域においてpH緩衝作用を有するものが好ましい。これは、pHが2.0〜5.0の範囲でpH緩衝作用を有する酸性溶液を使用すると、酸性溶液に接触後、所定時間保持することで、本発明が目的とする酸化物層を安定して得ることができるためである。
【0029】
このようなpH緩衝作用を有する酸性溶液としては、酢酸ナトリウム(CHCOONa)などの酢酸塩、フタル酸水素カリウム((KOOC))などのフタル酸塩、クエン酸ナトリウム(Na)やクエン酸二水素カリウム(KH)などのクエン酸塩、コハク酸ナトリウム(Na)などのコハク酸塩、乳酸ナトリウム(NaCHCHOHCO)などの乳酸塩、酒石酸ナトリウム(Na)などの酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩、硫酸塩のうちの少なくとも1種以上を、前記各成分の含有量を5〜50g/Lの範囲で含有する水溶液を使用することができる。前記濃度が5g/L未満であると、亜鉛の溶解とともに溶液のpH上昇が比較的すばやく生じるため、摺動性の向上に十分な酸化物層を形成することができず、また50g/Lを超えると、亜鉛の溶解が促進され、酸化物層の形成に長時間を有するだけでなく、めっき層の損傷も激しく、本来の防錆鋼板としての役割も失う場合がある。
【0030】
溶融亜鉛めっき鋼板を酸性溶液に接触させる方法には特に制限はなく、めっき鋼板を酸性溶液に浸漬する方法、めっき鋼板に酸性溶液をスプレーする方法、塗布ロールを介して酸性溶液をめっき鋼板に塗布する方法等がある。最終的に酸性溶液が薄い液膜状で鋼板表面に存在することが望ましい。鋼板表面に存在する液膜量が少ないと、めっき表面に所望厚さの酸化物層を形成することができない。しかし、鋼板表面に存在する酸性溶液の量が多すぎると、亜鉛の溶解が生じても溶液のpHが上昇せず、次々と亜鉛の溶解が生じるのみであり、酸化物層を形成するまでに長時間を有し、めっき層の損傷も激しく、本来の防錆鋼板としての役割も失うことが考えられる。このような観点から、酸性溶液に接触終了時の鋼板表面の液膜量は、15g/m以下に調整することが有効である。一方、下限は1g/m以上が好ましい。液膜量の調整は、絞りロール、エアワイピング等で行うことができる。なお、接触終了時とは、酸性溶液に浸漬する方法の場合は「浸漬終了」、めっき鋼板に酸性溶液をスプレーする方法の場合は「スプレー終了」、塗布ロールを介して酸性溶液を塗布する方法の場合は「塗布終了」を意味する。
【0031】
また、酸洗溶液に接触終了後、1〜60秒保持し、水洗までの時間(水洗までの保持時間)は、1〜60秒とする。これは、水洗までの時間が1秒未満であると、溶液のpHが上昇し亜鉛を主体とする酸化物層が形成される前に、酸性溶液が洗い流されるため、摺動性の向上効果が得られない。一方、60秒を超えても、酸化物層の量に変化が見られない。
【0032】
以上の条件を満たしていれば、溶融亜鉛めっき鋼板表面に、効率よく安定的に亜鉛系酸化物層を形成することができる。
【0033】
調質圧延後、酸性溶液に接触させて亜鉛系酸化物層を形成する前に、アルカリ性溶液に鋼板を接触させてもよい。調質圧延時に圧延ロールとの接触により表層のAl酸化物は破壊されているものの一部残存する場合もある。これに対して、アルカリ性溶液に接触させることで、表層に残存したAl酸化物層を除去して表面をより活性化することが可能となる。アルカリ性溶液に接触させる方法には特に制限はなく、浸漬あるいはスプレーなどで処理することができる。pHが低いと反応が遅く処理に長時間を要するため、pHは10以上であることが望ましい。上記範囲内のpHであれば溶液の種類に制限はなく、例えば、水酸化ナトリウムなどを用いることができる。
【0034】
酸性溶液が水洗後の鋼板表面に残存すると、鋼板コイルが長期保管されたときに錆が発生しやすくなる。係る錆発生を防止する観点から、酸性溶液に接触、保持後、水洗前に、アルカリ性溶液に浸漬あるいはアルカリ性溶液をスプレーするなどの方法でアルカリ性溶液と鋼板を接触させて、鋼板表面に残存している酸性溶液を中和する処理を施してもよい。アルカリ性溶液は、表面に形成された亜鉛系酸化物の溶解を防止するためpHは12以下であることが望ましい。前記pHの範囲内であれば、使用する溶液に制限はなく、例えば、水酸化ナトリウム、リン酸ナトリウムなど使用することができる
本発明における亜鉛系酸化物とは、金属成分として亜鉛を主体とする酸化物、水酸化物であり、鉄、Al等の金属成分を合計量として亜鉛よりも少なく含有する場合や、硫酸、硝酸、塩素等のアニオンを合計量として酸素と水酸基のモル数よりも少なく含有する場合も本発明の亜鉛系酸化物に含まれる。
【0035】
なお、亜鉛系酸化物層に酸性溶液のpH調整に使用する硫酸イオンなどのアニオン成分が亜鉛系酸化物層に含有される場合もあるが、硫酸イオンなどのアニオン成分や、鉄マスキング剤の成分、pH緩衝作用を有する酸性溶液中に含まれるS、N、P、B、Cl、Na、Mn、Ca、Mg、Ba、Sr、Siなどの不純物、S、N、P、B、Cl、Na、Mn、Ca、Mg、Ba、Sr、Si、O、Cから成る化合物が亜鉛系酸化物層に取り込まれても、本発明の効果が損なわれることはない。
【0036】
また、pH緩衝剤として酸性溶液中に含まれるイオンのうち、特に酢酸イオン(生成定数の対数1.9)や酒石酸イオン(生成定数の対数2.7)、リン酸イオン(生成定数の対数2.7)はFe(II)と錯形成し易いが、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数が3.0以上を有する鉄マスキング剤を使用することで、pH緩衝剤によって本発明の効果が損なわれることはない。好ましくは、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数が5.0以上を有する鉄マスキング剤を使用することが望ましい。
【0037】
さらに、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数がZn(II)との錯形成反応の生成定数の対数より高い鉄マスキング剤を使用することで、亜鉛系酸化物層の成膜反応を抑制することで、本発明の効果が損なわれることはない。
【0038】
めっき鋼板表面に形成する亜鉛系酸化物層の厚さは10nm以上が好ましい。10nm以上とすることにより、良好な摺動性を示す溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。一層の効果を得るために、より好ましくは20nm以上、さらに好ましくは30nm以上である。10nm以上であれば、金型と被加工物の接触面積が大きくなるプレス成形加工において、表層の酸化物層が摩耗した場合でも亜鉛系酸化物層が残存し、摺動性の低下を招くことがない。一方、酸化物層の厚さの上限は特に設けないが、200nmを超えると表面の反応性が低下し、亜鉛系酸化物皮膜の生成量が低下するため、200nm以下とするのが好ましい。
【0039】
本発明の溶融亜鉛めっき鋼板を製造する際は、めっき浴中にAlが添加されていることが必要であるが、Al以外の添加元素成分は特に限定されない。すなわち、Alの他に、Pb、Sb、Si、Sn、Mg、Mn、Ni、Ti、Li、Cuなどが含有または添加されていても、本発明の効果が損なわれるものではない。
【実施例】
【0040】
次に、本発明を実施例により更に詳細に説明する。
冷間圧延後焼鈍した板厚0.7mmの鋼板上に、常法により、溶融亜鉛めっきを施し、次に調質圧延を施した。調質圧延後、表面活性化処理として、pH10、温度50℃のアルカリ性溶液(水酸化ナトリウム水溶液)に3秒浸漬した後水洗する処理を行った。表面活性化処理した後、酸性溶液槽で、酢酸ナトリウム30g/Lを含有し、35℃、pH1.5の酸性溶液に浸漬して引き上げた後、酸性溶液槽出側の絞りロールで鋼板表面に付着させる液膜量を調整した。液膜量は、絞りロールの圧力を変化させることで、調整した。液膜量調整後所定時間放置(保持)した後、pH10、温度50℃のアルカリ性溶液(水酸化ナトリウム水溶液)をスプレーして鋼板表面に残存している酸性溶液の中和処理を行い、その後50℃の温水を鋼板にスプレーして洗浄し、ドライで乾燥し、めっき表面に亜鉛系酸化物層を形成した。一部は、調質圧延のみを行い、調質圧延後、酸性溶液への接触による酸化物形成処理を行わなかった。
【0041】
以上により得られた溶融亜鉛めっき鋼板に対して、めっき表層の酸化物層膜厚とプレス成形時の摺動特性を調査した。プレス成形時の摺動特性は、摩擦係数によって評価した。
【0042】
酸化物層の膜厚測定およびプレス成形時の摺動特性調査方法は以下の通りである。
酸化物層の厚さの測定
酸化物層の厚さの測定には蛍光X線分析装置を使用した。測定時の管球の電圧および電流は30kVおよび100mAとし、分光結晶はTAPに設定してO−Kα線を検出した。O−Kα線の測定に際しては、そのピーク位置に加えてバックグラウンド位置での強度も測定し、O−Kα線の正味の強度が算出できるようにした。なお、ピーク位置およびバックグラウンド位置での積分時間は、それぞれ20秒とした。また、適当な大きさに劈開した膜厚96nm、54nmおよび24nmの酸化シリコン皮膜を形成したシリコンウエハーも同時に測定し、測定したO−Kα線の強度と酸化シリコン膜厚から、Zn系酸化物層の厚さを算出した。
【0043】
摩擦係数の測定方法
プレス成形性を評価するために、各供試材の摩擦係数を以下のようにして測定した。
図1は、摩擦係数測定装置を示す概略正面図である。同図に示すように、供試材から採取した摩擦係数測定用試料1が試料台2に固定され、試料台2は、水平移動可能なスライドテーブル3の上面に固定されている。スライドテーブル3の下面には、これに接したローラ4を有する上下動可能なスライドテーブル支持台5が設けられ、これを押上げることにより、ビード6による摩擦係数測定用試料1への押付荷重Nを測定するための第1ロードセル7が、スライドテーブル支持台5に取付けられている。上記押付力を作用させた状態でスライドテーブル3を水平方向へ移動させるための摺動抵抗力Fを測定するための第2ロードセル8が、スライドテーブル3の一方の端部に取付けられている。なお、潤滑油として、スギムラ化学工業(株)製の防錆洗浄油(プレトンR352L、プレトンは登録商標)を試料1の表面に塗布して試験を行った。
【0044】
図2、図3は使用したビードの形状・寸法を示す概略斜視図である。ビード6の下面が試料1の表面に押し付けられた状態で摺動する。図2に示すビード6の形状は幅10mm、試料の摺動方向長さ12mm、摺動方向両端の下部は曲率半径4.5mmRの曲面で構成され、試料が押し付けられるビード下面は幅10mm、摺動方向長さ3mmの平面を有する。図3に示すビード6の形状は幅10mm、試料の摺動方向長さ59mm、摺動方向両端の下部は曲率4.5mmRの曲面で構成され、試料が押し付けられるビード下面は幅10mm、摺動方向長さ50mmの平面を有する。
【0045】
摩擦係数の測定は以下に示す2条件で行った。
[条件1]
図2に示すビードを用い、押し付け荷重N:400kgf、試料の引き抜き速度(スライドテーブル3の水平移動速度):100cm/minとした。
[条件2]
図3に示すビードを用い、押し付け荷重N:400kgf、試料の引き抜き速度(スライドテーブル3の水平移動速度):20cm/minとした。
供試材とビードとの間の摩擦係数μは、式:μ=F/Nで算出した。
【0046】
以上より得られた結果を条件と併せて表2に示す。
【0047】
【表2】

【0048】
表2から下記事項が明らかとなった。
No.1は酸性溶液による処理を行っていない比較例である。条件1及び条件2において摩擦係数が高い。
No.7〜21は、鉄マスキング剤であるポリリン酸塩(生成定数の対数3.0)、アセチルアセトン(生成定数の対数5.07)、ヒスタミン(生成定数の対数9.6)を含む酸性溶液を用いた本発明例である。pH緩衝剤である酢酸イオン(生成定数の対数1.9)を含み鉄マスキング剤を含まない酸性溶液を用いたNo.2〜6と比較して、同じ水洗までの時間の場合、いずれの処理においても本発明例の方が酸化物層の膜厚が厚くなっており酸化物層の形成が促進されているのがわかる。さらに、本発明例では、条件1及び条件2において、No.2〜6と比較してほぼ同等以下の摩擦係数を確保することができている。
以上の結果より、本発明例では、優れたプレス成形性を有する溶融亜鉛めっき鋼板を短時間で安定的に製造できることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の溶融亜鉛めっき鋼板はプレス成形性に優れることから、自動車車体用途を中心に広範な分野で適用できる。
【符号の説明】
【0050】
1 摩擦係数測定用試料
2 試料台
3 スライドテーブル
4 ローラ
5 スライドテーブル支持台
6 ビード
7 第1ロードセル
8 第2ロードセル
9 レール
N 押付荷重
F 摺動抵抗力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板に溶融亜鉛めっき処理を施し、調質圧延を施した後、pH緩衝作用を有する酸性溶液に接触させ、接触終了後1〜60秒保持した後に水洗することによりめっき鋼板表面に亜鉛系酸化物層を形成する溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法において、
前記酸性溶液は、鉄マスキング剤を含有することを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記鉄マスキング剤は、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数が3.0以上であり、かつ、Fe(II)との錯形成反応の生成定数の対数がZn(II)との錯形成反応の生成定数の対数より高いことを特徴とする請求項1に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記鉄マスキング剤の濃度は0.01〜5g/Lであることを特徴とする請求項1または2に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記pH緩衝作用を有する酸性溶液は、酢酸塩、フタル酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩、硫酸塩のうちの少なくとも1種以上を含有し、pHが1.0〜5.0の範囲にある酸性溶液であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項5】
pH緩衝作用を有する酸性溶液に接触終了時のめっき鋼板表面の液膜量は15g/m以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−72130(P2013−72130A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−213750(P2011−213750)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】