説明

熱間プレス用めっき鋼板、それを用いた熱間プレス部材の製造方法および熱間プレス部材

【課題】熱間プレス時に、スケールの生成が抑制され、かつ金型にめっきが凝着することのない熱間プレス用めっき鋼板、それを用いた熱間プレス部材の製造方法および熱間プレス部材を提供する。
【解決手段】鋼板表面に、Al:20〜95質量%、Ca:0.01〜10質量%、およびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板。または、鋼板表面に、Al:20〜95質量%、Ca+Mg:0.01〜10質量%、およびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の足廻り部材や車体構造部材などを熱間プレスで製造するのに適した熱間プレス用めっき鋼板、それを用いた熱間プレス部材の製造方法および熱間プレス部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車の足廻り部材や車体構造部材などの多くは、所定の強度を有する鋼板をプレス加工して製造されている。近年、地球環境の保全という観点から、自動車車体の軽量化が熱望され、使用する鋼板を高強度化して、その板厚を低減する努力が続けられている。しかし、鋼板の高強度化に伴ってそのプレス加工性が低下するため、鋼板を所望の部材形状に加工することが困難になる場合が多くなっている。
【0003】
そのため、特許文献1には、ダイとパンチからなる金型を用いて加熱された鋼板を加工すると同時に急冷することにより加工の容易化と高強度化の両立を可能にした熱間プレスと呼ばれる加工技術が提案されている。しかし、この熱間プレスでは、熱間プレス前に鋼板を950℃前後の高い温度に加熱するため、鋼板表面にはスケール(鉄酸化物)が生成し、そのスケールが熱間プレス時に剥離して、金型を損傷させる、または熱間プレス後の部材表面を損傷させるという問題がある。また、部材表面に残ったスケールは、外観不良や塗装密着性の低下の原因にもなる。このため、通常は酸洗やショットブラストなどの処理を行って部材表面のスケールは除去されるが、これは製造工程を複雑にし、生産性の低下を招く。さらに、自動車の足廻り部材や車体構造部材などには優れた耐食性も必要とされるが、上述のような工程により製造された熱間プレス部材ではめっき層などの防錆皮膜が設けられていないため、耐食性が甚だ不十分である。
【0004】
このようなことから、熱間プレス前の加熱時にスケールの生成を抑制するとともに、熱間プレス後の部材の耐食性を向上させることが可能な熱間プレス技術が要望され、表面にめっき層などの皮膜を設けた鋼板やそれを用いた熱間プレス方法が提案されている。例えば、特許文献2には、AlまたはAl合金で被覆された鋼板を熱間プレスし、1600MPa以上の引張強度を有する熱間プレス部材の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】英国特許第1490535号公報
【特許文献2】特許第3931251号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2に記載の熱間プレス部材の製造方法では、熱間プレス時に金型にめっきが凝着して金型の手入れを頻繁に行う必要があり、生産性の低下を招くという問題がある。
【0007】
本発明は、熱間プレス前の加熱時にスケールの生成が抑制され、かつ熱間プレス時に金型にめっきが凝着することのない熱間プレス用めっき鋼板、それを用いた熱間プレス部材および熱間プレス部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的とする熱間プレス用鋼板および熱間プレス部材について鋭意検討を行った結果、以下の知見を得た。
i) 熱間プレス前の加熱時にスケールの生成を完全に抑制するには、鋼板表面に、20〜95質量%のAlおよびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を設けることが効果的である。
ii) 熱間プレス時に金型との凝着を防止するには、0.01〜10質量%のCaを含むAl-Zn系合金めっき層とすることが効果的である。
【0009】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、鋼板表面に、Al:20〜95質量%、Ca:0.01〜10質量%、およびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板、あるいは鋼板表面に、Al:20〜95質量%、Ca+Mg:0.01〜10質量%、およびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板を提供する。
【0010】
本発明の熱間プレス用めっき鋼板では、
Al-Zn系合金めっき層が、下地鋼板との界面に存在する合金相からなる下層とその上に存在する上層からなり、前記上層中にはCa、または、CaおよびMgが存在すること、
Al-Zn系合金めっき層を下地鋼板側と表面側の層に二等分したとき、前記表面側の層中のCa、または、CaおよびMgの含有量が前記下地鋼板側の層中のCa、またはCaおよびMgの含有量より多いこと、
Al-Zn系合金めっき層において、Ca、または、CaおよびMgと、Al、Zn、Siから選ばれた少なくとも1種からなる金属間化合物が存在すること、
が少なくとも一つ満足されることが好ましい。
【0011】
また、上記の金属間化合物は、Al4Ca、Al2Ca、Al2CaSi2、Al2CaSi1.5、Ca3Zn、CaZn3、CaSi2、CaZnSi、Al3Mg2、MgZn2、Mg2Siから選ばれた少なくとも1種であることが好ましく、Al2CaSi2および/またはAl2CaSi1.5であることがより好ましい。
【0012】
本発明の熱間プレス用めっき鋼板におけるAl-Zn系合金めっき層の下地鋼板としては、質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板や、さらに質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも1種や、Sb:0.003〜0.03%を個別にあるいは同時に含有する鋼板を用いることが好ましい。
【0013】
本発明は、また、上記のような成分組成の下地鋼板からなる熱間プレス用めっき鋼板を、Ac3変態点〜1000℃の温度範囲に加熱後、熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法を提供する。
【0014】
本発明の熱間プレス部材は、部材を構成する鋼板表面に、Al、Zn、Ca、FeおよびSiを含有する表面層を有し、該表面層にはCa表面濃化層が存在する。あるいは、本発明の熱間プレス部材は、部材を構成する鋼板表面に、Al、Zn、Ca、Mg、FeおよびSiを含有する表面層を有し、該表面層にはCa表面濃化層が存在する。
【0015】
本発明の熱間プレス部材における、部材を構成する鋼板としては、質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板や、さらに質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも1種や、Sb:0.003〜0.03%を個別にあるいは同時に含有する鋼板を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、熱間プレス前の加熱時にスケールの生成が抑制され、かつ熱間プレス時に金型にめっきが凝着することのない熱間プレス用めっき鋼板を製造できるようになった。本発明である熱間プレス用めっき鋼板を用い、本発明である熱間プレス部材の製造方法で製造した熱間プレス部材は、外観が良好であり、優れた塗装密着性や耐食性を有するので、自動車の足廻り部材や車体構造部材に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本実施例で金型との凝着性を調査するために用いた高温摺動性試験装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1) 熱間プレス用めっき鋼板
1-1) めっき層
上述のように、熱間プレス前の加熱時にスケールの生成を完全に抑制するには、鋼板表面に、20〜95質量%のAlおよびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を設けることが効果的である。その原因は、必ずしも明確ではないが、20〜95質量%のAlを含有するAl-Zn系合金めっき層であれば熱間プレス時に金型にめっきが凝着する耐金型凝着性を改善することが可能となるためである。
【0019】
一般に、Al合金めっき層では、表面に極薄い酸化物からなる不動態皮膜が形成されるが、熱間プレス前の加熱時に形成される酸化皮膜は極薄い状態であり、めっき層表面は実質的に金属状態を保持している。そのため、熱間プレス時には、金型とめっき層表面の金属とが直接接触して摺動されるために、凝着を起こしやすい。この凝着を防止するには、20〜95質量%のAlを含有するAl-Zn系合金めっき層とした上で、0.01〜10質量%のCaを含有させ、めっき層表面にCaの酸化物を形成することが効果的である。また、0.01〜10質量%のCaの代わりに、0.01〜10質量%のCa+Mgを含有させても、CaやMgの酸化物が形成されて同様な効果が得られる。後述するように、本発明の熱間プレス用めっき鋼板は熱間プレス前の加熱により、Caは表面濃化層が形成され、好ましくは酸化物からなるCa表面濃化層が形成されることにより、耐金型凝着性が優れる。
【0020】
また、Siは、めっき時の鋼板−めっき界面合金層成長過多によるめっき密着性の低下を防止するため、めっき浴中に含有される。そのため、鋼板表面に形成されるAl-Zn系合金めっき層はSiを含有し、その含有量は界面合金層成長抑制の点からAl に対して0.1質量%以上10質量%以下が好ましい。
【0021】
Al-Zn系合金めっき層を、下地鋼板との界面に存在する合金相からなる下層とその上に存在する上層としたとき、上層中にはCa、または、CaおよびMgが存在する、あるいは、Al-Zn系合金めっき層を下地鋼板側と表面側の層に二等分したとき、表面側の層中のCa、または、CaおよびMgの含有量が下地鋼板側の層中のCa、またはCaおよびMgの含有量より多くすると、Caの酸化物やCaやMgの酸化物が形成されやすくなり、凝着防止により効果的である。
【0022】
また、Al-Zn系合金めっき層において、Ca、または、CaおよびMgと、Al、Zn、Siから選ばれた少なくとも1種からなる金属間化合物が存在すると、これら金属間化合物から加熱時にCa、または、CaおよびMgが供給されて表面に拡散し、凝着防止効果を示す物質を形成可能となるため好ましい。金属間化合物としては、Al4Ca、Al2Ca、Al2CaSi2、Al2CaSi1.5、Ca3Zn、CaZn3、CaSi2、CaZnSi、Al3Mg2、MgZn2、Mg2Siから選ばれた少なくとも1種であることが好ましく、Al2CaSi2および/またはAl2CaSi1.5であることがより好ましい。
Ca、または、CaおよびMgがAl、Zn、Siから選ばれる1種または2種以上と金属間化合物を形成しているかどうかを確認する方法としては、めっき鋼板を表面から広角X線回折で解析してこれらの金属間化合物を検出する方法、もしくはめっき層の断面を透過電子顕微鏡中で電子線回折によって解析して検出するなどの方法が挙げられる。また、これら以外の方法でも、前記金属間化合物を検出可能であればいずれの方法を用いても構わない。
【0023】
1-2) めっき層の形成方法
次に、本発明の熱間プレス用めっき鋼板のめっき層の形成方法について説明する。本発明の熱間プレス用めっき鋼板は、連続式溶融めっき設備などで製造され、めっき浴中のAl濃度は20〜95質量%とし、Ca含有量、またはCaおよびMgの合計含有量は0.01〜10質量%とする。このような組成のめっき浴を用いることにより前記しためっき層を有するめっき鋼板が製造可能となる。また、過度の合金相成長を抑制するため、めっき浴にはSiをAlに対して3質量%程度含むが、この好適範囲はAlに対して1.5〜10質量%とすることが好ましい。なお、本発明のめっき鋼板のめっき浴には上述したAl、Zn、Ca、Mg、Si以外にも例えばSr、V、Mn、Ni、Co、Cr、Ti、Sb、Mo、B等の何らかの元素が添加されている場合もあるが、本発明の効果が損なわれない限り適用可能である。
【0024】
また、めっき層中に含有されるCa、または、CaおよびMgが、めっき層を厚さ方向に表層側と下地鋼板側に等分したときに、下地鋼板側よりも表層側に多く存在する溶融Al−Zn系めっき鋼板を製造するための製造方法としては、CaおよびMgが、めっき層を厚さ方向に表層側と下地鋼板側に等分したときに、下地鋼板側よりも表層側に多く存在するようにできればどのような方法を用いてもよく、特に限定するものではない。例えば、めっき層の凝固反応が下地鋼板側から表層側に向けて進行するようにして、凝固の進行に伴いCa、または、CaおよびMgが、表層側に排出されるようにする方法が挙げられる。これは通常の連続式溶融めっき操業におけるめっき後の冷却過程で達成することができる。
【0025】
なお、めっき浴に侵入する鋼板の温度(以下、侵入板温と称す)は、連続式溶融めっき操業における浴温度の変化を防ぐべく、めっき浴温度に対して±20℃以内に制御することが好ましい。
【0026】
さらに、めっき層中に含有されるCa、または、CaおよびMgがAl、Zn、Siから選ばれる1種以上と金属間化合物を形成する溶融Al−Zn系めっき鋼板を製造するための製造方法としては、上記金属間化合物を形成できればどのような方法を用いてもよく、特に限定するものではない。例えば、めっき層を形成した後のめっき鋼板にめっき層の融点よりも低い温度の熱処理を施すなどが挙げられる。この場合、めっき層の融点よりも5〜50℃低い温度の熱処理を施すことが好ましい。
【0027】
1-3) 下地鋼板
980MPa以上の強度を有する熱間プレス部材を得るには、めっき層の下地鋼板として、例えば、質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する熱延鋼板や冷延鋼板や、さらに質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも1種や、Sb:0.003〜0.03%を、個別にあるいは同時に含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する熱延鋼板や冷延鋼板を用いることができる。各成分元素の限定理由を、以下に説明する。ここで、成分の含有量を表す「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0028】
C:0.15〜0.5%
Cは、鋼の強度を向上させる元素であり、熱間プレス部材のTSを980MPa以上にするには、その量を0.15%以上とする必要がある。一方、C量が0.5%を超えると、素材の鋼板のブランキング加工性が著しく低下する。したがって、C量は0.15〜0.5%とする。
【0029】
Si:0.05〜2.0%
Siは、C同様、鋼の強度を向上させる元素であり、熱間プレス部材のTSを980MPa以上にするには、その量を0.05%以上とする必要がある。一方、Si量が2.0%を超えると、熱間圧延時に赤スケールと呼ばれる表面欠陥の発生が著しく増大するとともに、圧延荷重が増大したり、熱延鋼板の延性の劣化を招く。さらに、Si量が2.0%を超えると、ZnやAlを主体としためっき層を鋼板表面に形成するめっき処理を施す際に、めっき処理性に悪影響を及ぼす場合がある。したがって、Si量は0.05〜2.0%とする。
【0030】
Mn:0.5〜3%
Mnは、フェライト変態を抑制して焼入れ性を向上させるのに効果的な元素であり、また、Ac3変態点を低下させるので、熱間プレス前の加熱温度を低下するにも有効な元素である。このような効果の発現のためには、その量を0.5%以上とする必要がある。一方、Mn量が3%を超えると、偏析して素材の鋼板および熱間プレス部材の特性の均一性が低下する。したがって、Mn量は0.5〜3%とする。
【0031】
P:0.1%以下
P量が0.1%を超えると、偏析して素材の鋼板および熱間プレス部材の特性の均一性が低下するとともに、靭性も著しく低下する。したがって、P量は0.1%以下とする。
【0032】
S:0.05%以下
S量が0.05%を超えると、熱間プレス部材の靭性が低下する。したがって、S量は0.05%以下とする。
【0033】
Al:0.1%以下
Al量が0.1%を超えると、素材の鋼板のブランキング加工性や焼入れ性が低下する。したがって、Al量は0.1%以下とする。
【0034】
N:0.01%以下
N量が0.01%を超えると、熱間圧延時や熱間プレス前の加熱時にAlNの窒化物を形成し、素材の鋼板のブランキング加工性や焼入れ性が低下する。したがって、N量は0.01%以下とする。
【0035】
Cr:0.01〜1%
Crは、鋼を強化するとともに、焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。こうした効果の発現のためには、Cr量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cr量が1%を超えると、著しいコスト高を招くため、その上限は1%とすることが好ましい。
【0036】
Ti:0.2%以下
Tiは、鋼を強化するとともに、細粒化により靭性を向上させるのに有効な元素である。また、次に述べるBよりも優先して窒化物を形成して、固溶Bによる焼入れ性の向上効果を発揮させるのに有効な元素でもある。しかし、Ti量が0.2%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、また、熱間プレス部材の靭性が低下するので、その上限は0.2%とすることが好ましい。
【0037】
B:0.0005〜0.08%
Bは、熱間プレス時の焼入れ性や熱間プレス後の靭性向上に有効な元素である。こうした効果の発現のためには、B量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、B量が0.08%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、また、熱間圧延後にマルテンサイト相やベイナイト相が生じて鋼板の割れなどが生じるので、その上限は0.08%とすることが好ましい。
【0038】
Sb:0.003〜0.03%
Sbは、熱間プレス前に鋼板を加熱してから熱間プレスの一連の処理によって鋼板を冷却するまでの間に鋼板表層部に生じる脱炭層を抑制する効果を有する。このような効果の発現のためにはその量を0.003%以上とする必要がある。一方、Sb量が0.03%を超えると、圧延荷重の増大を招き、生産性を低下させる。したがって、Sb量は0.003〜0.03%とすることが好ましい。
【0039】
2) 熱間プレス部材の製造方法
上記した本発明の熱間プレス用めっき鋼板は、Ac3変態点〜1000℃の温度範囲に加熱後熱間プレスされて熱間プレス部材となる。熱間プレス前にAc3変態点以上に加熱するのは、熱間プレス時の急冷でマルテンサイト相などの硬質相を形成し、部材の高強度化を図るためである。また、加熱温度の上限を1000℃としたのは、1000℃を超えるとめっき層表面に多量のZnOが生成するためである。なお、ここでいう加熱温度とは鋼板の最高到達温度のことをいう。
【0040】
熱間プレス前の加熱時の平均昇温速度は、特に限定されるものではないが、例えば2〜200℃/sが好適である。めっき層の欠陥部では局所的なスケールが生成する場合があるが、それを防止するためには、鋼板が高温条件下に晒される高温滞留時間を極力短くする方が有利なため、平均昇温速度は速いほど好適である。また、最高到達板温における保持時間についても特に限定されるものではないが、上記と同じ理由により短時間とする方が好適であり、好ましくは300s以下、より好ましくは120s以下、さらに好ましくは10s以下とする。
【0041】
熱間プレス前の加熱方法としては、電気炉やガス炉などによる加熱、火炎加熱、通電加熱、高周波加熱、誘導加熱などを例示できる。
【0042】
3) 熱間プレス部材
3-1)部材を構成する鋼板表面
上述したように、20〜95質量%のAlを含有するAl-Zn系合金めっき層とした上で、0.01〜10質量%のCa、または0.01〜10質量%のCa+Mgを含有させた本発明の熱間プレス用めっき鋼板をAc3変態点〜1000℃の温度範囲に加熱後熱間プレスして製造することにより、部材を構成する鋼板表面に、Al、Zn、Ca、FeおよびSi、またはAl、Zn、Ca、Mg、FeおよびSiを含有する表面層を有し、該表面層にはCa表面濃化層が存在する熱間プレス部材が得られる。このような熱間プレス部材は、熱間プレス時に金型にめっきが凝着することがなく生産性の低下がなく、スケールの生成が抑制されており、外観と塗装密着性にも優れる。
【0043】
Ca表面濃化層の存在は電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)またはグロー放電発光表面分析装(GDS)により確認することができる。また、Ca表面濃化層の厚さはめっき層中のCa含有率、めっき付着量、ならびに熱間プレス前の加熱温度および加熱速度に依存するものであり、数μm程度となるが、0.5μm以上であることが好ましい。Al、Zn、Ca、FeおよびSi、またはAl、Zn、Ca、Mg、FeおよびSiを含有する表面層の厚さはめっき組成、めっき付着量、ならびに熱間プレス前の加熱温度および加熱速度に依存する。
【0044】
3-2)部材を構成する鋼板
980MPa以上の強度を有する熱間プレス部材を得るには、部材を構成する鋼板として、例えば、質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する熱延鋼板や冷延鋼板や、さらに質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも1種や、Sb:0.003〜0.03%を、個別にあるいは同時に含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する熱延鋼板や冷延鋼板を用いることができる。
【実施例】
【0045】
下地鋼板として、質量%で、C:0.23%、Si:0.25%、Mn:1.2%、P:0.01%、S:0.01%、Al:0.03%、N:0.005%、Cr:0.2%、Ti:0.02%、B:0.0022%、Sb:0.008%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、Ac3変態点が820℃で、板厚1.6mmの冷延鋼板を連続式溶融めっき設備を用い、表1〜3に示すめっき浴組成や処理条件により、Al-Zn系合金めっき層を有する熱間プレス用めっき鋼板を製造した。このとき、ラインスピードは150m/minとし、めっき付着量は片面あたり35〜45g/m2とした。また、めっき層中に含有されるCa、または、CaおよびMgが主として上層に存在させるために、めっき後の冷却速度を15℃/secとした。また、めっき層中に含有されるCa、または、CaおよびMgがAl、Zn、Siから選ばれる1種以上と金属間化合物を形成させるために、めっき層を形成した後、一部の熱間プレス用めっき鋼板に対しては、めっき層の融点よりも40℃低い温度で熱処理を施した。また、めっき処理を施さず冷延鋼板ままの実施例も比較のため製造した。
【0046】
そして、Al-Zn系合金めっき層の上層中および表面側の層中にCa、または、CaおよびMgの存在を次のようにして確認した。すなわち、グロー放電発光分析(GDS)装置でめっき層を貫通分析して、Ca、または、CaおよびMgの強度を測定し、それが下地鋼板で測定されるそれぞれの強度を上回っていることをもって存在するとした。
【0047】
また、金属間化合物の有無は、X線回折、走査型電子顕微鏡(SEM)、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)、オージェ電子分光装置(AES)、X線光電子分光法(XPS)、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて確認し、存在が確認された金属間化合物に対してはエネルギー分散型X線分光法(EDX)、波長分散型X線分光法(WDX)による組成分析を行った。存在が確認できた金属間化合物を表1〜3に示す。
【0048】
さらに、上記により製造された熱間プレス用めっき鋼板に対して、以下の方法でスケール生成の抑制の程度、すなわち耐スケ−ル性、および金型との凝着性を調査した。
耐スケール性:炉温900℃に設定したマッフル炉(大気雰囲気)に試料を挿入し、7min保持後に取り出し、表面外観を目視観察し、耐スケール性を次のように評価した。このときの昇温速度は3℃/sであった。また、加熱後の鋼板表面のCa表面濃化層の存在の有無、ならびに、加熱後の鋼板表面の表面層の成分(Al、Zn、Ca、FeおよびSi、またはAl、Zn、Ca、Mg、FeおよびSiを含有すること)をEPMAで確認した。
スケール無し:○
スケール有り:×
金型との凝着性:図1に示す加熱炉1、摺動工具(材質SKD61)2、ロードセル3からなる高温摺動性試験装置を用いて、鋼板サンプル4を900℃に加熱し、摺動速度:300mm/s、押しつけ荷重:1000kgf(9807N)で摺動試験を行い、摺動試験後の金型表面へのめっきの凝着有無を目視観察し、金型との凝着性を次のように評価した。
金型への凝着無し:○
金型への凝着有り:×
結果を表1〜3に示す。本発明の熱間プレス用めっき鋼板は、いずれも耐スケール性および金型との凝着性に優れていることがわかる。さらに、このようにして製造される本発明の熱間プレス部材は鋼板表面にCa表面濃化層が存在し、耐スケール性および金型との凝着性に優れることにより、生産性が高く、外観および塗装密着性にも優れていた。
【0049】
【表1】

【0050】
【表2】

【0051】
【表3】

【符号の説明】
【0052】
1 加熱炉
2 摺動工具(材質SKD61)
3 ロードセル
4 鋼板サンプル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面に、Al:20〜95質量%、Ca:0.01〜10質量%、およびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板。
【請求項2】
鋼板表面に、Al:20〜95質量%、Ca+Mg:0.01〜10質量%、およびSiを含有するAl-Zn系合金めっき層を有することを特徴とする熱間プレス用めっき鋼板。
【請求項3】
Al-Zn系合金めっき層が、下地鋼鈑との界面に存在する合金相からなる下層とその上に存在する上層からなり、前記上層中にはCa、または、CaおよびMgが存在することを特徴とする請求項1または2に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
【請求項4】
Al-Zn系合金めっき層を下地鋼板側と表面側の層に二等分したとき、前記表面側の層中のCaの含有量、または、CaおよびMgの含有量が前記下地鋼鈑側の層中のCaの含有量、または、CaおよびMgの含有量より多いことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
【請求項5】
Al-Zn系合金めっき層において、Ca、または、CaおよびMgと、Al、Zn、Siから選ばれた少なくとも1種からなる金属間化合物が存在することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
【請求項6】
金属間化合物が、Al4Ca、Al2Ca、Al2CaSi2、Al2CaSi1.5、Ca3Zn、CaZn3、CaSi2、CaZnSi、Al3Mg2、MgZn2、Mg2Siから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項5に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
【請求項7】
金属間化合物が、Al2CaSi2および/またはAl2CaSi1.5であることを特徴とする請求項6に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
【請求項8】
Al-Zn系合金めっき層の下地鋼板が、質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
【請求項9】
Al-Zn系合金めっき層の下地鋼板が、さらに、質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項8に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
【請求項10】
Al-Zn系合金めっき層の下地鋼板が、さらに、質量%で、Sb:0.003〜0.03%を含有することを特徴とする請求項8または9に記載の熱間プレス用めっき鋼板。
【請求項11】
請求項8〜10のいずれか1項に記載の熱間プレス用めっき鋼板を、Ac3変態点〜1000℃の温度範囲に加熱後、熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法。
【請求項12】
部材を構成する鋼板表面に、Al、Zn、Ca、FeおよびSiを含有する表面層を有し、該表面層にはCa表面濃化層が存在することを特徴とする熱間プレス部材。
【請求項13】
部材を構成する鋼板表面に、Al、Zn、Ca、Mg、FeおよびSiを含有する表面層を有し、該表面層にはCa表面濃化層が存在することを特徴とする熱間プレス部材。
【請求項14】
部材を構成する鋼板が、質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする請求項12または13に記載の熱間プレス部材。
【請求項15】
部材を構成する鋼板が、さらに、質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項14に記載の熱間プレス部材。
【請求項16】
部材を構成する鋼板が、さらに、質量%で、Sb:0.003〜0.03%を含有することを特徴とする請求項14または15に記載の熱間プレス部材。

【図1】
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【公開番号】特開2012−112010(P2012−112010A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−263213(P2010−263213)
【出願日】平成22年11月26日(2010.11.26)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】