説明

無機粒子コロイドおよびその製造方法

【課題】無機粒子複合体を含むコロイド、特にπ共役ポリマーによって安定化された無機粒子複合体を含むコロイドの新たな製造方法を提供する。
【解決手段】下記式(I):


で示されるポリチオフェンと金属イオンとを溶媒中で接触させることにより前記金属イオンを金属又は金属酸化物へと反応せしめることを特徴とする無機粒子コロイドの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶媒中に金属微粒子や金属酸化物微粒子が分散してなる無機粒子コロイドおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
無機半導体は、太陽電池、発光デバイス(発光ダイオード、AlGaAsなど)、スマートカード、センサー、などエレクトロニクス分野で実用されている。しかし、無機半導体の結晶化は高コストであり、フレキシブル基板との互換性に問題がある。よって更なる普及のためには低コスト化が不可欠である。一方、その対抗技術として有機エレクトロニクスがある。有機エレクトロニクスの利点として、従来の真空プロセスやマスクを使ったフォトリソグラフィプロセスを利用せずに、塗布印刷によって比較的大面積のデバイス集積基板の形成が可能であることや、製造時の工程数、装置コストを削減することができ、エネルギー消費やレアメタル材料の利用などによる環境負荷を低減できることなどが挙げられる。そういったことを背景として、薄膜トランジスタ素子(TFT)、発光ダイオードや有機太陽電池用素材として、π共役ポリマーが検討されている。
【0003】
しかし、一般に有機材料は無機材料に比べて温度、湿度、酸素等により劣化しやすい。そのため、デバイスに用いた場合にはその安定性が課題となる。さらに、電気伝導率などの性能は未だ低いという問題がある。その解決手段として、有機−無機ハイブリッド体が、発光体[非特許文献1]、積層型有機無機複合型太陽電池[特許文献1]、光起電性太陽電池セル活物質[非特許文献2]開発などを通じて検討されている。
【0004】
π共役ポリマーと金ナノ粒子複合体の合成については、いくつか報告されている[非特許文献3]。その製造法として、ポリマーをマトリックスとして金ナノ結晶を含有させる試みがある。例えば、あらかじめ金属塩に還元剤を添加してナノ粒子を形成させた後にポリエチレンジオキシチオフェンを添加し、複合体フィルムを作製する手法が公表されている[特許文献2]。また、ポリアルコキシチオフェンに塩化金酸を添加して金属イオンを側鎖に配位させた後に還元して複合させるといった手法が発表されている[非特許文献4]。上記の例は、いずれも金属ナノ結晶を成長させる上で還元剤を添加するステップが必要であり、更に反応後は余剰な還元剤の除去操作が必要となる。さらに、金属のナノプレートの従来の製造法は、1)界面活性剤・還元剤[非特許文献5];2)PVP(ポロビニルピロリドン:高分子安定剤)・還元剤[非特許文献6];3)光還元・PVP[非特許文献7]の使用が知られており、還元剤や光照射装置が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2006/25260号
【特許文献2】特表2009−500802号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M. Kubo et al., Macromolecules,2005, 38, 7314
【非特許文献2】S. Dayal, et al., J. Am. Chem.Soc., 2009, 131, 17726
【非特許文献3】M. O. Wolf, et al., Chem. Commun. 2005, 3375
【非特許文献4】P.-T. Chou, et al., Chem. Commun. 2009,1996
【非特許文献5】A. Markin, et al. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 5312
【非特許文献6】W. S. Yun, et al., Chem. Mater. 2005, 17, 5558
【非特許文献7】N. Kimizuka,et al., J. Am. Chem. Soc., 2009, 131, 14407
【非特許文献8】T. Minami, et al., Tetrahedron Lett. 2008,49, 432
【非特許文献9】C. Li, et al., J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 4548
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記背景技術に鑑みて、本発明は、無機粒子複合体を含むコロイド、特にπ共役ポリマーによって安定化された無機粒子複合体を含むコロイドの新たな製造方法の提供を主目的とし、特に、簡便な操作で環境負荷が小さく、無機粒子の形状を制御し易い上記製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らが鋭意検討した結果、以下のような本発明を完成した。
(1)下記式(I):
【化1】

【0009】
(式中、n個のXは全て硫黄原子であるかあるいは一部が硫黄原子であって残りがNHであり、Rはフェニル基で置換されるか又は2−メトキシエトキシ基で置換されていてもよいC1-6アルキル基であり、mは1〜2であり、mは2〜12であり、nは500〜2000であり、Yはハロゲン原子である。)で示されるポリチオフェンと金属イオンとを溶媒中で接触させることにより前記金属イオンを金属又は金属酸化物へと反応せしめることを特徴とする無機粒子コロイドの製造方法。
【0010】
(2)金属が10族または11族元素であり無機粒子が金属粒子である(1)の製造方法。
(3)還元剤を添加せず、上記式(1)で示されるポリチオフェンが金属イオンを還元する(2)の製造方法。
(4)金属が亜鉛であり無機粒子が酸化亜鉛である(1)の製造方法。
(5)溶媒が水、メタノールまたはアセトニトリルである(1)〜(3)のいずれかの製造方法。
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載の製造方法によって製造された無機粒子コロイド。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、簡便な装置を用いて従来に比し温和な条件でナノサイズレベルの金属微粒子や金属酸化物微粒子などの無機微粒子を含む金属コロイドを製造することができる。本発明では、従来法とは異なり、上記一般式(I)で示されるポリチオフェン(以下、ポリチオフェン(I)ともいう。)が反応速度の制御および生成した無機粒子の安定化に加えて、必要に応じて還元剤としても作用するので、反応系に別途還元剤を加える必要がない。このため、環境負荷が小さい。本発明によれば、無機粒子を得るために反応条件を過酷にする必要がないので、シンプルかつ安全である。本発明では、溶媒の種類を変えることで無機粒子の粒子の形状を制御できる。本発明によれば、コロイド中の無機粒子はπ共役ポリマーであるポリチオフェン(I)との複合体を形成している可能性が高く、有機−無機複合材料としての展開が期待される。
【0012】
本発明の好適形態によれば、従来は得難かったプレート状の金微粒子を含むコロイドを得ることができ、新たな物性発現および応用の期待が高い。
【0013】
ポリチオフェン(I)にはイソチオウロニウム基が側鎖に導入されているために両親媒性であり、有機溶媒だけでなく水に溶解する。その溶液へ10族または11族元素等のイオンを添加すると,ポリチオフェンのpドーピング特性によって前記イオンが還元されてゼロ価の金属が生成して、ナノ結晶が成長する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明により得られたサンプルのTEM観察像である。
【図2】本発明により得られた金ナノプレートの電子回折パターンである。図2(A)は金ナノプレートの電子回折パターンであり、図2(B)は標準金結晶の電子回折パターンである。
【図3】本発明により得られた金ナノプレートについてのエネルギー分散型X線分析(EDX)のチャートである。
【図4】本発明により得られた金ナノプレートについてのマッピングを示す。
【図5】本発明により得られた生成物についてのFE−SEM観察像である。
【図6】本発明により得られた生成物についてのFE−SEM観察像である。
【図7】本発明により得られたサンプルのIRスペクトルである。
【図8】ポリチオフェン(I)およびポリチオフェン(I)への塩化金酸添加後のUV−Vis−NIR吸収スペクトルの経時変化を示す。
【図9】比較例についてのTEM観察像である。
【図10】本発明により得られた生成物についてのTEM観察像である。
【図11】本発明により得られた生成物についてのTEM観察像である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の特徴のひとつは、ポリチオフェン(I)を用いることである。
上記一般式(I)において、n個のXは次の(A)又は(B)のいずれかである。(A)n個のXが全て硫黄原子であり、換言すると、一般式(I)はチオフェンのモノポリマーである。(B)n個のXの一部が硫黄原子であって残りがNHであり、換言すると、一般式(I)はチオフェンとピロールとのコポリマーである。本明細書では「ポリチオフェン」という文言を、前記(A)と(B)の両方を含む概念として用いる。好ましくは、n個のXは全て硫黄原子である。
【0016】
上記一般式(I)において、RはC1-6アルキル基であり、該アルキル基は、無置換であってもよいし、フェニル基で置換されていてもよいし、2−メトキシエトキシ基で置換されていてもよい。C1-6アルキル基は炭素数1〜6個の直鎖状のまたは分枝したアルキル基である。一般式(I)において、Rは好ましくは無置換のC1-6アルキル基であり、より好ましくは無置換の直鎖状のC1-6アルキル基である。C1-6アルキル基は炭素数が好ましくは1〜4個であり、より好ましくは炭素数が1〜3個である。好適なRについては、具体的には、メチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、2−(2−メトキシエトキシ)エチル基、1−フェニルエチル基などが挙げられる。
【0017】
上記一般式(I)において、mは1〜2であり、mは,2〜12である。mは好ましくは2〜8であり、より好ましくは2〜4である。mはエチレングリコールの鎖長に対応しており、あまりに長すぎると、無機微粒子の形状が制御しにくくなるという懸念がある。
【0018】
上記一般式(I)において、nはポリマーの重合度をあらわしており、500〜2000、好ましくは1000〜1500である。重合度が小さすぎると無機微粒子が成長しないことが懸念され、重合度が大きすぎるとポリチオフェンが溶媒に溶解しにくくなることが懸念される。
【0019】
上記一般式(I)において、Yは対アニオンである。Yはハロゲン原子であって、好ましくは塩素原子又は臭素原子である。
【0020】
ポリチオフェン(I)は以下の反応スキームによって製造することができる。下記スキームにおいてX、R、m、m、nは上述したとおりである。
【化2】

【0021】
一般式(III)で表されるチオ尿素化合物(以下、チオ尿素化合物(III)ともいう。)を溶解した乾燥エタノールに、一般式(II)で表されるチオフェン誘導体(以下、チオフェン誘導体(II)ともいう。)を溶解した乾燥エタノールを加えて、約70℃にて約90時間加熱還流することによって、一般式(IV)で表されるイソチオウロニウムペンダント型モノチオフェン(以下、モノチオフェン(IV)ともいう。)を得ることができる。チオ尿素化合物(III)およびチオフェン誘導体(II)は、公知化合物であり、例えば、非特許文献7および非特許文献8などにしたがって得ることができる。チオフェン誘導体(II)に代えて、XがNHであるピロールを用いてもよい。mおよびmについては、最終的に得るべきポリチオフェン(I)の化学構造に対応するものを適宜選択することができる。この反応はN雰囲気下で行うことが好ましい。反応終了後、溶媒を留去し、残渣をカラムクロマトグラフィーにより分離精製することができる。
【0022】
一般式(IV)で表されるイソチオウロニウムペンダント型モノチオフェンを重合してポリチオフェン(I)を得る方法は以下のとおりである。N雰囲気下、塩化鉄(III)に乾燥クロロホルムを加え、その溶液へ乾燥CHClに溶解させたモノチオフェン(IV)を滴下して攪拌する。攪拌は好ましくは室温である。攪拌時間は好ましくは10〜15時間である。反応終了後、生成した沈殿物を採取するために、上澄み液を除去し、沈殿物をエーテル等で洗浄する。好ましくは、エーテル、アセトン等を用いてソックスレー抽出をおこなう。抽出溶液を回収し、溶媒を減圧留去し、好ましくはクロロホルム等で洗浄することによって、固体としてポリチオフェン(I)を得ることができる。
【0023】
ポリチオフェン(I)としてチオフェンとピロールとのコポリマーを得る場合には、Xが硫黄原子のものとNHであるものの両方のモノチオフェン(IV)を製造しておき、重合反応の際に両者を混合させることができる。
【0024】
本発明によれば、ポリチオフェン(I)と金属イオンとを溶媒中で接触させる。それによって前記金属イオンが化学反応して金属又は金属酸化物を得ることができ、反応系に存在するポリチオフェン(I)と相俟って無機粒子コロイドを得ることができる。
【0025】
金属イオンは目的とする金属または金属酸化物に対応するものであって、溶媒に溶解する塩を形成していれば、特に限定はない。例えば、そのような金属イオンの塩としては、ハロゲン化物、硝酸塩、酢酸塩などが典型的に例示される。
【0026】
本発明によれば、ポリチオフェン(I)は生成した無機粒子と複合体を形成して溶媒中での分散安定化に寄与するとともに、金属イオンの種類によっては、還元剤としても作用する。このため、還元によってゼロ価の金属粒子を得るときに、反応系中に、別途、還元剤を配合する必要が無いという利点がある。そのように、還元剤を配合せずにポリチオフェン(I)によって金属イオンを還元する場合には、反応系がシンプルになるとともに、環境負荷が低くなる。金属イオンは特に限定なく、還元してゼロ価の金属を得るためであれば、好ましくは10族または11族元素の金属イオンであり、より好ましくは、金イオン、銀イオン、白金イオン、パラジウムイオンである。
【0027】
一方、金属イオンの種類によっては、ポリチオフェン(I)による還元を受けずに溶媒中で酸化物を形成することができる。そのような金属イオンとしては、亜鉛イオン、鉄イオンなどが挙げられる。このような金属イオンを用いた場合には、ポリチオフェン(I)は還元作用を呈さずに、生成した無機粒子(酸化物)との複合体を形成して該無機粒子の溶媒中における分散安定化に寄与する。例えば、酸化亜鉛とポリチオフェン(I)との複合体を得た場合には、酸化亜鉛が発光性半導体粒子になり得ることから、新たな有機−無機複合発光性材料としての展開も期待される。
【0028】
溶媒中における、ポリチオフェン(I)と金属イオンとの接触の手段については特に限定は無く、室温下、例えば、15〜30℃における攪拌等でもよい。反応時間は特に限定は無く、例えば、後述する好適濃度においては目視により無機粒子の生成が確認できるので、目安にすることができる。具体的には、例えば、水溶媒中では、30分〜30時間などが挙げられる。
【0029】
反応速度や制御や無機微粒子の製造の効率性などを考慮すると、反応系中の金属イオンの濃度は、好ましくは1×10-4〜1×10-2Mであり、より好ましくは1×10-4〜1×10-3Mである。同様の理由からポリチオフェン(I)の濃度は、好ましくは1×10-5〜1×10-2M/unitであり、より好ましくは1×10-4〜1×10-3M/unitである。本明細書では、ポリチオフェン(I)の濃度(M/unit)は、対応するモノマーの濃度に換算して表現している。反応系において、ポリチオフェン(I)の濃度に対する金属イオンの濃度の比率は、好ましくは0.85〜10であり、より好ましくは0.85〜4であり、さらに好ましくは0.85〜2である。
【0030】
ポリチオフェン(I)および金属イオンが溶解するのであれば、溶媒は特に限定は無く、水、アルコール、アセトニトリル等を例示することができる。アルコールとしてはメタノールが好ましい。本発明によれば、溶媒の選択によって、得られるコロイド中の無機粒子の形状を制御することができる。例えば、金コロイドを製造する場合、水を溶媒とすることにより、(111)面が露出するように成長したプレート上の金微粒子を得ることができ、メタノールやアセトニトリルを溶媒とすることによって異方性の少ない立方八面体あるいは球状に近い形状の金微粒子を得ることができる。
【0031】
本発明によれば、コロイド中の無機粒子はポリチオフェンとの複合体を形成している可能性が高い。このような複合体は有機−無機複合材料として、導電性材料、有機太陽電池用活物質、有機半導体への適用が期待される。本発明により得られたコロイドを上述の用途へ適用する具体的手段については、例えば、乾燥してペレット化するなど、それぞれの用途に応じた手段を特に限定無く採ることができる。
【0032】
本発明によれば、溶媒中でポリチオフェン(I)と金属イオンとが接触させることが重要であって、その他の化学種の存在は特に必須では無いが、その存在を特に否定するものでもない。本発明の反応系に存在してもよい化学種としては、塩酸、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウムなどが挙げられるがそれらに限られない。
【実施例】
【0033】
以下、本発明による実施例を示す。ただし、本発明はこれらの実施例に記載された態様に限定されるわけではない。
【0034】
[実験例1]
イソチオウロニウムペンダント型モノチオフェンの合成
下記スキームにしたがって、イソチオウロニウムペンダント型モノチオフェン(IV)を合成した。下記スキームにおいて、Xは硫黄原子であり、mは1であり、Yは臭素原子であり、mは2であり、Rはメチル基である。
【化3】

【0035】
雰囲気下、非特許文献8に開示されているチオ尿素化合物(III)(1.35g、7.02mmol)を乾燥エタノール(55mL)に溶解させた。そこへ、別途、乾燥エタノール(35mL)に溶解させた非特許文献9に開示されたチオフェン誘導体(II)(1.50g、6.38mmol)を加えて70℃で89時間加熱還流した。反応終了後、溶媒を留去し、残渣をカラムクロマトグラフィー(gradient MeOH (0-5%(v/v))in CHCl3 as an eluent)により分離精製した(収量2.35g、収率86%)。
1H NMR (270 MHz, CDCl3): δ = 9.82 (br, 1H, -NH-), 9.01 (br, 1H, -NH-), 6.83-6.81 (m, 1H, Ar-H), 6.20 (d, J = 3.21 Hz, 1H, Ar-H), 4.13 (t, J = 5.73 Hz, 2H, -CH2-), 3.82-3.77 (m, 4H, -CH2-), 3.75 (t, J = 7.06 Hz, 2H, -CH2-), 3.67-3.64 (m, 2H, -CH2-), 3.54-3.51 (m, 2H, -CH2-), 3.37 (s, 3H, -O-CH3), 3.04 (s, 3H, -NH-CH3), 2.28 (quint, J = 6.30 Hz, 2H, -CH2-), 2.09 (d, J = 0.78 Hz, 3H, -CH3); 質量分析 (FAB) m/z: 347 [M-Br]+; 元素分析: calcd (%) for C15H27BrN2O3S2・H2O: C 40.45, H 6.56, N 6.29; found: C 40.36, H 6.27, N 6.36.
【0036】
[実験例2]
イソチオウロニウムペンダント型ポリチオフェン(I)の合成
上記実験例1に引き続き、上記スキームにしたがってポリチオフェン(I)を合成した。
雰囲気下、塩化鉄(III)(338mg、2.08mmol)に乾燥クロロホルム(12mL)を加えた溶液を調製した。その溶液へ、乾燥CHCl(10mL)に溶解させたモノマー(IV)(297mg、0.695mmol)を滴下し、室温で12時間撹拌した。反応終了後、沈殿物が生成しているので、上澄み液を除去し、その沈殿物に対してジエチルエーテルで7回(15mL×7)洗浄した。さらに、ジエチルエーテル(150mL)を用いてソックスレー抽出を36時間おこなった。得られた残渣に対して、アセトン(150mL)を用いて再度ソックスレー抽出を5時間おこなった。抽出後、そのアセトン溶液を回収し、溶媒を減圧留去して、残渣にクロロホルムを加えて2回洗浄(20mL×2)をおこなった。そして、その固体を減圧乾燥することでポリチオフェン(I)を得た(収量172mg)。下記データによれば、得られたポリチオフェン(I)のnは約1300である。
1H NMR (500 MHz, [D6]DMSO) δ = 9.65 (br, 2H, -NH-), 3.99 (br, 2H,-O-CH2-), 3.57-3.51 (m, 10H, -CH2-), 3.19 (s, 3H, -O-CH3), 2.95 (s, 3H, -NH-CH3), 2.31 (br, 2H, -CH2-), 2.09 (s, 3H, -CH3); GPC: Mn 5.40 × 105 gmol-1, 多分散度(polydispersity): 1.5.
【0037】
[実施例1]
室温条件下、実験例2で得たポリチオフェン(I)を水に溶解させた(2.3×10-4M/unit)。その水溶液へ、塩化金酸(2.0×10-4M)を添加した。1時間程度で、肉眼で見える凝集体が現れ、24時間後には沈殿物が見受けられた。この沈殿物について、各種機器分析を用いて以下の測定をおこなった。
【0038】
[測定例1]
透過型電子顕微鏡(TEM)観察
マイクロピペットにて採取したサンプルを、エラスチックカーボン支持膜付銅グリッド上に滴下し、乾燥させた後にTEM観察をおこなった。図1は、実施例1で得られたサンプルのTEM観察像である。図1によれば、ナノプレート(150〜300nm)が生成していることがわかった。図2は、実施例1で得られた金ナノプレートの電子回折パターンである。図2(A)は金ナノプレートの電子回折パターンであり、図2(B)は標準金結晶の電子回折パターンである。図2(B)に示すように、標準金結晶の電子線回折像を用いて、ナノプレートの電子回折パターンの帰属をおこなった。その結果、図2(A)において□で囲った回折スポットは面間隔1.44Åのスポットであることがわかった。この面間隔は{220}の格子面からのブラッグ回折に帰属されるものであり、また回折スポットは6回対称性を示した。このような回折点パターンは、面心立方格子(fcc)の単結晶物質に対して[111]方向から電子線を入射した場合に現れるスポットである。これにより、実施例1で得られたナノプレートがfcc構造の金結晶で構成されていることと、そのナノプレートの表面にはfcc(111)面が露出していることがわかった。一方、図2(A)において△で囲った格子点については、同様の分析により面間隔2.50Åであることがわかった。この回折スポットは、{111}の少し内側に位置しており、1/3{422}の格子面からのブラッグ回折に帰属され、原子レベルでフラットなfcc金属ナノプレートにのみ特異的に現れる。以上の解析から、実施例1で得られた金ナノプレートは、プレートの広い面においてはfcc(111)面が露出していて、その表面は原子レベルでフラットであることが見出された。
【0039】
[測定例2]
エネルギー分散型X線分析(EDX)
実施例1で得た金ナノプレートの構造解析として、エネルギー分散型X線分析(EDX)をおこなった。図3は実施例1で得た金ナノプレートについてのエネルギー分散型X線分析(EDX)のチャートである。図3によれば、AuMαの他、SKα、OKα、NKαのピークがカウントされた。当該元素について、マッピングをおこなった。図4は実施例1で得た金ナノプレートについてのマッピングを示す。図4によれば、硫黄、窒素、酸素はいずれもTEM画像の全体に分布しているのが確認された。とりわけ、金ナノプレート上に硫黄、窒素、酸素いずれも多く存在しているのがわかった。これらの結果は、金ナノプレートとポリチオフェンとが複合体を形成していることを示唆している。
【0040】
[測定例3]
電界放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM)観察
実施例1で得た金ナノプレートを含む生成物について、真空蒸着装置にて金蒸着を1分間施したのち、FE−SEM観察をおこなった。図5は実施例1の生成物についてのFE−SEM観察像である。図5によれば、金ナノプレートとポリマーは複合体を形成している様子が見出され、EDXの測定結果を支持した。図6は実施例1の生成物についての別のFE−SEM観察像である。表面に露出している金ナノプレートについて、傾斜観察(角度48.8°)をおこない、その厚さを見積もったところ、35〜45nmであることがわかった。
【0041】
[測定例4]
赤外(IR)吸収スペクトル測定
図7は実施例1で得たサンプルのIRスペクトルである。図7によれば、イソチオウロニウム基由来のピーク(N−H伸縮:3424cm−1、C−N伸縮1188cm−1)が観測され、イソチオウロニウム基が残存していることが示唆された。
【0042】
[測定例5]
紫外−可視−近赤外(UV−Vis−NIR)吸収スペクトル測定
図8はポリチオフェン(I)およびポリチオフェン(I)への塩化金酸添加後のUV−Vis−NIR吸収スペクトルの経時変化を示す。ポリチオフェン(I)の水溶液(2.3×10-4M/unit)へ塩化金酸溶液(2.0×10-4M)を添加した。その後、10分後、30分後、60分後、90分後、120分後、150分後、180分後、240分後、300分後、360分後、420分後、1440分後のスペクトルを得た。ポリチオフェン(I)のスペクトルには、図面中に1polyという符号を付した。その他のスペクトルは塩化金酸溶液追加後のものである。水中、ポリチオフェン(I)のみでは近赤外領域に吸収を示さないが、塩化金酸を添加すると、間もなく吸収が観測された。近赤外領域における吸収はポーラロン・バイポーラロンによるものと考えられ、これは、ポリチオフェンの酸化が生じたことを示唆する。時間の経過とともに、830nmにブロードなピークが観測され、ポリチオフェン主鎖骨格の平面化にともなう共役長の延長が推測された。また、約1000nm以上の領域の吸収低下は、凝集沈殿化が生じたためと考察される。ポーラロンの生成が示唆された結果を勘案すると、塩化金酸イオンが、ポリマーのpドーピングにより還元されていると考察される。
【0043】
[比較例1]
ポリチオフェン(I)の代わりにモノチオフェン(IV)を用いたことの他は実施例1と同様の操作を行った。反応溶液をサンプリングしてTEM観察を行った。図9は比較例1についてのTEM観察像である。実施例1のときとは異なり、金プレートは全く観測されなかった。このことから、当該プレートの生成のためにはモノチオフェン(IV)ではなくポリチオフェン(I)が必須であることがわかった。
【0044】
[実施例2]
室温条件下、ポリチオフェン(I)をメタノールに溶解させ(2.3×10-4M/unit)、その溶液へ塩化金酸のメタノール溶液(2.0×10-4M)を添加したところ、24時間経過しても凝集沈殿化は生じなかった。添加してから24時間経過した溶液をマイクロピペットで採取して、エラスチックカーボン支持膜付銅グリッド上に滴下し、乾燥させた後にTEM観察をおこなった。図10は実施例2についてのTEM観察像である。図10によれば、直径5.8±2.3nmの金ナノ粒子が生成していることが見出された。この結果は、メタノール溶液中においても塩化金酸の還元が生じ、生成した金ナノ粒子はメタノール溶液中で高分散状態を維持していることを示唆している。
【0045】
[実施例3]
メタノールの代わりにアセトニトリルを溶媒として用いたことの他は実施例2と同様の操作を施した。その結果、2週間経過しても凝集沈殿化は生じなかった。添加してから24時間後ならびに2週間経過した溶液をマイクロピペットで採取して、エラスチックカーボン支持膜付銅グリッド上に滴下し、乾燥させた後にTEM観察をおこなった。図11は2週間経過後の実施例3についてのTEM観察像である。塩化金酸の添加から24時間経過した段階では、金ナノ粒子の生成は確認できなかったが、2週間経過したサンプルでは直径4.8±0.82nmの金ナノ粒子の生成が確認された。従って、アセトニトリル中では、塩化金酸の還元反応はゆっくりと進行して金ナノ粒子が成長するということがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、導電性材料、有機太陽電池用活物質、有機半導体をはじめとする各種産業において重要となる無機微粒子、とりわけ、有機−無機複合体材料を含むコロイドが低い環境負荷で提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I):
【化1】

(式中、n個のXは全て硫黄原子であるかあるいは一部が硫黄原子であって残りがNHであり、Rはフェニル基で置換されるか又は2−メトキシエトキシ基で置換されていてもよいC1-6アルキル基であり、mは1〜2であり、mは2〜12であり、nは500〜2000であり、Yはハロゲン原子である。)で示されるポリチオフェンと金属イオンとを溶媒中で接触させることにより前記金属イオンを金属又は金属酸化物へと反応せしめることを特徴とする無機粒子コロイドの製造方法。
【請求項2】
金属が10族または11族元素であり無機粒子が金属粒子である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
還元剤を添加せず、上記式(1)で示されるポリチオフェンが金属イオンを還元する請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
金属が亜鉛であり無機粒子が酸化亜鉛である請求項1記載の製造方法。
【請求項5】
溶媒が水、メタノールまたはアセトニトリルである請求項1〜3のいずれかの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法によって製造された無機粒子コロイド。

【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−184500(P2011−184500A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−48672(P2010−48672)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】