説明

生物試料の検出方法

【課題】生物試料を微量に含むことが懸念される検体を、短時間で簡易かつ高感度に検出する手法を提供する。
【解決手段】本発明の検出方法は、(1)検体中に含まれる生物試料中のゲノムDNAを、MDA法の可能なDNAポリメラーゼおよびランダムヘキサマーの存在下で非特異的増幅させる工程、および(2)得られた増幅産物をとしてPCR分析を行う工程からなる。本発明の検出方法は、住宅建材、装寝具、殻類、土壌、果樹等に微量に含まれる木材腐朽菌、衛生害虫、真菌、貯穀害虫等を高感度に検出やモニタリングするのに好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体から生物試料を高感度に検出する方法に関し、より詳細にはゲノムDNAの非特異的増幅とPCR分析とを組み合わせた新規な高感度検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人の生活圏には、人や動物、あるいは人の所有する資産に対して有害であるが目に見え難く、また判定し難い生物や生体組織が無数に存在する。それを人に最も近い環境に見ると、家屋内には人のアレルゲンとなるダニやその遺骸・排泄物、あるいはカビの菌糸・胞子が多数付着、堆積している。それらは、人に喘息、鼻炎、眼アレルギー、アトピー性湿疹、刺咬症等のアレルギーを発症させる。病院内や公共施設内には、院内感染や空気感染を引き起こすような細菌や薬剤耐性菌が侵入することがある。木質の中古住宅や神社仏閣のような文化遺産を見ると、そこはシロアリや木材腐朽菌による侵食にさらされている。さらに広い生活圏を見わたすと、圃場等の土壌や農作物には土壌病原菌や作物病害菌が生息し、作物の収穫をおびやかす。ゴルフ場や耕地では、農薬の効かないような農薬耐性菌の増殖や、過度の農薬使用による環境汚染が危惧される。これらの生命体や生体組織が人の検知できる程度に繁殖、蔓延等した場合には、人の健康や所有資産に対して大きな被害を与える。
【0003】
これらの生物試料を早期かつ高感度に検出することが有意義であるが、難しいのが現状である。それを、木材腐朽菌を例にとって詳しく説明すると、木材腐朽菌は、木質構造物の強度劣化を起こし、地震による木質住宅の破損や倒壊の大きな原因の一つとされている有害菌である。木材腐朽菌は担子菌の一種であり、木材中のセルロース、ヘミセルロースを分解してリグニンを残す褐色腐朽菌と、木材中の全ての成分を分解する白色腐朽菌とに大別される。子嚢菌のように木材の表面を黒化する表面汚染菌も知られている。それらの侵食力は、白色・褐色腐朽菌が木を駆逐するほど大きく、一方、表面汚染菌が表層程度の軽微であるという差異がある。
【0004】
木材腐朽菌の住環境における動態を長期にわたってモニタリングしていくことは、木質住宅等の維持管理のために重要である。特に、木材に対する影響の大きい白色・褐色腐朽菌を腐朽初期に検出することや、被害の軽微な表面汚染菌と区別することは、適切な木材腐朽対策を講じる上で意義深い。
【0005】
褐色腐朽菌は、多湿、風通しや陽あたりの悪い場所を好んで生育し、白色腐朽菌は、褐色腐朽菌よりも寒さや直射日光に強く乾湿のくりかえしが激しい所や寒暖差の大きな場所で生育し、表面汚染菌は通常のカビの繁殖条件で生育するといったように、繁殖条件がそれぞれ異なるものの、腐朽初期にそれらを形態学的に判別することは、非常に困難といえる。
【0006】
従来は、腐朽材から採取した菌を木に植え継いで、何週間もかけてキノコ(子実体)やカビまで成長させ、その形態的特徴をもって腐朽菌を判定していた。これでは、時間と手間がかかりすぎる。別法として、採取した菌をシャーレ内培地で培養し、培養した菌を顕微鏡下で観察して、その菌学的特徴から腐朽菌を同定する方法がとられている。しかし、培養は操作が煩雑であり、外菌を培養してしまう危険性がある上、菌種を菌学的形態から判定することは専門家でも難しい。
【0007】
最近、腐朽菌の検出と同定を目的として、分子生物学的手法を利用する方法が提案されている(木材保存Vol.30(2004)No.5 p192-203社団法人日本木材保存協会編、非特許文献1)。その手法として最も汎用されているものの一つは、一部のDNA領域を短時間かつ簡便に大量に増幅することが可能なPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法である。ここで大量に増幅された特定のDNA領域をさらに遺伝子解析にかけて、腐朽菌を同定する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
PCR法は、一般に少量の鋳型DNAから特定のDNA領域を大量に増幅する方法として汎用されている。それでも、実効的なPCR反応を行うには、比較的多量(例えばDNA量で20〜50ng、あるいは胞子数でいうと1×102〜5個分)のサンプルを必要とする。これでは、菌量の少ない腐朽初期の段階の判定が困難である。一方、多量の菌を採取するために検体を大量に確保することは、建築物等を大きく損傷させ、現実的でない。
【0009】
そこで、PCR法の前処理として、通常、検体中の生体組織を培養し、さらにDNAを抽出することが一般に行われている。しかし、培養には、2週間以上の期間、手間、費用がかかり、また、未知の外菌を増やす危険性を伴う。
【0010】
DNAを多量に含む培養物や多量のDNAを取得できたとしても、真菌等の固い細胞壁からDNAを抽出するには、培養物を凍結後、乳鉢等ですりつぶし、界面活性剤、有機溶媒等に懸濁させ、抽出を繰り返す工程を経る必要があり、時間と手間がかかる。
【0011】
さらに、検体に含まれる生物試料をすべて、培養により増幅することは困難であり、したがって、培養による分析結果が実際の腐朽状態を反映していないという問題もある。
【0012】
北海道林産試験場報17巻2号(2003年3月)pp6-11(非特許文献2)には、ナミダタケを腐朽させた腐朽木材(トドマツ)から腐朽菌の鋳型DNAの抽出するに際し、プロテナーゼKを用いた比較的迅速かつ簡易な手法を採用し、そのDNA抽出物に含有されるrDNAのITS領域をPCR分析することによって、腐朽菌を同定したことが記載されている。しかし、この方法は、腐朽初期等の木材に微量に含まれる菌のモニタリング法としては課題が残っている。
【0013】
腐朽菌で述べたような検体中に微量に含む生物試料を短時間、簡易かつ高感度に検出したいという課題は、腐朽菌に限らず、人に有害な貯穀害虫、衛生害虫、農薬耐性菌等の検出においても同様に当てはまる。したがって、現在でも、これらの生物試料を微量に含むことが懸念される検体を、短時間で簡易かつ高感度に検出する手法が求められている。
【非特許文献1】木材保存Vol.30(2004)No.5 p192-203
【非特許文献2】北海道林産試験場報17巻2号(2003年3月)pp6-11の第5図
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、上記課題を鋭意検討した結果、DNA非特異的増幅と特異的PCRとからなる2段階増幅によれば、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は、(1)検体中に含まれる生物試料中のゲノムDNAを、MDA(Multiple Displacement Amplification)法の可能なDNAポリメラーゼおよびランダムヘキサマーの存在下で非特異的増幅させる工程、および(2)得られた増幅産物を鋳型としてPCR分析を行う工程からなる、生物試料の検出方法を提供するものである。本発明の方法は、DNA非特異的増幅を積極的に用いる点で、そして検体から生物試料を培養することなくPCR分析にかける点で、従来の方法と明確に相違する。
【0015】
なお、本明細書において、「生物試料」とは、肉眼では視認困難であるか、あるいは形態学的に判定できないような微小な生体またはその遺骸の全体または一部の組織を総称する意味で使用する。生物試料には、例えば細菌、菌とその胞子、卵胞子、菌糸、子実体、微小動物とその卵、幼虫、抜け殻や排泄物を含む。微小動物の成虫がゴキブリ、シロアリのように視認できても、その卵や幼虫のように視認し難いもの、あるいはその遺骸や破片のように判定し難いものは、本発明にいう生物試料に含まれる。同様に、成長した子実体(キノコ)が形態学的に明確であっても、その菌糸や胞子のように判定が困難なものは、本発明にいう生物試料に含まれる。
【0016】
検体には、生物試料がさまざまな態様で含有されている。例えば、検体が固体であれば含有、付着、侵入、侵食等の状態で、液体および気体であれば、沈積、浮遊等の状態で存在している。
【0017】
本発明の方法は、(1)非特異的増幅工程において、検体に含まれる生物試料のDNA量が1.0〜10 ngになるように検体量を調整した後、該生物試料のDNA量を1.0〜10μgへ増幅させることが好ましい。
【0018】
本発明の方法は、(2)PCR分析工程において、PCRによるITS領域の増幅、エタノール沈殿、ライゲーション、トランスフォーメーション、コロニーPCR、ミニプレップおよびDNAシークエンスを用いることが好ましい。
【0019】
本発明の方法は、(2)PCR分析工程においてPCR−RFLP法を用いることが好ましい。
【0020】
本発明の方法では、前記生物試料が、木材腐朽菌、衛生害虫、細菌、真菌、貯穀害虫、農薬耐性菌、作物病害菌、土壌病原菌、拮抗微生物の少なくとも一種に由来することが好ましい。
【0021】
前記検体は、樹木、木材、住宅建材、木工製品、衣類、装寝具、殻類、加工食物、土壌、果樹、農作物、植物、海洋、河川、湖沼、プール、浴場、室内空気のいずれかであることが好ましい。
【0022】
本発明の方法は、樹木、木材、住宅建材または木工製品を侵食する木材腐朽菌を判定することによって、これらの腐朽診断や耐用年数の予測を行うのに有用である。
【0023】
本発明の方法は、衣類または装寝具に付着する衛生害虫および/または真菌を判定することによって、人体のアレルゲンの検出または殺虫剤・殺菌剤の選択に使用するのに有用である。
【0024】
本発明の方法は、殻類または乾燥加工食物内に夾雑される貯穀害虫を判定することによって、貯蔵管理を行うのに有用である。
【0025】
本発明の方法は、土壌、果樹、農作物または植物に混入または付着される農薬耐性菌、作物病害菌および/または土壌病原菌を判定することによって、これらに対する農薬管理を行うのに有用である。
【0026】
本発明は、検体中に含まれる生物試料のゲノムDNAを、MDA法の可能なDNAポリメラーゼおよびランダムヘキサマーの存在下で非特異的増幅させるための試薬、および得られた増幅産物を鋳型とするPCR反応を行うための試薬を含む、検体から生物試料の高感度に検出するためのキットもまた提供する。
【発明の効果】
【0027】
本発明の検出方法は、従来行われていた生物試料の培養工程に代えて(1)検体中のゲノムDNAの非特異的増幅工程を採用するとともに、DNAを抽出する工程を省略するという特徴を有する。この特徴は、従来培養の困難であった生物や死骸など培養できないものをはじめとしてあらゆる生物試料のDNAを増幅させることを可能にする。
【0028】
本発明の方法は、培養と抽出を行わないことから、従来方法に比べて簡易な操作で短時間に生体組織の検出が可能にする。具体的には、従来、2週間以上要していた培養、抽出作業が、約4〜11時間の非特異的DNA増幅にとってかわる。その結果、検出に要する総時間は、3日以内に短縮される。
【0029】
本発明の検出方法は、(1)非特異的増幅工程において生物試料のDNA量を1.0〜10ngから1.0〜10μgへ増幅させることが可能である。生物試料のDNA量を胞子でいうと、1〜5個程度の胞子数という極微量でも、非特異的増幅の出発量とすることができる。これは、木材の腐朽初期のように極微量の試料しか採取できない場合や、文化遺産のように検体を傷つけたくない場合に極めて有効である。
【0030】
非特異的増幅にかけるDNA出発量の調整は、採取した検体がPCR分析可能な量のDNAを有する検体(例えば腐朽しきった木材)においても有効である。検体中にはヤニのようなPCR阻害成分が多量に含まれているので、そのままPCR分析にかけると、反応が効率よく行われない。本発明の方法によって、生物試料のDNA量が1.0〜10ngになるように検体量を調整し、そこから非特異的増幅を行わせると、核酸部分のみが増幅され、PCR阻害成分は増幅されないので、いわゆるSN比が100〜10,000倍改善される。すなわち、(1)非特異的増幅工程は検体中の生物試料の精製の役割も担っており、(2)PCR分析工程の精度向上をもたらす。本発明の検出方法は、検体中の生物試料のDNA量の多少に関わらず、すべての検体に適用でき、かつ本発明特有の効果を奏する。
【0031】
本発明の方法は、(2)PCR分析工程において、PCRによるITS領域の増幅、エタノール沈殿、ライゲーション、トランスフォーメーション、コロニーPCR、ミニプレップおよびDNAシークエンスを採用することによって、ゲノムの増幅とPCR分析を含む総処理時間が、従来方法の2週間以上から3日以内へ短縮される。
【0032】
本発明の方法は、(2)PCR分析工程において、PCR−RFLP分析を採用することで、判定時間のさらなる短縮(例えば8時間)も可能である。
【0033】
本発明の方法によれば、従来の方法では検出が容易ではなかった生物試料、特に木材腐朽菌、衛生害虫、細菌、真菌、貯穀害虫、農薬耐性菌、作物病害菌、土壌病原菌、拮抗微生物の少なくとも一種に由来する生物試料を、樹木、木材、住宅建材、木工製品、衣類、装寝具、殻類、加工食物、土壌、果樹、農作物、植物、海洋、河川、湖沼、プール、浴場、室内空気等の検体から簡易かつ短時間、高感度に検出することができる。
【0034】
本発明の検出方法は、さまざまな用途に応用することできる。それは樹木、木材、住宅建材または木工製品からなる検体を侵食する木材腐朽菌を判定し、該樹木、木材、住宅建材または木工製品の腐朽診断や耐用年数の予測を行うのに用いる、衣類または装寝具からなる検体に付着する衛生害虫および/または真菌を判定し、人や動物のアレルゲンの検出または殺虫剤・殺菌剤の選択に用いる、殻類または乾燥加工食物からなる検体に夾雑される貯穀害虫を判定し、該殻類または乾燥加工食物の貯蔵管理を行うのに用いる、土壌、果樹、農作物または植物からなる検体に混入または付着される農薬耐性菌、作物病害菌および/または土壌病原菌を判定し、該土壌、果樹、農作物または植物の農薬管理を行うのに用いるといったように、産業上の利用性が非常に高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
以下、本発明の実施の形態を添付の図面を用いて説明する。本発明の方法は、図1に示すように、(1)検体中のゲノムDNAの非特異的増幅工程、および(2)増幅産物をPCR分析する工程とからなる。
【0036】
(1)非特異的増幅工程
まず、本発明の検出方法が扱うのが好ましい生物試料と検体を説明する。生物試料では、特に木材腐朽菌、衛生害虫、ゴルフ場害虫、病原性細菌、人や動物にとって有害な真菌、農薬耐性菌、作物病害菌および土壌病原菌、拮抗微生物等が好適である。その具体例を以下に列挙する。
【0037】
前記木材腐朽菌の具体例には、イチョウダケ、イドダケ、オオウズラダケ、キカイガラタケ、ナミダタケ、マツオオジ(以上、褐色腐朽菌)、カイガラダケ、カワラダケ、スエヒロタケ、ヒイロタケ、ホシゲタケ(以上、白色腐朽菌)、ケトミウム、トリコデルマのような子嚢菌(一般に表面汚染菌に類別される)が挙げられる。
【0038】
前記衛生害虫の具体例には、チリダニ、ケナガコナダニ、ツメダニ、イエダニ(以上、ダニ類)、アカイエカ、コカダアカイエカ、シナハマダラカ、トウゴウヤブカ、ヒトスジシマカ(以上、カ類)、イシバエ、ヒメイエバエ、センチニクバエ、オオクロバエ、ノミバエ(以上、ハエ類)、ヒトノミ、ネコノミ、イヌノミ、ケオフスネズミノミ、ヨーロッパネズミノミ、ヤマトネズミノミ、メクラネズミノミ(以上、ノミ類)、コロモジラミ、アタマジラミ、ケジラミ、トコジラミ(以上、シラミ類)、チャバネゴキブリ、クロゴキブリ、ワモンゴキブリ、ヤマトゴキブリ、トビイロゴキブリ(以上、ゴキブリ類)、ヤマトシロアリ、イエシロアリ、アメリカカンザイシロアリ、タカサゴシロアリ、ニトベシロアリ、タイワンシロアリ、ダイコクシロアリ、カタンシロアリ、サツマシロアリ、ナカジマシロアリ、コダマシロアリ、クシモトシロアリ、コウシュンシロアリ、オオシロアリ、アマミシロアリ、キアシシロアリ(以上、シロアリ類)、ヒタラキクイムシ、ナガシンクイムシ、シバンムシ、カミキリムシ、オサゾウムシ、ゾウムシおよびチビナガヒラタムシが挙げられる。
【0039】
前記ゴルフ場害虫の具体例には、ヒラタアオコガネ、ウスチャコガネ、コイチャコガネ、チビサクラコガネ、セマダラコガネ、マメコガネ、ヒメコガネ、オオサカスジコガネ、シバオサゾウムシ、シバツトガ、スジキリヨトウ、タマナヤガおよびミミズが挙げられる。
【0040】
病原性細菌の具体例には、サルモネラ属菌、病原性大腸菌、腸管出血性大腸菌、レジオネラ菌、耐性黄色ブドウ球菌、セレウス菌、ボツリヌス菌、ウエルシュ菌、エロモナス菌、バシラス・セレウス菌、カンピロバクター菌、腸炎ビブリオ菌、チフス菌、パラチフス菌、赤痢菌およびコレラ菌が挙げられる。
【0041】
前記人や動物にとって有害な真菌の具体例には、ススカビ、ツチアオカビ、クモノスカビ、ケカビ、サファエロスペルマ、ペニシリウム、フザリウム、ユーロチウム、ヒトプラズマー、イミディス、コクシオイデス、ネオフォルマンス、クリプトコッカス、フュミガタス、アスペルギルス、カンジダ、アルビカンス、ルブラム、メンタグルフィテス、トリコフィートン、ビオラセウム、ツキヨタケ、カキシメジ、クサウラベニタケ、ニガクリタケ、ドクツルタケおよびシロタマゴテングタケが挙げられる。
【0042】
貯穀害虫の具体例には、イッテンクガ、オオメノコギリヒラタムシ、ガイマイゴミムシダマシ、ガイマイツヅリガ、ガイマイデキオスイ、カクムネヒラタムシ、カシノシマメイガ、カシミールコクヌストモドキ、クロゴミムシダマシ、コクゾウムシ、コクヌスト、コクヌストモドキ、ココクゾウムシ、コナナガシンクイムシ、コメノケシキスイ、コメノゴミムシダマシ、コメノシマメイガ、ジンサンシバンムシ、スジコナマダラメイガ、スジマダラメイガ、タバコシバンムシ、チビタケナガシンクイムシ、ノコギリヒラタムシ、ノシメマダラメイガ、バクガ、ヒメゴミムシダマシ、ヒラタコクヌストモドキ、フタオビツヤゴミムシダマシ、ホソチビコクヌスト、アカイロマメゾウムシ、アズキゾウムシ、インゲンマメゾウムシ、オビヒメカウトブシムシ、ガイマイツヅリガ、ガイマイデオキスイ、カシノシマメイガ、コクゾウムシ、ココクゾウムシ、ジンサンシバンムシ、スジマダラメイガ、タバコシバンムシ、チャマダラメイガ、ノシメマダラメイガ、ハラジロカツオブシムシ、ヒメカツオブシムシ、ヒメマルカツオブシムシ、オビヒメカワトブシムシ、コクヌスト、ジンサンシバンムシ、タバコシバンムシ、チビタケナガシンクイムシチャマダラメイガ、ニセセマルヒョウホンムシ、ハラジロカツオブシムシ、ヒメカツオブシムシ、ヒメマルカツオブシムシおよびワタミヒゲナガゾウムシが挙げられる。
【0043】
農薬耐性菌、作物病害菌および土壌病原菌の具体例には、灰色カビ病菌、赤カビ病菌、宿根カスミソウ黒班病菌、モヤシ黒すみ病菌、イネいもち病菌、葉枯れ炭疽病菌、シクラメン炭疽病菌、黒点根腐病菌、イチゴ根腐病菌、トマト根腐萎ちょう病菌、ゴボウ萎ちょう病菌、ダイズ萎ちょう病菌、花ショウブ萎ちょう病菌、ユリ萎ちょう病菌、トマト萎ちょう病菌、トマト半身萎ちょう病菌、ナス半身萎ちょう病菌、シクラメン萎ちょう病菌、ストック萎ちょう病菌、ホウレンソウ萎ちょう病菌、トマト青枯病菌、イチゴ萎黄病菌、ダイコン萎黄病菌、キュウリつる割病菌、ユウガオつる割病菌、スイカつる割病菌、ニンニク乾腐病菌、タマネギ乾腐病菌、ラッキョウ乾腐病菌、ニラ乾腐病菌、コンニャク乾腐病菌、ユリ乾腐病菌、ニラ白絹病菌、ダイズ白絹病菌、シャコバサボテン腐敗病菌、クジャクバサボテン腐敗病菌、シンビジウム腐敗病菌、デンドロビウム腐敗病菌、イネばか苗病菌、菌核病菌、フザリウム菌、リゾクトニア菌、フィトフラ菌およびピシウム菌が挙げられる。
【0044】
拮抗微生物の具体例には、枯草菌、放線菌、シュードモナス、トリコデルマ、アグロバクテリウム、乳酸菌、酵母、アスペルギウス、ペニシリウム、リゾープス(以上、抗菌微生物)、シュードモナス・フローレッセンス、シュードモナス・グラジオリー(以上、根圏微生物)、ならびにVA菌根菌、トリュフ圏根菌、マツタケ菌(以上、菌根菌)、が挙げられる。
【0045】
上記生物試料を含むような検体として、人の生活圏にかかわるあらゆる物と場所が存在するが、特に以下の対象が優先される。それは、樹木、木材、住宅建材(一般家屋、神社仏閣等の文化遺産)、木工製品(炊事・料理道具、食器)、家具(下駄箱、押入、ソファ、椅子、ぬいぐるみ、畳、壁紙)、住宅設備(浴室、冷暖房器具、トイレ)、装寝具(布団、毛布、ベッド、マットレス、シーツ、枕、座布団、カーテン、絨毯、カーペット)、衣類、履物、皮革製品、穀類(米、麦、豆)、乾燥加工食物、土壌(田、畑、山林、圃場、ゴルフ場芝、ダイオキシン・鉱油で汚染された土壌)、果樹、農作物、植物、海洋、河川、湖沼、ため池、プール、浴場(公衆浴場、温泉施設)、水利施設(上下水処理場、工場排水処理施設、クーリングタワー、水耕栽培施設)、室内空気(病院、食品加工場)である。
【0046】
該検体と前記生物試料との相関関係を示すと、樹木、木材、住宅建材または木工製品とそれを侵食する木材腐朽菌、衣類または装寝具とそれに付着する衛生害虫および/または真菌、殻類または乾燥加工食物とそれに夾雑される貯穀害虫、土壌、果樹、農作物または植物とそこに混入または付着される農薬耐性菌、作物病害菌および/または土壌病原菌、室内空気や温泉とそこに含有される病原性細菌や人や動物に有害な真菌のような関係が成立する。
【0047】
生物試料を含有すると推定される検体は、後述するゲノムDNAの非特異的増殖工程に供するためにDNAをある程度露出させる必要がある。しかし、DNAを抽出することまでは要さない。具体的には、検体を適宜、破砕後、生体組織の細胞を細胞破砕機で破砕すればよい。
【0048】
非特異的増幅工程に供する生物試料のDNA量は、好ましくは1.0〜10ngであり、特に好ましくは2.0〜5.0ngである。一方、非特異的増幅産物の量は、(2)工程のPCR分析に足りる量でよく、通常、1.0〜10μgである。検体中のDNA量が、すでにPCR可能な量であっても、上記した出発濃度を調整してから非特異的増幅かけるのが好ましい。これにより、核酸部分は増幅され、ヤニ等のPCR阻害成分は増幅されない。後述のPCR分析の分析精度が、いわゆるSN比で100〜10,000倍改善されることになる。したがって、本発明のより好ましい実施態様は、採集した検体に含まれる生物試料のDNA量が1.0〜10ngになるように検体量を調整する工程、検体中に含まれる生物試料のゲノムDNAを、MDA法の可能なDNAポリメラーゼおよびランダムヘキサマーの存在下で、DNA量が1.0〜10μgなるまで非特異的増幅させる工程、および得られた増幅産物を鋳型としてPCR分析を行う工程からなる、生物試料の検出方法である。
【0049】
上記で得られた破砕試料を、MDA(Multiple Displacement Amplification)法の可能なDNAポリメラーゼおよびランダムヘキサマーを用いてゲノムDNA非特異的増幅する。MDA法の詳細についてはPNAS April 16, 2002 vol. 99 No. 8 pp5261-5266に記載されている。ゲノムの非特異的増幅に使用するポリメラーゼは、MDA法の可能なDNAポリメラーゼであれば特に制限がないが、現在のところ同法に適用可能なDNAポリメラーゼは、枯草菌ファージphi29に由来するDNAポリメラーゼ(以下、Phi29DNAポリメラーゼという)である。このポリメラーゼは、鎖置換および前進的な合成特異性をもっており、また、3’→5’方向へのプルーフリーディングエキソヌクレアーゼ活性も有する。
【0050】
Phi29DNAポリメラーゼおよびランダムヘキサマープライマーを含んだゲノムDNA増幅キットが、GEヘルスケア バイオサイエンス株式会社(旧アマシャム バイオサイエンス株式会社)から製品名GenomiPhi DNA Apmliphication Kitとして市販されている。以下に、この増幅キットを使用する非特異的増幅工程を説明する。
【0051】
まず、Phi29DNAポリメラーゼとランダムヘキサマーの存在下で、等温のポリメラーゼ反応を開始させるにあたり、生物試料粉砕後の溶液とランダムヘキサマーとを混合し、95℃で3分間熱変性後、4℃に急冷後、dNTPsおよびPhi29DNAポリメラーゼを投入し、30℃の温度に置く。放置後、プライマーがゲノムDNAの複数箇所にアニールし、Phi29DNAポリメラーゼが一本鎖の直鎖DNA上で一斉に複製を開始する。ポリメラーゼの鎖置換機能によって、鎖を剥がしながら合成が進み、剥がされた部分からも合成反応が進む。その結果、ゲノムDNAが等温下で指数関数的に増幅される。反応時間は、出発濃度に依存するが、通常、3〜15時間、好ましくは4〜11時間である。
【0052】
(2)PCR分析工程
上記で得られたゲノムDNAの非特異的増幅産物を、PCR分析にかける。PCR反応は、ゲノムDNAの入ったバッファーに特定のプライマーおよび耐熱性DNAポリメラーゼを加えて、(1)90〜95℃で二本鎖DNAの一本鎖への変性、(2)アニーリング温度でのDNA一本鎖とプライマーとのアニーリング、(3)アニーリング温度よりも高温度でのDNAポリメラーゼによる相補鎖合成という一連反応を通常20〜50回程度繰り返すことによって、特異的塩基配列を指数関数的に増幅させる手法である。
【0053】
PCR分析には、同定したい生物試料に特異的なプライマーを用意する必要がある。そのプライマーの選定は、常法、例えばNCBIデータベースに登録されているDNAをclustalw解析することにより行うことができる。
【0054】
同定したい生物試料が真核生物の場合には、ITS(Internal Transcribed Spacer)領域の配列情報に基づいて合成するのが有利である。ITS領域とは、図2に示すような、全ての真核生物の核内rDNAの間に存在する非転写領域をいう。図2中、ITS領域の両側にある18S rDNA、5.8S rDNAおよび28S rDNAは保存性が高いが、ITS領域は進化とともに配列の変異が起きやすい。したがって、ITS領域の配列の違いによって、生物の種属の同定が容易となる。具体的には、糸状菌(担子菌や子嚢菌が含まれる)を判別しようとする場合には、NCBIデータベース等に登録された塩基配列をもとに糸状菌に特異的なプライマーを設計する。担子菌を判別しようとする場合には、同様の検索で担子菌に特異的なプライマーを設計すればよい。
【0055】
プライマーの塩基配列の長さは、検出対象とする生体組織のゲノムDNA中の特異的な塩基配列の長さなどに応じて適宜設計することができる。長さは、通常、10〜50bp、好ましくは15〜30bpである。
【0056】
前記種特異的プライマーと非特異的増幅産物(鋳型DNA)を用いたPCR反応によって、前記ゲノムDNA中の特異的塩基配列を選択的に複製する際の耐熱性DNAポリメラーゼの選定と量、ゲノムDNA量、プライマー量、反応時間、温度等は、適宜、決定する。
【0057】
増幅されたDNA断片が推定される種であるか否かを簡易に判定する方法として、PCR増幅産物をゲル電気泳動することが有効である。すなわち、複製されたPCR産物を、エチジウムブロマイドを加えたアガロースゲルの電気泳動にかけ、あるいは電気泳動後にエチジウムブロマイド染色またはその他のDNA染色を行う。その結果、生体組織に特異的な塩基配列に基づくバンドが出現した場合には、予想した生体組織に由来するゲノムDNAがPCR産物に含まれ、さらに検体中には予想した生物試料が存在していることになる。
【0058】
より確度の高い同定のためには、PCR増幅産物をサブクローニングして、シークエンスによりDNA配列を決定すればよい。PCR産物のシークエンスに至る工程は常法に従い、例えばエタノール沈殿、ライゲーション、トランスフォーメーション、コロニーPCR、ミニプレップ、シークエンスの順である。シークエンスで得た配列は、Blast検索等にかけて、生体組織の種属を同定する。
【0059】
本発明の検出方法をシークエンスまで行った場合、その処理時間を表1にまとめる。本発明の方法によれば、従来の時間を要した培養と抽出作業に代えて、DNA非特異的増幅のみを行うことによって、従来3週間以上かかった種の同定作業を、シークエンスを行っても3日以内で処理することが可能である。
【0060】
【表1】

【0061】
本発明の検出方法は、上記エタノール沈殿〜シークエンスまでの工程をPCR-RFLP (Restriction Fragment Length Polymorphism、制限酵素断片長多型)に代替してもよい。RFLPは、制限酵素によって切断されたDNA断片長の長さが、同一種内の個体間で異なる(すなわち多型となる)ことに基づく。非特異的増幅されたDNAをPCR後、DNAの切断、電気泳動、紫外線によるDNAの可視化まで、約2時間で行うことができるので、同定作業に必要な総時間はおよそ8時間まで短縮される。また、このフラグメント解析によれば、多種の混合サンプルの同定が同時に可能となる。
【0062】
本発明の検出方法は、検体に含まれる複数の生体組織の存在比を求めることも可能である。具体的には、同時に測定した複数種のPCR増幅産物の吸光度(A260)やゲル電気泳動時の蛍光強度の比を測定する。
【0063】
本発明の検出方法は、検体に含まれる生体組織の定量も可能である。具体的には、生体組織の濃度を変えた試料を複数用意し、一定条件下でのゲノムの非特異的増幅とPCR反応の後、目的増幅産物の吸光度や蛍光強度を測定し、検量線を作成する。測定試料を本発明の方法により増幅後、検量線に当てはめて、検体中の試料の濃度を決定する。
【0064】
本発明の方法は、エタノール沈殿〜シークエンスまでの工程をDNAアレイに代えてもよい。DNAアレイは、同定したい生体組織のDNA(アノテーション済み)を複数、基板上にスポットしたものである。生物試料のゲノムDNAの非特異的増幅し、その増幅産物をPCR増幅したものを、さらに蛍光物質等で染色して標識DNAを作成する。
【0065】
本発明は、また、生物試料を含有すると推定される検体を採取し、前記検体中のDNAをMDA法の可能なDNAポリメラーゼおよびランダムヘキサマーの存在下で非特異的増幅させるための試薬、および得られた増幅産物を鋳型とするPCR反応を行うための試薬を含む、検体から生物試料の高感度に検出するためのキットを提供する。
【実施例】
【0066】
以下に、実施例を用いて本発明の検出方法を詳細に説明するが、本発明は実施例のみに限定されるものではない。
〔実施例1〕
(1)検体の採取
独立行政法人 農業生物資源研究所より入手した各種菌株(表2)をポテトデキストロース寒天培地上で、26.5℃、7〜14日間培養したものから、菌糸および胞子を採取した。図9に培養状況の写真を示す。
【0067】
試料No.2、4、5および6の菌糸は、寒天培地上の菌糸をピンセットで摘んで採取した。試料No.1および3の胞子は、培養後、胞子を擦りとって水に懸濁し、ろ過することによって菌糸を取り除いて得た。それらを、凍結乾燥し、細胞破砕機(製品名:マルチビーズショッカー、安井器械社製)で粉砕した。
【0068】
No.7の腐朽木粉は、滅菌したブナ材を粉砕し、その木粉2.8gおよび水7.2mlを45ml容器に入れ、Flammulina populicola 株を植菌し、温度26.5℃で30日間放置させることにより得た。この木粉は、図9に示すように、木粉が白色を呈するほどの腐朽状態にあるものであった。この腐朽木粉を、体積約2ml分採取し、さらに細胞破砕機(ビーター)で粉砕した。
【0069】
No.8〜13の腐朽木片は、滅菌したスギ辺材の木片(1×1×2cm)を容器に入れ、表2に記載の標準菌株を植菌し、温度26℃で7日間(No.8、10、12)または14日間(No.9、11、13)放置させることにより得た。この検体の腐朽度は、図9に示すように、目視では腐朽しているか否かを全く判別できないほど軽度なものであった。この木片を、体積約2ml分採取し、さらに細胞破砕機(ビーター)で粉砕した。
【0070】
【表2】

【0071】
(2)Phi29 DNAポリメラーゼによるゲノムDNAの非特異的増幅
上記で得た粉砕試料を、TEバッファー(10mM Tris-HCI (pH 8.0)、1mM EDTA))へ、そのDNAがおよそ<1ng/μlになる量にて懸濁させ、各サンプルの懸濁溶液を調製した。
【0072】
各サンプルの懸濁溶液1μlを、PCRチューブに採取した。GenomiPhi DNA Amplification Kitに添付の説明書に従って、ランダムヘキサマーを添加し、95℃で3分間熱変性後、4℃に急冷し、次いで、適量のPhi29DNAポリメラーゼおよびdNTPsを添加し、温度30℃×18時間のゲノムの非特異的増幅を行った。
【0073】
反応終了後、非特異的増幅産物1μlを、0.5μlのローディングバッファーと混合し、エチジウムブロマイドを加えた1.0%アガロースゲルで電気泳動(泳動漕:Mupid-EX (ADVANCE)、バッファー:1×TBE)した後、UVトランスイルミネーター上でDNAバンドの観察を行った。その結果を図3に示す(Mはマーカーである)。
【0074】
図3に示すように、P.ch胞子、T.vi胞子、F.po菌糸、F.po木粉、S.la菌糸のいずれも、GenomiPhiを用いたゲノムDNAの非特異的増幅が可能であった。すなわち、担子菌、子嚢菌の違いを問わず、また、胞子、菌糸、木粉の形態を問わず、DNA非増幅可能であった。この結果から、GenomiPhiを用いると、培養やDNA抽出の必要なく、簡易な操作でゲノムDNAを増幅できることがわかる。
【0075】
(非特異的増幅の経時変化)
試料No.1(P.ch胞子)および試料No.3(T.vi胞子)を、それぞれ5胞子分(DNA量にして<1pgに相当)、時間を変えて非特異的増幅させた。反応後、上記と同様にしてゲル電気泳動した結果を、図4に示す。
【0076】
図4から、増幅時間の経過とともに増幅産物の濃度が高くなっていること、そして4時間程度でプラトーに達していることがわかる。別の実験では、1胞子でも非特異的増幅可能であり、最終的に数μgのDNA量を確保することができた。以上の結果から、Genomiphiキットを用いた非特異的増幅によれば、1〜5胞子程度の微量の生物試料を用いてでも、4〜5時間という短時間で、PCR分析に供する程度の量のサンプルを取得することが可能である。
【0077】
(3)PCR分析
(ITS領域のPCR増幅)
上記で非特異的増幅させた試料1μgをPCR分析にかけた。PCR反応に使用するプライマーは、NCBIのデータベースからホモロジー検索を行って、rDNAのITS領域から表3に示す3種のプライマーを選定し、合成した。
【表3】

【0078】
これらのプライマーを用いたPCR産物の、シークエンスデータから予測されるサイズを表4に示す。
【表4】


※ T.viは子嚢菌であるため、担子菌特異的なR(basidiomycetes)プライマーを用いた場合には増幅されない。
【0079】
PCR反応は、1μlの鋳型DNA溶液と、0.5ユニットのKOD DNAポリメラーゼ(製品名:KOD-Plus、TOYOBO製))を含み、最終濃度を10mM Tris-HCl(pH8.3)、50mM KCl、1.5mM MgCl2、0.2mM dNTPsに調製した25μlの反応液中で反応させた。
【0080】
PCR増幅条件は、(1)熱変性(94℃)×30秒間→(2)アニーリング(53℃)×30秒間→(3)伸長反応(68℃)×1分間を1サイクルとし、30サイクルをサーマルサイクラー(製品名:i-Cycler、BIO-RAD製)を用いて行った。サイクル後、68℃で1分放置した。
【0081】
(担子菌と子嚢菌との判別)
PCR反応終了後、前記操作と同様にしてゲル電気泳動した結果を、図5および図6に示す。図5では、糸状菌(担子菌および子嚢菌が含まれる)に特異的なプライマー対[F (universal)、R (universal)]を用いてPCRを行ったことに相応して、担子菌と子嚢菌の両方の増幅を確認した。各レーンには、シークエンスから予測されるサイズと相当するDNAバンドがそれぞれ観察された。
【0082】
一方、図6では、担子菌に特異的なプライマー対[F (universal)、R (basidiomycetes)]を用いてPCRを行ったことに相応して、担子菌のみに増幅を確認した。シークエンスから予測されるサイズも一致していた。
【0083】
図5および図6に示したように、本発明の検出方法によって担子菌(P.ch菌糸やS.la菌糸)と子嚢菌(T.vi菌糸)とを識別できたことは、本発明の方法が、検体に腐朽菌が存在するか否かを一次判断し、腐朽菌が存在した場合にはそれが被害の甚大な白色・褐色腐朽菌であるか、それとも被害の軽微な表面汚染菌であるかの二次判断まで行えることを意味する。
【0084】
(シークエンス)
試料No.1(P.ch菌糸)および試料No.5(S.la菌糸)のPCR増幅産物の同定を行うためシークエンスを行った。その具体的な手順は、以下のとおりである。
【0085】
(ライゲーション)
PCR溶液1μlを新しいエッペンにとり、以下の試薬:滅菌水1μl、Salt Solution (1.2M NaCl, 0.06M MgCl2) 0.5μlプラスミドベクターZero Blunt(登録商標) TOPO(登録商標) PCR Cloning Kit for Sequencing (Invitrogen) 0.5μlを加え、5分間室温で放置した。
【0086】
(トランスフォーメーション)
市販の大腸菌コンピテントセル(E. coli JM109 Competent Cells (TAKARA BIO))を温めて融かした大腸菌懸濁液27μlに上記ライゲーション反応液3μl加えた。氷上に2分放置後、42℃で45秒間のヒートショックを与えた。次いで、SOC培養液(2% Tryptone, 0.5% Yeast Extract, 10mM NaCl, 2.5mM KCl, 10mM MgCl2, 10mM MgSO4, 20mM Glucose)を270μl 加え、60分振盪培養した。培養物を寒天培地に播き、スプレッダーで塗り広げる。37℃で一晩培養した。
【0087】
(コロニーPCR)
前記培養物のコロニーの生えているところを楊枝でピックアップして、PCR用マスターミックス(滅菌水、バッファー、1.5mMのMgCl2、0.2mMのdNTPs、0.5μMフォワードプライマー、0.5μMリバーサルプライマー、0.25U/μl TaqDNAポリメラーゼ)10μlへ懸濁させ、楊枝を引き抜いてマスタープレートへ擦りつけた。サーマルサイクラーへPCRチューブをセットし、[94℃30秒、55℃30秒、72℃1分]×35サイクルのPCR反応を行った。PCR産物を1.0%アガロースゲル上で電気泳動を行った。エチジウムブロマイドでゲル染色後、現れたバンドが目的の長さであるかをチェックした。正しいバンドが出たコロニーをマスタープレートと照合して、シークエンスすべきプラスミドを確定した。
【0088】
(ミニプレップ)
プラスミド溶液10mlをチューブに移し3000gで5分遠心して集菌し、LB培地を完全に吸い出し、ペレットを500μlのTEに溶かした。0.2N NaOH/1% SDS溶液を1000μl加え、静かに混ぜ、溶菌させた。3M potassium acetate, 11.5% acetic acidを750μl加えて中和し、氷中に5分放置した。5000gで5分遠心し、上清を別のチューブに移し、イソプロピルアルコール沈殿、70%エタノールによるリンス後、15000rpmで5分遠心した後、沈殿物を乾燥した。
【0089】
(シークエンス)
ミニプレップした増幅断片を、1色ダイターミネーター法によるシークエンスを、自動シーケンサー(製品名:SQ5500E、HITACHI製)で行った。シークエンスデータをBlast検索等にかけて、生体組織の種属を同定した。シークエンンス結果の概要を図7に示す。図7に示すとおり、試料No.1(P.ch菌糸)および試料No.5(S.la菌糸)が、それぞれ、Phanerochaete chrysosporiumおよびSerpula lacrymansであることが確認された。
【0090】
図8は、試料No.8〜13の腐朽木片から試料を採取し、GenomiPhiキットによるゲノムの非特異的増幅と、その後の糸状菌特異的(F,R)プライマーを用いたITS領域のPCR増幅により得られた産物のゲル電気泳動写真である。電気泳動写真は、試料8と9、10と11、12と13の各同一菌組について、再現性のある結果を示している。さらに、増幅産物のシークエンスでは、菌の同定がなされた。これにより、本発明の方法によれば、図9に示すような非常に軽微な腐朽でも、腐朽の有無を確実に判定することができることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明の方法は、判別困難または不可能な生物試料(生死を問わない)が微量でも存在する検体や環境から、該生物試料を簡便かつ高感度に検出方法として、さまざまな用途を有する。それを、同定したい生体組織とそれを含有する検体との関係に応じて、以下に例示するが、これらに限られるものではない。
【0092】
前記検体が、樹木、木材、住宅建材または木工製品ある場合に、それを侵食する木材腐朽菌を判定することによって、これらの腐朽診断や耐用年数の予測を行う。文化遺産等では、木材腐朽菌を腐朽の初期に同定することによる文化遺産の保護にも役立つ。
【0093】
検体内が衣類または装寝具である場合に、それに付着する衛生害虫および/または真菌を判定することによって、人体のアレルゲンの検出、住環境の改善への補助、適切な殺虫剤・殺菌剤の選択等に有用である。
【0094】
検体が殻類または乾燥加工食物である場合に、それに夾雑される貯穀害虫を判定することによって、殻類または乾燥加工食物の貯蔵管理や品質管理を行うのに有用である。
【0095】
検体が、土壌、果樹、農作物または植物である場合に、そこに混入または付着される農薬耐性菌、作物病害菌および/または土壌病原菌を早期かつ微量でも検出することによって、圃場や耕地の汚染状態の早期診断と早期の病害対策に資する。さらに、適切な農薬管理が可能となり、それはまた有機栽培、減農薬栽培へと発展させる。
【0096】
土壌には人の生活圏に有用な菌も多種存在する。例えば、土壌に含まれる有用な拮抗微生物を検出することによって、無農薬栽培も可能である。土壌に含まれるダイオキシン分解菌(例えば白色腐朽菌)や油脂分解菌を検出することによって、ダイオキシンや鉱油で汚染された土壌のバイオレメディエーションに役立てることができる。本発明の方法は、また、土壌に含まれるトリュフ菌根菌やマツタケ菌(外生菌根菌の一種である)を検出することによって、それらの探索や人工繁殖の研究に役立つ。
【0097】
検体が、室内空気や温泉等である場合に、そこに含有される病原性細菌や人や動物に有害な真菌を検出することによって、院内感染予防や衛生管理を行うのに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】本発明の検出方法の工程を示すフローチャートである。
【図2】核内rDNAの間に存在する非転写領域(ITS)をターゲットとするプライマーの位置関係図である。
【図3】本発明の方法のゲノムDNAの非特異的増幅産物のゲル電気泳動図(図面代用写真)である。
【図4】本発明の方法のゲノムDNAの非特異的増幅の経時変化を示す電気泳動図(図面代用写真)である。
【図5】本発明の方法に従い、P.ch、S.laおよびT.viを、糸状菌特異的(F,R)プライマーを用いてPCR増幅した産物のゲル電気泳動図(図面代用写真)である。
【図6】本発明の方法に従い、P.ch、S.laおよびT.viを、糸状菌特異的(F)および担子菌特異的(R)プライマーを用いてPCR増幅した産物のゲル電気泳動図(図面代用写真)である。
【図7】図6のPCR増幅産物のシークエンス結果を示す図である。
【図8】本発明の方法に従い、腐朽木片(No.8〜13)を、糸状菌特異的(F,R)プライマーを用いてPCR増幅した産物のゲル電気泳動図(図面代用写真)である。
【図9】本発明の方法の実施例に使用した腐朽菌、腐朽木粉および腐朽木片の外観の図(図面代用写真)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)検体中に含まれる生物試料のゲノムDNAを、MDA法の可能なDNAポリメラーゼおよびランダムヘキサマーの存在下で非特異的増幅させる工程、および
(2)得られた増幅産物を鋳型としてPCR分析を行う工程
からなる、生物試料の検出方法。
【請求項2】
(1)非特異的増幅工程において、検体に含まれる生物試料のDNA量が1.0〜10ngになるように検体量を調整した後、該生物試料のDNA量を1.0〜10μgへ増幅させることを特徴とする、請求項1に記載の生物試料の検出方法。
【請求項3】
(2)PCR分析工程は、PCRによるITS領域の増幅、エタノール沈殿、ライゲーション、トランスフォーメーション、コロニーPCR、ミニプレップおよびDNAシークエンスからなることを特徴とする、請求項1または2に記載の生物試料の検出方法。
【請求項4】
(2)PCR分析工程は、PCR−RFLPであることを特徴とする、請求項1または2に記載の生物試料の検出方法。
【請求項5】
前記生物試料が、木材腐朽菌、衛生害虫、細菌、真菌、貯穀害虫、農薬耐性菌、作物病害菌、土壌病原菌、拮抗微生物の少なくとも一種に由来することを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の生物試料の検出方法。
【請求項6】
前記検体が、樹木、木材、住宅建材、木工製品、衣類、装寝具、殻類、加工食物、土壌、果樹、農作物、植物、海洋、河川、湖沼、プール、浴場、室内空気のいずれかであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の生物試料の検出方法。
【請求項7】
前記検体内生物試料の検出は、樹木、木材、住宅建材または木工製品からなる検体を侵食する木材腐朽菌を判定し、該樹木、木材、住宅建材または木工製品の腐朽診断や耐用年数の予測を行うのに用いることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の生物試料の検出方法。
【請求項8】
前記検体内生物試料の検出は、衣類または装寝具からなる検体に付着する衛生害虫および/または真菌を判定し、人や動物のアレルゲンの検出または殺虫剤・殺菌剤の選択に用いることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の生物試料の検出方法。
【請求項9】
前記検体内生物試料の検出は、殻類または乾燥加工食物からなる検体に夾雑される貯穀害虫を判定し、該殻類または乾燥加工食物の貯蔵管理を行うのに用いることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の生物試料の検出方法。
【請求項10】
前記検体内生物試料の検出は、土壌、果樹、農作物または植物からなる検体に混入または付着される農薬耐性菌、作物病害菌および/または土壌病原菌を判定し、該土壌、果樹、農作物または植物に対する農薬管理を行うのに用いることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の生物試料の検出方法。
【請求項11】
検体中に含まれる生物試料のゲノムDNAを、MDA法の可能なDNAポリメラーゼおよびランダムヘキサマーの存在下で非特異的増幅させるための試薬、および得られた増幅産物を鋳型とするPCR反応を行うための試薬を含む、検体から生物試料の高感度に検出するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−236215(P2007−236215A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−59113(P2006−59113)
【出願日】平成18年3月6日(2006.3.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年10月14日 糸状菌分子生物学研究会発行の「第5回糸状菌分子生物学コンファレンス要旨集」に発表
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】