説明

癌抑制因子およびその用途

【課題】乳癌分子標的治療の新規ターゲット分子を同定し、該標的分子の発現や機能を制御することによる乳癌の新規治療手段を提供すること、並びに、該標的分子を用いた癌治療薬のスクリーニング法を提供すること。
【解決手段】BCG01蛋白質またはその部分ペプチド、あるいはそれをコードする塩基配列を含む核酸を含有してなる、癌(特に乳癌)の治療・予防(癌の進展/浸潤・転移の抑制)剤。BCG01蛋白質を産生する細胞に被験物質を接触させ、該蛋白質の発現もしくは活性を増強する物質を選択することを特徴とする、癌(特に乳癌)の治療・予防(癌の進展/浸潤・転移の抑制)物質のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌、特に乳癌の治療・予防剤等に関する。より詳細には、本発明は、BCG01遺伝子もしくはその発現産物による乳癌の悪性化および/または癌細胞の浸潤・転移抑制剤、該蛋白質もしくはその産生細胞を用いる癌の治療・予防物質のスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト乳癌は最頻発する腫瘍疾患のひとつで、本邦および欧米にて高い死亡率を示す。乳癌を克服するために、化学療法や放射線療法、外科的手術に加えて抗体療法等による新たな治療が行われているが、同疾患は再発・転移が頻発し、難治性の腫瘍疾患の一つである。乳癌の治療法の開発と共に、その癌化・悪性化のメカニズムを解明することにより乳腺の癌化を把握する研究が進められている。国内外における乳癌組織の網羅的遺伝子発現の解析はマイクロアレイやSAGE法等を用いて様々な有用なデータが示され、乳癌を理解する上で重要視されている。しかし、既存の実験系にて示される乳癌関連遺伝子は新規データが出尽くされ、新しい解析法による乳癌関連遺伝子情報が望まれている。
【0003】
Breast Cancer Gene01(BCG01)(別名:Signal peptide, CUB and EGF-like domain-containing protein 2 (SCUBE2)、CEGP1 proteinとして知られる)遺伝子は、SCUBE1遺伝子と相同性の高い遺伝子として見出され(非特許文献1)、N末端に推定のシグナルペプチドを有し、かつ多くの細胞外マトリックス蛋白質に見出される10個のEGF様リピートを含むこと、細胞表面上に局在するSCUBE1と複合体を形成する能力を有することなどから、分泌蛋白質および/または細胞外マトリックス蛋白質であると考えられている。BCG01は、細胞内皮で発現し、発生過程、炎症等に関与する分子と予想されている(非特許文献1)。
【0004】
いくつかの乳癌組織の網羅的遺伝子発現の解析の結果、BCG01遺伝子は、乳癌組織において正常乳腺組織に比べて発現が上昇する遺伝子の1つとして同定されており(特許文献1、2)、乳癌の診断、予後診断等に有用であると記載されている。さらに、BCG01の発現を抑制することによる乳癌治療への利用可能性が示唆されているが、実際に治療効果を確認してはおらず、BCG01の発現制御が乳癌の抑制もしくは進展に影響するか否かは不明のままであった。
【特許文献1】米国特許第7,258,988号明細書
【特許文献2】米国特許出願公開第2006/0166231号明細書
【非特許文献1】J. Biol. Chem. (2002) 277(48):46364-46373
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の通り、新規かつ有用な乳癌治療ターゲットとなり得る遺伝子情報およびそれを提供するための解析手法が切望されている。したがって、本発明の目的は、従来とは異なるアプローチにより、乳癌分子標的治療の新規ターゲット分子を同定し、該標的分子の発現や機能を制御することによる乳癌の新規治療手段を提供することであり、また、該標的分子を用いた癌治療薬のスクリーニング法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、従来の網羅的発現解析研究が、特定の癌についての数点での発現比較に基づいてその癌のみで特異的な発現を示す遺伝子を抽出してきたことに着目し、乳癌以外の癌でも組織横断的に発現変動している遺伝子群からの、新規乳癌関連遺伝子候補の探索を試みた。即ち、各組織由来データより正常組織および癌由来のライブラリーのクローン数を発現頻度と見立て、各ライブラリーでのシークエンスタグのカウントを行った結果、新規乳癌関連遺伝子の候補データを見出すことができた。また、大規模シークエンス解析により得られた150万クローンのワンパスシークエンスデータをもとにコンピューターにて発現頻度解析を行い、乳癌組織や乳癌細胞株で発現が上昇していると推定される遺伝子群を同定した。これらの中からBCG01遺伝子に焦点を絞り、乳腺における発現頻度を調べたところ、特定の乳癌細胞株において、正常乳腺組織に比べて顕著な発現上昇が認められた。
そこで、本発明者らは、上記BCG01遺伝子発現乳癌細胞株において、RNA干渉法を用いてBCG01遺伝子をノックダウンし、該細胞株への種々の影響を検討した。その結果、該遺伝子の発現抑制により、乳癌細胞株の増殖や細胞形態には著明な変化は認められなかったが、細胞浸潤能の上昇が確認され、さらに細胞外マトリックスの融解、細胞接着の低下、細胞運動能の増大、細胞周期の制御、免疫寛容などに関与する遺伝子群の発現変動、並びにインターフェロン応答遺伝子群および癌化と関連するケモカイン遺伝子の発現低下が明らかとなった。
これらの知見により、本発明者らは、BCG01が乳癌の悪性化や浸潤・転移を抑制する作用を有する新規乳癌抑制因子であること、したがって、BCG01の発現もしくは機能を増強することにより、癌の進展や浸潤・転移を抑制し得ることを見出し、さらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質またはその部分ペプチドを含有してなる、癌の治療・予防剤。
[2]配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質またはその部分ペプチドをコードする塩基配列を含む核酸を含有してなる、癌の治療・予防剤。
[3]癌の進展および/または浸潤・転移抑制のための上記[1]または[2]記載の剤。
[4]癌が乳癌である、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の剤。
[5]配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質を産生する細胞に被験物質を接触させ、該蛋白質またはそれをコードするRNAの量を測定することを含む、癌の治療・予防物質のスクリーニング方法。
[6]該細胞が乳癌組織由来である、上記[5]記載の方法。
[7]該細胞が非ヒト担癌動物の形態で提供される、上記[5]または[6]記載の方法。
[8]被験物質の存在下および非存在下に、癌細胞と配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質またはその部分ペプチドとを接触させ、両条件下における該蛋白質またはその部分ペプチドの癌細胞に及ぼす効果を比較することを含む、癌の治療・予防物質のスクリーニング方法。
[9]該細胞が乳癌組織由来である、上記[8]記載の方法。
[10]癌細胞の運動能を指標とする、上記[8]または[9]記載の方法。
[11]癌の治療・予防物質が、癌の進展および/または浸潤・転移抑制作用を有するものである、上記[5]〜[10]のいずれかに記載の方法。
[12]配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質またはその部分ペプチドと被験物質とを接触させ、両者の結合性および/または被験物質の活性化を評価することを含む、癌の治療・予防物質の標的分子のスクリーニング方法。
[13]癌の治療または予防を必要とする哺乳動物に、有効量の(a) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質またはその部分ペプチド、あるいは(b)(a)の蛋白質またはその部分ペプチドをコードする塩基配列を含む核酸を投与することを含む、該哺乳動物における癌の治療・予防方法。
[14]癌、好ましくは乳癌の治療・予防剤、好ましくは癌の進展および/または浸潤・転移抑制剤の製造における、(a) 配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質またはその部分ペプチド、あるいは(b)(a)の蛋白質またはその部分ペプチドをコードする塩基配列を含む核酸の使用。
【発明の効果】
【0008】
配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列を含むBCG01蛋白質やこの蛋白質をコードする核酸は、癌、特に乳癌組織に特異的に発現し、癌の悪性化や癌細胞の浸潤・転移を抑制する作用を有するので、該蛋白質および該核酸を癌に罹患した動物に投与することにより、癌の進展および/または浸潤・転移を抑制することができる。また、該蛋白質やそれを産生する細胞を用いることにより、該蛋白質の発現もしくは機能を増強し得る物質を探索することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明で用いられるBCG01蛋白質は、配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む、種々のスプライスバリアントを有する蛋白質である。BCG01蛋白質は、ヒトや他の温血動物(例えば、ラット、マウス、サル、イヌ、ウシ、ニワトリ、ウサギ、ブタ、ヒツジなど)の臓器もしくは組織(例えば、前立腺、乳腺、小脳、子宮、小腸、胃、脊髄、大腸、脾臓、胎盤、肺等)から単離・精製される蛋白質であってもよい。また、化学合成もしくは無細胞翻訳系で生化学的に合成された蛋白質であってもよいし、あるいは上記アミノ酸配列をコードする塩基配列を有する核酸を導入された形質転換体から産生される組換え蛋白質であってもよい。
【0010】
配列番号2に示されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列としては、配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を有するアミノ酸配列などが挙げられる。ここで「相同性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのアミノ酸配列をアラインさせた場合の、最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における、オーバーラップする全アミノ酸残基に対する同一アミノ酸および類似アミノ酸残基の割合(%)を意味する。「類似アミノ酸」とは物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し、例えば、芳香族アミノ酸(Phe、Trp、Tyr)、脂肪族アミノ酸(Ala、Leu、Ile、Val)、極性アミノ酸(Gln、Asn)、塩基性アミノ酸(Lys、Arg、His)、酸性アミノ酸(Glu、Asp)、水酸基を有するアミノ酸(Ser、Thr)、側鎖の小さいアミノ酸(Gly、Ala、Ser、Thr、Met)などの同じグループに分類されるアミノ酸が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換は蛋白質の表現型に変化をもたらさない(即ち、保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。保存的アミノ酸置換の具体例は当該技術分野で周知であり、種々の文献に記載されている(例えば、Bowieら,Science, 247: 1306-1310 (1990)を参照)。
【0011】
本明細書におけるアミノ酸配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)にて計算することができる。アミノ酸配列の相同性を決定するための他のアルゴリズムとしては、例えば、Karlinら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877 (1993)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはNBLASTおよびXBLASTプログラム(version 2.0)に組み込まれている(Altschulら, Nucleic Acids Res., 25: 3389-3402 (1997))]、Needlemanら, J. Mol. Biol., 48: 444-453 (1970)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のGAPプログラムに組み込まれている]、MyersおよびMiller, CABIOS, 4: 11-17 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはCGC配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラム(version 2.0)に組み込まれている]、Pearsonら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85: 2444-2448 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のFASTAプログラムに組み込まれている]等が挙げられ、それらも同様に好ましく用いられ得る。
【0012】
より好ましくは、配列番号2に示されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列は、配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上、最も好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列である。
【0013】
本発明で用いられるBCG01蛋白質は、配列番号2に示されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含み、かつ配列番号2に示されるアミノ酸配列を含む蛋白質と同質の活性を有する蛋白質である。ここで「活性」とは、例えば、該蛋白質が生来相互作用する生体分子との結合活性や、癌細胞の浸潤・転移を抑制する作用を意味する。ここで「同質」とは、それらの活性が定性的に同じであること意味する。したがって、本発明の蛋白質の活性が同等であることが好ましいが、これらの活性の程度(例、0.5〜2倍)や、蛋白質の分子量などの量的要素は異なっていてもよい。
BCG01蛋白質の活性の測定は、自体公知の方法に準じて行うことができるが、例えば、後述する細胞浸潤能アッセイや、BCG01により制御される種々の遺伝子群の発現量を測定することにより行うことができる。
【0014】
あるいは、本発明で用いられるBCG01蛋白質としては、例えば、(i)配列番号2に示されるアミノ酸配列中の1または2個以上(例えば1〜50個程度、好ましくは1〜30個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜数(5、4、3もしくは2)個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、(ii)配列番号2に示されるアミノ酸配列に1または2個以上(例えば1〜50個程度、好ましくは1〜30個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜数(5、4、3もしくは2)個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、(iii)配列番号2に示されるアミノ酸配列に1または2個以上(例えば1〜50個程度、好ましくは1〜30個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜数(5、4、3もしくは2)個)のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列、(iv)配列番号2に示されるアミノ酸配列中の1または2個以上(例えば1〜50個程度、好ましくは1〜30個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜数(5、4、3もしくは2)個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、または(v)それらを組み合わせたアミノ酸配列を含有する蛋白質なども含まれる。
上記のようにアミノ酸配列が挿入、欠失または置換されている場合、その挿入、欠失または置換の位置としては、とくに限定されないが、例えば、EGF様リピートやCUBドメイン以外の領域などが挙げられる。
【0015】
あるいは、別のBCG01蛋白質の好ましい例として、種々のスプライスバリアント、例えば、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるヒトBCG01バリアント1(Refseq Accession No. NP_066025)、配列番号4に示されるヒトBCG01バリアント2、配列番号6に示されるヒトBCG01バリアント3、配列番号8に示されるヒトBCG01バリアント4等、あるいは他の哺乳動物におけるそれらのホモログ(例えば、GenBankにRefSeq Accession No. NP_064436として登録されているヒトBCG01バリアント1のマウスホモログ)などがあげられる。
【0016】
本明細書において、蛋白質およびペプチドは、ペプチド標記の慣例に従って左端がN末端(アミノ末端)、右端がC末端(カルボキシル末端)で記載される。本発明のBCG01蛋白質は、C末端がカルボキシル基(-COOH)、カルボキシレート(-COO-)、アミド(-CONH2)またはエステル(-COOR)の何れであってもよい。
ここでエステルにおけるRとしては、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチルなどのC1-6アルキル基、例えば、シクロペンチル、シクロヘキシルなどのC3-8シクロアルキル基、例えば、フェニル、α−ナフチルなどのC6-12アリール基、例えば、ベンジル、フェネチルなどのフェニル−C1-2アルキル基もしくはα−ナフチルメチルなどのα−ナフチル−C1-2アルキル基などのC7-14アラルキル基、ピバロイルオキシメチル基などが用いられる。
BCG01蛋白質がC末端以外にカルボキシル基(またはカルボキシレート)を有している場合、カルボキシル基がアミド化またはエステル化されているものも本発明で用いられる蛋白質に含まれる。この場合のエステルとしては、例えば上記したC末端のエステルなどが用いられる。
【0017】
さらに、BCG01蛋白質には、N末端のアミノ酸残基(例、メチオニン残基)のアミノ基が保護基(例えば、ホルミル基、アセチル基などのC1-6アルカノイルなどのC1-6アシル基など)で保護されているもの、生体内で切断されて生成するN末端のグルタミン残基がピログルタミン酸化したもの、分子内のアミノ酸の側鎖上の置換基(例えば−OH、−SH、アミノ基、イミダゾール基、インドール基、グアニジノ基など)が適当な保護基(例えば、ホルミル基、アセチル基などのC1-6アルカノイル基などのC1-6アシル基など)で保護されているもの、あるいは糖鎖が結合したいわゆる糖蛋白質などの複合蛋白質なども含まれる。BCG01蛋白質は複数のNグリコシル化部位を有するので、糖鎖付加された糖蛋白質であることが好ましい。
【0018】
本発明で用いられるBCG01蛋白質の部分ペプチドとしては、前記したBCG01蛋白質の部分アミノ酸配列を有するペプチドであり、且つ該蛋白質と同質の活性を有する限り、いずれのものであってもよい。ここで「同質の活性」とは上記と同義である。
【0019】
例えば、BCG01蛋白質の構成アミノ酸配列のうち少なくとも500個以上、好ましくは600個以上、より好ましくは700個以上、いっそう好ましくは800個以上、特に好ましくは900個以上のアミノ酸配列を有するペプチドなどが用いられる。BCG01蛋白質に存在するEGF様リピートやCUBドメインは細胞外マトリックス蛋白質(ECM)によく見られる構造であることから、本発明の部分ペプチドはそれらのドメインを保持していることが好ましい。
また、本発明で用いられる部分ペプチドは、そのアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは1〜20個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜数(5、4、3もしくは2)個)のアミノ酸が欠失し、または、そのアミノ酸配列に1または2個以上(好ましくは1〜20個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜数(5、4、3もしくは2)個)のアミノ酸が付加し、または、そのアミノ酸配列に1または2個以上(好ましくは1〜20個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜数(5、4、3もしくは2)個)のアミノ酸が挿入され、または、そのアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは1〜20個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜数(5、4、3もしくは2)個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されていてもよい。
【0020】
また、本発明で用いられる部分ペプチドはC末端がカルボキシル基(-COOH)、カルボキシレート(-COO-)、アミド(-CONH2)またはエステル(-COOR)の何れであってもよい。ここでエステルにおけるRとしては、本発明で用いられる蛋白質について前記したと同様のものが挙げられる。本発明の部分ペプチドがC末端以外にカルボキシル基(またはカルボキシレート)を有している場合、カルボキシル基がアミド化またはエステル化されているものも本発明の部分ペプチドに含まれる。この場合のエステルとしては、例えば、C末端のエステルと同様のものなどが用いられる。
【0021】
さらに、本発明で用いられる部分ペプチドには、前記したBCG01蛋白質と同様に、N末端のアミノ酸残基(例、メチオニン残基)のアミノ基が保護基で保護されているもの、N端側が生体内で切断され生成したグルタミン残基がピログルタミン酸化したもの、分子内のアミノ酸の側鎖上の置換基が適当な保護基で保護されているもの、あるいは糖鎖が結合したいわゆる糖ペプチドなどの複合ペプチドなども含まれる。
【0022】
本発明で用いられるBCG01蛋白質またはその部分ペプチドは遊離体であってもよいし、塩であってもよい(本明細書において、特にことわらない限り同様である)。そのような塩としては、生理学的に許容される酸(例、無機酸、有機酸)や塩基(例、アルカリ金属、アルカリ土類金属)などとの塩が用いられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。このような塩としては、例えば、無機酸(例、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)との塩などが用いられる。
【0023】
BCG01蛋白質は、前述したヒトや他の温血動物の臓器もしくは組織から、自体公知の蛋白質の精製方法によって製造することができる。具体的には、動物の臓器もしくは組織から細胞外マトリックスを分離し、逆相クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー等に付すことにより、BCG01蛋白質を調製することができる。
【0024】
本発明で用いられるBCG01蛋白質またはその部分ペプチドは、公知のペプチド合成法に従って製造することもできる。
ペプチドの合成法としては、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれによってもよい。すなわち、BCG01蛋白質またはその部分ペプチドを構成し得る部分ペプチドもしくはアミノ酸と残余部分とを縮合させ、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより目的の蛋白質(ペプチド)を製造することができる。公知の縮合方法や保護基の脱離としては、例えば、以下の(i)および(ii)に記載された方法が挙げられる。
(i)M. Bodanszky および M.A. Ondetti、ペプチド・シンセシス (Peptide Synthesis), Interscience Publishers, New York (1966年)
(ii)SchroederおよびLuebke、ザ・ペプチド(The Peptide), Academic Press, New York (1965年)
【0025】
このようにして得られた蛋白質(ペプチド)は、公知の精製法により精製単離することができる。ここで、精製法としては、例えば、溶媒抽出・蒸留・カラムクロマトグラフィー・液体クロマトグラフィー・再結晶などをが挙げられる。
上記方法で得られる蛋白質(ペプチド)が遊離体である場合は、公知の方法あるいはそれに準じる方法によって適当な塩に変換することができるし、逆に蛋白質(ペプチド)が塩で得られた場合は、公知の方法あるいはそれに準じる方法によって遊離体または他の塩に変換することができる。
【0026】
本発明で用いられるBCG01の部分ペプチドは、BCG01蛋白質を適当なペプチダーゼで切断することによって製造することができる。
【0027】
さらに、本発明で用いられるBCG01蛋白質またはその部分ペプチドは、それをコードする核酸を含有する形質転換体を培養し、得られる培養物から該蛋白質または該部分ペプチドを分離精製することによって製造することもできる。BCG01蛋白質またはその部分ペプチドをコードする核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。好ましくはDNAが挙げられる。また、該核酸は二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNA:RNAのハイブリッドでもよい。
【0028】
BCG01またはその部分ペプチドをコードするDNAとしては、ゲノムDNA、ヒトもしくは他の温血動物(例えば、ラット、マウス、サル、イヌ、ウシ、ニワトリ、ウサギ、ブタ、ヒツジなど)の臓器もしくは組織(例えば、前立腺、乳腺、小脳、子宮、小腸、胃、脊髄、大腸、脾臓、胎盤、肺等)などに由来するcDNA、合成DNAなどが挙げられる。BCG01またはその部分ペプチドをコードするゲノムDNAおよびcDNAは、上記した細胞・組織より調製したゲノムDNA画分および全RNAもしくはmRNA画分をそれぞれ鋳型として用い、Polymerase Chain Reaction(以下、「PCR法」と略称する)およびReverse Transcriptase-PCR(以下、「RT-PCR法」と略称する)によって直接増幅することもできる。あるいは、BCG01またはその部分ペプチドをコードするゲノムDNAおよびcDNAは、上記した細胞・組織より調製したゲノムDNAおよび全RNAもしくはmRNAの断片を適当なベクター中に挿入して調製されるゲノムDNAライブラリーおよびcDNAライブラリーから、コロニーもしくはプラークハイブリダイゼーション法またはPCR法などにより、それぞれクローニングすることもできる。ライブラリーに使用するベクターは、バクテリオファージ、プラスミド、コスミド、ファージミドなどいずれであってもよい。
【0029】
BCG01をコードするDNAとしては、例えば、配列番号1、3、5もしくは7に示される塩基配列を含有するDNA、または配列番号1、3、5もしくは7に示される塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含有し、前記したBCG01と同質の活性を有する蛋白質をコードするDNAなどが挙げられる。
配列番号1、3、5もしくは7に示される塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズできるDNAとしては、例えば、配列番号1、3、5もしくは7に示される塩基配列と80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を有する塩基配列を含有するDNAなどが用いられる。
本明細書における塩基配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;フィルタリング=ON;マッチスコア=1;ミスマッチスコア=-3)にて計算することができる。塩基配列の相同性を決定するための他のアルゴリズムとしては、上記したアミノ酸配列の相同性計算アルゴリズムが同様に好ましく例示される。
【0030】
ハイブリダイゼーションは、自体公知の方法あるいはそれに準じる方法、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning)第2版(J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989)に記載の方法などに従って行なうことができる。
ストリンジェントな条件としては、例えば、6×SSC(sodium chloride/sodium citrate)中45℃でのハイブリダイゼーション反応の後、0.2×SSC/0.1% SDS中65℃での一回以上の洗浄などが挙げられる。当業者は、ハイブリダイゼーション溶液の塩濃度、ハイブリダゼーション反応の温度、プローブ濃度、プローブの長さ、ミスマッチの数、ハイブリダイゼーション反応の時間、洗浄液の塩濃度、洗浄の温度等を適宜変更することにより、所望のストリンジェンシーに容易に調節することができる。
【0031】
BCG01をコードするDNAは、好ましくは、配列番号1に示される塩基配列を含有するヒトBCG01バリアント1をコードするDNA(RefSeq Accession No. NM_020974)、配列番号3に示される塩基配列を含有するヒトBCG01バリアント2をコードするDNA、配列番号5に示される塩基配列を含有するヒトBCG01バリアント3をコードするDNA、配列番号7に示される塩基配列を含有するヒトBCG01バリアント4をコードするDNAまたはそれらのアレル変異体、あるいは他の哺乳動物におけるそれらのホモログ(例えば、GenBankにRefSeq Accession No. NM_020052として登録されているマウスホモログ)等が挙げられる。他の哺乳動物におけるホモログは、例えば、配列番号1に示される塩基配列をクエリーにして、ヒト以外の哺乳動物のゲノムおよび/またはcDNAのデータベースに対してBLASTやFASTAを用いて検索をかけるか、あるいは、例えばJackson研究所から提供されるMouse Genome Informatics(http://www.informatics.jax.org/)でaccession番号や遺伝子記号/遺伝子名をキーワードにして検索をかけ、ヒットしたデータのMammalian Orthologyの情報にアクセスする等によって、その配列情報を取得することができる。
【0032】
本発明の部分ペプチドをコードするDNAは、配列番号2に示されるアミノ酸配列の一部と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を有するペプチドをコードする塩基配列を含むものであればいかなるものであってもよい。具体的には、本発明の部分ペプチドをコードするDNAとしては、例えば、(1)配列番号1、3、5もしくは7に示される塩基配列の部分塩基配列を有するDNA、または(2)配列番号1、3、5もしくは7に示される塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有し、前記したBCG01と同質の活性を有するペプチドをコードするDNAなどが用いられる。
【0033】
BCG01またはその部分ペプチドをコードするDNAは、該BCG01またはその部分ペプチドをコードする塩基配列の一部分を有する合成DNAプライマーを用いてPCR法によって増幅するか、または適当な発現ベクターに組み込んだDNAを、BCG01蛋白質の一部あるいは全領域をコードするDNA断片もしくは合成DNAを標識したものとハイブリダイゼーションすることによってクローニングすることができる。ハイブリダイゼーションは、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning)第2版(前述)に記載の方法などに従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、ハイブリダイゼーションは、該ライブラリーに添付された使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0034】
DNAの塩基配列は、公知のキット、例えば、MutanTM-super Express Km(タカラバイオ(株))、MutanTM-K(タカラバイオ(株))等を用いて、ODA-LA PCR法、Gapped duplex法、Kunkel法等の自体公知の方法あるいはそれらに準じる方法に従って変換することができる。
【0035】
クローン化されたDNAは、目的によりそのまま、または所望により制限酵素で消化するか、リンカーを付加した後に、使用することができる。該DNAはその5’末端側に翻訳開始コドンとしてのATGを有し、また3’末端側には翻訳終止コドンとしてのTAA、TGAまたはTAGを有していてもよい。これらの翻訳開始コドンや翻訳終止コドンは、適当な合成DNAアダプターを用いて付加することができる。
【0036】
BCG01またはその部分ペプチドをコードするDNAを含む発現ベクターは、例えば、BCG01をコードするDNAから目的とするDNA断片を切り出し、該DNA断片を適当な発現ベクター中のプロモーターの下流に連結することにより製造することができる。
発現ベクターとしては、大腸菌由来のプラスミド(例、pBR322,pBR325,pUC12,pUC13);枯草菌由来のプラスミド(例、pUB110,pTP5,pC194);酵母由来プラスミド(例、pSH19,pSH15);昆虫細胞発現プラスミド(例、pFast-Bac);動物細胞発現プラスミド(例、pA1-11,pXT1,pRc/CMV,pRc/RSV,pcDNAI/Neo);λファージなどのバクテリオファージ;バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクター(例、BmNPV,AcNPV);レトロウイルス、レンチウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルスなどの動物ウイルスベクターなどが用いられる。
プロモーターとしては、遺伝子の発現に用いる宿主に対応して適切なプロモーターであればいかなるものでもよい。
例えば、宿主が動物細胞である場合、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。他の宿主においても自体公知のプロモーターを適宜選択することができる。
【0037】
発現ベクターとしては、上記の他に、所望によりエンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、SV40複製起点(以下、SV40 oriと略称する場合がある)などを含有しているものを用いることができる。選択マーカーとしては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
また、必要に応じて、宿主に合ったシグナル配列をコードする塩基配列(シグナルコドン)を、BCG01またはその部分ペプチドをコードするDNAの5’末端側に付加(またはネイティブなシグナルコドンと置換)してもよい。例えば、宿主が動物細胞である場合、インスリン・シグナル配列、α-インターフェロン・シグナル配列、抗体分子・シグナル配列などがそれぞれ用いられる。
【0038】
上記したBCG01またはその部分ペプチドをコードするDNAを含む発現ベクターで宿主を形質転換し、得られる形質転換体を培養することによって、BCG01またはその部分ペプチドを製造することができる。
宿主としては、例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、酵母、昆虫細胞、昆虫、動物細胞などが用いられるが、BCG01は糖蛋白質であるため、ネイティブなBCG01蛋白質と同様の糖鎖が付加され得る細胞、従って哺乳動物細胞を用いることが好ましい。
哺乳動物細胞としては、例えば、サルCOS-7細胞、サルVero細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞(以下、CHO細胞と略記)、dhfr遺伝子欠損CHO細胞(以下、CHO(dhfr-)細胞と略記)、マウスL細胞,マウスAtT-20細胞、マウスミエローマ細胞,ラットGH3細胞、ヒトFL細胞、HeLa細胞、HepG2細胞、HEK293細胞などが用いられる。他の宿主についても自体公知の細胞をそれぞれ適宜選択することができる。
【0039】
形質転換は、宿主の種類に応じ、公知の方法に従って実施することができる。動物細胞は、例えば、細胞工学別冊8 新細胞工学実験プロトコール,263-267 (1995)(秀潤社発行)、ヴィロロジー(Virology),52巻,456 (1973)に記載の方法に従って形質転換することができる。
【0040】
形質転換体の培養は、宿主の種類に応じ、公知の方法に従って実施することができる。
例えば、宿主が動物細胞である形質転換体を培養する場合の培地としては、例えば、約5〜約20%の胎児ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI 1640培地、199培地、Ham’s F-12培地などが用いられる。培地のpHは、好ましくは約6〜約8である。培養は、通常約30℃〜約40℃で、約15〜約60時間行なわれる。必要に応じて通気や撹拌を行ってもよい。
以上のようにして、形質転換体の細胞内または細胞外にBCG01またはその部分ペプチドを製造せしめることができる。
【0041】
前記形質転換体を培養して得られる培養物からBCG01またはその部分ペプチドを自体公知の方法に従って分離精製することができる。
例えば、BCG01またはその部分ペプチドを培養菌体あるいは細胞の細胞質から抽出する場合、培養物から公知の方法で集めた菌体あるいは細胞を適当な緩衝液に懸濁し、超音波、リゾチームおよび/または凍結融解などによって菌体あるいは細胞を破壊した後、遠心分離やろ過により可溶性蛋白質の粗抽出液を得る方法などが適宜用いられる。該緩衝液は、尿素や塩酸グアニジンなどの蛋白質変性剤や、トリトンX-100TMなどの界面活性剤を含んでいてもよい。一方、BCG01またはその部分ペプチドが細胞外に分泌される場合には、培養物から遠心分離またはろ過等により培養上清を分取するなどの方法が用いられる。細胞外マトリックス(ECM)に局在する場合には、例えば、接着した細胞をEDTAなどによって剥離した後、培養器を適当な緩衝液を加えて洗浄することにより、ECM画分を回収することができる。
このようにして得られた各画分中に含まれるBCG01またはその部分ペプチドの単離・精製は、自体公知の方法に従って行うことができる。このような方法としては、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法;透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、およびSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法などの主として分子量の差を利用する方法;イオン交換クロマトグラフィーなどの荷電の差を利用する方法;アフィニティークロマトグラフィーなどの特異的親和性を利用する方法;逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法;等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法;などが用いられる。これらの方法は、適宜組み合わせることもできる。
【0042】
かくして得られる蛋白質またはペプチドが遊離体である場合には、自体公知の方法あるいはそれに準じる方法によって、該遊離体を塩に変換することができ、蛋白質またはペプチドが塩として得られた場合には、自体公知の方法あるいはそれに準じる方法により、該塩を遊離体または他の塩に変換することができる。
なお、形質転換体が産生するBCG01またはその部分ペプチドを、精製前または精製後に適当な蛋白修飾酵素を作用させることにより、任意に修飾を加えたり、ポリペプチドを部分的に除去することもできる。該蛋白修飾酵素としては、例えば、トリプシン、キモトリプシン、アルギニルエンドペプチダーゼ、プロテインキナーゼ、グリコシダーゼなどが用いられる。
かくして得られるBCG01またはその部分ペプチドの存在は、BCG01に対する抗体を用いたエンザイムイムノアッセイやウェスタンブロッティングなどにより確認することができる。
【0043】
さらに、BCG01またはその部分ペプチドは、上記のBCG01またはその部分ペプチドをコードするDNAに対応するRNAを鋳型として、ウサギ網状赤血球ライセート、コムギ胚芽ライセート、大腸菌ライセートなどからなる無細胞蛋白質翻訳系を用いてインビトロ合成することができる。あるいは、さらにRNAポリメラーゼを含む無細胞転写/翻訳系を用いて、BCG01またはその部分ペプチドをコードするDNAを鋳型としても合成することができる。無細胞蛋白質転写/翻訳系は市販のものを用いることもできるし、それ自体既知の方法、具体的には大腸菌抽出液はPratt J.M.ら, “Transcription and Tranlation”, Hames B.D.およびHiggins S.J.編, IRL Press, Oxford 179-209 (1984) に記載の方法等に準じて調製することもできる。市販の細胞ライセートとしては、大腸菌由来のものはE.coli S30 extract system (Promega社製)やRTS 500 Rapid Tranlation System (Roche社製) 等が挙げられ、ウサギ網状赤血球由来のものはRabbit Reticulocyte Lysate System (Promega社製) 等、さらにコムギ胚芽由来のものはPROTEIOSTM (TOYOBO社製) 等が挙げられる。このうちコムギ胚芽ライセートを用いたものが好適である。コムギ胚芽ライセートの作製法としては、例えばJohnston F.B.ら, Nature, 179, 160-161 (1957) あるいはErickson A.H.ら, Meth. Enzymol., 96, 38-50 (1996) 等に記載の方法を用いることができる。
蛋白質合成のためのシステムまたは装置としては、バッチ法 (Pratt, J.M.ら (1984) 前述) や、アミノ酸、エネルギー源等を連続的に反応系に供給する連続式無細胞蛋白質合成システム(Spirin A.S.ら, Science, 242, 1162-1164 (1988))、透析法(木川ら、第21回日本分子生物学会、WID6)、あるいは重層法(PROTEIOSTM Wheat germ cell-free protein synthesis core kit取扱説明書:TOYOBO社製)等が挙げられる。さらには、合成反応系に、鋳型のRNA、アミノ酸、エネルギー源等を必要時に供給し、合成物や分解物を必要時に排出する方法(特開2000-333673)等を用いることができる。
【0044】
BCG01は、マトリックスの融解(例、MMP13)、細胞接着の低下(E-カドヘリン、カドヘリン-18)、細胞運動能の増大(P-カドヘリン)に関与する遺伝子の発現を制御し、癌細胞の浸潤・転移を抑制する作用を有する。また、BCG01の発現を抑制すると、細胞周期の進行や免疫寛容の誘導に関与する遺伝子の発現が上昇する一方、インターフェロン応答遺伝子群や癌化と関連するケモカイン遺伝子の発現が低下することから、BCG01は、癌、特に乳癌の悪性化を抑制する作用を有する。
従って、(a)BCG01蛋白質またはその部分ペプチド、(b)BCG01またはその部分ペプチドをコードする塩基配列を含む核酸は、癌の治療・予防剤、とりわけ癌の進展および/または浸潤・転移抑制剤として使用することができる。このようなBCG01の補充療法が適用できる癌(原発癌)としては、例えば、乳癌、肺癌、大腸癌、前立腺癌、卵巣癌、膵臓癌などが挙げられるが、好ましくは乳癌である。
【0045】
BCG01またはその部分ペプチド、あるいはそれをコードする塩基配列を含む核酸を含有する医薬は低毒性であり、そのまま液剤として、または適当な剤型の医薬組成物として、ヒトまたは哺乳動物(例、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して経口的または非経口的(例、血管内投与、皮下投与など)に投与することができる。
【0046】
BCG01またはその部分ペプチドをコードする塩基配列を含む核酸を上述の治療・予防剤として使用する場合、自体公知の方法に従って製剤化し、投与することができる。即ち、前記核酸を、単独あるいはレトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクターなどの適当な哺乳動物細胞用の発現ベクターに機能可能な態様で挿入した後、常套手段に従って製剤化することができる。該核酸は、そのままで、あるいは摂取促進のための補助剤とともに、遺伝子銃やハイドロゲルカテーテルのようなカテーテルによって投与することができる。あるいは、エアロゾル化して吸入剤として気管内に局所投与することもできる。
さらに、体内動態の改良、半減期の長期化、細胞内取り込み効率の改善を目的に、前記核酸を単独またはリポソームなどの担体とともに製剤(注射剤)化し、静脈、皮下等に投与してもよい。
【0047】
非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤等が用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤等の剤形を包含しても良い。このような注射剤は、公知の方法に従って調製できる。注射剤の調製方法としては、例えば、BCG01またはその部分ペプチド、あるいはそれをコードする塩基配列を含む核酸を、通常注射剤に用いられる無菌の水性液、または油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製できる。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液等が用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例、エタノール)、ポリアルコール(例、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン界面活性剤〔例、ポリソルベート80、HCO−50(polyoxyethylene(50mol)adduct of hydrogenated castor oil)〕等と併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油等が用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等を併用してもよい。調製された注射液は、適当なアンプルに充填されることが好ましい。直腸投与に用いられる坐剤は、有効成分を通常の坐薬用基剤に混合することによって調製されてもよい。
【0048】
経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。このような組成物は公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有していてもよい。錠剤用の担体、賦形剤としては、例えば、乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムが用いられる。
【0049】
上記の非経口用または経口用医薬組成物は、有効成分の投与量に適合するような投薬単位の剤形に調製されることが好都合である。このような投薬単位の剤形としては、例えば、錠剤、丸剤、カプセル剤、注射剤(アンプル)、坐剤が挙げられる。有効成分は、投薬単位剤形当たり通常5〜500mg、とりわけ注射剤では5〜100mg、その他の剤形では10〜250mg含有されていることが好ましい。
【0050】
BCG01またはその部分ペプチド、あるいはそれをコードする塩基配列を含む核酸を含有する上記医薬の投与量は、投与対象、対象疾患、症状、投与ルートなどによっても異なるが、例えば、成人の乳癌の治療・予防のために使用する場合には、有効成分を1回量として、通常0.01〜20mg/kg体重程度、好ましくは0.1〜10mg/kg体重程度、さらに好ましくは0.1〜5mg/kg体重程度を、1日1〜5回程度、好ましくは1日1〜3回程度、静脈注射により投与するのが好都合である。他の非経口投与および経口投与の場合もこれに準ずる量を投与することができる。症状が特に重い場合には、その症状に応じて増量してもよい。
【0051】
上述の通り、BCG01は癌の悪性化および癌細胞の浸潤・転移を抑制する作用を有する。従って、BCG01遺伝子の発現もしくはBCG01蛋白質の活性を増強する物質は、BCG01蛋白質またはその部分ペプチドやそれをコードする塩基配列を含む核酸と同様に、癌の治療・予防剤、とりわけ癌の進展および/または浸潤・転移抑制剤として使用することができる。
即ち、本発明はまた、
(1)BCG01を産生する細胞に被験物質を接触させ、BCG01蛋白質またはそれをコードするRNAの量を測定することを含む、癌の治療・予防物質のスクリーニング方法;および
(2)被験物質の存在下および非存在下に、癌細胞とBCG01蛋白質またはその部分ペプチドとを接触させ、両条件下における該蛋白質またはその部分ペプチドの癌細胞に及ぼす効果を比較することを含む、癌の治療・予防物質のスクリーニング方法
を提供する。
【0052】
上記(1)のスクリーニング法に使用される、BCG01を産生する細胞の由来としては、ヒト、サル、イヌ、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット等の哺乳動物が挙げられる。好ましい動物種は、目的に応じて適宜選択され得るが、例えば、臨床段階ではヒト、前臨床段階ではサル、ラット、マウス、イヌ等が好ましく用いられる。単離された細胞・組織を用いる場合、前臨床段階でもヒト(例、樹立細胞株)を用いることができる。BCG01を産生する細胞としては、例えば、前立腺、乳腺、小脳、子宮、小腸、胃、脊髄、大腸、脾臓、胎盤、肺などに由来する細胞またはそれらの癌細胞、あるいは株化細胞などが挙げられ、好ましくは乳腺由来の細胞、より好ましくは乳癌由来の細胞(例えば、ホルモン感受性(エストロゲン受容体陽性)乳癌)、特に好ましくは乳癌細胞株(例、MCF-7、T47-D)である。また、前記したBCG01をコードする塩基配列を含む核酸を導入・発現させた哺乳動物細胞を用いてもよい。
【0053】
上記のスクリーニング方法において用いられる細胞は、該細胞自体またはそれを含む任意のもの(例、血液、組織、臓器等)であれば特に制限はない。血液、組織、臓器等は、それらを生体から単離して培養してもよいし、あるいは生体自体に被験物質を投与し、一定時間経過後にそれら生体試料を単離してもよい。
【0054】
被験物質としては、例えば蛋白質、ペプチド、抗体、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液、血漿などが挙げられ、これらの物質は新規なものであってもよいし、公知のものであってもよい。
【0055】
被験物質の上記細胞との接触は、単離した細胞・組織等を用いる場合は、例えば、該細胞・組織等の培養に適した培地(例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地など)や各種緩衝液(例えば、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、トリス塩酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酢酸緩衝液など)の中に被験物質を添加して、細胞を一定時間インキュベートすることにより実施することができる。添加される被験物質の濃度は化合物の種類(溶解度、毒性等)により異なるが、例えば、約0.1nM〜約100nMの範囲で適宜選択される。インキュベート時間としては、例えば、約10分〜約24時間が挙げられる。
【0056】
細胞が、哺乳動物個体、例えば担癌(好ましくは乳癌)動物の形態で提供される場合、使用される動物の飼育条件に特に制限はないが、SPFグレード以上の環境下で飼育されたものであることが好ましい。被験物質の該細胞との接触は、該動物個体への被験物質の投与によって行われる。投与経路は特に制限されないが、例えば、静脈内投与、動脈内投与、皮下投与、皮内投与、腹腔内投与、経口投与、気道内投与、直腸投与等が挙げられる。投与量も特に制限はないが、例えば、1回量として約0.5〜20mg/kgを、1日1〜5回、好ましくは1日1〜3回、1〜14日間投与することができる。
【0057】
哺乳動物細胞におけるBCG01遺伝子の発現量は、通常の方法により細胞等からmRNAを抽出し、例えば、RT-PCRなどの手法を用いることにより定量することができ、あるいは自体公知のノーザンブロット解析により定量することもできる。一方、BCG01蛋白質量は、ウェスタンブロット解析や各種イムノアッセイ法を用いて定量することができる。RNAの定量に用いられるプローブもしくはプライマー核酸は、例えば、配列番号1に示される塩基配列情報に基づいて適宜設計し、自体公知の固相合成法により作製することができる。また、BCG01蛋白質の定量に用いられる抗BCG01抗体は、前記したBCG01蛋白質またはその部分ペプチド、あるいはそのペプチド断片を免疫原として、自体公知の手法により作製することができる。
例えば、上記スクリーニング法において、被験物質の存在下におけるBCG01の発現量(mRNA量または蛋白質量)が、被験物質の非存在下における発現量に比べて、約20%以上、好ましくは約30%以上、より好ましくは約50%以上増大した場合、該被験物質を癌の治療・予防効果、特に癌の悪性化および/または癌細胞の浸潤・転移抑制効果を有する物質の候補として選択することができる。
【0058】
上記(1)のスクリーニング方法を用いて得られる候補物質(遊離体であっても塩の形態であってもよい)は、担癌動物に投与して、その症状の改善や転移の有無を調べることにより、実際の癌治療・予防効果の有無を確認することができる。
【0059】
上記(2)のスクリーニング法において用いられる、癌細胞は、BCG01からのシグナルにより癌の悪性化や浸潤・転移が抑制されるような細胞であれば特に制限はなく、例えばBCG01を高発現している癌由来の細胞、好ましくは乳癌細胞株(例、MCF-7、T47-D)などが挙げられるが、それらに限定されない。BCG01蛋白質またはその部分ペプチドとしては、上記した癌の治療・予防剤に用いられるのと同様のものを用いることができる。癌細胞が、自体BCG01を高発現している癌由来の細胞である場合、BCG01蛋白質はオートクライン様式にて提供され得る。
【0060】
被験物質としては、例えば蛋白質、ペプチド、抗体、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液、血漿などが挙げられ、これらの物質は新規なものであってもよいし、公知のものであってもよい。
被験物質の癌細胞との接触は、上記(1)のスクリーニング方法と同様にして行うことができる。
【0061】
BCG01蛋白質またはその部分ペプチドの癌細胞に及ぼす効果としては、癌の悪性化や浸潤・転移の抑制作用が挙げられ、具体的には、癌細胞の細胞接着の増大、細胞運動能の抑制、マトリックスの融解・細胞周期の進行・免疫寛容などに関与する遺伝子群の発現抑制、インターフェロン応答遺伝子などの癌抑制作用を示す遺伝子群の発現増強作用などが挙げられる。例えば、細胞接着能は、コラーゲンコートした培養プレートを用いて癌細胞の接着性を観察することにより、評価することができる。また、細胞運動能は、後述する細胞浸潤アッセイにより評価することができる。さらに、BCG01またはその部分ペプチドの癌細胞に及ぼす効果は、上記BCG01の各種癌抑制作用に関与する下流遺伝子の発現変動を、癌細胞におけるそれら遺伝子のRNA量もしくはそれらの翻訳産物の蛋白質量を、上記(1)のスクリーニング方法の場合と同様に測定することによっても、評価することができる。
例えば、本スクリーニング法において、被験物質の存在下におけるBCG01蛋白質またはその部分ペプチドの癌細胞に及ぼす効果が、被験物質の非存在下における発現量に比べて、約20%以上、好ましくは約30%以上、より好ましくは約50%以上増大した場合、該被験物質を癌の治療・予防効果、特に癌の悪性化および/または癌細胞の浸潤・転移抑制効果を有する物質の候補として選択することができる。
【0062】
上述の通り、BCG01蛋白質は細胞内皮で高発現するSCUBE1とのホモロジー検索により同定された蛋白質であり、SCUBE1をはじめとする他の分泌性・細胞外マトリックス蛋白質と同様に、推定のシグナルペプチド、EGF様リピートおよびCUBドメインを有することから、分泌蛋白質および/または細胞外マトリックス蛋白質(ECM)であると予測されている。
【0063】
本発明はまた、BCG01蛋白質またはその部分ペプチドと被験物質とを接触させ、両者の結合性および/または被験物質の活性化を評価することを含む、癌の治療・予防物質の標的分子のスクリーニング方法を提供する。
【0064】
BCG01蛋白質またはその部分ペプチドは前記と同様のものを用いることができる。該蛋白質またはその部分ペプチドを、His-タグ、GST-タグ、Myc-タグなどのタグをN末端もしくはC末端に付加した融合蛋白質として組換え生産すれば、金属イオンカラム、グルタチオンカラム、抗Myc抗体カラムなどの各種アフィニティーカラムを用いてプルダウンさせることができるので、BCG01と相互作用する被験物質を簡便に単離・同定することができる。
【0065】
あるいは、BCG01蛋白質またはその部分ペプチドと被験物質である蛋白質とを、一方を転写因子(例、GAL4)の転写活性化ドメインとの融合蛋白質、他方を該転写因子のDNA結合ドメインとの融合蛋白質として宿主細胞内で発現させ、該宿主細胞内に別途導入された、該転写因子が結合して転写を制御するDNA配列(シスエレメント)を含むプロモーターの制御下にあるレポーター遺伝子(例、ルシフェラーゼ、GFP)の発現を調べることにより、BCG01と相互作用する被験物質を簡便に同定することもできる。ここで被験物質としては、好ましくは蛋白質である。
【0066】
表面プラズモン共鳴(SPR)法、DPI法、質量分析法、ファージディスプレイ法、FRET法などの、蛋白質間相互作用を検出し得る他の公知の方法も、同様に好ましく用いることができる。
【0067】
上記の方法により同定された、BCG01と相互作用して癌の悪性化や癌細胞の浸潤・転移を抑制する各種シグナルを伝達する分子を過剰発現させた形質転換細胞を用い、これにBCG01またはその部分ペプチドを、被験物質の存在下および非存在下で接触させ、両条件下におけるBCG01からのシグナルを測定・比較することにより、BCG01とその相互作用分子との結合性を変化させる物質(アゴニスト、アンタゴニスト)をスクリーニングすることができる。
【0068】
上記のようにして得られた、(a) BCG01の発現を増強する物質、(b) BCG01の活性を増強する物質、および(c) BCG01とその相互作用分子との結合性を変化させる物質(アゴニスト)を、上述の癌の治療・予防剤、特に癌の進展および/または浸潤・転移抑制剤として使用する場合、上記BCG01蛋白質またはその部分ペプチドと同様にして製剤化することができ、同様の投与経路および投与量で、ヒトまたは哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ネコ、イヌ、サル、チンパンジーなど)に対して、経口的にまたは非経口的に投与することができる。
【0069】
本願明細書の配列表の配列番号は、以下の配列を示す。
〔配列番号1〕
BCG01バリアント1をコードするDNA(CDS)の塩基配列を示す。
〔配列番号2〕
BCG01バリアント1のアミノ酸配列を示す。
〔配列番号3〕
BCG01バリアント2をコードするDNA(CDS)の塩基配列を示す。
〔配列番号4〕
BCG01バリアント2のアミノ酸配列を示す。
〔配列番号5〕
BCG01バリアント3をコードするDNA(CDS)の塩基配列を示す。
〔配列番号6〕
BCG01バリアント3のアミノ酸配列を示す。
〔配列番号7〕
BCG01バリアント4をコードするDNA(CDS)の塩基配列を示す。
〔配列番号8〕
BCG01バリアント4のアミノ酸配列を示す。
【実施例】
【0070】
以下において、実施例により本発明をより具体的にするが、この発明はこれらに限定されるものではない。
【0071】
[材料および方法]
1.抗体
本研究において以下の蛋白質に対する抗体を購入し、一次抗体として使用した。
E-cadherin, VE-cadherin, P-cadherin, N-cadherin, PCNA, cyclin A, cyclin B, cyclin E, p21waf1, cdk1/cdc2, cdk2, cdk4 (以上、BD-transduction, USA)、cyclin D1 (BD-Pharmingen, USA)、tubulin, p27kip1 (以上、Cell Signaling technology, UK)、cytokeratin14, cytokeratin 18 (以上、Progen, USA)、cadherin-18 (Abnova)
Anti-rabbit IgG HRP-Linked 抗体 (Cell Signaling)、Anti-mouse IgG HRP-linked 抗体 (Cell Signaling technology) をウェスタンブロッティング用の二次抗体に使用した。
【0072】
2.1st strand cDNAの合成
total RNAを分離後、Nano Drop ND-1000 (Nano Drop Technologies) でRNA量を測定し、25μgのRNAをエタノール沈殿した。RNAを21μlのSQに溶解し、2μlの200U/μl SuperScript II (invitrogen)、10μlの5×First Strand Buffer (invitorgen)、6μlの0.1M DTT (invitorogen)、8μlの5mM dNTP Mixture (Takara)、1μlの40U/μl RNasin RNase inhibitor (Promega)、2μlの10pmol オリゴdTアダプタープライマー(5’- TTTTTTTTTTTTTTTTT -3’;配列番号12)、を加えてトータル50μlにして、42℃、3時間にて第一鎖cDNAを合成した。
【0073】
3.リアルタイムRT-PCR
合成した1st strand cDNAサンプル1μlをテンプレートとして、SYBR Green Master Mix (ABI) と1pmolずつの遺伝子特異的プライマーセットを加えて、10μlとし、Real-Time PCRをABI7900HT Sequence System (ABI) で(1)50℃、2分;(2)95℃、10分;(3)95℃、15秒;(4)60℃、1分;(3)および(4)を40サイクルのPCR反応を行った。反応後のデータはそれぞれのGAPDHの値にてノーマライズを行った。用いたプライマーセットは以下の通りである。
BCG01-1プライマー
フォーワード:5’- GGCGGATGTCTTGGATAGATCA -3’(配列番号13)
リバース :5’- GCAGCTTATTCTGTGGCCTCCT -3’(配列番号14)
BCG01-2プライマー
フォーワード:5’- CAAATGTTCTGCTATAGGGTT -3’(配列番号15)
リバース :5’- CTTTCCACTACAGACTCCTTG -3’(配列番号16)
【0074】
4.ウェスタンブロッティング法
RIPA bufferにて様々な処理を行った細胞を溶解後、蛋白質サンプルに2×Sample Buffer (0.1M Tris-HCl pH6.8、4% SDS、12% 2-mercaptoethanol 、20% glycerol、Bromophenol Blue) を加え、SDS-polyacrylalamide gel電気詠動を行った。泳動したゲルからPVDFメンブレン(Perkin Elmer)にセミドライおよびウエット方式でブロッティングした。メンブレンを2%のスキムミルク入りTBST(20mM Tris-HCl pH7.5、150mM NaCl、0.05% Tween 20)でインキュベートした。
一次抗体を1×103〜1×104倍に希釈してメンブレンと4℃で16時間インキュベートをした後にTBSTで洗浄した。二次抗体を1×104倍に希釈してメンブレンと室温で一時間インキュベートした。
メンブレンをTBSTで洗浄し、ECL Plus Western Blotting Detection System (GE healthcare) を用いてシグナルの検出を行った。
【0075】
5.PCR法
テンプレート2μl、5×Hf buffer 10μl、あるいは5×GC 10μl、dNTPs 8μl、Fwプライマー2μl、Rvプライマー2μl、SQ2 5.5μl、Phusion(Fynnzyme)0.5μlを以下の温度・時間でPCRを行った。98℃で30秒熱変性を行い、(98℃で10秒・55℃で30秒・72℃で2分)を35回繰り返し、熱変性・アニ―リング・伸長反応を行い、最後に72℃で10分インキュベート後、4℃で保存した。用いたプライマーセットは以下の通りである。
E-cadherinプライマー
フォーワード(Fw):5’- AGTGTCCCCCGGTATCTTCC -3’(配列番号17)
リバース (Rv):5’- ATTTCCAATTTCATCGGGATTG -3’(配列番号18)
IL-6プライマー
フォーワード(Fw):5’- TGGCAGAAAACAACCTGAACC -3’(配列番号19)
リバース (Rv):5’- AGCATCCATCTTTTTCAGCCAT -3’(配列番号20)
MMP13プライマー
フォーワード(Fw):5’- GATCGGCCATCAAGGGAAG -3’(配列番号21)
リバース (Rv):5’- TTTTATCAACAGTGTCTCTGAGCACA -3’(配列番号22)
pregnancy specific beta-1-glycoprotein 6プライマー
フォーワード(Fw):5’- CGGGCTCTATGCTTGCTCTG -3’(配列番号23)
リバース (Rv):5’- GAGATTTCCTTGCCAGTGGCT -3’(配列番号24)
pregnancy specific beta-1-glycoprotein 8プライマー
フォーワード(Fw):5’- TAGCGGGCTCTATGCTTGCT -3’(配列番号25)
リバース (Rv):5’- CTTTCCTTGCCAGTGGCTG -3’(配列番号26)
pregnancy specific beta-1-glycoprotein 9プライマー
フォーワード(Fw):5’- TCGACTTGTCCTGCTTCACG -3’(配列番号27)
リバース (Rv):5’- TCCAAAAATACTCTGCCGGTG -3’(配列番号28)
RAS guanyl releasing protein 1プライマー
フォーワード(Fw):5’- CAGCAGGGTCACTTCTCATTTTC -3’(配列番号29)
リバース (Rv):5’- ACGGTCAGTAAAAAGGTAAGTCAGC -3’(配列番号30)
RAS, dexamethasone-induced 1プライマー
フォーワード(Fw):5’- TCAAGAAACCGTCATGCCC -3’(配列番号31)
リバース (Rv):5’- AGATAATGCCCCGTGGGTC -3’(配列番号32)
RasGEF domain family, member 1Aプライマー
フォーワード(Fw):5’- GCTGTACCATAATGCAGGACGTC -3’(配列番号33)
リバース (Rv):5’- AGCAAGTATGTCCAGTCACACCA -3’(配列番号34)
Snail-2プライマー
フォーワード(Fw):5’- TGTCTGGTTGCCATTGTTGAAC -3’(配列番号35)
リバース (Rv):5’- GCACTACAGGTAATCAAAAAAAGGC -3’(配列番号36)
TGF-beta2プライマー
フォーワード(Fw):5’- TGGAGCATGCCCGTATTTATG -3’(配列番号37)
リバース (Rv):5’- AGGACCCTGCTGTGCTGAGT -3’(配列番号38)
interferon induced with helicase C domain 1プライマー
フォーワード(Fw):5’- CGTGGTCGAGCCAGAGCT -3’(配列番号39)
リバース (Rv):5’- ACTGTGAGCAACCAGGACGTAG -3’(配列番号40)
interferon-induced protein 35プライマー
フォーワード(Fw):5’- GGTAGAGGCCCTGACAGTCG -3’(配列番号41)
リバース (Rv):5’- AAGACTGCTAGGCCCTGCTG -3’(配列番号42)
Interferon alpha-inducible protein 6プライマー
フォーワード(Fw):5’- AGAATGCGGGTAAGGATGCA -3’(配列番号43)
リバース (Rv):5’- TGTCCGAGCTCTCCGAGC -3’(配列番号44)
interferon-induced protein with tetratricopeptide repeats 1プライマー
フォーワード(Fw):5’- CGGAGAAAGGCATTAGATCTGG -3’(配列番号45)
リバース (Rv):5’- GTAGACGAACCCAAGGAGGCT -3’(配列番号46)
interferon alpha-inducible protein 27プライマー
フォーワード(Fw):5’- CAGTCACTGGGAGCAACTGGA -3’(配列番号47)
リバース (Rv):5’- GCCCAGGATGAACTTGGTCA -3’(配列番号48)
interferon-stimulated transcription factor 3, gamma 4プライマー
フォーワード(Fw):5’- CAAATGGTGTGAACCCAGGG -3’(配列番号49)
リバース (Rv):5’- GAGTTGGGAGGTCAGGGAAGA -3’(配列番号50)
CXCL-14プライマー
フォーワード(Fw):5’- CATCACCACCAAGAGCGTGT -3’(配列番号51)
リバース (Rv):5’- TGCAGGCAGTGCTCCTGAC -3’(配列番号52)
【0076】
6.細胞培養
ヒト乳癌細胞株HBL-100、MCF-7、MDA-MB-453、OCUB-F、OCUB-M、SK-BR-3、T47-D、ZR-75-1、ZR-75-30、および乳腺初代培養 (HUMEC) を用いた。これらの細胞株はATCC(America Type Culture Collection, Manasas, VA)および大日本住友製薬株式会社から購入し、各細胞のコンディションドメディウムを用い、10% Fatel bovine serum (Equitech-Bio Inc.) を添加して、37℃、5% CO2で培養を行った。
【0077】
7.マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析
マイクロアレイ解析はアジレント社の標準プロトコールに従って実験を行った。siBCG01-1+2(配列番号9、10)およびcontrol siRNA(配列番号11)処理を行ったMCF-7細胞より72時間後にRNAを抽出し、逆転写反応にて1st strand cDNAを作成した。さらにdouble strandを作成後、amplified RNA(aRNA)を合成し、コントロールおよびsiRNA導入細胞からのサンプルをそれぞれ、Cy3、Cy5でラベルした。ラベル化したaRNAを濃縮後、ハイブリダイゼーションを行った。16時間後、プロトコールに従いDNAチップを洗浄した。洗浄後、乾燥し、マイクロアレイスキャナーにてマイクロアレイ上の蛍光量を測定した。
【0078】
8.新規乳癌候補遺伝子の抽出
様々な組織・細胞株より抽出した完全長cDNAのワンパスデータ約150万クローンをもとに、正常組織と腫瘍組織での発現差による遺伝子の検索を行った。検索条件としては1パス配列が20個以上のクラスターで、かつ正常細胞由来の1パス配列数が0個で、腫瘍細胞由来の1パス配列数がクラスターに占める割合が20%以上、すなわち少なくとも4個以上のものを選択した。そのうち胸部・正常乳腺にてワンパスのクローンがなく、乳癌組織において上記の条件に合致して発現上昇が見られる遺伝子を、乳癌候補遺伝子(以下BCG ;Breast Cancer Genes)とした。
【0079】
9.RNA干渉法
BCG01 siRNAを作成した(stealth siRNA, invitrogen)。BCG01特異的およびコントロールの2本鎖siRNAはAmaxa社のエレクトロトランスフェクションのプロトコールに従ってMCF-7細胞に導入した。BCG01遺伝子のノックダウンレベルはリアルタイムRT-PCRで確認した。
【0080】
10.細胞浸潤能アッセイ
ヒト乳癌細胞株MCF-7にBCG01遺伝子特異的siRNAおよびコントロールsiRNAを導入72時間後、トリプシン処理にて各細胞を回収した。細胞をカウント後、5x103個の細胞をCytoSelectTM 24-well Cell Invasion assay (CELLBIOLABS.INC. CA, USA) のDouble chamberの上層にsiRNAを導入したMCF-7をまき、24時間後にfilter下面に浸潤した細胞数を計測した。
【0081】
[結果]
1.完全長cDNAワンパスシークエンスデータに基づく乳癌特異的発現遺伝子群の抽出
ヒトゲノムプロジェクトの一環として、当研究室にて行われた大規模シークエンス解析によりもたらされた約150万のシークエンスタグを、従来の数点間の発現比較ではなく、組織横断的な多数点にわたる発現比較により見出された新規癌関連遺伝子候補を推定することにより新たな癌研究へのアプローチを試みた。43種類の完全長遺伝子ライブラリーより得られた150万クローンのワンパスシークエンスデータより、ワンパスシークエンス配列数が20個以上のクラスターで、かつ正常細胞由来のワンパスシークエンス配列数が0個で、腫瘍細胞由来のワンパスシークエンス配列数がクラスターに占める割合が20%以上、すなわち4クローン以上ある遺伝子を各癌特異的に発現している遺伝子と定義し検索を行った。解析の結果、乳癌組織に特異的に発現を示す23種類の遺伝子を同定した。これらの新規乳癌特異的発現遺伝子群より新規乳癌特異的発現遺伝子Breast Cancer Gene01 (BCG01) に焦点を絞り、以下に解析を行った(図1)。
【0082】
2.新規乳癌特異的発現遺伝子BCG01の遺伝子発現解析
新規乳癌特異的発現遺伝子BCG01の組織特異性を検討するために遺伝子発現解析を行った。まず、ヒト正常組織22種類のRNAをもとに1st strand cDNAを合成し、そのサンプルをテンプレートとしてBCG01遺伝子の塩基配列より独立した2組のプライマーセットを作成し、リアルタイムRT-PCR法にて半定量的に発現の頻度を測定した。その結果、前立腺にて最も高い発現を示し、子宮・小腸・小脳・胃にて中程度の、副腎・脳・胎児脳・肺・胎盤・脾臓・唾液腺・胸腺・甲状腺・気管・大腸・脊髄にて発現を認めた。一方、今回の測定において胎児肝・心臓・腎臓・骨格筋は明瞭な発現を認めなかった
(図2)。
次に、乳腺においての発現頻度を検討するために、9種類のヒト乳癌細胞株、ヒト正常乳腺由来初代培養細胞(HUMEC)および正常乳腺組織よりRNAを抽出し、1st strand cDNAを合成し、BCG01遺伝子特異的プライマーセットを用いてリアルタイムRT-PCR法にて半定量的に発現の頻度を検討した。検討の結果、MCF-7、およびT47-D乳癌細胞株にて明瞭な発現を認め、正常乳腺組織にて中程度の発現を認めた。他の7種類のヒト乳癌細胞株および正常乳腺由来初代培養細胞では発現は認められなかった
(図3)。
【0083】
3.RNA干渉法を用いた遺伝子ノックダウンによる乳癌細胞株への細胞生物学的検討
(1) BCG01遺伝子ノックダウンによる細胞形態の観察
BCG01の遺伝子発現解析により、MCF-7乳癌細胞株にて同遺伝子の発現を認めたため、MCF-7細胞を用いてBCG01遺伝子の解析を行った。まず、MCF-7細胞においてBCG01遺伝子の発現を抑制することによりどのような変化が起こるかを検討するため、RNA干渉法を行った。MCF-7細胞をトリプシン処理後、エレクトロトランスフェクション法により、2種類のBCG01遺伝子特異的short interfering RNA(siRNA)を、siBCG01-1(5’- UCUUGUGACCUGAGCUGCAUCGUAA -3’;配列番号9)、siBCG01-2(5’- GGAGAUUUCACUGGGUACAUUGAAU-3’;配列番号10)、siBCG01-1+2 mixtureおよびcontrol siRNA(5’- UCUAGUUCCGAGGUCUACGCUGUAA -3’;配列番号11)をMCF-7細胞に導入した。siRNA導入後、BCG01遺伝子が特異的に発現抑制を受けているかを検討するためにリアルタイムRT-PCRを行った結果、顕著な発現抑制が誘導されていることが確認された (図4)。MCF-7細胞の形態変化を観察したが、導入72時間までにコントロールの細胞と比較して顕著な細胞形態の変化は観察されなかった (図5)。
【0084】
(2) BCG01遺伝子ノックダウンによる細胞浸潤能の検討
BCG01遺伝子の発現抑制による乳癌細胞の癌的性質の変化を解析するために、細胞浸潤能アッセイを行った。MCF-7乳癌細胞へのsiRNA導入72時間後、トリプシン処理にて細胞を回収後、上層のチャンバーに細胞を播種し、24時間後に下層に浸潤している細胞数をカウントした。解析の結果、コントロール:23.3± 28.6個に対してsiBCG01-1:101.0±16.8個、siBCG01-2:159.3±62.2個、siBCG01-1+2:296.0±40.6個と、有意に浸潤能が上昇していることが分かった (図6)。
【0085】
腫瘍細胞の悪性化に伴い細胞同士の結合が弱まり、離脱し、周辺組織へと浸潤することより、浸潤・転移を有効に制御できることが大きな課題であると考えられる。転移のプロセスとしては、原発巣からの離脱・細胞の浸潤・血管への侵入・血流での運搬・血管外脱出・転移組織での再増殖という過程を経る。上記浸潤能測定実験において、BCG01遺伝子ノックダウンにより有意に細胞浸潤能が亢進したことが証明された。MCF-7は、浸潤能アッセイやヌードマウスの皮下移植実験等の報告より、一般に浸潤・転移活性に乏しい細胞と認識されている。しかしながら、BCG01遺伝子ノックダウンにより明らかな浸潤能の亢進が認められたことより、BCG01遺伝子の機能として細胞の運動能の抑制や癌の浸潤・転移に深く関与していることが示された。
【0086】
(3) BCG01遺伝子ノックダウンによる細胞浸潤・転移関連分子の発現解析
BCG01遺伝子ノックダウンにより浸潤能が上昇したことより、この現象に関与する様々な分子の発現を検討するために、ウェスタンブロット法にて蛋白質量の変化を解析した。siRNA導入72時間後、コントロールおよびsiRNA導入細胞より蛋白質の抽出を行い、BCA法にて蛋白質量を測定後、電気泳動、ブロッティングを行った。14種類の抗体を用いて蛋白質量の発現を検討した。まず接着系分子としてカドヘリンの発現を検討したところ、BCG01遺伝子発現ノックダウンによりP-カドヘリン蛋白質の発現上昇を示し、E-カドヘリンは蛋白質発現では著明な発現変化は認められなかったが、遺伝子発現解析において発現低下が認められた。N-カドヘリン、VE-カドヘリンの発現は認められなかった。次に細胞骨格系ではサイトケラチン14, 18を検討したが明らかな変化はなかった。また、細胞周期関連分子では、cdk1/cdc2およびcyclinAの蛋白質発現上昇が認められた。p53蛋白質はBCG01遺伝子発現抑制によりバンドが上方にシフトしていることが観察された(図7)。
【0087】
癌細胞の転移の過程に関与する分子の発現解析を検討した結果、遺伝子発現レベルではE-カドヘリンの遺伝子発現がBCG01遺伝子抑制により減少することが認められた。正常な上皮細胞ではE−カドヘリンを介した細胞間接着によって細胞同士がシート上になってつながっており、E-カドヘリン遺伝子は細胞同士の接着を保持することにより癌抑制遺伝子としても機能している。反対に、悪性度が高い浸潤性の癌細胞ではE-カドヘリン発現の消失や、E−カドヘリンを介した細胞接着が細胞内制御機構の異常により機能不全に陥ることによって、細胞同士の接着低下を促すと考えられる。また、カドヘリンファミリーのうち、cadherin-18もBCG01遺伝子の抑制により、蛋白質発現低下が認められた。一方、P-カドヘリンはBCG01遺伝子ノックダウンによりその蛋白質発現が上昇していた。P-カドヘリンは細胞内への強制発現により細胞の運動能、浸潤能が上昇することが報告されていることから、BCG01遺伝子のノックダウンによる細胞浸潤能の上昇と相関することが考えられ、BCG01のカドヘリンファミリーの発現への関与が示唆された。
また、数種類の細胞周期関連分子の蛋白質発現を検討したが、BCG01遺伝子の発現抑制により、cyclinAおよび cdk1/cdc2の発現上昇が認められた。この結果より、BCG01遺伝子は細胞増殖の抑制、特にG2/M期の制御に関与していると考えられた。
【0088】
(4) BCG01遺伝子ノックダウンによる網羅的遺伝子発現変化の解析
BCG01遺伝子ノックダウンによる分子生物学的変化を遺伝子発現レベルで検討するために、マイクロアレイを用いた網羅的な遺伝子発現解析を行った。MCF-7乳癌細胞へのsiRNA導入72時間後、コントロールおよびsiRNA導入細胞よりRNAを抽出し、定法に従ってコントロール由来RNAにCy-3、siRNA導入細胞RNAにCy-5をラベルし、DNAチップに共ハイブリダイゼーションを行った。ハイブリダイゼーション16時間後、DNAチップの洗浄を行い蛍光強度の測定を行った。網羅的遺伝子発現変化解析の結果、BCG01遺伝子発現抑制により104以上遺伝子発現が上昇した遺伝子は69種類、反対に10-4以下に遺伝子発現が減少した遺伝子は66種類であった。
【0089】
(5) BCG01遺伝子ノックダウンにより発現変化を示す遺伝子群の解析
BCG01遺伝子ノックダウンにより遺伝子発現変化を示した遺伝子群についてさらに解析を進めた。発現変化を示した遺伝子群の発現変化を再確認するために各遺伝子に特異的なプライマーセットを作成し、リアルタイムRT-PCRを行った。その結果、17種類の遺伝子の発現変化が再確認された。BCG01遺伝子のノックダウンにより発現上昇する遺伝子として、IL-6マトリックスメタロプロテイン13、RAS, dexamethasone-induced 1RAS guanyl releasing protein 1 (calcium and DAG-regulated)、 RasGEF domain family, member 1A、 pregnancy specific beta-1-glycoprotein 6,8,9、TGF-β2、上皮-間葉移行(epithelial-mesenchymal transition: EMT)に関係するSnail-2 (Slug) が挙げられた(図8)。また、発現抑制される遺伝子として、interferon induced with helicase C domain 1、interferon-induced protein with tetratricopeptide repeats 1、interferon alpha-inducible protein 6、interferon-induced protein 35、interferon, alpha-inducible protein 27、interferon-stimulated transcription factor 3, gamma 48kDa、CXCL14が認められた(図9)。この網羅的発現解析の結果より、癌の転移に関係するMMPファミリー、悪性化の亢進に関与するRas蛋白質修飾分子の上昇、上皮-間葉移行に関連するsnailファミリー、およびインターフェロン応答遺伝子や癌化にて発現が低下するケモカインの発現抑制という傾向が示された。
【0090】
BCG01遺伝子抑制により発現上昇を示す遺伝子として、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)13、IL-6が挙げられた。MMP13は細胞外マトリックス(ECM)分解酵素のファミリーに属し、主にコラーゲンの分解に関与する分子である。MMPファミリーはECM分解に関与し癌細胞の浸潤・転移に不可欠であるが、正常組織における生理機能の維持や胚発生および胎児期に見られる組織改変にも重要な意味をもつ。ECM構成蛋白質は一群のECM分解酵素によって分解され、これらの遺伝子発現は増殖因子やサイトカイン、あるいは細胞ECM間接着に応答して促進的ないしは抑制的に制御されている。また、IL-6は、その刺激によりMMP13の発現・活性化を亢進することから、これらの発現変化する遺伝子群の経時的な関係を検討することはBCG01遺伝子の発現と癌細胞の浸潤能の制御における詳細な分子メカニズムを解明する上で大変重要である。
また、Ras蛋白質の修飾をおこなうRasGAPやRasGEP分子の発現上昇が確認された。Rasの活性化およびその下流のシグナル伝達経路は腫瘍の悪性化に大きく貢献するため、関与する経路の詳細な検討はBCG01の分子メカニズムを理解する上で大変興味深い。
さらに、pregnancy specific beta-1-glycoprotein(PSG)ファミリーの発現上昇が認められた。pregnancy specific beta-1-glycoproteinは元々胎盤syncytiotrophoblast cellにて高い発現をみとめ、受精時に母体側の免疫拒絶を中和することにより受精に導く機能をもつ糖蛋白質である。一方、癌においてPSGの発現はcarcinoembryonic antigen (CEA) のように癌の脱分化に伴い発現する脱分化マーカーとして考えられており、BCG01の発現抑制によりPSG糖蛋白質の発現上昇が見られたことは、MCF-7細胞の脱分化を促進したことが示唆される。
Snailファミリーは上皮-間葉移行に関与する分子として知られており、細胞の性質を変化させることにより脱分化、いわいる細胞の先祖がえりを誘導することにより癌化を促進すると考えられている。また、癌の浸潤・転移に関与することも報告されている。したがって、BCG01遺伝子の発現を抑制することによりこれらの分子の発現が上昇することは、BCG01の発現が腫瘍の悪性化の抑制に深く関与していることを示唆している。また、Snailファミリーの発現にはTGF-βファミリーの関与が報告されており、TGF-β2の発現上昇が合わせて認められたことは、BCG01遺伝子の発現とこれらの遺伝子の発現の相関を強く示唆している。
【0091】
反対に、インターフェロン誘導性分子群が発現低下を示した。インターフェロンは癌治療においてその効果が示されており、インターフェロンの発現は癌の活性化を抑制することが考えられる。BCG01の発現抑制が、インターフェロンの下流の分子の多くの発現を低下させることから、BCG01がインターフェロンの発現分泌を誘導しているか、あるいはBCG01自身がインターフェロンを介するシグナル経路の制御に関与していることが示唆される。また、ケモカインファミリーの一種で癌化に伴い発現が低下するCXCL14の遺伝子発現がBCG01遺伝子抑制により低下していることが観察されたことより、BCG01が腫瘍の悪性化の抑制に関与していることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明のBCG01またはその部分ペプチド、あるいはそれをコードする核酸を有効成分とする製剤は、癌、特に乳癌の治療・予防、とりわけ癌の進展および/または浸潤・転移抑制に有用である。また、該BCG01やそれを産生する細胞は、BCG01の発現もしくは機能を増強して、癌の進展および/または浸潤・転移を抑制する新規癌治療薬の探索に有用である。
【0093】
ここで述べられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】正常組織と腫瘍組織での発現差による癌特異的発現遺伝子群の検索結果を示す図である。
【図2】正常組織におけるBCG01遺伝子の発現頻度解析の結果を示す図である。
【図3】乳腺正常組織および乳癌細胞株でのBCG01遺伝子の発現解析の結果を示す図である。
【図4】siRNA導入後のBCG01遺伝子の発現抑制を示す図である。
【図5】BCG01特異的siRNA導入後のMCF-7細胞の形態を示す図である。
【図6】BCG01遺伝子をノックダウンした癌細胞における細胞浸潤能アッセイを示す図である。
【図7】BCG01遺伝子ノックダウンが他の蛋白質の発現に及ぼす効果を示す図である。E-カドヘリンのみリアルタイムRT-PCRの結果を示す。
【図8】BCG01遺伝子ノックダウン後に発現が上昇する遺伝子群を示す図である。
【図9】BCG01遺伝子ノックダウン後に発現が低下する遺伝子群を示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0095】
〔配列番号9〕BCG01に対するsiRNA
〔配列番号10〕BCG01に対するsiRNA
〔配列番号11〕コントロールsiRNA
〔配列番号12〕オリゴdTプライマー
〔配列番号13〕PCRプライマー
〔配列番号14〕PCRプライマー
〔配列番号15〕PCRプライマー
〔配列番号16〕PCRプライマー
〔配列番号17〕PCRプライマー
〔配列番号18〕PCRプライマー
〔配列番号19〕PCRプライマー
〔配列番号20〕PCRプライマー
〔配列番号21〕PCRプライマー
〔配列番号22〕PCRプライマー
〔配列番号23〕PCRプライマー
〔配列番号24〕PCRプライマー
〔配列番号25〕PCRプライマー
〔配列番号26〕PCRプライマー
〔配列番号27〕PCRプライマー
〔配列番号28〕PCRプライマー
〔配列番号29〕PCRプライマー
〔配列番号30〕PCRプライマー
〔配列番号31〕PCRプライマー
〔配列番号32〕PCRプライマー
〔配列番号33〕PCRプライマー
〔配列番号34〕PCRプライマー
〔配列番号35〕PCRプライマー
〔配列番号36〕PCRプライマー
〔配列番号37〕PCRプライマー
〔配列番号38〕PCRプライマー
〔配列番号39〕PCRプライマー
〔配列番号40〕PCRプライマー
〔配列番号41〕PCRプライマー
〔配列番号42〕PCRプライマー
〔配列番号43〕PCRプライマー
〔配列番号44〕PCRプライマー
〔配列番号45〕PCRプライマー
〔配列番号46〕PCRプライマー
〔配列番号47〕PCRプライマー
〔配列番号48〕PCRプライマー
〔配列番号49〕PCRプライマー
〔配列番号50〕PCRプライマー
〔配列番号51〕PCRプライマー
〔配列番号52〕PCRプライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質またはその部分ペプチドを含有してなる、癌の治療・予防剤。
【請求項2】
配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質またはその部分ペプチドをコードする塩基配列を含む核酸を含有してなる、癌の治療・予防剤。
【請求項3】
癌の進展および/または浸潤・転移抑制のための請求項1または2記載の剤。
【請求項4】
癌が乳癌である、請求項1〜3のいずれかに記載の剤。
【請求項5】
配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質を産生する細胞に被験物質を接触させ、該蛋白質またはそれをコードするRNAの量を測定することを含む、癌の治療・予防物質のスクリーニング方法。
【請求項6】
該細胞が乳癌組織由来である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
該細胞が非ヒト担癌動物の形態で提供される、請求項5または6記載の方法。
【請求項8】
被験物質の存在下および非存在下に、癌細胞と配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質またはその部分ペプチドとを接触させ、両条件下における該蛋白質またはその部分ペプチドの癌細胞に及ぼす効果を比較することを含む、癌の治療・予防物質のスクリーニング方法。
【請求項9】
該細胞が乳癌組織由来である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
癌細胞の運動能を指標とする、請求項8または9記載の方法。
【請求項11】
癌の治療・予防物質が、癌の進展および/または浸潤・転移抑制作用を有するものである、請求項5〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
配列番号2に示されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質またはその部分ペプチドと被験物質とを接触させ、両者の結合性および/または被験物質の活性化を評価することを含む、癌の治療・予防物質の標的分子のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−249304(P2009−249304A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−96639(P2008−96639)
【出願日】平成20年4月2日(2008.4.2)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】