説明

炭素被膜の製造方法およびその装置

【課題】 高品質で均質な膜を得ることができる炭素被膜の製造方法およびその装置を提供すること。
【解決手段】 蒸着源7としてバルク状のカーボンを用意し、このバルク状のカーボンに電子ビームを照射する。これによって、前記カーボンを蒸発させ、これら蒸発したカーボンをワークに被着させることにより前記ワークの成膜を行うことを特徴とする。このときの蒸着源7は、バルク状に形成されているため、電子ビームが照射される領域の表面積が小さくなる。そのため、カーボン表面において、電子ビームを収束させ易くすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンズ金型や磁気ディスクなどの表面保護膜として最適な炭素被膜の製造方法およびその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的な炭素被膜成膜方式として、イオンビーム蒸着法、プラズマCVD法、イオンプレーティング法、真空蒸着法などが知られている。これらの成膜方式では、大規模で高価な装置が必要となってしまい、また炭素被膜の膜厚50Å未満の均質な膜形成が困難となっていた。
そこで、今日では、コストを抑制することができるだけでなく、高純度の成膜が可能な電子ビーム蒸着法による成膜方式が要請されてきている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
これら電子ビーム蒸着法は、小片または粒子状のカーボンに電子ビームを照射することによって、それらカーボンを蒸発させ、これら蒸発した物質をワークに被着させることによりワークの成膜を行うものである。これにより、コストを抑えて炭素被膜を製造することができる。
【特許文献1】特開2001−81549号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記のような方式によると、照射された電子ビームがカーボンの表面で収束し難いため、エミッションをかけた状態で、安定した蒸着レートを得ることが困難になるという問題がある。そのため、製造された膜は安定した膜質とならず、密着強度や膜厚にもバラツキが生じてしまう。
【0005】
本発明は、このような問題を解決するためになされたもので、高品質で均質な膜を得ることができる炭素被膜の製造方法およびその装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は以下の手段を提供する。
請求項1に係る発明は、蒸着源としてのバルク状のカーボンに電子ビームを照射することによって、前記カーボンを蒸発させ、これら蒸発したカーボンをワークに被着させることにより前記ワークの成膜を行うことを特徴とする。
【0007】
この発明に係る炭素被膜の製造方法によれば、カーボンに電子ビームを照射すると、カーボンが蒸発し、これら蒸発したカーボンがワークに被着する。このとき、蒸着源としてのカーボンは、バルク状になっているため、電子ビームが照射される領域の表面積が小さくなり、カーボン表面において電子ビームが収束し易くなる。
これにより、電子ビームによる熱エネルギーを集中させることができ、効率よく安定してカーボンを蒸発させることができる。
【0008】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の炭素被膜の製造方法において、前記カーボンが、グラッシーカーボンであることを特徴とする。
この発明に係る炭素被膜の製造方法によれば、グラッシーカーボンに電子ビームが照射され、グラッシーカーボンが蒸発する。
グラッシーカーボンは、通常のカーボンよりも表面粗さが小さいことから、電子ビームが照射される領域の表面積をさらに小さくし、電子ビームを収束させ易くすることができる。
【0009】
請求項3に係る発明は、請求項1または請求項2に記載の炭素被膜の製造方法において、前記カーボンの表面粗さがRa=0.1μm以下に設定されていることを特徴とする。
この発明に係る炭素被膜の製造方法によれば、カーボンまたはグラッシーカーボンに電子ビームが照射され、それらカーボンまたはグラッシーカーボンが蒸発する。これらカーボン等の表面粗さはRa=0.1μm以下に設定されていることから、カーボン等の電子ビームが照射される領域の表面積はさらに小さくなる。
これにより、電子ビームをさらに収束させ易くすることができる。
【0010】
請求項4に係る発明は、電子ビームを放出する電子ビーム放出手段と、この電子ビーム放出手段により放出された電子ビームが照射されることにより蒸発する蒸着源と、この蒸着源から蒸発した物質をワークに被着させるために前記ワークを保持するワーク保持手段とを備え、前記蒸着源が、バルク状のカーボンであることを特徴とする。
【0011】
この発明に係る炭素被膜の製造装置によれば、電子ビーム放出手段から電子ビームが放出されると、その電子ビームは蒸着源に照射され、蒸着源が蒸発する。この蒸発した物質が、ワーク保持手段により保持されたワークに被着する。このときの蒸着源は、バルク状のカーボンであることから、電子ビームが照射される領域の表面積が小さくなり、カーボン表面において電子ビームが収束し易くなる。
これにより、電子ビームによる熱エネルギーを集中させることができ、効率よく安定してカーボンを蒸発させることができる。
【0012】
請求項5に係る発明は、請求項4に記載の炭素被膜の製造装置において、前記カーボンが、グラッシーカーボンであることを特徴とする。
この発明に係る炭素被膜の製造装置によれば、電子ビーム放出手段により放出された電子ビームがグラッシーカーボンに照射され、グラッシーカーボンが蒸発する。
グラッシーカーボンは、通常のカーボンよりも表面粗さが小さいことから、電子ビームが照射される領域の表面積をさらに小さくし、電子ビームを収束させ易くすることができる。
【0013】
請求項6に係る発明は、請求項4または請求項5に記載の炭素被膜の製造装置において、前記カーボンの表面粗さがRa=0.1μm以下に設定されていることを特徴とする。
この発明に係る炭素被膜の製造装置によれば、電子ビーム放出手段により放出された電子ビームがカーボンまたはグラッシーカーボンに照射され、それらカーボンまたはグラッシーカーボンが蒸発する。これらカーボン等の表面粗さはRa=0.1μm以下に設定されていることから、カーボン等の電子ビームが照射される領域の表面積はさらに小さくなる。
これにより、電子ビームをさらに収束させ易くすることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、効率よく安定してカーボンを蒸発させることにより、蒸着レートを安定させるとともに、スプラッシュを低減させることができる。さらに、基板加熱することなく短時間で生産性の良い炭素被膜を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
(実施例1)
以下、本発明の第1の実施例における炭素被膜の製造装置について、図面を参照して説明する。
図1において、符号1は炭素被膜の製造装置を示したものである。
製造装置1は、密閉空間を有する真空槽3を備えている。この真空槽3は、真空槽3内の空気を排出するための、不図示のロータリーポンプおよび拡散ポンプを備えている。また、真空槽3の底部には、電子ビームガン(電子ビーム放出手段)4が設けられている。
【0016】
電子ビームガン4は、タングステンを主材料とするフィラメント5を備えている。そして、このフィラメント5に所定量の電流を流すと、フィラメント5が赤熱されて熱電子(電子ビーム)を放出するようになっている。さらに、電子ビームガン4の近傍には、収容部9を有するハース8が設置されている。
【0017】
この収容部9の底面の径は17.5mmに設定されており、蒸着体(蒸着源)7を収容するようになっている。また、ハース8は、ハース回転機構10を備えている。さらに、ハース8は、不図示の冷却手段を備えており、ハース8本体を適宜冷却するようになっている。
【0018】
また、電子ビームガン4の上方には、電磁石を有する偏向ヨーク12が設けられている。
このような構成のもと、電子ビームガン4から熱電子を放出すると、偏向ヨーク12によって電磁気的にそれら熱電子の進行方向が変えられて、それら熱電子は、収容部9に収容された蒸着体7に電子ビームとして照射されるようになっている。そして、ハース回転機構10を駆動することにより、ハース8の収容部9に収容された異なる蒸着体7に電子ビームを照射することが可能である。
【0019】
また、真空槽3の上面には、ワーク保持部(ワーク保持手段)14が設けられている。ワーク保持部14は、真空槽3の上面に取り付けられた治具回転機構16を備えている。この治具回転機構16には、ワークWを保持するコートドーム17が設けられている。そして、このコートドーム17の所定の位置に、ヤトイ18を介してワークWが着脱可能に取り付けられるようになっている。
このような構成のもと、治具回転機構16を駆動すると、ワークWが取り付けられた状態で、ワーク保持部14の上下に延びる軸線Mを中心として、コートドーム17が回転するようになっている。
【0020】
また、コートドーム17の近傍には、ワークWに成膜された蒸着膜の膜厚を検出する膜厚モニタ20が設けられている。この膜厚モニタ20は、水晶振動子により、ワークWへの蒸着量を検出するようになっている。
【0021】
さらに、本実施例における製造装置1においては、蒸着体7がカーボンからなり、このカーボンが円柱状に形成されている。すなわち、蒸着体7は、カーボンの円柱状の塊として形成されたものであり、例えばその径が、収容部9の底面の径と同一である17.5mmに設定され、その高さ寸法は収容部9の深さ寸法と同一に設定されている。
【0022】
次に、このように構成された製造装置1を用いて、ワークWへの成膜を行う方法について説明する。
まず、コートドーム17の所定の位置にヤトイ18を介してワークWを取り付ける。さらに、円柱状のカーボンからなる蒸着体7を用意し、その蒸着体7を収容部9に収容する。このとき、蒸着体7の高さ寸法と、収容部9の深さ寸法とが同一に設定されていることから、蒸着体7の天面がハース8の上面と面一に揃えられる。
【0023】
この状態から、ロータリーポンプにより粗引きを行い、真空槽3内に低真空状態を作り出し、その後、拡散ポンプにより、5×10-4Paまで真空槽3内を排気する。排気を終えた後、治具回転機構16を駆動する。すると、コートドーム17を介してワークWが軸線Mを中心として公転する。このように、ワークWを公転させるのは、ムラなく均一に成膜するためである。
【0024】
そして、フィラメント5に120mAのエミッション電流を流す。すると、フィラメント5が赤熱され熱電子が放出される。これら放出された熱電子は、偏向ヨーク12によって進行方向が変えられて、収容部9に収容された蒸着体7に電子ビームとして照射される。すると、その照射された部分が加熱されて蒸発する。蒸発したカーボンの原子は、ワーク保持部14によって保持されたワークWの表面に被着、堆積する。これにより、ワークWの表面に炭素被膜が成膜される。そして、このときの膜厚が膜厚モニタ20によって検出される。
【0025】
所定の膜厚に達すると、膜厚モニタ20がそれを検出し、フィラメント5への通電が停止され、熱電子の放出が止められる。ここで、引き続き別の蒸着体7を成膜したい場合は、ハース回転機構10を駆動し、その蒸着体7を電子ビームが照射される位置に移動させた後、上記と同様の工程を実施することによって、ワークWの表面に別の蒸着体を積層成膜する。そして、拡散ポンプおよびロータリーポンプにより、真空槽3内を大気圧に戻し、治具回転機構16の駆動を停止する。さらに、コートドーム17からワークWを取り外すことにより、炭素被膜されたワークWを得ることができる。
【0026】
ここで、従来のように小片や粒子状のカーボンに電子ビームを照射すると、電子ビームをカーボン表面において収束させるのは困難であったが、本実施例における製造装置1によれば、以下のようにして、容易に収束させることができる。
すなわち、本実施例においては、蒸着体7が、カーボンの円柱状の塊として形成されていることから、電子ビームが照射される領域の表面積が小片や粒子状のものと比較して小さくなる。そのため、電子ビームの放出地点から到達地点までの間の飛距離が変動することなく安定する。これによって、カーボン表面において電子ビームが収束し易くなる。
【0027】
以上より、本実施例における製造装置1によれば、カーボン表面において、照射される電子ビームを収束させ易くすることができるため、電子ビームによる熱エネルギーを集中させて、効率よく安定してカーボンを蒸発させることができる。そのため、ワークWへの蒸着レートを安定させるとともに、スプラッシュを低減させることができる。また、基板加熱することなく短時間で生産性の良い炭素被膜を容易に製造することができる。
【0028】
なお、実際には、成膜レートが8〜10Å/sで安定し、成膜時間を制御することにより、均質で十分な密着強度を備えた膜厚40Åの炭素被膜を得ることができた。
また、蒸着体7の径を15.0mmとし、エミッション電流を90mAとしたところ、成膜レートは5〜8Å/sで安定し、上記と同様に均質で十分な密着強度を備えた膜厚40Åの炭素被膜を得ることができた。
【0029】
(実施例2)
次いで、本発明の第2の実施例について説明する。
この実施例と上記第1の実施例とは基本的構成は同一であり、以下の点においてのみ相違したものとなっている。すなわち、本実施例においては、蒸着体7がグラッシーカーボンからなるものであって、その表面粗さがRa=0.1μmに設定されたものである。
これにより、蒸着体7の表面の凹凸を少なくし、電子ビームが照射される領域の表面積をさらに小さくすることができ、カーボン表面において電子ビームを容易に収束させることができる。そのため、上記と同様に、ワークWへの蒸着レートを安定させるとともに、スプラッシュを低減させることができる。また、基板加熱することなく短時間で生産性の良い炭素被膜を容易に製造することができる。
【0030】
なお、上記第1および第2の実施例においては、収容部9の底面の径および蒸着体7の径を17.5mm等としたが、これに限ることはなく、そのサイズ、形状等は適宜変更可能である。
また、蒸着体7を円柱状としたが、これに限ることはなく、電子ビームが照射される領域の表面積が小さくなるように、柱状や球状などの塊であれば、その形状は適宜変更可能である。
【0031】
さらに、上記第2の実施例において、蒸着体7の表面粗さをRa=0.1μmに設定するとしたが、これに限ることはなく0.1μm以下であれば適宜変更可能である。
特に、0.003〜0.1μmの範囲内に設定することが望ましい。
なお、本発明の技術範囲は上記の実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、種々の変更を加えることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明における炭素被膜の製造装置の第1の実施例を示す概略構成図である。
【符号の説明】
【0033】
1 製造装置(炭素被膜の製造装置)
4 電子ビームガン(電子ビーム放出手段)
7 蒸着体(蒸着源)
14 ワーク保持部(ワーク保持手段)
W ワーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着源としてのバルク状のカーボンに電子ビームを照射することによって、前記カーボンを蒸発させ、これら蒸発したカーボンをワークに被着させることにより前記ワークの成膜を行うことを特徴とする炭素被膜の製造方法。
【請求項2】
前記カーボンが、グラッシーカーボンであることを特徴とする請求項1に記載の炭素被膜の製造方法。
【請求項3】
前記カーボンの表面粗さがRa=0.1μm以下に設定されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の炭素被膜の製造方法。
【請求項4】
電子ビームを放出する電子ビーム放出手段と、
この電子ビーム放出手段により放出された電子ビームが照射されることにより蒸発する蒸着源と、
この蒸着源から蒸発した物質をワークに被着させるために前記ワークを保持するワーク保持手段とを備え、
前記蒸着源が、バルク状のカーボンであることを特徴とする炭素被膜の製造装置。
【請求項5】
前記カーボンが、グラッシーカーボンであることを特徴とする請求項4に記載の炭素被膜の製造装置。
【請求項6】
前記カーボンの表面粗さがRa=0.1μm以下に設定されていることを特徴とする請求項4または請求項5に記載の炭素被膜の製造装置。

【図1】
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