説明

炭酸エチレンの再生方法及び再生装置

【課題】半導体、プリント基板、液晶などの電子部品の各処理工程においてフォトレジスト材料を含有する廃液の溶剤として、低引火性で再生回収が容易な有機溶剤を提供する。
【解決手段】溶解物質を含有する炭酸エチレンを無機塩水溶液に接触させて溶解物質を該水溶液で抽出する抽出工程を備える炭酸エチレンの再生方法。溶解物質を含有する炭酸エチレンを無機塩水溶液に接触させて溶解物質を該水溶液で抽出する抽出手段を備える炭酸エチレンの再生装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭酸エチレンの再生方法及び再生装置に関し、より詳細には、半導体、プリント基板、液晶などの電子部品の製造工程で使用されるフォトレジスト材料を含有する炭酸エチレン廃棄物の再生方法及び再生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体、プリント基板、液晶などの電子部品の製造工程において、フォトレジスト被膜を形成するのにフォトレジスト材料が使用される。フォトレジスト材料には、光照射部分が変性し現像処理によって溶解除去されるポジ型フォトレジストと、光照射部分が架橋等によって不溶化するネガ型フォトレジストがある。ポジ型フォトレジストとしてはナフトキノンジアジド化合物等が挙げられ、ネガ型フォトレジストとしては光二量化型のポリ珪皮酸ビニルや光架橋型の芳香族ビスアジド化合物/環化ゴム系等が挙げられ。
【0003】
このようなフォトレジスト材料は被膜として形成されるが、シリコンウエハ等の基板への塗布工程、溶剤を用いた現像工程、パターン形成のためのエッチング工程、基板からの剥離工程、剥離基板の洗浄工程において、フォトレジスト材料が有機溶剤に溶解した廃液が発生する。これら各工程において用いられる有機溶剤には、シンナー、アセトン、イソプロピルアルコール、トリメチルアンモニウムヒドロキシド、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。上記廃液から有機溶剤を再生回収する方法として、逆浸透膜などの分離膜を用いた方法(特許文献1)、陽イオン交換樹脂を用いた方法(特許文献2)、蒸留操作を用いた方法(特許文献3)、蒸留操作と蒸発操作を併用した方法(特許文献4)が提案されている。
【特許文献1】特開2003−167358号公報
【特許文献2】特開2003−190949号公報
【特許文献3】特開2002−131932号公報
【特許文献4】特開2002−14475号公報
【0004】
しかしながら、これらの再生回収方法では、用いられる上述の有機溶剤が揮発性で引火性に富むため、ステンレス等の厚い金属で形成された防爆使用の容器や装置を必要とするため、容器や装置等の設備コストが高価となる不都合があった。
【0005】
一方、半導体基板上のフォトレジスト有機皮膜を炭酸エチレン処理液で除去し、更に炭酸エチレン処理液をオゾンで処理することによってフォトレジスト有機皮膜を分解して再生処理液として再使用することが提案されている(特許文献5、6)。これらの場合、分解された低分子量の有機皮膜物質を含有する炭酸エチレン処理液は、フォトレジスト有機皮膜の除去性能を低下させないので処理液として再度使用される。また、炭酸エチレン処理液中に未分解フォトレジストが残存する場合には、精密濾過処理によって残存フォトレジストが除去される。
【0006】
このように、このような再生方法は、炭酸エチレン処理液中のフォトレジスト有機皮膜をオゾン処理してフォトレジスト有機皮膜の除去性能を低下させない低分子量物質に分解した上で、この処理液を再使用するものである。したがって、炭酸エチレン処理液中の溶解物質を積極的に除去して炭酸エチレン処理液を精製して再生するものではない。精密濾過処理によって残存フォトレジストを除去する記載もあるが、除去性能を低下させる未分解のフォトレジストのみを精密濾過膜によって除去するものであって、炭酸エチレン処理液の精製による再生ではない。
【特許文献5】特開2002−131932号公報
【特許文献6】特開2003−305418号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、半導体、プリント基板、液晶などの電子部品の各処理工程においてフォトレジスト材料を含有する廃棄物の溶剤として、低引火性を有すると共に、精製による再生回収が容易な有機溶剤が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
炭酸エチレンはフォトレジスト材料等の有機物の良溶媒であり、かつ、水と任意の割合で相互に溶解する有機溶剤である。本発明者は、炭酸エチレンと水との相互溶解液に無機塩を添加することによって炭酸エチレン溶液相と無機塩水溶液相との間に相分離が生じ、炭酸エチレンに溶解していた有機物が無機塩水溶液側に抽出されることを見出した。本発明はこのような知見に基づいた炭酸エチレンの再生に係るものである。
【0009】
本発明に係る炭酸エチレンの再生方法は、溶解物質を含有する炭酸エチレンを無機塩水溶液に接触させて溶解物質を該無機塩水溶液で抽出する抽出工程を備え、本発明に係る炭酸エチレンの再生装置は、溶解物質を含有する炭酸エチレンを無機塩水溶液に接触させて溶解物質を該無機塩水溶液で抽出する抽出手段を備える。
【0010】
抽出工程の温度(抽出手段による抽出温度)における無機塩水溶液の飽和無機塩濃度が20重量%以上となる無機塩水溶液が用いられる。このような無機塩としては、塩化バリウム、塩化カルシウム、塩化銅、塩化第一鉄、塩化第二鉄、炭酸カリウム、塩化カリウム、塩化リチウム、炭酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化マンガン、塩化ナトリウム、塩化ニッケル、塩化亜鉛、ヨウ化カリウム、塩化アルミニウムから成る群から選択される1つ以上の無機塩が好適に用いられる。
【0011】
炭酸エチレンの凝固点は36.4℃であり、凝固点以上の温度で抽出するために抽出工程の温度を37〜85℃とした。
【0012】
また、無機塩水溶液中に存在する金属不純物濃度を10ppm以下とし、当該無機塩水溶液中の有機不純物としての全有機炭素濃度を1ppm以下とした。
【0013】
抽出工程の前(抽出手段による抽出の前)に、炭酸エチレンを10ppm以上の濃度のオゾンガスに接触させるようにした。また、抽出の際において、溶解物質を含有する炭酸エチレンと無機塩水溶液との混合物を加熱するようにした。更に、抽出工程の後(抽出手段による抽出の後)に、無機塩水溶液相に対して相分離した炭酸エチレン相を固化するようにした。また、炭酸エチレンに含有される溶解物質がフォトレジスト材料を含むものとした。
【発明の効果】
【0014】
無機塩水溶液を抽出液(抽剤)として用いることによって、水を抽剤に用いた場合に比べて溶解物質の抽剤に対する溶解度(抽剤における溶解物質の濃度)を増大させることができるので、抽出効率の増加が図られる。
一般に抽出操作においては、混合された被抽出液(抽料)と抽剤とにおける溶解物質の濃度比によって規定される下記分配係数(K)が抽出効率を表わす指標とされる。
K=(抽剤における溶解物質濃度)/(抽料における溶解物質濃度)
すなわち、抽剤における溶解物質濃度が大きくなれば分配係数(K)が増加し、抽出効率も増加することになる。
また、炭酸エチレンは、238℃の沸点と160℃の引火点を有する非揮発性で低引火性の物質であるため、抽出装置や配管を防爆仕様とする必要がない。
【0015】
抽出工程の温度における無機塩水溶液の飽和無機塩濃度が20重量%以上となる無機塩を用いるので、抽剤側において高濃度の溶解物質が得られる。このような無機塩としては、塩化バリウム、塩化カルシウム、塩化銅、塩化第一鉄、塩化第二鉄、炭酸カリウム、塩化カリウム、塩化リチウム、炭酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化マンガン、塩化ナトリウム、塩化ニッケル、塩化亜鉛、ヨウ化カリウム、塩化アルミニウムから成る群から選択される1つ以上の無機塩が好適に用いられる。これらの無機塩は、抽料である炭酸エチレンに溶解し難くいので、逆抽出により炭酸エチレンを汚染することが少ない。
【0016】
抽出工程の温度を37〜85℃としたので炭酸エチレンを液体状で用いることができ、液−液抽出操作が可能である。
【0017】
また、水溶液中に存在する不純物としての金属濃度は10ppm以下とし、同じく不純物としての有機物の全有機炭素濃度は1ppm以下とした。金属濃度が10ppmを超え、或いは、全有機炭素濃度が1ppmを超えると、抽料である炭酸エチレンにおけるこれら不純物の濃度が無視できない程度に大きくなり、再生すべき炭酸エチレンが汚染されるからである。
【0018】
溶解物質を含有する抽出前の炭酸エチレンを10ppm以上の濃度のオゾンガスに接触させることにより、オゾンによって溶解物質が分解される。この分解物質の抽剤に対する溶解度は分解される前の溶解物質のそれよりも大きいので、結果として、溶解物質の抽剤に対する溶解度が増加して抽出効率の増加が図られる。また、抽出の際に、炭酸エチレンと水溶液との混合物を加熱することにより、無機塩水溶液中の水分が蒸発して水溶液の無機塩濃度を増加させることができる。更に、抽出後に無機塩水溶液相に対して相分離した炭酸エチレン相を固化することによって、水溶液相から炭酸エチレン相を容易に分離できる。
【0019】
炭酸エチレンに含有される溶解物質をフォトレジスト材料としたことにより、半導体、プリント基板、液晶などの電子部品の各処理工程、例えば、シリコンウエハ等の基板への塗布工程、未硬化部分を除去する現像工程、パターン形成のためのエッチング工程、基板からの剥離工程、剥離基板の洗浄工程で排出される炭酸エチレン廃棄物から、炭酸エチレンを有効に再生回収することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明で用いる抽料は溶解物質が含有される炭酸エチレンである。ここで言う溶解物質とは、水溶液に抽出可能な物質であれば特に限定されるものではないが、半導体、プリント基板、液晶などの電子部品のリソグラフィー工程で用いられるフォトレジスト材料が好適に用いられる。すなわち、リソグラフィー工程で排出されるフォトレジスト材料含有炭酸エチレン廃棄物を、抽料とするものである。
【0021】
フォトレジスト材料としては、ノボラック樹脂/1,2−ナフトキノンジアジド類、p−tertブトキシカルボニロキシスチレン/光酸発生剤、メチルアダマンチルメタクリレート系樹脂/光酸発生剤、メチルメタクレレート等のポジ型フォトレジスト材料が挙げられる。
一方、ネガ型フォトレジスト材料としては、ポリビニルシンナメート、スチリルピリジニウムホルマール化ポリビニルアルコール、グリコールメタクリレート/ポリビニルアルコール/開始剤、ポリグリシジルメタクリレート、ハロメチル化ポリスチレン、ジアゾレジン、ビスアジド/ジエン系ゴム、ポリヒドロキシスチレン/メラミン/光酸発生剤、メチル化メラミン樹脂、メチル化尿素樹脂等が挙げられる。
また、ArFエキシマレーザ、KrFエキシマレーザ対応レジストとして、ポリカルボニル・メタクリレート樹脂、脂肪族スルフォニル化合物、アルキルアダマンチル(アダマンチル系)、ポリアクリル酸系、ポリビニルフェノール系の化学増幅型レジストが挙げられる。
しかしながら、炭酸エチレンに溶解可能で、かつ、無機塩含有水溶液に抽出可能であれば、これらのフォトレジスト材料に限定されるものではない。
【0022】
本発明で用いる抽料としては、フォトリソグラフィーにおけるフォトレジストの現像工程で排出される炭酸エチレン廃棄物が用いられる。例えば、シリコン基板に塗布されたポジ型フォトレジスト材料に紫外線を照射し、炭酸エチレン溶液によって溶解除去された光照射部分のフォトレジスト材料を含有する廃液である。また、シリコン基板に塗布されたネガ型フォトレジスト材料に紫外線を照射し、炭酸エチレン溶液によって溶解除去された光照射されなかった部分のフォトレジスト材料を含有する廃液である。
【0023】
更に、抽料として、フォトリソグラフィーにおけるフォトレジストの剥離工程で排出される炭酸エチレンの廃棄物も用いられる。レジスト材料の現像後に下地基板をエッチング除去し、基板上に残存するフォトレジスト材料を炭酸エチレン溶液で剥離除去した炭酸エチレン溶液の廃液である。以上述べた炭酸エチレン溶液の現像廃液及び剥離廃液の他に、基板を炭酸エチレンで洗浄した洗浄液等も廃液として用いられる。
以上のように、抽料としてリソグラフィー工程で排出されるフォトレジスト材料含有炭酸エチレン廃液が好適に用いられるが、無機塩水溶液によって抽出可能な溶解物質を含有する炭酸エチレンであればフォトレジスト材料含有炭酸エチレン廃液に限定されるものではない。
また、炭酸エチレンだけでなく炭酸プロピレンを溶剤とするフォトレジスト材料等を含有する廃液も抽料の対象となる。
【0024】
炭酸エチレンは、36.4℃の凝固点を有する水混和性の有機溶媒である。本発明の抽出工程(抽出による抽出)においては、凝固点を超える温度範囲である37℃〜85℃の温度、好ましくは40℃〜55℃の温度の液体として炭酸エチレンが使用される。これらの温度範囲では、炭酸エチレンと無機塩水溶液との双方が液体であるため、液−液抽出操作が可能である。液−液抽出操作では、両液体の混合、攪拌が容易であり、固−液抽出操作に比べて抽出時間が短くて済む利点がある。
一方、炭酸エチレンの凝固点未満で抽出することも可能である。この場合は、抽料である炭酸エチレンが固体状であり、抽剤である無機塩水溶液が液体状であるため固−液抽出操作となる。
なお、抽料用有機溶剤としては、炭酸エチレンの他に炭酸プロピレン、炭酸ブチレン、炭酸アミレン、炭酸ヘキシレン等の炭酸アルキレン類を用いることができ、これらを混合物として用いることもできる。
【0025】
本発明で用いる抽剤は無機塩を溶解した水溶液である。無機塩水溶液を用いるのは、無機塩を溶解していない水に比べて、炭酸エチレンと水溶液との間の溶解物質の前記分配係数(K)が大きくなるためである。この理由は十分に知られていないが、無機塩の溶解によって溶解物質である有機物を溶解し易いように水のクラスター構造が変化するためと考えられる。
【0026】
無機塩としては、抽出工程の温度(抽出手段による抽出温度)における無機塩水溶液の飽和無機塩濃度が20重量%以上となるものが用いられる。飽和無機塩濃度が20重量%未満の無機塩を用いた場合には、炭酸エチレンから抽出される溶解物質が十分に高濃度とならず高抽出効率が達成できないからである。
用いる無機塩水溶液の無機塩濃度は、一般的に好ましくは5〜60重量%である。5重量%未満では、炭酸エチレン溶液と無機塩水溶液との相分離が発生し難く、例え相分離が発生したとしても溶解物質の無機塩水溶液に対する十分な溶解度が得られず十分な抽出効率が達成できないことになる。また、60重量%を超える範囲では、溶解物質の無機塩水溶液に対する溶解度の増加がほとんど得られず、上記分配係数(K)はほぼ一定となり無機塩濃度を増加させる効果が得られず抽出効率はもはや増加しないからである。
なお、水溶液の無機塩濃度が5〜60重量%の範囲においては、無機塩濃度の増加と共に上記分配係数(K)も通常増加する。
【0027】
抽出工程の温度における無機塩水溶液の飽和無機塩濃度が20重量%以上となる無機塩としては、塩化銀、硝酸銀、硝酸アルミニウム、硫酸アルミニウム、臭化バリウム、塩化バリウム、ヨウ化バリウム、塩化カルシウム、ヨウ化カルシウム、臭化カルシウム、硝酸カルシウム、臭化銅、塩化銅、硝酸銅、臭化第一鉄、塩化第一鉄、塩化第二鉄、硝酸第二鉄、硫酸第一鉄、臭化カリウム、炭酸カリウム、塩化カリウム、燐酸カリウム、臭化リチウム、塩化リチウム、ヨウ化リチウム、硝酸リチウム、硫酸リチウム、臭化マグネシウム、炭酸マグネシウム、塩化マグネシウム、ヨウ化マグネシウム、硫酸マグネシウム、臭化マンガン、塩化マンガン、硝酸マンガン、硫酸マンガン、臭化ナトリウム、塩化ナトリウム、ヨウ化ナトリウム、硝酸ナトリウム、臭化ニッケル、塩化ニッケル、硫酸ニッケル、塩化亜鉛、ヨウ化亜鉛、硫酸亜鉛、ヨウ化カリウム、塩化アルミニウム等が挙げられる。これらの無機塩は単独或いは2種以上の混合物として用いられる。
これらの無機塩は炭酸エチレンに対する溶解度が小さいので、再生された炭酸エチレンがこれらの無機塩で汚染され難いという利点を有する。また、有害物質ではないので、取り扱いや廃棄が容易であるという利点も有する。
【0028】
更に、上記無機塩のうち、塩化バリウム、塩化カルシウム、塩化銅、塩化第一鉄、塩化第二鉄、炭酸カリウム、塩化カリウム、塩化リチウム、炭酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化マンガン、塩化ナトリウム、塩化ニッケル、塩化亜鉛、ヨウ化カリウム、塩化アルミニウムの単独或いは2種以上の混合物が好適に用いられる。これらの無機塩は、廉価で、かつ入手が容易な利点を更に有するからである。
【0029】
最も好適な無機塩は塩化カルシウムである。37℃〜85℃における塩化カルシウム水溶液は50重量%以上の高飽和塩濃度を示し、炭酸エチレンと塩化カルシウム水溶液におけるフォトレジスト材料の上記分配係数(K)が大きく、高い抽出効率が達成されるからである。
【0030】
また、水溶液に用いる水は不純物をできるだけ含有しないものが好ましい。市水や工業用水を原水に用いた場合には、不純物として鉄等の金属や含窒素系化合物又は含燐酸系化合物等の有機物が存在する。これらの不純物は、炭酸エチレン側に逆抽出されることによって再生炭酸エチレンを汚染する。このような再生炭酸エチレンの汚染を防止するためには、無機塩水溶液に含有される不純物としての金属を10ppm以下の濃度に、有機物質を全有機炭素濃度として1ppm以下にそれぞれ減少させることが望ましい。
このような不純物を含有しない水は、イオン交換樹脂処理水、蒸留水、逆浸透膜による逆浸透水、又はイオン交換処理と逆浸透処理を組合せた処理水が好適に用いられる。なお、金属不純物除去としてキレート剤の添加によって金属キレート錯体を形成させて水からしてもよい。
【0031】
本発明の抽出工程では、公知の回分式操作式、多回操作式、半回分操作式、向流多段操作式、多重操作式、向流微分操作式の各抽出装置が抽出手段として用いられる。
【0032】
例えば、回分式操作式の液−液抽出装置では、フォトレジスト材料を含有する炭酸エチレン廃液から成る抽料と、塩化カルシウム等の無機塩を溶解した水溶液から成る抽剤とが、37℃〜85℃の温度でミキサー内で混合攪拌され、その後に相分離される。混合攪拌操作は、通常5〜20分間行なわれる。
【0033】
混合攪拌操作後に、混合液を炭酸エチレンの凝固点である36.4℃以下の温度に冷却して、炭酸エチレン相を固化しつつ水溶液相と相分離するのが好ましい。すなわち、抽出工程後に、水溶液相に対して相分離した炭酸エチレン溶液相を固化する固化工程を設けるのが好ましい。炭酸エチレンの固体相と無機塩水溶液の液体相とを分離するのは、炭酸エチレンの液体相と無機塩水溶液の液体相とを分離するのに比べて、分離中に液体相同士の混合が生じないので容易だからである。
冷却温度は炭酸エチレンの融点である36.5℃以下であれば特に限定されるものではないが、炭酸エチレン相を固化させつつ水溶液相を液体状態に安定して維持可能とするためは、10〜35℃、好ましくは20〜30℃が採用される。
【0034】
炭酸エチレン溶液相を冷却してこれを固化する固化手段としては、炭酸エチレン溶液相にコイル循環型冷媒装置を投入する方式のものや、抽出装置の炭酸エチレン溶液相側内部に熱交換器を設ける方式のもの等が採用される。この場合、炭酸エチレン溶液相だけでなく、無機塩水溶液を含めた液全体を冷却してもよい。また、冷却装置によらずに、液全体を放置して自然冷却する方法を採用してもよい。
【0035】
これに代わって、混合攪拌操作後に、炭酸エチレンの凝固点を超える温度において混合液を炭酸エチレン溶液相と無機塩水溶液相とに相分離してもよい。急速な相分離を達成する場合に有効である。急速な相分離を行なうには、遠心分離等の手段が用いられる。この場合にも、相分離した炭酸エチレン液体相を炭酸エチレンの凝固点以下に冷却して固体状とした後に、両相を分離するのが好ましい。
【0036】
相分離した液体状の炭酸エチレン相を冷却せずに、無機塩水溶液相と分離してもよい。この場合には、通常、デカンテーション等の操作によって上相が取除かれる。なお、両相が液体状の場合には、無機塩水溶液相が上相となる場合もあるし、炭酸エチレン溶液相が上相となる場合もある。両相の比重差によっていずれが上相になるかが決まるが、無機塩水溶液の無機塩濃度に依存する場合が多い。すなわち、無機塩濃度が大きい場合には無機塩水溶液の比重が大きくなるので無機塩水溶液相が下相となり、無機塩濃度が小さい場合には無機塩水溶液の比重が小さくなるので無機塩水溶液相が上下相となる。
液−液抽出において相分離に必要な時間は、相液の比重差による自然相分離の場合に、通常20〜120分程度である。
【0037】
以上のような液−液抽出操作に代わる固−液抽出操作では、例えば、回分式操作式の液−液抽出装置内に収容された、フォトレジスト材料を含有する抽料である固体状炭酸エチレン廃棄物内に、塩化カルシウム等の無機塩を溶解した水溶液から成る抽剤を浸透貫流させる方式や、無機塩水溶液中に固体状炭酸エチレン廃棄物の粉砕物を分散させて無機塩水溶液を浸透させる方式が採用される。いずれの方式においても、無機塩水溶液の浸透による抽出後に、溶解物質が除去された固体状の精製炭酸エチレンが得られる。浸透による抽出時間は、通常30〜180分である。
【0038】
また、液−液抽出操作と固−液抽出操作のいずれにおいても、1回の抽出工程で十分な抽出効率が得られない場合には、処理された炭酸エチレン廃棄物を新たな無機塩水溶液を用いた抽出工程で更に1回以上処理してもよい。この場合には、回分操作を繰返してもよいし、抽出手段を多段に設けた多段方式を採用してもよい。
【0039】
抽出工程(抽出手段による抽出)に先だって、炭酸エチレンを10ppm以上の濃度のオゾンガスに接触させる接触工程を設けるのが好ましい。オゾンによって溶解物質はより低分子量の物質に分解され、例えば、溶解物質がフォトレジスト材料の場合には、低分子量のフェノール類や有機カルボン酸類に分解される。フォトレジスト材料のような高分子物質と、それが分解された低分子量のフェノール類や有機カルボン酸とでは、無機塩水溶液と炭酸エチレンとの間の上記分配係数(K)が相違し、低分子量のフェノール類や有機カルボン酸の分配係数(K)の方が分解前の高分子量フォトレジスト材料のそれより大きい。したがって、抽出工程に先立つオゾンガスの接触工程によって炭酸エチレン中の溶解物質を低分子量化して上記分配係数(K)を増加させ、その結果、溶解物質の抽出効率の増加が達成されるものである。
なお、オゾンガス濃度が10ppm未満では溶解物質の分解が十分に生起しないので、オゾンガス濃度を10ppm以上とするのが好ましい。
【0040】
炭酸エチレンを10ppm以上の濃度のオゾンガスに接触させる接触手段としては、炭酸エチレン溶液にオゾンガスをバブリング又は曝気する方式のものが用いられる。
バブリング装置又は曝気装置を用いて炭酸エチレン溶液をオゾンガスに接触させた後に抽出装置に移して、無機塩水溶液と混合してもよく、或いは、抽出装置内に炭酸エチレン溶液を仕込んでオゾンガスに接触させた後に、無機塩水溶液を注入して混合してもよい。
【0041】
抽出工程において、炭酸エチレンと無機塩水溶液との混合物を加熱する加熱工程を設けてもよい。加熱温度は、37〜85℃、好ましくは40℃〜70℃である。炭酸エチレンと水の蒸気圧曲線の相違から炭酸エチレンより水の方が蒸発し易いので、上記温度範囲における加熱により、水は蒸発するが炭酸エチレンは殆ど蒸発しない。したがって、水の蒸発によって水溶液の無機塩濃度が増加することになり、溶解物質の上記分配係数(K)を結果的に増加することができる。
【0042】
例えば、塩化カルシウム水溶液では、塩化カルシウム濃度が5〜60重量%の範囲においては、塩化カルシウムの増加と共に上記分配係数(K)も増加することが確かめられている。そこで、この濃度範囲において加熱により水を蒸発させて水溶液の塩化カルシウム濃度を増加させることにより、上記分配係数(K)も増加させて抽出効率を調整することが可能である。
【0043】
液−液抽操作では、ミキサー内の炭酸エチレン溶液と無機塩水溶液とを炭酸エチレンの凝固点以上である37℃〜85℃の温度で混合攪拌するが、このときに用いる加熱手段を無機塩水溶液の水分蒸発用の上記加熱手段に併用してもよく、水分蒸発用の加熱手段を別途設けてもよい。このような加熱手段としては、抽出装置内にヒーターを投入する方式のものや、抽出装置内部に熱交換器を設ける方式のもの等が採用される。
また、上述のような炭酸エチレン溶液相を固化する固化手段としての冷却用のコイル循環型冷媒装置や熱交換器を加熱用媒体に代えて、無機塩水溶液の水分蒸発用の上記加熱手段に併用してもよい。
ミキサー内の混合溶液を炭酸エチレンの凝固点以上に加熱する加熱手段と、無機塩水溶液の水分蒸発用の加熱手段と、炭酸エチレン溶液相を固化する固化手段とを、共通の加熱・冷却手段で併用するのが好ましい。
【実施例1】
【0044】
炭酸エチレン(関東化学社製)を45℃に加熱して炭酸エチレン溶液10Lを調製した。この炭酸エチレン溶液は不純物を殆ど含有しておらず、全有機炭素(TOC)濃度としては500000mgC/Lであった。逆浸透処理水に塩化カルシウム(関東化学(株)社製)を溶解して、2重量%、5重量%、10重量%、20重量%、40重量%及び60重量%の水溶液10Lをそれぞれ調製した。逆浸透水中に存在する鉄等の金属不純物は5ppmであり、有機物不純物はTOC濃度で0.5ppmであった。
回分式抽出装置を用いて、上記炭酸エチレン溶液と各濃度の水溶液とを45℃で10分間、混合攪拌した。その後、回分式抽出装置を約1時間放置して約25℃まで自然冷却して相分離状態を観察した。
更に、炭酸エチレン相と無機塩水溶液相中のTOC濃度をTOC濃度測定装置(島津製作所社製)で測定し、両相中のカルシウムイオン濃度と塩素イオン濃度をICP−MS(パーキンエルマー社製)でそれぞれ測定した。結果を表1に示す
【0045】
【表1】

【0046】
表1に示すように、水溶液中の塩化カルシウム濃度が2重量%では相分離が生じなかった。また、水溶液中の塩化カルシウム濃度が20重量%以上では、炭酸エチレン原液の水溶液側への溶出が100000mgC/Lであるが、水溶液中の塩化カルシウム濃度が10重量%以下では溶出量が増大した。一方、水溶液中の塩化カルシウム濃度が大きい程、水溶液中に残存するカルシウムと塩素のイオン量は多く、これらイオンの炭酸エチレン側への逆抽出量は少なかった。
【0047】
以上の実験結果から、採用した塩化カルシウム水溶液濃度の範囲では、炭酸エチレン溶液と塩化カルシウム水溶液との間で相分離を発生させるには、水溶液の塩化カルシウム濃度を重量%以上とする必要があることが分かった。
また、炭酸エチレン原液の水溶液側への溶出量を低減するには、水溶液の塩化カルシウム濃度を20重量%以上とする必要があり、無機塩イオン炭酸エチレン溶液側への逆抽出量を低減するためには、水溶液の塩化カルシウム濃度を増加必要があることが分かった。
【実施例2】
【0048】
炭酸エチレン溶液(東亜合成社製)に、ポジ型フォトレジスト材料であるスミレジスト(住友化学工業社製)を加えて45℃に加熱して炭酸エチレン溶液10Lを調製した。この炭酸エチレン溶液は不純物を殆ど含有しておらず、TOC濃度としては500000mgC/Lであった。
逆浸透処理水に塩化カルシウム(関東化学社製)を溶解して、5重量%、10重量%、20重量%、40重量%、及び60重量%の水溶液10Lをそれぞれ調製した。逆浸透水中に存在するNaを除く鉄等の金属不純物は0.1ppmであり、有機物不純物はTOC濃度で0.5ppmであった。
実施例1と同様にして、抽出、冷却操作を行ない、炭酸エチレン溶液相と水溶液相中のTOC濃度、ならびに、金属イオン濃度を測定した。結果を表2に示す。実施例1の結果と比べると、20重量%、40重量%及び60重量%の塩化カルシウム水溶液で抽出した場合には、水側のTOC濃度は20000ppm増加しており、10重量%の塩化カルシウム水溶液で抽出した場合には、水側のTOC濃度は10000ppm増加し、5重量%の塩化カルシウム水溶液で抽出した場合には、水側のTOC濃度は僅かに増加していた。これらのTOC増加分がスミレジストに起因するものと考えられる。したがって、塩化カルシウム水溶液によって炭酸エチレン溶液中のフォトレジストを抽出回収することができた。
なお、表2には、炭酸エチレン溶液相と水溶液相中のMg、Ca、Fe、Ni及びCuイオン濃度も併せて示す。
【0049】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0050】
半導体、プリント基板、液晶などの電子部品の製造工程で使用されるフォトレジスト材料を含有する炭酸エチレン溶液を有効に再生することができると共に、炭酸エチレンが低引火性であるため防爆使用の容器や装置を必要としない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶解物質を含有する炭酸エチレンを無機塩水溶液に接触させて、前記溶解物質を前記無機塩水溶液で抽出する抽出工程を備えた炭酸エチレンの再生方法。
【請求項2】
前記抽出工程の温度における前記無機塩水溶液の飽和無機塩濃度が20重量%以上である、請求項1に記載の再生方法。
【請求項3】
前記無機塩水溶液が、塩化バリウム、塩化カルシウム、塩化銅、塩化第一鉄、塩化第二鉄、炭酸カリウム、塩化カリウム、塩化リチウム、炭酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化マンガン、塩化ナトリウム、塩化ニッケル、塩化亜鉛、ヨウ化カリウム、塩化アルミニウムから成る群から選択される1つ以上の無機塩を溶解した水溶液である、請求項2に記載の再生方法。
【請求項4】
前記抽出工程の温度が37〜85℃である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の再生方法。
【請求項5】
前記無機塩水溶液中の金属不純物濃度が10ppm以下であり、当該無機塩水溶液中の有機物不純物濃度が全有機炭素濃度として1ppm以下である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の再生方法。
【請求項6】
前記抽出工程の前に、前記溶解物質を含有する炭酸エチレンを10ppm以上の濃度のオゾンガスに接触させる接触工程を更に備える、請求項1〜5のいずれか一項に記載の再生方法。
【請求項7】
前記抽出工程において、前記溶解物質を含有する炭酸エチレンと前記無機塩水溶液との混合物を加熱する加熱工程を更に備える、請求項1〜6のいずれか一項に記載の再生方法。
【請求項8】
前記抽出工程の後に、無機塩水溶液相に対して相分離した炭酸エチレン相を固化させる固化工程を更に備える、請求項1〜7のいずれか一項に記載の再生方法。
【請求項9】
前記炭酸エチレンに含有される溶解物質がフォトレジスト材料を含む、請求項1〜8のいずれか一項に記載の再生方法。
【請求項10】
溶解物質を含有する炭酸エチレンを無機塩水溶液に接触させて、前記溶解物質を前記無機塩水溶液によって抽出する抽出手段を備えた炭酸エチレンの再生装置。
【請求項11】
前記抽出手段の抽出温度における前記無機塩水溶液の飽和無機塩濃度が20重量%以上である、請求項10に記載の再生装置。
【請求項12】
前記無機塩水溶液が、塩化バリウム、塩化カルシウム、塩化銅、塩化第一鉄、塩化第二鉄、炭酸カリウム、塩化カリウム、塩化リチウム、炭酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化マンガン、塩化ナトリウム、塩化ニッケル、塩化亜鉛、ヨウ化カリウム、塩化アルミニウムから成る群から選択される1つ以上の無機塩を溶解した水溶液である、請求項11に記載の再生装置。
【請求項13】
前記抽出手段の抽出温度が37〜85℃である、請求項10〜12のいずれか一項に記載の再生装置。
【請求項14】
前記無機塩水溶液中の金属不純物濃度が10ppm以下であり、当該無機塩水溶液中の有機物不純物としての全有機炭素濃度が1ppm以下である、請求項10〜13のいずれか一項に記載の再生装置。
【請求項15】
抽出前の前記溶解物質を含有する炭酸エチレンを10ppm以上の濃度のオゾンガスに接触させる接触手段を更に備える、請求項10〜14のいずれか一項に記載の再生装置。
【請求項16】
前記抽出手段が、前記溶解物質を含有する炭酸エチレンと前記無機塩水溶液との混合物を加熱する加熱手段を更に備える、請求項10〜15のいずれか一項に記載の再生方法。
【請求項17】
抽出後において無機塩水溶液相に対して相分離した炭酸エチレン相を固化する固化手段を更に備える、請求項10〜16のいずれか一項に記載の再生装置。
【請求項18】
前記炭酸エチレンに含有される溶解物質がフォトレジスト材料を含む、請求項10〜17のいずれか一項に記載の再生装置。


【公開番号】特開2006−241088(P2006−241088A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−59912(P2005−59912)
【出願日】平成17年3月4日(2005.3.4)
【出願人】(000245531)野村マイクロ・サイエンス株式会社 (116)
【Fターム(参考)】