説明

発光構造体、発光方法及び照明体

【課題】発光構造体,発光方法及び照明体において、付与されたエネルギが所定の閾値を超えると超線形的に発光強度が増加するようにする。
【解決手段】発光部3が、非導電性であるとともに表面に微細な凹凸構造を有し、該凹凸構造に対して非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えると超線形的に発光強度が増加するよう構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外部からエネルギが付与されると発光する、発光構造体,発光方法及び照明体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、電子線等により外部からエネルギが加えられると発光する発光構造体が種々開発されており、このような発光構造体としては例えば蛍光素子がある。蛍光素子は陰極線管や投射管等を利用して映像表示用途に広く用いられている(非特許文献1 参照)。
【0003】
そして、蛍光素子を始めとする発光構造体に関する実験は従来より種々行なわれている。
ここで、図11(A),(B)を参照して一般的な蛍光素子について説明すると、蛍光素子は、金属製の基材102と、基材102上に蛍光体を積層して形成される蛍光部103とをそなえて構成されている。
【0004】
このような構成において、蛍光素子は、外部から加えられた電子線や電荷や電場等の電気エネルギにより、蛍光部103を構成する蛍光体の母体が励起され発光する。つまり、蛍光素子は、入力された電気エネルギ(励起エネルギ)を蛍光に変換して出力するようになっているのである。
一般的に、蛍光素子の発光強度は、このように外部から入力される励起エネルギの増加に対し単調増加するが、励起エネルギ量が所定エネルギ量を超えると増加の度合いが減少し、さらに励起エネルギ量が増加すると発光強度は飽和もしくは減少する傾向にある(非特許文献2 参照)。
【0005】
なお、ここでは、励起エネルギとしての電子線電流(電流値)Aと発光強度Iとの相関関係を両対数グラフ上に表示した際、かかる相関関係を示すラインの傾き(以下、入出力微分変化率という)θ〔=Δlog(I)/Δlog(A)〕が正のものを、単調増加と称している。通常、この傾きは1程度となることが多い。上述したように、従来の蛍光素子ではこの入出力微分変化率θは電子線などの励起(入力)エネルギが大きくなると悪化(減少)する傾向にあった。
【0006】
【非特許文献1】Phosphor Handbook, by S.Shionoya and W. M. Yen, CRC Press, Boca Raton, FL, 1998
【非特許文献2】Phosphor Handbook, by S.Shionoya and W. M. Yen, CRCPress, Boca Raton, FL, 1998, P.489−P.498
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような状況下において創作されたもので、電子線や電荷や電場等により付与される励起エネルギが所定の閾値を超えると発光強度が超線形的に増加する発光構造体を提供することを目的とする。
また、この発光構造体の発光強度が超線形的に増加することを利用した、照明体を提供することを目的とする。
【0008】
さらには、発光強度が超線形的に増加する発光方法を提供することを目的とする。
なお、本発明でいう「超線形的」とは、付与されたエネルギが所定の閾値を超えたときに入出力微分変化率θが増加することをいう。特に、付与されたエネルギが閾値より下では入出力微分変化率θは1未満、一方、付与されたエネルギが閾値より上では入出力微分変化率θは1以上となる場合が多い。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このため、本発明の発光構造体(請求項1)は、非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えると超線形的に発光強度が増加するインコヒーレント光の発光部をそなえて構成されていることを特徴としている。
この場合、該エネルギに応じて上記の所定の閾値を境界として該発光部の発光色が変化することが好ましい(請求項2)。
【0010】
また、該エネルギが、電子線,電荷及び電場の何れかの態様の電気エネルギであることが好ましい(請求項3)。
さらに、該発光部が非導電性を有していることが好ましい(請求項4)。
また、本発明の発光構造体(請求項5)は、非導電性であるとともに表面に微細な凹凸構造を有し、該凹凸構造に対して非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えると超線形的に発光強度が増加する発光部をそなえて構成されていることを特徴としている。
【0011】
この場合、該発光部の厚さを不均一にすることにより該凹凸構造を形成することが好ましい(請求項6)。
また、該発光部の凸部と凹部における最大厚さは、最小厚さの3倍以上であることが好ましく(凸部に対応する最大厚さが凹部と対応する最小厚さの3倍以上であることが好ましく)(請求項7)、最小厚さの10倍以上であることがさらに好ましい(凸部に対応する最大厚さが凹部と対応する最小厚さの10倍以上であることが好ましい)(請求項8)。
【0012】
また、該発光部の最小厚さは、500μm以下であることが好ましく(請求項9)、50μm以下であることがさらに好ましい(請求項10)。
また、該凹凸構造の凹凸面の傾斜角は、30度から150度の範囲内にあることが好ましく(請求項11)、50度から130度の範囲内にあることがさらに好ましい(請求項12)。
【0013】
さらには、発光部を無機物質にすることが好ましい(請求項13)。
また、該発光部が基材上に設けられていることが好ましい(請求項14)。この場合、水溶性固着剤を使用せずに該発光部を該基材上に設けることが好ましい(請求項15)。また、該発光部が帯電しやすい手法により該基材上に設けられていることが好ましい(請求項16)。
【0014】
本発明の照明体は、請求項1〜16の何れか一項に記載の発光構造体を用いることを特徴としている(請求項17)。
本発明の発光方法は、非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えると超線形的に発光の強度が増加するインコヒーレント光の発光部をそなえた発光構造体に対し、該閾値以上のエネルギを付与することを特徴としている(請求項18)。
【発明の効果】
【0015】
以上詳述したように、本発明の発光構造体(請求項1)によれば、非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えると超線形的に発光強度が増加するインコヒーレント光の発光部をそなえて構成されているので、広い用途に利用できる。例えば、高輝度発光を呈することから各種照明などに利用可能である。また、発光部の発光強度を介して電気エネルギの大きさを監視でき、検出装置,警報装置等として利用できるという利点がある。また、閾値を境に発光強度が変化するので、かかる閾値を境界とした発光強度の変化をオンオフ信号として抽出することにより、メモリや各種の制御素子として利用できるという利点がある。
【0016】
この場合、該エネルギに応じて上記の所定の閾値を境界として該発光部の発光色が変化するようになれば、発光状態の変化を視覚的に確認し易くなるという利点がある(請求項2)。
また、該エネルギが、電子線,電荷及び電場の何れかの態様の電気エネルギであれば、蛍光素子等のような一般的な発光構造体に用いられるエネルギ付与手段をそのまま使用できるようになる(請求項3)。
【0017】
さらに、該発光部が非導電性を有していれば、発光部の帯電性を確保して、閾値を境界とした発光強度の急変や発光色の変化を顕著なものにでき、また、低い付与エネルギで、このような発光状態(発光強度や発光色)を変化させることができる(かかる閾値を低い値にできる)ようになる(請求項4)。
また、本発明の発光構造体(請求項5)によれば、非導電性であるとともに表面に微細な凹凸構造を有し、該凹凸構造に対して非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えると超線形的に発光強度が増加する発光部をそなえて構成されているので、凹凸構造に対して非接触的に付与された電気エネルギが所定の閾値を超えると、発光部の発光強度が超線形的に増加し、また、発光部の発光色が変化することもあるので、上記の発光構造体と同様の効果が得られる(請求項5)。
【0018】
また、従来の発光体構造よりも高い発光強度が得られるので、高出力の照明機器を実現できるという利点もある。
さらに、発光部を微細な凹凸構造とするだけで良いので、従来の発光体について豊富に蓄えられた各種の知見をそのまま応用できるという利点がある。
この場合、該発光部の厚さを不均一にすることにより該凹凸構造を形成すれば、微細な凹凸構造を容易に形成できようになる(請求項6)。
【0019】
また、該発光部の凸部と凹部における最大厚さが最小厚さの3倍以上であれば、微細な凹凸構造を顕著なものとして上記の発光構造体の効果を安定して得られるようになる(請求項7)。さらに、該発光部の凸部と凹部における最大厚さが最小厚さの10倍以上であれば、微細な凹凸構造を顕著なものとして上記の発光構造体と同様の効果を一層安定して得られるようになる(請求項8)。
【0020】
また、該発光部の最小厚さが500μm以下であれば、微細な凹凸構造を顕著なものとして上記の発光構造体と同様の効果を安定して得られるようになる(請求項9)。さらに、該発光部の最小厚さが50μm以下であれば、微細な凹凸構造を顕著なものとして上記の発光構造体と同様の効果を一層安定して得られるようになる(請求項10)。
【0021】
また、該凹凸構造の凹凸面の傾斜角が30度から150度の範囲内にあれば、微細な凹凸構造を顕著なものとして上記の発光構造体と同様の効果を安定して得られるようになる(請求項11)。さらに、該凹凸構造の凹凸面の傾斜角が50度から130度の範囲内にあれば、微細な凹凸構造を顕著なものとして上記の発光構造体と同様の効果を一層安定して得られるようになる(請求項12)。
【0022】
また、該発光部を無機物質にすれば、エネルギを付与した際の劣化が少なくなる(請求項13)。
そして、該発光部が基材上に設けられていれば、発光部を安定した状態で形成できるようになる(請求項14)。
この場合、水溶性固着剤を使用せずに該発光部を該基材上に設ければ、発光部の帯電性を確保できる(請求項15)。
【0023】
そして、該発光部を帯電しやすい手法により該基材上に設ければ、さらに発光部の帯電性を確保できる(請求項16)。
本発明の照明体(請求項17)によれば、請求項1〜16の何れか一項に記載の発光構造体を用いるので、供給されるエネルギと比較して高輝度の発光が得られるという利点がある。
【0024】
本発明の発光方法(請求項18)は、非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えると超線形的に発光の強度が増加するインコヒーレント光の発光部をそなえた発光構造体に対し、該閾値以上のエネルギを付与することを特徴としているので、上記の発光構造体と同様の効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。図1及び図2は本発明の一実施形態としての発光素子について示す図であり、図1はその構成を示す図であって、(A)は模式的な平面図、(B)は(A)のX1−X1断面を拡大して示す模式図、図2はその他の構成を示す図であって、(A)は模式的な平面図、(B)は(A)のX3−X3断面を拡大して示す模式図である。
【0026】
本発光素子(発光構造体)1は、図1(A),(B)に示すように、金属製(例えば銅製)の基材2と、基材2上に設けられた非導電性の発光部3とをそなえて構成されており、発光部3には格子状の溝4が形成されている。
発光部3を形成する発光体は、非導電性のものであればよく、従来の蛍光素子に適用しうるものであれば適用可能であり、例えば市販されているテレビ用赤色蛍光体(Y22S:Eu,Tb)や青色蛍光体(SrHfO3:Tm)等が使用できる。
【0027】
なお、非導電性とは、ここでは電気抵抗率が106Ω・cm以上であることを指している。発光体の材料としては特に電気抵抗率が108Ω・cm以上の材料が好ましい(勿論、絶縁性の材料を用いても良い)。
また、発光部3を形成する発光体は、有機発光体であっても無機発光体であっても良いが、電気エネルギを付与した際(特に電子線を付与した際)の安定性が高い(劣化しにくい)ことから、無機発光体であることが好ましい。勿論、無機発光体と有機発光体とを混合して発光部3を形成しても良いし、種類の異なる無機発光体を混合して発光部3を形成しても良いし、種類の異なる有機発光体を混合して発光部3を形成しても良い。
【0028】
ここで、発光部3を形成する発光体の好ましい態様として、非導電性の無機発光体について説明する。なお、無機発光体としては、映像表示管,蛍光ランプ,X線・放射線用,その他蛍光表示管用などの用途に広く用いられている一般的なものが使用可能である。
無機発光体の代表例としては無機蛍光体があるが、無機蛍光体は一般的に粉末状で生産され、この蛍光体粉末を基材2に付着させて発光部3を形成するのが一般的な手法である。なお、金属板(基材)2と粉末層(発光部)3との間に適宜絶縁薄膜等が介装される。
【0029】
そして、本発光構造体の大きな特徴であるが、上述したように発光部3には格子状の溝4が形成されている。この溝4は、例えば、後述する方法により蛍光体粉末を基材2に付着させて発光部3を形成した後、この発光部3を例えばピンセットの先端のような鋭利な治具で削ることで容易に形成できる。ここでは、溝4は、図1(A)において、上下(縦)方向に沿って設けられた複数の縦溝4aと、左右(横)方向に沿って設けられた複数の横溝4bとで構成されている。
【0030】
発光部3は、外部から電子線,電荷及び電場のような電気エネルギを非接触的に(エネルギ源と直接接触させずに)付与されると発光するものであるが、本発明者らは、発光構造体に関する種々の試験を行なう過程で、発光部3に格子状の山,溝,孔,突起の何れか又はこれらを2つ以上組合わせて設けるなどしてこの発光部3の表面に微細な凹凸構造を形成することにより粗面化された発光部3に、所定の閾値を超えてエネルギが付与されると、凹凸近傍において新たな発光スペクトル成分が生じて、発光強度の増加傾向が上昇し、付与されるエネルギに対して発光部3の出力光の強度(発光強度)が超線形的に増加するとともに、条件によっては発光部3に付与されるエネルギ(励起エネルギ)に応じて発光色がかかる閾値の前後で変化することを見いだした。この場合、発光部から生じる光は、通常、インコヒーレントな光である。ここでいうインコヒーレント(非干渉性)とは、発光体の任意の2点から出る光が、相互に干渉を生じないことを指し、インコヒーレントな光は、レーザ光等のような干渉光と区別される。
【0031】
ここで微細な凹凸構造とは、発光部3の該表面に微小な突起(凸部)・微小な細孔(凹部)を有したり、波形・矩形等の凹凸断面形状を有したりするような構造であり、これらの突起・細孔、波形・矩形等の凹凸断面形状が規則的又は不規則的に配置されることで構成されるような構造である。
このような凹凸構造は請求項6〜12の何れかに記載の条件を満たすものであることが好ましい。一般に、凹凸構造は、三角錐や四角錐や円錐等のような錐体、截頭三角錐や截頭四角錐や截頭円錐等のような截頭錐体、頭部が山型や半球状となった擬錐体からなる多数の凸部と、これらの凸部に対する多数の凹部とから形成される凹凸模様状の構造とされ、特に、錐体,頭部が山型や半球状となった擬錐体からなる多数の凸部と、これらの凸部に対する凹部とから構成された凹凸模様状の構造が好ましい。これらの凹部及び凸部は規則的に配置されていても良いし、不規則に配置されていても良い。また、上記凹部が連続的に連なって溝状に形成されたり、上記凸部が連続的に連なって山脈状に形成されたりしても良い。
【0032】
表面に粗面化(凹凸化)を施す前の発光部3の層厚は、特に限定されるものではなく、凹凸構造を支障なく加工できる厚みであればよい。上記層厚の好ましい範囲は100μm〜3000μmである。粗面化された表面において凹凸形状が小さすぎると(凹部と凸部との高低差が小さすぎると)発光の増加が得難いため20μm以内の局所的変動は無視して捉えられているものとする。換言すれば、凹部と凸部との高低差を20μmよりも大きく設定することが好ましい。
【0033】
このような凹凸形状の発光構造体に非接触的にエネルギを付与した際に起きる発光状態の変化のメカニズムは明確には解析されていないが、特に励起エネルギが所定の閾値を超えると発光強度が超線形的に増加することについては以下のようなメカニズムが推定される。
つまり、発光部3に電子線照射等のエネルギを付与すると、発光部3を形成する発光体の母体が励起され、発光体に電子正孔対が生じる。そして、この電子正孔対がエネルギを伴って発光体の発光中心へと移動することにより発光が生じるのが通常の発光構造体(蛍光素子)で得られる発光のメカニズムである。
【0034】
また、蛍光体粉末層(発光部)3が非導電性だと、この粉末層3は帯電する。そして、上述したように発光部3に溝4を設けるなどして発光部3に厚さが不均一な微細な凹凸構造を形成することで、発光部3の電場は不均一になり、凹凸構造近傍において局所的に高電場が生じる。つまり、表面の粗面化により電界集中を起こす箇所が生じるのである。ここで、発光部3の微細な凹凸形状は一様な電場が生じないような構造でありさえすれば良いということが肝要である。
【0035】
このように発光部3が極めて帯電しやすい場合には、外部から付与されるエネルギが高くなるにしたがって発光部3の表面近傍において多くの電子又は正孔が蓄えられ、これに応じて発光部3の表面近傍において極めて強い電場が生じるようになる。
この電場の強度が所定の閾値以上になると(即ち、付与されるエネルギが所定の閾値以上になると)、深い準位に捕われていた発光部の母体の電子且つ/又は正孔が、プール・フレンケル(Poole−Frenkel)過程及び/又はファウラー・ノードハイム(Fowler−Nordheim)過程により伝導帯且つ/又は価電子帯に放出され、電場によって加速され、発光中心を励起する。さらに/或いは、極めて強力な電場の印加により、電子且つ/又は正孔を閉じ込めていた障壁の幅が薄くなり、トンネル過程によるキャリヤ注入が生じ、このキャリヤが電場によって加速され発光中心を励起する。
【0036】
そして、発光部3における発光中心は、意図的にドープされた単純金属・遷移金属を代表とする不純物だけではなく、発光部3の製造過程において生じた潜在的な点欠陥,線欠陥,面欠陥,表面欠陥も発光中心となりえる。このため、電子線励起のようなエネルギの付与によるキャリヤの発生に加え、非導電性の発光部3に対して溝4を設けるなどして発光部3を厚みが不均一な微細な凹凸構造にすることにより、上述したように高電場が発生し、この高電場の影響によって多数のキャリヤが発生する。そして、このキャリヤにより、意図的にドープされた発光中心の発する発光の強度が増強され、さらに、製造過程で生じた潜在的な欠陥・不純物を発光中心とした発光の強度が増強すると考えられる。これにより、電子線照射等によって付与されるエネルギが所定の閾値以上になると、発光部3の発光の強度が超線形的に増加するものと考えられる。
【0037】
ここで、発光部3の発光状態が急変する入力エネルギの所定の閾値について説明すると、かかる所定の閾値は、発光部3の各種条件に依存しており、このような条件を調整することにより、かかる閾値を所望の値に設定することが可能である。このような閾値を所望の値に設定する発光部3の各種条件としては、例えば、材質,合成条件〔フラックスの種類と量,焼成温度,焼成時間,温度降下にかけた時間,後処理(粉砕方法,水洗方法,乾燥方法等)〕,基材2への蛍光体粉末の塗布の仕方(基材2への付着のさせ方)及びその後処理,微細な凹凸構造における凹凸の度合い(例えば厚さの不均一性であり、具体的には、溝4の本数,形状,深さ,或いは発光部3の表面粗さ等)である。
【0038】
さて、図1に示す例では、各縦溝4a及び各横溝4bは、それぞれ所定の幅寸法Wa,Wbに形成され、また、それぞれ所定の間隔Da,Dbを空けて等間隔に形成されている。かかる幅寸法Wa,Wb及び間隔Da,Dbは、ここでは1mm程度に設定されている。また、溝4の深さdは、発光部3の最大厚さ(ここでは溝4が設けられていない部分の厚さ)tが、最小厚さ(ここでは溝4が設けられている部分の厚さ)t1(=t−d)の3倍以上〔t≧3(t−d)〕になるように設定されるのが好ましく、最大厚さtが最小厚さt1の10倍以上〔t≧10(t−d)〕になるように設定されるのがさらに好ましい。特に、隣接した凹部と凸部とにおいて凸部に対応する最大厚さtを凹部に対応する最小厚さt1の3倍以上に設定するのが好ましく、10倍以上に設定するのがさらに好ましい。なお、溝4の深さ(凸部の高さ)dは本発明の発光性能が確保できるように20μm以上であることが好ましい。
【0039】
また、発光部3の表面の凹凸構造を顕著なものとする観点から、図1に示す例では、最小厚さt1は、500μm以下に設定されるのが好ましく、特に70μm以下に設定されるのが好ましく、50μm以下に設定されるのがさらに好ましい。また、最小厚さt1は、0.01μm以上に設定することができ、0.5μm以上、さらには1μm以上に設定することも可能である。
【0040】
また、図1に示す例において、最大厚さtは100μm以上が好ましく、特に200μm以上が好ましい。また、最大厚さtは3mm以下とすることができ、500μm以下とすることも可能である。
同様に、発光部3の表面の凹凸構造を顕著なものとする観点から、図1に示す例では、凹凸形状の傾斜角αが30度から150度の範囲にあることが好ましく、50度から130度の範囲にあることが更に好ましく、50度から88度の範囲にあることが一層好ましい。ここでいう凹凸面の傾斜角αとは、凹凸形状の側面(頭頂面・底面以外の面)が基板に平行な面に対してなす角度を指す。
【0041】
発光部3の層厚及び凹凸形状の上記パラメータは非接触式の三次元測定機(例えばレーザ顕微鏡)を用いれば容易に測定することが可能である。例えばMITUTOYO社製の画像計測CNC三次元測定機やKEYENCE社製の超深度形状測定顕微鏡を用いれば、1つの凹凸形状の最大厚さ・最小厚さ、凹凸面の傾斜角を測定することが可能である。
【0042】
上述したようにこの溝4は、発光部3の厚さを不均一にする等して発光部3を微細な凹凸構造とするものであれば、何らその形状は限定されない。
例えば、各寸法Wa,Wb,Da,Dbは上述した寸法値に限定されない。また、凹凸を設けた発光部3を基材2の端部に設けても良い。さらに、各縦溝4aを等間隔に形成しなくても良いし、同様に、各横溝4bを等間隔に形成しなくても良い。また、溝4は、縦溝4aと横溝4bとが略直交する格子状に形成されているが、等間隔或いは不規則な間隔で第1の方向に沿って形成される複数の溝と、等間隔或いは不規則な間隔で第2の方向に沿って形成される複数の溝とが、傾斜して交わるようにしても良い。
【0043】
また、単数又は複数の縦溝4aだけを設けるようにしても良いし、同様に単数又は複数の横溝4bだけを設けるようにしても良い。或いは、複数の溝を不規則な間隔で及び不規則な方向に沿って形成するようにしてもよい。
例えば、図2(A),(B)に示すように発光素子1′を構成しても良い。発光素子1′は、基材2と、基材2上に形成された発光部3と、発光部3に形成された溝4′とをそなえて構成されている。溝4′は、図2(A)中において、上下に等間隔で並べられた複数の横溝4b′からなり、各横溝4b′は左右方向に沿って形成されている。発光部3は図2(B)に示すように波形の断面形状を有しており、横溝4b′の最も厚みの薄いところはほぼ基材2に達した構成となっている。
【0044】
また、溝ではなく鋭角な治具により孔を等間隔又は不規則な間隔で発光部3に穿設したり、形状の規定されない欠陥を発光部3にランダムに設けたりしても良いし、溝や孔や不特定形状の欠陥を混在させて発光部3に設けても良い。
さて、ここで、基材2上に発光部3を形成すべく蛍光体粉末を基材2に付着させる方法について説明すると、このような付着方法としては、例えば、沈降塗布,ダステイング,ディップコーティング,蒸着,アブレーション,スパッタリング,CVD,刷毛のような道具を使用して塗る方法等がある。
【0045】
以下、水ガラス水溶液をバインダ(固着剤)として用いて沈降塗布により付着させる方法、及び、バインダを用いずにダスティングにより付着させる方法ついて説明する。
始めに、水ガラス水溶液をバインダとして用いた沈降塗布の一例について説明する。先ず、175ml(ミリリットル)のイオン交換水と、25mlの高濃度水ガラス水溶液(高濃度の珪酸カリウム水溶液)とを混合して水ガラス水溶液を作成し、100mlの容量のビーカに、この水ガラス水溶液を20mlだけ注ぎ、さらに、このビーカに蛍光体粉末に0.2945gを加えて、水ガラス水溶液と蛍光体粉末とを混合させる。この水ガラス水溶液と蛍光体粉末との混合溶液に対して超音波分散を10分間程度行なう。
【0046】
次に、酢酸バリウム水溶液(0.05重量%)を25mlだけ100mlビーカに注ぎ、アルミ板上に載置した状態で2枚の基材2(例えば銅製)をこのビーカ内の酢酸バリウム水溶液に浸漬する。そして、基材2及び酢酸バリウム水溶液を収容するビーカに、超音波分散を終えた蛍光体粉末入りの水ガラス水溶液(水ガラス水溶液と蛍光体粉末との混合溶液)を攪拌しながら注入する。そして、この酢酸バリウム水溶液及び水ガラス水溶液の混合溶液において蛍光体粉末が沈殿し終わったら、この混合溶液からアルミ板とともに基材2を取り出し、この基材2を1日程度自然乾燥させる。これにより、基材2に蛍光体粉末を付着させて基材2に発光部3を形成できる。
【0047】
次に、ダスティングにより、バインダを用いないで紛体(蛍光体粉末)を基材2に付着させる方法を説明する。この方法では、例えば、両面テープの一方の粘着面を基材2の表面に粘着させた後、この両面テープの他方の面に蛍光体粉末を振りかけることにより、蛍光体粉末を、両面テープを介して基材2に付着させる(基材2上に発光部3を形成する)ようになっている。
【0048】
水ガラス水溶液をバインダとして用いると、発光部3に水ガラス成分が含まれることとなり、この場合、水ガラス水溶液は導電性を有するので、発光部3の非導電性の低下(=帯電性の低下)を招く虞がある。したがって、水ガラス水溶液のようなバインダの不要なダスティングは、蛍光体粉末を基材2に付着させる方法として好ましい。
なお、ダスティングは、必ずしも粘着テープを使用する必要はなく、粘着剤(例えば酢酸バリウム水溶液)を基材2に塗布してからこの基材2に紛体(蛍光体粉末)を散布して乾燥させることにより行なっても良い。
【0049】
より具体的なダスティングの実施例を説明する。珪酸カリウム水溶液(濃度28.03重量%、比重1.244)を、スポイトで2滴程度(約0.5ml)採取し、ニッケル鍍金された銅製基板(28mm×20mm)に垂らす。そして、この銅製基板を2〜3時間だけ自然乾燥させるか、もしくはドライヤ等で強制乾燥させる。次に酢酸バリウム溶液(濃度0.05重量%)をスポイトで1滴程度(約0.2ml)採取し、前記基板の珪酸カリウム水溶液を塗布・乾燥させた部位に垂らす。
【0050】
この処理により、基板上においてシリカのゾル状のものが生成される。その上にダスティングにより蛍光体紛体を塗布する。この時、塗布膜の重量密度が50mg/cm2〜100mg/cm2程度になるように上記塗布を行なうのが好ましいが、特にこれに限定するものではない。蛍光体粉体を塗工した後、真空乾燥で乾燥させることにより、ダスティング塗布膜を完成させる。
【0051】
蛍光体粉末を基材2に付着させる方法は、上記方法に限定されるものではないが、上述したダスティングのように、導電性を付与せずに蛍光体粉末の非導電性を保持して発光部3を帯電し易いものに形成できる方法(蛍光体粉末を基材2に付着させてから後処理により発光部3を帯電し易い構造に容易に変更できるようなものも含む)が好ましい。
【0052】
本発明の発光構造体の一実施形態としての発光素子は、上述したように構成されており、非導電性の発光部3に溝4を設けるなどして発光部3を厚さの不均一な微細な凹凸形状の構造とすることにより、以下のような現象が発生することを本発明者らは見いだした。
つまり、発光部3にエネルギを付与することで発光部3から出力される発光強度は、付与されるエネルギが所定の閾値を超えると、かかるエネルギの入力に対して発光強度が超線形的に増加し、且つ従来の蛍光素子(発光構造体)よりも極めて高い発光強度が得られ、さらには、条件によって、発光体に付与されるエネルギ(励起エネルギ)に応じて発光色がかかる閾値の前後で変化することを見いだしたのである。
【0053】
本発光素子によれば、このように入力されるエネルギの大きさに応じてかかる閾値を境に発光部3の発光状態が急激に変化するので、例えば、発光部3の発光状態(発光強度や発光色)を監視することにより、発光部3に入力されるエネルギが所定値(閾値)よりも高くなった場合又は低くなった場合には、これを視覚的に検出できる。したがって、検出装置や警報装置として利用することが可能である。
【0054】
また、閾値を境に発光部3の発光状態が急激に変化するので、かかる閾値を境界とした発光状態の変化をオンオフ信号として抽出することが可能であり、メモリや各種の制御素子として利用することが可能である。
さらに、従来よりも高い発光強度が得られるので、高照度の照明機器などの照明体を実現できる。照明体としては、用途例として後述する画像管、陰極線ランプ等の表示管のみならず、屋内照明、プロジェクタ、バックライト等にも本発光構造体を適用できる。
【0055】
いずれにしても、本発光素子によれば、かかる発光状態の急変や高出力を利用して、広範囲の分野において有益な効果をもたらす可能性を有しており、極めて重要な発明であるといえる。さらに、従来の蛍光素子(発光構造体)に対して、単に溝を設けるなどして発光部を微細な凹凸構造とするだけで良いので、従来の蛍光素子の製造プロセスを利用でき、また、従来の蛍光素子について豊富に蓄えられた各種の知見をそのまま流用して本発光素子の製品開発等に利用することが可能である。
【0056】
なお、本発明の発光体構造(発光素子)は上述した実施形態に限定されず、発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更することが可能である。
例えば、上述の実施形態では、発光部3の全域に渡って溝4が設けられているが、発光部3の一部分に溝4を設けても良い。この場合でも、溝4が設けられた発光部3の領域については、入力エネルギに応じて所定の閾値を境界として発光状態が急変する。
【0057】
また、上述の実施形態では、本発明の発光体構造の発光部を蛍光体により構成した例を説明したが、蛍光体のみならず、他の発光体を用いることも可能である。
【実施例】
【0058】
以下、本発明の発光構造体の実施例についてさらに図面を用いて具体的に説明する。図3〜図8は本実施例の発光素子及び比較対象となる蛍光素子について示す図である。なお、図4,図5,図7,図8では、図中のドットは実際の測定値を示し、これらのドットを滑らかに結んで発光強度の電流依存性曲線を作成している。また、上述の実施形態の説明で用いた図1(A),(B)及び従来技術の説明で用いた図11(A),(B)についても流用して説明する。なお、本発明の発光構造体は、この実施例に限定されるものではない。
(A)第1実施例
本実施例にかかる発光素子1Aは、上述した実施形態の発光素子1と同様に図1(A),(B)に示すように、基材2と、基材2上に形成される発光部3と、発光部3に形成される格子状の溝4とをそなえて構成された。基材2には銅板が使用され、また、発光部3は、粉末状のテレビ用赤色蛍光体(Y22S:Eu,Tb)を水ガラス水溶液で沈降塗布して十分に乾燥させることにより基材2上に形成された。
【0059】
また、格子状の溝4は、複数の縦溝4aと複数の横溝4bとをそれぞれ等間隔(例えば1mm)に並べて形成されており、各溝4a,4bはそれぞれ例えばピンセットの先端のような鋭角な治具により発光部3を削って作成された。
凹凸形状の各種パラメータは、非接触式の三次元測定機による測定の結果、最大厚さは200μm〜500μmの範囲内、最小厚さは20μm〜50μmの範囲内、凹凸面の傾斜角は50度〜88度の範囲内であった。
【0060】
また、発光素子1Aとの比較対象として従来構造の蛍光素子101Aを作成した。この従来構造の蛍光素子101Aは、溝4を設けない以外は、発光素子1Aと同一の構成であり、またその製作法も溝4を設ける手順が無い以外は、発光素子1Aと同一の手法により作成された。即ち、この従来構造の蛍光素子101Aは、図11(A),(B)に示すように、銅製の基材102と、この基材上に形成される蛍光部103とをそなえて構成され、蛍光部103は、粉末状のテレビ用赤色蛍光体(Y22S:Eu,Tb)を基材に水ガラス水溶液で沈降塗布して形成された。
【0061】
そして、これらの発光素子1A及び従来蛍光素子101Aについて図3に示す実験装置50を用いて発光強度の電流依存性の測定を行なった。
ここで、実験装置50について説明すると、実験装置50は、図3に示すように、測定試料(蛍光素子)1A,101Aを収容し測定中は内部が略真空(例えば約10-5Pa)とされる真空装置51と、真空装置51内の測定試料に電子線を照射する電子銃52と、電子銃52に高電圧電力を供給する高圧電源53と、真空装置51内を真空にするためのスパッタイオンポンプ54A及びターボ分子ポンプ54Bと、真空装置51内を観察するための覗き窓55とをそなえて構成され、覗き窓55は、電子線評価装置56又は発光スペクトル測定装置(図示略)の検出端を真空装置51内部に差し込むための差込口としても使用されるようになっている。
【0062】
このような装置50において、先ず、真空装置51内に発光素子1A及び蛍光素子101Aをセットした後、スパッタイオンポンプ54A及びターボ分子ポンプ54Bを適宜操作して真空装置51の内部を所定の真空度(例えば約10-5Pa)にする。そして、高圧電源53を作動させて電子銃52から真空装置51内の発光素子1A及び蛍光素子101Aに電子線を照射して、発光素子1A及び蛍光素子101Aについて、電子線評価装置56により発光強度の電流依存性を測定した。
【0063】
図4に示すグラフは両対数グラフであり、縦軸が発光素子又は蛍光素子の発光強度(Intensity)Iを表し、横軸が、電子銃52に供給される電流値(Beam Current)A(つまり発光素子1A又は蛍光素子101Aに付与されるエネルギ)を表している。従来蛍光素子101Aでは、図4中に
【数1】

で示すように、発光強度Iは、電流値Aが30μA付近まで電流値Aの増加に応じて単調増加しているが、電流値Aが30μAを超える辺りから発光強度Iは減少してしまった。
【0064】
これに対し、本発光素子1Aの発光強度Iは、図4中に
【数2】

で示すように、電流値Aが20μA付近までは従来蛍光素子101Aと略同様に電流値Aの増加に応じて単調増加していたが、電流値Aが20μAを超える辺りから、従来蛍光素子101Aとは反対に、その増加傾向が急上昇し、超線形的に増加して極めて高い発光強度が得られた。
【0065】
つまり、発光部3に溝4を設けて発光部3を厚さの不均一な微細な凹凸構造にすることで、電流値Aが所定の閾値A0(ここでは約20μA)を超えると発光強度Iが超線形的に増加し、且つ従来の蛍光素子101Aよりも高い出力を得られることが実証されたのである。
なお、電流値Aが閾値A0以下では、本発光素子1Aの発光強度Iは、従来蛍光素子101Aよりも低くなっているが、これは、本発光素子1Aの溝4を含めた発光部3の面積と、従来蛍光素子101Aの蛍光部103の面積とを一致させていることから、溝4を設けた分、本発光素子1Aは従来蛍光素子101Aよりも発光部3の発光面積が少なくなっているためである。
(B)第2実施例
本実施例では、本発明者の中の数名が発明した青色蛍光体(SrHfO3:Tm)を用いて、本発明の第2実施例としての(溝4を有する)発光素子1Bと従来構造の(溝4を有さない)蛍光素子101Bとが製造された。
【0066】
つまり、発光素子1Bは、上述した第1実施例の発光素子1Aと同様に図1(A),(B)に示すように、銅製の基材2,発光部3及び格子状の溝4とをそなえて構成され、発光部3は、青色蛍光体(SrHfO3:Tm)の粉末を基材2に水ガラス水溶液で沈降塗布して十分に乾燥させることにより基材2に形成された。
また、従来構造の蛍光素子101Bは、図11(A),(B)に示すように、銅製の基材102と、この基材上に青色蛍光体(SrHfO3:Tm)を水ガラス水溶液で沈降塗布して形成される蛍光部103とをそなえて構成された。
【0067】
なお青色蛍光体(SrHfO3:Tm)の粉末合成は、特開平8−283713、特開平10−121041、特開平10−121043に記載された方法に基づいて行なうことができる。
通常、青色蛍光体の粉末合成では、Sr(ストロンチウム)の酸化物,水酸化物,炭酸塩又は硝酸塩等や、Hf(ハフニウム)の酸化物等を所定量秤量して十分に混合し、この混合物を、ルツボ等の耐熱容器に充填し、空気中もしくは酸化雰囲気中において800〜1600℃で1〜12時間かけて一回以上焼成する。
【0068】
ここでは、具体的には青色蛍光体の粉末合成は以下のようにして行なわれた。
原料としてSrCO3(4N),HfO2(3N),Tm23(粉末3N)又はTm(NO33(溶液,3N)を用意した。またフラックスとしてはアルカリ金属塩化物(炭酸塩、硝酸塩など)が用いられるが、ここではNa2CO3(4N)を、製造する蛍光体の10mol%だけ容易した。なお上記の括弧内の数値は純度を示す。
【0069】
そして、これらを化学量論比で秤量し、乳鉢中で湿式混合し、アルミナ坩堝等の耐熱容器に充填し、空気中もしくは酸化雰囲気中において1600℃で4〜5時間かけて焼成した。そして、この焼成物に対し、粉砕,水洗,乾燥及び篩を行なって、粗い粒子を除去し、青色蛍光体(SrHfO3:Tm)の粉末合成を行なった。
そして、図3に示す装置50により、発光素子1B及び蛍光素子101Bについて、電子線評価装置56により発光強度の電流依存性を測定し、さらに、発光スペクトル測定装置により発光スペクトルの測定を行なった。図5に発光強度の電流依存性に関する測定結果を、図6に発光スペクトルの測定結果を示す。なお、発光スペクトル測定装置を行なう場合は、図3において電子線評価装置56の代わりに発光スペクトル測定装置(図示略)がセットされる。
【0070】
先ず、発光強度の電流依存性に関する測定結果について説明する。図5の両対数グラフでは、縦軸が発光素子又は蛍光素子の発光強度(Intensity)Iを表し、横軸が電子銃52に供給される電流値(Beam Current)Aを表している。溝のない従来蛍光素子101Bでは、図5中に
【数3】

で示すように、発光強度Iは、電流値Aが30μA付近まで電流値Aの増加に応じて単調増加しているが、電流値Aが30μAを超える辺りから増加傾向が低下し、電流値Aが100μAを超える辺りでは発光強度Iが飽和してしまった。
【0071】
一方、溝4を有する本発光素子1Bでは、図5中に
【数4】

で示すように、発光強度Iは、電流値Aが100μA付近までは電流値Aの増加に応じて略単調増加していたが、電流値Aが100μAを超える辺りから、従来蛍光素子101Aとは反対に、その増加傾向が急上昇し、超線形的に増加した。つまり、100μA前後を所定の閾値A0として電流値Aがこの閾値A0(ここでは約100μA)を超えると発光強度Iが超線形的に増加したのである。
【0072】
次に、発光スペクトルの測定結果について説明する。図6は、本発光素子1Bに関するもので、閾値A0よりも大きな電流値Aが電子銃52に供給された際の発光素子1Bの発光スペクトルを示しており、横軸が発光の波長λ〔nm〕を表し、縦軸が発光強度Iを示している。
図6に示すように波長λが450nm付近で発光強度Iのピーク(発光ピーク)S1が発生している。この発光ピークS1は、発光部3を構成する青色蛍光体(SrHfO3:Tm)の発光中心であるTmのf−f遷移に起因した青色発光スペクトルバンドであり、電流値Aが閾値A0より低い場合でも本発光素子1Bにおいて発生するものであり、また、この青色蛍光体を使用しているものであれば従来構造の蛍光体素子においても発生するものである。
【0073】
しかし、本発光素子1Bにおいては、電流値Aが閾値A0を超えると、図6に示すように、この青色発光スペクトルバンドS1に加え、波長λの500nmから1200nmの範囲において幅広い発光スペクトルバンドS2が新たに発生して発光色が白色になった。
したがって、この測定から、発光部3に溝4を設けることで発光部3を厚みの不均一な微細な凹凸構造とすることにより、電流値Aが閾値A0を超えると、発光強度Iが超線形的に増加し、さらには、発光色が変化する(この場合は青色から白色に変化する)ことが実証されたのである。
(C)第3実施例
本発明の第3実施例としての発光素子1Cは、図1(A),(B)に示すように、銅製の基材2と、基材2上に蛍光体粉末をダスティングして形成された発光部3と、発光部3に形成された格子状の溝4とをそなえて構成され、蛍光体粉末には、フラックスとしてKClを10mol%含む青色蛍光体(SrHfO3:Tm)の粉末を使用した。この蛍光素子1Cについて図3に示す実験装置50により測定した発光強度の電流依存性を図7に示す。
【0074】
図7の両対数グラフでは、縦軸が発光素子の発光強度(Intensity)Iを表し、横軸が電子銃52に供給される電流値(Beam Current)Aを表している。
本実施例の発光素子1Cでは、図7に示すように、発光強度Iは、電流値Aが10μA近辺を所定の閾値A0として、この閾値A0を超えると一旦降下するものの、閾値A0よりも低い領域に比べ大きな増加傾向で超線形的に増加した。
【0075】
本実施例の蛍光体素子1Cにおける閾値A0は約10μAであり、上述した各実施例の発光素子1A,1Bの閾値A0が約100μAに対し低い値となっている。このように閾値A0を低下させることができた(低い電流値Aで超線形的な発光強度の上昇及び増加傾向の上昇が得られた)要因として以下のことが考えられる。
【0076】
つまり、上述したように、発光素子に入力されるエネルギが所定の閾値を超えると発光強度が超線形的に上昇するのは、発光部3の帯電性に起因していると推定でき、帯電性が大きくなるほどこのような閾値を低下させることができると推定できる。本発明の発光素子では、発光部3に帯電性をもたせるべく蛍光体粉末として非導電性のものを使用しているが、上述した各実施例の発光素子1A,1Bでは、発光部3を基材2状に形成するために導電性を有する水ガラスをバインダとして用いており、発光部3は水ガラス成分を含んでその非導電性が希釈されて帯電性が若干低下してしまう。これに対し、本第3実施例では水ガラスを用いずにダスティングにより発光部を形成していることから非導電性を維持して高い帯電性を維持でき、上述した各実施例の発光素子1A,1Bよりも低い電流値Aで超線形的な発光強度の上昇が得られたものと推定できる。
(D)比較実施例
蛍光体粉末として導電性を有する市販の蛍光体ZnO(電気抵抗率が10〜300Ω・cmと推定される)を使用して、上述した第1実施例及び第2実施例と同様に実験を行なった。
【0077】
つまり、図1(A),(B)に示すように、蛍光体粉末ZnOを銅製の基材2に水ガラス水溶液を用いて沈降塗布し十分乾燥させることにより、基材2上に粉末層(発光部)3を形成し、この粉末層3に対してピンセットなどの先端が尖った道具を用いて1mm間隔の格子状溝4を設けて発光素子1Dを製造し、また、図11(A),(B)に示すように、蛍光体粉末ZnOを基材102に水ガラス水溶液を用いて沈降塗布し十分乾燥させることにより、基材102上に粉末層(蛍光部)103を形成し、従来構造の蛍光素子101Dを製造した。
【0078】
これらの発光素子1D及び蛍光素子101Dについて図3に示す実験装置50により発光強度の電子線電流依存性をそれぞれ測定した。その結果を図8に示す。
図8の両対数グラフでは、縦軸が発光素子又は蛍光素子の発光強度(Intensity)Iを表し、横軸が電子銃52に供給される電流値(Beam Current)Aを表している。なお、発光素子1D(溝あり)については図中に
【数5】

で示し、蛍光素子101D(溝なし)については図中に
【数6】

で示す。
【0079】
図8からも明らかなように、発光素子1D及び蛍光素子101Dによらず(即ち、溝の有無にかかわらず)、発光強度Iは、電流値Aが100μA付近で最高値を示し、それ以上の電流値では低下した。つまり、発光部を導電性試蛍光体を用いて構成した場合には、所定の閾値を境界に電流値Aに応じて発光強度Iが超線形的に増加する現象は発生せす、溝4による効果は得られなかった。
【0080】
これは、溝4を設けて発光部3を厚さが不均一な微細な凹凸構造化して電荷を貯めやすい構造にしても、粉体(蛍光体)そのものが導電性で帯電性が低いためであると推定でき、上記現象(所定の閾値を境界に電流値Aに応じて発光強度Iが超線形的に増加する現象)が、発光部3の帯電性に起因しているという本発明者の推定を裏付ける結果が得られた。
(E)第1用途例
以下、本発明の発光構造体を、蛍光表示装置(照明体)である画像管に適用した用途例を、図面を参照して説明する。図9は本発明の発光構造体の第1用途例としての画像管の構成を示す模式図である。
【0081】
本画像管では、図9に示すように、円筒形のガラス管球61にフェースガラス62が接着固定され、真空容器(外囲器)63が構成されている。そして、この真空容器(外囲器)63内には、蛍光面(発光部)64,陽極電極構体(基材)65、さらに電子放出部(グリッド66及び陰極67)を構成するカソード構体が配置されており、上記の蛍光面64及び陽極電極構体65には本発明の発光構造体が適用されている。
【0082】
陽極電極構体65は、一般にはアルミニウム,銅などの金属電極又はこれらの金属鍍金電極から構成される。電子放出部の陰極67は、代表的には従来使用されているフィラメント(例えばタングステン細線に電子放射物である酸化バリウム・酸化カルシウム・酸化ストロンチウムを塗布したもの)やカーボンナノチューブなどから構成される。
【0083】
この画像管では、グリッド66に所定の電位が印加され、これにより電極67から電子が放出される状態となる。そして、陽極電極構体65に所定の電位が印加されることにより、陰極67から放出された電子が加速されて陽極電極構体65に衝突して貫通し、さらに蛍光面64に衝撃を与える。この結果、蛍光面64は電子衝撃により励起し、蛍光面64を構成する発光体に応じた発光色が、フェースガラス62を透過して前面側に発光68として表示されることとなる。
(F)第2用途例
以下、本発明の発光構造体を、照明体である陰極線発光ランプに適用した用途例を、図面を参照して説明する。図10は本発明の発光構造体の第2用途例としての陰極線発光ランプの構成を示す模式図である。
【0084】
本陰極線発光ランプでは、図10(A),(B)に示すように、ガラス管球61Aとフェースガラス62Aとから真空容器(外囲器)63Aが構成されている。そして、この真空容器(外囲器)63A内には、蛍光面(発光部)64A,陽極電極構体(基材)65A、さらに電子放出部(グリッド66A及び陰極67A)を構成するカソード構体が配置されており、上記の蛍光面64A及び陽極電極構体65Aには本発明の発光構造体が適用されている。
【0085】
陽極電極構体65Aは、一般にはアルミニウム,銅などの金属電極又はこれらの金属鍍金電極から構成される。電子放出部の陰極67Aは、代表的には従来使用されているフィラメント(例えばタングステン細線に電子放射物である酸化バリウム・酸化カルシウム・酸化ストロンチウムを塗布したもの)などから構成される。
【0086】
この陰極線発光ランプでは、グリッド66Aに所定の電位が印加され、これにより電極67Aから電子が放出される状態となる。そして、陽極電極構体65Aに所定の電位が印加されることにより、陰極67Aから放出された電子が陽極電極構体65Aに向かって加速され蛍光面64Aに衝突し衝撃を与える。この結果、蛍光面64Aは電子衝撃により励起し、蛍光面64Aを構成する発光体に応じた発光色が、フェースガラス62Aを透過して前面側に向けて発光することとなる。
【0087】
上述したように、上記の第1用途例及び第2用途例では、蛍光面64,64Aを、表面に微細な凹凸構造を有する発光構造体により構成した。したがって、上記用途例によれば、このように発光構造体の形状、具体的には発光部(塗布層)の表面を微細な凹凸構造にする工夫により、輝度の高い画像管や陰極線発光ランプ等の照明体を実現できるようになる。
【0088】
なお、上記用途例では、画像管及び陰極線発光ランプについて説明したが、このような用途例は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更することが可能である。例えば、図9に示す上記第1用途例の画像管において、陽極電極構体65と蛍光面64との位置関係を逆転させて発光を取り出す方向を陰極側に向けることや、グリッド66のない構成とすることも勿論可能である。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】本発明の一実施形態としての発光素子(発光構造体)の構成を示す図であり、(A)は模式的な平面図、(B)は(A)のX1−X1断面を拡大して示す模式図である。
【図2】本発明の一実施形態としての発光素子(発光構造体)の他の構成を示す図であり、(A)は模式的な平面図、(B)は(A)のX3−X3断面を拡大して示す模式図である。
【図3】本発明の第1実施例にかかる実験装置の構成を示す模式的な側面図である。
【図4】本発明の第1実施例としての発光素子(発光構造体)及び従来蛍光素子における発光強度の電流依存性試験の測定結果を示す図である。
【図5】本発明の第2実施例としての発光素子(発光構造体)及び従来蛍光素子における発光強度の電流依存性試験の測定結果を示す図である。
【図6】本発明の第2実施例としての発光素子(発光構造体)における発光スペクトルの測定結果を示す図である。
【図7】本発明の第3実施例としての発光素子(発光構造体)における発光強度の電流依存性試験の測定結果を示す図である。
【図8】本発明に対する比較実施例としての発光素子における発光強度の電流依存性試験の測定結果を示す図である。
【図9】本発明の第1用途例としての発光素子(発光構造体)を利用した画像管(照明体)の構成を示す模式図である。
【図10】本発明の第2用途例としての発光素子(発光構造体)を利用した陰極線ランプ(照明体)の構成を示す図であり、(A)は模式的な断面図、(B)は(A)の断面と垂直な断面を示す模式図である。
【図11】従来の蛍光素子(発光構造体)の構成を示す図であり、(A)は模式的な平面図、(B)は(A)の模式的なX2−X2断面図である。
【符号の説明】
【0090】
1,1′,1A,1B,1C,1D,1C 発光素子(発光体構造)
2 基材
3 発光部
4 格子状の溝
4′ 溝
4a 縦溝
4b,4b′ 横溝
50 実験装置
51 真空装置
52 電子銃
53 高圧電源
54A スパッタイオンポンプ
54B ターボ分子ポンプ
55 覗き窓
56 電子線評価装置
61,61A ガラス管球
62,62A フェースガラス
63,63A 真空容器
64,64A 蛍光面(発光部)
65,65A 陽極電極構体(基材)
66,66A グリッド
67,67A 陰極
68 発光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材上に設けられた発光部とを備えて構成され、
該発光部は、非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えるまでは発光強度が略単調増加し、該所定の閾値を超えると超線形的に発光強度が増加するインコヒーレント光を発光する
ことを特徴とする、発光構造体。
【請求項2】
基材と、該基材上に設けられた、表面に凹凸構造を有する発光部とを備えて構成され、
該発光部は、該凹凸構造に対して非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えるまでは発光強度が略単調増加し、該所定の閾値を超えると超線形的に発光強度が増加する
ことを特徴とする、発光構造体。
【請求項3】
該発光部の厚さを不均一にすることにより該凹凸構造が形成されている
ことを特徴とする、請求項2記載の発光構造体。
【請求項4】
該発光部の凸部と凹部における最大厚さが最小厚さの3倍以上であることを特徴とする、請求項2又は3記載の発光構造体。
【請求項5】
該発光部の最小厚さが500μm以下である
ことを特徴とする、請求項2〜4の何れか一項に記載の発光構造体。
【請求項6】
該発光部の凸部と凹部との高低差が20μmより大きい
ことを特徴とする、請求項2〜5のいずれか一項に記載の発光構造体。
【請求項7】
該凹凸構造の凹凸面の傾斜角が30度から150度の範囲内にあることを特徴とする、請求項2〜6の何れか一項に記載の発光構造体。
【請求項8】
該発光部が、有機発光体及び/又は無機発光体により形成されている
ことを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の発光構造体。
【請求項9】
該発光部が無機蛍光体からなる
ことを特徴とする、請求項1〜8の何れか一項に記載の発光構造体。
【請求項10】
該発光部が蛍光体粉末層である
ことを特徴とする、請求項1〜9何れか一項に記載の発光構造体。
【請求項11】
水溶性固着剤が使用されることなく該発光部が該基材上に設けられている
ことを特徴とする、請求項10記載の発光構造体。
【請求項12】
該発光部がダスティングにより該基材上に設けられた
ことを特徴とする、請求項10又は11記載の発光構造体。
【請求項13】
該発光部が非導電性である
ことを特徴とする、請求項1〜12のいずれか一項に記載の発光構造体。
【請求項14】
該発光部の電気抵抗率が106Ω・cm以上である
ことを特徴とする、請求項1〜13のいずれか一項に記載の発光構造体。
【請求項15】
基材と、該基材上に蛍光体を付着させて形成された層とを備えて構成され、
該層は、非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えるまでは発光強度が略単調増加し、該所定の閾値を超えると超線形的に発光強度が増加するインコヒーレント光を発光する
ことを特徴とする、発光構造体。
【請求項16】
該エネルギに応じて上記の所定の閾値を境界として発光色が変化する
ことを特徴とする、請求項1〜15のいずれか一項に記載の発光構造体。
【請求項17】
該エネルギが、電子線,電荷及び電場の何れかの態様により付与される励起エネルギである
ことを特徴とする、請求項1〜16のいずれか一項に記載の発光構造体。
【請求項18】
該基板が金属製である
ことを特徴とする、請求項1〜17のいずれか一項に記載の発光構造体。
【請求項19】
請求項1〜18の何れか一項に記載の発光構造体を用いる
ことを特徴とする、照明体。
【請求項20】
基板と、該基板上に設けられた発光部とを備えて構成され、該発光部は、非接触的に付与されたエネルギが所定の閾値を超えるまでは発光強度が略単調増加し、該所定の閾値を超えると超線形的に発光の強度が増加するインコヒーレント光を発光する発光構造体に対し、該閾値以上のエネルギを付与する
ことを特徴とする、発光方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−242624(P2007−242624A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−71082(P2007−71082)
【出願日】平成19年3月19日(2007.3.19)
【分割の表示】特願2001−392296(P2001−392296)の分割
【原出願日】平成13年12月25日(2001.12.25)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】