説明

無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜とその製造方法

【課題】樹脂基材のバルクとしての特性を維持したまま、樹脂表面の機械的特性を向上させることを可能にする無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜とその製造方法を提供する。
【解決手段】シリコーンマトリックス中に無機ナノ粒子が充填されて均一に分散/含有されている無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜、並びに無機ナノ粒子をシリコーン中に添加し、熱処理を行った後、Pt触媒(Karstedt触媒)を添加し、当該溶液を樹脂基材表面にスピンキャストした試料を反応性官能基で終端された有機シラン分子の蒸気と反応させた後、更に加熱処理し、架橋を促進させることからなる無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜の製造方法、及び、その製品。
【効果】樹脂基材の耐熱温度以下で、無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜をコーティングすることにより、樹脂基材表面に、機械的特性、耐久性等を付与することが可能な新しい表面改質技術及びその製品を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜とその製造方法に関するものであり、更に詳しくは、シリコーンマトリックス中に無機ナノ粒子が充填されて均一に分散/含有されている無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜、及び、無機ナノ粒子をシリコーン中に添加し、熱処理を行った後、Pt触媒(Karstedt触媒)を添加し、当該溶液を樹脂基材表面にスピンキャストした試料を反応性官能基で終端された有機シラン分子の蒸気と反応させた後、更に加熱処理し、架橋を促進させることで、樹脂基材のバルクとしての特性を維持したまま、樹脂表面の機械的特性を向上させることを可能にする無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜の製造技術に関するものである。
【0002】
本発明は、可とう性、機械的特性、生体安定性等に優れた無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜を樹脂基材表面に低温形成することで、例えば、樹脂製カテーテルの耐穿刺性、耐久性等を向上させることを可能にする、特に有効な表面改質技術に関する新技術・新製品を提供するものである。
【背景技術】
【0003】
現在、医療産業では、埋め込み型装置等に樹脂が広く使用されている。例えば、ポリウレタンは、その優れた生体適合性、何百万回の使用に耐えうる耐久性能、製造が容易という観点から、体内で複数年使用可能な埋め込み型装置の材料として期待されている。しかしながら、優れた生体適合性があるものの、表面に生物付着が起こる傾向があり、早期の材料破壊が問題となっている。
【0004】
生物付着とは、不可逆性のタンパク質付着のことである。アルブミン、フィブリノゲン(Fg)、免疫グロブリン等が支配的なタンパク質は、移植後、数分内で移植した樹脂材料表面に皮膜を形成する(例えば、非特許文献1)。生体内においては、この認識不可能な変成タンパク質の存在により、細胞(主として食細胞)が、移植した樹脂表面に数時間内で増殖する。
【0005】
数日後、移植した樹脂材料の周りは、繊維芽細胞とコラーゲンから構成される繊維性組織の隆起層で覆われるため、樹脂材料表面は、食細胞由来のオキシダントにより、生体内で酸化や加水分解を受けやすくなる(例えば、非特許文献2)。これらの現象が、環境応力亀裂や自己酸化の原因となる(例えば、非特許文献3)ため、ポリウレタンの生体内での長期使用を困難にしている。
【0006】
また、樹脂材料は、一般的に、表面の耐摩耗性や耐傷つき性といった機械的特性に問題がある。特に、生体内に形成したミネラル(リン酸カルシウムが主成分)との接触により、柔らかい樹脂表面に欠陥が生じ、それが前述の有機物(タンパク質や細胞)層形成の開始点となる。
【0007】
例えば、血管に挿入されるカテーテルは、心臓発作抑制のために動脈を開通させる目的で設計されている。しかしながら、カテーテル挿入により、狭くなった動脈の開通という初期目的は達成できたとしても、生体内で形成されたミネラルとの接触により生じた欠陥により、石灰化沈着物の付着が促進し、将来的に別の動脈閉塞の原因になりうる。
【0008】
従って、体内埋め込みを目的とした樹脂製医療材料には、用いる樹脂そのものよりも硬度、耐摩耗性に優れた皮膜を、クラックや剥離することなく密着性よく、かつ低温でコーティングすることが必要不可欠である。また同時に、用いる樹脂と同等かそれ以上の生体適合性と生物付着抑制能を有することも極めて重要である。
【0009】
シリコーンは、低毒性であり、生体適合性、生物付着抑制能、耐酸化性に優れているだけでなく、可とう性、熱安定性、低弾性率も有している(例えば、非特許文献4)。しかしながら、シリコーンは、機械的特性に問題があり、また、シリカに類似した構造(Si−O結合)を有するため、生体内で化学的な影響を受ける。
【0010】
先行文献では、ポリウレタンの骨格の一部にシロキサン(Si−O−Si)鎖を導入して、ポリウレタンの生体安定性を向上させる技術が報告されている(例えば、非特許文献5)。この技術では、ポリウレタンにシロキサン鎖を20%あるいは35%含有させることにより、環境応力亀裂を大幅に抑制することが可能になったものの、表面に部分的にシロキサン結合が存在するだけであるため、移植後18ヶ月以内に局所的な引張破壊が生じたことが報告されている。
【0011】
また、他の先行文献では、ポリウレタンに、酸化防止剤(Santowhite)を混入して酸化を抑制する手法が報告されているものの、移植後3週間で、クラックや剥離が観察されている(例えば、非特許文献6)。
【0012】
上述の通り、体内埋め込みを目的とした医療材料に一般的に使用されているポリウレタンやシリコーンには、一長一短があり、優れた機械的特性(表面の耐摩耗性や硬度)と生体内での優れた安定性を兼ね備えた樹脂材料は未だに開発されていないのが実情であり、当技術分野においては、優れた機械的特性(表面の耐摩耗性や硬度)と生体内での優れた安定性を兼ね備えた新しい樹脂材料を開発することが強く要請されていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Tang,L.P.and Hu,W.J.,Expert Review of Medical Devices,2(4),p.493−500(2005)
【非特許文献2】Thevenot,P.,Hu,W.J.,and Tang,L.P.,Current Topics in Medicinal Chemistry,8(4),p.270−280(2008)
【非特許文献3】Ward,R.,Anderson,J.,McVenes,R.,Stokes,K.,Journal of Biomedical Materials Research Part A,77A,(3),p.580−589(2006)
【非特許文献4】Mathur,A.B.,Collier,T.O.,Kao,W.J.,Wiggins,M.,Schubert,M.A.,Hiltner,A.,Anderson,J.M.,J.Biomed.Mater.Res.,36,p.246−57(1997)
【非特許文献5】Ward,R.,Anderson,J.,McVenes,R.,Stokes,K.,Journal of Biomedical Materials Research Part A,77A,(3),p.580−589(2006)
【非特許文献6】Wu,Y.Anderson,J.M.,Hiltner,A.,Lodoen,G.A.,Payet,C.R.,Journal of Biomedical Materials Research,25,(6),p.725−739(1991)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
このような状況の中で、本発明者は、上記従来技術に鑑みて、樹脂の表面処理技術を開発することを目標として鋭意研究を進めた結果、ビニル基やSi−H基を持つシリコーン(液体状)中で、無機ナノ粒子を加熱処理し、表面に膜厚〜3nm程度のシリコーン皮膜を形成し、続いて、改質されたナノ粒子が分散したシリコーン溶液にPt触媒(Karstedt触媒)を〜10ppm添加し、樹脂基材表面にスピンキャストした後、更に、ビニル基やSi−H基を持つ有機シラン分子の蒸気で処理することにより、無機ナノ粒子をシリコーンマトリックスと共有結合により強固に固定化し、また、シロキサン(Si−O−Si)ネットワークの架橋を促進することで、可とう性、機械的特性に優れた無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜(500nm〜1μm)を、クラックフリーで、密着性よく、樹脂表面に低温で形成できることを見いだし、更に研究を重ねて、本発明を完成させるに至った。
【0015】
本発明は、樹脂基材のバルクとしての特性を維持したまま、樹脂表面の機械的特性を向上させることを可能にする表面改質技術を提供することを目的とするものである。また、本発明は、樹脂本来の優れた可とう性を維持したまま、クラックや剥離を引き起こすことなく、樹脂表面の機械的特性を向上させることを可能とする低温コーティング技術を提供することを目的とするものである。また、本発明は、例えば、樹脂製カテーテルの耐穿刺性、耐久性等を向上させることを可能にする、特に有効な表面改質技術を提供することを目的とするものである。更に、本発明は、用いる樹脂と同等かそれ以上の生体適合性と生物付着抑制能を有する体内埋め込みを目的とした樹脂製医療材料を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決する本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)シリコーンマトリックス中に無機ナノ粒子が充填されて均一に分散/含有されていることを特徴とする無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
(2)シリコーン皮膜のシリコーン原料が、ビニル基、Si−H基の中から選択した1種類以上の反応性官能基で終端されている、前記(1)に記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
(3)充填される無機ナノ粒子が、アルミナ、酸化シリコン、酸化ジルコニウム、二酸化チタン、シリコンカーバイドの中から選択した1種類以上の無機ナノ粒子であり、その粒径は、〜100nmである、前記(1)又は(2)に記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
(4)無機ナノ粒子が、シリコーン原料に対して〜50wt.%で含有されている、前記(1)から(3)のいずれかに記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
(5)無機ナノ粒子の表面が、ビニル基、Si−H基の中から選択した1種類以上の反応性官能基で終端された膜厚〜3nmのシリコーンで被覆されている、前記(1)から(4)のいずれかに記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
(6)無機ナノ粒子が、シリコーンマトリックスに共有結合を介して固定化されている、前記(1)から(5)のいずれかに記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
(7)無機ナノ粒子を、原料となるシリコーン中に添加し、熱処理を行った後、Pt触媒(Karstedt触媒)を〜10ppm添加し、当該溶液を樹脂基材表面にスピンキャストした試料を、ビニル基、Si−H基の中から選択した1種類以上の反応性官能基で終端された有機シラン分子の蒸気と反応させた後、更に加熱処理し、架橋を促進させることを特徴とする、無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜の製造方法。
(8)無機ナノ粒子を、原料となるシリコーン中に添加し、〜100℃で〜72時間熱処理を行い、スピンキャストした試料を、〜50℃で〜72時間、有機シラン分子の蒸気と反応させた後、更に〜80℃で〜24時間加熱処理し、架橋を促進させる、前記(7)に記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜の製造方法。
(9)無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜を、酸素プラズマ、紫外線、オゾンの中から選択した1種類以上の媒体に暴露する、前記(7)に記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜の製造方法。
(10)前記(1)から(6)のいずれかに記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜を有することを特徴とする体内埋め込み用樹脂製材料。
【0017】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、アルミナ、酸化ジルコニウム、酸化シリコン、シリコンカーバイド等の無機ナノ粒子を、ビニル基やSi−H基を持つシリコーン(液体状)中で加熱処理し、表面に膜厚〜3nm程度のシリコーン皮膜を形成し、続いて、改質されたナノ粒子が分散しているシリコーン溶液に、Pt触媒(Karstedt触媒)を〜10ppm添加し、樹脂基材表面にスピンキャストした後、更に、ビニル基やSi−H基を持つ有機シラン分子の蒸気で処理することにより、表面改質した無機ナノ粒子をシリコーンマトリックスと共有結合により強固に固定化し、また、シロキサン(Si−O−Si)ネットワークの架橋を促進することで、樹脂基材のバルクとしての特性を維持したまま、樹脂表面の機械的特性を向上させることを可能にする表面改質技術の点に特徴を有するものである。
【0018】
本発明では、予め100℃で24時間以上乾燥させた無機ナノ粒子を、原料となるシリコーン(液体状)中に、相対湿度5%以下の窒素雰囲気下で添加し、〜100℃で〜72時間、撹拌/加熱処理し、ナノ粒子表面に膜厚〜3nmのシリコーン皮膜を形成する。
【0019】
この場合、シリコーン中に、ビニル基、Si−H基の内から選択した1種類以上の活性な官能基が含まれていることが好ましい。また、当該シリコーンが、無機ナノ粒子表面の酸素含有極性基である水酸基との間で、共有結合を介して固定化されていることが好ましい。
【0020】
本発明では、上記シリコーンとして、polyMethylHydrosiloxanes,Trimethylsiloxy terminated、Vinylmethylsiloxane Homopolymers等が好適に用いられるが、これらと同等又は類似の効果を奏するシリコーン化合物であれば同様に使用することが可能である。これらのシリコーン化合物として、具体的には以下に示す化合物が例示される。
【0021】
本発明では、原料として使用できるシリコーン化合物の例として、以下のシリコーン化合物が挙げられる。すなわち、Hydride Terminated PolyDimethylsiloxanes; MethylHydrosiloxane−Dimethylsiloxane Copolymers, Trimethylsiloxy terminated; MethylHydrosiloxane−Dimethylsiloxane Copolymers, Hydride terminated; polyEthylHydrosiloxane, Triethylsiloxy terminated; polyPhenyl−(DiMethylHydrosiloxy)siloxane, hydride terminated; MethylHydrosiloxane−PhenylMethylsiloxane copolymer, hydride terminated; MethylHydrosiloxane−OctylMethylsiloxane copolymers and terpolymers; Vinyl Terminated PolyDimethylsiloxanes; Vinyl Terminated Diphenylsiloxane−Dimethylsiloxane Copolymers; Vinyl Terminated polyPhenylMethylsiloxane; VinylPhenylMethyl Terminated VinylPhenylsiloxane−PhenylMethylsiloxane Copolymer; Vinyl Terminated TrifluoropropylMethylsiloxane−Dimethylsiloxane Copolymer; VinylTerminated Diethylsiloxane−Dimethylsiloxane Copolymers; Vinylmethylsiloxane−Dimethylsiloxane Copolymers, trimethylsiloxy terminated; Vinylmethylsiloxane−Dimethylsiloxane Copolymers, silanol terminated 4−6% OH; Vinylmethylsiloxane−Dimethylsiloxane Copolymers, vinyl terminated; MonoVinyl Terminated PolyDimethylsiloxanes−asymmetric; MonoVinyl Functional PolyDimethylsiloxane−symmetric; (3−5% Vinylmethylsiloxane)−(35−40% OctylmethylSiloxane)−(Dimethylsiloxane)terpolymer; (3−5% Vinylmethylsiloxane)−(35−40% PhenylmethylSiloxane)−(Dimethylsiloxane)terpolymer; Vinylmethoxysiloxane Homopolymer; Vinylethoxysiloxane Homopolymer; Vinylethoxysiloxane−Propylethoxysiloxane Copolymer; が挙げられる。
【0022】
本発明で使用しうる無機ナノ粒子としては、アルミナ、酸化ジルコニア、酸化シリコン、シリコンカーバイドから選ばれる無機ナノ粒子あるいはこれらと同等又は類似の無機ナノ粒子を任意に使用することができる。本発明では、硬度の高いアルミナを用いることを好ましい実施態様としている。これらの無機ナノ粒子の粒子サイズは、特に限定されるものではないが、100nm以下であることが望ましい。
【0023】
また、皮膜の機械的特性を格段に向上させるために、無機ナノ粒子をシリコーン成分に対して〜50wt.%まで充填することが可能である。これ以上無機ナノ粒子の濃度が高くなると、無機ナノ粒子含有シリコーン溶液の粘性が高くなり、流動性がなくなるため、また、皮膜形成が困難になるため、好ましくない。
【0024】
続いて、当該無機ナノ粒子含有シリコーン溶液に、Pt触媒(Karstedt触媒、platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を〜10ppm添加し、直ちに、樹脂基材上に当該無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜(未硬化、液体状)を形成する。基材には、ナイロンやウレタン等のカテーテル材料で一般的に使われている樹脂を用いることができる。
【0025】
コーティング方法は、特に限定されるものではないが、好ましくは、樹脂基材に、当該無機ナノ粒子含有シリコーン溶液を、スピンキャスト、刷毛塗り、あるいはディップコーティングする方法が用いられる。
【0026】
本発明においては、従来手法のように、予め樹脂基板表面を活性化する目的で、酸素プラズマ、真空紫外光、又はオゾン等により処理する必要はない。その理由は、シリコーン(液体状)は、表面エネルギーが低いため、処理なしでも、表面エネルギーが一般的に低い樹脂表面を十分に濡らすことができるからである。樹脂基板にダメージを与えない有機溶媒や、水洗により基板表面に付着した付着物を除去するだけでよい。
【0027】
続いて、シリコーン中の反応基(Si−H基あるいはビニル基)と、改質した無機ナノ粒子表面の反応基(Si−H基あるいはビニル基)を、これらの反応基と相反する反応基を持つ有機シラン分子とを、Pt触媒(Karstedt触媒)を用いて反応させ、Si−H基あるいはビニル基間で安定なSi−C結合を形成させ、無機ナノ粒子をシリコーンマトリックスに固定化する。この反応効率は、触媒の濃度が〜10ppm程度でも、100℃以下の温度で90%以上である。
【0028】
処理方法は、特に限定するものではないが、気相処理が好ましい。その理由は、液相処理であると有機シラン分子が皮膜内部にまで十分に拡散しないためである。また、処理条件は、樹脂基材の種類に依存するが、処理温度は、〜50℃、処理時間は、24〜72時間、窒素雰囲気下で、該雰囲気中の相対湿度は、5%以下であることが望ましい。本発明では、耐熱性の低いウレタン材料の場合、〜50℃で〜72時間処理することを好ましい実施態様としている。架橋をより促進させるために、〜80℃で〜24時間、更に加熱処理することも可能である。
【0029】
使用する分子は、環状構造を持つ分子であることが好適である。環状構造を持つ分子として、1,3,5,7−tetramethylcyclotetrasiloxane(D)、1,3,5,7−tetravinyl−1,3,5,7−tetramethylcyclotetrasiloxane(D)、が好適に使用されるが、これと同等又は類似の効果を奏する化合物を用いることも可能であり、具体的には以下に示す枝状構造を有する化合物が例示される。
【0030】
1,3,5,7−tetraethylcyclotetrasiloxane、1,3,5−trivinyl−1,3,5−trimethylcyclotrisiloxane
【0031】
当該無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜を、酸素プラズマ、紫外線、又はオゾンにより処理することにより、無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜表面の機械的特性を更に向上させることができる。その理由は、当該活性処理により、シリコーン樹脂から有機成分が除去され、無機のシリカ(SiO)に変換されるからである。また、表面がシリカに変換されることで、表面の反応性が向上するため、有機シラン分子や反応性ポリマーを共有結合により固定化することが可能となり、表面のみを更に高機能化(はっ水/はつ油性付与等)することができる。
【0032】
本発明の表面処理技術を用いることにより、可とう性を維持したまま、機械的強度に優れた無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜(500nm〜1μm)を、1)剥離やクラックフリーで、2)前処理なしにダイレクトに、3)樹脂基材の耐熱温度以下で、コーティングすることが容易になるという利点が得られる。
【発明の効果】
【0033】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)樹脂基材の耐熱温度以下で、無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜をコーティングすることにより、樹脂基材表面に、機械的特性、耐久性等を付与することが可能な新しい表面改質技術を提供することができる。
(2)当該無機ナノ粒子表面は、シリコーンマトリックスと同じ成分の皮膜(膜厚〜3nm)で被覆されているため、凝集させることなく、皮膜中に高濃度(〜50wt.%)で均一に分散することができる。
(3)無機ナノ粒子は、シリコーンマトリックスと共有結合を介して固定化されているため、極めて安定で、皮膜内から脱離することはない。
(4)無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜(500nm〜1ミクロン)を、特別な前処理をすることなく、様々な樹脂基板上に密着性よく、クラックフリーで、かつ低温で形成することができる。
(5)酸素プラズマ、紫外線、オゾン処理により、表面のみを低温でシリカに変換できるため、有機シラン分子や反応性ポリマーを共有結合により固定化することが可能となり、表面のみを高機能化(はっ水/はつ油性付与等)することができる。
(6)本発明では、樹脂表面に機械的特性を低温で付与することで、例えば、樹脂製カテーテルの可とう性を維持したまま、耐穿刺性、耐久性等を向上させることを可能にする、特に有効な表面改質技術を提供することが可能である。
(7)用いる樹脂と同等かそれ以上の生体適合性と生物付着抑制能を有する体内埋め込みを目的とした樹脂製医療材料を製造し、提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施例1〜5に記載の、無機ナノ粒子表面改質の概略図を示す。
【図2】実施例6に記載の、無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜(未硬化、液体状)の架橋方法の概略図を示す。
【図3】実施例2に記載の、無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜の可とう性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0035】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、以下の実施例は本発明の好適な例を示すものであり、本発明は、該実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
ガラス容器中に、100℃で24時間乾燥したアルミナナノ粒子(粒径31nm)0.6gを、液体状のpoly(methylvinylsiloxane)(分子量1000)9.4gとともに、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(100℃)中で72時間加熱処理した。
【0037】
その後、これに、Karstedt触媒(platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を50μg(〜10ppm)添加して調製した溶液を、ポリウレタン基板にスピンコートした。
【実施例2】
【0038】
ガラス容器中に、100℃で24時間乾燥したアルミナナノ粒子(粒径31nm)2.4gを、液体状のpoly(methylvinylsiloxane)(分子量1000)7.6gとともに、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(100℃)中で72時間加熱処理した。
【0039】
その後、これに、Karstedt触媒(platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を50μg(〜10ppm)添加して調製した溶液を、ポリウレタン基板にスピンコートした。
【実施例3】
【0040】
ガラス容器中に、100℃で24時間乾燥したシリカナノ粒子(粒径25nm)0.6gを、液体状のpoly(methylvinylsiloxane)(分子量1000)9.4gとともに、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(100℃)中で72時間加熱処理した。
【0041】
その後、これに、Karstedt触媒(platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を50μg(〜10ppm)添加して調製した溶液を、ポリウレタン基板にスピンコートした。
【実施例4】
【0042】
ガラス容器中に、100℃で24時間乾燥したシリカナノ粒子(粒径25nm)2.4gを、液体状のpoly(methylvinylsiloxane)(分子量1000)7.6gとともに、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(100℃)中で72時間加熱処理した。
【0043】
その後、これに、Karstedt触媒(platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を50μg(〜10ppm)添加して調製した溶液を、ポリウレタン基板にスピンコートした。
【実施例5】
【0044】
ガラス容器中に、100℃で24時間乾燥したアルミナナノ粒子(粒径31nm)1gを、1gのpoly(methylvinylsiloxane)(分子量1000)をヘキサン(9g)で希釈した溶液に添加し、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(100℃)中で72時間加熱処理した。
【0045】
その後、これに、Karstedt触媒(platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を50μg(〜10ppm)添加して調製した溶液を、ナイロン基板にスピンコートした。
【実施例6】
【0046】
上記実施例1〜5で作製した基板を、1,3,5,7−tetramethylcyclotetrasiloxane(D)の蒸気に50℃で72時間暴露した後、更に、80℃で24時間処理した。
【実施例7】
【0047】
上記実施例1〜6で作製した試料のヤング率、硬度を、ナノインデンテーション(最大押し込み深さ:400nm、圧子タイプ:バーコビッチ)により測定した。表1は、実施例7の結果として、実施例1〜6に記載の試料と、文献から引用した各種樹脂基材の機械的特性(ヤング率及び硬度)をまとめたものである。
【0048】
【表1】

【0049】
(比較例1)
ガラス容器中に、100℃で24時間乾燥したアルミナナノ粒子(粒径31nm)0.6gを、オクタデシルトリメトキシシラン(CH[CH17Si[OCH)0.6gとともに、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(150℃)中で72時間加熱処理した。
【0050】
次いで、当該処理したナノ粒子0.6gを、別のガラス容器に、液体状のpoly(methylvinylsiloxane)(分子量1000)9.4gとともに窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(100℃)中で72時間加熱処理した後、Karstedt触媒(platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を50μg(〜10ppm)添加して調製した溶液を、ポリウレタン基板にスピンコートした。
【0051】
(比較例2)
ガラス容器中に、100℃で24時間乾燥したアルミナナノ粒子(粒径31nm)2.4gを、オクタデシルトリメトキシシラン(CH[CH17Si[OCH)2.4gとともに、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(150℃)中で72時間加熱処理した。
【0052】
次いで、当該処理したナノ粒子2.4gを、別のガラス容器に、液体状のpoly(methylvinylsiloxane)(分子量1000)7.6gとともに窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(100℃)中で72時間加熱処理した後、Karstedt触媒(platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を50μg(〜10ppm)添加して調製した溶液を、ポリウレタン基板にスピンコートした。
【0053】
(比較例3)
ガラス容器中に、100℃で24時間乾燥したシリカナナノ粒子(粒径25nm)0.6gを、オクタデシルトリメトキシシラン(CH[CH17Si[OCH)0.6gとともに、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(150℃)中で72時間加熱処理した。
【0054】
次いで、当該処理したナノ粒子0.6gを、別のガラス容器に、液体状のpoly(methylvinylsiloxane)(分子量1000)9.4gとともに窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(100℃)中で72時間加熱処理した後、Karstedt触媒(platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を50μg(〜10ppm)添加して調製した溶液を、ポリウレタン基板にスピンコートした。
【0055】
(比較例4)
ガラス容器中に、100℃で24時間乾燥したシリカナナノ粒子(粒径25nm)2.4gを、オクタデシルトリメトキシシラン(CH[CH17Si[OCH)2.4gとともに、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(150℃)中で72時間加熱処理した。
【0056】
次いで、当該処理したナノ粒子2.4gを、別のガラス容器に、液体状のpoly(methylvinylsiloxane)(分子量1000)7.6gとともに窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(100℃)中で72時間加熱処理した。その後、Karstedt触媒(platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を50μg(〜10ppm)添加して調製した溶液を、ポリウレタン基板にスピンコートした。
【0057】
(比較例5)
ガラス容器中に、100℃で24時間乾燥したアルミナナノ粒子(粒径31nm)1gを、オクタデシルトリメトキシシラン(CH[CH17Si[OCH)1gとともに、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(150℃)中で72時間加熱処理した。
【0058】
次いで、当該処理したナノ粒子1gを、1gのpoly(methylvinylsiloxane)(分子量1000)をヘキサン(9g)で希釈した溶液とともに別のガラス容器に、窒素雰囲気中で密閉した後、マグネティックスターラにて撹拌しながら、オイルバス(100℃)中で72時間加熱処理した。その後、Karstedt触媒(platinum−divinyltetramethyldisiloxane complex、2.1〜2.4% Pt in キシレン)を50μg(〜10ppm)添加して調製した溶液を、ナイロン基板にスピンコートした。
【0059】
以上の6つの実施例、5つの比較例で作製した試料を相対的に評価すると、実施例1〜5では、ナノ粒子をシリコーン原料液で予め被覆することにより、無機ナノ粒子を高濃度で均一にシリコーンマトリックス中に分散させることが可能となった。一方、比較例1〜5では、均一分散できずに凝集が観察された。また、実施例7の結果からも明らかなように、実施例6で、この無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜(液体状、未硬化)をD蒸気と反応/架橋させることで、表1に示したように、実施例1〜4の試料では、ポリウレタン基材表面のヤング率と比較して、2桁程度大きくなった。
【0060】
また、一般的なシリコーンと比較すると、3桁程度のヤング率の増加が確認された。更に、最近、報告された硬度が高いと言われているシリコーンと比較しても、ヤング率は2倍程度、硬度も同程度〜1.3倍程度増加していることがわかる。更に、実施例5、6で作製したサンプルは、50wt.%ナノ粒子が含有しているにも関わらず、100回以上基材の曲げ試験を行った後も、皮膜表面にクラックや剥離が生じなかった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
以上詳述したように、本発明は、無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜とその製造方法に関するものであり、本発明により、可とう性、密着性、機械的特性等に優れた無機ナノ粒子含有ハイブリッド皮膜を、ポリウレタン基板だけでなく、例えば、ナイロン、アクリル等の様々な樹脂基材表面に、特別な前処理なく、低温でコーティングできる新しい表面改質技術を提供することができる。また、本発明により、無機ナノ粒子を、凝集させることなく、高濃度で均一にシリコーンマトリックス中に分散することができる。また、本発明では、可とう性、密着性機械的特性等に優れた無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜を樹脂基材表面に、樹脂基材の耐熱温度以下で形成することで、例えば、樹脂製カテーテルの耐穿刺性、耐久性等を向上させることを可能にする、特に有効な表面改質技術を提供することができる。更に、本発明により、用いる樹脂と同等かそれ以上の生体適合性と生物付着抑制能を有する体内埋め込みを目的とした樹脂製医療材料を提供することができる。本発明は、樹脂基材のバルクとしての特性を維持したまま、樹脂表面の機械的特性を向上させることを可能にする表面改質技術を提供するものとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコーンマトリックス中に無機ナノ粒子が充填されて均一に分散/含有されていることを特徴とする無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
【請求項2】
シリコーン皮膜のシリコーン原料が、ビニル基、Si−H基の中から選択した1種類以上の反応性官能基で終端されている、請求項1に記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
【請求項3】
充填される無機ナノ粒子が、アルミナ、酸化シリコン、酸化ジルコニウム、二酸化チタン、シリコンカーバイドの中から選択した1種類以上の無機ナノ粒子であり、その粒径は、〜100nmである、請求項1又は2に記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
【請求項4】
無機ナノ粒子が、シリコーン原料に対して〜50wt.%で含有されている、請求項1から3のいずれかに記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
【請求項5】
無機ナノ粒子の表面が、ビニル基、Si−H基の中から選択した1種類以上の反応性官能基で終端された膜厚〜3nmのシリコーンで被覆されている、請求項1から4のいずれかに記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
【請求項6】
無機ナノ粒子が、シリコーンマトリックスに共有結合を介して固定化されている、請求項1から5のいずれかに記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜。
【請求項7】
無機ナノ粒子を、原料となるシリコーン中に添加し、熱処理を行った後、Pt触媒(Karstedt触媒)を〜10ppm添加し、当該溶液を樹脂基材表面にスピンキャストした試料を、ビニル基、Si−H基の中から選択した1種類以上の反応性官能基で終端された有機シラン分子の蒸気と反応させた後、更に加熱処理し、架橋を促進させることを特徴とする、無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜の製造方法。
【請求項8】
無機ナノ粒子を、原料となるシリコーン中に添加し、〜100℃で〜72時間熱処理を行い、スピンキャストした試料を、〜50℃で〜72時間、有機シラン分子の蒸気と反応させた後、更に〜80℃で〜24時間加熱処理し、架橋を促進させる、請求項7に記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜の製造方法。
【請求項9】
無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜を、酸素プラズマ、紫外線、オゾンの中から選択した1種類以上の媒体に暴露する、請求項7に記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1から6のいずれかに記載の無機ナノ粒子含有シリコーン皮膜を有することを特徴とする体内埋め込み用樹脂製材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−219195(P2012−219195A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−86774(P2011−86774)
【出願日】平成23年4月8日(2011.4.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 文部科学省 地域科学技術振興施策、助成研究「地域イノベーションクラスタープログラム(都市エリア型)岐阜県南部エリア」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】