説明

生コークスの製造方法及びニードルコークスの製造方法

【課題】石炭系ピッチの極性分子成分を低減した改質ピッチを効率よく提供し、ニードルコークスの製造に適した生コークス及びニードルコークスを提供する。
【解決手段】石炭系低温タールから蒸留により軽質分を除去して石炭系ピッチを得る第一工程と、前記第一工程で得られた前記石炭系ピッチに含まれる、分子中にヘテロ原子を有する極性分子成分を選択的に溶解させる多価アルコールを主成分とする改質液を、前記第一工程を経た石炭系ピッチに添加し、前記改質液の沸点以下の温度で加熱混合後、固液分離して固形分を改質ピッチとして得る第二工程と、を行い、前記第二工程で得られた前記改質ピッチから生コークスを製造する点にある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生コークスの製造方法及びニードルコークスの製造方法に関し、さらに詳しくは、黒鉛化性に優れ、製鋼用電極製造等に用いられるニードルコークスを得るための原料として好適な生コークスや、前記ニードルコークスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニードルコークスは配向繊維状組織を示し、流れ模様に沿って、炭素六角網面が良く発達した黒鉛化しやすい組織を有している。このようなニードルコークスは、石油系、石炭系の重質油を原料として製造され、具体的には、ピッチから固形分を除去した後、蒸留精製する工程、精製されたピッチをコーキングして生コークスを得る工程、生コークスをか焼する工程等のプロセスを経て製造される。
【0003】
石炭系の重質油には、石炭系高温タールと石炭系低温タールとがある。石炭系高温タールは、コークス炉において、石炭を1000〜1250℃の温度で乾留すると、炉内で生成する熱的に不安定な化合物が分解、重合、その他の反応が進行する中で、石炭に対し約3%程度が、ガスとともに液状物として炉外に取り出されるものである。石炭系低温タールは、ルルギ式石炭ガス化プロセス(500〜800℃)や、低温乾留条件のコークス炉(約600℃)などから生成する副生油である。
【0004】
従来、石炭系タールを使用してニードルコークスを製造する場合において、特許文献1、2に示すように、通常、前記石炭系高温タールが用いられており、石炭系高温タールを蒸留して得られたピッチを基にニードルコークス製造用の原料が製造されている。
【0005】
一方、石炭系低温タールは、石炭系高温タールと同様に芳香族成分が主成分であるが、石炭系高温タールと比較して、酸素、イオウ、窒素などのヘテロ原子を分子中に含んだ極性分子成分を多く含むという特徴を有する。そのため、石炭系低温タールから得られたピッチにも極性分子成分を多く含む。そのため、このような石炭系低温タールから得られたピッチを熱処理してコーキングしても等方性組織が入り混じった組織や流れ組織の単位が小さい等の流れ組織が未発達の生コークスしか得られない。そのような生コークスを使用してニードルコークスを製造しようとしても、配向繊維状組織が発達した良質なニードルコークスが得られにくい状況であった。
【0006】
また、特許文献3では、石炭系低温タールに対し低級アルコールを加え高温熱処理することにより、固形分を凝集させて取り除きニードルコークスの製造に適した原料を調整することが試みられている。しかし、石炭系低温タールから極性分子成分の除去については、特に示されていない。良質なニードルコークス用原料としての改質方法としては不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平01−014273号公報
【特許文献2】特公平07−002949号公報
【特許文献3】特開昭55−136111号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
石炭系低温タールから、流れ組織の発達を阻害する成分である極性分子成分を選択的に除去できないために、石炭系低温タールをニードルコークス製造用の原料として使用できない状況にあった。また、石炭系低温タールを、低級アルコールなどを使用して高温熱処理なしで溶剤洗浄を行うと、極性分子成分以外にピッチの主要成分である芳香族成分も同時に除去されてしまい選択的に極性分子成分を除去できない問題も生じる。従って、この場合、石炭系低温タールから得られる石炭系ピッチから極性分子成分が除去された改質ピッチを得る収率が低くなる問題が生じる。
【0009】
本発明は、上記実情に鑑み、石炭系ピッチの極性分子成分を低減した改質ピッチを効率よく提供し、ニードルコークスの製造に適した生コークス及びニードルコークスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記実情に鑑み、鋭意研究を進めた結果、石炭系低温タールに多価アルコールによる改質を行うことにより、石炭系低温タールに含まれる極性分子成分を選択的に減少させることができ、常法に従ってニードルコークス原料となる生コークスを製造することにより、その生コークスから品質の高いニードルコークスを得ることができることを見出した。また、多価アルコールによる改質に加え、芳香族溶媒による予備改質、中軽質油による粘度調整などのさらなる改質を加えることで、さらに、良質の生コークスが得られることも見出した。本発明は、この新知見に基づきなされたものであって、下記特徴構成を備える。
【0011】
〔構成1〕
上記技術課題を解決するための本発明の生コークスの製造方法の特徴構成は、
石炭系低温タールから蒸留により軽質分を除去して石炭系ピッチを得る第一工程と、
前記第一工程で得られた前記石炭系ピッチに含まれる、分子中にヘテロ原子を有する極性分子成分を選択的に溶解させる多価アルコールを主成分とする改質液を、前記第一工程を経た石炭系ピッチに添加し、前記改質液の沸点以下の温度で加熱混合後、固液分離して固形分を改質ピッチとして得る第二工程と、
を行い、前記第二工程で得られた前記改質ピッチから生コークスを製造する点にある。
【0012】
〔作用効果1〕
つまり、石炭系低温タールから軽質分を除去する第一工程を行うことにより、生コークスを製造するための基になる石炭系ピッチを得ることができる。この石炭系ピッチには、主要成分である芳香族化合物以外に、ナフトール、カルバゾール等の極性分子成分が多く含まれている。この極性分子成分は、生コークスの流れ組織の発達を阻害し、そのためコークスの配向繊維状組織の成長を阻害することが知られている。石炭系ピッチからこの極性分子成分を除去するためエタノール、プロパノール等の低級アルコールを主成分とする改質液を用いて処理すると、上記芳香族化合物の多くも除去されてしまい、石炭系低温タールから原料ピッチを得る収率に大きく影響するとともに、原料ピッチをコーキングする際に高粘度化するなどの問題が生じる。
【0013】
しかしながら、上述の新知見のとおり、改質液として多価アルコールを用いる第二工程を行うと、石炭系ピッチを改質液とともに、前記改質液の沸点以下の温度で加熱混合することにより、極性分子成分のみを選択的に除去することができ、芳香族化合物を除去してしまうことなく、石炭系ピッチを改質することができ、固液分離により改質ピッチとして得ることができる。そのため、このようにして得られた改質ピッチを用いて生コークスを製造すると、芳香族化合物が除去されないために収率を高く維持することができ、また、改質ピッチをコーキングする際に高粘度化するのを抑制することができる。
【0014】
そのため、上記構成によると、良質のニードルコークス原料に適した生コークスを収率高く製造するとともに、ニードルコークス製造品質の高い生コークスを得ることができるようになり、従来ニードルコークスの製造に不向きとされていた石炭系低温タールから例えば、製鋼用電極材料の製造に好適な付加価値の高い生成物であるニードルコークスを製造することができ、資源の有効利用を図ることができるようになった。
【0015】
前記多価アルコールとしては、二価アルコールのエチレングリコール、ジプロピレングリコール、1,2−プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、三価アルコールのグリセリンなど、水酸基を2個以上有するアルコールが例示される。また、改質液は、多価アルコールを主成分とするものであればよく、複数種の多価アルコールを含有しても良く、本発明の機能を損なわないように、慣用の他の溶媒や添加物等を含んでいても良い。
【0016】
尚、固液分離して固形分を得るには、静置分離、ろ過分離、遠心分離等、公知慣用の技術を利用することができる。
【0017】
〔構成2〕
また、上記構成に加えて、前記第二工程で得られた前記改質ピッチの粘度を調整し、粘度調整済改質ピッチを得る第三工程と、
前記第三工程で得られた前記粘度調整済改質ピッチをコーキング処理する第四工程と、を行い、生コークスを得ることが好ましい。
【0018】
〔作用効果2〕
つまり、前記改質ピッチの粘度を調整すると、生コークスを製造する際のコーキング処理等に際して取り扱い作業性が改善された粘度調整済改質ピッチを得ることができる。また、このとき、粘度調整済改質ピッチは、粘度が低く流動性が高いため、コーキング処理中の分子配向が容易になるので、コーキングに際して、流れ組織を形成しやすくなる。そのため、配向繊維状組織が発達した高品質なニードルコークスを製造することが可能な生コークスが得られることになる。また、この粘度調整済改質ピッチは、取り扱い作業性が高いから、製造効率が高くコーキング処理を行うことができる。
【0019】
〔構成3、4〕
また、前記第三工程において、前記改質ピッチに、アントラセンオイル及びエチレンボトムオイルから選ばれる少なくとも一種以上の中軽質油を主成分とする粘度調整液を添加して、改質ピッチの粘度を調整し、粘度調整済改質ピッチを得ることが好ましい。
【0020】
また、前記粘度調整済改質ピッチの50℃における粘度は0.1ポイズ以上10ポイズ以下であることが好ましい。
【0021】
〔作用効果3、4〕
上述のような粘度調整を行う方法としては、溶剤を添加する方法、溶剤による水素添加処理、あるいは気相による水素添加処理を行う方法が知られているが、溶剤として中軽質油を添加する方法が、簡便かつ効率的である。中軽質油としてアントラセンオイル、エチレンボトムオイル、FCCデカントオイル等を上げることができる。その中でも、中軽質油としてアントラセンオイル及びエチレンボトムオイルから選ばれる少なくとも一種以上の中軽質油を主成分とするものを用いると、これらオイルはコーキングの際に揮発しにくく、かつ、改質ピッチに対して水素化剤としても働くので、改質ピッチの粘度を下げ、流動性を高める効果が高く好適である。尚、粘度調整液としては、アントラセンオイル、エチレンボトムオイル、FCCデカントオイルなどから選ばれる少なくとも一種以上の中軽質油を主成分とするものを用いることができるが、これらの複数種を含有しても良く、他に種々の粘度調整の機能を損なわない溶媒や添加物を含有していてもかまわない。
【0022】
また、得られる粘度調整済改質ピッチは、25℃における粘度が100ポイズ以下とする程度であれば、粘度調整済改質ピッチのコーキングに際して、流れ組織の形成しやすさや、取り扱い作業性のいずれの面でも充分高品質なものとなる。
【0023】
具体的には、アントラセンオイル、エチレンボトムオイル及びFCCデカントオイルから選ばれる少なくとも一種以上の中軽質油を主成分とするものを用いる場合、改質ピッチに対して、0.1〜10倍(重量:特記無き場合は以下同様)量の中軽質油を加えて常温常圧下で、均一に撹拌混合することにより前記第三工程を行うことができる。また、水素添加処理を行う場合は、液相処理、気相処理の何れでも行うことができる。液相処理を適用する場合は、テトラリン、ジヒドロアントラセン、テトラヒドロキノリン、アントラセンオイル、エチレンボトムオイル及びFCCデカントオイルなどを、上記改質ピッチに対して0.5〜10倍量程度添加し、例えば3〜50kg/cm2の圧力下、350〜450℃で10分〜4時間程度保持して行う。気相処理を適用する場合は、触媒存在下の水素ガス雰囲気で接触反応を行えばよい。
【0024】
〔構成5〕
また、前記第四工程において、前記コーキング処理が、前記粘度調整済改質ピッチを、5℃/分以上の昇温速度で430〜600℃に加熱処理するものであることが好ましい。
【0025】
〔作用効果5〕
上述のようにコーキング処理を行う第四工程としては、例えば、ディレードコーカー(遅延コークス化コーカー)やロータリーキルン等のコーキング炉を熱処理炉として用いて熱処理する。このとき、前記改質ピッチあるいは前記粘度調整済改質ピッチは、430〜600℃に達すると、流れ組織が形成され、ニードルコークス製造に適した生コークスを得ることができる。ここで、ディレードコーカーを用いると、数秒で所望の温度まで昇温することができ(4800℃/分)、このように充分速い昇温速度であっても、前記粘度調整済改質ピッチでは、充分流れ組織が発達し、良好な生コークスが得られる。昇温能力がディレードコーカーほど高くない熱処理炉を用いる場合は、5℃/分〜50℃/分程度の昇温速度を選択することにより、効率よく反応を進行させることができ、改質ピッチあるいは粘度調整済改質ピッチから流れ組織を充分形成することができる。
【0026】
〔構成6,7,8〕
さらに、前記第一工程と前記第二工程との間に、前記第一工程で得られた前記石炭系ピッチに対して、芳香族系溶媒を主成分とする予備改質液を加え、予備改質液の沸点以下の温度で加熱混合後、固液分離して固形分を除去した成分を予備改質された石炭系ピッチとして得る予備改質工程を行うことが好ましい。
【0027】
前記芳香族系溶媒がトルエンを主成分とするものであることが好ましく、前記予備改質液が石炭系ピッチに対して0.1〜100倍のトルエンを含有することが好ましい。
【0028】
さらに好ましくは、前記予備改質液が石炭系ピッチに対して0.1〜20倍のトルエンを含有することが好ましい。
【0029】
〔作用効果6,7,8〕
改質ピッチを得る第二工程においても、処理対象の石炭系ピッチの粘度は低いほうが好ましく、また、改質ピッチから流れ組織を形成阻害する成分は除去されていることが好ましい。粘度が低ければ、取り扱い性が高く、流れ組織の形成が容易になり、形成阻害する成分を除去することで、得られた改質ピッチから高品質の生コークスを得る事ができるからである。
そこで、第二工程の前に、前記第一工程で得られた前記石炭系ピッチに対して、芳香族系溶媒を主成分とする予備改質液を加え、予備改質液の沸点以下の温度で加熱混合後、固液分離すると、前記石炭系ピッチ中に含まれる高粘度成分、高分子量成分、あるいは極性分子成分の一部が予備改質液不溶分として除去され、残存成分により、改質ピッチからコーキング処理により流れ組織が形成阻害されるのを防止することができる。
【0030】
前記予備改質液としては、トルエン、ベンゼン、キシレン、メチルナフタレン、石炭系中軽質油、石油系中軽質油等の芳香族系溶媒を主成分とするものが利用でき、これらの溶媒によると、前記石炭系ピッチに含まれる高粘度成分、高分子量成分、あるいは極性分子成分の一部を選択的に溶解除去することができる。また、トルエンを用いる場合、石炭系ピッチに対して0.1〜100倍のトルエン、さらに好ましくは、石炭系ピッチに対して0.1〜20倍のトルエンが作用するように処理することにより、効率よく改質処理を行えるので好ましい。尚、予備改質液は、芳香族系溶媒を複数種含んでいても良く、芳香族系溶媒の機能を損なわない溶媒や、添加物を含んでいてもよい。
【0031】
〔構成9、10〕
また、前記多価アルコールがエチレングリコール、又はジプロピレングリコールであることが好ましい。
【0032】
また、前記第二工程において、前記改質液が、石炭系ピッチに対して0.1〜100倍のエチレングリコール、又はジプロピレングリコールを含有することが好ましい。
【0033】
〔作用効果9、10〕
つまり、上述の多価アルコールの中で、エチレングリコールは特に極性分子成分を除去する選択性が高く、得られた石炭系ピッチを用いて生コークスを製造すると、低分子量芳香族成分が除去されないために収率を高く維持することができ、また、改質ピッチの平均分子量が高くなり過ぎないので、改質ピッチをコーキングする際に高粘度化するのを抑制することができる。また、エチレングリコールの使用量は、少なすぎると極性分子成分の除去が充分でなく、多すぎても費用対効果がつりあわず、コスト高になるため、石炭系ピッチに対して、0.1〜100倍用いれば、効率良く改質処理を行える。
【0034】
〔構成11〕
また、本発明のニードルコークスの製造方法の特徴構成は、上記のいずれか一項に生コークスの製造方法により得られた生コークスをか焼してニードルコークスを得るか焼工程を行う点にある。
【0035】
〔作用効果11〕
つまり、生コークスをか焼すると、生コークスの構造が変化してニードルコークスを製造することができる。生コークスでは、結合水素等が残った高分子量炭化水素であるが、か焼により、揮発成分の除去、脱水、熱分解、易酸化構造の燃焼除去、固相反応による重合、高分子化等を経て安定な化合物へと変化する。ここでは、上述の生コークスを用いてニードルコークスを製造するから、配向繊維状組織が充分発達した良質なニードルコークスを得ることができる。
か焼は、生コークスを800℃〜1400℃に加熱する熱処理装置が使用でき、工業的にはカルサイナーと呼ばれるロータリーキルンが用いられる。
【0036】
〔発明の効果〕
本発明の生コークスおよびニードルコークスの製造方法によれば、製綱用電極、特殊炭素材、高品質の炭素繊維、電池用黒鉛材料の製造原料として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の生コークスおよびニードルコークスの製造方法を示すフロー図
【図2】実施例1における改質ピッチと石炭系ピッチの赤外吸収スペクトルの比較図
【図3】実施例1において製造された生コークスの偏光顕微鏡写真
【図4】実施例2において製造された生コークスの偏光顕微鏡写真
【図5】実施例3において製造された生コークスの偏光顕微鏡写真
【図6】実施例4において製造された生コークスの偏光顕微鏡写真
【図7】実施例5において製造された生コークスの偏光顕微鏡写真
【図8】実施例6において製造された生コークスの偏光顕微鏡写真
【図9】比較例1において製造された生コークスの偏光顕微鏡写真
【図10】比較例2において製造された生コークスの偏光顕微鏡写真
【図11】比較例3において製造された生コークスの偏光顕微鏡写真
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下に、本発明の生コークスおよびニードルコークスの製造方法を説明する。尚、以下に好適な実施例を記すが、これら実施例は、それぞれ、本発明をより具体的に例示するために記載されたものであって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々変更が可能であり、本発明は、以下の記載に限定されるものではない。
【0039】
本発明では、下記第一、第二工程を行い、得られた前記改質ピッチから生コークスを製造する。
【0040】
第一工程:石炭系低温タールから蒸留により軽質分を除去して石炭系ピッチを得る。
第二工程:前記第一工程で得られた前記石炭系ピッチに含まれる、分子中にヘテロ原子を有する極性分子成分を選択的に溶解させる多価アルコールを主成分とする改質液を、前記第一工程を経た石炭系ピッチに添加し、前記改質液の沸点以下の温度で加熱混合後、固液分離して固形分を改質ピッチとして得る。
【0041】
生コークスの製造に際しては、さらに、下記第三、第四工程、予備改質工程を適宜追加することが好ましい。
【0042】
さらに、生コークスからニードルコークスを得るには、下記か焼工程を行う。
【0043】
第三工程:改質ピッチの粘度を調整し、粘度調整済改質ピッチを得る。
第四工程:粘度調整済改質ピッチをコーキング処理する。
予備改質工程:第一工程で得られた前記石炭系ピッチに対して、芳香族系溶媒を主成分とする予備改質液を加え、予備改質液の沸点以下の温度で加熱混合後、固液分離して固形分を除去した成分を予備改質された石炭系ピッチとして得る。
か焼工程:生コークスをか焼してニードルコークスを得る。
【0044】
つまり、好適には図1のフロー図に従って、生コークスおよびニードルコークスの製造を行う。
【0045】
〔実施例1〕
第一、第二、第四工程、か焼工程による生コークス、ニードルコークスの製造
【0046】
図1に示すように本発明の生コークスおよびニードルコークスの製造方法は、原料として石炭系低温タールを用いる。ここでは、ルルギ式石炭ガス化プロセスの副生油である石炭系低温タールを用いる。
【0047】
前記石炭系低温タールを、常法により蒸留し、軽質分を除去して石炭系ピッチを得た。(第一工程)前記石炭系ピッチの物性は、下記のとおりである。
【0048】
石炭系ピッチ:
軟化点………47℃
キノリン不溶分………≦0.01重量%
トルエン不溶分………4.3重量%
【0049】
前記石炭系ピッチに、3倍量(重量:特記無き場合は以下同様)の改質液としてのエチレングリコールを加えて150℃で1時間撹拌した後、常温で遠心分離し、エチレングリコール可溶分を除去し、固形分である改質ピッチを取得した。(第2工程)収率は72%であった。
【0050】
これら石炭系ピッチ、改質ピッチ及びエチレングリコール可溶分をガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)により分析した。GC/MS分析では、試料をTHF(テトラヒドロフラン)で溶解し、1重量%溶液として分析した。ガスクロマトグラフ分析装置(GC)はHEWLETT PACKARD製HP5890を用いた。カラム温度は50〜320℃(昇温10℃/分)であった。キャリアガスとしてヘリウムガスを用い流量1ml/分を流した。質量分析装置(MS)は日本電子製JMS−700を用いた。電子衝撃によるイオン化エネルギー70eV、加速電圧10kVとした。
ヘテロ原子を含む極性分子成分のうち、下記物質が石炭系ピッチでは検出され、改質ピッチでは検出されなかった。
【0051】
GC/MS分析結果:
検出分子量: 分子式: 化合物名:
144 C108O ナフトール
167 C129N カルバゾール
【0052】
GC/MS分析より、ナフトール及びカルバゾールがよく除去されているのが確認された。また、エチレングリコール可溶分にはヘテロ原子を有する極性分子成分が選択的に取り込まれていることが確認された。
また、赤外分光分析(IR)によると、石炭系ピッチと改質ピッチとの間には、フェノール性水酸基による3200〜3600cm-1の吸収に大きな差が認められた。すなわち、改質ピッチではその吸収強度が小さく、酸素を含む極性分子成分が減少していることがわかる。従って、良質な改質ピッチが得られていることがわかった。赤外線分析装置は、サーモニコレ製AVATAR370を用い、KBr透過法で測定した。
【0053】
得られた改質ピッチを、下記コーキング条件Aにてコーキング処理して生コークスを得た。(第四工程)
【0054】
コーキング条件A:
昇温速度:5℃/分
到達温度:550℃
加熱時間:4時間(到達温度保持時間)
【0055】
得られた生コークスの組織を、偏光顕微鏡により観察したところ、図3に示すように、ドメインサイズ20〜200μmであり、流れ組織が発達した生コークスが得られていることがわかった。尚、ドメインサイズは、0.12mm2の顕微鏡視野を10視野観察し、その中に含まれる異方性組織をランダムに30〜50個観察して平均サイズを求めた。平均サイズは、写真の1/2程度の領域から縮尺比により求めた。
【0056】
得られた生コークスを、蓋付き黒鉛製坩堝に入れ、その坩堝をヒータ加熱式の電気炉で、窒素ガス気流中1000℃(昇温速度5℃/分)で熱処理し、か焼した。(か焼工程)得られた生成物の組織を偏光顕微鏡により確認したところ、配向繊維状組織の発達したニードルコークスであることがわかった。
【0057】
〔実施例2〕
第三工程追加の検討
【0058】
実施例1において得られた改質ピッチに同量の粘度調整液としてのエチレンボトムオイルを混合し、粘度調整済改質ピッチを得た。(第三工程)この粘度調整済改質ピッチの粘度は6ポイズ(50℃)であった。これを実施例1におけるコーキング条件Aでコーキングして生コークスを得た。(第四工程)なお、粘度測定にはB型粘度計(東京計器製)を使用した。
【0059】
得られた生コークスの組織を、偏光顕微鏡により観察したところ、図4に示すように、ドメインサイズ100〜200μmであり、第三工程で粘度調整を行うことにより、実施例1に比べてさらに流れ組織が発達した生コークスが得られていることがわかった。
【0060】
上記生コークスは、実施例1同様の処理(か焼工程)により、ニードルコークスを製造するのに用いることができた。
【0061】
〔実施例3〕
実施例2における第4工程処理条件の検討
【0062】
実施例2における第四工程を、下記コーキング条件Bに変更した以外は、同様の条件で生コークスを製造した。
【0063】
コーキング条件B:
昇温速度:50℃/分
到達温度:550℃
加熱時間:4時間(到達温度保持時間)
【0064】
得られた生コークスの組織を、偏光顕微鏡により観察したところ、図5に示すように、ドメインサイズ20〜100μmであった。実施例2と実施例3とを比較した場合、実施例2の昇温速度が遅いほうが、流れ組織が発達した生コークスが得られていることがわかった。
【0065】
上記生コークスは、実施例1同様の処理(か焼工程)により、ニードルコークスを製造するのに用いることができた。
【0066】
〔実施例4〕
実施例2における第三工程処理条件の検討
【0067】
実施例2における第三工程における粘度調整液を、エチレンボトムオイルに代えアントラセンオイルを用いた以外は、実施例2と同様の条件で生コークスを製造した。
【0068】
得られた生コークスの組織を、偏光顕微鏡により観察したところ、図6に示すように、ドメインサイズ100〜300μmであった。
【0069】
上記生コークスは、実施例1同様の処理(か焼工程)により、ニードルコークスを製造するのに用いることができた。
【0070】
〔実施例5〕
予備改質工程の検討
【0071】
実施例1で得られた石炭系ピッチに、予備改質液としてのトルエンを10倍量加え、110℃で1時間撹拌した後、室温付近まで冷却した。上澄みから徐々に減圧濾過し、トルエン不溶分を除去した。母液のトルエンを留去して、固形分を取得し、予備改質された石炭系ピッチを得た。(予備改質工程)
【0072】
この後、実施例1と同様の条件で、第二工程を行い、改質ピッチを得た。この場合、収率は60%であった。予備改質工程は、第一工程に引き続き連続して行っても良いし、第二工程後に行っても良い。また、他の工程を介在して行われるものであっても良い。
【0073】
この改質ピッチをガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)により分析すると、極性分子成分のうちナフトール、カルバゾール、ジベンゾフラン(分子量168 C128O)のピークがこの改質ピッチでは検出されず、よく除去されているのが確認された。良質な改質ピッチが得られていることがわかった。
【0074】
得られた改質ピッチに対し、実施例4の条件下で第三工程(アントラセンオイル)を行い、実施例3の条件下で第4工程を行い、生コークスを得た。
【0075】
得られた生コークスの組織を、偏光顕微鏡により観察したところ、図7に示すように、ドメインサイズ20〜100μmであった。
【0076】
上記生コークスは、実施例1同様の処理(か焼工程)により、ニードルコークスを製造するのに用いることができた。
〔実施例6〕
第一、第二、第三、第四工程、か焼工程による生コークス、ニードルコークスの製造
原料として実施例1と同じ石炭系低温タールから得られた石炭系ピッチを用いた。
前記石炭系ピッチに、3倍量の改質液としてのジプロピレングリコールを加えて100℃で一時間撹拌した後、常温で遠心分離し、ジプロピレングリコール可溶分を除去し、固形分である改質ピッチを取得した。(第2工程) 収率は41%であった。
改質ピッチに同量の粘度調整液としてのアントラセンオイルを混合し、粘度調整済改質ピッチを得た。(第三工程)
得られた改質ピッチを、コーキング条件Bにてコーキング処理して生コークスを得た。(第四工程)
得られた生コークスの組織を、偏光顕微鏡により観察したところ、図8に示すように、ドメインサイズ20〜100μmであり、流れ組織が発達した生コークスが得られていることがわかった。
上記生コークスは、実施例1同様の処理(か焼工程)により、ニードルコークスを製造するのに用いることができた。
【0077】
〔比較例1、2〕
第二工程を行わない場合(改質液不使用)の検討
【0078】
実施例1で得られた石炭系ピッチを直接そのまま、コーキング条件A、Bの下でそれぞれコーキング処理を行い、(第四工程)生コークスを得た。
【0079】
得られた生コークスの組織を、偏光顕微鏡により観察したところ、図9(比較例1:コーキング条件A)、図10(比較例2:コーキング条件B)のようになった。比較例1で得た生コークスのドメインサイズ10〜60μmであり、比較例2で得た生コークスのドメインサイズは、10μm以下であった。
【0080】
上記生コークスを用い、実施例1同様に処理(か焼工程)したが、配向繊維状組織の未発達なコークスしか得られなかった。
【0081】
〔比較例3〕
第二工程における改質液の検討
【0082】
実施例1において、改質液を、エチレングリコールからn−ブチルアルコールに変更し、攪拌温度を100℃とした以外は実施例1と同様の操作でn−ブチルアルコール可溶分を除去し、固形分である改質ピッチを取得した。収率は5%であった。
【0083】
この改質ピッチをガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)により分析した。
【0084】
GC/MS分析結果、この得られたピッチにおいては、ヘテロ分子を含む極性分子成分としては、検出分子量218(分子式C1610O、ベンゾナフトフラン)のみが明確に検出された。
【0085】
従って、ヘテロ原子を含む極性分子成分がかなり除去されていると考えられる。しかし、検出分子量166(分子式C1310、フルオレン)及び検出分子量180(分子式C1412、メチルフルオレン)が、検出されなかった。これらの物質は、ピッチを構成する主要な芳香族成分であり、収率が5%と非常に小さいことからも極性分子成分の他、ピッチを構成する主要な芳香族成分も同時に除去されているものと考えられる。なお、実施例1の改質ピッチのGC/MS分析においては、フルオレン及びメチルフルオレンに該当する分子量は検出されている。
【0086】
この改質ピッチを用いて、実施例1と同様の条件下で処理して(第四工程)生コークスを製造した。
【0087】
得られた生コークスの組織を、偏光顕微鏡により観察したところ、図11に示すように、ドメインサイズ10〜20μmであった。
つまり、第二工程において多価アルコールではなく、n−ブチルアルコールを用いた場合は、改質ピッチの収率も非常に低く、生コークスにおいても発達した流れ組織を得ることができなかった。
【0088】
上記生コークスを用い、実施例1同様に処理(か焼工程)したが、配向繊維状組織が未発達なコークスしか得られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
石炭系低温タールから蒸留により軽質分を除去して石炭系ピッチを得る第一工程と、
前記第一工程で得られた前記石炭系ピッチに含まれる、分子中にヘテロ原子を有する極性分子成分を選択的に溶解させる多価アルコールを主成分とする改質液を、前記第一工程を経た石炭系ピッチに添加し、前記改質液の沸点以下の温度で加熱混合後、固液分離して固形分を改質ピッチとして得る第二工程と、
を行い、前記第二工程で得られた前記改質ピッチから生コークスを製造する生コークスの製造方法。
【請求項2】
前記第二工程で得られた前記改質ピッチの粘度を調整し、粘度調整済改質ピッチを得る第三工程と、
前記第三工程で得られた前記粘度調整済改質ピッチをコーキング処理する第四工程と、を行い、生コークスを得る請求項1に記載の生コークスの製造方法。
【請求項3】
前記第三工程において、前記改質ピッチに、アントラセンオイル及びエチレンボトムオイルから選ばれる少なくとも一種以上の中軽質油を主成分とする粘度調整液を添加して、改質ピッチの粘度を調整し、粘度調整済改質ピッチを得る請求項2に記載の生コークスの製造方法。
【請求項4】
前記粘度調整済改質ピッチの50℃における粘度が10ポイズ以下である請求項2または3に記載の生コークスの製造方法。
【請求項5】
前記第四工程において、前記コーキング処理が、前記粘度調整済改質ピッチを、5℃/分以上の昇温速度で430〜600℃に加熱処理するものである請求項2〜4のいずれか一項に記載の生コークスの製造方法。
【請求項6】
前記第一工程と前記第二工程との間に、前記第一工程で得られた前記石炭系ピッチに対して、芳香族系溶媒を主成分とする予備改質液を加え、予備改質液の沸点以下の温度で加熱混合後、固液分離して固形分を除去した成分を予備改質された石炭系ピッチとして得る予備改質工程を行う請求項1〜5のいずれか一項に記載の生コークスの製造方法。
【請求項7】
前記芳香族系溶媒がトルエンを主成分とするものである請求項6に記載の生コークスの製造方法。
【請求項8】
前記予備改質液が石炭系ピッチに対して0.1〜100倍重量のトルエンを含有する請求項6または7に記載の生コークスの製造方法。
【請求項9】
前記多価アルコールがエチレングリコール又はジプロピレングリコールである請求項1〜8のいずれか一項に記載の生コークスの製造方法。
【請求項10】
前記第二工程において、前記改質液が、石炭系ピッチに対して0.1〜100倍重量のエチレングリコール又はジプロピレングリコールを含有する請求項1〜9のいずれか一項に記載の生コークスの製造方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載の生コークスの製造方法により得られた生コークスをか焼してニードルコークスを得るか焼工程を行うニードルコークスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−265367(P2010−265367A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−116972(P2009−116972)
【出願日】平成21年5月13日(2009.5.13)
【出願人】(591147694)大阪ガスケミカル株式会社 (85)
【出願人】(000002129)住友商事株式会社 (42)
【Fターム(参考)】