説明

熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランド

【課題】 熱可塑性樹脂マトリックスとの混練時における繊維折損を抑制する熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランドを提供する。
【解決手段】 サイジング剤を付与してなる炭素繊維ストランドの引張試験機により測定した破断エネルギーが70mJ/1000本以上であって、モノフィラメントに所定のポリプロピレン樹脂を付着させて測定したマイクロドロップレット試験による界面接着強度が9MPa以上である熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランド。サイジング剤には、ポリプロピレン、エチレン−プロピレン共重合体、プロピレン−ブテン共重合体、エチレン−プロピレン−ブテン共重合体から選ばれる少なくとも1種を主鎖とし、0.1〜20質量%の不飽和カルボン酸類でグラフト変性された変性ポリオレフィン樹脂を使用することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性樹脂マトリックスとの接着性に優れるサイジング剤が付与され、且つ、熱可塑性樹脂マトリックスとの混練時における繊維折損が抑制される熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランド、及び当該炭素繊維ストランドによって強化された熱可塑性樹脂に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維及び前記炭素繊維を強化材として使用した複合材料は、引張強度・引張弾性率が高く、耐熱性、耐薬品性、疲労特性、耐摩耗性に優れる、線膨張係数が小さく寸法安定性に優れる、電磁波シールド性、X線透過性に富むなどの優れた特長を有していることから、スポーツ・レジャー、航空・宇宙、一般産業用途に幅広く適用されている。従来は、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂をマトリックスとすることが多かったが、最近、リサイクル性・高速成型性の観点から熱可塑性樹脂が注目されている。
【0003】
炭素繊維強化熱可塑性樹脂複合材料のマトリックスとしては、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体(ABS)、ポリアミド(ナイロン6、ナイロン66など)、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリプロピレン、高密度ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエーテルイミド、ポリスチレン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトンなどが挙げられる。
【0004】
これら熱可塑性樹脂のうち、ポリプロピレン樹脂は、安価であり、成型性、耐水性、耐薬品性(耐油性、耐溶剤性)、電気絶縁性などに優れた性質を有する。そのため、炭素繊維強化熱可塑性樹脂複合材料のマトリックスとして、今後飛躍的な成長が期待されている。しかしながら、ポリプロピレン樹脂は結晶性であり、且つ、極性基を持たないため、炭素繊維との親和性・接着性が低い。このため、炭素繊維で強化して複合材料の機械的特性を向上させることは難しい。
【0005】
炭素繊維は、多数本の極細フィラメントで構成される束(ストランド)形状のものとして製造され、機械的摩擦などによって毛羽が発生し易い。このため、炭素繊維の集束性を向上させて取扱性を改善し、且つ、マトリックスとの親和性・接着性を向上させるために、炭素繊維にサイジング剤を付与するのが一般的である。
【0006】
熱可塑性樹脂をマトリックスとする炭素繊維複合材料は、コンパウンドペレットの射出成型、長繊維ペレットの射出成型、射出圧縮成型、押出成型、ランダムマットを使用したスタンピング成型などにより成型される。炭素繊維複合材料の強度・弾性率等の機械的特性は、炭素繊維とマトリックス樹脂との親和性・接着性はもちろん、残存繊維長にも大きく影響を受ける。しかしながら、上記成型方法では、成型・混練時における炭素繊維の繊維折損は避けられず、近年の炭素繊維複合材料に対する更なる性能向上の要求に対しては、満足すべき補強効果を確保することが困難である。
【0007】
炭素繊維複合材料内の繊維長を向上する手法としては、これまでに多くの提案がなされている。例えば、マトリックス樹脂の溶融粘度を下げる方法が挙げられる。特許文献1によれば、ガラス繊維の溶融樹脂含浸を容易にするために、メルトフローインデックスが30g/10分以上の低粘度のポリプロピレン樹脂を用いる方法が記されている。
【0008】
しかしながら、この手法により炭素繊維複合材料の繊維長が向上しても、マトリックス樹脂との親和性・接着性が低いため、炭素繊維複合材料の機械的特性の大きな向上は図れない。
【0009】
一方、炭素繊維用のサイジング剤についても、これまでに多くの提案がなされている。例えば、特許文献2には、ポリウレタンで被覆処理された炭素繊維が提案されている。特許文献2によれば、ポリウレタンで炭素繊維を被覆することにより炭素繊維の取扱性が向上し、炭素繊維強化熱可塑性樹脂の機械的特性の向上を図ることができるとある。特許文献3には、常温で液状のビスフェノールA型エポキシ樹脂、常温で固形状のビスフェノールA型エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ステアリン酸を必須成分とする炭素繊維ストランド用サイジング剤が提案されている。更に、特許文献3には、上記サイジング剤が炭素繊維ストランドに良好な耐擦過性を与えることが開示されている。
【0010】
しかしながら、特許文献2及び3に開示された炭素繊維用サイジング剤は、炭素繊維と、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂、又は、ポリカーボネート及びポリアミドなど極性の高い熱可塑性樹脂と炭素繊維との接着性向上を図ったものである。これら従来技術によるサイジング剤を付与した炭素繊維をポリプロピレン等の熱可塑性樹脂に適用しても、炭素繊維強化熱可塑性樹脂複合材料の強度はほとんど向上しない。
【0011】
一方、ガラス繊維用のサイジング剤については、強化繊維(ガラス繊維)とポリプロピレンとの接着性を向上させるものが幾つか提案されている。例えば、特許文献4には、酸変性のオレフィン樹脂及びアミノ基を有するシランカップリング剤を含むガラス繊維用サイジング剤が提案されている。更に、特許文献4には、このサイジング剤を付与したガラス繊維とマトリックス樹脂であるオレフィン樹脂とが強固に密着し、ガラス繊維及び成型品に毛羽立ちが発生せず、優れた強度の成型品が得られることが開示されている。
【0012】
しかしながら、この特許文献4に記載されたサイジング剤を炭素繊維に適用しても、炭素繊維はガラス繊維と異なりシランカップリング剤による接着向上効果は期待できない。炭素繊維はガラス繊維と比較して高強度であるが、サイジング剤との反応性に乏しい。そのため、炭素繊維強化熱可塑性樹脂複合材料の機械的特性において炭素繊維は、その高い性能を十分に反映できないでいる。
【0013】
以上のことから、ポリプロピレン樹脂等の熱可塑性樹脂と炭素繊維との親和性・接着性に優れたサイジング剤が付与され、且つ、炭素繊維強化熱可塑性樹脂複合材料の成型時における繊維折損が低減できる炭素繊維ストランドの開発が要望されている。
【特許文献1】特開平5−17631号(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開昭58−126375号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開平7−197381号公報(特許請求の範囲)
【特許文献4】特開2003−253563号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上記従来技術における問題点に着目してなされたものであり、熱可塑性樹脂マトリックスとの親和性・接着性に優れ、且つ、熱可塑性樹脂マトリックスとの混練時における繊維折損を抑制した熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランド、及び当該炭素繊維ストランドにより強化される樹脂成型材料を安価に提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載のものである。
【0016】
〔1〕 サイジング剤を付与してなる炭素繊維ストランドの引張試験機により測定した破断エネルギーが70mJ/1000本以上であって、サイジング剤を付与してなる炭素繊維ストランドのモノフィラメントに所定のポリプロピレン樹脂を付着させて測定したマイクロドロップレット試験による界面接着強度が9MPa以上である熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランド。
【0017】
〔2〕 ポリプロピレン、エチレン−プロピレン共重合体、プロピレン−ブテン共重合体、エチレン−プロピレン−ブテン共重合体から選ばれる少なくとも1種を主鎖とし、0.1〜20質量%の不飽和カルボン酸類でグラフト変性された重量平均分子量3,000〜150,000の変性ポリオレフィン樹脂を付着させた炭素繊維ストランドであって、その付着量が炭素繊維に対し、0.1〜8.0質量%である〔1〕に記載の熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランド。
【0018】
〔3〕 〔1〕又は〔2〕に記載の熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランドを熱可塑性樹脂に5〜70質量%配合してなる炭素繊維強化熱可塑性樹脂。
【0019】
〔4〕 熱可塑性樹脂がポリプロピレン樹脂である〔3〕に記載の炭素繊維強化熱可塑性樹脂。
【発明の効果】
【0020】
本発明の炭素繊維ストランドは引張試験機により測定した破断エネルギーが高く、熱可塑性樹脂マトリックスとの混練・成型時における繊維折損が少ない。本発明の炭素繊維ストランドは熱可塑性樹脂、特にポリプロピレン樹脂の強化材として好適に使用できる。本発明の炭素繊維ストランドを使用した射出成型、射出圧縮成型、押出成型等により得られる炭素繊維強化熱可塑性樹脂の成型品は炭素繊維フィラメントの繊維長が長く、炭素繊維フィラメントと熱可塑性樹脂マトリックスとの界面接着強度が高いので、高い機械的強度を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の炭素繊維ストランドは、サイジング剤を付与してなる炭素繊維ストランドであって、サイジング剤を付与した状態で後述する実施例に記載の方法により測定した破断エネルギーが70mJ/1000本以上、好ましくは80mJ/1000本以上である。破断エネルギーが70mJ/1000本以上の炭素繊維ストランドは、熱可塑性樹脂と混練する際に繊維折損が少なくなるので、炭素繊維の繊維長が長い炭素繊維強化熱可塑性樹脂を得ることができる。破断エネルギーは高い程混練時の繊維折損が少なくなるので好ましい値に上限はないが、通常の条件で得られる炭素繊維ストランドは破断エネルギーの上限値が150mJ/1000本程度である。
【0022】
本発明の炭素繊維ストランドは、サイジング剤が付着したモノフィラメントのマイクロドロップレット試験による界面接着強度が9MPa以上である。界面接着強度が9MPa以上の炭素繊維フィラメントはマトリックス樹脂との親和性・接着性が良好で、機械的強度が高い炭素繊維強化熱可塑性樹脂を得ることができる。界面接着強度は13MPa以上であることがより好ましく、15MPa以上であることが更に好ましい。界面接着強度の値は大きいほど好ましいが、その上限値は25MPa程度である。
【0023】
炭素繊維ストランドの破断エネルギー及び界面接着強度は、炭素繊維の種類、サイジング剤として使用する樹脂の種類や分子量、付着量等を調整することにより上記範囲とすることができる。
【0024】
本発明の炭素繊維ストランドに付与するサイジング剤としては、炭素繊維ストランドに付与したときに破断エネルギーと界面接着強度が上記範囲内となるサイジング剤であれば特に制限されず、公知のものを使用することができる。
【0025】
炭素繊維ストランドのサイジング剤には、ポリプロピレン、エチレン−プロピレン共重合体、プロピレン−ブテン共重合体、エチレン−プロピレン−ブテン共重合体から選ばれる少なくとも1種を主鎖とし、0.1〜20質量%の不飽和カルボン酸類でグラフト変性された重量平均分子量3,000〜150,000の変性ポリオレフィン樹脂を使用することが好ましい。これらの成分を付与することにより炭素繊維ストランドの界面接着強度を高めることができるので、高強度の炭素繊維強化熱可塑性樹脂を得ることができる。
【0026】
主鎖として使用するエチレン−プロピレン共重合体、プロピレン−ブテン共重合体、エチレン−プロピレン−ブテン共重合体のプロピレン構成単位の割合は、50モル%以上とすることが好ましい。プロピレン構成単位の割合が50モル%より少ないと、炭素繊維ストランドと熱可塑性樹脂マトリックスとの接着性が低下する傾向がある。
【0027】
主鎖をグラフト変性する不飽和カルボン酸類としては炭素数3〜8のものが好ましく、炭素数3〜8の不飽和モノカルボン酸、炭素数3〜8の不飽和ジカルボン酸、又はこれらのエステル、酸無水物等の誘導体をより好ましく使用できる。具体的には、マレイン酸、無水マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、アクリル酸、メタクリル酸、メタクリル酸メチル等を挙げることができる。これらのうち、特に、マレイン酸、無水マレイン酸、アクリル酸、メタクリル酸、メタクリル酸メチルが好ましく使用できる。
【0028】
不飽和カルボン酸類のグラフト量は、変性ポリオレフィン樹脂100質量%において0.1〜20質量%とするが、1〜15質量%が好ましく、2〜10質量%がより好ましい。グラフト量が0.1質量%より少ないと、炭素繊維ストランドの熱可塑性樹脂マトリックスへの接着性が低下する。また、逆にグラフト量が20質量%より多くても、主鎖にグラフトしないモノマーが増えたり、主鎖の含有量が相対的に減少するために、炭素繊維ストランドと熱可塑性樹脂との接着性が低下する。
【0029】
主鎖のグラフト変性方法は、以下の方法が使用できる。主鎖をトルエン又はキシレンなどの有機溶剤に溶解せしめ、不飽和カルボン酸類と有機過酸化物とを添加する溶液法、オートクレーブ、混練押出機などを使用して主鎖を加熱溶融した後に不飽和カルボン酸類と有機過酸化物とを添加する溶融法などにより行うことが可能である。上記変性方法は公知である。
【0030】
変性ポリオレフィン樹脂は不飽和カルボン酸類に由来するカルボキシル基を有しているが、このカルボキシル基は必要により任意の割合で中和されていてもよい。カルボキシル基の中和に用いる塩基性化合物としては、たとえば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属塩;アルカリ土類金属塩;アンモニア;モノメチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、ジメチルエタノールアミン、モルフォリン等のアミン類を挙げることができる。
【0031】
変性ポリオレフィン樹脂の重量平均分子量は、3,000〜150,000とするが、好ましくは15,000〜120,000、より好ましくは30,000〜80,000である。重量平均分子量が3,000より小さいと、炭素繊維と熱可塑性樹脂マトリックスとの接着性や、炭素繊維ストランド自身の集束性が劣り、150,000より大きくなると乳化が困難になる。また、乳化できてもエマルジョンの粒径が大きく不安定になり、長期間の操業に耐えない。尚、重量平均分子量の測定法としては、ゲルパーミエーションクロマトグラフ法(GPC法)など公知の方法を使用することができる。
【0032】
炭素繊維ストランドには、変性ポリプロピレン、変性エチレン−プロピレン共重合体、変性プロピレン−ブテン共重合体、又は変性エチレン−プロピレン−ブテン共重合体を単独で付与してもよいし、これらの混合物を付与してもよい。混合物とする場合には、混合物におけるこれらの混合割合は任意である。
【0033】
本発明の炭素繊維ストランドにおける変性ポリオレフィン樹脂の付着量は、炭素繊維に対し、0.1〜8.0質量%とすることが好ましく、0.2〜5質量%とすることがより好ましい。付着量が0.1質量%未満では成型加工時における炭素繊維ストランドの取扱性が劣るうえ、熱可塑性樹脂マトリックスとの混練において、炭素繊維が折損しやすく、炭素繊維と熱可塑性樹脂マトリックスとの接着性が低下する傾向がある。一方、8.0質量%を超えると、炭素繊維ストランドの風合が低下し、ボビンに巻き取ったときの巻き密度が低下するので運送時に巻き崩れなどの問題が生じやすい。
【0034】
変性ポリオレフィン樹脂をサイジング剤として炭素繊維ストランドに付与する際には、樹脂を溶剤に溶解させたものや、水に分散させたものとすることができるが、水に分散させたエマルジョンの形態で使用するのが一般的である。
【0035】
本発明の炭素繊維ストランドには変性ポリオレフィン樹脂以外の樹脂、オレイン酸メチル、ジオクチルセバケートなどの合成潤滑油、植物油、マッコーアルコールなどの高級アルコール、ポリエチレングリコール型非イオン界面活性剤や低度硫酸化油などの乳化剤等が付着していてもよい。
【0036】
本発明の炭素繊維ストランドには、ポリアクリロニトリル(PAN)系、石油・石炭ピッチ系、レーヨン系、リグニン系など、何れの炭素繊維も使用することができる。特に、PANを原料としたPAN系炭素繊維が、工業規模における生産性及び機械的特性に優れており好ましい。
【0037】
炭素繊維ストランドを構成するフィラメント数は特に制限はないが、通常の製造工程で得られる炭素繊維ストランドのフィラメント数は1000〜50000本程度である。
【0038】
炭素繊維ストランドを構成するフィラメントの直径は4〜10μmが好ましく、6〜8μmがより好ましい。
【0039】
以下、本発明の炭素繊維ストランドの製造方法の一例について説明する。
【0040】
[原料炭素繊維]
PAN系炭素繊維は、概略以下の工程を経て製造される。
【0041】
まず最初の耐炎化工程では、アクリル繊維を200〜300℃の空気雰囲気中で加熱し、ニトリル基を閉環させ、アクリルポリマー中に酸素を導入して、高温下でも安定な構造にする。
【0042】
炭素化工程では、不活性ガス雰囲気中1000℃以上の高温で焼成し、炭素含有率を90質量%以上まで高めた炭素繊維とする。
【0043】
表面処理工程では、炭素繊維表面にマトリックス樹脂との接着性を高めるための含酸素官能基を導入する。
【0044】
炭素繊維の表面処理としては、液相における薬液酸化・電解酸化、気相酸化などが挙げられる。これら表面処理のうちでも、生産性、処理の均一性の観点から、液相における電解酸化処理が好ましい。電解酸化処理に用いられる電解液としては、硫酸、硝酸、塩酸等の無機酸や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの無機水酸化物、硫酸アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等の無機塩類などが挙げられる。
【0045】
[サイジング液]
変性ポリオレフィン樹脂を水に分散させたエマルジョン形態のサイジング液は、例えば以下の方法で製造できる。
【0046】
変性ポリオレフィン樹脂を攪拌しながら加熱溶融させ、不飽和ジカルボン酸類に由来するカルボキシル基を中和する塩基性物質を投入して樹脂にイオン性を付与し、更に界面活性剤を添加して均一になるまで攪拌する。その後、水を少量ずつ添加し、転相法により乳化する。
【0047】
本発明においては、変性ポリオレフィン樹脂を溶剤に溶解させた溶液をサイジング剤として使用することもできる。
【0048】
[サイジング工程]
炭素繊維ストランドへのサイジング法は、スプレー法、ローラー浸漬法、ローラー転写法などがある。これらサイジング法のうちでも、生産性、均一性に優れるローラー浸漬法が好ましい。炭素繊維ストランドをサイジング液に浸漬する際には、サイジング浴中に設けられた浸漬ローラーを介して、開繊と絞りを繰り返し、ストランドの中までサイジング液を含浸させることが肝要である。
【0049】
サイジング液を炭素繊維ストランドに含浸させた後、続く乾燥処理によって水分又は溶剤を除去して、目的とするサイジング剤を付与した炭素繊維ストランドを得る。炭素繊維に対するサイジング剤の付着量の調整は、サイジング液の濃度調整や、絞りローラーの調整などによって行う。炭素繊維ストランドの乾燥は、例えば、熱風、熱板、ローラー、赤外線ヒーターなどを使用することができる。
【0050】
本発明の炭素繊維ストランドは熱可塑性樹脂の強化繊維として好適である。熱可塑性樹脂としては、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体(ABS)、ポリアミド(ナイロン6、ナイロン66など)、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリプロピレン、高密度ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエーテルイミド、ポリスチレン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトンなどが挙げられるが、特にポリプロピレンが好ましい。
【0051】
本発明の炭素繊維ストランドを炭素繊維強化熱可塑性樹脂の成型に用いる際には、短繊維コンパウンド、長繊維ペレット、ランダムマット、一方向強化プリプレグなどに加工して使用できる。本発明の炭素繊維ストランドは、短繊維コンパウンド、長繊維ペレットに加工して行う射出成型、射出圧縮成型、押出成型等の成型品を製造する場合に特に好適である。
【0052】
炭素繊維強化熱可塑性樹脂に配合する本発明の炭素繊維ストランドの配合量は、炭素繊維の形態や成型方法、用途等によって異なるが、コストパフォーマンスの観点から5〜70質量%の範囲が好ましく、20〜40質量%がより好ましい。
【実施例】
【0053】
以下の実施例1、2及び比較例1〜3に記載した条件によりサイジング剤の付着した炭素繊維ストランドを作製した。得られた炭素繊維ストランドの諸物性値について、以下の方法により測定した。
【0054】
〔破断エネルギーの測定〕
破断エネルギーは、引張圧縮万能材料試験機(インストロンコーポレーション製)を用いて評価した。
【0055】
2本の炭素繊維ストランド1及び3を用意した。まず、炭素繊維ストランド1の両端を揃えてループを形成した。炭素繊維ストランド3を炭素繊維ストランド1が形成するループに引っ掛けた後、炭素繊維ストランド3の両端を揃えて炭素繊維ストランド3についてもループを形成した。図1に示すように、炭素繊維ストランド1の両端側を引張試験機のチャック5に、炭素繊維ストランド3の両端側をチャック7に取り付けた。取り付けの際には炭素繊維ストランド1が形成するループ1aの先端1bと、炭素繊維ストランド3が形成するループ3aの先端3bを、チャック5、7間の中央に位置させた。ループ1aの固定端1cからループ3aの固定端3cまでの炭素繊維ストランドに沿った長さAの初期値を500mmとした。
【0056】
次いで、250mm/minの速度でチャック5を上方向(図中、矢印Bの方向)に移動させ、炭素繊維ストランド1又は3が完全に破断するまで、チャックに負荷した荷重と変位とを連続的に測定した。ここで、変位とは、チャック5が移動した距離である。こうして得られた荷重−変位曲線(図2)において、荷重−変位曲線とx軸に囲まれた部分の面積から炭素繊維ストランドの破断エネルギーE(mJ)を算出した。更に炭素繊維ストランドのフィラメント数からフィラメント1000本あたりの破断エネルギー(mJ/1000本)を求めた。
【0057】
〔界面接着強度の測定〕
界面接着強度は、複合材界面特性評価装置(東栄産業社製)を用いたマイクロドロップレット試験により評価した。
【0058】
はじめに、炭素繊維ストランドから炭素繊維モノフィラメントを取り出した。図2に示すように、コ字状の台紙13の両端側に設けた突出部13a、13bに炭素繊維モノフィラメント11の両端をそれぞれ接着剤12で固定し、炭素繊維モノフィラメント11を台紙13に張設した。この台紙を装置の台紙ホルダーにセットした。台紙ホルダーはロードセルを備えた試料移動装置と連結されており、炭素繊維モノフィラメント11の繊維軸方向に台紙13を一定の速度で移動させることが可能となっている。260℃に加熱し溶融させたポリプロピレン樹脂(出光石油化学社製、J−900GP)を、装置に備えられた試料容器の網目から液滴状に懸垂して台紙13に張設した炭素繊維モノフィラメント11に接触させた。この操作により、炭素繊維モノフィラメント11にマイクロドロップレット14を付着させ、測定用試料を得た。マイクロドロップレットを室温で十分に冷却した後、炭素繊維モノフィラメント11をSUS製ブレード15a、15bで挟んだ。その後、台紙13を0.06mm/minの速度で炭素繊維モノフィラメント11の繊維軸方向に移動させ、マイクロドロップレット14から炭素繊維モノフィラメント11を引き抜くとともに、ロードセルで引き抜き時の最大荷重Fを測定した。10個以上の測定用試料を作製して測定を行い、直径30〜100μmのマイクロドロップレットについて荷重Fの平均値を求めた。なお、測定は、窒素雰囲気下、雰囲気温度23℃で行い、1個の測定用試料で測定するサンプル数は5個とした。
【0059】
次式(i)により界面剪断強度τを算出し、炭素繊維フィラメントとポリプロピレン樹脂の接着強度を評価した。
τ=F/πdl……(i)
なお、式(i)中、Fは引き抜き時の最大荷重、dは炭素繊維フィラメント径、lはマイクロドロップレットの引き抜き方向の粒子径を示す。
【0060】
〔重量平均繊維長の測定(繊維折損の評価)〕
炭素繊維ストランドとポリプロピレン樹脂マトリックスとをラボプラストミル装置(東洋精機製作所、容量30cc)を用いて混練し、混練時の繊維折損を評価した。
【0061】
ラボプラストミル装置を用いて、ポリプロピレン(出光石油化学J−900GP、メルトフローレート13g/10分)を、温度230℃、回転数30rpmで3分間混練した。次に、この溶融したポリプロピレンに、炭素繊維質量含有率が5%になるように、6mm長にカットした炭素繊維ストランドを投入し、温度230℃、回転数30rpmで5分間混練した。
【0062】
得られた混練物0.5gに硫酸を加えてポリプロピレン樹脂マトリックスを熱分解し、炭素繊維を取り出した。次に、超音波装置を用いて炭素繊維を水中に分散させ、四分法を3回以上繰り返した後、濾過した。濾紙上に残った炭素繊維500本以上について繊維長を測定し、その重量平均繊維長を求めた。
【0063】
[炭素繊維強化ポリプロピレン成型物の曲げ試験]
サイジング剤を付与した炭素繊維ストランド31を、図4に示す装置の260℃に保持された恒温槽38中にセットしたポリプロピレン樹脂浴39(幅10cm×長さ30cm)に30cm/分の速度で連続的に浸漬した。ポリプロピレン樹脂には、ホモポリプロピレン汎用射出成型グレード、メルトフローレート13g/10分のものを使用した。次いで、浴出側で絞りローラー34により余剰の樹脂を絞り取り、炭素繊維強化ストランドプリプレグを製造した。得られた炭素繊維強化ストランドプリプレグにおける炭素繊維の質量含有率は30%であった。なお、図4中、32はガイドローラー、33は浸漬ローラー、35は炭素繊維ストランドのパッケージ、37はワインダーを示す。
【0064】
次いで、この炭素繊維強化ストランドプリプレグを長さ6mmにカットした。続いて、これを用いて射出成型し、150mm角×3.1mm厚の平板を作製した。
【0065】
平板から10mm幅×90mm長×3.1mm厚の曲げ試験片を5本切り出し、JIS K 7171に準拠して3点曲げ試験(スパン/厚さ比=20、試験速度5mm/分)を実施し、曲げ強度を測定した。この炭素繊維強化ポリプロピレン成型物について、炭素繊維含有率を測定した。
【0066】
実施例1及び比較例2、4、5
ポリプロピレン樹脂100gと、トルエン400gとを混合し、オートクレーブで攪拌しながら加熱溶解させた。オートクレーブ内部の温度をポリプロピレン樹脂の融点以上に保持しながら無水マレイン酸、メタクリル酸メチル、パーブチルIを添加して、ポリプロピレンに無水マレイン酸とメタクリル酸メチルをグラフト反応させた。
【0067】
次に、得られた酸変性ポリプロピレン樹脂25gに、水100g、ポリオキシエチレンアルキル系界面活性剤、水酸化カリウム、モルフォリンを添加し、攪拌しながら加温して酸変性ポリプロピレン樹脂を完全に溶融させ、酸変性ポリプロピレン樹脂のエマルジョンを得た。但し、不飽和カルボン酸類のグラフト量が少ない比較例4と、分子量が大きい比較例5については、酸変性ポリプロピレン樹脂はエマルジョンにならなかった。
【0068】
変性ポリプロピレン樹脂のエマルジョンを純水で希釈し、樹脂濃度が表1に記載する浴濃度となるように調製した。
【0069】
得られたエマルジョンに表1に記載する炭素繊維ストランドを連続的に浸漬させ、フィラメント間にエマルジョンを含浸させた。続いて、140℃の乾燥機に3分間通して水分を蒸発させ、変性ポリプロピレン樹脂(変性PP)が付着した炭素繊維ストランドを得た。
【0070】
実施例2及び比較例3、6
エチレン−プロピレン共重合体100gと、トルエン400gとを混合し、オートクレーブで攪拌しながら加熱溶解させた。オートクレーブ内部の温度をエチレン−プロピレン共重合体の融点以上に保持しながら無水マレイン酸、メタクリル酸メチル、パーブチルIを添加して、エチレン−プロピレン共重合体に無水マレイン酸とメタクリル酸メチルをグラフト反応させた。
【0071】
次に、得られた酸変性エチレン−プロピレン共重合体25gに、水100g、ポリオキシエチレンアルキル系界面活性剤、水酸化カリウム、モルフォリンを添加し、攪拌しながら加温して酸変性エチレン−プロピレン共重合体を完全に溶融させ、エチレン−プロピレン共重合体のエマルジョンを得た。但し、グラフト量の少ない比較例6のエチレン−プロピレン共重合体はエマルジョンにならなかった。
【0072】
エチレン−プロピレン共重合体のエマルジョンを純水で希釈し、樹脂濃度が表1に記載する浴濃度となるように調製した。
【0073】
得られたエマルジョンに表1に記載する炭素繊維ストランドを連続的に浸漬させ、フィラメント間にエマルジョンを含浸させた。続いて、140℃の乾燥機に3分間通して水分を蒸発させ、変性エチレン−プロピレン共重合体(変性E−P)が付着した炭素繊維ストランドを得た。
【0074】
比較例1
ビスフェノールA型液状エポキシ樹脂(エピコート834、ジャパンエポキシレジン社製)をエマルジョン化したサイジング剤を純水で希釈し、樹脂濃度が30g/literとなるように調製した。
【0075】
得られたエマルジョンに表1に記載する炭素繊維ストランドを連続的に浸漬させ、フィラメント間にエマルジョンを含浸させた。続いて、140℃の乾燥機に3分間通して水分を蒸発させ、エポキシ樹脂が付着した炭素繊維ストランドを得た。
【0076】
実施例1、2及び比較例1〜6で使用した樹脂の種類、グラフト量、分子量を表1に示す。また、実施例1及び2、比較例1〜3で得られた炭素繊維ストランドについて、使用した炭素繊維の種類、樹脂の付着量を表1に、破断エネルギー、界面接着強度、重量平均繊維長、成型物の曲げ応力、成型物の炭素繊維(CF)含有量を測定した結果を表2に示す。
【0077】
表1に記載する炭素繊維ストランドの詳細は以下のとおりである。
UT500−24K:東邦テナックス社製「UT500−24K N00」、直径6.9μm×24000フィラメント、繊度1.6g/m、引張強度5100MPa(520kgf/mm2)、引張弾性率244GPa(24.9ton/mm2)
STS−24K:東邦テナックス社製「ベスファイトSTS−24K N00」、直径7μm×24000フィラメント、繊度1.6g/m、引張強度4000MPa(408kgf/mm2)、引張弾性率238GPa(24.3ton/mm2)
【0078】
【表1】

【0079】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】破断エネルギーの測定方法を示す概略説明図である。
【図2】破断エネルギーの測定において得られる荷重−変位曲線の一例を示すグラフである。
【図3】界面接着強度の測定方法を示す概略説明図である。
【図4】実施例において炭素繊維強化ストランドプリプレグの製造に使用した装置を示す概略説明図である。
【符号の説明】
【0081】
1、3、31 炭素繊維ストランド
1a、3a ループ
1b、3b 先端
1c、3c 固定端
5、7 チャック
11 炭素繊維モノフィラメント
12 接着剤
13 台紙
13a、13b 突出部
14 マイクロドロップレット
15a、15b ブレード
32 ガイドローラー
33 浸漬ローラー
34 絞りローラー
35 パッケージ
37 ワインダー
38 恒温槽
39 樹脂浴
A ストランド長さ
B 上方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サイジング剤を付与してなる炭素繊維ストランドの引張試験機により測定した破断エネルギーが70mJ/1000本以上であって、サイジング剤を付与してなる炭素繊維ストランドのモノフィラメントに所定のポリプロピレン樹脂を付着させて測定したマイクロドロップレット試験による界面接着強度が9MPa以上である熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランド。
【請求項2】
ポリプロピレン、エチレン−プロピレン共重合体、プロピレン−ブテン共重合体、エチレン−プロピレン−ブテン共重合体から選ばれる少なくとも1種を主鎖とし、0.1〜20質量%の不飽和カルボン酸類でグラフト変性された重量平均分子量3,000〜150,000の変性ポリオレフィン樹脂を付着させた炭素繊維ストランドであって、その付着量が炭素繊維に対し、0.1〜8.0質量%である請求項1に記載の熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の熱可塑性樹脂強化用炭素繊維ストランドを熱可塑性樹脂に5〜70質量%配合してなる炭素繊維強化熱可塑性樹脂。
【請求項4】
熱可塑性樹脂がポリプロピレン樹脂である請求項3に記載の炭素繊維強化熱可塑性樹脂。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−291377(P2006−291377A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−111095(P2005−111095)
【出願日】平成17年4月7日(2005.4.7)
【出願人】(303013268)帝人テクノプロダクツ株式会社 (504)
【Fターム(参考)】