説明

病原体検出方法

【課題】複数種類の病原体マーカーを、簡便に且つ短時間で同時に検出することが可能な、病原体検出チップを用いた病原体検出方法の提供。
【解決手段】(a)検出対象とする病原体から放出される病原体マーカーと特異的に結合し得る2種類以上の補足物質を基板上に配置して固定し、病原体検出チップを作製する工程と、(b)宿主から採取した試料溶液を前記病原体検出チップに導入する工程と、(c)前記試料溶液中に含まれる病原体マーカーと、前記補足物質とを吸着させ、生じた反応信号を検出する工程と、(d)標準反応信号情報を用いて、検出された前記反応信号から病原体を判別する工程と、を有することを特徴とする病原体検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農場、食品工場、医療現場などの現場で迅速且つ簡便に病原菌の有無の特定を、精度よく実施することが可能な病原体検出チップを用いた病原体検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人・家畜を含む動物の疾病に対し効果的な対策を実施するため、中規模・小規模の病院施設や家畜を保有する農場など、現場・オンサイトで病原体の有無の判断が可能となる簡便な技術への要求がある。
【0003】
乳牛は病原体感染により乳房炎を発症し、原因となる病原体をいち早く特定することで、損失を抑えることができる。乳房炎の原因となる病原体は極めて多種存在するが、その中でも、黄色ブドウ球菌(S.aureus;SA)、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)、レンサ球菌(Strep)、無乳性レンサ球菌(SAG)、大腸菌(E.coli)、肺炎桿菌(Klebsiella)等の細菌については、発生頻度や伝染性・迅速進行性などから、早期発見と対処が求められる病原体である。
人についても、病院の入院患者の死亡原因として頻繁に現れる敗血症は、病原体に感染し、その病原体が体内で増殖した結果現れる全身症である。特に、入院中の免疫低下した患者にとっては致命的となる場合がある。原因病原体としては、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌、黄色ブドウ球菌、腸球菌、カンジタ属菌、ほかに大腸菌などのグラム陰性桿菌、真菌、肺炎球菌、髄膜炎菌等である。容態が急変した患者において、迅速に感染菌の存在を確定できれば、早期に抗生剤投与の治療方針を確定させることができ、全身性症状や敗血症性ショック症状に至らずにすむと考えられる。
【0004】
従来、病原体の有無や特定のために用いられてきた手法が培養法である(非特許文献1参照)。培養法は、試料を動物より採取し、専用の培地に塗布後、24時間以上にわたって試料中に含まれていた病原体(病原菌)を培養して増殖させ、コロニー形成数や状態を目視および計数器を用いて計測する方法である。この方法の問題点は、短時間で結果を得ることができないことと、また、危険性の高い菌を増殖させてしまう可能性があるため、菌漏洩のリスクから現場で実施することが好ましくないことである。
他に、PCR法を用い、病原体のDNAを増幅し特定する方法も用いられている(非特許文献2参照)。PCR法は、測定操作は煩雑かつ装置も高価であることから、迅速・簡便診断技術としては不適である。
【0005】
一方、病原体が動物に感染すると、宿主である動物中に多種類の病原体感染由来物質(病原体マーカー)を放出することが知られている。病原体マーカーとなり得る物質は、病原体の一部や病原体の放出する毒素や酵素が知られる。これら病原体マーカーを生体サンプルより検出することで、試料の由来する動物が感染している病原菌の特定を実施することも可能と考えられる。動物が病原体に感染した場合、感染した動物の健康状態や病原体そのものの遺伝子レベルの差により、生体試料中に放出されるマーカーの種類や濃度には差があることもよく知られている。よって、病原体マーカーによって病原体の存在有無および特定を実施する場合、複数の病原体マーカーを同時に検査することで、病原体検出の確度が向上することになる。
【0006】
病原体マーカーとなる分子の従来の測定法にEnzyme Linked Immunoassay(ELISA)がある(非特許文献3参照)。ELISAでは、病原体マーカーに選択的に結合する抗体を用意し、プレートに並ぶ数百μLの容量を有するウェル内で病原体マーカーの抗体と抗原たる病原体マーカーを含む可能性のあるサンプルとを反応させ、反応物あるいは2次反応物を、存在濃度と相関する吸光・発光物質に化学的に変換して読み取る方法である。最適化されたプロトコルを用いることで、ELISAは一つのターゲット分子に対し高感度な検出を可能とし、また、一般に96ウェルプレートを用いることから、多数のサンプルを一度に測定することができる。ただし、一種類のプレートで測定できる病原体マーカーの種類は一種、あるいは、極めて類似の特性を持つ一群に限られる。特に、食品や製薬製品中に混入可能性のある毒素といった病原体マーカーそのものに重要な意味のある場合、ELISAを用いた検査が有効である。
【0007】
しかしながら、測定のためのプレート準備、洗浄、反応に要する操作は煩雑で数時間〜2日の時間を要する。複数の異なる特性を持つ病原体マーカーの検出を実施するためには、複数のELISAプロトコルを順に、あるいは人数をかけて平行して実施することとなり、特にオンサイトにおける迅速・簡易検出技術としては不適である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】家畜共済における臨床病理検査要領;平成17年改定 全国農業共済協会編、第9節 細菌検査、6分離培養検査、P.301−307
【非特許文献2】Clinical Chemistry、vol.50、no.9、p.1673−1674
【非特許文献3】Diagnostic Microbiology and Infectious Disease、vol.42、p.9−15、2002年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、複数種類の病原体マーカーを、簡便に且つ短時間で同時に検出することが可能な、病原体検出チップを用いた病原体検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の請求項1に記載の病原体検出方法は、(a)検出対象とする病原体から放出される病原体マーカーと特異的に結合し得る2種類以上の補足物質を基板上に配置して固定し、病原体検出チップを作製する工程と、(b)宿主から採取した試料溶液を前記病原体検出チップに導入する工程と、(c)前記試料溶液中に含まれる病原体マーカーと、前記補足物質とを吸着させ、生じた反応信号を検出する工程と、(d)標準反応信号情報を用いて、検出された前記反応信号から病原体を判別する工程と、を有し、前記標準反応信号情報は、(b’)既知の病原体感染宿主及び/又は非感染宿主から採取した標準試料溶液を、前記病原体検出チップに導入する工程と、(c’)前記標準試料溶液中に含まれる病原体マーカーと、前記補足物質とを吸着させ、生じた標準反応信号を検出し、標準反応信号情報として蓄積する工程と、により、得られたものであることを特徴とする。
本発明の請求項2に記載の病原体検出方法は、請求項1において、前記補足物質が、抗体、抗体フラグメント、酵素、抗血清、血球抽出成分、培養上清、腹水、又はインプリンティングポリマーであることを特徴とする。
本発明の請求項3に記載の病原体検出方法は、請求項1又は2において、前記反応信号及び/又は前記標準反応信号が、表面プラズモン共鳴信号であることを特徴とする。
本発明の請求項4に記載の病原体検出方法は、請求項1〜3のいずれかにおいて、前記病原体が細菌であり、動物を宿主とするものであることを特徴とする。
本発明の請求項5に記載の病原体検出方法は、請求項4において、前記細菌が、黄色ブドウ球菌、非黄色ブドウ球菌、レンサ球菌、無乳性レンサ球菌、大腸菌、および肺炎桿菌からなる群から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする。
本発明の請求項6に記載の病原体検出方法は、請求項1〜5のいずれかにおいて、前記反応信号及び/又は前記標準反応信号の解析において、横軸を時間、縦軸を測定シグナルとした際に、下記数式(1)又は数式(2)のいずれかを用いて補足物質と病原体マーカーとの結合の開始時刻における応答傾きp値を求めた後、得られたp値を用いることを特徴とする。
【0011】
【数1】

(ただし、ΔMは単位時間あたりにおける病原体マーカー吸着量の増加分、ΔMmaxは病原体マーカーの平衡(最大)吸着量、τは時定数である。)
【0012】
【数2】

(ただし、ΔMは単位時間あたりにおける病原体マーカー吸着量の増加分、ΔMmaxは病原体マーカーの平衡(最大)吸着量、τは時定数である。)
【0013】
本発明の請求項7に記載の病原体検出方法は、請求項6において、既知の病原体感染宿主及び/又は非感染宿主の前記標準試料溶液から得た前記p値を用いて生成された、予め複数のランクに分類されたニューラルネットワークにより、試料溶液中の未知の病原体の種類の判別を行うことを特徴とする。
本発明の請求項8に記載の病原体検出方法は、請求項7において、前記ニューラルネットワークがSOM(自己組織化マップ)で、前記病原体にランク付けされたベクトルを持つニューロンを複数有し、SOMの学習時に、病原体が既知のデータのベクトルの各々に対して、近接したウェイトベクトルを持つニューロンを割り当てた後に、割り当てたニューロンの周囲の他のニューロンのウェイトベクトルを変更して学習するようにしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、培養という時間および感染拡大のリスクを有する手段、あるいは、ELISAやPCRに代表されるような測定操作が煩雑な手段を用いなくても、簡便に且つ迅速に複数の病原体マーカーを同時に検出することができ、精度よく病原体感染の判別を行うことが可能となる。
特に、病原体マーカーと捕捉物質との結合を測定する際に、例えば測定装置として表面プラズモン共鳴測定装置(以下、SPR測定装置ということがある)を用いた場合、測定操作が一検体につき15分程度で終了することから、従来の測定方法と比べ、飛躍的に短時間で病原体の有無を検出することができる。更に、SPR測定装置としてポータブルな小型装置を適用可能であることから、オンサイトでの病原体感染の判別を迅速に行うことが可能となる。また、リアルタイムで試料中に含まれる病原体マーカーの濃度の推定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明における病原体検出チップの一例を模式的に示す(A)側面図および(B)上面図である。
【図2】本発明における表面プラズモン共鳴測定装置の構成を模式的に示す側面図である。
【図3】病原体感染牛から採取した生乳試料における表面プラズモン共鳴測定装置による測定結果の一例を示したグラフである。
【図4】病原体感染牛から採取した生乳試料における、表面プラズモン共鳴測定装置による測定により求められた病原体ごとのp値の一例を示したグラフである。
【図5】本発明における病原体検出システム100の構成例を示すブロック図である。
【図6】標準反応信号情報作成のための一連の流れの一例を示すフロー図である。
【図7】本発明における病原体検出の一連の流れの一例を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。
【0017】
本発明の病原体検出方法は、下記工程(a)〜(d)を有する。
(a)検出対象とする病原体から放出される病原体マーカーと特異的に結合し得る2種類以上の補足物質を基板上に配置して固定し、病原体検出チップを作製する工程と、
(b)宿主から採取した試料溶液を前記病原体検出チップに導入する工程と、
(c)前記試料溶液中に含まれる病原体マーカーと、前記補足物質とを吸着させ、生じた反応信号を検出する工程と、
(d)標準反応信号情報を用いて、検出された前記反応信号から病原体を判別する工程。
以下、工程ごとに説明する。
【0018】
[工程(a)]
まず、工程(a)として、検出対象とする病原体から放出される病原体マーカーと特異的に結合し得る2種類以上の補足物質を基板上に配置して固定し、病原体検出チップを作製する。
【0019】
本発明において、病原体とは、宿主に対して病原性を有した細菌、ウイルス、寄生虫等であり、特に限定されるものではないが、病原性細菌であることが好ましく、黄色ブドウ球菌、非黄色ブドウ球菌、レンサ球菌、無乳性レンサ球菌、大腸菌、および肺炎桿菌からなる群から選ばれる1種以上であることが好ましい。
【0020】
ここで、宿主は、動物であれば特に限定されるものではないが、ヒトまたは食用動物であることが好ましい。食用動物としては、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウマ、魚、鳥等が挙げられ、なかでもウシ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウマ等の家畜であることが好ましい。
【0021】
本発明において、病原体マーカーは、これら病原体が宿主に感染した際に、宿主に放出される病原体特有のタンパク質や核酸等の生体成分である。病原体特有のタンパク質としては、例えば病原体が黄色ブドウ球菌や表皮ブドウ球菌等のブドウ球菌であった場合、黄色ブドウ球菌あるいは表皮ブドウ球菌等に特異的なプロテインAや耐熱性のエンテロトキシン(エンテロトキシンB、エンテロトキシンC及びエンテロトキシンD)、TSST−1、ロイコシジン、ヘモリシン、スタフィロキナーゼ等が挙げられる。また、病原体がレンサ球菌であった場合、病原体特有のタンパク質としては溶血毒素、エキソトキシン等が挙げられる。
【0022】
本発明において、補足物質は、病原体から放出された病原体マーカーと特異的に結合し得るものが選択される。本発明では、病原体マーカーと特異的に結合し得る2種類以上の捕捉物質が用いられる。ここで捕捉物質としては、抗体、抗体フラグメント、酵素、抗血清、血球抽出成分、培養上清、腹水、又はインプリンティングポリマー(合成ポリマー)であることが好ましい。
ここで、抗血清としては、上述した宿主由来のものを用いることができる。
血球抽出成分は、例えば、カブトガニやアメボサイトのライゼートを用いることができ、アメボサイトに蒸留水を加え、4℃にてテーブル上で一晩旋回して振とうすることで、該アメボサイトを破裂され、その上澄み液を用いることができる。あるいは、カブトガニやアメボサイトの0.02Mのトリス−塩酸緩衝液(pH8.0)を加えてホモジナイザーで破砕・抽出し、その上澄み液を採取して用いることができる。
培養上清や腹水としては、これら培養上清や腹水中に存在し、特異抗体を介して病原体マーカーと選択的に吸着をするタンパク質を用いることができる。
培養上清は、例えば、病原体マーカーの一つをマウスに免疫させて得られるハイブリドーマを培養し、該培養に用いた培養液を、培養上清として用いることができる。培養上清を用いる際は、例えば、基板上にあらかじめ抗マウスIgG抗体を固定し、その上に該培養上清を滴下して、目的とする抗体(マウスに免疫させた病原体マーカーに対する抗体)を、前記抗マウスIgG抗体を介して基板上に固定させて用いることができる。
また、腹水は、例えば、病原体マーカーの一つをマウスに免疫させて得られるハイブリドーマをマウスに移植し、腹水を採取することで得られる。腹水を用いる際は、例えば、培養上清の際と同様に、基板上にあらかじめ抗マウスIgG抗体を固定し、その上に腹水を滴下して、目的とする抗体(マウスに免疫させた病原体マーカーに対する抗体)を、前記抗マウスIgG抗体を介して基板上に固定させて用いることができる。
インプリンティングポリマーは、病原体マーカーそのものをポリマー内に担持させて作製されたものが好ましい。
【0023】
例えば、牛乳房炎の診断に適用する場合、主要な病原体の一つが黄色ブドウ球菌となるため、黄色ブドウ球菌の病原体マーカー(プロテインAや耐熱性のエンテロトキシン(エンテロトキシンB、エンテロトキシンC及びエンテロトキシンD)、TSST−1、ロイコシジン、ヘモリシン、スタフィロキナーゼ)を特異的に検出し得る捕捉物質を基板上に配置して固定し、病原体としてレンサ球菌を検出する際は、上述したレンサ球菌の病原体マーカー(溶血毒素、エキソトキシン等)を特異的に検出し得る捕捉物質を選択する。
【0024】
従来は、1種類の捕捉物質で1種類あるいは多種類の病原体マーカーを検出していたため、試料の状態や測定状況に応じて検出感度に劣る虞があった。本発明によれば、複数の病原体マーカーを別個に検出する捕捉物質が基板上に配置されているため、病原体の判別をより確度よく行うことが可能となる。
【0025】
本発明における病原体検出チップは、上記2種類以上の補足物質が基板上に配置して固定されたものであり、後述する工程(c)において、試料溶液中の病原体マーカーと補足物質とが好適に吸着し、且つ、それにより生じる反応信号を好適に検出し得るものであれば、特に限定されるものではない。以下、病原体検出チップに関して、図を用いて詳細に説明するが、本発明の病原体検出チップはこれに限定されるものではない。
【0026】
表面プラズモン共鳴センサ(SPRセンサ)においては、基板とプリズムとの間に光学的マッチングをとる必要がある。そうしなければ、入射光が基板/プリズム界面にて反射され、効率の良い測定ができなくなるからである。そこで、ガラスあるいはプラスチックの基板とプリズム(図1、2)との光学的マッチングを保つため、弾性を有する架橋ポリマーからなるマッチングシートが基板の裏部に形成されている。マッチングシートの屈折率は、プリズムおよび基板の屈折率と極めて近い値の屈折率に調整されている。マッチングシートはガラス基板、プラスチック基板の両者に付与することができる。一般的に知られる方法、SPRセンサのプリズム上に市販の屈折率マッチングオイルを滴下して基板を押し付ける方法でも同じ効果は得られる。しかし、基板の取り外しの際、マッチングオイルはプリズム上に残渣として残るため、有機溶媒や粘着性シートでふき取る洗浄作業が必要となる。一方で、マッチングシートが付与された基板を用いれば、基板を取り外すと同時にマッチングシートも取り外され、次の測定の前にプリズムを洗浄する作業が不要である。
図1は、本発明における病原体検出チップ10の一例を模式的に示す図であり、図1(A)は、病原体検出チップ10の側面図であり、図1(B)は病原体検出チップ10の上面図である。
病原体検出チップ10は、病原体から放出される病原体マーカーを特異的に検出し得る2種類以上の捕捉物質が、基板3上のスポット4に配置され、固定されている。また、基板3の少なくともスポット4が露呈するように、開口部を設けたシート体(図示せず)が基板3の一面に配されていてもよい。そして、このシート体上には、開口部を覆うように蓋体(図示せず)が配され、開口部と外部とを連通する貫通孔(図示せず)が設けられていてもよい。また、基板3の下には望ましくは架橋ポリマーからなるマッチングシート5が配されている。さらに、基板3の上面には、望ましくは毛細管現象を利用して試料を送液する毛細管型液送部6が配されている。
捕捉物質は、基板3上のスポット4にアレイ状に配置して固定することができる。2種類以上の捕捉物質をアレイ状に配置することで、少量の試料溶液で一度に複数種の病原体マーカーの検出が可能となる。
また、2種類以上の捕捉物質のうち、少なくとも1種類の捕捉物質が、2箇所以上の分割された領域に配置されていることが好ましい。各々の領域で得られた測定結果の平均を算出することで、より精確に病原体マーカーの検出を行うことができる。
【0027】
病原体マーカーの検出に表面プラズモン共鳴測定装置(以下、SPR測定装置ということがある)を用いる際は、2種類以上の捕捉物質は、基板3上に直線状に隣接して配されていることが好ましい。同時に複数の病原体マーカーの検出が可能となり、検出時間の短縮化が図れると共に、測定に必要とする試料溶液の量を削減することができる。
【0028】
基板3は、透明性を有した第一基板1と、第一基板1の一面の少なくとも一部に配された金属薄膜2とから構成されていてもよい。第一基板1としては、例えばガラス、プラスチック等を用いることができ、その厚さは、例えば0.5mm以上8mm以下である。金属薄膜2としては、例えば金からなり、平板状の薄膜であるものを用いることができ、病原体検出チップ10をSPR測定装置に適用する際は、エバネッセント波の染みだしが必要であるため、金属薄膜2の厚さは20nm以上100nm以下とすることが好ましい。
また、基板3の一面には、少なくとも捕捉物質が配されたスポット4が露呈するように開口部を設けたシート体が配されていてもよく、このシート体上には、開口部を覆うように蓋体が配され、開口部と外部とを連通し、後述する試料溶液を導入及び排出する貫通孔が設けられていることが好ましい。さらに、試料溶液の送液用に、周辺装置として、シリンダーやプランジャーを利用した小型の送液ポンプ装置を用いるほか、吸収パッドを利用した試料を送液する機構、チップに統合可能なサイズのマイクロフルイディクスを利用したポンプ機構を備えたチップを用いることができる。
シート体としては、例えばPDMS、ポリアクリル酸、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン、ポリオレフィン、ポリ塩化ビニル、ポリエステル、ポリウレタン、ポリアクリロニトリル、シラン架橋ポリオレフィン等のポリマーが適用可能である。また、その厚さは例えば10μm〜1mm程度であることが好ましい。
蓋体としては、シート体と同様に例えばPDMS、ポリアクリル酸、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン、ポリオレフィン、ポリ塩化ビニル、ポリエステル、ポリウレタン、ポリアクリロニトリル、シラン架橋ポリオレフィン等のポリマーが適用可能である。この蓋体に貫通孔が形成される場合、その大きさとしては、例えばその直径が0.5mm〜2mm程度であることが好ましい。
【0029】
補足物質を基板3上に固定する方法は、特に限定されるものではなく、通常、抗体等の基板への固定化に用いる方法を用いて行うことができる。例えば、補足物質が抗体である場合、抗体を含む溶液を金属薄膜2上に滴下することで、該抗体のチオール基が金薄膜2と共有結合し、固定することができる。また、固定化の後、適宜、ブロッキング等の工程を行ってもよい。
【0030】
[工程(b)]
次いで、工程(b)として、宿主から採取した試料溶液を前記病原体検出チップに導入する。
試料溶液としては、上記宿主の生体試料や、上記宿主の生体試料から得られた培養物、及びこれらから抽出した試料溶液であってもよい。生体試料としては、例えば乳や唾液、血液、尿、母乳等が挙げられる。
試料溶液を病原体検出チップに導入する方法は、該試料溶液中の病原体マーカーと補足物質とが好適に吸着するものであれば特に限定されるものではなく、後述する(c)工程において用いる機器等に応じて適宜決定できる。
【0031】
[工程(c)]
さらに、工程(c)として、前記試料溶液中に含まれる病原体マーカーと、前記補足物質とを吸着させ、生じた反応信号を検出する。
検出に用いる測定装置としては、金属薄膜2が配された基板3上において、タンパク質の吸着現象を測定できる装置が適用できる。この装置としては、例えば全反射光学系を有しアレイを個々に測定可能な紫外光測定装置、赤外光測定装置を用いることもできるが、望ましくは、SPR測定装置を用いる。
SPR測定装置を用いた場合、検出感度に優れるため、測定操作が一検体につき15分程度で終了することから、従来の病原体検出方法と比べ、飛躍的に短時間で病原体の有無を検出することができる。また、操作が簡便であることから作業性に優れている。そのため、短時間で測定できることと合わせ、所定時間内により多くの試料溶液を測定することができる。また、リアルタイムで病原体マーカーの検出が行えることから、測定中に試料溶液中に含まれる病原体マーカーの濃度の推定が可能となる。
特に、SPR測定装置として小型のポータブルタイプのSPR測定装置を用いることで、オンサイトでの迅速診断が可能となる。
【0032】
図2は、本発明の病原体検出チップ10と、測定装置としてSPR測定装置20とを用いて病原体マーカーを検出する際の様子を模式的に示した図である。
SPR測定装置20は、病原体検出チップ10の金属薄膜表面から数百nmの範囲の屈折率の変化を検出できるもので、光を試料の反対面からある角度で入射し、そのエバネッセンス波と表面プラズモンとが共鳴する角度を測定する。
より具体的には、光源21から発した出射光25はくさび形の光に集光し、半円柱状のプリズム22に入射する。プリズムの底部には、屈折率を合わせるためのマッチングオイルを介して被測定部分βを配置し、この被測定部分βに全反射の条件下で光を照射する。
金属薄膜の捕捉物質が配された側に生じるエバネッセンス波と表面プラズモン波とは、ある入射角で共鳴を起こす。この時、2次元CCDカメラ24によって反射光26の強度を測定すると、共鳴が起こる角度で反射率の低い谷が観察される。共鳴が起こる角度は、金属薄膜表面の屈折率に依存するため、病原体マーカーと捕捉物質とが結合すると金属薄膜2表面の屈折率が変化し、谷の現れる角度が変化する。病原体検出チップ上の補足物質それぞれから得られるこの経時変化を反応信号として検出し、後述する工程(d)において標準反応信号情報を用いることにより、試料溶液中の病原体の判別を行うことができる。
【0033】
[工程(d)]
次いで、工程(d)として、標準反応信号情報を用いて、検出された前記反応信号から病原体を判別する。
まず、前記工程(c)において得られた反応信号から、それぞれの補足物質と病原体マーカーとの吸着速度に依存する値であるp値を求める。
抗原抗体反応を含む病原体マーカーと捕捉物質との吸着現象は、捕捉物質への吸着物(病原体マーカー)の吸着量が測定できる場合、吸着物がある一定濃度で存在すると、その吸着量は吸着時間に伴い吸着式にのっとって増加していくと考えられる。
例えばLangmuir型の吸着式を使うと、吸着サイトの濃度が一定の条件にある場合、すなわち、抗体が固定化された病原体検出チップのように、吸着サイトが基板3上に固定されている場合、単位時間あたりの吸着量の増加分ΔMは、平衡(最大)吸着量ΔMmaxと時定数τを使って次の数式(1)のように表される。
【0034】
【数3】

(ただし、ΔMは単位時間あたりにおける病原体マーカー吸着量の増加分、ΔMmaxは病原体マーカーの平衡(最大)吸着量、τは時定数である。)
【0035】
また、Langmuir式以外として、次式の数式(2)で表される擬2次速度式を用いてもよい。
【0036】
【数4】

(ただし、ΔMは単位時間あたりにおける病原体マーカー吸着量の増加分、ΔMmaxは病原体マーカーの平衡(最大)吸着量、τは時定数である。)
【0037】
捕捉物質それぞれの応答を、上記いずれかの式にフィッティングし、捕捉物質と病原体マーカーとの結合の開始時刻における応答傾きを求めて、この値をパラメータp値とする。この際、p値は吸着物の濃度に依存する値である。例えば、図3は、ある試料溶液における上記数式(1)あるいは数式(2)で求められた、応答傾きであるパラメータpを求める際の概念図である。すなわち、13種類の補足物質(抗体)により、それぞれの補足物質と病原体マーカーとの、13個のパラメータpを得ることで、各試料溶液において13次元の特徴データ(応答パターン)が得られる。図3の横軸は、時間(秒)であり、縦軸はセンサシグナルの強度を示している。
また、図4はSA、CNS、Strepそれぞれの2つずつの試料溶液の13次元の応答パターンを示している。
【0038】
上述したように、吸着速度に依存するp値の集合として、一つの測定から応答パターンを得ることができる。病原体の判別を行うためには、既知の病原体に感染した宿主由来の試料溶液を用いて上記検出を行うことにより得た応答パターンを標準反応信号情報として用いる必要がある。
【0039】
本発明において、標準反応信号情報とは、下記工程により得られたものである。
(b’)既知の病原体感染宿主及び/又は非感染宿主から採取した標準試料溶液を、前記病原体検出チップに導入する工程と、
(c’)前記標準試料溶液中に含まれる病原体マーカーと、前記補足物質とを吸着させ、生じた標準反応信号を検出し、標準反応信号情報として蓄積する工程。
【0040】
工程(b’)において、宿主は、上記工程(b)における宿主と同じであることが好ましい。また、既知の病原体は、上記工程(a)において検出対象とする病原体である。
また、病原体検出チップとしては、上記(a)工程において作製したものと同じものが用いられる。
標準試料溶液としては、上記宿主の生体試料や、上記宿主の生体試料から得られた培養物、及びこれらから抽出した試料溶液であってもよく、上記(b)工程において用いる試料溶液と同様の試料溶液であることが好ましい。
試料溶液を病原体検出チップに導入する方法は、上記(b)工程において用いられる方法と同様の方法であることが好ましい。
【0041】
工程(c’)において、検出に用いる測定装置および検出方法は、上記(c)工程と同じものが選択される。
上記により得られた標準反応信号から、上記式(1)または(2)を用いて、p値を求める。
【0042】
<本発明の一実施形態における病原体検出システムの説明>
すでに説明したように、n個の補足物質を用いた測定により、各補足物質からp値が1つずつ算出されることから、各試料溶液毎にn次元の応答パターンが生成される。以下に、標準試料溶液を用いた標準反応信号情報の生成、及び試料中の病原体の判別について説明する。図5に本発明における病原体検出システム100の構成例を示す。
【0043】
p値算出部101は、各補足物質から得られる時間経過に伴うセンシングシグナルの強度変化から、各補足物質と、試料溶液中の病原体マーカーとの応答傾きのパラメータpからなる応答パターンを求める。このとき、p値算出部101は、図3に示す補足物質単位に時間経過毎のセンシングシグナルの強度変化を、数式(1)または数式(2)の増加分ΔMに対応するようにフィッティングして、単位時間当たりの強度変化、すなわち応答速度の傾きを算出して、各補足物質のパラメータpとし、試料溶液毎に付与された識別情報と、この識別情報の試料溶液の応答パターンとを対応付けて検証データベース102に書き込み、記憶させる。たとえば、p値算出部101は、SA、CNS、Strep、感染なしとラベルされた試料溶液を、それぞれn1、n2、n3、n4個ずつのサンプル数として、n=n1+n2+n3+n4個の上述した応答パターンを求めて、各試料溶液の識別番号に対応付けて検証データベース102に書き込み、記憶させる。
【0044】
主成分分析部103は、検証データベース102から上記n個の応答パターンについて主成分分析(Principal Component Analysis)を行い、応答パターンのパラメータpの次元数に比較して、低次元の平面あるいは空間への写像を行う。すなわち、主成分分析部103は、主成分1および主成分2を軸とする2次元平面(2次元空間)、あるいは主成分1、主成分2および主成分3を軸とする3次元空間への写像を行い、パラメータ数の低減を行う。この平面および空間はPCA(Principal Component Analysis)空間である。また、応答パターンの次元数を圧縮して低減する方法としては、上述した主成分分析だけでなく、多重判別分析(Multiple Discriminant Analysis)を適用しても良い。主成分分析部103は、各主成分のスコアを新たな試料溶液の応答パターンとし、各試料溶液の識別番号に対応付けて検証データベース102へ書き込んで記憶させる。
【0045】
自己組織化部104は、n個の標準試料溶液(n個の教師データとn個の検査データ)を用いて、自己組織化法によりSOM(Self-organizing feature map)を生成する。ここで、例えば、n個の標準試料溶液の応答パターンは2次元で表現され、n個の応答パターンの集合(x=[x1,x2]n*)と、ニューロンjのウェイトベクトルw(w=[wj1,wj2])として説明する。SOMは入力層と競合層との2層構造である。この競合層には、m個のニューロンが2次元グリッド上に形成され、各ニューロンは上記ウェイトベクトルを有している。このSOMは、後述するウェイトベクトルとランク(SA、CNS、Strep、感染なしの各ラベルに対応してランク付けされたもの)との関連を示す判別用マップの構成を有している。
【0046】
自己組織化部104は、検証データベース102から、識別番号順に応答パターンxを読み出し、この読み出した応答パターンxとのユークリッド距離が最も短い最近隣の重みベクトルを有するニューロンを、この応答パターンxに最も適合しているニューロンi(x)として、学習データベース106から抽出する。すなわち、自己組織化部104は、学習データベース106に記憶された競合層の各ニューロンを番号順に読み出し、読み出したニューロンのウェイトベクトルwと応答パターンxとのユークリッド距離を計算し、最もユークリッド距離が小さくなるウェイトベクトルwを抽出する。
【0047】
自己組織化部104は、競合層の全てのニューロンのウェイトベクタwを、学習データベース105からニューロンを番号順に読み出し、順次、各ニューロンのウェイトベクタを以下の数式(3)により更新し、変更したウェイトベクタを番号に対応し、学習データベース105におけるウェイトベクトルwのデータに上書きする。自己組織化部104は、この更新をn個全ての標準試料溶液に対応して行う。このとき、自己組織化部104は、最も近いウェイトベクトルを有するニューロンに対して、標準試料溶液のラベルを付与し、判別用マップM={wj,θwj}として、各ニューロンの番号に対応して学習データベース106に書き込み、記憶させる。
(t+1)=w(t)+η(j)hj,i(x)(t)(x(t)−wt))…(3)
【0048】
自己組織化部104は、変更前と変更後とにおけるウェイトベクトルの差分が、予め設定した閾値以下となるまで、数式(3)による、各ニューロンのウェイトベクトルの更新を繰り返し行う。
ここで、SOMにおいては、入力される上記応答パターンの自己組織化のステップ(あるいは時間、例えば時間tとする)が経過するとともに、数式(3)における2次元平面上における近隣係数hj,i(x)(t)が減少すると定義し、自己組織化が進行する。そのため、時間とともにエクスポーネンシャル(exponential)に減少する関数σ(=σExp(t/τ1)、ここで、σ及びτ1は定数)とし、ステップtとともに変化する係数としたとき、近隣係数hj,i(x)(t)は、以下の数式(4)により定義される。
j,i=Exp(−di,j/2σ(t)) …(4)
数式(4)において、t=0,1,2,3,…であり、di,jは応答パターンxとj番目のウェイトベクトルとのユークリッド距離である。
【0049】
また、学習パラメータηについても、ステップtとともに変化する係数として、以下の数式(5)により定義される。
η=ηExp(−t/τ2) …(5)
数式(5)において、η及びτ2は定数である。
学習ベクトル量子化部107は、自己組織化部104が生成したSOMにより、以下に示す教師データ及び検査データを用いて、後述する学習ベクトル量子化処理を行う。
【0050】
学習ベクトル量子化部107は、検証データベース102から、SA、CNS、Strep、感染者なしとラベルされた試料溶液のサンプルを、それぞれのラベルの集団から各ラベルの集団のサンプル数の役半分に相当する数、すなわち0.5×n(x=1,2,3,4)個以下の最大整数個をランダムに抽出して、n個のなかからn個の教師データを選択し、教師グループとして教師データベース105に、それぞれの標準試料溶液の識別番号とともに書き込んで記憶させる。ここで、全n個のなかで、上記教師データとして選択されなかったn(=n−n)個を検査グループとする。すなわち、学習ベクトル量子化部107は、予めラベルされた試料溶液である標準試料溶液の応答パターンn個を、n個の教師データとn個の検査データとに分離する。ここで、学習ベクトル量子化部107は、教師グループに含まれる各教師データの応答パターンをそれぞれの標準試料溶液の識別情報とともに、教師データベース105Aに書き込んで記憶させるとともに、検査グループに含まれる各検査データの応答パターンをそれぞれの標準試料溶液の識別情報とともに、検査データベース105Bに書き込んで記憶させる。
【0051】
学習ベクトル量子化部107は、教師データベース105Aから教師データを順次読み込み、学習ベクトル量子化処理を行う。ここで、学習ベクトル量子化部107が教師データベース105Aから読み込む教師データx=[x1,x2]nTは、正解となるクラス(SA、CNS、Strep、感染菌なし)が、上記判別用マップとしてラベルされている。すなわち、自己組織化部104が行った最近燐法でのSOM生成において、SOMとして生成した各ニューロンは所属するクラスが決定され、判別用マップM={wj,θwj}として学習データベース106に記憶されている。これは、同一ラベルの試料溶液の応答パラメータが近傍のニューロンのウェイトベクトルと近いために、同一ラベルの標準試料溶液に対応するニューロンが連続した領域に配置され、それぞれのラベルに対応したクラスにクラスタリングされていることによる。
【0052】
学習ベクトル量子化部107は、教師データベース105から、順次、識別番号順に、教師データxiを読み出す。学習ベクトル量子化部107は、読みだした教師データxiの応答パターンと、順次番号順に読み出すニューロンのウェイトベクトルとのユークリッド距離を算出し、最もユークリッド距離が小さなニューロンを、最も近隣のサポートベクターwcとして抽出する。
ここで、学習ベクトル量子化部107は、以下のルールによりウェイトベクタwcの2次元空間上での位置の微調整を行う。
(i)ウェイトベクトルwcのニューロンのクラス(=θwc)と、入力された検査データxiとのクラスが等しいとき、以下の数式(6)により検査データxiの応答パターンと、ウェイトベクトルwcとの距離を近づける更新を行う。
(ii)ウェイトベクトルwcのニューロンのクラスと、入力された検査データxiとのクラスが異なるとき、以下の数式(7)により検査データxiの応答パターンと、ウェイトベクトルwcとの距離を遠ざける更新を行う。
wc(t+1)=wc(t)+αt[xi−wc(t)] …(6)
wc(t+1)=wc(t)−αt[xi−wc(t)] …(7)
数式(6)及び(7)において、係数αtは、ステップtとともに減少する0<αt<1の値とする。
【0053】
学習ベクトル量子化部107は、更新したウェイトベクトルwcを、そのニューロンのラベルとともに、判別用マップM={wc,θwc}として、各ニューロンの番号に対応付けて、学習データベース106に書き込み、記憶させる。
学習ベクトル量子化部107は、順次検査データを検証データベース102から読み出し、読み出した検証データを仮の未知データとする。
学習ベクトル量子化部107は、読み出した仮の未知データの応答パターンと、順次番号順に学習データベース106から読み出すニューロンのウェイトベクトルwcとのユークリッド距離を算出し、最もユークリッド距離の小さいニューロンを最近隣のサポートベクターとし、そのニューロンのラベルを仮の未知データに付与する。
【0054】
学習ベクトル量子化部107は、仮の未知データの識別番号と同一の識別番号の検証データのラベルを検証データベース102から順次読み出し、それぞれ読み出したラベルと仮の未知データに付与されたラベルとを比較し、一致する検証データの数をカウントする。
学習ベクトル量子化部107は、n個の検証データにおける上記カウントした数の割合(正答する割合)を算出し、この割合が予め設定した正答率あるいは予め設定したステップ数のいずれかを超えるまで、上述した教師データを用いた更新処理を継続する。このように、SOMの学習時に、病原体が既知のデータのベクトルの各々に対して、近接したウェイトベクトルを持つニューロンを割り当てた後に、割り当てたニューロンの周囲の他のニューロンのウェイトベクトルを変更して学習する。
【0055】
学習ベクトル量子化部107は、最終的な判別用マップM={wf,θwf}を求め、学習データベース106に各ニューロンの番号に対応して書き込み、記憶させる。
データ判別部108は、検証データベース102に記憶されている未知の試料溶液の応答パターンと、順次番号順に学習データベース106から読み出すニューロンのウェイトベクトルwfとのユークリッド距離を算出し、最も小さなユークリッド距離を有するニューロンのラベルを、応答パターンに対応する試料溶液に対して付与する。学習データベース106に形成されているテーブルは、学習ベクトル化処理により最終的に生成された各ニューロンのウェイトベクトルwfとそのクラスの集合である判別用マップ、W={wf,θwf}である。データ判別部108は、この判別用マップにより、ウェイトベクトルwfを有するニューロンに付与されているラベルを、近隣と判定された応答パターンを有する試料溶液に付与する。
【実施例】
【0056】
<病原体検出チップの作製>
図1に示す病原体検出チップを作製した。ガラス又はプラスチック(双方のいずれもが使用可能であり、プラスチックは安価であり、両者に性能上の差は無い)上に金属膜を50nmの厚さで形成して基板を形成した。その後、基板(金属膜)上に、黄色ブドウ球菌(SA)に関連する病原体マーカーに対する抗体7種類(エンテロトキシン抗体。なお、エンテロトキシンには、A,B,C1,C2,C3,D,E,,,と多数あり、単一毒素にのみ応答性を持つ抗体と、反応性が混じったもの(例:B 40%+D 40%+C 20%)を混ぜ合わせて7種類使用)、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)に関連する病原体マーカーに対する抗体1種類(コアグラーゼ関連物質抗体)、およびレンサ球菌(Strep)に関連する病原体マーカーに対する抗体5種類(エキソトキシンA,B,C抗体、ストレプトリシン抗体)を以下の方法により固定化した。まず、それぞれの抗体を含む緩衝液を、各液滴が混ざらないようにピペット又はスポット装置を用いて滴下し、30分以上、軽く振動させながら固定化させた。次に、抗体を含む緩衝液を取り除き、緩衝液を用いて抗体が固定化された基板の表面を洗浄した後、ブロッキング剤(Protein−Free T20(TBS) Blocking Buffer)を滴下して一晩静置し、洗浄後、筐体、毛細管型送液部を組み合わせてチップを作製した。
【0057】
<標準反応信号情報の作製>
標準試料溶液として、黄色ブドウ球菌(SA)感染牛、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)感染牛、レンサ球菌(Strep)感染牛、病原体非感染牛のそれぞれから採取した生乳サンプルを用いた。これら標準試料溶液は、「家畜共済における臨床病理検査要領」のP.301−307に記載の培養法により、病原体の有無及び種別があらかじめ確認されたものである。
以下に、ニューラルネットワークにより、SA、CNS、Strep、感染菌なしの4分類へと判別するために用いる判別用マップの生成について、図6を用いて説明する。図6は、判別用マップの生成をn個の標準試料溶液を用いて行う処理の流れを示すフローチャートである。このn個は、例えば、SAのn1個のサンプル、CNSのn2個のサンプル、Strepのn3個のサンプル、感染なしのn4個のサンプルからなる。
【0058】
測定装置としては、図2に示すような小型SPRを用い、上記チップ(抗体アレイチップ)を小型SPRに装着する(ステップS1)。これら標準試料溶液をシリンジポンプにより5μL・min−1の流速で毛細管型送液部に導入し(ステップS2)、マルチチャンネル表面プラズモン共鳴の測定を予め設定した測定時間間隔にて予め設定した時間範囲で繰り返して行い、測定時間間隔毎の反応信号(センサシグナルの強度データ)を、反応信号の経過変化を示す標準反応信号の検出を行う(ステップS3)。
【0059】
そして、p値算出部101は、標準反応信号から各補足物質のパラメータp(例えば、13個の補足物質を用いた場合、13次元)を算出し、標準試料溶液の応答パターンを生成し、この標準試料溶液に対して識別情報(例えば、標準試料溶液の試料番号など)を付与し、この識別情報とともに、この識別情報に対応付けて応答パターンを検証データベース102に書き込んで記憶させる(ステップS4)。
【0060】
次に、測定された標準試料溶液の数がnでない場合、ステップS1に戻り次の標準試料溶液の測定を行い、測定された標準試料の数がnとなると処理をステップSへ進める(ステップS5)。
次に、主成分分析部103は、n個の標準試料溶液の応答パターンを検証データベース102から読み出し、これら応答パターンの各次元のパラメータpに対する主成分分析を行う(ステップS6)。すなわち、主成分分析部103は、パラメータpの上記13次元の応答パターンを、より低次元、例えば主成分1及び主成分2を軸とする2次元へ写像し、応答パターンの次元の圧縮を行い(後に説明する自己組織化処理及び学習ベクトル化処理に用いる応答パターンは、次元圧縮を行った次元のデータである)、処理をステップS7へ進める。また、主成分分析部103は、n個の標準試料溶液の応答パターンを、それぞれの識別情報に対応付けて、検証データベース102に書き込み、記憶させる。これにより、応答パターンは、主成分1及び主成分2のスコアからなる2次元ベクトルに次元圧縮されることになる。
【0061】
次元圧縮が行われた後、自己組織化部104は、検証データベース102から標準試料溶液の次元圧縮された応答パターンを順次読み出す。
そして、自己組織化部104は、すでに述べたk最近隣法を用いた自己組織化処理(競合層におけるニューロンのクラスタリング処理)により、n個の標準試料溶液の応答パターンに基づくSOMを生成し、学習データベース106に書き込む(ステップS7)。
【0062】
次に、学習ベクトル量子化部107は、検証データベース102における標準試料溶液のSA、CNS、Strep、感染なしの各サンプル数の半数を教師グループとし、残りの半数を検査グループとする。
そして、学習ベクトル量子化部107は、教師グループの応答パターンをそれぞれの標準試料溶液の識別情報とともに、教師データベース105Aに書き込んで記憶させ、また、検査グループの応答パターンをそれぞれの標準試料溶液の識別情報とともに、検査データベース105Bに書き込んで記憶させる。
【0063】
次に、学習ベクトル量子化部107は、順次学習データベース106からニューロンのウェイトベクトルwcを順次読み込み、教師データの応答ベクトルに対し、最近隣のニューロンのウェイトベクトルwcを抽出する。
そして、学習ベクトル量子化部107は、学習データベース106を参照して、各ニューロンの番号に対応したW={wc,θwc}の判別用マップにより、最近隣のウェイトベクトルwcを有するニューロンが教師データと同一か否かの判定を行い、同一である場合ウェイトベクトルwcをより応答ベクトルに近づけ、同一でない場合に応答ベクトルから離す更新処理を、全ての教師データの応答ベクトルを用いて行う。
【0064】
次に、学習ベクトル量子化部107は、検査データベース105Bから、検査データを読み出し、この検査データの応答ベクトルに対して最近隣のウェイトベクトルを有するニューロンを、学習データベース106から抽出する。そして、学習ベクトル量子化部107は、抽出されたニューロンのクラスが検査データと一致するか否かの判定を全ての検査データに対して行い、検査グループの全検査データに対する正答率を上記判別用マップを参照して求める。学習ベクトル量子化部107は、予め設定した正答率となるまで、教師データによる微調整と、検査データによる正答率の判定の処理を繰り返して行い、最終的な判別用マップM={wf,θwf}を求め、学習データベース106に各ニューロンの番号に対応して書き込み、記憶させる。
【0065】
<試料中の病原体の判別>
以下に、上記判別用マップを用いて、ニューラルネットワークにより、SA、CNS、Strep、感染菌なしの4分類へと判別する処理について、図7を用いて説明する。図7は、判別用マップを用いて未知データの感染有無の検出の処理の流れを示すフローチャートである。
試料溶液として、上記標準試料溶液を採取した牛とは異なる農場の牛99頭から採取した生乳サンプル99例を用い、上記測定装置を用いて、反応信号の検出を行った(ステップS11、S12、S13)。この処理は、試料溶液が標準試料溶液でなく未知データである以外、処理としては、図6のステップS1、S2、S3と同様である。
【0066】
そして、p値算出部101は、標準反応信号から各補足物質のパラメータp(例えば、13個の補足物質を用いた場合、13次元)を算出し、試料溶液の応答パターンを生成し、この試料溶液に対して識別情報(例えば、試料溶液の試料番号など)を付与し、この識別情報とともに、この識別情報に対応付けて応答パターンを検証データベース102に書き込んで記憶させる(ステップS14)。
【0067】
次に、主成分分析部103は、未知データの試料溶液の応答パターンと、n個の標準試料溶液を検証データベース102から識別番号とともに読み出し、これらの応答パターンの各次元のパラメータpに対する主成分分析を行う(ステップS15)。
そして、主成分分析部103は、低次元化された未知データの試料溶液の応答パターンを、この未知データの識別番号に対応付けて、検証データベース102に書き込み、記憶させる。
【0068】
次に、データ判別部108は、識別番号により未知データの応答パターンを読み出し、この応答パターンと最近隣のウェイトベクトルを有するニューロンを、学習データベース106から抽出する。
そして、データ判別部108は、最近隣のウェイトベクトルを有するニューロンの判別用マップM={wf,θwf}を学習データベース106から読み出し、このニューロンのクラスのラベルを未知データに付与し、この未知データの識別情報に対応付けて、検証データベース102にラベルを書き込み、記憶させる(ステップS16)。
【0069】
上記による未知試料溶液の判別結果と、培養法により判別されたこれら試料溶液の判別結果とを比較した。培養法で黄色ブドウ球菌(SA)感染と判別された試料溶液の全てについて、本発明の病原体検出方法でも黄色ブドウ球菌感染との判別がなされ、正答率は100%であった。また、培養法でコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)感染、レンサ球菌(Strep)感染と判別された試料溶液については、本発明の病原体検出方法の正答率は、それぞれ54%、66%であった。
上記結果から、本発明の病原体検出方法が、簡便に且つ迅速に複数の病原体マーカーを同時に検出することができ、精度よく病原体の感染の有無の診断及び病原体の判別を行えることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の病原体検出方法は、生体から採取される試料中に含まれる病原体の判別に好適に適用可能である。特に、オンサイトにおける病原体の検出に対してより好適に適用することができる。
【符号の説明】
【0071】
1 第一基板
2 金属薄膜
3 基板
4 スポット
5 マッチングシート
6 毛細管型液送部
10 病原体検出チップ
20 SPR測定装置
21 光源
22 プリズム
23 偏光子
24 2次元CCDカメラ
25 出射光
26 反射光
β 被測定部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)検出対象とする病原体から放出される病原体マーカーと特異的に結合し得る2種類以上の補足物質を基板上に配置して固定し、病原体検出チップを作製する工程と、
(b)宿主から採取した試料溶液を前記病原体検出チップに導入する工程と、
(c)前記試料溶液中に含まれる病原体マーカーと、前記補足物質とを吸着させ、生じた反応信号を検出する工程と、
(d)標準反応信号情報を用いて、検出された前記反応信号から病原体を判別する工程と、
を有し、
前記標準反応信号情報は、
(b’)既知の病原体感染宿主及び/又は非感染宿主から採取した標準試料溶液を、前記病原体検出チップに導入する工程と、
(c’)前記標準試料溶液中に含まれる病原体マーカーと、前記補足物質とを吸着させ、生じた標準反応信号を検出し、標準反応信号情報として蓄積する工程と、
により、得られたものであることを特徴とする病原体検出方法。
【請求項2】
前記補足物質が、抗体、抗体フラグメント、酵素、抗血清、血球抽出成分、培養上清、腹水、又はインプリンティングポリマーであることを特徴とする請求項1記載の病原体検出方法。
【請求項3】
前記反応信号及び/又は前記標準反応信号が、表面プラズモン共鳴信号であることを特徴とする請求項1又は2記載の病原体検出方法。
【請求項4】
前記病原体が細菌であり、動物を宿主とするものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の病原体検出方法。
【請求項5】
前記細菌が、黄色ブドウ球菌、非黄色ブドウ球菌、レンサ球菌、無乳性レンサ球菌、大腸菌、および肺炎桿菌からなる群から選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項4記載の病原体検出方法。
【請求項6】
前記反応信号及び/又は前記標準反応信号の解析において、
横軸を時間、縦軸を測定シグナルとした際に、下記数式(1)又は数式(2)のいずれかを用いて補足物質と病原体マーカーとの結合の開始時刻における応答傾きp値を求めた後、得られたp値を用いることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項記載の病原体検出方法。
【数1】

(ただし、ΔMは単位時間あたりにおける病原体マーカー吸着量の増加分、ΔMmaxは病原体マーカーの平衡(最大)吸着量、τは時定数である。)
【数2】

(ただし、ΔMは単位時間あたりにおける病原体マーカー吸着量の増加分、ΔMmaxは病原体マーカーの平衡(最大)吸着量、τは時定数である。)
【請求項7】
既知の病原体感染宿主及び/又は非感染宿主の前記標準試料溶液から得た前記p値を用いて生成された、予め複数のランクに分類されたニューラルネットワークにより、試料溶液中の未知の病原体の種類の判別を行うことを特徴とする請求項6に記載の病原体検出方法。
【請求項8】
前記ニューラルネットワークがSOM(自己組織化マップ)で、前記病原体にランク付けされたベクトルを持つニューロンを複数有し、SOMの学習時に、病原体が既知のデータのベクトルの各々に対して、近接したウェイトベクトルを持つニューロンを割り当てた後に、割り当てたニューロンの周囲の他のニューロンのウェイトベクトルを変更して学習するようにしたことを特徴とする請求項7に記載の病原体検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−47714(P2011−47714A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−194685(P2009−194685)
【出願日】平成21年8月25日(2009.8.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年3月30日 社団法人応用物理学会発行の「2009年(平成21年)春季 第56回応用物理学関係連合講演会 講演予稿集 No.3」に発表
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】