説明

発光体

【課題】 本発明は、銀行券、パスポ−ト、各種証明書、各種有価証券、印紙等のセキュリティ印刷物の偽造防止材料として使用することができる、赤外線により励起し、励起光より波長の短い光線を放出する発光材料に関する。
【解決手段】 本発明は、発光強度が低い問題や、耐酸性が低く、日常生活における酸性洗浄剤又は酸性食品に接触した場合に発光強度が低下するという問題を解決したものであり、母体にアルカリ土類金属又は亜鉛と、タングステン又はモリブデン酸からなる塩を主に使用し、耐酸性が良好であり、かつ、発光強度の高いアップコンバージョン発光体を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀行券、パスポ−ト、各種証明書、各種有価証券及び印紙等のセキュリティ印刷物の偽造防止材料として使用することができる、赤外線により励起し、励起光より波長の短い光線を放出する発光材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、銀行券や有価証券等の偽造を防止する方法としては、例えば、印刷物の一部を赤外線により励起し、可視光線を発光する発光体を含有するインキを使用して、印刷により潜像画像を形成する偽造防止技術が用いられている。この技術は、潜像画像が形成された領域に赤外線を照射して発光体を励起し、発光体から発する可視光線を受光して潜像画像の有無を検知する光学式読取装置による方法が知られている。
【0003】
このような発光体の一例としては、500nmから2000nmの範囲内の波長の光により励起されてアップコンバージョン発光することを特徴とする希土類元素含有微粒子、及び当該希土類元素含有微粒子と結合する特異的結合物質とを有することを特徴とする発光体がある(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、無機物の母体として、フッ化物、塩化物等のハロゲン化物、酸化物又は硫化物等を使用し、非水系溶媒の存在下で解粒処理を施され、500nmから2000nmの範囲内の波長の光により励起されてアップコンバージョン発光することを特徴する発光体微粒子が開示されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4526004号公報
【特許文献2】特開2006−249253号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1及び特許文献2記載の技術は、耐水性は良好であるが、イットリウムオキサイド(Y)の酸化物を母体としているため、発光強度が低いという問題があった。
【0007】
また、特許文献1及び特許文献2記載の技術は、耐アルカリ性は良好であるが、イットリウムオキサイド(Y)等の酸化物を母体としているため、耐酸性が低く、日常生活における酸性洗浄剤又は酸性食品に接触した場合に発光強度が低下するという問題があった。
【0008】
本発明は、前述した課題の解決を目的とするものであり、発光強度が高く、かつ、耐酸性の良好なアップコンバージョン発光体に関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の発光体は、化学式:A(Yb1−x,R(MOk+4(式中、Aは、Zn(亜鉛)、Ca(カルシウム)、Ba(バリウム)、Mg(マグネシウム)、Sr(ストロンチウム)から選択される少なくとも一つの元素であり、Bは、Ag(銀)、Li(リチウム)、Na(ナトリウム)、K(カリウム)から選択される少なくとも一つの元素であり、Rは、Er(エルビウム)、Ho(ホルミウム)、Pr(プラセオジウム)、Tm(ツリウム)、Gd(ガドリニウム)、Sm(サマリウム)、Ce(セリウム)から選択される少なくとも一つ元素であり、Mは、Mo(モリブデン)又はW(タングステン)のいずれかの元素であり、kは、1≦k≦70の整数であり、xは、(0.01≦x<1.0の範囲である。))で表される発光体であって、励起スペクトルにおいて、930nmから1100nmの波長領域に少なくとも一つのピーク波長を有し、かつ、発光スペクトルが、450nmから500nm、520nmから600nm、620nmから680nm、740nmから860nmの少なくともいずれか一つの波長領域に、少なくとも一つのピーク波長を有することを特徴とする発光体である。
【0010】
また、本発明は、前述の発光体を含んで成る発光インキであることを特徴としている。
【0011】
また、本発明は、前述の発光インキを真偽判別可能な媒体へ使用することを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本発明による発光体は、母体にアルカリ土類金属又は亜鉛と、タングステン又はモリブデン酸からなる塩を主に使用しているため、耐酸性が良好であり、かつ、発光強度の高いアップコンバージョン発光体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の発光体の製造工程を示す一例図。
【図2】本発明の一実施の形態の原料の配合を示す一例図。
【図3】本発明の一実施の形態の発光体の組成を示す一例図。
【図4】本発明の一実施の形態の発光体の励起スペクトルと発光スペクトル。
【図5】比較例1の発光体の励起スペクトルと発光スペクトル。
【図6】本発明の一実施の形態の発光体の発光強度と比較例1の発光強度を示す一例図。
【図7】本発明の一実施の形態の発光体と比較例1の発光体の発光スペクトル。
【図8】本発明の一実施の形態の原料の配合を示す一例図。
【図9】本発明の一実施の形態の発光体の組成を示す一例図。
【図10】本発明の一実施の形態の発光体の発光強度を示す一例図。
【図11】本発明の一実施の形態の原料の配合を示す一例図。
【図12】本発明の一実施の形態の発光体の組成を示す一例図。
【図13】本発明の一実施の形態の発光体の発光強度を示す一例図。
【図14】本発明の一実施の形態の発光体の発光スペクトル。
【図15】本発明の一実施の形態の原料の配合を示す一例図。
【図16】本発明の一実施の形態の発光体の組成を示す一例図。
【図17】本発明の一実施の形態の発光体の発光強度を示す一例図。
【図18】本発明の一実施の形態の発光体の発光スペクトル。
【図19】本発明の一実施の形態の発光体の発光スペクトル。
【図20】本発明の一実施の形態の真偽判別媒体と比較例の発光強度を示す一例図。
【図21】本発明の一実施の形態の真偽判別媒体と比較例の耐薬品性を示す一例図。
【図22】本発明の一実施の形態の発光体のX線回折図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明を実施するための形態について説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、特許請求の範囲記載における技術的思考の範囲であれば、その他の実施の形態も含まれる。
【0015】
(定義)
本発明で用いられるアップコンバージョン発光とは、従来技術に開示されるように、例えば、1000nmの光で励起されたものが、よりエネルギーの高い550nmの光を発するように、照射光よりもエネルギーレベルが高く、かつ、短い波長の光を発する現象として定義される。
【0016】
(発光体の組成)
本発明の一実施形態として、化学式が、A(Yb1−x,R(MOk+4において、1≦k≦70で表される発光体について説明する。
【0017】
本発明の発光体は、上記化学式において、Aは、Zn(亜鉛)、Ca(カルシウム)、Ba(バリウム)、Mg(マグネシウム)、Sr(ストロンチウム)から選択される少なくとも一つの元素である。kは、1≦k≦70の正数である。k<1の場合は、後述するRとイッテルビウム(Yb)の分散性が悪くなるので発光強度が低下するからである。なお、k>70の場合は、付活剤であるRとイッテルビウム(Yb)の化合物中での割合が小さくなるため発光が小さくなる。Bは、Ag(銀)、Li(リチウム)、Na(ナトリウム)、K(カリウム)から選択される少なくとも一つの元素である。
【0018】
付活剤であるRは、Er(エルビウム)、Ho(ホルミウム)、Pr(プラセオジウム)、Tm(ツリウム)、Gd(ガドリニウム)、Sm(サマリウム)、Ce(セリウム)から選択される少なくとも一つの元素である。また、付活剤であるRの取り得る範囲xは、0.01≦x<1.0であり、Yb(イッテルビウム)の取り得る範囲は、1−xである。xが上記の範囲で特に高発光の材料となる。なお、例えば、他の励起領域に別な発光特性を与えるため、ランタン系列元素、Y(イットリウム)、Sc(スカンジウム)又はAl(アルミニウム)等の元素を、発光を阻害しない範囲で適宜加えても良い。また、Mは、Mo(モリブデン)又はW(タングステン)のいずれかの元素である。
【0019】
発光体は、母体結晶構造中の一部を付活剤で置き換えたものであり、本発明の付活剤は、前述したRとイッテルビウムである。この付活剤であるRとイッテルビウムを、本発明の組成における発光体母体中において均一に分散することで発光強度も高くなる。一例としては、炭酸カルシウムが高温で熱分解することで、二酸化炭素(CO)が離脱し、生成したnモルの酸化カルシウム(nCaO)が発光体母体の核となり、これに2モルの酸化リチウム(LiO)、合計2モルとなる付活剤の酸化物{(1−x)Yb+xR}及び(n+4)モルの酸化モリブデン酸(MoO)が固相反応して、理論上、CaLi(Yb1−x,R(MoOk+4なる発光体が形成される。
【0020】
ここで、構成元素の比率が高いモリブデン酸カルシウムが、基本的な発光体の母体となり、カルシウムイオンの一部が、付活剤イオン及びリチウムイオンに置き換わる。リチウム元素のモル数と付活剤のモル数が同一であるのは、2価金属元素のカルシウムと電荷補償させることで、2個のカルシウムイオンに対し、1個のリチウムイオン及び1個の付活剤イオンが、電気的に中性を保った状態で置き換わることができるからである。このとき、リチウムイオンは、付活剤の分散を高め、濃度消光による発光強度の低下を防ぐ働きがあると考えられる。
【0021】
さらに、カルシウムイオンの量は、付活剤の濃度に関係する。なお、付活剤であるRとイッテルビウムの量が少なくなっていくと、励起光を吸収して発光するイオンが徐々に少なくなるため、発光強度は、徐々に低下する。また、カルシウムを配合せず、付活剤であるRとイッテルビウムの量が多くなった場合には、濃度消光により発光体の発光強度が低下する。
【0022】
(発光体の原料)
Aで表されるZn(亜鉛)、Ca(カルシウム)、Ba(バリウム)、Mg(マグネシウム)又はSr(ストロンチウム)元素の原料の一例としては、酸化亜鉛(ZnO)、炭酸カルシウム(CaCO)、炭酸バリウム(BaCO)、酸化バリウム(BaO)、炭酸マグネシウム(MgCO)、酸化マグネシウム(MgO)、炭酸ストロンチウム(SrCO)又は酸化ストロンチウム(SrO)等を使用することができる。
【0023】
Bで表されるAg(銀)、Li(リチウム)、Na(ナトリウム)又はK(カリウム)元素の原料の一例としては、酸化第一銀(AgO)、酸化リチウム(LiO)、炭酸リチウム(LiCO)、炭酸ナトリウム(NaCO)又は炭酸カリウム(KCO)等を使用することができる。
【0024】
付活剤であるRで表される希土類元素の原料としては、希土類元素の酸化物を使用することができる。一例であるエルビウム(Er)の原料としては、酸化エルビウム(Er)を使用することができる。共付活剤であるイッテルビウム(Yb)の原料としては、酸化イッテルビウム(Yb)を使用することができる。その他、シュウ酸イッテルビウム等も使用することができる。
【0025】
Mで表される、Mo(モリブデン)又はW(タングステン)元素の原料としては、三酸化モリブデン(MoO)、ヘプタモリブデン酸アンモニウム{(NH)Mo24}、三酸化タングステン(WO)を用いることができる。
【0026】
(発光体の製造工程)
次に、本発明の発光体の製造工程について、本発明の一例である、化学式CaLi(Yb0.9,Er0.1(WOで説明する。図1に示すように、本発明の発光体の製造工程は、原料を配合する配合工程と、配合された原料を混合する混合工程と、混合工程終了後に乾燥させた混合物を酸化雰囲気下において焼成する焼成工程と、焼成工程後の混合物を粉砕する後処理工程から成る。
【0027】
(配合工程)
配合工程は、発光体の各原料を目的の化学組成が得られるよう正確に秤量し、全体が均一になるよう十分に混合する。この場合、溶剤を使用して混合することもできる。前述した組成例の場合、具体的には、化学式Ca、Li及びWOを含む母体材料と、Yb及びErである付活剤の各原料を配合する。なお、本発明の発光体の製造に際して、発光中心となる付活剤及び母体材料となる化合物の原料は、高温焼成を行った後に酸化物となり得る材料であれば良く、炭酸塩、水酸化物及び酸化物等を使用することもできる。
【0028】
(混合工程)
混合工程は、配合工程終了後の原材料を比較的に沸点が低いエタノ−ル又はメタノ−ル等のアルコ−ルを加えてかくはん混合する。なお、比較的沸点が低いエタノ−ル又はメタノ−ル等のアルコール類を使用するのは、混合後における混合物から速やかに溶剤を揮発させることができるためである。また、混合工程には、ボールミル等の従来公知の粉砕混合装置も使用することができる。
【0029】
(焼成工程)
混合工程終了後に乾燥させた混合物を酸化雰囲気下において焼成温度800℃から1400℃で、0.5時間から50時間焼成する。具体的には、原料混合物をアルミナ坩堝等の耐熱容器に入れ、大気中、900℃から1300℃の高温で2時間以上、好ましくは4時間以上焼成して作製することができる。焼成温度が800℃以下では、炭酸カルシウムが脱炭酸しないため化合物を合成することができないからである。また、焼成温度が1400℃以上では、配合物が溶融しやすくなり、反応容器が割れやすくなるので好ましくない。なお、焼成工程は、酸化雰囲気下であれば、従来公知の発光体として使用される金属酸化物の製造方法を適用することが可能である。
【0030】
(後処理工程)
後処理工程は、作製した発光体を、発光体の用途に応じて公知の方法で洗浄、粉砕及び分級を行う。なお、印刷インキに使用する場合は、発光体の平均粒子径を0.05μmから20μm以下とすることが望ましい。0.05μm未満の場合は、発光強度が低下するからである。平均粒子径20μmを超えた場合は、例えば、スクリーン印刷で付与した場合に、版詰まりの発生等、印刷品質の低下を招くからである。
【0031】
(発光インキ)
次に、発光体を混合したインキ及び塗工液(以下「発光インキ」という。)の作製について説明する。作製した発光体は、後述する印刷方法に応じて、バインダー及び助剤等と十分に混合し、印刷等による基材への付与に適した特性を持つように粘度等を調整し、インキ化又はペースト化する。印刷方式によって異なるが、発光体の配合割合は、1重量%から60重量%の範囲である。発光強度と経済性の観点から見ると、10重量%から50重量%にすることがより望ましい。1重量%未満の場合は、真偽判別に必要な発光強度が得られない。60重量%を超えた場合は、インキ粘度が増加し、インキの転移性が低下する。
【0032】
発光インキに使用するバインダーとしては、特に限定されるものではない。例えば、アマニ油、オリーブ油、ヒマシ油及びヒマワリ油等の油脂類、鯨ロウ、ミツロウ、ラノリン、カルナウバワックス、キャンデリアワックス及びモンタンワックス等の天然ワックス類、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、酸化ワックス、エステルワックス及び低分子量ポリエチレン等の合成ワックス類、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、フロメン酸及びヘベニン酸等の高級脂肪酸類、ステアリルアルコール及びヘベニルアルコール等の高級アルコール類、グルコース、エチレングルコース及びアミロース等の炭化水素類、脂肪酸エステル等のエステル類、ステアリンアミド及びオレインアミド等のアミド類、ポリアミド系樹脂、ポリエステル系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、塩化ビニル系樹脂、セルロース系樹脂、ポリビニル系樹脂、石油系樹脂、エチレン・酢酸ビニル共重合体樹脂、フェノール系樹脂、スチレン系樹脂、ロジン変性樹脂及びテルビン樹脂等の樹脂類、天然ゴム、スチレンブタジエンゴム、イソプレンゴム及びクロロプレンゴム等のエラストマー類、アクリレート、メタクリレートのオリゴマー及びモノマーからなる紫外線硬化樹脂、水添石油樹脂、シリコーン、流動パラフィン及びフッ素樹脂等のタッキファイヤー類等を単独又は複数含有させたものから成るバインダーを使用することができる。さらに、必要に応じてバインダーに、界面活性剤、充填剤、酸化防止剤、乾燥剤及び光重合開始剤等を添加して使用しても良い。
【0033】
なお、発光インキには、インキの粘性を整え、印刷適性を向上させる目的で、炭酸カルシウム、アルミナ、硫酸バリウム、酸化亜鉛及び酸化チタン等の無機顔料を体質顔料として配合しても良い。また、発光を妨げない範囲であれば、公知の色材、機能性材料等を混合しても良い。
【0034】
発光インキを基材に印刷又はコーティング等により付与する方法(以下「付与方法」という。)としては、公知の凹版、凸版、オフセット、スクリーン、インクジェット、グラビア又はフレキソ等による印刷か、又はコーティング等の塗工方法を用いることができる。また、これらの印刷及び塗工方法の組み合わせにより付与しても良い。なお、本明細書において、本発明の発光インキにより作製した印刷物又は塗工物は、真偽判別媒体という。
【0035】
例えば、本発明の発光インキは、特定の赤外線を照射することにより可視発光するため、当該インキ組成物を使用して第1の画線と第2の画線をそれぞれ異なる角度で配置して背景部と潜像部を形成し、当該印刷物を傾けることにより潜像画像を視認することができる印刷物(例えば、特許第4374446号公報)等に使用し、潜像による偽造防止効果と、特定の赤外線を照射することにより、可視発光の有無の目視による判別か、又は機械読取による判別が良好となるため、真偽判別性の優れた印刷物を作製することができる。
【0036】
また、本発明の発光インキに光輝性顔料を配合した場合は、当該インキを使用して第1の画線と第2の画線をそれぞれ異なる角度で配置して背景部と潜像部を形成し、当該印刷物を傾けることにより任意の階調を有する潜像画像を視認することができる印刷物(例えば、WO2003/013871号公報)等に使用し、潜像による偽造防止効果と、特定の赤外線を照射することにより、可視発光の有無の目視による判別か、又は機械読取による判別が良好となるため、真偽判別性に優れた印刷物を作製することができる。
【0037】
なお、真偽判別媒体を判別する方法としては、簡易的な器具を用いて目視で判別する方法と機械を用いる方法が挙げられる。
【0038】
簡易的な器具を用いて目視で判別する方法の一例を説明する。市販の波長980nmの簡易型レーザ照射装置で、真偽判別媒体に10mWの赤外線を照射する。発光体が付与された画線を有する真偽判別媒体では、緑色の発光を視認することができる。一方、発光体が付与されていない画線では、発光を視認することができない。すなわち、発光体が付与された画線のみが、明確な発光を示すことから、簡易的な器具により印刷物の真偽判別が可能である。
【0039】
機械を用いる方法としては、例えば、発光体の励起特性に合わせた波長の赤外線を照射し、励起光である赤外線の反射をカットする光学フィルタを介した検出器により真偽判別媒体からの可視光のみを検出し、真偽判別媒体の発光強度に応じて、あらかじめ定めておいた閾値範囲の出力が得られるか否かを検知する方法がある。
【0040】
次に、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。まず、発光体の製造方法について説明する。
【実施例1】
【0041】
まず、A(Yb1−x,R(MOk+4で表される発光体について、Aにカルシウム(Ca)、Bにリチウム(Li)、Rにエルビウム(Er)、Mにタングステン(W)を使用し、図2に示す原料を用いた配合物から発光体を作製した例について説明する。
【0042】
上記配合物は、エタノ−ルを使用してアルミナ製乳鉢中により混合し、乾燥させた。乾燥後に、配合物をアルミナ製ボ−トに移し、配合物を電気炉にて酸化雰囲気下、1000℃で5時間焼成後、大気中で放冷した。焼成物は、径2mmのジルコニア製ビ−ズ及びエタノ−ルを使用し、ペイントシェ−カ−で1時間湿式粉砕した。湿式粉砕後、乾燥させて、図3に示す発光体を作製した。
【0043】
(比較例1)
特許文献2における実施例を参考に、液相反応で合成した比較例1の発光体(Y0.94,Yb0.05,Er0.01を作製した。原料である、硝酸イットリウム0.0376mol、硝酸イッテルビウム0.002mol及び硝酸エルビウム0.0004molを蒸留水に溶解させて200mlとし、Y,Yb,Erイオン混合溶液を調整後、かくはん機でかくはん状態とした。また、炭酸ナトリウム水溶液(0.3mol/l)200mlを、上記かくはん状態のY,Yb,Erイオンの混合溶液に添加した後、2時間かくはんした。次に、遠心分離機を用い、3000rpm、30分間の遠心分離を行い、混合溶液の溶質分を沈降させた。この上澄みを取り除いた後、蒸留水を加え洗浄後、遠心分離する操作を2回繰り返し行った。その後、沈殿物に、エタノールを加え、再び洗浄し、遠心分離後の沈殿物を取り出し、常温乾燥後、さらに、60℃で6時間の乾燥を行い、前駆体であるYb,Erが付活された塩基性炭酸イットリウム粉体を得た。この前駆体を、アルミナ製容器に入れ、酸化雰囲気で、1150℃で5時間焼成し、液相反応で合成して比較例1の発光体:(Y0.94,Yb0.05,Er0.01とした。
【0044】
(比較例2)
実施例1と同様な方法の固相反応で合成した比較例2の発光体(Y1.666(Yb0.9,Er0.10.334)を作製した。原料である、酸化イットリウム(Y)14.8233g、酸化イッテルビウム(Yb)4.9251g及び酸化エルビウム(Er)4.9251gを正確に秤量し、エタノール溶媒中で十分に混合し乾燥させた。十分に混合した粉体をアルミナ製容器に入れ、酸化雰囲気で、1300℃で5時間焼成した。上記焼成物は、径2mmのジルコニア製ビ−ズ及びエタノ−ルを使用してペイントシェ−カ−で1時間湿式粉砕した。湿式粉砕後、乾燥して比較例2の発光体とした。
【0045】
各サンプルの例として、S−1については、図4(a)に励起スペクトルを示し、図4(b)に980nmの光により励起して得た発光スペクトル示す。なお、比較のため、比較例1についても、図5(a)に励起スペクトルを示し、図5(b)に発光スペクトル示す。
【0046】
次に、作製したサンプルS−1からS−12の発光体を、蛍光分光光度計(株式会社堀場製作所製 Fluorolog−3)により、励起波長980nmにおける波長500nmから590nmの領域の発光強度の積分値を測定した結果を発光強度とした。各種サンプルと比較例の発光強度の測定値の比較結果を図6に示した。発光強度は、比較例1の発光強度を100とした場合における相対強度とした。なお、蛍光分光光度計の励起光である980nmの赤外線の強度は、市販のレーザーパワーメータで測定した結果、0.5mWであった。図6に示した結果から明らかなように、各種サンプルの発光体は、比較例と比べても、発光強度が高く、好ましい発光体であることが分かった。
【0047】
代表例として、蛍光分光光度計で測定した、S−1と比較例1の発光スペクトルの比較結果を図7に示した。励起光である赤外線領域の980nmの光で励起した場合、S−1は、551nmに最も強度の高い発光ピークを示し、542nm及び530nmにも発光ピークを示し、比較例1に対して、より好ましい発光特性を有していることが分かった。サンプルS−1からS−12の発光体に、市販の波長980nm、出力10mWの簡易型レーザ照射装置(以下「簡易型レーザ照射装置」という。)で、赤外線の照射領域を径0.5mm、照射距離を1.5cmとして赤外線を照射した結果、緑色の発光を観察することができた。簡易型レーザ照射装置の赤外線の強度は、市販のレーザーパワーメータで測定した結果、10mWであった。簡易型レーザ照射装置と発光体の距離を3cmまで離し、赤外光の照射領域を径2mm以上に広げ、発光体に照射する単位面積あたりの赤外光の強度を弱めた場合には、緑色の発光を弱く観察することができた。反対に、簡易型レーザ照射装置と発光体の距離を、0.5cm以下に近づけ、赤外光の照射領域を径0.5mm以下に狭め、発光体に照射する単位面積あたりの赤外光の強度を強めた場合には、緑色の発光が強く観察することができた。
【実施例2】
【0048】
次に、A(Yb1−x,R(MOk+4で表される発光体について、Aにカルシウム(Ca)、Bにカリウム(K)、ナトリウム(Na)、銀(Ag)又はリチウム(Li)、Rにエルビウム(Er)、Mにタングステン(W)又はモリブデン(Mo)を使用し、図8に示す原料を用いた配合物から発光体を作製した例について説明する。
【0049】
前述の配合物は、実施例1と同様の方法によって、図9に示す発光体を作製した。
【0050】
次に、作製したサンプルS−13からS−16の発光体を、実施例1と同様の方法によって、発光強度を測定した。発光強度は、比較例1の発光強度を100とした場合における相対強度とした。
【0051】
各種サンプルと比較例1の発光強度の比較結果を図10に示した。図10に示した結果から明らかなように、各種サンプルの発光体は、比較例1と比べても、発光強度が高く、良好な発光体であることが分かった。また、実施例1と同様に、簡易型レーザ照射装置と発光体の距離を3cmに離し、赤外光の照射領域を径2mm以上に広げ、発光体に照射する単位面積あたりの赤外光の強度を弱くした場合には、緑色の発光を弱く観察することができた。反対に、簡易型レーザ照射装置と発光体の距離を0.5cm以下に近づけ、赤外光の照射領域を径0.5mm以下に狭め、発光体に照射する単位面積あたりの赤外光の強度を強めた場合には、緑色の発光を強く観察することができた。
【実施例3】
【0052】
次に、A(Yb1−x,R(MOk+4で表される発光体について、Aにカルシウム(Ca)、Bにリチウム(Li)、Rにホルミニウム(Ho)、Mにタングステン(W)又はモリブデン(Mo)を使用し、図11に示す原料を用いた配合物から発光体を作製した例について説明する。
【0053】
配合物は、実施例1と同様の方法によって、図12に示す発光体を作製した。
【0054】
作製したサンプルS−17からS−22の発光体を、蛍光分光光度計(株式会社堀場製作所製 Fluorolog−3)により、励起波長980nmにおける波長500nmから700nmまでの領域の発光強度の積分値を測定した結果を発光強度とした。ここで、発光強度は、S−1と母体構成が同一であるS−17の発光強度を100とした場合における相対強度とした。なお、発光強度を比較した結果を、図13に示した。また、代表例として、980nmの光により励起して得たS-18の発光スペクトルを図14に示した。
【0055】
図14に示すように、サンプルは、659nmに最も強度の高い発光ピークを示し、641nm及び544nmにもピークを示した。また、S−17からS−22の発光体に簡易型レーザ照射装置で10mWの赤外線の照射領域を径0.5mm、1.5cmまで離して照射した結果、緑色の発光を観察することができた。この発光は、簡易型レーザ照射装置と発光体の距離を2cmよりも離し、赤外光の照射領域を径1mm以上に広げ、発光体に照射する単位面積あたりの赤外光の強度を弱めた場合には、赤色の発光が弱く視認された。反対に、簡易型レーザ照射装置の距離を0.5cm以下に近づけ、赤外光の照射領域を径0.5mm以下に狭め、発光体に照射する単位面積あたりの赤外光の強度を強めた場合には、緑色の発光が強く視認された。したがって、励起光である赤外線の強度の違いより、発光色の変化を生じる多色発光アップコンバージョン発光体が得られることを確認することができた。
【実施例4】
【0056】
次に、A(Yb1−x,R(MOk+4で表される発光体について、Aにカルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)、マグネシウム(Mg)又は亜鉛(Zn)、Bにリチウム(Li)又はカリウム(K)、Rにツリウム(Tm)、Mにタングステン(W)又はモリブデン(Mo)を使用し、図15に示す原料を用いた配合物から発光体を作製した例について説明する。
【0057】
配合物は、実施例1と同様の方法によって、図16に示す発光体を作製した。
【0058】
作製したサンプルS−23からS−31の発光体を、蛍光分光光度計(株式会社堀場製作所製 Fluorolog−3)により、励起波長980nmにおける波長750nmから850nmまでの領域の発光強度の積分値を測定した結果を発光強度とした。ここで、発光強度は、S−1と母体構成が同一であるS−23の発光強度を100とした場合における相対強度として、発光強度を比較した結果を、図17に示した。代表例として、980nmの光により励起して得たS-23の発光スペクトルを図18に示した。
【0059】
図18に示すように、サンプルは、794nmに最も強度の高い発光ピークを持つ、近赤外線発光するアップコンバージョン発光体であることを確認することができた。また、S−23からS−31の発光体に、簡易型レーザ照射装置の距離を1.5cm以下に近づけ、赤外光の照射領域を径0.8mm以下に狭め、発光体に照射する赤外光の強度を強めた場合には、青色及び赤色の混色した発光を観察することができた。
【0060】
図19には、蛍光分光光度計(株式会社堀場製作所製 Fluorolog−3)により得られた、励起波長980nmにおけるサンプルS-28の、波長400nmから700nmの可視光領域の発光スペクトルを示した。この結果から、サンプルS-28では、450nmから500nmの領域において、475nmに最も強度の高いピークを持つ青色発光を確認することができた。
【0061】
(発光インキ)
次に、作製したサンプルの発光体について、表1の配合にしたがって、UVスクリーンインキを作製した。インキ作製は、三本ロールミルで高濃度分散を行い、次に、表1の配合割合になるようワニスを調整し、スリーワンモーターによりかくはん混合を行い、発光体スクリーンインキを作製した。
【0062】
【表1】

【0063】
(真偽判別可能な媒体の作製と評価)
スクリーン印刷機(ミノグループ製)により、200メッシュの版面を使用し、模様状の図柄で上質紙に印刷した。印刷後には、紫外線照射装置により80mJ/cmの紫外線を照射し、インキを乾燥させ真偽判別媒体を得た。
【0064】
一例として、発光体S−1を使用して作製した真偽判別媒体であるP−1と、比較例1の発光体を使用して作製した印刷物C−1について、実施例1と同様の方法により励起波長980nmにおける最大発光強度を測定し、比較例1の発光強度を100とした場合における相対強度を図20に示した。
【0065】
図20に示した結果から明らかなように、各種サンプルの発光体は、インキ化して真偽判別媒体とした場合においても、比較例1と比べて発光強度が高いことが分かった。
【0066】
次に、作製した真偽判別媒体のレーザ光の強度に対する発光を確認した。発光体S−1を使用して作製した真偽判別媒体P−1に、簡易型レーザ照射装置で10mWの赤外線の照射領域を径0.5mm、照射距離を1.5cmとして照射した結果、図柄部分で、緑色の発光を観察することができた。この発光は、簡易型レーザ照射装置と真偽判別媒体P−1の距離を3cmまで離し、赤外光の照射領域を径2mm以上に広げ、真偽判別媒体P−1に照射する赤外光の強度を弱めた場合には、緑色の発光が弱く視認された。反対に、簡易型レーザ照射装置と発光体の距離を、0.5cm以下に近づけ、赤外光の照射領域を径0.5mm以下に狭め、発光体に照射する単位面積あたりの赤外光の強度を強めた場合には、緑色の発光を強く観察することができた。したがって、簡易型のレーザ照射装置の照射により、発光体が付与された画線を検知することができた。
【0067】
同様に、発光体S−18を使用して作製した真偽判別媒体P−18に、簡易型レーザ照射装置で、10mWの赤外線の照射領域を径0.5mm、照射距離を1.5cmとして赤外線を照射した結果、図柄部分で、緑色の発光を観察することができた。この発光は、簡易型レーザ照射装置と真偽判別媒体P−18の距離を2cmより離し、赤外光の照射領域を径1mm以上に広げ、真偽判別媒体P−18に照射する赤外光の強度を弱めた場合には、赤色の発光を検知することができた。この状態から、簡易型レーザ照射装置を0.5cm以下に近づけ、赤外光の照射領域を径0.5mm以下に狭めると、当初の緑色の発光を検知することができた。したがって、簡易型レーザ照射装置の照射距離の違いにより、明確に色相変化する特徴を検出することができることから、発光体が付与された画線を検知することができた。
【0068】
さらに、発光体S−23を使用して作製した真偽判別媒体であるP−23に、簡易型レーザ照射装置で、真偽判別媒体P−23に10mWの赤外線の照射領域を径2mm、照射距離を3cmとして赤外線を照射した結果、図柄部分で、青色及び赤色の混色した発光を観察することができた。この発光は、簡易型レーザ照射装置と真偽判別媒体P−23の距離を離し、赤外光の照射領域を広げ、真偽判別媒体P−23に照射する赤外光の強度を弱めた場合には、発光を検知することができなかった。この状態から、簡易型のレーザ照射装置の距離を1.5cm以下に近づけ、赤外光の照射領域を径0.8mm以下に狭めると、青色及び赤色の混色した発光を観察することができた。
【0069】
(耐薬品性の評価)
次に、作製した真偽判別媒体の堅ろう性を評価するため、塩酸3%溶液及び水酸化ナトリウム1%溶液に、24時間浸析させた場合の耐久性を評価した。浸析前後の印刷物の発光強度は、実施例1と同様の方法により測定した。一例として、真偽判別媒体P−1と印刷物C−1の堅ろう性の比較結果を、図21に示した。なお、発光強度は、浸析前の各々の印刷物における発光強度を100とした場合の相対強度とした。
【0070】
図21に示した結果から明らかなように、真偽判別媒体の耐薬品性については、浸析前の発光強度をほぼ維持することができ、比較例1と比べて発光強度も良好であった。特に、耐酸性において、比較例1と比べて優れていた。
【0071】
(構造解析)
次に、一例として、図22に発光体S−3のX線回折パターンの結果を示す。回折パターンから、単一の結晶相であり、ピークの位置からCaWOと類似構造である化合物を合成することができていることを確認した。よって、発光強度が良好な単一結晶の発光体を合成することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式:A(Yb1−x,R)(MO)k+4
(式中、
Aは、Zn(亜鉛)、Ca(カルシウム)、Ba(バリウム)、Mg(マグネシウム)、Sr(ストロンチウム)から選択される少なくとも一つの元素であり、
Bは、Ag(銀)、Li(リチウム)、Na(ナトリウム)、K(カリウム)から選択される少なくとも一つの元素であり、
Rは、Er(エルビウム)、Ho(ホルミウム)、Pr(プラセオジウム)、Tm(ツリウム)、Gd(ガドリニウム)、Sm(サマリウム)、Ce(セリウム)から選択される少なくとも一つの元素であり、
Mは、Mo(モリブデン)又はW(タングステン)のいずれかの元素であり、
kは、1≦k≦70の整数であり、
xは、(0.01≦x<1.0の範囲である。))で表される発光体であって、
励起スペクトルにおいて、930nmから1100nmの波長領域に少なくとも一つのピーク波長を有し、かつ、発光スペクトルが、450nmから500nm、520nmから600nm、620nmから680nm、740nmから860nmの少なくともいずれか一つの波長領域に、少なくとも一つのピーク波長を有することを特徴とする発光体。
【請求項2】
請求項1記載の発光体を含んで成る発光インキ。
【請求項3】
請求項2記載の発光インキの真偽判別可能な媒体への使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2012−149139(P2012−149139A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7401(P2011−7401)
【出願日】平成23年1月18日(2011.1.18)
【出願人】(303017679)独立行政法人 国立印刷局 (471)
【Fターム(参考)】