説明

生分解性ニット生地

【課題】ポリ乳酸繊維を用いた編地を緯編機で編成する場合、熱処理で変形しない製品を製造する方法は確立していなかった。本発明は耐熱性が高くかつ柔軟で伸縮性がありかさ高く保温性に優れたポリ乳酸繊維からなる生分解性編地を提供するものである。
【解決手段】従来から、ポリ乳酸繊維と天然繊維との混紡糸を用いたニット編地は開発されていた。しかし、混紡糸ではポリ乳酸繊維の絹様の光沢を生かしたファッション性のある製品は期待できない。本発明では、(1)編成にポリ乳酸繊維と天然繊維を用いる、(2)編地の編成を層構造にする、(3)ポリ乳酸繊維の太さを天然繊維より細くする、(4)編地におけるポリ乳酸繊維のコースを可能な限り連続させない等の手段により課題を解決することができた。代表的な編地は、プレイティング編、ハーフ・ミラノ編等である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ乳酸繊維と天然繊維を用いたニット生地の製造方法に関するものである。さらに詳しくは、ポリ乳酸繊維と天然繊維とを緯編方式で交編することによりファッショナブルでソフトな風合いがあり耐熱性の高い編地の製造に関わる。
【背景技術】
【0002】
現在、合成繊維が繊維産業のあらゆる分野で使用されている。特に、ナイロン、ポリエステル、アクリルは3大合成繊維と称され、大量生産・大量消費されている。合成繊維は強度が大きく、使用寿命が長いのでコストパフォーマンスが非常に優れており、衣料、産業用途など幅広い分野で使用されている。しかし反面、原料が天然物ではなく石油製品であるため、自然環境で分解しにくいという大きな欠点がある。従って、近年、合成繊維製衣料、プラスッチク製品類の廃棄・埋立て等による環境汚染が大問題となっている。自然環境での分解が期待できないために、焼却処理されることも多いが、焼却にともなう有毒排ガスの発生や、燃焼熱による高温化のため焼却炉の寿命が短いなど深刻な社会問題を提起している。
【0003】
合成繊維製品類、プラスッチク製品類による環境汚染を防止する目的で、生分解性樹脂を使用する必要性が叫ばれている。生分解性樹脂には、澱粉・セルロース等から誘導される天然物系、ポリヒドロキシブチレート(PHB)のような微生物産出系、ポリブチレンサクシネート(PBSA)、ポリカプロラクトン、ポリグリコール酸、ポリビニルアルコールなどを主成分とする化学合成系など種々のものが開発されている。このうち、天然物系は、繊維とするには強度が不足しており、微生物産出系は生産性が低く強度的にも問題がある。化学合成系には、PBSAやポリカプロラクトンのように非常に生分解性の良い素材もあるが、残念なことに原料を石油製品に頼らざるを得ず、微生物分解処理されも燃焼処理されても地球環境の炭酸ガス増加につながるという問題がある。これに反して、ポリ乳酸(PLA)は澱粉を糖化してグルコースを製造し、グルコースを乳酸発酵することによって原料である乳酸を安価大量に製造することが可能である。澱粉は穀物やイモ類から抽出され、植物の炭酸同化作用によって炭酸ガスと水から再生することが可能である。従って、地球規模における炭酸ガスの物質収支(産出量と吸収量の差)がバランスするという大きな特徴がある。ポリ乳酸は微生物による分解速度が速く、非石油製品であり、炭酸ガス増大に寄与せず、繊維に加工した場合の強度にも問題がないという多くの長所を備えている。
【0004】
通常、繊維用ポリ乳酸は乳酸の加熱脱水により乳酸オリゴマーを一旦製造しておいて、この乳酸オリゴマーの解重合二量化によってラクチドを製造し、精製した後ラクチドの開環重合によって製造される。ポリ乳酸を溶融状態でノズルから、フィラメント状に押し出しながら延伸することによって高配向性の繊維を製造することができる。ポリ乳酸繊維はポリエステル系の繊維である。ポリ乳酸繊維のエステル結合部の分極方向は一方向に揃っており、ポリエチレンテレフタレートのようにセグメントの中で分極方向が逆向きとなり互いに打ち消しあうような通常の芳香族系ポリエステル繊維と比較して、より高い配向性を示し結晶性が向上していると考えられる。ただ、この高い配向性は、L−乳酸の純度が高くないと達成することができない。D−乳酸の混入により分子ヘリックスが乱れると配向性が低下し、融点の低下を招くので注意する必要がある。ポリ乳酸繊維の物性は、融点がポリエステルやナイロンと比較して40度以上低く、耐熱性に劣っており、熱処理する際には注意する必要がある。強度は、引張り強度がポリエステル・ナイロン等と同等であり、ヤング率がナイロンより若干良いがポリエステルには劣っている。このような物性からポリ乳酸繊維の特徴を言い表すと、強度的には強靭であるが熱に弱いという特性が浮かび上がってくる。また、一般的にはポリエステル系繊維は絹のような風合いがあると言われているが、ポリ乳酸繊維は例外的で、絹様の光沢はあるが感触は綿に近い。これは融点が低く固化温度との差が小さく接近しているために冷却により繊維表面が内部より分子配向が大きくなり、それによって曲げ剛性が高くなる結果、しなやかさに欠けるようになる。さらに融点が低いこともあってロウ質感が生じるといわれている。従って、単独では衣服用の生地にはあまり適していないと言われている。
【0005】
ポリ乳酸繊維から織物を製造する技術が開発され、種々の布地やそれを用いた縫製品が各種提案されている。例えば、特開2000−342481号公報では、ポリ乳酸繊維を使用した浴用ボディタオルについて開示している。該公報によれば、ポリ乳酸繊維の一部にニット・デ・ニット処理によりクリンプ加工した捲縮糸を用いることを特徴としている。また特開2004−107846号公報では、生分解性を有するユニフォームについて開示している。該公報によれば、ヒートカッターで生地をカットする場合にも生地の融着がなく、アイロン掛けした部分の折り目の加熱による強度低下も少なく、縫製もミシン針が生地にくっつくことなく、工業用のミシンで容易に縫製が可能で、透過性が良好で、抗菌性、防黴性を有し、遠赤外線遮断性の良好な生分解を有するユニフォームが製造できるとしている。
【0006】
しかし、ポリ乳酸繊維から編物を製造する技術については、工業用や農業用ネットに応用された程度で、衣料用編物に応用した例は非常に少ない。特開2003−253548号公報では、自然な感じの「しわ」、「凹凸」、「斜行」等のデザインモチーフを有する編物を提供するために、ポリ乳酸繊維の融点の低さを逆に利用する方法を開示している。該公報では、ポリ乳酸繊維を含む編糸を用いて平編した編物を沸騰水中に30分間浸漬することにより、ポリ乳酸繊維に熱収縮を生じさせ、編目が収縮により変形する効果により、編物に“しわ”、“凹凸”や“斜行”等が容易に発現し、長期間その形状を保つことができるとしている。もともとリジッドな織目に比較して編目は自由度が大きく変形しやすいという特徴があるが、通常は変形の原因がなくなれば復元する。しかし前記特許の内容のようにポリ乳酸繊維製ニットには熱変形しやすくその変形が復元しない場合があるために敬遠され利用が進まない原因となっている。
【0007】
また、特開2001−295164号公報では、ポリ乳酸繊維糸条を両面編機によりパイル編組織で編み立て、染色後起毛加工することにより、ソフトな風合いで保温性に優れかつ発色性に優れ表面品位においても優れたフリースおよび産業用高級起毛編地を製造することができることを開示している。該公報は、編物の編成方法に言及した数少ない発明一つであるが、製品の熱的な安定性に関しては全く述べられていない。さらに用いるポリ乳酸繊維の製造には乳酸以外の種々のカルボン酸を共重合させており、完全に天然資源のみから製造されているとは言いがたい。
【特許文献1】 特開2000−342481
【特許文献2】 特開2004−107846
【特許文献3】 特開2003−253548
【特許文献4】 特開2001−295164
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ポリ乳酸繊維を衣料用編物に応用する特許件数は少ない。ポリ乳酸繊維の耐熱性の低さが、編物の開発が進まない原因である。編物は織物より複雑で自由度が大きいために熱による影響を受け易いという問題点がある。即ち、根本的な問題はポリ乳酸繊維の融点が低く、通常の合成繊維と同じようには加工することができないという点にある。さらにポリ乳酸繊維にはソフトで柔軟な風合いが欠けており、衣料品に応用する場合に問題となることが指摘されている。このような欠点を有しているので、織編物にした場合にアイロン掛けなどの熱処理加工には注意を必要とし、布地形成にも問題を生じる。従って、ポリ乳酸繊維のみで形成された布地は実用性が低く、通常天然繊維(綿、麻、絹、レーヨン、羊毛等)との混用が図られている。混用は、天然繊維とポリ乳酸繊維との混紡糸を用いて織編物を製造するか、天然繊維とポリ乳酸繊維とを交織または交編することによって具現化している。交織には、天然繊維およびポリ乳酸繊維のどちらか一方を経糸または緯糸とする方法が採用されているが、編物の場合には混紡糸を用いる例が多く、交編に関する検討は全くなされていないと言ってよい。混紡糸を用いたのではポリ乳酸繊維が持つ光沢等種々の長所を生かすことができない。しかしポリ乳酸繊維を用いた編物に関する基本的な知見の蓄積がなく、どのようにすれば耐熱性を高められるのか全く分かっていない状況である。織物に関しては、かなりデータの蓄積があり特許も多いが、編物に関する特許は数が非常に少なく、通常織編物とした出願が多く、編物は織物の一分野として出願されている例が多い。しかし、編物には織物にはない優れた特徴があり、ポリ乳酸繊維を用いた交編により熱劣化を防止する編み方を工夫できれば工業的に非常に有意義であるばかりでなく産業的にも数々の利点がある。編物の一般的な欠点は、洗濯後の伸び縮みや着だるみしやすく、伝染病と言われるランが走りやすく、材質によっては生地端がカールする場合がある。このような欠点を避けるためには用途によって、ポリ乳酸繊維と交編する天然繊維の素材を選択し、かつ糸の太さを限定し、編み方を工夫し、縫製や仕上げの方法を工夫する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は前記の課題を解決するものであるが、風合いに関する課題はポリ乳酸繊維の改良が進みつつあり、かなり解決されている。さらに、編物は織物と比較して、伸縮性が大きく、柔軟で、ドレープ性に優れているので、本質的に織物よりはるかにソフトな感触を与える。従って、本質的にポリ乳酸繊維は織物とするより編物とした方が特性を発揮しやすいと考えられる。本発明で用いる用語のうち、「編成する」と「編み立てる」とは同じ意味である。
【0010】
本発明で特に注力したのはポリ乳酸繊維から構成された編地の耐熱性の向上である。耐熱性を向上するには種々の方法が考えられる。第一の方法は材料の選択にあり、ポリ乳酸繊維と天然繊維とを交編することで、ある程度は改善することができる。しかしポリ乳酸繊維と天然繊維とを交編しただけでは効果は薄い。さらに糸条の太さや、編み立てに工夫をこらす必要があった。
【0011】
本特許はポリ乳酸繊維で形成された編み生地の製造を目的としている。生地の生産には緯編機を用いる。緯編機には横編機と丸編機とがあるが、両方とも用いることができる。通常の丸編機で編んだ編地は円筒状になっており、切断加工処理が必要である。しかし、最近の丸編機には平生地を直接編みたてることができるような機種があるので、横編機と丸編機を特に区別する必要はない。ポリ乳酸繊維だけで形成された編地は、耐熱性が非常に低く、ほとんどアイロン処理を行うことができない。ポリ乳酸繊維と天然繊維との混紡糸を用いれば耐熱性を高くすることができる。事実、織物では混紡糸を用いた例が多い。しかし、混紡糸だけで生地を形成するとポリ乳酸繊維の特徴が殺されてしまうので、本特許では、ポリ乳酸繊維と天然繊維(ポリ乳酸繊維との混紡糸を含む)とを別々に給糸して交編することにより編地を製造することを特徴としている。
【0012】
耐熱性を高くする最も簡単な方法は、生地の構成を層構造に編成することである。例えば、2層構造の場合を考えると、一層を天然繊維のみで形成し、他の層をポリ乳酸繊維のみで形成することができる。平面内での交編ではないが、これも交編の一種である。即ち厚み方向の交編である。このような2層構造の生地の場合、天然繊維のみからなる側からアイロン掛けをすれば、アイロンの底面がポリ乳酸繊維層に直接当たることがないので、耐熱性は非常に高くなる。この2層構造の場合、どちらを表面とするかは使用する際の都合によって決まる。ポリ乳酸繊維の特色を生かしたければ、こちらが表面であり、天然繊維からなる層が裏面となる。この場合には裏面からアイロンを掛けることになる。一般に、層構造の生地を形成するのは織物よりも編物の方がはるかに容易であり、4層以上のものも可能であるが、実用上意味があるのは3層生地までである。ポリ乳酸繊維の強度のみを利用したいのであれば、2層構造の裏面、3層構造であれば中間層に編み立てればよい。
【0013】
ポリ乳酸繊維を天然繊維と交編する場合の効果、さらに層構造に編み立てる場合の効果について記述したが、それ以外にもう一つ、用いるポリ乳酸繊維糸条を天然繊維糸条より細くする場合の効果が大きかった。即ち、ポリ乳酸繊維の太さ(糸径)を天然繊維の5分の1から5分の4程度とした場合に顕著な耐熱性の向上が認められた。層構造をポリ乳酸繊維と天然繊維の層に分離した場合には、特に糸の太さについて考慮する必要がないが、一つの層を平面的に交編する場合には考慮せねばならない。平面的に交編する場合、ポリ乳酸繊維より天然繊維の方を太くする必要がある。この条件が満たされると、天然繊維がポリ乳酸繊維を隠蔽する効果が働き、ポリ乳酸繊維がアイロン底面のような熱源に直接接触することを防止することができ、耐熱性が高くなる。
【0014】
ポリ乳酸繊維の太さを天然繊維の太さより細くした場合の効果をさらに高くする方法がある。それは、編み生地平面の各糸条が構成するコースの編成方法を工夫することである。ポリ乳酸繊維のコースの次は天然繊維のコースというようにコースを交互に交代することが糸条の太さを変えたことの効果をより大きくする。つまり、隠蔽効果が顕著になる。糸の太さに大きな差がある場合には、必ずしも交互である必要はなく、ポリ乳酸繊維の太さが非常に細い場合にはポリ乳酸繊維のコースを2回以上連続させても特に支障はなかった。連続する回数の最大値は確認していないが、4回までは大丈夫であった。
【0015】
今までに記述してきた方法は、遮蔽あるいは隠蔽によって耐熱性を高くする方法である。さらに別の方法として、局所的な熱の蓄積を防ぐことによって耐熱性を高める方法がある。それは、生地をできるだけ嵩高くし隙間を設けるような編成をすることである。このように編成することにより、放熱効果が大きくなるのと単位体積当たりにかかる熱量が小さくなることにより熱の蓄積が減少し、温度の上昇を防止する効果があるものと思われる。例えば、天竺編よりもゴム編の方が耐熱性が高い。これは共に単層構造であるが、ゴム編の方がより嵩高く隙間の多い構造となっており伸縮性の大きな構造となっているからである。嵩高く隙間があり、さらに層構造にもでき、放熱効果と断熱効果を高める編み方には、編地の編成を、針抜き編、振り編、両畦編、片畦編、タック柄、ラーベン柄、目移し柄、ミラノリブ編、片袋編、ジャガード柄、インターシャ柄、スムース、エイトロック、3段両面、タックリップル、ウェルトリップル、シングルピケ、ポンチローマ、モックミラノ、テクシーピケ、ダブルピケ、オバーニット、ジャガードブリスター柄、フロート柄、フロートジャガード柄、天竺タック柄、天竺ラーベン柄、天竺インターシャ柄、プレイティング・アンド・リバーシング柄、ストライプ切替え柄、挿入糸編、レース目編などがある。
【0016】
耐熱性を確実なものとするためには、層構造であることが望ましいが、かならずしも層構造でなければ耐熱性がないというわけではない。例えばゴム編のような場合には層構造とはなっていないが弱いながら耐熱性がある。ゴム編を平編と比較するとゴム編の方が厚手で嵩高くなり、かつウェールが一列おきに表目と裏目になるのでウェール間に隙間ができたようになるので耐熱性はもともとゴム編の方が若干高い。しかし通常のゴム編ではコースの連続した2行が同一の繊維となるので、ポリ乳酸繊維と天然繊維とで太さを変えた効果が弱められてしまう。このことは平編の場合にも全く同じである。そこで本発明者は鋭意研究し、キャリッジの半回ごとに編針の糸条を入れ替えて、コースの一行おきに両繊維が入れ替わるようにすると著しく耐熱性が向上することを発見した。糸条に大きな差があれば、キャリッジの往動と複動の1回ごとに、糸条を交換することも可能である。キャリッジの一回ごとに糸条を交換する方が、操作は容易であるが、ポリ乳酸繊維のコースが2行連続することになる。
【0017】
製造が容易なわりに耐熱性が高く特に優れている2層構造の編み立ては添え糸編(プレイティング編)と片袋編(ハーフミラノ編)であった。さらに、前記編み方には色々の柄を編み立てるために針抜き編など種々の変化した方法があるが勿論このような編み方も本特許の範疇に入る。
【発明の効果】
【0018】
編物は、伸縮性が大きく、柔軟で、ドレープ性に優れているという織物にない特性を持っており、織物の利用分野を侵食して、肌着類からトレーニングウエア、ブラウス、ドレスシャツなどの中衣類、カーディガン、スラックス、コート、水着、和装品などの外衣類、さらに靴下、手袋、帽子、マフラー、ストール、ネクタイなどの衣料として幅広い用途がある。また、カーテン、カーペット、寝具類など産業資材用途にも用いられており生活の各領域に深く浸透している。編物の用途が拡大するにつれて、使用する合成繊維の量も増大の一途である。近年、使用済みの合成繊維を含有する編物製品をどのような方法で廃棄するかが社会的な問題となっている。リサイクル再使用される量は微々たるものであり多くは焼却や埋め立て処理されている。焼却処理ではエネルギーの回収はできるものの、回収される熱量は編物製品生産に投入されたエネルギー量の数分の一に過ぎず、さらに大気中の炭酸ガスの増大という深刻な問題を伴っている。また埋め立て処理では、炭酸ガスは発生しないものの、埋め立て用地の絶対的不足という問題により、将来的に行き詰まる可能性が非常に大きい。唯一、しかも理想的な解決方法は、編物に用いる原材料を全部生分解性のある素材に換えてしまうことである。生分解とは微生物が酵素を用いて素材を消化することであり、最終的には炭酸ガスが発生するが焼却に比べれば量的には少量である。生分解性素材には石油製品から誘導されるものがあり優れた物性を持つものが存在するが、石油製品から合成した場合には生分解の結果発生する炭酸ガスは地球環境にとっては新規産生物となる。これに反して、ポリ乳酸はデンプンから製造され、デンプンは光合成により炭酸ガスと水から植物によって産生されるので、地球規模における炭酸ガスの物質収支はバランスしており量的増大はない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を詳述するが、本発明はこれによって限定されるものではない。本発明では、リンキング、裁断・縫製等の手段により容易に製品とすることが可能な生地を横編ニットで製造することが基本技術である。ニットで生地を製造するには、横編機により編地を編む方法と、丸編機により編地を編んだ後で整理して生地とする方法とがある。横編ニットの代表的な編み方として平編とゴム編があるが、いずれの編機でも平編地とゴム編地を編むことが可能である。平編の特徴は、表はウェール方向に表目のみで形成され、裏はコース方向に裏目のみで形成されていることである。一般に地が薄く、編目が細かい。それに反してゴム編では、表裏ともに表目と裏目とが交互に並び、通常裏目は生地の中に埋没してしまうので表裏ともに表目しか見えない。ポリ乳酸繊維糸条と天然繊維糸条とを交編する場合に、ポリ乳酸繊維糸条の太さを天然繊維糸条の太さより細くすることにより天然繊維糸条の盛り上がりにより熱的影響からポリ乳酸繊維糸状をカバーリングすることを目論んだが、平編地よりゴム編地の方が格段に耐熱性があった。この現象は勿論、糸条の太さの違いに原因を求めることが可能である。しかしそればかりでは説明できない。平編の場合にも、表目における糸条の太さの違いによる熱源からの隠蔽効果は期待できるからである。そこで大きな要因として考えられるのは、ゴム編の場合表目と裏目が交互に並んでいることにより熱の蓄積が少なく裏目の部分での放熱の効果があることと、熱が伝わりにくくなっているということである。平編のように編目が詰っていると、編目の一つが融解した場合その融解物が隣の編目に融着して連鎖反応的に融解が進むことが考えられる。さらに別の要因として、ゴム編の方が平編よりかさ高くなっていることによる効果が考えられる。かさ高いことにより単位体積当たりにかかる熱量が小さくなり融解温度に達しにくくなっている可能性が高い。通常2種類の糸条を用いてゴム編を行う場合、キャリッジの1回の往動または複動の際に1種類の糸条が使用される。つまり、編地の2コース分は同じ糸条の編目となり、隠蔽効果が全く期待できなくなる。そこで、キャリッジの半回毎に、糸条の切り替えを行い1コースに1種類の糸を使用するように半回切替えを行うことによりこのような欠点を回避することができる。
【0020】
平編とゴム編の比較結果から、本発明者は耐熱性を高めるためには、局所的な熱の蓄積を極力避けかつ伝熱を遮断する必要があることを理解した。そこで、耐熱性を画期的に高める方法としてダブルニット編地を検討した。最初に検討した方法はプレイティング編(添え糸編、くるみ編とも呼ばれる)で2層構造にすることであった。即ち、横編機を用いて編地の表面層を天然繊維糸条の平編によって形成し、その下層にやはり平編によりポリ乳酸繊維糸条により裏面層を形成した。添え糸編によって製造された編地は、表面側からアイロンを当てても編目の融解は全く起きず、ゴム編地より一段と耐熱性が高かった。ただこの編み方であると上下とも平編なので裏返しに用いると粗い外観となり、見栄えはよくない。
【0021】
次に、片袋編(ハーフミラノ編とも呼ばれる)を検討した。これも2層構造である。即ち、横編機を用いて編地の表面層を天然繊維糸条の平編によって形成し、その下層にゴム編によりポリ乳酸繊維糸条と天然繊維糸条との交編により裏面層を形成した。ハーフミラノ編によって製造された編地は、表面側からアイロンを当てても編目の融解は全く起きず、ゴム編地より一段と耐熱性が高かった。また裏面がゴム編であり裏面にも充分な耐熱性があった。この編み方であると、2層目がゴム編なので裏返しに生地を用いても違和感がなかった。
【0022】
さらに、3層構造のダブルニット地についても検討した。3層構造になると、裏面側ばかりではなく、中間層にもポリ乳酸繊維糸状を編み込むことができるようになり耐熱性は非常に高くなるが、生地が厚手になるという欠点がある。本発明者が検討した3層構造のダブルニット編地は4口ポンチローマ編(モック・ミラノリブ編とも呼ばれる)であり6口のポンチローマ編とは若干編み方が異なっている。両面式ダブルニードル編機を用いて編立てをする。最初に天然繊維糸条を給糸してスムース編(インターロック編ともいわれる)を行い、次いでポリ乳酸繊維糸条を給糸して天竺編を行い、最後にまた天然繊維糸条を給糸して天竺編を行った。スムース編はゴム編が2段重なった構造となっており、その下にポリ乳酸繊維糸条の天竺編層が配置するので断熱効果が絶大であった。
【実施例】
【0023】
実施例1. 一対の互いに対抗するニードルベッドと、ニードルベッド上に設けた糸道レーンのヤーンフィーダーに配置され、ニードルベッド上を移動しニードルベッドの針に給糸するための複数の給糸口とトリプル編成可能な3基のカムシステムを搭載したキャリッジを備えた島精機株式会社製横編機(14ゲージ)に、表面層を構成する糸条として糸種40/2ないし2/48線糸の綿仮撚加工糸を、また裏面層を構成する糸条として糸種1/40線糸のフィラメントポリ乳酸長繊維糸(カネボウ合繊株式会社製ラクトロン)を給糸し、キャリッジの1回の往動または複動で、前天竺、後天竺の上下2コースからなる添え糸編(プレイティング編)の編み立てを行った。完成した編地をウェール方向にカットした場合の断面構成の一部を模式的に示したのが図1である。小さい黒丸はラクトロン糸を、大きな白丸は綿糸を表している。この図では、ラクトロン糸で編んだ層が裏面、綿糸で編んだ層が表面となっているが、逆の順序で編み立てることも可能である。得られた編地の表面側から温度表示200℃のスチームアイロンで仕上げ処理を行ったが、編地に全く変化がなかった。
【0024】
実施例2. 実施例1と同じ横編機を用いて、はじめに綿糸(糸種:40/2線糸)で12ゲージのゴム編を行った。次にニードルベッドの片側針列だけを使用してキャリッジの1回毎に綿糸(糸種:2/48線糸)とポリ乳酸糸(糸種:1/40線糸)とを切り替えて給糸して天竺編を行い、片袋編(ハーフ・ミラノ編)の編み立てを行った。完成した編地をウェール方向にカットした場合の断面構成の一部を模式的に示したのが図2である。大きな白丸は太い綿糸を、小さな白丸は細い綿糸、黒丸はラクトロン糸を表している。どちらの層を表面側とするかは使用目的によって変わる。得られた編地のゴム編側から温度表示200℃のスチームアイロンで仕上げ処理を行ったが、編地に全く変化がなかった。
【0025】
実施例3. 実施例1と同じ横編機を用いて、往動または複動のキャリッジの半回毎に、綿糸(糸種:40/2線糸)とポリ乳酸糸(糸種:1/40線糸)とを切り替えて給糸して12ゲージのゴム編の編み立てを行った。完成した編地をウェール方向にカットした場合の断面構成の一部を模式的に示したのが図3である。小さな黒丸はラクトロン糸を大きな白丸は綿糸を表している。得られた編地に温度表示170℃のスチームアイロンで仕上げ処理を行ったが、編地に全く変化がなかった。
【0026】
比較例1. 実施例3と同様にして、ポリ乳酸糸(糸種:1/40線糸)のみを用いてゴム編の編み立てを行った。得られた編地に温度表示170℃のスチームアイロンで仕上げ処理を行った。編地にアイロンの底面形状の穴が生じ、アイロンの底面に融解した樹脂片が固着した。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明のポリ乳酸繊維を用いた編地は、生分解性でありながら堅牢で耐磨耗性に優れており、光沢感のあるファッション性に優れた服飾素材として、その他寝装資材用途や産業資材用途にも広い応用が期待できる。特に織物に比較して編物の特徴である柔軟性を保持しており風合いに優れている。また本発明の編地は、リンキング、裁断、縫製等の手段による造形の自由度が高く広い用途への展開が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】実施例1の添え糸編生地をウェール方向にカットした場合の模式図である。
【図2】実施例2の片袋編生地をウェール方向にカットした場合の模式図である。
【図3】実施例3のゴム編生地をウェール方向にカットした場合の模式図である。
【符号の説明】
【0029】
1・・・ラクトロン糸
2・・・太い綿糸
3・・・細い綿糸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸繊維糸条と、天然繊維糸条とを緯編機を用いて編成することにより形成された耐熱性が高く生分解性を有する編地。
【請求項2】
編地の編成が、少なくとも2層構造を有しており、ポリ乳酸繊維から形成された層が裏面側層または中間層となるように構成されることを特徴とする請求項1記載の編地。
【請求項3】
ポリ乳酸繊維糸条の太さを、天然繊維糸条の太さの五分の一ないし五分の四に保持することを特徴とする請求項1または2に記載の編地。
【請求項4】
編成においてポリ乳酸繊維糸条のコースを10回以上連続させないために、コースの1〜9回毎より望ましくは1〜4回毎に、緯編機への給糸を天然繊維糸条に切り替えることを特徴とする請求項1、2または3に記載の編地。
【請求項5】
編地の編成を、針抜き編、振り編、両畦編、片畦編、タック柄、ラーベン柄、目移し柄、ミラノリブ編、片袋編、ジャガード柄、インターシャ柄、スムース、エイトロック、3段両面、タックリップル、ウェルトリップル、シングルピケ、ポンチローマ、モックミラノ、テクシーピケ、ダブルピケ、オバーニット、ジャガードブリスター柄、フロート柄、フロートジャガード柄、天竺タック柄、天竺ラーベン柄、天竺インターシャ柄、プレイティング・アンド・リバーシング柄、ストライプ切替え柄、挿入糸編、レース目編によって実行し、嵩高く隙間の大きい構造または層構造とすることにより放熱効果と断熱効果を高めることを特徴とする請求項2、3または4に記載の編地。
【請求項6】
天竺またはゴム編地を編成する際に、ポリ乳酸繊維糸条と、天然繊維糸条とを、キャリッジの半回または1回毎に交換し、コースの糸条が交互または2列おきに並ぶように編み立てることを特徴とする請求項3に記載の編地。
【請求項7】
交編方法がプレーティング編であることを特徴とする、請求項2または4に記載の編地。
【請求項8】
交編方法が片袋編であることを特徴とする、請求項2または4に記載の編地。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate