説明

無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法

【課題】アクセプターとして添加された過剰なCu成分の除去を有害なシアン化ナトリウム水溶液等の洗浄によらず、かつ薄膜に適した方法で処理できる無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法を提供することである。
【解決手段】基体上にZnSへ1.0atomic%以上のCuが添加されたZnS:Cuを成膜する工程、
該ZnS結晶粒に含有されないCu成分を塩化物とする工程、
該塩化物を水洗にて除去する工程、
を有することを特徴とする無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、表示素子や液晶ディスプレイのバックライト等として、無機エレクトロルミネッセンス素子(以下、無機EL素子)の研究が盛んに行われている。なかでもZnSからなる硫化物蛍光体薄膜を用いた薄膜ELディスプレイは、耐環境性に優れており、注目されているが、実用化に向けて発光層の発光輝度、効率、色純度等の特性の向上が必須である。
【0003】
また、無機ELはLEDのように単結晶エピタキシャル膜の積層で形成される訳ではないが、膜を構成するZnSの結晶粒が大きいことが有効だとされている。そして、ZnSの結晶粒を肥大化させるには、アクセプターとして添加されるCuの過剰な添加が有効であることが知られている。
【0004】
しかしながら、この過剰に添加したCu成分がZnS粒界に硫化物ないし金属として析出し、膜が着色してしまう課題があったため、これらを除去するために有害なシアン化ナトリウムでエッチングすることが行われていた。また、特許文献1には、蛍光体表面を酸でエッチングした後に酸化剤を添加して蛍光体表面の過剰な銅硫化物を酸化して水酸化物に変化させ、それらをキレート剤でトラップさせることにより除去する方法が提案されている。しかし、薄膜では膜内に水溶液を浸透させることが困難であることを考えると、新たな方法が望まれていた。
【特許文献1】特開平5−230448号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、アクセプターとして添加された過剰なCu成分の除去を有害なシアン化ナトリウム水溶液等の洗浄によらず、かつ薄膜に適した方法で処理できる無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に従って、基体上にZnSへ1.0atomic%以上のCuが添加されたZnS:Cuを成膜する工程、
該ZnS結晶粒に含有されないCu成分を塩化物とする工程、
該塩化物を水洗にて除去する工程、
を有することを特徴とする無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、基体上に発光層となるZnS:Cu膜を成膜後、ZnS結晶粒に含有されない過剰なCu成分をZnS:Cu膜の塩化によって塩化物とし、生成した銅塩化物を水洗にて除去する方法を提供するものである。この方法によって、有害なシアン化ナトリウム水溶液等の洗浄によらず、無機エレクトロルミネッセンス用発光層を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の発光層の製造方法について詳細に説明する。
【0009】
はじめに、ZnS:Cu膜の成膜に関して説明する。
【0010】
通常、ZnSへのCuの添加量は、0.05wt%以上0.50wt%以下(約0.0385atomic%以上約0.385atomic%以下)であることが望ましいとされている。つまり、0.05wt%未満ではアクセプターとして働くCuの濃度が低く、0.5wt%を超えると濃度消光が生じて輝度が低下するという課題が生じるのである。ところが、薄膜では基体等の制約から蛍光体粒子のような1000℃を超えるような熱処理温度の適用が困難であるため、ZnS結晶粒を大きくすることが困難であった。
【0011】
しかしながら、フラックスとしてCuないしCu化合物を添加することは従来から知られており、図3の工程フロー(第一の工程)に示したように、我々の検討においてはCuの添加量を1.0atomic%以上、好ましくは5.0atomic%以上添加することにより、成膜中ないし成膜後の熱処理によりZnS結晶粒の肥大化が促進されることを確認した。また、Cuの添加量の上限値は10atomic%以下であることが好ましい。Cuの添加量が10atomic%程度になると、ZnS結晶粒の肥大化が飽和するからである。ただし、ZnS結晶粒が肥大する場合は、10atomic%以上のCuを添加しても構わない。Cu添加量が0.05atomic%の場合、窒素雰囲気中における800℃での熱処理により図1(a)の走査型電子顕微鏡像を得た。また、Cu添加量が6.0atomic%の場合、同様に800℃での熱処理により図1(b)の走査型電子顕微鏡像を得た。これらを比較すると、Cu濃度が6.0atomic%の場合に顕著にZnS結晶粒が肥大化していることが確認できる。
【0012】
しかしながら、6.0atomic%のCuを添加したZnS:Cu膜は、ZnS結晶粒に含有されない過剰なCu成分が硫化物としてグレイン境界に析出等して褐色を呈し発光の観点からは、光の取り出し効率が損なわれる等の課題が生じていた。そこで、本発明者らは従来の有害なシアン化カリウムを用いる手法ではなく、塩素雰囲気中や塩化アルカリ金属の被覆における熱処理で過剰なCuを、水溶性を示すCuClやCuClに塩化し、これら水溶性の銅塩化物を水洗にて除去することが可能であることを見出した。つまり、結果として図2(a)に示すように処置なしの熱処理後の膜と、図2(b)に示すように前記の処置をして水洗した膜の写真を示す。これらの写真からも分かるように、本発明の処置により、過剰なCuに起因する褐色が無色に脱色され、過剰なCu成分が除去されていることが分かる。
【0013】
ところで、この過剰なCuとは、ZnS結晶粒界に存在するもの全てないし一部を指すものである。したがって、本発明における手段によって、取り除かれた後の結晶粒界にはCuの成分が一部残存することを除外するものではない。
【0014】
次に、ZnS:Cu膜の塩化を促す手段について説明する。図3の工程フロー(第二の工程)に示したように本発明では、ZnS:Cu膜の塩化を促すため、成膜後のZnS:Cu膜を窒素ガスに塩素ガスを混合した塩素雰囲気で大気圧800℃の熱処理することが好ましい。また、成膜後のZnS:Cu膜に塩化アルカリ金属を被覆し窒素ガス雰囲気中800℃で熱処理することが好ましい。ここで、塩化アルカリ金属は、NaCl、KCl、LiClのいずれか一種類以上から構成されるのが好ましく、特にはNaClが好ましい。熱処理温度は、850℃以下であることが好ましく、特には、400℃以上810℃以下であることが好ましく、更には、600℃以上810℃以下であることが好ましい。この熱処理温度に対応できる基板上にZnS:Cu膜が形成されていれば、本発明の手段が適用できる。また、前記手段の実施前の膜のX線回折において過剰なCuに起因する回折ピークが確認できるが、前記手段の実施後には過剰な銅に起因する回折ピークが消失していることが確認できる。これは、前記手段によりClが膜に導入され、銅塩化物が生成されていることが分かる。図3の工程フロー(第三の工程)に示したように、更に、この銅塩化物が水溶性であるため、塩化処理されたZnS:Cu膜から過剰な銅成分が水洗にて除去できる。銅塩化物が生成されたことは、塩化処理後に水洗した膜における銅の濃度によっても確認することができる。
【0015】
本発明では、CuSとCuSは水に不溶であるが、CuClはやや水溶で、CuClは水溶性(0℃、約110g/100ml)という性質を利用することを見出している。
【実施例】
【0016】
(実施例1)
石英基板上にZnS:Cu膜をRFマグネトロンスパッタリング法によって、150W、0.35Paにて1μm成膜した。膜中には、Cuが約6.0atomic%含まれていた。この試料を窒素雰囲気中800℃で2分間熱処理したものと、窒素ガスに塩素ガスを3%混合した塩素雰囲気で大気圧800℃で2分間熱処理したものを準備する。各々の試料を5分間純水の流水洗浄を実施して、試料内の残留Cuの濃度を蛍光X線分析にて計測する。
【0017】
塩素ガスを混合していない場合に関しては、Zn:S:Cu:Cl=47.0:47.0:6.0:0.0(atomic%)であることが判明した。塩素ガスを混合した場合には、Zn:S:Cu:Cl=51.2:48.2:0.46:0.11(atomic%)であることが判明した。また、目視においても塩化物の水洗除去により膜が褐色から白色に変化していることが確認される。
【0018】
したがって、塩素雰囲気下での熱処理中に余剰なCu成分が塩化して、水溶性となったため純水での流水洗浄にて、6.0atomic%から0.46atomic%まで除去可能となることが示された。
【0019】
(実施例2)
石英基板上にZnS:Cu膜をRFマグネトロンスパッタリング法によって、150W、0.35Paにて1μm成膜した。膜中には、Cuが約6.0atomic%含まれていた。この試料を窒素雰囲気中800℃で2分間熱処理したものと、ZnS:Cu膜上にNaCl膜を被覆した状態の試料を窒素雰囲気中800℃で2分間熱処理したものを準備する。各々の試料を5分間純水の流水洗浄を実施して、試料内の残留Cuの濃度を蛍光X線分析にて計測する。
【0020】
NaCl膜を被覆していない場合に関しては、Zn:S:Cu:Cl=47.0:47.0:6.0:0.0(atomic%)であることが判明した。NaCl膜を被覆した場合には、Zn:S:Cu:Cl=51.2:48.2:0.46:0.11(atomic%)であることが判明した。また、目視においても塩化物の水洗除去により膜が褐色から白色に変化していることが確認される。
【0021】
したがって、NaCl膜で被覆することで、熱処理中に余剰なCu成分が塩化、更にNaCl膜中に取り込まれるなどして、水溶性となったため純水での流水洗浄にて、6.0atomic%から0.46atomic%まで除去可能となることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の第一の工程にて準備するZnS:Cu膜の走査型電子顕微鏡写真である。(a)Cuの添加量が0.05atomic%の場合に窒素雰囲気下で800℃熱処理を行った試料。(b)Cuの添加量が6.0atomic%の場合に窒素雰囲気下で800℃熱処理を行った試料。
【図2】本発明の第二の工程に関する膜の写真である。(a)塩化処理しないで熱処理した試料(左側の褐色)(b)塩化処理後に水洗した試料(右側の白色)
【図3】本発明の製造方法の工程を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体上にZnSへ1.0atomic%以上のCuが添加されたZnS:Cuを成膜する工程、
該ZnS結晶粒に含有されないCu成分を塩化物とする工程、
該塩化物を水洗にて除去する工程、
を有することを特徴とする無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法。
【請求項2】
前記Cu成分を塩化物とする工程にあって、前記ZnS:Cu膜を塩素雰囲気下にて熱処理する請求項1に記載の無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法。
【請求項3】
前記Cu成分を塩化物とする工程にあって、前記ZnS:Cu膜上に塩化アルカリ金属の被覆を形成してから熱処理にて行う請求項1に記載の無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法。
【請求項4】
前記塩化アルカリ金属の被覆が、NaCl、KCl、LiClのいずれか一種類以上からなる請求項3に記載の無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法。
【請求項5】
前記ZnS:Cuを成膜する工程にあって、ZnSへ5.0atomic%以上、10atomic%以下のCuが添加された請求項1乃至4に記載の無機エレクトロルミネッセンス用発光層の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−170345(P2009−170345A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−9111(P2008−9111)
【出願日】平成20年1月18日(2008.1.18)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】