説明

環境対応型プレコート金属材料用水系表面処理剤及び表面処理方法

【課題】塗装密着性、耐食性及び耐コインスクラッチ性に優れるプレコート金属材料を作製するための下地処理剤として有用なノンクロム系水系表面処理剤等の提供。
【解決手段】シランカップリング剤(A)と、バナジウム含有化合物及び/又はタングステン含有化合物(B)とを、バナジウム原子及び/又はタングステン原子/(A)の固形分質量比として、0.1/100〜40/100の範囲で含有する環境対応型プレコート金属材料用水系表面処理剤、処理方法及びノンクロム系プレコート金属材料の製造方法。さらに水分散性シリカ(C)の配合により、塗装密着性及び耐コインスクラッチ性がさらに向上する。アミノ性官能基含有シランカップリング剤を用いると塗装密着性に優れる。アミノ基(1又は2級)含有シランカップリング剤と隣り合った炭素原子に結合したエポキシ基を有するシランカップリング剤とを併用すると耐食性がさらに向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗装密着性、耐食性及び耐コインスクラッチ性に優れるプレコート金属材料を作製するための下地処理剤として有用なノンクロム系水系表面処理剤、並びに処理方法及びノンクロム系プレコート金属材料の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
家電用、建材用、自動車用などの部品に、加工後塗装されていた従来のポスト塗装製品はリン酸塩などの前処理が多く施されているが、近年特に家電用に関しては、このような前処理に代わって、着色した有機皮膜を被覆したプレコート金属板が使用されるようになってきている。この金属板は、下地処理を施した金属板およびめっき金属板に有機皮膜を被覆したもので、美観を有しながら、加工性を有し、耐食性が良好であるという特性を有している。
【0003】
例えば、特許文献1には、特定のクロメート処理液を塗布し、水洗することなく乾燥することで端面耐食性を改善したプレコート鋼板が開示されている。このようなクロムを含有する下地処理を施したプレコート鋼板は、クロメート処理、有機皮膜の複合効果によって耐食性と共に、加工性、塗装密着性を有し、加工後塗装を省略して、生産性向上や品質改良を目的としており、現在では汎用的に使用されている。しかしながら、クロメート処理皮膜及びクロム系防錆顔料を含む有機皮膜から溶出する可能性のある6価クロムの毒性問題から、最近ではノンクロム防錆処理、ノンクロム有機皮膜に対する要望が高まっている。
【0004】
プレコート鋼板の下地処理に求められる第1の特性は塗装密着性であり、下層である下地金属及び上層であるプライマー等との2つの界面ともに良好に密着することが求められる。この塗装密着性は沸騰水に所定時間浸漬後に評価する場合もあり、これを特に塗装二次密着性と呼び、沸騰水に浸漬する前の塗装密着性である塗装一次密着性と区別する。これら1次、2次の密着性とも、後加工により複雑な形状物に加工されることを前提とするプレコート鋼板には必須の極めて重要な特性である。T曲げ試験は極めて厳しい試験として、プレコート鋼板の密着性評価に用いられる。
【0005】
プレコート鋼板の下地処理に求められる第2の特性として、耐コインスクラッチ性が挙げられる。これは密着性のみでなく、下地処理の皮膜硬度などにも影響される特性である。
【0006】
プレコート鋼板の下地処理に求められる第3の特性として、耐食性が挙げられる。プレコート鋼板の場合、通常、鋼板の上に順に、下地処理、プライマー塗布処理、そしてトップコート塗布処理を行う。従来のクロメート処理を施したプレコート鋼板の場合、下地処理層のみでなく、プライマー層にもクロメートを含有する。特に通常0.5μmを越えて使用されることのない下地処理に比べ、3〜10μmと厚く使用されるプライマー層は多くのクロム成分を防錆顔料として含有し、プレコート鋼板に対する耐食性付与の主たる役割を担っている。ところが、クロムを含有しないプレコート鋼板におけるプライマーは、クロム系防錆顔料を含むプライマーに到底及ばない耐食性しか付与できないのが実状である。そのため、ノンクロメートのプレコート鋼板において、下地処理部分は耐食性付与の役割を従来のクロメートシステム以上にむしろ担っていると言える。
【0007】
また、プレコート鋼板には、例えば電子レンジの外板のように耐熱性が要求される用途もあり、一般に樹脂は熱に対し弱く加熱履歴後の密着性を劣化させる要因となるため、この場合の下地には樹脂を含まないものが望まれる。
【0008】
クロメート処理に代わる非クロム系防錆処理方法として特許文献2には、タンニン酸とシランカップリング剤を含有する水溶液で亜鉛及び亜鉛合金を表面処理することで、耐白錆性及び塗料密着性を向上させる技術が開示されているが、この方法ではプレコート金属板に要求される耐コインスクラッチ性、耐食性を十分には確保することができない。特許文献3には、亜鉛めっき鋼板の表面にシリカ微粒子とポリアクリル酸などの結合剤を含む化成被膜を形成することが開示されている。しかしこの方法では、プレコート鋼板に要求される塗装密着性及び耐食性が、クロメート処理した場合のそれらには及ばない。
【0009】
特許文献4には、亜鉛めっき鋼板の表面をシリカ微粒子、シランカップリング剤、及び樹脂組成物を含有する水溶液で表面処理することで、一次防錆性を付与する技術が開示されている。しかし、この処理剤をプレコート鋼板に転用した場合、厳しい密着性が要求されるプレコート鋼板に対する塗装下地としての性能は十分でない。一時防錆性付与用の処理液によって達成される密着性は、エリクセン押し出しレベルの加工密着性であり、T曲げ試験を合格するレベルの加工密着性は達成されない。同様のことが、耐指紋薬剤や潤滑用薬剤をプレコート鋼板の下地処理剤に転用した場合にも言え、厳しいT曲げ密着性試験に耐えられない。
【0010】
特許文献5には、めっき鋼板の表面を水分散性シリカ、シランカップリング剤、ジルコニウム化合物あるいはチタニウム化合物、チオカルボニル基含有化合物、アクリル樹脂及びリン酸を含有する水溶液で処理する、プレコート鋼板における下地処理の技術が開示されている。チオカルボニル基含有化合物、リン酸によるインヒビター作用は不十分であり、プレコート鋼板としての耐食性、特に端面部の耐食性の点において、クロメート処理したプレコート鋼板には及ばない。
【0011】
特許文献6には、めっき鋼板ではないが、鋼材をシランカップリング剤とモリブデンを含有する処理温浴中に浸漬し、その後水洗することによって反応処理下地皮膜を形成させ、上層として防食被覆処理を施す防食被覆鋼材の製造方法が開示されている。この技術は浸漬及び水洗工程を必要とするためプレコート鋼板には適用できない。また、モリブデン化合物はPRTR(Pollution Release and Transfer Register)(環境汚染物質排出移動登録)で特定する第一種化合物であるため、環境対応型とも言い難い。
【特許文献1】特開平3−100180号公報
【特許文献2】特開昭59−116381号公報
【特許文献3】特開2002−80979号公報
【特許文献4】特開2001−164195号公報
【特許文献5】特開2001−316845号公報
【特許文献6】特開2003−34881号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、環境対応型の非クロム系でありながらプレコート鋼板における塗装下地として使用した場合に、塗膜の塗装密着性、耐食性及び耐コインスクラッチ性に優れる水系表面処理剤、それを塗布する表面処理方法、及びそれを使用した塗装密着性、耐食性及び耐コインスクラッチ性に優れるプレコート鋼板を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題は、
(1)シランカップリング剤(A)と、バナジウム含有化合物及び/又はタングステン含有化合物(B)とを、バナジウム原子及び/又はタングステン原子/(A)の固形分質量比として、0.1/100〜40/100の範囲で含有する環境対応型プレコート金属材料用水系表面処理剤;
(2)シランカップリング剤(A)全体の0.2質量%以上が、アミノ性官能基を有するシランカップリング剤である上記(1)記載の水系表面処理剤;
(3)シランカップリング剤(A)が第1級アミノ基もしくは第2級アミノ基を有するシランカップリング剤とアミノ基と反応し得る官能基を有するシランカップリング剤とからなり、前者:後者の当量比が50:1〜1:50である上記(1)又は(2)記載の水系表面処理剤;
(4)アミノ基と反応し得る官能基を有するシランカップリング剤が隣り合った炭素原子に結合したエポキシ基を有するシランカップリング剤である上記(3)記載の水系表面処理剤;
(5)さらに水分散性シリカ(C)を、(C)/(A)の固形分質量比として、1/50〜10/1の範囲で含有する上記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の水系表面処理剤;並びに
(6)上記(1)〜(5)のいずれか1項に記載の水系表面処理剤を金属材料表面に塗布後乾燥して、0.01〜1g/mの乾燥皮膜を形成させることを特徴とする環境に対応した金属材料の表面処理方法;及び
(7)上記(6)記載の表面処理方法により表面処理した金属材料に、さらにクロムを含まない上層被覆を施すことを特徴とする環境対応型プレコート金属材料の製造方法
によって達成される。
【発明の効果】
【0014】
本発明の環境対応型プレコート金属材料用水系表面処理剤及び表面処理方法により表面処理した金属材料に、さらにクロムを含まない上層被覆を施すことにより得られるプレコート金属材料は、被覆層がクロムを含まないにもかかわらず、耐食性、塗装密着性(塗装一次密着性及び塗装二次密着性)及び耐コインスクラッチ性に優れる。したがって、本発明は工業的価値が極めて高い発明である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明を以下に詳細に説明する。
本発明の環境対応型プレコート金属材料用水系表面処理剤はシランカップリング剤(A)とバナジウム含有化合物及び/又はタングステン含有化合物(B)とを必須成分として含有する水系表面処理剤である。
【0016】
シランカップリング剤は、加水分解することにより生成するシラノール基の−OHの活性が高く、母材である下地金属Mと酸素原子を介し、−Si−O−Mの強固な化学結合をする。この化学結合は、特に下地金属との良好な密着性に寄与する。また、上層に含まれる有機官能基との反応により、上層との密着性向上にも寄与する場合もある。シランカップリング剤の官能基として極性の強いO、Nなどを構成要素とした極性基が導入されている場合、上層との密着性はさらに向上する。
【0017】
本発明に適用できるシランカップリング剤として、例えば、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルメチルジエトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、N−β−(N−ビニルベンジルアミノエチル)−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−β−(N−ビニルベンジルアミノエチル)−γ−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−β−(N−ビニルベンジルアミノエチル)−γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−β−(N−ビニルベンジルアミノエチル)−γ−アミノプロピルメチルジエトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリエトキシシラン、γ−メルカプトプロピルメチルジエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ビニルトリアセトキシシラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン、γ−クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ−クロロプロピルトリエトキシシラン、γ−クロロプロピルメチルジエトキシシラン、ヘキサメチルジシラザン、γ−アニリノプロピルトリメトキシシラン、γ−アニリノプロピルメチルジメトキシシラン、γ−アニリノプロピルトリエトキシシラン、γ−アニリノプロピルメチルジエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルメチルジメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルメチルジエトキシシラン、オクタデシルジメチル〔3−(トリメトキシシリル)プロピル〕アンモニウムクロライド、オクタデシルジメチル〔3−(メチルジメトキシシリル)プロピル〕アンモニウムクロライド、オクタデシルジメチル〔3−(トリエトキシシリル)プロピル〕アンモニウムクロライド、オクタデシルジメチル〔3−(メチルジエトキシシリル)プロピル〕アンモニウムクロライド、γ−クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシランなどを挙げることができる。これらをのうち1成分のみ、または複数を組み合わせて使用することができる。
【0018】
下地処理剤は多くの場合、多少なり上層に塗布するプライマーとの相性があり、組み合わせによっては性能が期待通りに出現しないケースがある。上記カップリング剤のうちアミノ性官能基を有するものは、上層との相性に左右されにくい。そのため本発明の水系表面処理剤(下地処理剤)においては、シランカップリング剤(A)が、アミノ性官能基を有するものを少なくとも1種含有することが好ましい。ここで、本発明でアミノ性官能基とは第1級アミノ基、第2級アミノ基、第3級アミノ基及び第4級アンモニウム基から選ばれる官能基を示すものとする。なお、第4級アンモニウム基を有する場合の対イオンとしては塩素イオンを初めとするハロゲンイオン、リン酸イオン、硝酸イオン、硫酸イオン、有機酸イオンなどが挙げられる。アミノ性官能基を有するシランカップリング剤のシランカップリング剤(A)全体に対する使用量は、固形分基準として、0.2質量%以上であるのが好ましく、2.0質量%以上であるのがより好ましく、10質量%以上であるのがより一層好ましく、それによってプライマーの種類によって、プライマーとの密着性(塗装密着性)が悪影響を受けることをなくすことができるか最小限にすることができる。
【0019】
シランカップリング剤(A)として2種以上を用いる場合、第1級アミノ基もしくは第2級アミノ基を有するシランカップリング剤とアミノ基と反応し得る官能基、例えば隣り合った炭素原子に結合したエポキシ基(グリシジル基、3,4−エポキシシクロヘキシル基等)を有するシランカップリング剤を用いるのが好ましい。それらのシランカップリング剤の使用割合は、互いの官能基が過不足なく反応する量である必要はなく、第1級アミノ基もしくは第2級アミノ基を有するシランカップリング剤とアミノ基と反応し得る官能基との当量比として、50:1〜1:50の範囲であるのが好ましく、10:1〜1:10の範囲であるのがより好ましく、第1級アミノ基もしくは第2級アミノ基を有するシランカップリング剤と隣り合った炭素原子に結合したエポキシ基を有するシランカップリング剤との組合せ使用の場合、アミノ性官能基を有するシランカップリング剤による上記塗装密着性についての効果に加え、耐食性をさらに向上させることができる。
【0020】
本発明の水系表面処理剤の第2の必須成分であるバナジウム含有化合物及び/又はタングステン含有化合物(B)は、インヒビター(腐食抑制物質)として作用し、耐食性を向上させる。成分(B)としては、バナジウム又はタングステンの炭酸塩、酸化物、水酸化物、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、フッ化物、フルオロ酸もしくはその塩、オキソ酸塩、有機酸塩、バナジウムもしくはタングステン含有有機化合物が挙げられる。具体的化合物として、五酸化バナジウム(V)、三酸化バナジウム(III)、二酸化バナジウム(IV)、水酸化バナジウム(II)、水酸化バナジウム(III)、硫酸バナジウム(II)、硫酸バナジウム(III)、オキシ硫酸バナジウム(IV)、フッ化バナジウム(III)、フッ化バナジウム(IV)、フッ化バナジウム(V)、ヘキサフルオロバナジウム酸(III)もしくはその塩(カリウム塩、アンモニウム塩等)、メタバナジン酸(V)もしくはその塩(ナトリウム塩、アンモニウム塩等)、バナジウムオキシアセチルアセトネート(IV)[VO(OC(=CH)CHCOCH]、バナジウムアセチルアセトネート(III)[V(O−C(=CH)CHCOCH];酸化タングステン(IV)、酸化タングステン(V)、酸化タングステン(VI)、フッ化タングステン(IV)、フッ化タングステン(VI)、タングステン酸(VI)もしくはその塩(アンモニウム塩、ナトリウム塩等)、メタタングステン酸塩(VI)(アンモニウム塩、ナトリウム塩等)、パラタングステン酸塩(VI)(アンモニウム塩、ナトリウム塩等)などが挙げられる。これらのバナジウム含有化合物及びタングステン含有化合物は各単独で又は2種以上組み合わせて用いることができる。
【0021】
バナジウム含有化合物及び/又はタングステン含有化合物(B)はシランカップリング剤(A)の固形分に対し、バナジウム原子及び/又はタングステン原子/(A)の質量比として、0.1/100〜40/100の範囲で含有するのが好ましく、0.3/100〜20/100の範囲で含有するのがより好ましく、1/100〜10/100の範囲で含有するのがより一層好ましい。複数のバナジウム含有化合物及び/又はタングステン含有化合物を組み合わせて使用する場合、その合計量が上記範囲を満足していればよい。
バナジウム含有化合物及び/又はタングステン含有化合物の耐食性向上へのメカニズムは明確ではないが、価数を幾つか取り得ることがポイントになっているようである。その添加効果は、0.1/100の添加から現れる。ただし40/100を超える過剰量の添加は、上層に塗布するプライマーの種類によっては特に塗装二次密着性の低下を招く場合がある。
【0022】
バナジウム含有化合物及び/又はタングステン含有化合物(B)の添加によって、万一、処理剤の液安定性が悪くなる場合などにおいては、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、グルコン酸、酒石酸、りんご酸、アスコルビン酸、タンニン酸など、カルボキシル基を含有する有機酸を適宜添加することによって、液安定性を向上させることができる。
【0023】
本発明の水系表面処理剤は、水分散性シリカ(C)を含有していてもよい。水分散性シリカ(C)の添加は、酸素の強い極性効果に基づき金属材料との密着性の向上に寄与し、さらに形成される皮膜の表面には水分散性シリカにより凹凸が生じ、アンカー効果により上層との密着性(塗装密着性)も向上する。ただし、過剰な添加は界面への水の侵入を容易にし、塗装二次密着性が低下する場合がある。また水分散性シリカ(C)は、下地皮膜の硬度を上げ、かつ塗装密着性の向上に寄与する結果、耐コインスクラッチ性向上にも効果的に作用する。
【0024】
水分散性シリカとしては、液相から合成した液相シリカ、気相から合成した気相シリカがあり、本発明ではいずれも使用可能である。液層シリカとしては、特に限定するものではないが、スノーテックスC、スノーテックスO、スノーテックスN、スノーテックスS、スノーテックスUP、スノーテックスPS−M、スノーテックスPS−L、スノーテックス20、スノーテックス30、スノーテックス40(何れも日産化学工業(株)製)などが挙げられる。気相シリカとしては、特に限定するものではないが、アエロジル(株)50、アエロジル130、アエロジル200、アエロジル300、アエロジル380、アエロジルTT600、アエロジルMOX80、アエロジルMOX170(何れも日本アエロジル製)などが挙げられる。これらは各単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。
【0025】
水分散性シリカ(C)の使用量は、シランカップリング剤(A)に対し、(C)/(A)の固形分質量比として、1/50〜10/1の範囲であるのが好ましく、1/30〜4/1の範囲であるのがより好ましく、1/10〜2/1の範囲であるのがより一層好ましい。
【0026】
本発明の水系表面処理剤のpHについては、特に制限はないが、3〜10であるのが好ましく、5〜9であるのがより好ましい。アミノ性官能基を有するシランカップリング剤を用いている場合には、そのpHは7〜9であるのが好ましい。この際、pHをコントロールするために適当な酸(例えば、酢酸、リン酸など)やアルカリ(例えば、アンモニア、有機アミンなど)を用いることができる。
【0027】
本発明の水系表面処理剤には、さらに、任意成分として、処理皮膜を柔らかくするための水溶性樹脂、被塗面に均一な皮膜を得るための濡性向上剤と呼ばれる界面活性剤、増粘剤、溶接性の向上のための導電性物質、意匠性向上のための着色顔料等の添加剤を適宜配合し得る。
【0028】
本発明の水系表面処理剤の媒体は水である。本発明の水系表面処理剤における全固形分濃度については特に制限はないが、塗膜形成性や操作性を考慮して、全固形分濃度は1〜20質量%程度であるのが好ましい。
本発明の水系表面処理剤は、シランカップリング剤(A)、バナジウム含有化合物及び/又はタングステン含有化合物(B)並びに、任意成分としての水分散性シリカ(C)及び使用する場合の他の添加剤を水に添加し、攪拌することによって製造でき、各成分の添加順序について特に制限はない。
【0029】
本発明の水系表面処理剤を塗布する金属材料としては、冷延鋼板、熱延鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、溶融合金化亜鉛めっき鋼板、アルミニウムめっき鋼板、アルミ−亜鉛合金めっき鋼板、ステンレス鋼板等の鋼板、アルミニウム板、銅板、チタン板、マグネシウム板、その他のめっき金属板などの一般に公知の金属板を初めとする金属材料を用いることができる。
【0030】
本発明の水系表面処理剤を金属材料に塗布するに先立って、任意的に、金属材料を湯洗、アルカリ脱脂、表面調整などの通常の処理に付すことができる。
【0031】
本発明の水系表面処理剤は通常の塗布方法、例えば、ロールコート、カーテンフローコート、エアースプレー、エアーレススプレー、浸漬、バーコート、刷毛塗りなどにより、金属材料に塗布することができる。塗布後乾燥させるが、乾燥方法、乾燥温度、乾燥時間には特に制限はなく、水分が蒸散する温度、時間であれば構わない。例えば、オーブン中で、塗布した金属板等の金属材料の最高到達温度を60〜120℃として乾燥させればよい。
【0032】
本発明の水系表面処理剤の塗布量は、乾燥皮膜量として、0.01〜1g/mの範囲であることが必要であり、0.02〜0.4g/mの範囲であるのが好ましく、0.05〜0.2g/mの範囲であるのがより好ましい。皮膜量が0.01g/m未満では皮膜量が少なすぎるため、部位による皮膜量のバラツキが生じやすく、密着性(金属材料及び上層に対する密着性)が不十分となる傾向にある。また皮膜量が1g/mを超える場合には、塗装密着性が不十分となる傾向となり、またコスト面で不利になる。
【0033】
本発明の水系表面処理剤による処理は、通常、以下に説明するように、プレコート金属材料における下地処理として行われるが、ラミネート鋼板における下地処理として行うことも可能である。
【0034】
本発明は、また、プレコート金属材料の製造方法に関する。本発明のプレコート金属材料の製造方法は、金属材料に本発明の水系表面処理剤を塗布し乾燥して形成させた皮膜上に、クロムを含まない上層皮膜層を形成させる方法である。上層皮膜層は、通常、ノンクロメートプライマー層とその上に形成させたトップコート層(トップコート層は、通常、クロムを含まない)からなり、かかる上層皮膜層は、本発明の水系表面処理剤を塗布し乾燥して形成させた皮膜上に、ノンクロメートプライマーを塗布乾燥後、その上にさらにトップコートを塗布することにより形成させることができる。また、上層皮膜層は、トップコート層のみからなっていてもよく、この場合、上層皮膜層は、本発明の水系表面処理剤を塗布し乾燥して形成させた皮膜上に、トップコートを塗布することにより形成させることができる。
【0035】
本発明で使用できる上記ノンクロメートプライマーとしては、プライマーの配合中にクロメート系の防錆顔料を使用しないプライマーであれば、いずれのプライマーも使用できる。ノンクロメートプライマーのベース樹脂は水系、溶剤系、粉体系等のいずれの形態のものでもよい。樹脂の種類としては一般に公知のもの、例えばポリアクリル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリブチラール系樹脂、メラミン系樹脂等をそのままあるいは組み合わせて使用することができる。防錆顔料としては一般に公知のもの、例えば(1)リン酸亜鉛、リン酸鉄、リン酸アルミニウムなどのリン酸系防錆顔料、(2)モリブデン酸カルシウム、モリブデン酸アンモニウム、モリブデン酸バリウムなどのモリブデン酸系防錆顔料、(3)酸化バナジウムなどのバナジウム系防錆顔料、(4)水分散性シリカ、ヒュームドシリカなどの微粒シリカなどを用いることができる。ノンクロメートプライマー全体に対する各成分の固形分基準での配合量については、ノンクロメートプライマー全体に対する防錆顔料の固形分基準での配合量は1〜40質量%であるのが好ましい。防錆顔料の配合量が1質量%より少ないと耐食性が十分でなく、40質量%を超えると加工性が低下する。
【0036】
プライマーの塗布膜厚は乾燥膜厚で1〜30μmであることが好ましい。1μm未満では耐食性が低下し、また30μmを超えると加工時の密着性が低下する。上記ノンクロメートプライマーの焼付け乾燥条件については、特に制限はなく、例えば130〜250℃で10秒〜5分とすることができる。
【0037】
上記トップコートとしては特に制限されず通常の塗装用トップコートのいずれも用いることができる。トップコートのベース樹脂は水系、溶剤系、粉体系等のいずれの形態のものでもよい。樹脂の種類としては一般に公知のもの、例えばポリアクリル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリブチラール系樹脂、メラミン系樹脂等をそのままあるいは組み合わせて使用することができる。トップコートには着色顔料を配合してもよく、着色顔料としては、特に制限はなく、チタン白、亜鉛黄、アルミナ白、カーボンブラック、ベンガラ、黄色酸化鉄、モリブデートオレンジ、酸化ジルコニウム(IV)等の無機顔料や、ハンザエロー、ピラゾロンオレンジ、アゾ系顔料等の有機顔料などを用いることができる。また、トップコートには、上述した防錆顔料を適宜配合してもよく、また、消泡剤、レベリング剤、分散補助剤、塗料粘度を下げるための希釈剤等の添加剤を適宜配合してもよい。
【0038】
トップコートの塗布膜厚は乾燥膜厚で3〜40μmであることが好ましい。3μm未満では耐食性が低下し、また40μmを超えると密着性が低下する上、コスト高となる。上記トップコートの焼付け乾燥条件については、特に制限はなく、例えば160〜350℃で10秒〜20分とすることができる。
【0039】
上記ノンクロメートプライマー及びトップコートの塗布方法ついては、特に制限されず、一般に使用される浸漬法、スプレー法、ロールコート法、エアースプレー法、エアレススプレー法等を用いることができる。
【実施例】
【0040】
以下に本発明の実施例及び比較例を挙げ、本発明を具体的に説明する。
1.試験板の作製
1.1 供試材
・電気亜鉛めっき鋼板(以下記号:EG)
板厚0.6mm、めっき付着量片面当たり20g/m(両面めっき)
・溶融亜鉛めっき鋼板(以下記号:GI)
板厚0.6mm、亜鉛付着量片面当たり50g/m(両面めっき)
・アルミ−亜鉛合金めっき鋼板(以下記号:GL)
板厚0.6mm、めっき付着量片面当たり50g/m(両面めっき)
【0041】
1.2 前処理
アルカリ脱脂剤であるCL−N364S(日本パ−カライジング(株)製)を濃度20g/L、温度60℃の水溶液とし、これに供試材を10秒間浸漬し、純水で水洗した後乾燥した。
【0042】
1.3 表面処理
・実施例1〜12、比較例1〜4
前処理後の供試材の表面(片面)に、表1及び表2に示す組成の表面処理剤を、ロールコーターを用いて乾燥皮膜量が0.1g/mとなるように塗布し、熱風乾燥炉中において到達板温度80℃の条件下で乾燥した。
・塗布型クロメート処理(比較例5、6)
前処理後の供試材の表面(片面)に、塗布型クロメート薬剤であるZM−1300AN(日本パ−カライジング(株)製)を、ロールコーターを用いてCr付着量が40mg/mとなるように塗布し、熱風乾燥炉中において到達板温度80℃の条件下で乾燥した。
【0043】
1.4 下塗り塗料及び上塗り塗料の塗布
1.3で作製した各表面処理板の処理表面上に、下記の2通りの組合せで、プライマー及びトップコートを塗布した。
<上層A>:市販のプライマー塗料(大日本塗料(株)製、Vニット#200)を塗布した(乾燥膜厚5.5μm)後、200℃で焼き付け、ついで、焼付け表面にさらにトップコート塗料(大日本塗料(株)製、Vニット#500)を塗布した(乾燥膜厚17μm)後、220℃で焼き付けて試験板を作製した。
<上層B>:市販のプライマー塗料(日本ペイント(株)製、フレキコート600)を塗布した(乾燥膜厚5.0μm)後、200℃で焼き付け、ついで、焼付け表面にさらにトップコート塗料(日本ペイント(株)製、フレキコート5030)を塗布した(乾燥膜厚15μm)後、225℃で焼き付けて試験板を作製した。
【0044】
2.評価試験
2.1 耐食性
作製した各試験板の塗膜に、カッターで金属素地に達する傷を入れ、JIS−Z2371に規定された塩水噴霧試験を480時間実施した。判定基準はカット部からの塗膜膨れ幅(片側最大値)を測定した。また、端面耐食性は、端面からの塗膜膨れ幅(最大値)を測定した。
<評価基準−カット部>
◎:2mm未満
○:2mm以上5mm未満
△:5mm以上10mm未満
×:10mm以上
<評価基準−端面>
◎:4mm未満
○:4mm以上8mm未満
△:8mm以上12mm未満
×:12mm以上
【0045】
2.2 折曲げ密着性試験
2.2.1 一次折曲げ密着性試験(塗装一次密着性)
JIS−G3312の試験法に準じて、各試験板について、内側間隔板を2枚とした2T折曲げ試験を20℃で行い、テープ剥離後の塗膜の剥離状態を肉眼で観察し、下記の判定基準に従って塗装密着性の評価を行った。
<評価基準>
◎:剥離なし
○:剥離面積10%未満
□:剥離面積10%以上50%未満
△:剥離面積50%以上80%未満
×:剥離面積80%以上
【0046】
2.2.2 二次折り曲げ密着性(塗装二次密着性)
試験板を沸水中に2時間浸漬した後、一日放置し、ついで一次折曲げ密着性試験と同じ試験を行った。判定基準は以下の通りである。
<評価基準>
◎:剥離なし
○:剥離面積10%未満
□:剥離面積10%以上50%未満
△:剥離面積50%以上80%未満
×:剥離面積80%以上
【0047】
2.3 耐コインスクラッチ性
各試験板に対して45°の角度に10円硬貨を設置し、塗膜を3Kgの荷重、一定速度でこすり、塗膜の傷つき度を肉眼で観察し、下記の判定基準に従って耐コインスクラッチ性の評価を行った。なお、以下の評価において、トップコートのみの剥がれによりプライマーが露出した箇所については、下地処理皮膜に起因しない傷付きとして、素地の露出面積には含めなかった。
<評価基準>
◎:素地の露出が0%(プライマーのみが露出した場合も含む)
○:素地の露出が10%未満
□:素地の露出が10%以上50%未満
△:素地の露出が50%以上80%未満
×:素地の露出が80%以上
【0048】
3.評価結果
上記評価試験の結果を表2に示した。表2中の実施例1〜18は、本発明の水系表面処理剤(表1のNo.1〜8)を塗布後乾燥して皮膜を形成させた金属材料の塗装板性能であり、耐食性(カット部及び端面耐食性)、塗装一次密着性、塗装二次密着性、コインスクラッチ性の各性能が何れも良好であり、比較例5、6のクロメート処理の場合と同等もしくはそれ以上の性能を示した。
また、アミノ性官能基を有するシランカップリング剤を使用した場合、グリシジル基を有するシランカップリング剤を使用した場合に比し、塗装密着性に優れており(実施例5および6とそれぞれ実施例7および8との比較)、またアミノ性官能基を有するシランカップリング剤を使用した場合にはグリシジル基を有するシランカップリング剤を使用した場合に比し、プライマーとの相性に左右されにくいと言える(上記2種の比較の総合判断)。また、第1級アミノ基もしくは第2級アミノ基を有するシランカップリング剤とグリシジル基を有するシランカップリング剤とを併用した場合、前者のみを使用した場合に比し、特に端面耐食性が優れていた(実施例10、11、12及び13とそれぞれ実施例5、6、2及び3との比較)。
一方、本発明の範囲外である表1のNo.9(バナジウム含有化合物(B)もタングステン含有化合物(B)も不使用)、10(シランカップリング剤(A)に対するバナジウム含有化合物(B)の使用量が本発明外)及び11(シランカップリング剤(A)不使用)の水系表面処理剤を用いた表2の比較例1〜4においては、耐食性(カット部及び端面耐食性)、塗装一次密着性、塗装二次密着性、コインスクラッチ性の少なくとも2つが劣っていた。
【0049】
【表1】

【0050】
注)V含有化合物:バナジウムオキシアセチルアセトネート(IV)
W含有化合物:メタタングステン酸アンモニウム(VI)
水分散性シリカ:液相シリカは日産化学工業(株)製スノーテックスNを使用。
気相シリカは日本アエロジル(株)製アエロジル200を使用。
媒体はすべて水で、全固形分濃度はすべて10質量%である。また、質量比は固形
分質量比である。
※1:No.11においてW含有化合物は固形分基準で気相シリカの1/10倍質
量使用した。
【0051】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
シランカップリング剤(A)と、バナジウム含有化合物及び/又はタングステン含有化合物(B)とを、バナジウム原子及び/又はタングステン原子/(A)の固形分質量比として、0.1/100〜40/100の範囲で含有する環境対応型プレコート金属材料用水系表面処理剤。
【請求項2】
固形分基準として、シランカップリング剤(A)全体の0.2質量%以上が、アミノ性官能基を有するシランカップリング剤である請求項1記載の水系表面処理剤。
【請求項3】
シランカップリング剤(A)が第1級アミノ基もしくは第2級アミノ基を有するシランカップリング剤とアミノ基と反応し得る官能基を有するシランカップリング剤とからなり、前者:後者の当量比が50:1〜1:50である請求項1又は2記載の水系表面処理剤。
【請求項4】
アミノ基と反応し得る官能基を有するシランカップリング剤が隣り合った炭素原子に結合したエポキシ基を有するシランカップリング剤である請求項3記載の水系表面処理剤。
【請求項5】
さらに水分散性シリカ(C)を、(C)/(A)の固形分質量比として、1/50〜10/1の範囲で含有する請求項1〜4のいずれか1項に記載の水系表面処理剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の水系表面処理剤を金属材料表面に塗布後乾燥して、0.01〜1g/mの乾燥皮膜を形成させることを特徴とする環境に対応した金属材料の表面処理方法。
【請求項7】
請求項6記載の表面処理方法により表面処理した金属材料に、さらにクロムを含まない上層被覆を施すことを特徴とする環境対応型プレコート金属材料の製造方法。

【公開番号】特開2006−321957(P2006−321957A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−148716(P2005−148716)
【出願日】平成17年5月20日(2005.5.20)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】