説明

熱物性値測定方法

【課題】光路長の制御による観測時間領域の制限を無くし、パルスレーザーを用いたサーモリフレクタンス法の測定対象拡大を図る。
【解決手段】測定対象励起用の励起パルス光として超短パルス光を測定対象に照射する一方、プローブパルス光を該測定対象に照射して、その反射光を検知することにより該測定対象の温度変化を観測する。個別に電気的に制御可能の測定対象励起用のパルスレーザーと、プローブ用パルスレーザーの2台を用意し、励起パルス光の測定対象照射時に対するプローブ用パルス光の測定対象照射時刻の差を電気的に制御することにより、励起パルス光とプローブパルス光の時間差に依存して変化する信号を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱パルス光として超短パルス光を測定対象に照射する一方、プローブパルス光を該測定対象に照射して、その反射光を検知することにより温度変化を観測する熱物性値測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ピコ秒サーモリフレクタンス法は厚さ1マイクロメートル以下の薄膜の熱拡散率を測定する有力な方法の一つである。図2にピコ秒サーモリフレクタンス法の原理図を示す。加熱光として超短パルス光を基板・薄膜界面に照射すると、薄膜・基板界面の温度は瞬間的に上昇し,その後は薄膜内部へ熱が拡散していく。薄膜表面の温度変化を観測するために,プローブパルス光を薄膜表面に照射し、温度変化に依存したプローブ光の反射率変化から薄膜表面温度変化を観測する(ピコ秒(フェムト秒)サーモリフレクタンス法)。1パルス光あたりの温度変化は0.1℃程度であり、この温度変化に比例した反射率の変化は約10万分の1と小さいので、検出に工夫を要する。
【0003】
図3に従来の典型的なピコ秒(またはフェムト秒)パルスレーザーを用いたサーモリフレクタンス法のブロック図を示す。パルス幅2ピコ秒のパルス光が76MHzの繰り返しで発振され、ビームスプリッタによって試料加熱光とプローブ光に分離される。試料加熱光は音響光変調素子によって1MHzの強度変調を受けたのち、遅延ラインを通って試料表面を加熱する。音響光変調素子に入力される信号は変調信号発生器によって作られており、出力の一部はロックインアンプの参照信号入力に分配される。遅延ラインは折り返しミラーが平行移動する機構になっており、折り返しミラーの位置を移動させることで、加熱パルス光に対するプローブパルス光の試料到達時間を調整する。折り返しミラーが0.15mm移動すると光路長は2倍の0.3mm変化し、パルス光到達時間差に換算すると1ピコ秒に対応する。
【0004】
プローブ光は図2に示したように加熱光が集光されている領域の裏面側に集光され、その反射光は検知器に入射する(図3)。検出された信号はロックインアンプの入力信号に送られる。温度変化に比例した反射率の変化(サーモリフレクタンス)は約10万分の1と小さいので、検出された信号のうち変調周波数1MHzに同期した成分をロックインアンプにより検出する。図4にパルス加熱に対する温度応答の検出原理を示す。加熱光パルスが繰り返し発振されると、同一の繰返し周期で試料表面温度が変化する。同一周期で繰り返し発振されるプローブパルス光が加熱光に対して時間差t秒だけ遅れて試料表面に到達すると、パルス加熱からt秒後の温度変化に比例したプローブ光の強度変化が得られる。さらに加熱光は1MHzの強度変調も受けているので、反射されたプローブ光の強度も1MHzで変化する。変調周波数1MHzに同期した成分をロックインアンプにより検出することにより、ある遅延時間tに対する温度変化を得ることができる。パルス加熱に対するサーモリフレクタンス信号の時間変化は、プローブ光の試料加熱光に対するプローブ光の試料到達時間の遅れtを遅延ラインによって変化させることで得られる。
【0005】
本法は薄膜の熱的性質を観測する上で極めて有効な方法であるが、以下の課題がまだ残っていた。 1.測定時に行路長を変化させるが、ビームに広がりがあるために光路長が変化すると照射位置にずれが生じる。光路長を15センチメートル(1ナノ秒の時間差に対応)以上動かすとスポットの中心が約10マイクロメートルずれ、ロックインアンプで検出されるサーモリフレクタンス信号のドリフト要因になる。このような制約から、光路長差は1ナノ秒程度が限界であった。 2.一方、膜厚が100ナノメートル以上の薄膜材料や、低熱伝導薄膜、界面熱抵抗の大きい多層膜材料では裏面から表面に温度が伝わる時間が1ナノ秒以上ある場合があるために、光路長を最大に動かしても、1パルスによる温度上昇の定常状態を確認することができず、熱物性値の定量的な測定が困難であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
半導体素子やDVD−RAM、ハードディスク、MOディスクなどの大容量記憶媒体の熱設計、積層複合材料など先端的な多層膜内の熱エネルギー移動を把握するためには、各層の熱物性値や層間の界面熱抵抗の値を知ることが不可欠である。従来のピコ秒(またはフェムト秒)サーモリフレクタンス法では測定中に生じる光軸のわずかなずれの影響を受けやすく、熱エネルギーの移動に時間を要する比較的厚みのある材料(100ナノメートル以上)や、多層膜材料、低熱伝導材料などの熱物性値を測定する場合では、裏面温度の上昇に1ナノ秒以上要するために、温度変化の全体像が把握できず、定量的な熱拡散率測定や界面熱抵抗測定を困難にしていた。本発明は、光路長の制御による観測時間領域の制限を無くし、パルスレーザーを用いたサーモリフレクタンス法の測定対象拡大を図ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
測定対象励起用パルス光を測定対象物に照射する一方、プローブパルス光を該測定対象物に照射して、励起パルス光による該測定対象物の熱拡散率、熱抵抗、熱浸透率などの熱物性値の変化を検出する熱物性値測定方法において、
測定対象物励起用パルス光として周期的に発振されるレーザを測定対象物の第1表面に照射し、
プローブパルス光として前記励起光と等しい周期で発振するレーザを測定対象物の第2表面に照射し、
前記測定対象励起用のパルスレーザーに送る周期の基準信号と前記プローブ用パルスレーザーに送る周期の基準信号の同期を取り、基準信号間の位相差を制御することで励起パルスとプローブパルスの照射する時間差を電気的に制御して、励起パルスレーザとプローブパルスレーザの時間差に依存して変化する信号に対応して測定対象物の第1表面又は第2表面で励起用パルスレーザの繰り返し周期でパルス加熱に対する温度応答が繰り返される温度応答の時間変化をサーモリフレクタンス法により測定する熱物性値測定方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、観測時間の拡大が実現されたことにより、ピコ秒サーモリフレクタンス法を金属・非金属界面多層膜や低熱伝導率材料に適用することが可能となった。また光路長の変化がないので加熱光、プローブ光の照射位置が測定中にずれることもない。この技術はパルス幅もピコ秒やフェムト秒である必要は無く、繰り返し周期も選ばない、光励起である必要もないので、様々な測定に応用可能である。一例としてポンプ・プローブ法による薄膜の音速測定や動的ラマン分光測定、過渡格子緩和法等が挙げられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、例示に基づき、本発明を説明する。図1は、本発明を具体化する装置のブロック図を示している。例示の装置は、遅延ラインを用いることによる制約を解決するために、加熱(励起)パルス光とプローブ光を別々の光源とし、パルス光の発振時における両光のタイミングを電気的な信号で制御する。光源は具体的にはレーザーパルスを生成するピコ秒チタンサファイアレーザー、パルスの繰り返し周期を一定且つ安定に制御するコントローラ、コントローラが参照する基準信号を生成する信号発生器で構成される。
【0010】
図示のピコ秒チタンサファイアレーザー1は試料加熱光として用いられ、ピコ秒TiSレーザー2はプローブ光として用いられる。パルス幅は各々2psであり発振周波数は76MHz(繰り返し周期13.2ナノ秒)である。ピコ秒チタンサファイアレーザー1の発振周波数を76MHzで維持するために、コントローラ1によってピコ秒チタンサファイアレーザー1の共振器長を一定に制御する。制御するための76MHzの基準信号は、信号発生器2の「出力1」から供給される。同様に、ピコ秒TiSレーザー2の発振周波数を76MHzで維持するために、コントローラ2によってピコ秒TiSレーザー2の共振器長を一定に制御する。制御するための76MHzの基準信号は、信号発生器2の「出力2」から供給される。基準信号とパルス発振の位相の関係は各レーザーで一定に保たれる。「出力1」と「出力2」の位相差は信号発生器2の信号波形を設定する設定パネル、又はパーソナルコンピュータで遠隔制御可能である。
【0011】
ここでは2台のピコ秒チタンサファイアレーザーを用いたが、等しい周期でパルスを発振する光源であれば種類は問わない。加熱光は音響光変調素子を通過する際に、周波数1MHzで強度変調される。1MHzの強度変調用の信号は信号発生器1によって供給される。強度変調用の信号はロックインアンプに参照信号の入力としても用いられる。変調の方法は、ここでは、音響光変調素子を用いたが、例えば他に機械式のチョッパや電気光学結晶素子を用いても良い。また変調周波数は、ここでは、1MHzを用いたが、パルスの繰り返し周波数より遅い周波数であることが必要で、例えば76MHzの繰り返しでパルスが発振する場合に対しては500kHzから10MHzの変調周波数が妥当である。変調された加熱光は、薄膜・基板界面に集光される。一方、プローブ光は、加熱された領域の正反対側の薄膜表面上に集光される。(図1、2参照)
【0012】
試料表面で反射したプローブ光は、シリコンフォトダイオードによって構成することのできる検知器によって検出される。検出された信号はロックインアンプの信号入力端子へ送られる。試料表面の温度は加熱光の強度変調により1MHzで変化する成分があるので、試料で反射したプローブ光も微小ながら1MHzの周期的成分を含む。この強度変調周波数1MHzに同期したプローブ光の交流成分が、ロックインアンプによって検出される。温度変化に比例した反射率変化(サーモリフレクタンス)の時間変化は、加熱光に対するプローブ光の試料到達時間の遅れを制御することで記録される。この遅延時間制御は図1内の信号発生器2を制御することで実現している。信号発生器2は出力1と出力2の二つの出力を持つ正弦波発生器であり、二つの出力とも周波数76MHzの正弦波を発振し、且つ二つの信号間の位相差を制御できるものを用いる。加熱パルス光の発振するタイミングは出力1の信号に対して一定であり、プローブパルス光の発振するタイミングは出力2からの信号に対して一定であるので、信号発生器2における出力1に対する出力2の位相を変えれば、プローブ光パルスの加熱光パルスに対する試料到達時間の遅れを制御できる。76MHzの正弦信号における位相差の1°は36.4ピコ秒の試料到達時間差に対応する。
【実施例】
【0013】
従来の計測技術より長い遅延時間が実現可能であることを検証するために、ガラス基板上にスパッタにより成膜された厚さ300ナノメートルのタングステン薄膜を用意し、開発した測定システムで実際に測定を行った。図5にタングステン薄膜のサーモリフレクタンス信号の位相成分を示す(補足:ピコ秒サーモリフレクタンス法において、位相成分の遅延時間に対する変化は、パルス加熱による表面温度変化に比例することが知られている。)。横軸はプローブ光の加熱光に対する遅延時間を示し、縦軸はロックインアンプの信号出力の位相成分を示す。測定した遅延時間領域は130ナノ秒であり、信号発生器2の位相に換算すると約3600°に相当する。比較のために従来の装置で一般的な時間領域(1ns)を図5内に矢印で示した。図5では、加熱光パルスの繰り返し周期(1/76MHz=13.2ナノ秒)でパルス加熱に対する温度応答が繰り返される様子が観測できる。このように従来の観測可能時間領域の限界を超えて温度応答の時間変化を観測することに成功している。一方、従来の観測時間領域に近い2ナノ秒の領域の温度応答を図6に示す。膜の裏側から表側に熱が拡散することにより、温度が上昇していく様子が確認できる。このように従来の時間領域の測定も測定可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施した測定装置のブロック図である。
【図2】ピコ秒サーモリフレクタンス法の検出原理を示す模式図である。
【図3】従来のピコ秒サーモリフレクタンス法のブロック図である。
【図4】遅延ラインの役割を示す模式図である。
【図5】開発した測定装置を用いてタングステン薄膜を測定した信号検出例である。(観測時間領域130ナノ秒)
【図6】開発した測定装置を用いてタングステン薄膜を測定した信号検出例である。(観測時間領域2ナノ秒)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
励起用パルス光を測定対象物に照射する一方、プローブパルス光を該測定対象物に照射して、励起用パルス光による該測定対象物の熱拡散率、熱抵抗、熱浸透率などの熱物性値を検出する熱物性値測定方法において、
励起用パルス光として周期的に発振されるパルスレーザを測定対象物の第1表面に照射し、
プローブパルス光として前記励起光と等しい周期で発振するパルスレーザを前記測定対象物の第2表面に照射し、
前記励起用のパルスレーザに送る周期の基準信号と前記プローブ用のパルスレーザに送る周期の基準信号の同期を取り、前記基準信号間の位相差を制御することで励起パルスとプローブパルスの照射する時間差を電気的に制御して、励起パルスレーザとプローブパルスレーザの時間差に依存して変化する信号に対応して、測定対象物の第1表面又は第2表面で励起用パルスレーザの繰り返し周期でパルス加熱に対する温度応答が繰り返される温度変化をサーモリフレクタンス法により検出し、繰り返し周期全体の温度履歴曲線から測定する熱物性値測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−279060(P2007−279060A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−160229(P2007−160229)
【出願日】平成19年6月18日(2007.6.18)
【分割の表示】特願2002−128426(P2002−128426)の分割
【原出願日】平成14年4月30日(2002.4.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成15年度、新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「ナノテクノロジープログラム(ナノマテリアル・プロセス技術)ナノ計測基盤技術プロジェクト」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】