説明

無方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】高速回転モータのロータ材料として好適な、高強度かつ磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板を提供する。
【解決手段】成分中、質量%で、C:0.010%以下、Si:3.5%超5.0%以下、Mn:0.2%以下、Al:0.2%以下、P:0.03%以下、S:0.005%以下、Ca:0.001%以上およびN:0.005%以下を有し、かつSi+Al+0.5Mn:3.5%超5.0%以下およびCa/S:0.8以上を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成として、板厚:0.37mm以下、W10/400:40W/kg以下およびTS:600MPa以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板、特にタービン発電機や、電気自動車、ハイブリッド自動車の駆動モータ、工作機械用モータなど高速回転機のロータを典型例とする、大きな応力が付加される部品に用いて好適な、高強度で、かつ優れた磁気特性を有する無方向性電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、モータの駆動システムの発達により、駆動電源の周波数制御が可能となり、可変速運転や商用周波数以上での高速回転を行うモータが増加している。このような高速回転を行うモータでは、ロータのような回転体に作用する遠心力は回転半径に比例し、回転速度の2乗に比例して大きくなるため、特に中・大型の高速モータのロータ材としては高強度であることが必要となる。
【0003】
また、近年、ハイブリッド自動車の駆動モータやコンプレッサモータなどで採用が増加している埋め込み磁石型DCインバータ制御モータでは、ロータ外周部にスリットを設けて磁石を埋設している。このため、モータの高速回転時の遠心力により、狭いブリッジ部(ロータ外周とスリットの間部など)に応力が集中する。そこで、ロータに使用されるコア材料には遠心力で変形破壊しないだけの強度が求められている。
加えて、高速回転モータでは、高周波磁束により渦電流が発生し、モータ効率が低下すると共に、発熱が生じる。この発熱量が多くなると、ロータ内に埋め込まれた磁石が減磁されることから、高周波域での鉄損が低いことも求められる。
【0004】
鋼板の強化手法としては、固溶強化、析出強化、結晶粒微細強化および複合組織強化などが知られているが、これらの強化手法の多くは磁気特性を劣化させるため、一般的には強度と磁気特性の両立は極めて困難とされる。
このような状況下にあって、高張力を有する無方向性電磁鋼板について幾つかの提案がなされている。
【0005】
例えば、特許文献1には、Si含有量を3.5〜7.0%と高め、さらに固溶強化のためにTi,W,Mo,Mn,Ni,Co,Alなどの元素を添加して高強度化を図る方法が提案されている。
また、特許文献2には、上記強化法に加え、仕上焼鈍条件を工夫することにより結晶粒径を0.01〜5.0mmとして磁気特性を改善する方法が提案されている。
しかしながら、これらの方法を工場生産に適用した場合、熱延後の連続焼鈍工程や、その後の圧延工程などで板破断などのトラブルが生じやすく、歩留り低下やライン停止が余儀なくされるなどの問題があった。
この点、冷間圧延を、板温が数百℃の温間圧延とすれば、板破断は軽減されるものの、温間圧延のための設備対応が必要となるだけでなく、生産上の制約が大きくなるなど、工程管理上の問題も大きい。
【0006】
また、特許文献3には、Si含有量が2.0〜3.5%の鋼に、MnやNiで固溶強化を図る方法が、特許文献4には、Si含有量が2.0〜4.0%の鋼に対してMnやNiの添加で固溶強化し、さらにNb,Zr,Ti,Vなどの炭窒化物を利用して、高強度と磁気特性の両立を図る技術が提案されている。
しかしながら、これらの手法では、Niなどの高価な元素を多量に添加することや、ヘゲなどの欠陥増加による歩留りの低下で高コストになるという問題があった。
【0007】
さらに、耐疲労特性に着目した高強度無方向性電磁鋼板として、特許文献5および6には、鋼板に、未再結晶組織を残留させた高強度電磁鋼板がいくつか提案されている。これらの技術によれば熱間圧延後の製造性を維持しつつ比較的容易に高い強度の鋼板が得られる。
しかしながら、これらの技術では、高い強度が得られてはいるものの、磁気特性、特に鉄損は依然として通常の電磁鋼板に対して大幅に大きいという課題を残していた。
以上述べたように、これまでの技術では、高い強度を有しつつ、磁気特性や製造性にも優れた無方向性電磁鋼板を、低コストで安定的に提供することは困難な状況にあった。
【0008】
一方、近年では、磁石の熱減磁を抑制する効果を有するディスプロシウムなどの希土類元素の価格高騰や、調達リスクの増大といった資源環境の変化もあり、モータ自身の発熱抑制の重要性が増している。さらには、ロータへの応力集中を緩和するモータ設計技術の進歩などと相まって、ロータ用の無方向性電磁鋼板の特性に対しても、ロータ発熱の抑制に有効な低鉄損の材料開発が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭60−238421号公報
【特許文献2】特開昭62−112723号公報
【特許文献3】特開平2−22442号公報
【特許文献4】特開平2−8346号公報
【特許文献5】特開2005−113185号公報
【特許文献6】特開2007−186790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記の実情に鑑み開発されたもので、高速回転モータのロータ材料として好適な、高強度で、かつ鉄損特性にも優れた無方向性電磁鋼板およびその有利な製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、前記した課題を解決するために、まず、高強度と低鉄損を両立する強化手段として、SiやAl、Mnなどの電気抵抗を高める元素の添加による固溶強化の活用を考え、固溶強化主体の高強度化を指向した。
中でもSiは、他の固溶強化元素と比較して高い固溶強化能を有するため、高抗張力化、高疲労強度化、低鉄損化を最もバランス良く両立することが出来る元素である。そこで、本発明における固溶強化の主体となる元素として、積極的に添加することの検討を行った。
【0012】
一方、Si含有量が3.5%を超えると鋼が脆化し、冷間圧延時の板エッジの耳割れや板破断が増加し製造性や生産性の低下するという課題を有していた。そこで、高Si鋼の脆化に対して検討を進め、その結果、Siと共に無方向性電磁鋼板に一般的に添加されているMnを排除しつつ、Caを添加することが有効であることを見出した。
【0013】
さらに、上記の鋼組成に基づく電磁鋼板を、好適な強度と鉄損を具備するために、鋼組織において、再結晶率および結晶粒径を規定することで、本発明を完成させた。
【0014】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、
C:0.010%以下、
Si:3.5%超5.0%以下、
Mn:0.2%以下、
Al:0.2%以下、
P:0.03%以下、
S:0.005%以下、
Ca:0.001%以上および
N:0.005%以下
を有し、かつ
Si+Al+0.5Mn:3.5%超5.0%以下および
Ca/S:0.8以上
を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成からなる無方向性電磁鋼板であって、
板厚:0.37mm以下、W10/400:40W/kg以下およびTS:600MPa以上
であることを特徴とする無方向性電磁鋼板。
【0015】
2.前記無方向性電磁鋼板が、質量%でさらに、
Sb:0.005%以上0.1%以下、
Sn:0.005%以上0.1%以下、
Cr:5.0%以下および
Ni:5.0%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする前記1に記載の無方向性電磁鋼板。
【0016】
3.前記無方向性電磁鋼板の圧延方向断面(ND-RD断面)における再結晶粒の平均粒径が80μm以下であって、かつ圧延方向断面(ND-RD断面)における再結晶粒の面積率が、20%以上であることを特徴とする前記1または2に記載の無方向性電磁鋼板。
【0017】
4.質量%で、
C:0.010%以下、
Si:3.5%超5.0%以下、
Mn:0.2%以下、
Al:0.2%以下、
P:0.03%以下、
S:0.005%以下、
Ca:0.001%以上および
N:0.005%以下
を有し、かつ
Si+Al+0.5Mn:3.5%超5.0%以下および
Ca/S:0.8以上
を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成からなるスラブを、熱間圧延、熱延板焼鈍、酸洗、冷間または温間圧延、仕上げ焼鈍を含む一連の工程により無方向性電磁鋼板を製造するに際し、
上記仕上げ焼鈍を、700℃以上950℃以下
で施すことを特徴とする無方向性電磁鋼板の製造方法。
【0018】
5.前記スラブが、質量%でさらに、
Sb:0.005%以上0.1%以下、
Sn:0.005%以上0.1%以下、
Cr:5.0%以下および
Ni:5.0%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする前記4に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高強度と低鉄損特性をバランスよく具える無方向性電磁鋼板を、良好な製造性の下に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】鋼板中のS量と耳割れ深さとの関係を示すグラフである。
【図2】鋼板中のS量と耳割れ発生頻度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を具体的に説明する。
最初に、本発明の元になった実験結果を説明する。
電気炉を用いて種々の組成の高Si鋼を溶製して、板厚:2mmに熱間圧延したのち、条件を揃えるために、熱延板のエッジ部を5mm幅で剪断した。ついで、900℃で焼鈍し、その後、板厚:0.35mmまで4パスで仕上げる冷間圧延を行い、エッジ部の耳割れ状況を評価した。上記の耳割れは、圧延後の片側約2m、両側計約4m分のエッジ部を観察し、発生頻度および平均割れ深さを評価した。
ここに、4.2%Si-0.001%Al-0.03%Mn鋼における、鋼中S量と耳割れ深さおよび耳割れ頻度との関係を図1および2に示す(白抜き)。S量が高いものは、耳割れが大きく、発生頻度が高いことが分かる。ここに、S量を0.0015%まで減らすと、深さ、発生頻度ともに改善するが、いまだ十分とはいえない。
【0022】
また、図1および2に、上記した組成の鋼に、さらにCaを添加して上記と同様に実験を行った場合の、エッジ部の耳割れ深さおよび耳割れ頻度を評価した結果(黒塗り)を併記する。なお、図中、測定結果の点である記号の上方の数字は、Ca/S比の値を示している。
同図より、Sが0.005%以下でかつCa/S値が0.8以上の場合に、耳割れの発生頻度は著しく抑制され、また耳割れ深さも低減化していることが分かる。この効果について、詳細は明らかではないが、高Siを含有する鋼の冷間圧延性においては、耳割れ現象に対し、固溶Sが極めて有害に作用するためと考えられる。一方、溶製中にCaを添加することにより、溶鋼中、SがCa酸化物とともに複合析出したために、固溶Sが減少して耳割れ性が著しく改善したものと考えられる。
【0023】
次に、本発明において、鋼成分を前記の組成範囲に限定した理由について説明する。
C:0.010%以下:
Cは、炭化物の析出により強度を高める効果を有するが、本発明の高強度化は主としてSiなどの置換型元素の固溶強化と未再結晶回復組織の利用により達成するため、必須ではない。むしろ磁気特性を劣化させ、かつ高Si鋼の加工性を低下する影響が大きいので、0.010%以下に限定する。好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.003%以下である。
【0024】
Si:3.5%超 5.0%以下
Siは、鋼の脱酸剤として用いられるほかに、電気抵抗を高めて鉄損を低減するために無方向性電磁鋼板に従来より添加されている主要元素である。同様に、電気抵抗を高める目的で添加されるMn,Alなどの他の元素と比較して、より高い固溶強化能を有するため、高強度化と低鉄損化を最もバランス良く両立することが出来る元素である。そのため、本発明における固溶強化の主体となる元素とし、3.5%を超えて積極的に添加する。一般的にSi量が増加すると製造性が低下し、特に3.5%を超えると冷間圧延時の板エッジの耳割れや板破断が増加し生産性が低下する難点があったが、本発明においては、後述するCaを添加することにより、上記の板破断等の問題を解決することで、製造性を大幅に向上させることに成功したものである。一方、Si量が5.0%を超えると、Caを添加したとしても板破断が生じやすくなるため、その上限を5.0%とする。
【0025】
Mn:0.2%以下
Mnは、同様に鋼の脱酸剤、電気抵抗を増加させる元素として作用するため、無方向性電磁鋼板に添加されている元素であるが、Alと同様に、本発明の目的とする高強度を得るためにはSiの方が有利であることに加え、高Si添加時の製造性劣化への影響が大きいことが分かった。そのため、Mnは0.2%以下とする。望ましくは0.15%以下、さらに望ましくは0.08%以下である。
【0026】
Al:0.2%以下
Alは、Siと同様に鋼の脱酸剤として一般的に用いられており、電気抵抗を増加し鉄損の低減する効果も大きいため、従来から低鉄損が要求される高級無方向性電磁鋼板に積極的に添加されてきた主要構成元素の一つである。しかしながら、本発明の目的とする高強度を得るためにはSiの方が有利であることに加え、高Si添加時の製造性劣化への影響が大きいことが分かったため、Alは0.2%以下とする。望ましくは0.1%以下、さらに望ましくは0.02%以下である。なお、微量Alの含有は再結晶粒成長を抑制する効果があるため、組織を微細化して高強度化を図るには0.003%を超えて添加することが好適である。より望ましくは0.005%超えである。
【0027】
P:0.03%以下
Pは、比較的少量の添加でも大幅な固溶強化能が得られるため高強度化に極めて有効であるが、粒界偏析し易く鋼を脆化させるので、その添加量を0.03%以下に制限する。
【0028】
S:0.005%以下
Sは、冷間圧延での耳割れ増加に代表されるように、製造性に極めて大きい影響をあたえるので、出来るだけ低減することが望ましい。しかしながら、低減化のための過大な脱硫処理は精錬時間や製造コストの上昇を招く。ここに、本発明では、Caの添加により、Sの上記した悪影響を抑制することができるので、Sは0.005%まで許容される。
【0029】
Ca:0.001%以上かつCa/S≧0.8
Caは、本発明において、Sを無害化するために必須の元素である。その添加量は含有するSの量によって変動するが、最低でも0.001%以上で、かつCa/S質量比で0.8以上が必要である。Ca/Sは、望ましくは、1.0以上、さらに望ましくは1.2以上である。
また、Ca/S質量比の上限は特段の限定はないが、2.0程度で十分である。というのは、それ以上のCa/S比でCaを添加しても効果は飽和するからである。
【0030】
N:0.005%以下:
Nは、Cと同様に、無方向性電磁鋼板の磁気特性を劣化させるので、0.005%以下に制限する必要がある。
【0031】
Si+Al+0.5Mn:3.5%超5.0%以下
本発明では、上記した鋼板成分のうち、Si+Al+0.5Mnの値を限定する必要がある。というのは、Si+Al+0.5Mnの値が3.5%以下の場合は、本発明の目的とする十分な強度が得られず、一方、Si+Al+0.5Mnの値が5.0%を超えると、Caを添加したとしても板破断が生じやすくなるためである。
【0032】
以上、本発明の無方向性電磁鋼板にかかる基本成分について説明したが、本発明では、その他、磁気特性向上や高強度化のために、従来より利用されている元素を必要に応じて添加することも可能である。その添加量は添加コストや製造性を低下させない範囲で調整することが好ましいが、具体的には以下のとおりである。
【0033】
Sb,Sn:0.005%以上0.1%以下
SbおよびSnは、無方向性電磁鋼板の集合組織を改善して、磁気特性を高める効果を有するが、その効果を得るには、SbおよびSnを、単独または複合してそれぞれ0.005%以上添加することが必要である。一方、0.1%を超えて過剰に添加すると、鋼が脆化し、またヘゲが増加するなどの弊害を伴うおそれが生じる。従って、SbおよびSnを添加する場合は、それぞれ0.005%以上0.1%以下とする。
【0034】
Cr:5.0%以下
Crは、鋼の電気抵抗増加に有効であり、特に、Siとの複合添加によって、SiやCrをそれぞれ単独で添加したときよりも効果的に電気抵抗を高めることができ、鉄損を改善する効果がある。また、高Si鋼の製造性を改善する効果や、鋼板の耐食性を高める効果などを有する。そのため、必要に応じて添加することができる。一方で、過剰の添加はコストアップとなり、その効果も飽和するので上限を5.0%とする。
【0035】
Ni:5.0%以下
固溶強化および高電気抵抗化に寄与する多くの元素が、その添加により飽和磁束密度の低下を招くのに対し、Niは飽和磁束密度を低下することなく固溶強化による強度向上および高電気抵抗化による鉄損低減が可能な元素であり、本発明において必要に応じ添加することができる。ただし、Niは高価な元素であり、過剰な添加はコスト高を招くことから、その上限を5.0%とする。
【0036】
次に、本発明における鋼板組織形態について述べる。
本発明の高強度無方向性電磁鋼板は、板厚が0.37mm以下とする。というのは、0.37mmを超えると本発明の目的とする高速回転モータで必要となる高周波での鉄損が急激に増加してしまうためである。また、再結晶粒と未再結晶粒の混合組織で構成されるが、この組織を適正に制御することが有効である。
まず、再結晶粒の面積率を、鋼板圧延方向断面(ND-RD断面)組織において20%以上の範囲に制御することが好ましい。というのは、未再結晶部は加工歪が残留していて鉄損が劣化するため、再結晶面積率が20%未満では、鉄損が増加する傾向にあるからである。また、再結晶率の上限に特段の制限はなく100%であってもよい。なお、より好ましい再結晶率は40〜90%である。
【0037】
ただし、再結晶粒の平均粒径が80μmを超えると強度が低下し、目標とする引張強度TS:600MPa以上を満足しないケースが出てくるため、再結晶粒の平均粒径は80μm以下とすることが好ましい。なお、再結晶粒は粒径が微細であっても未再結晶粒と比較すると内包する歪が小さく、鉄損は良好であるので、再結晶粒の平均粒径の下限は特に定めない。
【0038】
次に、本発明に従う製造方法および中間組織について述べる。
本発明の高強度無方向性電磁鋼板の製造工程は、以下に述べる制限を除いて、一般の無方向性電磁鋼板に適用されている工程および設備を用いて実施することができる。
例えば、転炉あるいは電気炉などで所定の成分組成に溶製された鋼を、脱ガス設備で二次精錬し、連続鋳造または造塊後の分塊圧延により鋼スラブとしたのち、熱間圧延、熱延板焼鈍(必要に応じて)、熱延板の脱スケール、冷間圧延、仕上焼鈍および絶縁被膜塗布焼き付けといった工程である。
ここで、好適な製造条件について述べると、以下のとおりである。
【0039】
本発明では、熱間圧延、熱延板焼鈍、熱延板の脱スケールおよび冷間または温間圧延までの各工程は、従来公知の条件で行うことができる。
具体的には、熱間圧延ではスラブ加熱温度を1000〜1200℃とすること、熱延板焼鈍では600〜1000℃での連続焼鈍あるいは600〜900℃でのコイル焼鈍とすること、熱延板の脱スケールでは塩酸、硝酸、硫酸などによる化学的酸洗処理や、ショットブラスト等の機械的除去方法等を用いることが好ましい。
【0040】
ついで、仕上焼鈍を施すが、この際の仕上げ焼鈍温度は、700℃以上950℃以下とする必要がある。というのは、700℃未満では、再結晶が十分に進行せず仕上焼鈍後の鋼板圧延方向断面における再結晶粒の面積率:20%以上を確保するのが難しくなり、磁気特性が大幅に劣化して、W10/400:40W/kg以下を満足しないことに加え、連続焼鈍における板形状の矯正効果が十分に発揮されないからである。一方、950℃を超えると、再結晶組織が過度に成長して、鋼板の強度低下の原因となり、TS:600MPa以上を満足しないからである。なお、焼鈍時間は、特に限定されないが、生産性を考慮すると連続焼鈍で5〜60秒程度とすることが好適である。
【0041】
上記した仕上焼鈍後、鉄損を低減するために鋼板の表面に絶縁コーティングを施すことが有利である。この際、良好な打抜き性を確保するためには、樹脂を含有する有機コーティングが、一方溶接性を重視する場合には、半有機や無機コーティングを適用することが望ましい。
【0042】
上述したとおり、本発明では、3.5%を超えるSiに、Caを添加することで、鋼板の割れ無しに高強度で、かつ鉄損も良好な鋼板を得ることができる。加えて、微量のAlを添加することで、再結晶粒の粒成長を抑制し、安定した高強度を得ることができる。
【実施例】
【0043】
〔実施例1〕
表1に示す成分の鋼をラボ的に溶製し、板厚:2mmに熱間圧延したのち、エッジ部から5mmを剪断除去した。900℃で熱延板焼鈍、酸洗ののち、板厚0.35mmまで冷間圧延を施した。さらに表1に示す温度で仕上げ焼鈍を行った。ここで、仕上焼鈍後の試料について、鋼板の圧延方向断面(板幅方向に垂直な断面)を研磨、エッチングして光学顕微鏡で観察し、再結晶率(面積率)および求積法により再結晶粒の平均粒径(公称粒径)を求めた。また、冷延後のエッジ部の耳割れ状況を評価した。耳割れは、圧延後の片側約2m、両側計4m分のエッジ部を観察し、耳割れの発生頻度、平均割れ深さにより評価した。
なお、磁気特性は、仕上げ焼鈍を行ったサンプルから圧延方向および圧延直角方向に切り出したエプスタイン試験片を用い、磁気特性(W10/400)で評価した。また、圧延方向と平行にJIS13号引張試験片を採取し引張試験を行った。
得られた結果を表1に併記する。
【0044】
【表1】

【0045】
同表に示したとおり、本発明のようにSi量が多い試験No.4、5、6、7は、Caを添加していないため、耳割れ性に劣る。特に、S量が多い試験No.4、5は、一段と耳割れ性に劣っている。また、S量が本発明の範囲を外れる試験No.8やCa/S比が本発明の範囲を外れる試験No.17は、それぞれ耳割れ性に劣っており、Si+Al+0.5Mnの値が本発明の範囲を外れる試験No.19は、Caを添加しても耳割れが大きく、冷間圧延中に板破断が生じたため圧延を断念した。
これに対し、本発明範囲のもの(No.9〜16、18)は、耳割れ性に優れると同時に、従来の電磁鋼板の比較例(No.1〜3)より優れた強度、鉄損バランスを示している。
【0046】
〔実施例2〕
表2に示す成分の鋼で、実施例1と同様に作製した無方向性電磁鋼板について、磁気特性(W10/400)と引張強度(TS)の平均値について調査した。なお、評価は実施例1と同様の方法で行った。また、仕上焼鈍後の試料についての焼鈍後の再結晶率および再結晶粒の平均粒径の測定は、実施例1と同様の方法で行った。
得られた結果を表2に併記する。
【0047】
【表2】

【0048】
同表から明らかなように、本発明の成分組成および鋼組織を満足する発明例はいずれも、耳割れ性に優れると同時に、優れた強度、鉄損バランスを示している。これに対し、AlやMnの添加量が多いと、Caを添加しても耳割れ性に劣っていた。また、Siを5.5%添加したもの(No.25)は、Caを添加しても耳割れが大きく、冷間圧延中に板破断が生じたため圧延を断念した。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、磁気特性に優れるのはいうまでもなく、強度特性に優れた無方向性電磁鋼板を安定して得ることができ、高速回転モータのロータ材料などの用途に好適に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.010%以下、
Si:3.5%超5.0%以下、
Mn:0.2%以下、
Al:0.2%以下、
P:0.03%以下、
S:0.005%以下、
Ca:0.001%以上および
N:0.005%以下
を有し、かつ
Si+Al+0.5Mn:3.5%超5.0%以下および
Ca/S:0.8以上
を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成からなる無方向性電磁鋼板であって、
板厚:0.37mm以下、W10/400:40W/kg以下およびTS:600MPa以上
であることを特徴とする無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記無方向性電磁鋼板が、質量%でさらに、
Sb:0.005%以上0.1%以下、
Sn:0.005%以上0.1%以下、
Cr:5.0%以下および
Ni:5.0%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記無方向性電磁鋼板の圧延方向断面(ND-RD断面)における再結晶粒の平均粒径が80μm以下であって、かつ圧延方向断面(ND-RD断面)における再結晶粒の面積率が、20%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項4】
質量%で、
C:0.010%以下、
Si:3.5%超5.0%以下、
Mn:0.2%以下、
Al:0.2%以下、
P:0.03%以下、
S:0.005%以下、
Ca:0.001%以上および
N:0.005%以下
を有し、かつ
Si+Al+0.5Mn:3.5%超5.0%以下および
Ca/S:0.8以上
を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物の成分組成からなるスラブを、熱間圧延、熱延板焼鈍、酸洗、冷間または温間圧延、仕上げ焼鈍を含む一連の工程により無方向性電磁鋼板を製造するに際し、
上記仕上げ焼鈍を、700℃以上950℃以下
で施すことを特徴とする無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記スラブが、質量%でさらに、
Sb:0.005%以上0.1%以下、
Sn:0.005%以上0.1%以下、
Cr:5.0%以下および
Ni:5.0%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項4に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−140676(P2012−140676A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−293914(P2010−293914)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】