説明

画像処理装置、画像処理プログラム、画像処理方法およびバーチャル顕微鏡システム

【課題】染色状態を想定した教師データテーブルを予め用意することなく精度良く染色標本のスペクトルを推定すること。
【解決手段】本発明のある実施形態において、スペクトル推定部142は、予め用意される教師データである標準教師データ142を用い、対象標本画像を構成する推定対象画素に対応する対象標本画像上の標本点におけるスペクトル(分光透過率)を第1のスペクトルとして推定する。また、適応教師データ生成部143は、第1のスペクトルをもとに適応教師データを生成する。そして、スペクトル推定部142は、適応教師データを用い、推定対象画素に対応する対象標本画像上の標本点におけるスペクトルを第2のスペクトルとして推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、染色標本を撮像した染色標本画像から染色標本のスペクトルを推定する画像処理装置、画像処理プログラム、画像処理方法およびバーチャル顕微鏡システムに関する。
【背景技術】
【0002】
被写体に固有の物理的性質を表す物理量の一つに分光透過率スペクトルがある。分光透過率は、各波長における入射光に対する透過光の割合を表す物理量であり、RGB値等の照明光の変化に依存する色情報とは異なり、外因的影響によって値が変化しない物体固有の情報である。このため、分光透過率は、被写体自体の色を再現するための情報として様々な分野で利用されている。例えば、生体組織標本、特に病理標本を用いた病理診断の分野では、標本を撮像した画像の解析に分光特性値の一例として分光透過率が利用されている。
【0003】
病理診断では、臓器摘出によって得たブロック標本や針生検によって得た病理標本を厚さ数ミクロン程度に薄切した後、様々な所見を得るために顕微鏡を用いて拡大観察することが広く行われている。中でも光学顕微鏡を用いた透過観察は、機材が比較的安価で取り扱いが容易である上、歴史的に古くから行われてきたこともあって、最も普及している観察方法の一つである。この場合、薄切された標本は光を殆ど吸収および散乱せず無色透明に近いため、観察に先立って色素による染色を施すのが一般的である。
【0004】
染色手法としては種々のものが提案されており、その総数は100種類以上にも達するが、特に病理標本に関しては、色素として青紫色のヘマトキシリンと赤色のエオジンの2つを用いるヘマトキシリン−エオジン染色(以下、「H&E染色」と称す。)が標準的に用いられている。
【0005】
ヘマトキシリンは植物から採取された天然の物質であり、それ自身には染色性はない。しかし、その酸化物であるヘマチンは好塩基性の色素であり、負に帯電した物質と結合する。細胞核に含まれるデオキシリボ核酸(DNA)は、構成要素として含むリン酸基によって負に帯電しているため、ヘマチンと結合して青紫色に染色される。なお、前述の通り、染色性を有するのはヘマトキシリンでは無く、その酸化物であるヘマチンであるが、色素の名称としてはヘマトキシリンを用いるのが一般的であるため、以下それに従う。一方エオジンは、好酸性の色素であり、正に帯電した物質と結合する。アミノ酸やタンパク質が正負どちらに帯電するかはpH環境に影響を受け、酸性下では正に帯電する傾向が強くなる。このため、エオジン溶液に酢酸を加えて用いることがある。細胞質に含まれるタンパク質は、エオジンと結合して赤から薄赤に染色される。
【0006】
H&E染色後の標本(染色標本)では、細胞核や骨組織等が青紫色に、細胞質や結合組織、赤血球等が赤色に染色され、容易に視認できるようになる。この結果、観察者は、細胞核等の組織を構成する要素の大きさや位置関係等を把握でき、標本の状態を形態学的に判断することが可能となる。
【0007】
標本の観察は、観察者の目視によるものの他、この標本をマルチバンド撮像して外部装置の表示画面に表示することによっても行われている。表示画面に表示する場合には、撮像したマルチバンド画像から標本の分光透過率を推定する処理や、推定した分光透過率をもとに標本を染色している色素の色素量を推定する処理、推定した色素量をもとに画像の色を補正する処理等が行われ、カメラの特性や染色状態のばらつき等が補正されて、表示用の標本のRGB画像である表示画像が合成される。色素量の推定を適切に行えば、濃く染色された標本や薄く染色された標本を、適切に染色された標本と同等の色を有する画像に補正することができる。
【0008】
標本のマルチバンド画像から標本の分光透過率を推定する手法としては、例えば、主成分分析による推定法(例えば、非特許文献1参照)や、ウィナー(Wiener)推定による推定法(例えば、非特許文献2参照)等が挙げられる。ウィナー推定は、ノイズの重畳された観測信号から原信号を推定する線形フィルタ手法の一つとして広く知られており、観測対象の統計的性質とノイズ(観測ノイズ)の特性とを考慮して誤差の最小化を行う手法である。カメラからの信号には何らかのノイズが含まれるため、ウィナー推定は原信号を推定する手法として極めて有用である。
【0009】
ここで、標本のマルチバンド画像から表示画像を合成する方法について説明する。直、詳細な手法については、例えば特許文献1や特許文献2等に開示されている。先ず、標本のマルチバンド画像を撮像する。例えば、特許文献1に開示されている技術を用い、16枚のバンドパスフィルタをフィルタホイールで回転させて切り替えながら、面順次方式でマルチバンド画像を撮像する。これにより、標本上の各点において16バンドの画素値を有するマルチバンド画像が得られる。なお、色素は、本来観察対象となる標本内に3次元的に分布しているが、通常の透過観察系ではそのまま3次元像として捉えることはできず、標本内を透過した照明光をカメラの撮像素子上に投影した2次元像として観察される。したがって、ここでいう各点は、投影された撮像素子の各画素に対応する標本上の点(標本点)を意味している。
【0010】
撮像されたマルチバンド画像の任意の標本点(画素)xについて、バンドbにおける画素値g(x,b)と、対応する標本点の分光透過率t(x,λ)との間には、カメラの応答システムに基づく次式(1)の関係が成り立つ。
【数1】

λは波長、f(b,λ)はb番目のフィルタの分光透過率、s(λ)はカメラの分光感度特性、e(λ)は照明の分光放射特性、n(b)はバンドbにおける観測ノイズをそれぞれ表す。bはバンドを識別する通し番号であり、ここでは1≦b≦16を満たす整数値である。
【0011】
実際の計算では、式(1)を波長方向に離散化した次式(2)を用いる。
G(x)=FSET(x)+N ・・・(2)
波長方向のサンプル点数をD、バンド数をBとすれば(ここではB=16)、G(x)は、位置xにおける画素値g(x,b)に対応するB行1列の行列である。同様に、T(x)は、t(x,λ)に対応するD行1列の行列、Fは、f(b,λ)に対応するB行D列の行列である。一方、Sは、D行D列の対角行列であり、対角要素がs(λ)に対応している。同様に、Eは、D行D列の対角行列であり、対角要素がe(λ)に対応している。Nは、n(b)に対応するB行1列の行列である。なお、式(2)では、行列を用いて複数のバンドに関する式を集約しているため、バンドを表す変数bが陽に記述されていない。また、波長λに関する積分は行列の積に置き換えられている。
【0012】
ここで、表記を簡単にするため、次式(3)で定義される行列Hを導入する。Hはシステム行列とも呼ばれる。
H=FSE ・・・(3)
【0013】
よって、式(3)は、次式(4)に置き換えられる。
G(x)=HT(x)+N ・・・(4)
【0014】
次に、ウィナー推定を用いて、撮像したマルチバンド画像から標本上の標本点における分光透過率を推定する。分光透過率の推定値T^(x)は、次式(5)で計算することができる。なお、T^は、Tの上に推定値を表す記号「^(ハット)」が付いていることを示す。
【数2】

【0015】
ここで、Wは次式(6)で表され、「ウィナー推定行列」あるいは「ウィナー推定に用いる推定オペレータ」と呼ばれる。以下の説明では、Wを単に「推定オペレータ」と称す。
【数3】

SSは、D行D列の行列であり、標本の分光透過率の自己相関行列を表す。また、RNNは、B行B列の行列であり、撮像に使用するカメラのノイズの自己相関行列を表す。
【0016】
このようにして分光透過率T^(x)を推定したならば、次に、このT^(x)をもとに対応する標本上の標本点における色素量を推定する。推定の対象とする色素は、ヘマトキシリン、細胞質を染色したエオジン、赤血球を染色したエオジンまたは染色されていない赤血球本来の色素の3種類であり、それぞれ色素H,色素E,色素Rと略記する。なお、厳密には、染色を施さない状態であっても赤血球はそれ自身特有の色を有しており、H&E染色後は、赤血球自身の色と染色過程において変化したエオジンの色が重畳して観察される。このため、正確には両者を併せたものを色素Rと呼称する。
【0017】
一般に、光を透過する物質では、波長λ毎の入射光の強度I0(λ)と射出光の強度I(λ)との間に、次式(7)で表されるランベルト・ベール(Lambert-Beer)の法則が成り立つことが知られている。
【数4】

k(λ)は波長に依存して決まる物質固有の値、dは物質の厚さをそれぞれ表す。
【0018】
ここで、式(7)の左辺は分光透過率t(λ)を意味しており、式(7)は次式(8)に置き換えられる。
【数5】

【0019】
また、分光吸光度a(λ)は次式(9)で表される。
【数6】

【0020】
よって、式(8)は次式(10)に置き換えられる。
【数7】

【0021】
H&E染色された標本が、色素H,色素E,色素Rの3種類の色素で染色されている場合、ランベルト・ベールの法則により各波長λにおいて次式(11)が成立する。
【数8】

H(λ),kE(λ),kR(λ)は、それぞれ色素H,色素E,色素Rに対応するk(λ)を表し、例えば、標本を染色している各色素の色素スペクトル(以下、「基準色素スペクトル」と称す。)である。またdH,dE,dRは、マルチバンド画像の各画像位置に対応する標本点における色素H,色素E,色素Rの仮想的な厚さを表す。本来色素は、標本中に分散して存在するため、厚さという概念は正確ではないが、標本が単一の色素で染色されていると仮定した場合と比較して、どの程度の量の色素が存在しているかを表す相対的な色素量の指標となる。すなわち、dH,dE,dRはそれぞれ色素H,色素E,色素Rの色素量を表しているといえる。なお、kH(λ),kE(λ),kR(λ)は、色素H,色素E,色素Rを用いてそれぞれ個別に染色した標本を予め用意し、その分光透過率を分光計で測定することによって、ランベルト・ベールの法則から容易に求めることができる。
【0022】
ここで、位置xにおける分光透過率をt(x,λ)とし、分光吸光度をa(x,λ)とすると、式(9)は次式(12)に置き換えられる。
【数9】

【0023】
そして、式(5)を用いて推定された分光透過率T^(x)の波長λにおける推定分光透過率をt^(x,λ)、推定吸光度をa^(x,λ)とすると、式(12)は次式(13)に置き換えられる。なお、t^は、tの上に記号「^」が付いていることを示し、a^は、aの上に記号「^」が付いていることを示す。
【数10】

【0024】
式(13)において未知変数はdH,dE,dRの3つであるから、少なくとも3つの異なる波長λについて式(13)を連立させれば、これらを解くことができる。より精度を高めるために、4つ以上の異なる波長λに対して式(13)を連立させ、重回帰分析を行ってもよい。例えば、3つの波長λ1,λ2,λ3について式(13)を連立させた場合、次式(14)のように行列表記できる。
【数11】

【0025】
ここで、式(14)を次式(15)に置き換える。
【数12】

波長方向のサンプル点数をDとすれば、A^(x)は、a^(x,λ)に対応するD行1列の行列であり、Kは、k(λ)に対応するD行3列の行列、d(x)は、位置xにおけるdH,dE,dRに対応する3行1列の行列である。なお、A^は、Aの上に記号「^」が付いていることを示す。
【0026】
そして、式(15)に従い、最小二乗法を用いて色素量dH,dE,dRを算出する。最小二乗法とは単回帰式において誤差の二乗和を最小にするようにd(x)を決定する方法であり、次式(16)で算出できる。
【数13】

d^(x)は、推定された色素量である。
【0027】
色素H,色素E,色素Rについて色素量d^H,d^E,d^Rを推定し、式(12)に代入すれば、復元した復元分光吸光度a(x,λ)は次式(17)で求められる。なお、d^は、dの上に記号「^」が付いていることを示し、aは、aの上に記号「〜」が付いていることを示す。
【数14】

【0028】
ここで、色素量推定における推定誤差e(λ)は、推定分光吸光度a^(x,λ)と復元分光吸光度a(x,λ)とをもとに、次式(18)で求められる。
【数15】

【0029】
そして、推定分光吸光度a^(x,λ)は、式(17),(18)から次式(19)で表すことができる。
【数16】

【0030】
ランベルト・ベールの法則は、屈折や散乱がないと仮定した場合に半透明物体を透過する光の減衰を定式化したものである。しかしながら、実際の標本では屈折や散乱が起こり得る。このため、標本による光の減衰をランベルト・ベールの法則のみでモデル化した場合、この屈折や散乱に起因する誤差が生じる。しかしながら、屈折や散乱を含めたモデルの構築は極めて困難である。そこで、屈折や散乱の影響を含めたモデル化の誤差である推定誤差e(λ)を考慮することで、物理モデルによる不自然な色変動を引き起こさないようにすることができる。
【0031】
以上のようにして、色素量d^H,d^E,d^Rが求まれば、これを修正する事で、標本における色素量の変化をシミュレートする事ができる。ここで、染色法によって染色された色素量d^H,d^Eを修正する。赤血球本来の色であるd^Rは修正しない。すなわち、補正色素量d^H*,d^E*は、適当な色素量補正係数αH,αEを用いて次式(20),(21)で求められる。
【数17】

【0032】
求めた補正色素量d^H*,d^E*を式(12)に代入すれば、次式(22)によって、分光吸光度a〜*(x,λ)が得られる。なお、a〜*は、a*の上に記号「〜」が付いていることを示す。
【数18】

【0033】
また、推定誤差e(λ)を含める場合には、新たな分光吸光度a^*(x,λ)は、式(23)によって求められる。なお、a^*は、a*の上に記号「^」が付いていることを示す。
【数19】

【0034】
この分光吸光度a〜*(x,λ)または分光吸光度a^*(x,λ)を式(10)に代入すれば、式(24)によって、新たな分光透過率t*(x,λ)が得られる。分光吸光度a*(x,λ)は、分光吸光度a〜*(x,λ)または分光吸光度a^*(x,λ)のいずれかの値である。
【数20】

【0035】
そして、式(24)を式(1)に代入すれば、新たな画素値g*(x,b)は、次式(25)によって求めることができる。この場合、観測ノイズn(b)をゼロとして計算してよい。
【数21】

【0036】
ここで、式(4)を、次式(26)に置き換える。
*(x)=HT*(x)・・・(26)
*(x)は、g*(x,b)に対応するB行1列の行列であり、T*(x)は、t*(x,λ)に対応するD行1列の行列である。これによって、色素量を仮想的に変化させた標本の画素値G*(x)を合成することができる。
【0037】
以上説明したように、マルチバンド画像の任意の位置xにおける色素量を推定して標本上の標本点における色素量を仮想的に調整し、調整後の標本の画像を合成することによって、標本の色素量を補正することができる。このとき、自動的に色正規化処理を行い、標本各点における色素量を適正な染色状態に調整することも可能である。また、適当なユーザインターフェースを用意すれば、ユーザは、この色素量の調整を手動で行うことができる。表示用に合成された表示画像は、例えば表示装置に画面表示され、医師等による病理診断等に利用される。これによれば、標本に染色ばらつきがあったとしても、適正な染色状態に調整された画像を観察することが可能となる。
【0038】
ところで、非特許文献1に開示されている手法に従い、推定オペレータWを用いてマルチバンド画像から標本各点の分光透過率(スペクトル)を推定する場合、式(5)で示したシステム行列Hを構成する光学フィルタの分光透過率F、カメラの分光感度特性Sおよび照明の分光放射特性Eと、観測対象の統計的性質を表す項RSSと、撮像ノイズの特性を表す項RNNとを事前に取得しておく必要がある。このうち、観測対象の統計的性質を表す項である自己相関行列RSSは、例えばヘマトキシリンおよびエオジンによって標準的に染色された典型的な標本(標準染色標本)を用意し、分光計によって複数の点のスペクトルを測定して自己相関行列を求めることによって得られる。
【0039】
しかしながら、標本の染色を均一に行うことは難しく、同じ染色方法であっても、標本を染色する施設によって、あるいは染色を施す技師によって染色状態(染色の程度)が異なる場合がある。また、標本の厚さの違いによって染色状態が変わってしまう場合もある。このため、分光特性を推定する染色標本の染色状態が、自己相関行列RSSの算出時に使用した標準染色標本の染色状態と異なるといった事態が生じてしまい、スペクトルの推定精度が低下するという問題があった。
【0040】
この種の問題を解決するための技術として、例えば特許文献3には、被写体の色を推定する際に用いる複数の分光反射率の統計データを予め用意しておき、被写体撮影信号に応じて推定に用いる分光反射率の統計データを切り換える手法が開示されている。
【0041】
【特許文献1】特開平7−120324号公報
【特許文献2】特開2008−51654号公報
【特許文献3】特開2001−8220号公報
【非特許文献1】“Development of support systems for pathology using spectral transmittance - The quantification method of stain conditions”,Proceedings of SPIE,Vol.4684,2002,p.1516-1523
【非特許文献2】“Color Correction of Pathological Images Based on Dye Amount Quantification”,OPTICAL REVIEW,Vol.12,No.4,2005,p.293-300
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0042】
特許文献3の技術を適用し、事前に自己相関行列RSSを算出するための教師データを染色状態毎に生成しておけば、スペクトルを推定する画素毎に教師データを切り換えて用いることができ、精度良くスペクトルを推定できる。しかしながら、教師データを生成するためには、該当する染色状態で染色した標準染色標本を用意しなければならないため、実際に全ての染色状態を想定して教師データを用意しておくのは困難である。このため、染色標本の染色状態と教師データを生成する際に用いた標準染色標本の染色状態とが異なるといった事態が生じてしまい、スペクトルの推定精度が低下するという問題があった。
【0043】
本発明は、上記した従来の問題点に鑑みて為されたものであり、染色状態を想定した教師データテーブルを予め用意することなく精度良く染色標本のスペクトルを推定することができる画像処理装置、画像処理プログラム、画像処理方法およびバーチャル顕微鏡システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0044】
上記した課題を解決し、目的を達成するための、本発明のある態様にかかる画像処理装置は、染色標本を撮像した染色標本画像から前記染色標本のスペクトルを推定する画像処理装置であって、前記染色標本画像を構成する推定対象画素の画素値をもとに、予め設定される標準教師データを用いて前記推定対象画素に対応する前記染色標本上の標本点におけるスペクトルを第1のスペクトルとして推定する第1のスペクトル推定手段と、前記第1のスペクトルをもとに、前記推定対象画素に適応する適応教師データを生成する教師データ生成手段と、前記推定対象画素の画素値をもとに、前記適応教師データを用いて前記標本点におけるスペクトルを第2のスペクトルとして推定する第2のスペクトル推定手段と、を備えることを特徴とする。
【0045】
この態様にかかる画像処理装置によれば、染色標本画像を構成する推定対象画素の画素値をもとに、予め設定される標準教師データを用いて推定対象画素に対応する染色標本上の標本点における第1のスペクトルを推定し、推定した第1のスペクトルをもとに、前記推定対象画素に適応する適応教師データを生成することができる。そして、推定対象画素の画素値をもとに、適応教師データを用いて標本点における第2のスペクトルを推定することができる。したがって、推定対象画素の画素値をもとに、推定対象画素に適応するのに適切な教師データをその都度動的に生成することができる。これによれば、染色標本のあらゆる染色状態を事前に想定して教師データを用意しておくことなくスペクトルの推定誤差を低減でき、精度良くかつ簡単に染色標本のスペクトルを推定することができるという効果を奏する。
【0046】
また、本発明の別の態様にかかる画像処理プログラムは、コンピュータに、染色標本を撮像した染色標本画像から前記染色標本のスペクトルを推定させるための画像処理プログラムであって、前記染色標本画像を構成する推定対象画素の画素値をもとに、予め設定される標準教師データを用い、前記推定対象画素に対応する前記染色標本上の標本点におけるスペクトルを第1のスペクトルとして推定する第1のスペクトル推定ステップと、前記第1のスペクトルをもとに、前記推定対象画素に適応する適応教師データを生成する教師データ生成ステップと、前記推定対象画素の画素値をもとに、前記適応教師データを用いて前記標本点におけるスペクトルを第2のスペクトルとして推定する第2のスペクトル推定ステップと、を前記コンピュータに実行させることを特徴とする。
【0047】
また、本発明の別の態様にかかる画像処理方法は、染色標本を撮像した染色標本画像から前記染色標本のスペクトルを推定する画像処理方法であって、前記染色標本画像を構成する推定対象画素の画素値をもとに、予め設定される標準教師データを用い、前記推定対象画素に対応する前記染色標本上の標本点におけるスペクトルを第1のスペクトルとして推定する第1のスペクトル推定工程と、前記第1のスペクトルをもとに、前記推定対象画素に適応する適応教師データを生成する教師データ生成工程と、前記推定対象画素の画素値をもとに、前記適応教師データを用いて前記標本点におけるスペクトルを第2のスペクトルとして推定する第2のスペクトル推定工程と、を含むことを特徴とする。
【0048】
また、本発明の別の態様にかかるバーチャル顕微鏡システムは、顕微鏡を用い、染色標本を撮像して染色標本画像を取得する画像取得手段と、前記染色標本画像を構成する推定対象画素の画素値をもとに、予め設定される標準教師データを用いて前記推定対象画素に対応する前記染色標本上の標本点におけるスペクトルを第1のスペクトルとして推定する第1のスペクトル推定手段と、前記第1のスペクトルをもとに、前記推定対象画素に適応する適応教師データを生成する教師データ生成手段と、前記推定対象画素の画素値をもとに、前記適応教師データを用いて前記標本点におけるスペクトルを第2のスペクトルとして推定する第2のスペクトル推定手段と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0049】
本発明によれば、染色状態を想定した教師データテーブルを予め用意することなく精度良く染色標本のスペクトルを推定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0050】
以下、図面を参照し、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。本実施の形態では、H&E染色された生体組織標本(染色標本)を撮像対象としてマルチバンド撮像し、得られたマルチバンド画像をもとに、染色標本の各点(標本点)のスペクトルとして分光透過率を推定する場合を例にとって説明する。なお、この実施の形態によって本発明が限定されるものではない。また、図面の記載において、同一部分には同一の符号を付して示している。
【0051】
図1〜図3は、本実施の形態における染色標本のスペクトル推定原理を説明する図である。本実施の形態のスペクトル推定では先ず、図1に示すように、染色標本をマルチバンド撮像した6バンドのマルチバンド画像11をもとに、予め用意される標準的な教師データ12を用いてスペクトル推定を行い、染色標本の第1のスペクトル13を推定する。
【0052】
続いて、図2に示すように、第1のスペクトルをもとに色素量推定を行い、染色標本を染色している色素H,色素E,色素Rの推定色素量14を得る。続いて、推定色素量をもとに1つ以上の近傍色素量を算出する。例えば、色素Hの推定色素量の値を中心とした矢印AHで示す所定範囲の値を色素Hについての近傍色素量とし、色素Eの推定色素量の値を中心とした矢印AEで示す所定範囲の値を色素Eについての近傍色素量とし、色素Rの推定色素量の値を中心とした矢印ARで示す所定範囲の値を色素Rについての近傍色素量とする。そして、算出した近傍色素量をもとにスペクトルを合成することによって、適応教師データ15を動的に生成する。
【0053】
続いて、図3に示すように、染色標本をマルチバンド撮像した6バンドのマルチバンド画像11をもとに、生成した適応教師データ15を用いて再度スペクトル推定を行い、染色標本の第2のスペクトル16を推定する。
【0054】
(実施の形態1)
先ず、実施の形態1について説明する。図4は、実施の形態1の画像処理装置1の機能構成を示すブロック図である。画像処理装置1は、パソコン等のコンピュータで構成され、染色標本のマルチバンド画像を取得する画像取得部110を備える。
【0055】
画像取得部110は、スペクトル(分光透過率)の推定対象の染色標本(以下、「対象標本」と称す。)を撮像して6バンドのマルチバンド画像を取得する。図5は、画像取得部110の構成を示す模式図である。図5に示すように、画像取得部110は、画像取得動作を行って対象標本Sを撮像し、6バンドのマルチバンド画像を取得する。この画像取得部110は、CCD等の撮像素子等を備えたRGBカメラ111、対象標本Sが載置される標本保持部113、標本保持部113上の対象標本Sを透過照明する照明部115、対象標本Sからの透過光を集光して結像させる光学系117、結像する光の波長帯域を所定範囲に制限するためのフィルタ部119等を備える。
【0056】
RGBカメラ111は、デジタルカメラ等で広く用いられているものであり、モノクロの撮像素子上にモザイク状にRGBのカラーフィルタを配置したものである。このRGBカメラ111は、撮像される画像の中心が照明光の光軸上に位置するように設置される。図6は、カラーフィルタの配列例およびRGB各バンドの画素配列を模式的に示す図である。この場合、各画素はR,G,Bいずれかの成分しか撮像することはできないが、近傍の画素値を利用することで、不足するR,G,B成分が補間される。この手法は、例えば特許第3510037号公報で開示されている。なお、3CCDタイプのカメラを使用すれば、最初から各画素におけるR,G,B成分を取得できる。本実施の形態では、いずれの撮像方式を用いても構わないが、以下ではRGBカメラ111で撮像された画像の各画素においてR,G,B成分が取得できているものとする。
【0057】
フィルタ部119は、それぞれ異なる分光透過率特性を有する2枚の光学フィルタ1191a,1191bを具備しており、これらが回転式の光学フィルタ切替部1193に保持されて構成されている。図7は、一方の光学フィルタ1191aの分光透過率特性を示す図であり、図8は、他方の光学フィルタ1191bの分光透過率特性を示す図である。例えば先ず、光学フィルタ1191aを用いて第1の撮像を行う。次いで、光学フィルタ切替部1193の回転によって使用する光学フィルタを光学フィルタ1191bに切り替え、光学フィルタ1191bを用いて第2の撮像を行う。この第1の撮像および第2の撮像によって、それぞれ3バンドの画像が得られ、両者の結果を合わせることによって6バンドのマルチバンド画像が得られる。なお、光学フィルタの数は2枚に限定されるものではなく、3枚以上の光学フィルタを用いることができる。取得された対象標本Sのマルチバンド画像(以下、「対象標本画像」と称す。)は、マルチバンド画像データ152として画像処理装置1の記憶部150に格納される。
【0058】
この画像取得部110において、照明部115によって照射された照明光は、標本保持部113上に載置された対象標本Sを透過する。そして、対象標本Sを透過した透過光は、光学系117および光学フィルタ1191a,1191bを経由した後、RGBカメラ111の撮像素子上に結像する。光学フィルタ1191a,1191bを具備するフィルタ部119は、照明部115からRGBカメラ111に至る光路上のいずれかの位置に設置されていればよい。照明部115からの照明光を、光学系117を介してRGBカメラ111で撮像する際の、R,G,B各バンドの分光感度の例を、図9に示す。
【0059】
また、図4に示すように、画像処理装置1は、入力部120と、表示部130と、演算部140、記憶部150と、装置各部を制御する制御部160とを備える。
【0060】
入力部120は、例えば、キーボードやマウス、タッチパネル、各種スイッチ等の各種入力装置によって実現されるものであり、操作入力に応じた入力信号を制御部160に出力する。表示部130は、LCDやELディスプレイ、CRTディスプレイ等の表示装置によって実現されるものであり、制御部160から入力される表示信号をもとに各種画面を表示する。
【0061】
演算部140は、CPU等のハードウェアによって実現される。この演算部140は、推定オペレータ算出手段としての推定オペレータ算出部141と、第1のスペクトル推定手段および第2のスペクトル推定手段としてのスペクトル推定部142と、教師データ生成手段としての適応教師データ生成部143と、スペクトル評価手段としてのスペクトル評価部147とを含む。推定オペレータ算出部141は、予め用意される教師データである標準教師データまたはその都度適応的に生成される教師データである適応教師データを用いて推定オペレータWを算出する。スペクトル推定部142は、対象標本画像を構成する推定対象画素に対応する対象標本画像上の標本点におけるスペクトルとして、分光透過率を推定する。適応教師データ生成部143は、色素量推定手段としての色素量推定部144と、近傍色素量算出手段としての近傍色素量算出部145と、スペクトル合成手段としてのスペクトル合成部146とを含み、適応教師データを生成する。色素量推定部144は、推定対象画素について推定した第1のスペクトルをもとに、対応する標本点の色素量(推定色素量)を推定する。近傍色素量算出部145は、推定色素量をもとに、各色素H、色素E,色素Rそれぞれの近傍色素量を算出する。スペクトル合成部146は、色素H、色素Eおよび色素Rの近傍色素量をもとにスペクトルを合成する。以下、スペクトル合成部146によって合成されるスペクトルを「合成スペクトル」と称す。スペクトル評価部147は、適応教師データを用いて行ったスペクトル(第2のスペクトル)の推定精度を評価する。
【0062】
記憶部150は、更新記憶可能なフラッシュメモリ等のROMやRAMといった各種ICメモリ、内蔵あるいはデータ通信端子で接続されたハードディスク、CD−ROM等の情報記憶媒体およびその読取装置等によって実現されるものである。この記憶部150には、画像処理装置10を動作させ、この画像処理装置10が備える種々の機能を実現するためのプログラムや、このプログラムの実行中に使用されるデータ等が格納される。
【0063】
例えば、記憶部150には、画像処理プログラム151と、マルチバンド画像データ152と、スペクトル推定用データ153とが格納される。画像処理プログラム151は、対象標本画像から対象標本のスペクトルを推定する処理を実現するためのプログラムである。マルチバンド画像データ152は、画像取得部110によって取得された対象標本画像の画像データである。スペクトル推定用データ153は、標準教師データ154と、フィルタ分光透過率(F)155と、カメラ分光感度特性(S)156と、照明分光放射特性(E)157と、基準色素スペクトル(色素H,E,R)158とを含む。
【0064】
標準教師データ154は、ヘマトキシリンおよびエオジンによって標準的に染色された典型的な標本(標準染色標本)を用意して取得した標準染色標本のスペクトルデータと色データとを記憶する。スペクトルデータは、標準染色標本上の例えば複数の点について分光計で測定したスペクトル(分光透過率)のデータである。色データは、例えば、標準染色標本をマルチバンド撮像した標準標本画像から取得した色のデータであり、1つの画素値であってもよいし、複数の画素の画素値、例えば前述の複数の点に対応する画素の画素値の平均値や最大値、最小値、分光情報等であってもよい。この他、記憶部150には、適応教師データ生成部143によって生成される適応教師データ等が格納される。
【0065】
制御部160は、CPU等のハードウェアによって実現される。この制御部160は、入力部120から入力される入力信号や画像取得部110から入力される画像データ、記憶部150に格納されるプログラムやデータ等をもとに画像処理装置10を構成する各部への指示やデータの転送等を行い、画像処理装置10全体の動作を統括的に制御する。また、制御部160は、マルチバンド画像取得制御部161を含む。マルチバンド画像取得制御部161は、画像取得部110の動作を制御して対象標本画像を取得する。
【0066】
図10は、実施の形態1の画像処理装置1が行う処理手順を示すフローチャートである。なお、ここで説明する処理は、記憶部150に格納された画像処理プログラム151に従って画像処理装置1の各部が動作することによって実現される。また、以下では、対象標本画像の任意の位置xを推定対象画素とし、この推定対象画素に着目した処理として説明するが、対象標本画像上の全ての画素についてスペクトルを推定する場合には、各画素を順次推定対象画素として処理を行えばよい。
【0067】
図10に示すように、先ず、マルチバンド画像取得制御部161が画像取得部110の動作を制御して対象標本をマルチバンド撮像し、対象標本画像を取得する(ステップs1)。取得した対象標本画像の画像データは、記憶部150に格納される。
【0068】
続いて、推定オペレータ算出部141が、標準教師データ154を用いて自己相関行列RSSを算出する(ステップs3)。ここで、ある染色状態に含まれるスペクトルが1つの場合、自己相関行列RSSは次式(27)に従って算出できる。行列式Vは、スペクトルの平均ベクトルを表す。また、Tは行列式の転置を表す。
【数22】

【0069】
実際には、標準教師データ154は、標準染色標本上の例えば複数の点について分光計で測定したスペクトル(分光透過率)のデータであり、複数のスペクトルが含まれる。このため、標準染色標本の染色状態と対象標本の染色状態との類似度diをもとに、次式(28)に示す重み付き平均ベクトルV´を算出する。iは、標準教師データ154に含まれるスペクトルの識別番号を表す。
【数23】

【0070】
ここで、類似度diは、例えば次のように算出する。すなわち、先ず、対象標本画像の色データを取得する。例えば、推定対象画素の画素値を色データとして取得する。そして、標準教師データ154の色データと取得した対象標本画像の色データとを特徴空間に写像し、各写像点間の距離を算出して類似度diとする。
【0071】
続いて、算出した重み付き平均ベクトルV´を用い、次式(29)に従って自己相関行列RSSを算出する。
【数24】

【0072】
以上のようにして自己相関行列RSSを算出したならば、図10に示すように、推定オペレータ算出部141は、位置x(スペクトルの推定対象画素)の画素値をもとに、算出した自己相関行列RSSを用いて推定オペレータWを算出する(ステップs5)。具体的には、推定オペレータWは、背景技術で示した次式(6)に従って算出する。
【数25】

【0073】
ここで、背景技術で示したように、次式(3)で定義されるシステム行列Hを導入する。
H=FSE ・・・(3)
【0074】
なお、光学フィルタ1191a,1191bの分光透過率F、RGBカメラ111の分光感度特性Sおよび単位時間当たりの照明の分光放射特性E(^)の各値は、画像取得部110を構成する各部に用いる機器を選定した後、分光計等を用いて測定しておく。そして、フィルタ分光透過率(F)155、カメラ分光感度特性(S)156、照明分光放射特性(E)157として記憶部150に格納しておく。また、RGBカメラ111のノイズの自己相関行列RNNについては、推定対象画素の画素値を用いて算出する。すなわち、予め標本を設置せずに標本無しの状態で画像取得部110によってマルチバンド画像を取得しておく。そして、得られたマルチバンド画像の各バンドについて画素値に対する画素値の分散を求め、この画素値と画素値の分散とから近似式を算出する。そして、算出した近似式を用いて推定対象画素の画素値に対する画素値の分散を求め、これを対角成分とする行列を生成することによって、ノイズの自己相関行列RNNを算出する。ただし、バンド間でノイズの相関は無いと仮定している。ここで算出した推定オペレータWは、第1の推定オペレータとして記憶部150に格納される。
【0075】
続いて、図10に示すように、スペクトル推定部142が、ステップs5で算出した第1の推定オペレータを用いて、推定対象画素に対応する対象標本上の標本点における第1のスペクトルを推定する(ステップs7)。具体的には、背景技術で示した次式(5)に従い、推定対象画素である対象標本画像の位置xにおける画素の画素値の行列表現G(x)から、対応する標本点におけるスペクトルT^(x)を算出する。得られたスペクトルT^(x)は、第1のスペクトルとして記憶部150に格納される。
【数26】

【0076】
続いて、適応教師データの算出に移る。すなわち、図10に示すように先ず、適応教師データ生成部143の色素量推定部144が、第1のスペクトルをもとに、予め測定されて記憶部150に格納されている色素H,色素E,色素Rの基準色素スペクトルを用いて対象標本の色素量を推定する(ステップs9)。ここで、色素H,色素E,色素Rの基準色素スペクトルは、予め算出しておく。そして、基準色素スペクトル(色素H,E,R)158として記憶部150に格納しておく。
【0077】
具体的には、推定対象画素である染色標本画像の位置xの第1のスペクトルをもとに、対応する標本点に固定された色素H,色素E,色素Rそれぞれの色素量(推定色素量)を推定する。ここで推定の対象とする色素は、ヘマトキシリン(色素H)と、細胞質を染色したエオジン(色素E)と、染色されていない赤血球の色(色素R)である。すなわち、背景技術で示した次式(16)に従って、d^H,d^E,d^Rについて解く。推定された推定色素量d^H,d^E,d^Rは、記憶部150に格納される。
【数27】

【0078】
なお、本実施の形態ではH&E染色された染色標本を対象としているため、ここでは色素H,色素E,色素Rの色素量を推定した。これに対し、他の染色色素で染色された標本を対象とする場合も、同様の処理を適用することでその色素量を推定できる。また、標本自体が有する固有の色についても同様に扱うことができる。例えばここでは、赤血球が有する色である色素Rが該当する。
【0079】
続いて、図10に示すように、近傍色素量算出部145が、ステップs9で推定した推定色素量d^H,d^E,d^Rをもとに近傍色素量を算出する(ステップs11)。例えば、色素H,色素E,色素Rそれぞれについて、推定色素量d^H,d^E,d^Rの値を中心とした所定範囲の値を近傍色素量として算出する。具体的には、近傍色素量は、所定の色素量補正係数を用いた補正色素量として算出できる。すなわち、色素量d^H,d^Eと色素量補正係数αH,αEとから、背景技術で示した次式(20),(21)に従って色素H,色素Eの補正色素量(すなわち近傍色素量)d^H*,d^E*を算出するとともに、色素量d^Rと色素量補正係数αRとから、次式(30)に従って色素Rの近傍色素量d^R*を算出する。
【数28】

【0080】
より詳細にはこのとき、近傍色素量算出部145は、次式(31),(32),(33)に従って色素量補正係数αH,αE,αRを算出する。
【数29】

【0081】
stepαH,stepαE,stepαEは、各色素量補正係数αH,αE,αRの刻み幅を表し、例えばそれぞれ“0.1”が設定される。この刻み幅は、予め固定値として設定しておく構成としてもよいし、ユーザ操作に従って可変に設定する構成としてもよい。また、indexαH,indexαE,indexαEは、近傍色素量の各データを識別するための識別番号を表し、例えばそれぞれに{−3,−2,−1, 0,1,2,3}が設定される。このindexαH,indexαE,indexαEは、算出する近傍色素量の数に応じて適宜設定すればよく、ここでは、推定色素量d^H,d^E,d^Rを中心とした7個の近傍色素量(推定色素量d^H,d^E,d^Rを含む)が算出される。算出した近傍色素量d^H*,d^E*,d^R*は、記憶部150に格納される。
【0082】
なお、近傍色素量d^H*,d^E*,d^R*の算出は、式(20),(21),(30)に示す推定色素量d^H,d^E,d^Rに色素量補正係数αH,αE,αRを乗じる形式に限定されるものではなく、これらを加算あるいは減算して算出することとしてもよい。また、推定色素量d^H,d^E,d^Rを近傍色素量として以下説明する後段の処理を行うこととしてもよい。
【0083】
続いて、図10に示すように、スペクトル合成部146が、ステップs11で算出した近傍色素量毎に、色素H,色素E,色素Rの基準色素スペクトルを用いてスペクトル(合成スペクトル)を合成する(ステップs13)。具体的には、先ず、近傍色素量d^H*,d^E*,d^R*をもとに、背景技術で示した式(22)と同様の算出式である次式(34)に従って分光吸光度a〜*(x,λ)を求める。kH(λ),kE(λ),kR(λ)は、各色素H,色素E,色素Rの基準色素スペクトルである。
【数30】

【0084】
続いて、背景技術で示した次式(24)に従い、求めた分光吸光度a〜*(x,λ)から位置xにおける新たな分光透過率t*(x,λ)を求める。
【数31】

【0085】
そして、波長方向にD回繰り返して分光透過率t*(x,λ)を求め、合成スペクトルT*(x)を得る。合成スペクトルT*(x)は、t*(x,λ)に対応するD行1列の行列である。
【0086】
そして、図10に示すように、適応教師データ生成部143が、ステップs13で合成した合成スペクトルT*(x)をもとに適応教師データを生成する(ステップs15)。生成した適応教師データは、記憶部150に格納される。例えば、適応教師データ生成部143は、近傍色素量毎の合成スペクトルT*(x)から色データを取得する。そして、近傍色素量毎の合成スペクトルT*(x)をスペクトルデータとし、このスペクトルと取得した色データとを適応教師データとする。色データは、例えば近傍色素量毎の合成スペクトルT*(x)をそれぞれRGB値に変換する処理を行い、画素値を算出することで取得する。具体的には、背景技術で示した次式(26)に従って新しい画素値G*(x)を算出し、各合成スペクトルT*(x)に対応する色データとする。
*(x)=HT*(x) ・・・(26)
【0087】
続いて、図10に示すように、推定オペレータ算出部141が、ステップs15で生成した適応教師データを用いて自己相関行列RSSを算出する(ステップs17)。算出手順は、ステップs3と同様に行う。すなわち、次式(28)に示す重み付き平均ベクトルV´を算出する。iは、適応教師データに含まれる合成スペクトルT*(x)の識別番号を表す。
【数32】

【0088】
このときの類似度diは、例えば次のように算出する。すなわち、先ず、対象標本画像の色データとして推定対象画素の画素値を取得する。そして、適応教師データの色データと取得した対象標本画像の色データとを特徴空間に写像し、各写像点間の距離を算出して類似度diとする。
【0089】
続いて、算出した重み付き平均ベクトルV´を用い、次式(29)に従って自己相関行列RSSを算出する。
【数33】

【0090】
以上のようにして自己相関行列RSSを算出したならば、続いて図10に示すように、推定オペレータ算出部141は、位置x(スペクトルの推定対象画素)の画素値をもとに、算出した自己相関行列RSSを用いて推定オペレータWを算出する(ステップs19)。具体的には、推定オペレータWは、背景技術で示した次式(6)に従って算出する。ここで算出した推定オペレータWは、第2の推定オペレータとして記憶部150に格納される。
【数34】

【0091】
続いて、図10に示すように、スペクトル推定部142が、ステップs19で算出した第2の推定オペレータを用いて、推定対象画素に対応する対象標本上の標本点における第2のスペクトルを推定する(ステップs21)。具体的には、背景技術で示した次式(5)に従い、推定対象画素である対象標本画像の任意の位置xにおける画素の画素値の行列表現G(x)から、対応する標本点におけるスペクトルT^(x)を算出する。得られたスペクトルT^(x)は、第2のスペクトルとして記憶部150に格納される。
【数35】

【0092】
続いて、スペクトル評価部147が、第1のスペクトルと第2のスペクトルとの差分をもとに第2のスペクトルの推定精度を評価し(ステップs23)、第2のスペクトルの推定精度の評価結果が終了条件を満足するか否かを判定する(ステップs25)。例えば先ず、次式(34)に従って第1のスペクトルと第2のスペクトルとの差分Tdiffを算出する。
【数36】

【0093】
続いて、次式(35)に従って、算出した第1のスペクトルと第2のスペクトルとの差分Tdiffの変動量を求め、この値が収束しているか否かを判定する。diffthresholdは閾値を表し、適当な値が設定される。なお、閾値diffthresholdの値は、固定値として設定しておく構成としてもよいし、例えばユーザ操作に従って可変に設定する構成としてもよい。また、nは、第2のスペクトルを推定した回数(試行数)を表す。
【数37】

【0094】
そして、図10に示すように、スペクトル評価部147は、式(35)を満たした場合、すなわち第1のスペクトルと第2のスペクトルとの差分Tdiffが収束している場合に終了条件を満たすと判定し(ステップs25:Yes)、処理を終える。一方、式(35)を満たさない場合、すなわち第1のスペクトルと第2のスペクトルとの差分Tdiffが収束していない場合は終了条件を満たさないと判定する(ステップs25:No)。この場合には、演算部140が、第1のスペクトルを第2のスペクトルで更新し(ステップs27)、再推定処理手段として、ステップs9からの処理を再度行わせる。ここでの処理によって、更新した第1のスペクトルから新たに適応教師データが生成され、生成された適応教師データをもとに再度第2のスペクトルが推定される。
【0095】
なお、ここでは、第2のスペクトルの評価結果をもとに適応教師データの生成および第2のスペクトルの推定を再度行うか否かを判定することとしたが、予め処理の繰り返し数を設定しておき、この繰り返し数に従って適応教師データの生成および第2のスペクトルの推定を繰り返し行う構成としてもよい。また、ここでの処理は必須ではなく、第2のスペクトルの評価や再推定を行わない構成としてもよい。すなわち、図10のステップs23〜ステップs27の処理を行わない構成としてもよい。
【0096】
以上のようにして推定されたスペクトル(分光透過率)は、例えば、対象標本を染色している色素の色素量の推定に用いられる。そして、推定された色素量に基づいて画像の色が補正され、カメラの特性や染色状態のばらつき等が補正されて、表示用のRGB画像が合成される。このRGB画像は、表示部130に画面表示されて病理診断に利用される。
【0097】
この実施の形態1によれば、先ず、予め用意される標準的な教師データを用いて自己相関行列RSSを算出し、第1の推定オペレータを算出する。そして、この第1の推定オペレータを用いてスペクトル推定を行い、得られたスペクトルを第1のスペクトルとして適応教師データを生成することができる。そして、生成した適応教師データを用いて自己相関行列RSSを算出し、第2の推定オペレータを算出する。そして、この第2の推定オペレータを用いてスペクトル推定を行うことができる。したがって、推定対象画素の画素値をもとに、推定対象画素に適応するのに適切な教師データをその都度動的に生成し、スペクトル推定に用いることができる。これによれば、染色標本のあらゆる染色状態を事前に想定して教師データを用意しておくことなくスペクトルの推定誤差を低減でき、精度良くかつ簡単に染色標本のスペクトルを推定することができるという効果を奏する。
【0098】
また、第2のスペクトルを評価し、評価結果が終了条件を満たすまで適応教師データの生成および第2のスペクトルの推定を繰り返し行うことができるので、適応教師データを最適化でき、スペクトルの推定精度をより向上させることができる。
【0099】
なお、上記した実施の形態1では、第1のスペクトルと第2のスペクトルとの差分の変動量を求めて第2のスペクトルを評価する場合を例示したが、第1のスペクトルから推定した色素量と第2のスペクトルから推定した色素量との差分の変動量を求めて第2のスペクトルを評価することとしてもよい。
【0100】
図11は、本変形例において画像処理装置1が行う処理手順を示すフローチャートである。なお、図11では、実施の形態1と同様の処理工程には、同一の符号を付している。
【0101】
実施の形態2では、図11に示すように、ステップs7でスペクトル推定部142が第1のスペクトルを推定した後、色素量推定部144が、実施の形態1と同様にして、第1のスペクトルをもとに対象標本の色素量を推定し、第1の推定色素量とする(ステップs10)。その後、ステップs11に移る。
【0102】
そして、ステップs21でスペクトル推定部142が第2のスペクトルを推定した後、続いて色素量推定部144が、第2のスペクトルをもとに対象標本の色素量を推定し、第2の推定色素量とする(ステップs22)。色素量の推定手法は、第1の推定色素量の推定(実施の形態1で図10のステップs9に示して説明した色素量の推定)と同様の処理で実現できる。
【0103】
続いて、スペクトル評価部147が、第1の推定色素量と第2の推定色素量との差分をもとに第2のスペクトルの推定精度を評価し(ステップs24)、第2のスペクトルの推定精度の評価結果が終了条件を満足するか否かを判定する(ステップs26)。例えば、第1の推定色素量と第2の推定色素量との差分を算出し、算出した第1の推定色素量と第2の推定色素量との差分の変動量を求め、この値が収束しているか否かを判定する。
【0104】
そして、スペクトル評価部147は、第1の推定色素量と第2の推定色素量との差分が収束している場合に終了条件を満たすと判定し(ステップs26:Yes)、処理を終える。一方、第1の推定色素量と第2の推定色素量との差分が収束していない場合は終了条件を満たさないと判定する(ステップs26:No)。この場合には、演算部140が、第1のスペクトルを第2のスペクトルで更新し(ステップs27)、再推定処理手段として、ステップs10からの処理を再度行わせる。ここでの処理によって、更新した第1のスペクトルから新たに適応教師データが生成され、生成された適応教師データをもとに再度第2のスペクトルが推定される。
【0105】
なお、本変形例では、第1の推定色素量と第2の推定色素量との差分の変動量を求めて第2のスペクトルを評価する場合を例示した。また、上記した実施の形態1では、第1のスペクトルと第2のスペクトルとの差分の変動量を求めて第2のスペクトルを評価する場合を例示したが、これに限定されるものではない。例えば、第1のスペクトルと第2のスペクトルとの差分を閾値処理して第2のスペクトルの推定精度を評価する構成としてもよいし、第1の推定色素量と第2の推定色素量との差分を閾値処理して第2のスペクトルの推定精度を評価する構成としてもよい。あるいは、第2のスペクトルをもとに2次的に算出されるその他の値を適宜評価に用いることができる。例えば、第1のスペクトルと第2のスペクトルとの2乗差を求めて閾値処理し、第2のスペクトルの推定精度を評価する構成としてもよい。
【0106】
(実施の形態2)
次に、実施の形態2について説明する。図12は、実施の形態2の画像処理装置10bの機能構成を示すブロック図である。なお、実施の形態1で説明した構成と同一の構成については、同一の符号を付する。図12に示すように、画像処理装置10bは、画像取得部110と、入力部120と、表示部130と、演算部140bと、記憶部150bと、装置各部を制御する制御部160とを備える。
【0107】
演算部140bは、推定オペレータ算出部141と、スペクトル推定部142と、適応教師データ生成部143bと、スペクトル評価部147とを含む。実施の形態2では、適応教師データ生成部143bは、色素量推定部144と、近傍色素量算出部145と、スペクトル合成部146bとを含み、スペクトル合成部146bは、差分スペクトル算出手段としての差分スペクトル算出部148bを含む。差分スペクトル算出部148bは、第1のスペクトルと、近傍色素量をもとに合成した合成スペクトルとの差分スペクトルを算出する。
【0108】
図13は、実施の形態2の画像処理装置1bが行う処理手順を示すフローチャートである。なお、図13では、実施の形態1と同様の処理工程には、同一の符号を付している。
【0109】
実施の形態2では、ステップs11において近傍色素量算出部145が近傍色素量d^H*,d^E*,d^R*を算出した後、スペクトル合成部146bの差分スペクトル算出部148bが、近傍色素量d^H*,d^E*,d^R*から分光吸光度を算出し、標準教師データ154を用いてステップs7で算出した第1のスペクトルの推定吸光度との差分スペクトルを算出する(ステップs131)。
【0110】
すなわち先ず、差分スペクトル算出部148bは、近傍色素量d^H*,d^E*,d^R*をもとに、次式(34)に従って分光吸光度a〜*(x,λ)を求める。
【数38】

【0111】
続いて、差分スペクトル算出部148bは、背景技術で推定誤差と称して説明したe(λ)の算出手順と同様に、次式(35)に従って、第1のスペクトルの推定吸光度a^と算出した分光吸光度a〜*(x,λ)との差分スペクトルを算出する。以下、e(λ)を「差分スペクトル」と称す。
【数39】

【0112】
ここで、第1のスペクトルの推定吸光度a^(x,λ)は、背景技術で示した次式(13)に従って算出される。
【数40】

【0113】
そして、図13に示すように、スペクトル合成部146bは、上記のようにして近傍色素量毎に算出した差分スペクトルを用いてスペクトルを合成し(ステップs133)、ステップs15に移る。すなわち先ず、スペクトル合成部146bは、次式(36)に従って、ステップs131で算出した差分スペクトルe(λ)を加えて分光吸光度a〜*(x,λ)を再度算出する。
【数41】

【0114】
その後は、上記した実施の形態1と同様に、スペクトル合成部146bは、背景技術で示した次式(24)に従い、求めた分光吸光度a〜*(x,λ)から位置xにおける新たな分光透過率t*(x,λ)を求める。
【数42】

【0115】
そして、スペクトル合成部146bは、波長方向にD回繰り返して分光透過率t*(x,λ)を求め、合成スペクトルT*(x)を得る。合成スペクトルT*(x)は、t*(x,λ)に対応するD行1列の行列である。
【0116】
実施の形態2によれば、実施の形態1と同様の効果を奏する。また、第1のスペクトルと合成スペクトルとの差分スペクトルを算出し、この差分スペクトルを用いて適応教師データを生成することができる。
【0117】
なお、上記した実施の形態1では、第1のスペクトルをもとに色素量を推定してスペクトルを合成し、適応教師データを生成することとした。また、実施の形態2では、第1のスペクトルと合成スペクトルとの差分スペクトルを算出し、この差分スペクトルを合成スペクトルに加えて適応教師データを生成することとした。これに対し、第1のスペクトルの全バンドに対してランダムに発生させたノイズを加えてスペクトルデータとし、適応教師データを生成することとしてもよい。これによれば、色素量を推定する必要がなく、処理負荷を軽減できる。
【0118】
(実施の形態3)
顕微鏡を用いて標本を観察する場合、1度に観察可能な範囲(視野範囲)は、主に対物レンズの倍率によって決定される。ここで、対物レンズの倍率が高いほど高精細な画像が得られる反面、視野範囲が狭くなる。この種の問題を解決するため、従来から、標本を載置する電動ステージを動かす等して視野範囲を移動させながら倍率の高い対物レンズを用いて標本像を部分毎に撮像し、撮像した部分毎の画像を繋ぎ合わせることによって高精細でかつ広視野の標本画像を生成するといったことが行われており、バーチャル顕微鏡システムと呼ばれている。以下、バーチャル顕微鏡システムで生成される標本画像を、「VS画像」と称す。このバーチャル顕微鏡システムによれば、実際に標本が存在しない環境であっても観察が行える。
【0119】
実施の形態3は、本発明を上記したバーチャル顕微鏡システムに適用したものである。図14は、実施の形態3のバーチャル顕微鏡システム2の概観例を示す概略斜視図である。図14に示すように、バーチャル顕微鏡システム2は、顕微鏡装置20とホストシステム40とがデータの送受可能に接続されて構成されている。ホストシステム40は、例えばキーボードやマウス等の入力部41と、表示部42とを備えている。
【0120】
図15は、実施の形態3のバーチャル顕微鏡システム2の全体構成例を示す模式図である。また、図16は、実施の形態3のホストシステム40の機能構成を示すブロック図である。ここで、図15に示す対物レンズ27の光軸方向をZ方向とし、Z方向と垂直な平面をXY平面として定義する。
【0121】
顕微鏡装置20は、対象標本Sが載置される電動ステージ21と、側面視略コの字状を有し、電動ステージ21を支持するとともにレボルバ26を介して対物レンズ27を保持する顕微鏡本体24と、顕微鏡本体24の底部後方(図15の右方)に配設された光源28と、顕微鏡本体24の上部に載置された鏡筒29とを備える。また、鏡筒29には、対象標本Sの標本像を目視観察するための双眼部31と、対象標本Sの標本像を撮像するためのTVカメラ32が取り付けられている。なお、対象標本Sは、実施の形態1と同様に、H&E染色された生体組織標本(染色標本)である。
【0122】
電動ステージ21は、XYZ方向に移動自在に構成されている。すなわち、電動ステージ21は、モータ221およびこのモータ221の駆動を制御するXY駆動制御部223によってXY平面内で移動自在である。XY駆動制御部223は、顕微鏡コントローラ33の制御のもと、図示しないXY位置の原点センサによって電動ステージ21のXY平面における所定の原点位置を検知し、この原点位置を基点としてモータ221の駆動量を制御することによって、対象標本S上の観察箇所を移動させる。そして、XY駆動制御部223は、観察時の電動ステージ21のX位置およびY位置を適宜顕微鏡コントローラ33に出力する。また、電動ステージ21は、モータ231およびこのモータ231の駆動を制御するZ駆動制御部233によってZ方向に移動自在である。Z駆動制御部233は、顕微鏡コントローラ33の制御のもと、図示しないZ位置の原点センサによって電動ステージ21のZ方向における所定の原点位置を検知し、この原点位置を基点としてモータ231の駆動量を制御することによって、所定の高さ範囲内の任意のZ位置に対象標本Sを焦準移動させる。そして、Z駆動制御部233は、観察時の電動ステージ21のZ位置を適宜顕微鏡コントローラ33に出力する。
【0123】
レボルバ26は、顕微鏡本体24に対して回転自在に保持され、対物レンズ27を対象標本Sの上方に配置する。対物レンズ27は、レボルバ26に対して倍率(観察倍率)の異なる他の対物レンズとともに交換自在に装着されており、レボルバ26の回転に応じて観察光の光路上に挿入されて対象標本Sの観察に用いる対物レンズ27が択一的に切り換えられるようになっている。
【0124】
顕微鏡本体24は、底部において対象標本Sを透過照明するための照明光学系を内設している。この照明光学系は、光源28から射出された照明光を集光するコレクタレンズ251、照明系フィルタユニット252、視野絞り253、開口絞り254、照明光の光路を対物レンズ27の光軸に沿って偏向させる折曲げミラー255、コンデンサ光学素子ユニット256、トップレンズユニット257等が、照明光の光路に沿って適所に配置されて構成される。光源28から射出された照明光は、照明光学系によって対象標本Sに照射され、観察光として対物レンズ27に入射する。
【0125】
また、顕微鏡本体24は、その上部においてフィルタユニット30を内設している。フィルタユニット30は、標本像として結像する光の波長帯域を所定範囲に制限するための2枚以上の光学フィルタ303を回転自在に保持し、この光学フィルタ303を、適宜対物レンズ27後段において観察光の光路上に挿入する。このフィルタユニット30は、図5に示して説明したフィルタ部119と同様に構成される。なお、ここでは、光学フィルタ303を対物レンズ27の後段に配置する場合を例示したが、これに限定されずるものではなく、光源28からTVカメラ32に至る光路上のいずれかの位置に配置することとしてよい。対物レンズ27を経た観察光は、このフィルタユニット30を経由して鏡筒29に入射する。
【0126】
鏡筒29は、フィルタユニット30を経た観察光の光路を切り換えて双眼部31またはTVカメラ32へと導くビームスプリッタ291を内設している。対象標本Sの標本像は、このビームスプリッタ291によって双眼部31内に導入され、接眼レンズ311を介して検鏡者に目視観察される。あるいはTVカメラ32によって撮像される。TVカメラ32は、標本像(詳細には対物レンズ27の視野範囲の標本像)を結像するCCDやCMOS等の撮像素子を備えて構成され、標本像を撮像し、標本像の画像データをホストシステム40に出力する。
【0127】
そして、顕微鏡装置20は、顕微鏡コントローラ33とTVカメラコントローラ34とを備える。顕微鏡コントローラ33は、ホストシステム40の制御のもと、顕微鏡装置20を構成する各部の動作を統括的に制御する。例えば、顕微鏡コントローラ33は、レボルバ26を回転させて観察光の光路上に配置する対物レンズ27を切り換える処理や、切り換えた対物レンズ27の倍率等に応じた光源28の調光制御や各種光学素子の切り換え、あるいはXY駆動制御部223やZ駆動制御部233に対する電動ステージ21の移動指示等、対象標本Sの観察に伴う顕微鏡装置20の各部の調整を行うとともに、各部の状態を適宜ホストシステム40に通知する。TVカメラコントローラ34は、ホストシステム40の制御のもと、自動ゲイン制御のON/OFF切換、ゲインの設定、自動露出制御のON/OFF切換、露光時間の設定等を行ってTVカメラ32を駆動し、TVカメラ32の撮像動作を制御する。
【0128】
一方、図16に示すように、ホストシステム40は、入力部41と、表示部42と、演算部43と、記憶部50と、装置各部を制御する制御部54とを備える。なお、図16では、ホストシステム40の機能構成を示したが、実際のホストシステム40は、CPUやビデオボード、メインメモリ(RAM)等の主記憶装置、ハードディスクや各種記憶媒体等の外部記憶装置、通信装置、表示装置や印刷装置等の出力装置、入力装置、各部を接続し、あるいは外部入力を接続するインターフェース装置等を備えた公知のハードウェア構成で実現でき、例えばワークステーションやパソコン等の汎用コンピュータを利用することができる。
【0129】
ここで、実施の形態3のバーチャル顕微鏡システム2は、実施の形態1の画像処理装置1の構成をもとに構成したものであり、演算部43は、推定オペレータ算出部45と、スペクトル推定部46と、適応教師データ生成部47と、スペクトル評価部48と、画像合成部49とを含むVS画像生成部44を備える。なお、実施の形態1の変形例や実施の形態2の構成を適用することも可能である。
【0130】
VS画像生成部44は、顕微鏡装置20が対象標本Sを部分的にマルチバンド撮像することによって得られる複数の対象標本画像をそれぞれ処理し、VS画像を生成する。ここで、VS画像とは、顕微鏡装置20によってマルチバンド撮像した1枚以上の画像を繋ぎ合せて生成した画像のことである。実施の形態3でいうVS画像とは、例えば高倍率の対物レンズを用いて対象標本Sを部分毎に撮像した複数の高解像画像を繋ぎ合せて生成した画像であって、対象標本Sの全域を映した広視野で且つ高精細のマルチバンド画像のことをいう。
【0131】
推定オペレータ算出部45は、実施の形態1の推定オペレータ算出部141と同様の要領で、標準教師データまたは適応教師データを用いて推定オペレータWを算出する。スペクトル推定部46は、実施の形態1のスペクトル推定部142と同様の要領で、対象標本画像を構成する各画素に対応する対象標本画像上の標本点におけるスペクトルとして、分光透過率を推定する。適応教師データ生成部47は、色素量推定部471と、近傍色素量算出部472と、スペクトル合成部473とを含み、実施の形態1の適応教師データ生成部143bと同様の要領で適応教師データを生成する。すなわち、色素量推定部471は、各画素について推定した第1のスペクトルをもとに対応する各標本点の色素量(第1の推定色素量)を推定するとともに、第2のスペクトルをもとに対応する各標本点の色素量(第2の推定色素量)を推定する。近傍色素量算出部472は、推定色素量をもとに、各色素H、色素E,色素Rそれぞれの近傍色素量を算出する。スペクトル合成部473は、色素H、色素Eおよび色素Rの近傍色素量または第2の推定色素量をもとにスペクトルを合成する。スペクトル評価部48は、適応教師データを用いて行ったスペクトル(第2のスペクトル)の推定精度を評価する。また、画像合成部49は、第2の推定色素量をもとに各画素について合成したスペクトルを用いて画素値を算出し、対象標本画像(VS画像)の表示用のRGB画像(表示画像)を合成する。
【0132】
記憶部50は、更新記憶可能なフラッシュメモリ等のROMやRAMといった各種ICメモリ、内蔵あるいはデータ通信端子で接続されたハードディスク、CD−ROM等の情報記憶媒体およびその読取装置等によって実現されるものである。この記憶部50には、ホストシステム40を動作させ、このホストシステム40が備える種々の機能を実現するためのプログラムや、このプログラムの実行中に使用されるデータ等が格納される。
【0133】
例えば、記憶部50には、画像処理プログラム511を含むVS画像生成プログラム51と、VS画像データ(マルチバンド画像データ)52と、スペクトル推定用データ53とが格納される。VS画像生成プログラム51は、対象標本のVS画像を生成する処理を実現するためのプログラムであり、画像処理プログラム511は、対象標本画像から対象標本のスペクトルを推定する処理を実現するためのプログラムである。VS画像データは、例えば、顕微鏡装置20によって部分毎に取得された対象標本画像の画像データを繋ぎ合せて生成した対象標本Sの全域の画像データである。スペクトル推定用データ53は、標準教師データ531と、フィルタ分光透過率(F)532と、カメラ分光感度特性(S)533と、照明分光放射特性(E)534と、基準色素スペクトル(色素H,E,R)535とを含む。
【0134】
制御部54は、CPU等のハードウェアによって実現される。この制御部54は、入力部41から入力される入力信号や、顕微鏡コントローラ33から入力される顕微鏡装置20各部の状態、TVカメラ32から入力される画像データ、記憶部50に記録されるプログラムやデータ等をもとにホストシステム40を構成する各部への指示やデータの転送等を行い、あるいは顕微鏡コントローラ33やTVカメラコントローラ34に対する顕微鏡装置20各部の動作指示を行い、バーチャル顕微鏡システム2全体の動作を統括的に制御する。また、制御部54は、画像取得手段としてのマルチバンド画像取得制御部55を含む。マルチバンド画像取得制御部55は、顕微鏡装置20各部の動作指示を行って対象標本Sを部分毎に撮像した対象標本画像を取得する。
【0135】
この実施の形態3によれば、実施の形態1と同様の効果を奏することができるバーチャル顕微鏡システムが実現できる。
【0136】
なお、上記の実施の形態では、染色標本を撮像したマルチバンド画像から分光透過率のスペクトル特徴値を推定する場合について説明したが、分光反射率や吸光度等のスペクトル特徴値を推定する場合にも同様に適用できる。
【0137】
また、上記した実施の形態では、H&E染色された染色標本をスペクトルの推定対象として説明したが、他の染色色素で染色された染色標本を扱う場合にも同様に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0138】
【図1】染色標本のスペクトル推定原理を説明する図である。
【図2】染色標本のスペクトル推定原理を説明する他の図である。
【図3】染色標本のスペクトル推定原理を説明する他の図である。
【図4】実施の形態1の画像処理装置の機能構成を示すブロック図である。
【図5】画像取得部の構成を示す模式図である。
【図6】画像取得部を構成するRGBカメラのカラーフィルタの配列例およびRGB各バンドの画素配列を模式的に示す図である。
【図7】画像取得部を構成する一方の光学フィルタの分光透過率特性を示す図である。
【図8】画像取得部を構成する他方の光学フィルタの分光透過率特性を示す図である。
【図9】R,G,B各バンドの分光感度の例を示す図である。
【図10】実施の形態1の画像処理装置が行う処理手順を示すフローチャートである。
【図11】変形例の画像処理装置が行う処理手順を示すフローチャートである。
【図12】実施の形態2の画像処理装置の機能構成を示すブロック図である。
【図13】実施の形態2の画像処理装置が行う処理手順を示すフローチャートである。
【図14】実施の形態3のバーチャル顕微鏡システムの概観例を示す概略斜視図である。
【図15】実施の形態3のバーチャル顕微鏡システムの全体構成例を示す模式図である。
【図16】実施の形態3のホストシステムの機能構成を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0139】
10,10b 画像処理装置
110 画像取得部
120 入力部
130 表示部
140,140b 演算部
141 推定オペレータ算出部
142 スペクトル推定部
143,143b 適応教師データ生成部
144 色素量推定部
145 近傍色素量推定部
146,146b スペクトル合成部
147 スペクトル評価部
148b 差分スペクトル算出部
150,150b 記憶部
151,151b 画像処理プログラム
152 マルチバンド画像データ
153 スペクトル推定用データ
154 標準教師データ
155 フィルタ分光透過率(F)
156 カメラ分光感度特性(S)
157 照明分光放射特性(E)
158 基準色素スペクトル(色素H,E,R)
160 制御部
161 マルチバンド画像取得制御部
2 バーチャル顕微鏡システム
20 顕微鏡装置
40 ホストシステム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
染色標本を撮像した染色標本画像から前記染色標本のスペクトルを推定する画像処理装置であって、
前記染色標本画像を構成する推定対象画素の画素値をもとに、予め設定される標準教師データを用いて前記推定対象画素に対応する前記染色標本上の標本点におけるスペクトルを第1のスペクトルとして推定する第1のスペクトル推定手段と、
前記第1のスペクトルをもとに、前記推定対象画素に適応する適応教師データを生成する教師データ生成手段と、
前記推定対象画素の画素値をもとに、前記適応教師データを用いて前記標本点におけるスペクトルを第2のスペクトルとして推定する第2のスペクトル推定手段と、
を備えることを特徴とする画像処理装置。
【請求項2】
前記教師データ生成手段は、前記第1のスペクトルをもとに前記標本点における色素量を推定する色素量推定手段を有し、前記色素量推定手段によって推定された色素量から前記適応教師データを生成することを特徴とする請求項1に記載の画像処理装置。
【請求項3】
前記教師データ生成手段は、前記色素量推定手段によって推定された色素量をもとにスペクトルを合成するスペクトル合成手段を有し、前記スペクトル合成手段によって合成されたスペクトルを前記適応教師データとすることを特徴とする請求項2に記載の画像処理装置。
【請求項4】
前記教師データ生成手段は、前記色素量推定手段によって推定された色素量をもとに1つ以上の近傍色素量を算出する近傍色素量算出手段を有し、
前記スペクトル合成手段は、前記近傍色素量毎にスペクトルを合成して前記適応教師データとすることを特徴とする請求項3に記載の画像処理装置。
【請求項5】
前記教師データ生成手段は、前記第1のスペクトルと前記合成スペクトルとの差分スペクトルを算出する差分スペクトル算出手段を有し、前記合成スペクトルに前記差分スペクトルを加算して前記適応教師データとすることを特徴とする請求項3または4に記載の画像処理装置。
【請求項6】
前記第2のスペクトルを前記第1のスペクトルに置き換え、前記教師データ生成手段による前記適応教師データの生成および前記第2のスペクトル推定手段による前記第2のスペクトルの推定を再度行わせる再推定処理手段を備えることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載の画像処理装置。
【請求項7】
前記第2のスペクトルの推定精度を評価するスペクトル評価手段を備え、
前記再推定処理手段は、前記スペクトル評価手段による評価結果をもとに、前記適応教師データの生成および前記第2のスペクトルの推定を再度行わせるか否かを判定することを特徴とする請求項6に記載の画像処理装置。
【請求項8】
前記スペクトル評価手段は、前記第1のスペクトルと前記第2のスペクトルとの差分をもとに前記第2のスペクトルの推定精度を評価することを特徴とする請求項7に記載の画像処理装置。
【請求項9】
前記スペクトル評価手段は、前記第1のスペクトルと前記第2のスペクトルとの差分の変動量をもとに前記第2のスペクトルの推定精度を評価することを特徴とする請求項7に記載の画像処理装置。
【請求項10】
前記スペクトル評価手段は、前記色素量推定手段によって推定された色素量をもとに前記第2のスペクトルの推定精度を評価することを特徴とする請求項7に記載の画像処理装置。
【請求項11】
前記第2のスペクトル推定手段は、前記適応教師データを用いて自己相関行列を算出し、該算出した自己相関行列をもとに推定オペレータを算出する推定オペレータ算出手段を有し、前記推定オペレータ算出手段によって算出された推定オペレータを用いて前記第2のスペクトルを推定することを特徴とする請求項1〜10のいずれか1つに記載の画像処理装置。
【請求項12】
コンピュータに、染色標本を撮像した染色標本画像から前記染色標本のスペクトルを推定させるための画像処理プログラムであって、
前記染色標本画像を構成する推定対象画素の画素値をもとに、予め設定される標準教師データを用い、前記推定対象画素に対応する前記染色標本上の標本点におけるスペクトルを第1のスペクトルとして推定する第1のスペクトル推定ステップと、
前記第1のスペクトルをもとに、前記推定対象画素に適応する適応教師データを生成する教師データ生成ステップと、
前記推定対象画素の画素値をもとに、前記適応教師データを用いて前記標本点におけるスペクトルを第2のスペクトルとして推定する第2のスペクトル推定ステップと、
を前記コンピュータに実行させることを特徴とする画像処理プログラム。
【請求項13】
染色標本を撮像した染色標本画像から前記染色標本のスペクトルを推定する画像処理方法であって、
前記染色標本画像を構成する推定対象画素の画素値をもとに、予め設定される標準教師データを用い、前記推定対象画素に対応する前記染色標本上の標本点におけるスペクトルを第1のスペクトルとして推定する第1のスペクトル推定工程と、
前記第1のスペクトルをもとに、前記推定対象画素に適応する適応教師データを生成する教師データ生成工程と、
前記推定対象画素の画素値をもとに、前記適応教師データを用いて前記標本点におけるスペクトルを第2のスペクトルとして推定する第2のスペクトル推定工程と、
を含むことを特徴とする画像処理装置。
【請求項14】
顕微鏡を用い、染色標本を撮像して染色標本画像を取得する画像取得手段と、
前記染色標本画像を構成する推定対象画素の画素値をもとに、予め設定される標準教師データを用いて前記推定対象画素に対応する前記染色標本上の標本点におけるスペクトルを第1のスペクトルとして推定する第1のスペクトル推定手段と、
前記第1のスペクトルをもとに、前記推定対象画素に適応する適応教師データを生成する教師データ生成手段と、
前記推定対象画素の画素値をもとに、前記適応教師データを用いて前記標本点におけるスペクトルを第2のスペクトルとして推定する第2のスペクトル推定手段と、
を備えることを特徴とするバーチャル顕微鏡システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−156612(P2010−156612A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−335122(P2008−335122)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】