説明

濃度定量装置及び濃度定量方法並びにプログラム

【課題】温度が変化した場合においても、この観測対象に含まれる目的成分の濃度を、非侵襲的に精度良く測定することが可能な濃度定量装置及び濃度定量方法並びにプログラムを提供する。
【解決手段】本発明の濃度定量装置である血糖値測定装置1は、皮膚に、この皮膚を構成する真皮層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射する照射部5と、真皮層により放射される後方散乱光を選択する光散乱媒質層選択部7と、真皮層から放射される後方散乱光を受光する受光部8と、この後方散乱光の光強度を取得する光強度取得部9と、特定波長の光を照射した皮膚の真皮層における光吸収係数を算出する光吸収係数算出部12と、真皮層における光吸収係数から真皮層に含まれるグルコースの濃度を算出する濃度算出部13とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の光散乱媒質の層により構成される観測対象のうち、任意の層における目的成分の濃度を、非侵襲的に定量する濃度定量装置及び濃度定量方法並びにプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、我が国は飽食の時代にあって、糖尿病の患者が毎年増加し続けている。そのために、糖尿病性腎炎の患者も毎年増加し続けることとなり、その結果、慢性腎不全の患者も毎年1万人もの増加を続け、患者数は28万人を超えるようになってきている。
一方、高齢化社会の到来により、予防医学に対する要求の高まりを受けて、個人における代謝量管理の重要性が急速に増大している。中でも、血糖値計測は、糖尿病のごく初期段階での糖代謝の反応を評価することができ、糖尿病の早期診断に基づく早期治療を可能にしている。
【0003】
従来、血糖値の測定は、腕あるいは指先等の静脈から採血を行い、この血液中のグルコースに対する酵素活性を測定することで行っている。しかし、このような血糖値の測定方法では、採血が煩雑であり、しかも採血に痛みを伴い、さらには感染症の危険性を伴う等の様々な問題がある。
また、血糖値を連続的に測定する方法としては、静脈に注射針を刺した状態で連続的に血糖値相応のグルコースの定量を行う機器が米国にて開発されており、現在臨床試験中である。しかし、静脈に注射針を刺したままにしているために、血糖値の測定中に針が抜ける危険性や感染症の危険性がある。
そこで、採血無しに頻繁に血糖値を測定することができ、しかも感染症の危険性が無い血糖値の測定装置の開発が求められている。さらには、簡単にかつ常時装着可能であり、小型化可能な血糖値の測定装置の開発が求められている。
【0004】
そこで、血糖値の測定装置に分子吸光の原理を用いた分光分析装置を適用することにより、非侵襲的に血糖値を測定する装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
この装置は、皮膚に近赤外の連続光を照射し、その光吸収量からグルコースの濃度を算出する装置である。具体的には、予めグルコース濃度と照射する近赤外光の波長と光の吸収量との関係を示す検量線を作成しておき、皮膚に近赤外の連続光を照射し、この皮膚からの戻り光をモノクロメーター等を用いてある波長域を走査し、その波長域の各波長に対する光の吸収量を求め、この各波長における光の吸収量と検量線とを比較することで、血液中のグルコース濃度、すなわち血糖値を算出している。
【0005】
一般に、水溶液や含水率の高い試料の近赤外分光分析を行う場合、それらのスペクトルは、水のスペクトルと同様、温度変化に伴うスペクトルのシフト等の変動が大きい。したがって、近赤外分光を用いて定量分析をする場合、水溶液や試料の温度の影響を無視することができない。
そこで、生体表面近傍の組織中のグルコース濃度を近赤外領域における光の吸収を利用して測定する場合に、近赤外光送受用の光ファイババンドルのプロ−ブ先端の測定面と生体の表面近傍組織との接触部分の温度を、ヒータ及び表面温度検知手段を用いて一定にする装置も提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3931638号公報
【特許文献2】特開2001−299727号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の近赤外光の吸収量から血液中あるいは生体の表面近傍組織のグルコース濃度を測定する方法においては、血液中あるいは生体中に含まれる水の近赤外光に対する吸収係数の温度変化率が大きく、血液中あるいは生体中のグルコース濃度を精度よく測定することが難しいという問題点があった。
例えば、近赤外光送受用の光ファイババンドルのプロ−ブ先端の測定面と生体の表面近傍組織との接触部分の温度を、ヒータ及び表面温度検知手段を用いて一定にすれば、確かに、接触部分の温度は一定になるが、生体自体の温度が変化した場合、この生体の表面近傍組織の温度も変化して近赤外光に対する吸収係数が変化してしまい、やはり、生体中のグルコース濃度を精度よく測定することは難しい。
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであって、皮膚等の被測定物である観測対象自体の温度が変化した場合においても、この観測対象に含まれる水の近赤外光に対する吸収係数の温度変化率を小さくすることで、この観測対象に含まれる目的成分の濃度を、非侵襲的に精度良く測定することが可能な濃度定量装置及び濃度定量方法並びにプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明は以下の濃度定量装置及び濃度定量方法並びにプログラムを採用した。
すなわち、本発明の濃度定量装置は、複数の光散乱媒質の層により構成される観測対象のうち、任意の層における目的成分の濃度を定量する濃度定量装置であって、前記観測対象に、前記任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射する照射手段と、前記光を照射することにより前記観測対象より放射される複数種の後方散乱光から前記任意の層より放射される後方散乱光を選択する光散乱媒質層選択手段と、前記任意の層から放射される後方散乱光を受光する受光手段と、前記受光手段が受光した光の強度を取得する光強度取得手段と、前記光強度取得手段が取得した光強度に基づいて、前記任意の層の光吸収係数を算出する光吸収係数算出手段と、前記光吸収係数算出手段が算出した光吸収係数に基づいて、前記任意の層における前記目的成分の濃度を算出する濃度算出手段と、を備えてなることを特徴とする。
【0010】
本発明の濃度定量装置では、照射手段により、前記観測対象に、前記任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射し、光散乱媒質層選択手段により、前記光を照射することにより前記観測対象より放射される複数種の後方散乱光から前記任意の層より放射される後方散乱光を選択し、受光手段により、前記任意の層から放射される後方散乱光を受光する。
このように、観測対象に照射される光を、水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光とすることで、任意の層から放射される後方散乱光における水の影響を小さくすることができ、この後方散乱光を基に算出される観測対象の任意の層における目的成分の濃度においても、水の影響を小さくすることができる。したがって、目的成分の濃度における水の影響を低減することができ、目的成分の濃度を、非侵襲的に精度良く測定することができる。
【0011】
本発明の濃度定量装置は、前記光を短時間パルス光とし、さらに、前記観測対象に対して照射する前記短時間パルス光の、前記複数の光散乱媒質の層の各々の層における伝搬光路長分布のモデルを記憶する光路長分布記憶手段と、前記観測対象に対して照射する前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルを記憶する時間分解波形記憶手段と、前記光路長分布記憶手段から、前記伝搬光路長分布のモデルの前記所定の時刻における、前記複数の光散乱媒質の層の各々の層の光路長を取得する光路長取得手段と、前記時間分解波形記憶手段から、前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルの前記所定の時刻における光の強度を取得する光強度モデル取得手段とを備え、
前記光強度取得手段は、前記任意の層の複数の時刻t〜tにおける光強度を取得し、
前記光吸収係数算出手段は、前記任意の層の光吸収係数を、下記の式(1)
【数1】

(但し、I(t)は前記受光手段が時刻tにて受光した光強度、N(t)は前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルの時刻tにおける光強度、Li(t)は前記複数の光散乱媒質の各々の層における伝搬光路長分布のモデルの時刻tにおける第i層の光路長、μiは第i層の光吸収係数である)
から算出することを特徴とする。
【0012】
本発明の濃度定量装置では、光強度取得手段が、任意の層の複数の時刻t〜tにおける光強度を取得し、光吸収係数算出手段が、任意の層の光吸収係数を、上記の式(1)から算出する。
このように、後方散乱光を時間分解計測することで、任意の層以外の層からの後方散乱光をノイズとして低減することができ、目的成分の濃度における水の影響を低減することができる。したがって、目的成分の濃度をさらに精度良く測定することができる。
【0013】
本発明の濃度定量装置は、前記光強度取得手段が光強度を取得する複数の時刻は、前記複数の光散乱媒質の各々の層の伝搬光路長分布のピーク時間を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明の濃度定量装置では、光強度取得手段が光強度を取得する複数の時刻が、複数の光散乱媒質の各々の層の伝搬光路長分布のピーク時間を含むことにより、観測対象中の複数の層から任意の層を効率的に選択することができる。したがって、任意の層における目的成分の濃度をさらに精度良く測定することができる。
【0015】
本発明の濃度定量装置は、前記光を短時間パルス光とし、さらに、前記観測対象に対して照射する前記短時間パルス光の、前記複数の光散乱媒質の層の各々の層における伝搬光路長分布のモデルを記憶する光路長分布記憶手段と、前記観測対象に対して照射する前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルを記憶する時間分解波形記憶手段と、前記光路長分布記憶手段から、前記伝搬光路長分布のモデルの前記所定の時刻における、前記複数の光散乱媒質の層の各々の層の光路長を取得する光路長取得手段と、前記時間分解波形記憶手段から、前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルの前記所定の時刻における光の強度を取得する光強度モデル取得手段とを備え、
前記光強度取得手段は、所定の時刻から少なくとも所定の時刻τの間の光強度を取得し、
前記光吸収係数算出手段は、前記任意の層の光吸収係数を、下記の式(2)
【数2】

(但し、I(t)は前記受光手段が時刻tにて受光した光強度、N(t)は前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルの時刻tにおける光強度、Li(t)は前記複数の光散乱媒質の層各々の層における伝搬光路長分布のモデルの時刻tにおける第i層の光路長、nは前記観測対象となる層の数、μiは第i層の光吸収係数である)
から算出することを特徴とする。
【0016】
本発明の濃度定量装置では、光強度取得手段が、所定の時刻から少なくとも所定の時刻τの間の光強度の時間変化を取得し、光吸収係数算出手段が、任意の層の光吸収係数を、上記の式(2)から算出する。
このように、後方散乱光を時間分解計測することで、任意の層以外の層からの後方散乱光をノイズとして低減することができ、目的成分の濃度における水の影響を低減することができる。したがって、目的成分の濃度をさらに精度良く測定することができる。
【0017】
本発明の濃度定量装置は、前記濃度算出手段は、前記任意の層における前記目的成分の濃度を、下記の式(3)
【数3】

(但し、μaは前記任意の層である第a層における光吸収係数、gjは前記観測対象を構成する第j成分のモル濃度、εjは第j成分の光吸収係数、pは前記観測対象を構成する主成分の個数、qは前記特定波長の種類数である)
から算出することを特徴とする。
【0018】
本発明の濃度定量装置では、濃度算出手段が、任意の層における目的成分の濃度を、上記の式(3)から算出する。
このように、時間分解計測した後方散乱光を用いて任意の層における目的成分の濃度を算出することで、目的成分の濃度における水の影響を低減することができる。したがって、目的成分の濃度をさらに精度良く測定することができる。
【0019】
本発明の濃度定量方法は、複数の光散乱媒質の層により構成される観測対象のうち、任意の層における目的成分の濃度を定量する濃度定量方法であって、
照射手段により、前記観測対象に、前記任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射し、次いで、光散乱媒質層選択手段により、前記光を照射することにより前記観測対象より放射される複数種の後方散乱光から前記任意の層より放射される後方散乱光を選択し、次いで、受光手段により、前記任意の層から放射される後方散乱光を受光し、次いで、光強度取得手段により、前記受光手段が受光した光の強度を取得し、次いで、光吸収係数算出手段により、前記光強度取得手段が取得した光強度に基づいて、前記任意の層の光吸収係数を算出し、次いで、濃度算出手段により、前記光吸収係数算出手段が算出した光吸収係数に基づいて、前記任意の層における前記目的成分の濃度を算出する、ことを特徴とする。
【0020】
本発明の濃度定量方法では、照射手段により、前記観測対象に、前記任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射し、次いで、光散乱媒質層選択手段により、前記光を照射することにより前記観測対象より放射される複数種の後方散乱光から前記任意の層より放射される後方散乱光を選択し、次いで、受光手段により、前記任意の層から放射された後方散乱光を受光する。
このように、観測対象に照射される光を、任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光とすることで、任意の層から放射された後方散乱光における水の影響を小さくすることができ、この後方散乱光を基に算出された観測対象の任意の層における目的成分の濃度においても、水の影響を小さくすることができる。したがって、目的成分の濃度における水の影響を低減することができ、目的成分の濃度を、非侵襲的に精度良くかつ効率良く測定することができる。
【0021】
本発明のプログラムは、複数の光散乱媒質の層により構成される観測対象のうち、任意の層における目的成分の濃度を定量する濃度定量装置のコンピュータに、前記観測対象に、前記任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射する照射手順、前記光を照射することにより前記観測対象より放射される複数種の後方散乱光から前記任意の層より放射される後方散乱光を選択する光散乱媒質層選択手順、前記任意の層から放射される後方散乱光を受光する受光手順、前記受光手段が受光した光の強度を取得する光強度取得手順、前記光強度取得手段が取得した光強度に基づいて、前記任意の層の光吸収係数を算出する光吸収係数算出手順、前記光吸収係数算出手段が算出した光吸収係数に基づいて、前記任意の層における前記目的成分の濃度を算出する濃度算出手順、を実行させることを特徴とする。
【0022】
本発明のプログラムでは、濃度定量装置のコンピュータに、前記観測対象に、前記任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射する照射手順、前記光を照射することにより前記観測対象より放射される複数種の後方散乱光から前記任意の層より放射される後方散乱光を選択する光散乱媒質層選択手順、前記任意の層から放射された後方散乱光を受光する受光手順、を順次実行させる。
このように、任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射する照射手順を実行することで、任意の層から放射された後方散乱光における水の影響を小さくすることができ、この後方散乱光を基に算出された観測対象の任意の層における目的成分の濃度においても、水の影響を小さくすることができる。したがって、目的成分の濃度における水の影響を低減することができ、目的成分の濃度を、非侵襲的に精度良くかつ効率良く測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の第1の実施形態の血糖値測定装置の構成を示す概略ブロック図である。
【図2】皮膚の断面構造を示す模式図である。
【図3】シミュレーション部が算出した各層の伝搬光路長分布を示す図である。
【図4】シミュレーション部が算出した時間分解波形を示す図である。
【図5】水による光吸収波長特性を示す図である。
【図6】皮膚の主成分の吸収スペクトルを示す図である。
【図7】皮膚の皮下組織、真皮層及び表皮層各々に照射される光の波長と吸収係数との関係を示す図である。
【図8】水の吸光度スペクトルの温度依存性を示す図である。
【図9】水の吸光度スペクトルの差の温度依存性を示す図である。
【図10】グルコース水溶液の吸光度スペクトルの一例を示す図である。
【図11】本発明の第1の実施形態の血糖値を測定する手順を示すフローチャートである。
【図12】本発明の第2の実施形態の血糖値測定装置の構成を示す概略ブロック図である。
【図13】本発明の第2の実施形態の血糖値を測定する手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の濃度定量装置及び濃度定量方法並びにプログラムを実施するための形態について説明する。
本発明では、濃度定量装置として血糖値測定装置を、観測対象として人の手のひらの皮膚を、目的成分としてグルコースを、特定波長の光として特定波長の短時間パルス光を、それぞれ例に取り説明する。
【0025】
[第1の実施形態]
図1は、本発明の第1の実施形態の血糖値測定装置の構成を示す概略ブロック図である。
この血糖値測定装置1は、手のひら等の皮膚(観測対象)を構成する複数層のうちの真皮層(任意の層)に含まれるグルコース(目的成分)の濃度を非侵襲にて定量する装置であり、シミュレーション部2と、光路長分布記憶部(光路長分布記憶手段)3と、時間分解波形記憶部(時間分解波形記憶手段)4と、照射部(照射手段)5と、導光部6と、光散乱媒質層選択部(光散乱媒質層選択手段)7と、受光部(受光手段)8と、光強度取得部(光強度取得手段)9と、光路長取得部(光路長取得手段)10と、無吸収時光強度取得部(光強度モデル取得手段)11と、光吸収係数算出部(光吸収係数算出手段)12と、濃度算出部(濃度算出手段)13とを備えている。
【0026】
シミュレーション部2は、光吸収係数がゼロの皮膚モデルに対して光を照射するシミュレーションを行う。
光路長分布記憶部3は、皮膚に対して照射する短時間パルス光の、この皮膚を構成する各々の層における伝搬光路長分布のモデルを記憶する。ここでは、光吸収係数がゼロの皮膚モデルの伝搬光路長分布を記憶する。
時間分解波形記憶部4は、皮膚に対して照射する短時間パルス光の時間分解波形のモデルを記憶する。ここでは、光吸収係数がゼロの皮膚モデルの時間分解波形を記憶する。
照射部5は、皮膚に、この皮膚を構成する真皮層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長λk(λ、λ…)の短時間パルス光を皮膚に対して照射する。ここで、短時間パルス光とは、パルス幅が100psec程度かそれ以下のパルス光を意味する。なお、短時間パルス光として0.1psecから数psecの範囲のパルス幅を持つパルス光を用いても良い。
【0027】
導光部6は、この特定波長λkの短時間パルス光を皮膚に照射することにより、この皮膚から放射される複数種の後方散乱光を集光し、光散乱媒質層選択部7へ導光する。
光散乱媒質層選択部7は、導光部6により集光されかつ導光された皮膚から放射される複数種の後方散乱光から、真皮層により放射される後方散乱光を入出射間距離と生体内の深さ方向の到達距離との関係により選択する。
受光部8は、短時間パルス光が皮膚によって後方散乱した光を受光する。
【0028】
光強度取得部9は、受光部8が受光した真皮層から放射される後方散乱光の異なる複数の時刻の受光強度を取得する。
ここで、この複数の時刻は、皮膚(観測対象)を構成する各々の層の伝搬光路長分布のピーク時間を含むことが好ましい。
このように、各々の層の伝搬光路長分布のピーク時間を含むことで、皮膚の複数の層から任意の層、例えば真皮層を効率的に選択することができる。
【0029】
光路長取得部10は、光路長分布記憶部3から、伝搬光路長分布のモデルの所定の時刻における、皮膚の各々の層の光路長を取得する。ここでは、光路長分布記憶部3からある時刻における光路長を取得する。
無吸収時光強度取得部11は、時間分解波形記憶部4から、短時間パルス光の時間分解波形のモデルの所定の時刻における光の強度を取得する。ここでは、時間分解波形記憶部4からある時刻における光強度を取得する。
光吸収係数算出部12は、特定波長λkの短時間パルス光を照射した皮膚の真皮層における光吸収係数を算出する。
【0030】
この光吸収係数算出部12では、皮膚における任意の層の光吸収係数を、下記の式(4)
【数4】

(但し、I(t)は受光部8が時刻tにて受光した光強度、N(t)は特定波長λkの短時間パルス光の時間分解波形のモデルの時刻tにおける光強度、Li(t)は皮膚の各々の層における伝搬光路長分布のモデルの時刻tにおける第i層の光路長、μiは第i層の光吸収係数である)
から算出する。
ここで、第1層は表皮層、第2層は真皮層、第3層は皮下組織を示し、μは表皮層の光吸収係数、μは真皮層の光吸収係数、μは皮下組織の光吸収係数を示す。
【0031】
濃度算出部13は、真皮層における光吸収係数から、真皮層に含まれるグルコースの濃度を算出する。
この濃度算出部13では、皮膚の任意の層におけるグルコースの濃度を、下記の式(5)
【数5】

(但し、μaは皮膚の任意の層である第a層における光吸収係数、gjは皮膚を構成する第j成分のモル濃度、εjは第j成分の光吸収係数、pは皮膚を構成する主成分の個数、qは特定波長λkの種類数である)
から算出する。
ここで、第1層は表皮層、第2層は真皮層、第3層は皮下組織を示し、μは表皮層の光吸収係数、μは真皮層の光吸収係数、μは皮下組織の光吸収係数を示す。
【0032】
この血糖値測定装置1では、照射部5は、皮膚21に、この皮膚21を構成する真皮層23における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長λk、例えば、λ=1445nm、λ=1782nmの波長の短時間パルス光を照射する。導光部6は、皮膚21から放射される複数種の後方散乱光を集光する。光散乱媒質層選択部7は、皮膚21から放射される複数種の後方散乱光から、真皮層23により放射される後方散乱光を入出射間距離と生体内の深さ方向の到達距離との関係により選択する。受光部8は、真皮層23から放射される後方散乱光をより多く含む信号光を受光する。
【0033】
さらに、光強度取得部9は、時刻tにおいて受光部8が受光した真皮層23から放射される後方散乱光の光強度を取得する。
一方、光路長取得部10は、光路長分布記憶部3から、皮膚モデルにおける伝搬光路長分布の時刻tにおける皮膚の各層の光路長を取得し、無吸収時光強度取得部11は、時間分解波形記憶部4から、皮膚モデルにおける短時間パルス光の時間分解波形の時刻tにおける光の強度を取得する。
【0034】
次いで、光吸収係数算出部12は、光強度取得部9が取得した光強度と、光路長取得部10が取得した皮膚の各層の光路長と、無吸収時光強度取得部11が取得した光強度とに基づいて、皮膚の真皮層の光吸収係数を算出する。次いで、濃度算出部13は、光吸収係数算出部12が算出した光吸収係数に基づいて、真皮層23に含まれるグルコースの濃度を、上記の式(5)に基づき算出する。
これにより、真皮層以外の層によるノイズの影響を軽減して、真皮層に含まれるグルコースの濃度を算出することができる。
【0035】
以上により、真皮層23から放射される後方散乱光における水の影響を小さくすることができ、この後方散乱光を基に算出される真皮層23に含まれるグルコースの濃度についても、水の影響を小さくすることができる。したがって、グルコース濃度における水の影響を低減することができ、真皮層23に含まれるグルコース濃度を、非侵襲的に精度良く測定することができる。
【0036】
次に、血糖値測定装置1の動作を説明する。
血糖値測定装置1は、血糖値を測定する前に、予め皮膚モデルの各層における伝搬光路長分布と時間分解波形とを算出しておく必要がある。
図2は、人の皮膚組織の断面を示す模式図であり、皮膚21は、概ね水を20%程度含み、残部が蛋白質からなる厚み0.3mm程度の表皮層22と、表皮層22下に形成され、概ね水を60%程度、蛋白質、脂質及びグルコースを含有する厚み1.2mm程度の真皮層(任意の層)23と、真皮層23下に形成され、概ね脂質を90%以上含み、残部が水からなる厚み3.0mm程度の皮下組織24とにより構成されている。
【0037】
ここで、皮膚モデルの伝搬光路長分布及び時間分解波形の算出方法を説明する。
初めに、シミュレーション部2は、皮膚モデルを生成する。皮膚モデルの生成は、皮膚の各層の光散乱係数、光吸収係数及び厚みを決定することで行う。ここで、皮膚の各層の散乱係数及び厚みは、個体による差が少ないので、予めサンプルを取ることなどによって決定すると良い。
また、ここで用いる皮膚モデルの光吸収係数はゼロとする。その理由は、この皮膚モデルを用いて光吸収量を算出するからである。
【0038】
シミュレーション部2は、皮膚モデルを生成すると、この皮膚モデルに光を照射するシミュレーションを行う。このとき、照射部5の位置と受光部8の位置との間の距離を決定しておく必要がある。シミュレーションは、モンテカルロ法を用いて行うと良い。モンテカルロ法によるシミュレーションは、例えば以下のように行われる。
【0039】
まず、シミュレーション部2は、照射する光のモデルを光子(光束)とし、この光子を皮膚モデルに照射する計算を行う。皮膚モデルに照射された光子は、皮膚モデル内を移動する。このとき、光子は、次に進む点までの距離L及び方向θを乱数Rによって決定する。シミュレーション部2は、光子が次に進む点までの距離Lの計算を、式(6)により行う。
【数6】

ただし、μsは、皮膚モデルの第s層(表皮層、真皮層、皮下組織層の何れか)の散乱係数を示す。
【0040】
また、シミュレーション部2は、光子が次に進む点までの方向θの計算を、式(7)により行う。
【数7】

ただし、gは、散乱角度の余弦(cos)の平均である非等方性パラメータを示し、皮膚の非等方性パラメータは、略0.9である。
【0041】
シミュレーション部2は、上記式(6)及び式(7)の計算を単位時間毎に繰り返すことにより、照射部5から受光部8までの光子の移動経路を算出することができる。シミュレーション部2は、複数の光子について移動距離の算出を行う。例えば、シミュレーション部2は、10個の光子について移動距離を算出する。
【0042】
図3は、シミュレーション部が算出した各層の伝搬光路長分布を示す図である。
図3では、横軸を光子の照射からの経過時間とし、縦軸を光路長の対数表示としている。
シミュレーション部2は、受光部8に到達した光子の各々の移動経路を、移動経路が通過する層毎に分類する。そして、シミュレーション部2は、単位時間毎に到達した光子の移動経路の平均長を分類された層毎に算出することで、図3に示すような皮膚の各層の伝搬光路長分布を算出する。
【0043】
図4は、シミュレーション部が算出した時間分解波形を示す図である。
図4では、横軸を光子の照射からの経過時間とし、縦軸を受光部8が検出した光子数としている。
シミュレーション部2は、単位時間毎に受光部8に到達した光子の個数を算出することで、図4に示すような皮膚モデルの時間分解波形を算出する。
上述したような処理により、シミュレーション部2は、複数の波長に対して、皮膚モデルの伝搬光路長分布及び時間分解波形を算出する。このとき、シミュレーション部2は、皮膚の主成分(水、たんぱく質、脂質、グルコース等)の吸収スペクトルの差が大きい波長について伝搬光路長分布及び時間分解波形を算出すると良い。
【0044】
図5は、水による光吸収波長特性を示す図である(久保宇市著、「医用レーザ入門」、第1版、オーム社、昭和60年6月25日発行、第70頁、ISBN4−274−03065−2)。
図5では、横軸を照射する光の波長(μm)とし、縦軸を照射する光の皮膚への浸透深さ(cm)とし、水に向かって光を入射した場合、入射時の光強度が1/10に減少するまでに進む浸透深さを赤外域の各波長の光に対して示している。
例えば、3.0μm付近の波長帯域の光では、浸透深さが2×10−3cm程度と浅く、水に吸収され易いことが分かる。
【0045】
図6は、皮膚の主成分の吸収スペクトルを示すグラフである。この図6では、横軸を照射する光の波長とし、縦軸を吸収係数としている。
図6によれば、グルコースの吸収係数は波長が1600nmのときに極大となり、水の吸収係数は波長が1450nmのときに極大となることがわかる。
したがって、シミュレーション部2は、例えば1400nm、1450nm、1500nm、1600nm、1680nm、1720nm、1740nmというように皮膚の主成分の吸収スペクトルの差が大きい波長について伝搬光路長分布及び時間分解波形を算出すると良い。
【0046】
シミュレーション部2は、複数の波長に対する皮膚モデルの伝搬光路長分布及び時間分解波形を算出すると、伝搬光路長分布の情報を光路長分布記憶部3に記憶させ、時間分解波形の情報を時間分解波形記憶部4に記憶させる。
【0047】
図7は、皮膚21の表皮層22、真皮層23及び皮下組織24各々に照射される光の波長と吸収係数との関係を示す図であり、図中、Aは表皮層22の吸収係数を、Bは真皮層23の吸収係数を、Cは皮下組織24の吸収係数を、それぞれ示している。
この図によれば、真皮層23の吸収スペクトルには、波長1450nm付近に極大値があり、その吸収係数値は水の吸収係数の60%程度の値なので、真皮層23の吸収の60%は水分によるものと考えられる。また、表皮層22の吸収スペクトルにおいても、波長1450nm付近に真皮層23の1/3程度の大きさの極大値があり、その吸収係数値は水の吸収係数の20%程度の値なので、表皮層22の吸収の20%は水分によるものと考えられる。一方、皮下組織24の吸収スペクトルでは、波長1450nm付近に真皮層23の1/10程度の大きさの極大値しかなく、その吸収係数値は水の吸収係数の数%程度の値なので、皮下組織24の吸収の数%程度が水分によるものと考えられる。
【0048】
以上により、真皮層23の吸収の60%は水分によるものと考えられ、また、表皮層22の吸収の20%は水分によるものと考えられるが、皮下組織24では、その吸収の数%程度が水分によるものと考えられる。したがって、皮膚から血糖値を非侵襲的に測定するには、測定対象としてグルコースを含んでいる真皮層23を選択し、この真皮層23に含まれるグルコース量を測定すればよいことが分かる。
【0049】
ところで、水の吸収係数には温度依存性があることが知られている。
図8は、水の吸光度スペクトルの温度依存性を示す図であり、図中、Aは41℃における水の吸光度スペクトル、Bは21℃における水の吸光度スペクトルである。
ここでは、セル長が0.5mmの光学セルを用い、光学セルホルダとして温調ユニットタイプのものを用い、恒温循環槽を用いて±0.1℃の範囲で温度調節を行い、紫外可視近赤外分光光度計 Lambda 900S(パーキンエルマー社製)を用いて41℃及び21℃各々における水の吸光度スペクトルを測定した。
図8によれば、水の吸光度スペクトルの極大値は、21℃では波長1450nm付近にあり、温度が21℃より高くなるにしたがって、極大値が1450nmより短波長側にシフトすることが分かる。
【0050】
そこで、21℃における水の吸光度スペクトルを基準として、21℃以外の温度における水の吸光度スペクトルの基準との差を求め、この差が「0」となる点の波長を求めれば、この波長が温度変化の影響を受けない波長となる。
図9は、水の吸光度スペクトルの差の温度依存性を示す図であり、図中、Aは25℃における水の吸光度スペクトルと21℃における水の吸光度スペクトルとの差を、Bは31℃における水の吸光度スペクトルと21℃における水の吸光度スペクトルとの差を、Cは37℃における水の吸光度スペクトルと21℃における水の吸光度スペクトルとの差を、Dは41℃における水の吸光度スペクトルと21℃における水の吸光度スペクトルとの差を、それぞれ示している。
【0051】
図9によれば、各温度差における水の吸光度スペクトルの差の極大値は、温度差が大きくなるにしたがって短波長側にシフトし、また、差の極小値は、温度差が大きくなるにしたがって長波長側にシフトしているが、水の吸光度スペクトルの差が「0」となる点P及びQでは、温度差の大小にかかわらず波長が一定であることが分かる。この場合の点Pにおける波長は1445nmであり、点Qにおける波長は1782nmである。したがって、1445nm、1782nmのいずれかの波長を特定波長λkとした光を用いて試料の吸光度スペクトルを測定すれば、得られた吸光度スペクトルには温度変化の影響が無いことになる。
【0052】
一例として、1445nm、1782nmの2種類の波長について、血糖値を100mg/dl、測定精度を±5%としたときの温度変化に対して安定とみなせる吸光度及び吸収係数の範囲を実験により求めたところ、1445nmの波長では1.35±0.0000175、±0.00004/mm、1782nmの波長では0.39±0.0000175、±0.00004/mmであった。したがって、これらの吸光度及び吸収係数の範囲から波長の範囲を求めると、1445±0.025nm、1782±0.1nmとなった。
その結果、血糖値を100mg/dl、測定精度を±5%としたときの温度変化に対して安定とみなせる波長範囲は、1445±0.025nm、1782±0.1nmであることが分かった。
【0053】
以上により、真皮層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長λkの短時間パルス光を用いて真皮層13に含まれるグルコース量を測定すれば、皮膚から血糖値を非侵襲的にて測定することができる。
【0054】
図10は、グルコース水溶液の吸光度スペクトルの一例を示す図であり、図中、Aは参照側を蒸留水(21.5℃)として測定した9.4g/dlの高濃度のグルコース水溶液の吸光度スペクトルの測定値を、Bは同グルコース水溶液の吸光度スペクトルの測定値を温度補正及び体積補正した補正値を、それぞれ示している。
【0055】
このグルコース水溶液では、グルコース濃度を正常値の約100倍である9.4g/dlとしたので、このときの体積増加は約6%である。
また、この濃度では、グルコースと水の体積比率が6:100と大きく、無視できない。このように、試料側の水の体積が参照側の水の体積と比べて減少しているので、水の吸光度の大きい1400〜1500nm付近と1900nm以上の波長領域では、吸光度スペクトル差が大きく負になっている。この体積減少は、セル長1mmに対して0.057mmの減少に相当している。そこで、グルコース水溶液の吸光度スペクトルの測定値に、この体積減少及び温度の補正を行うと、図10中、Bに示す補正値となり、固体のグルコースの吸光度スペクトルに近似したものとなる。
このように、グルコース水溶液の吸光度スペクトルの測定値を温度補正及び体積補正することにより、グルコース単体の吸光度スペクトルに近いものが得られる。
【0056】
次に、この血糖値測定装置1を用いて血糖値を測定する手順について、図11に基づき説明する。
まず、被測定者が血糖値測定装置1を手首等の皮膚に当て、測定開始スイッチ(図示せず)の押下等により血糖値測定装置1を動作させる。
ここでは、照射部5が、皮膚21に対して、この皮膚21を構成する真皮層23における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長λkの短時間パルス光を照射する(ステップS1)。
この特定波長λkとしては、例えば、図9にて得られた1445nm、1782nmのいずれか、または双方の波長を用いることが好ましい。
【0057】
次いで、導光部6により、皮膚21から放射される複数種の後方散乱光、すなわち皮下組織22、真皮層23及び表皮層24各々から放射される後方散乱光を集光し、光散乱媒質層選択部7へ導光する。
光散乱媒質層選択部7では、導光部6により集光されかつ導光された皮下組織22、真皮層23及び表皮層24各々から放射される後方散乱光から、真皮層23により放射される後方散乱光をより多く含む信号光を選択する(ステップS2)。
【0058】
次いで、受光部8により、真皮層23から放射される単位時間毎の後方散乱光を受光する(ステップS3)。このとき、受光部8では、照射開始からの単位時間毎(例えば、1ピコ秒毎の時刻t〜t)の受光強度を内部メモリに記録しておく。
【0059】
この受光部8が受光を完了したことを光強度取得部9に知らせると、この光強度取得部9では、真皮層23から放射される後方散乱光の異なる時刻の受光強度を取得する(ステップS4)。すなわち、複数の時刻t〜t各々における後方散乱光の光強度を取得する。
ここで、光強度取得部9が光強度を取得する時刻t〜tは、真皮層23から放射される後方散乱光のピークとなる時刻を含むことが好ましい。すなわち、照射部5が特定波長λ1の短時間パルス光を照射した時刻に、真皮層23の光路長が極大となる時間を加算した時刻とすることが好ましい。
【0060】
次いで、光吸収係数算出部12では、光強度取得部9にて取得した真皮層23から放射される後方散乱光の異なる時刻の受光強度、すなわち、複数の時刻t〜t各々における後方散乱光の光強度を基に、真皮層23の光吸収係数を、下記の式(8)
【数8】

(但し、I(t)は受光部5が時刻tにて受光した光強度、N(t)は特定波長λkの短時間パルス光の時間分解波形のモデルの時刻tにおける光強度、Li(t)は皮膚の各々の層における伝搬光路長分布のモデルの時刻tにおける第i層の光路長、μiは第i層の光吸収係数である)
から算出する(ステップS5)。
ここでは、第1層は表皮層、第2層は真皮層、第3層は皮下組織を示し、μは表皮層の光吸収係数、μは真皮層の光吸収係数、μは皮下組織の光吸収係数を示す。
【0061】
次いで、特定波長λkの種類数と同じ数の特定波長λkに対して光吸収係数を算出したか否かを判定し、算出したならば、次の手順に進み、算出していなかったならば、特定波長λkの短時間パルス光を照射する(ステップS1)以降の手順を再度行う(ステップS6)。
【0062】
ここで、特定波長λkの種類数と同じ数の特定波長λkに対して光吸収係数を算出したならば、濃度算出部13では、光吸収係数算出部12が算出した真皮層23の光吸収係数μを基に、真皮層23に含まれるグルコースの濃度を算出する。
ここでは、例えば、単一波長での主要成分の光吸収係数と、各層の光吸収係数との関係から、グルコースの濃度を算出する場合について説明する。
下記の式(9)は、皮膚の光吸収係数が、水、グルコース、蛋白質、脂質及びその他の成分各々の波長に関する関数とその係数との積の和であることを示している。
【数9】

【0063】
式(10)は、式(9)で示した皮膚の光吸収係数より、皮膚の表皮、真皮、皮下組織の各層の光吸収係数は、水、グルコース、蛋白質、脂質及びその他の成分各々の波長に関する光吸収係数と濃度との積の和であることを示している。
【数10】

【0064】
式(11)は、上記の式(10)を行列で表した式であり、式(11)中、「C」は、皮膚の表皮、真皮、皮下組織の各層毎の水、グルコース、蛋白質、脂質及びその他の成分各々の濃度を示す係数行列である。
【数11】

【0065】
この式(11)を変形することにより、「C」を解く連立一次方程式である式(12)が導き出せる。
【数12】

【0066】
この式(12)を行列で表した式が、式(13)である。
【数13】

【0067】
ここでは、真皮(L2)の光吸収係数について、複数の波長(λ)における皮膚の主成分吸収係数とその濃度の関係について、式(14)で示される一次連立方程式を立てる。
【数14】

【0068】
この式(14)は、式(15)と変形することができる。
【数15】

【0069】
この式(15)を変形することにより、「C」を解く連立一次方程式である式(16)を導くことができる。
式(16)中、εは水の光吸収係数、εはグルコースの光吸収係数、εは蛋白質の光吸収係数、εは脂質の光吸収係数、μL1は表皮の光吸収係数、μL2は真皮の光吸収係数、μL3は皮下組織の光吸収係数である。なお、皮膚主成分の光吸収係数、皮膚の層はさらに追加されても良い。
【数16】

このように、真皮(L2)に係わる係数行列「C」は、式(16)から算出することができる。
【0070】
さらに、ここでは、複数波長での差分での説明を行う。
ここでは、真皮層23に含まれるグルコースの濃度を下記の式(17)
【数17】

(但し、μaは皮膚の任意の層である第a層における光吸収係数、gjは皮膚を構成する第j成分のモル濃度、εjは第j成分の光吸収係数、pは皮膚を構成する主成分の個数、qは短時間パルス光の種類数である)
から算出する(ステップS7)。
【0071】
上述の血糖値測定装置1は、コンピュータシステムを内蔵しており、上述した各ステップの処理動作は、プログラムの形式でコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記憶されている。そこで、このプログラムをコンピュータが読み出して実行することにより、上記の処理動作を行うことができる。
ここで、コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、半導体メモリ等が挙げられる。
また、このコンピュータプログラムを通信回線によりコンピュータに配信し、この配信を受けたコンピュータが当該プログラムを実行するようにしてもよい。
【0072】
また、上記プログラムは、上記の各ステップの一部を実現するためのものであってもよい。
さらに、上述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるもの、いわゆる差分ファイル(差分プログラム)であってもよい。
【0073】
以上説明したように、本実施形態によれば、皮膚に照射される短時間パルス光を、水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の短時間パルス光とすることで、真皮層から放射される後方散乱光における水の影響を小さくすることができ、この後方散乱光を基に算出される皮膚の真皮層におけるグルコースの濃度においても、水の影響を小さくすることができる。したがって、グルコースの濃度における水の影響を低減することができ、真皮層に含まれるグルコースの濃度を、非侵襲的に精度良く測定することができる。
【0074】
[第2の実施形態]
図12は、本発明の第2の実施形態の血糖値測定装置の構成を示す概略ブロック図であり、本実施形態の血糖値測定装置31が第1の実施形態の血糖値測定装置1と異なる点は、光強度取得部9及び光吸収係数算出部12を、これらとは異なる機能を有する光強度取得部(光強度取得手段)32及び光吸収係数算出部(光吸収係数算出手段)33に替えた点である。
【0075】
光強度取得部32は、受光部8が受光した真皮層から放射される後方散乱光の所定の時刻から少なくとも所定の時刻τの間の光強度の時間変化を取得する。
光吸収係数算出部33は、特定波長λkの短時間パルス光を照射した皮膚の真皮層における光吸収係数を算出する。
【0076】
この光吸収係数算出部33では、皮膚における任意の層の光吸収係数を、下記の式(18)
【数18】

(但し、I(t)は受光部5が時刻tにて受光した光強度、N(t)は特定波長λkの短時間パルス光の時間分解波形のモデルの時刻tにおける光強度、Li(t)は皮膚の各々の層における伝搬光路長分布のモデルの時刻tにおける第i層の光路長、nは皮膚の観測対象となる層の数、μiは第i層の光吸収係数である)
から算出する。
ここで、第1層は表皮層、第2層は真皮層、第3層は皮下組織を示し、μは表皮層の光吸収係数、μは真皮層の光吸収係数、μは皮下組織の光吸収係数を示す。
【0077】
次に、この血糖値測定装置31を用いて血糖値を測定する手順について、図13に基づき説明する。
この手順では、光散乱媒質層選択部7が皮下組織22、真皮層23及び表皮層24各々から放射される後方散乱光から、真皮層23により放射される後方散乱光を選択する(ステップS2)手順までが図11に示す手順と同一であるから、説明を省略する。
【0078】
この後方散乱光を選択した後、受光部8により、真皮層23から放射される所定の時刻τの間の後方散乱光を受光する(ステップS11)。このとき、受光部8では、照射開始から少なくとも所定の時刻τの間の受光強度の時間変化を内部メモリに記録しておく。
次いで、この受光部8が受光を完了したことを光強度取得部32に知らせると、この光強度取得部32では、真皮層23から放射される後方散乱光の照射開始から少なくとも所定の時刻τの間の受光強度の時間変化を取得する(ステップS12)。
【0079】
次いで、光吸収係数算出部33では、光強度取得部32にて取得した真皮層23から放射される後方散乱光の照射開始から少なくとも所定の時刻τの間の受光強度の時間変化を基に、真皮層23の光吸収係数を、下記の式(19)
【数19】

(但し、I(t)は受光部5が時刻tにて受光した光強度、N(t)は特定波長λkの短時間パルス光の時間分解波形のモデルの時刻tにおける光強度、Li(t)は皮膚の各々の層における伝搬光路長分布のモデルの時刻tにおける第i層の光路長、nは皮膚の観測対象となる層の数、μiは第i層の光吸収係数である)
から算出する(ステップS13)。
【0080】
次いで、特定波長λkの種類数と同じ数の特定波長λkに対して光吸収係数を算出したか否かを判定し、算出したならば、次の手順に進み、算出していなかったならば、特定波長λkの短時間パルス光を照射する(ステップS1)以降の手順を再度行う(ステップS14)。
【0081】
ここで、特定波長λkの種類数と同じ数の特定波長λkに対して光吸収係数を算出したならば、濃度算出部13では、光吸収係数算出部33が算出した真皮層23の光吸収係数μを基に、真皮層23に含まれるグルコースの濃度を、下記の式(20)
【数20】

(但し、μaは皮膚の任意の層である第a層における光吸収係数、gjは皮膚を構成する第j成分のモル濃度、εjは第j成分の光吸収係数、pは皮膚を構成する主成分の個数、qは特定波長λkの種類数である)
から算出する(ステップS15)。
【0082】
本実施形態においても、第1の実施形態と同様に、真皮層から放射される後方散乱光における水の影響を小さくすることができ、この後方散乱光を基に算出される皮膚の真皮層におけるグルコースの濃度においても、水の影響を小さくすることができる。したがって、グルコースの濃度における水の影響を低減することができ、真皮層に含まれるグルコースの濃度を、非侵襲的に精度良く測定することができる。
【0083】
以上、本発明の各実施形態について、図面を参照して説明してきたが、具体的な構成は上述のものに限られることはなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において様々な設計変更等が可能である。
例えば、上記の各実施形態では、濃度定量装置として血糖値測定装置を、観測対象として人の手のひらの皮膚を、目的成分としてグルコースを、特定波長の光として特定波長の短時間パルス光を、それぞれ取ることで、皮膚の真皮層に含まれるグルコースの濃度を測定する場合について説明したが、これに限らず、濃度定量方法を、複数の光散乱媒質の層から形成される観測対象の任意の層における目的成分の濃度を定量する他の装置に用いてもよく、特定波長の短時間パルス光を、特定波長の連続光に替えてもよい。
例えば、携帯型の皮膚主成分の濃度測定装置に適用した場合、皮膚疾患の検査や診断や治療に有効利用することが可能である。
【符号の説明】
【0084】
1…血糖値測定装置(濃度定量装置)、3…光路長分布記憶部(光路長分布記憶手段)、4…時間分解波形記憶部(時間分解波形記憶手段)、5…照射部(照射手段)、7…光散乱媒質層選択部(光散乱媒質層選択手段)、8…受光部(受光手段)、10…光路長取得部(光路長取得手段)、11…無吸収時光強度取得部(光強度モデル取得手段)、12…光吸収係数算出部(光吸収係数算出手段)、13…濃度算出部(濃度算出手段)、21…皮膚(観測対象)、23…真皮層(任意の層)、31…血糖値測定装置(濃度定量装置)、32…光強度取得部(光強度取得手段)、33…光吸収係数算出部(光吸収係数算出手段)、S1〜S6、S11〜S14 ステップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の光散乱媒質の層により構成される観測対象のうち、任意の層における目的成分の濃度を定量する濃度定量装置であって、
前記観測対象に、前記任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射する照射手段と、
前記光を照射することにより前記観測対象より放射される複数種の後方散乱光から前記任意の層より放射される後方散乱光を選択する光散乱媒質層選択手段と、
前記任意の層から放射される後方散乱光を受光する受光手段と、
前記受光手段が受光した光の強度を取得する光強度取得手段と、
前記光強度取得手段が取得した光強度に基づいて、前記任意の層の光吸収係数を算出する光吸収係数算出手段と、
前記光吸収係数算出手段が算出した光吸収係数に基づいて、前記任意の層における前記目的成分の濃度を算出する濃度算出手段と、
を備えてなることを特徴とする濃度定量装置。
【請求項2】
前記光を短時間パルス光とし、さらに、
前記観測対象に対して照射する前記短時間パルス光の、前記複数の光散乱媒質の層の各々の層における伝搬光路長分布のモデルを記憶する光路長分布記憶手段と、
前記観測対象に対して照射する前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルを記憶する時間分解波形記憶手段と、
前記光路長分布記憶手段から、前記伝搬光路長分布のモデルの前記所定の時刻における、前記複数の光散乱媒質の層の各々の層の光路長を取得する光路長取得手段と、
前記時間分解波形記憶手段から、前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルの前記所定の時刻における光の強度を取得する光強度モデル取得手段とを備え、
前記光強度取得手段は、前記任意の層の複数の時刻t〜tにおける光強度を取得し、
前記光吸収係数算出手段は、前記任意の層の光吸収係数を、下記の式(1)
【数1】

(但し、I(t)は前記受光手段が時刻tにて受光した光強度、N(t)は前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルの時刻tにおける光強度、Li(t)は前記複数の光散乱媒質の各々の層における伝搬光路長分布のモデルの時刻tにおける第i層の光路長、μiは第i層の光吸収係数である)
から算出することを特徴とする請求項1記載の濃度定量装置。
【請求項3】
前記光強度取得手段が光強度を取得する複数の時刻は、前記複数の光散乱媒質の各々の層の伝搬光路長分布のピーク時間を含むことを特徴とする請求項2記載の濃度定量装置。
【請求項4】
前記光を短時間パルス光とし、さらに、
前記観測対象に対して照射する前記短時間パルス光の、前記複数の光散乱媒質の層の各々の層における伝搬光路長分布のモデルを記憶する光路長分布記憶手段と、
前記観測対象に対して照射する前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルを記憶する時間分解波形記憶手段と、
前記光路長分布記憶手段から、前記伝搬光路長分布のモデルの前記所定の時刻における、前記複数の光散乱媒質の層の各々の層の光路長を取得する光路長取得手段と、
前記時間分解波形記憶手段から、前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルの前記所定の時刻における光の強度を取得する光強度モデル取得手段とを備え、
前記光強度取得手段は、所定の時刻から少なくとも所定の時間τの間の光強度の時間変化を取得し、
前記光吸収係数算出手段は、前記任意の層の光吸収係数を、下記の式(2)
【数2】

(但し、I(t)は前記受光手段が時刻tにて受光した光強度、N(t)は前記短時間パルス光の時間分解波形のモデルの時刻tにおける光強度、Li(t)は前記複数の光散乱媒質の層各々の層における伝搬光路長分布のモデルの時刻tにおける第i層の光路長、nは前記観測対象となる層の数、μiは第i層の光吸収係数である)
から算出することを特徴とする請求項1記載の濃度定量装置。
【請求項5】
前記濃度算出手段は、前記任意の層における前記目的成分の濃度を、下記の式(3)
【数3】

(但し、μaは前記任意の層である第a層における光吸収係数、gjは前記観測対象を構成する第j成分のモル濃度、εjは第j成分の光吸収係数、pは前記観測対象を構成する主成分の個数、qは前記特定波長の種類数である)
から算出することを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項記載の濃度定量装置。
【請求項6】
複数の光散乱媒質の層により構成される観測対象のうち、任意の層における目的成分の濃度を定量する濃度定量方法であって、
照射手段により、前記観測対象に、前記任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射し、
次いで、光散乱媒質層選択手段により、前記光を照射することにより前記観測対象より放射される複数種の後方散乱光から前記任意の層より放射される後方散乱光を選択し、
次いで、受光手段により、前記任意の層から放射される後方散乱光を受光し、
次いで、光強度取得手段により、前記受光手段が受光した光の強度を取得し、
次いで、光吸収係数算出手段により、前記光強度取得手段が取得した光強度に基づいて、前記任意の層の光吸収係数を算出し、
次いで、濃度算出手段により、前記光吸収係数算出手段が算出した光吸収係数に基づいて、前記任意の層における前記目的成分の濃度を算出する、
ことを特徴とする濃度定量方法。
【請求項7】
複数の光散乱媒質の層により構成される観測対象のうち、任意の層における目的成分の濃度を定量する濃度定量装置のコンピュータに、
前記観測対象に、前記任意の層における水の吸収係数の温度変化が小さい特定波長の光を照射する照射手順、
前記光を照射することにより前記観測対象より放射される複数種の後方散乱光から前記任意の層より放射される後方散乱光を選択する光散乱媒質層選択手順、
前記任意の層から放射される後方散乱光を受光する受光手順、
前記受光手段が受光した光の強度を取得する光強度取得手順、
前記光強度取得手段が取得した光強度に基づいて、前記任意の層の光吸収係数を算出する光吸収係数算出手順、
前記光吸収係数算出手段が算出した光吸収係数に基づいて、前記任意の層における前記目的成分の濃度を算出する濃度算出手順、
を実行させることを特徴とするプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−21811(P2012−21811A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−158097(P2010−158097)
【出願日】平成22年7月12日(2010.7.12)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】