説明

目標検出・追尾装置

【課題】レンジウォーク補償量の誤差を低減するとともに、誤差の低減されたレンジウォーク補償量によるレンジウォーク補償処理により、後段での積分処理の効果を確実なものとし、目標検出性能を向上させた目標検出・追尾装置を得る。
【解決手段】レンジウォーク補償量を算出する際に、極座標系の目標の検出情報から、目標の運動がより実際に近いものとして表現される直交座標系の状態ベクトルを算出し、この状態ベクトルからパルス毎のレンジウォーク補償量を算出することにより、その誤差を低減する。また、誤差の低減された補償量を用いたレンジウォーク補償処理によって信号の積分処理時の積分効果を高め、目標の検出性能を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のパルス状の電磁波または音波を放射し、その反射波を受信して目標を検出し追尾する目標検出・追尾装置において、反射波の受信処理時におけるパルス幅またはAD変換のサンプリング間隔に対して観測時間内の距離成分の移動量が大きな目標に対する検出性能を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
複数のパルス状の電磁波または音波を放射し、その反射波から目標を検出して追尾する目標検出・追尾装置として、例えば、特許文献1に開示されたレーダ装置がある。この特許文献1には、パルス幅に対して観測時間内の距離成分の移動量が大きな目標に対する検出性能を向上させたレーダ装置が開示されており、これに基づき構成された従来のレーダ装置の一例を図8に示す。
【0003】
図8は、パルス状の電磁波を用いて目標を検出し追尾する従来のレーダ装置の一例を示すブロック図である。このレーダ装置は、送信機1、アンテナ2、受信機3、レンジウォーク補償部4、周波数分析部5、時間−周波数分析部6、目標検出部7、及び追尾制御部8から構成される。
【0004】
送信機1は、所定のタイミングでパルス状の送信信号を生成し、アンテナ2に送る。アンテナ2は、送信機1から送られてくる送信信号を電波に変換し、送信波として指定方向の空間に送信するとともに、送信波が目標で反射することにより発生した反射波を受信して電気信号に変換し、受信信号として受信機3に送る。受信機3は、アンテナ2から送られてくる受信信号に対して周波数変換・AD変換等を行い、デジタルの受信信号としてレンジウォーク補償部4に送る。
【0005】
レンジウォーク補償部4は、受信機3から送られてくるデジタルの受信信号に対して、追尾制御部8から送られてくるレンジウォーク補償量に基づいて、目標の距離成分の移動量を補償するレンジウォーク補償処理を行い、パルス毎の目標距離が同一となるように補償して周波数分析部5、及び時間−周波数分析部6に送る。このレンジウォーク補償部4における処理は、ある標本点系列でサンプリングされた信号を、別の標本点系列でサンプリングされた信号に変換するリサンプリングによって行われる。
【0006】
周波数分析部5は、レンジウォーク補償部4から送られてくる信号に対する積分処理として周波数分析を行い、その結果を目標検出部7に送る。この周波数分析部5における周波数分析には、例えば、DFT(離散フーリエ変換)、またはFFT(高速フーリエ変換)が用いられる。時間−周波数分析部6も積分処理として、レンジウォーク補償部4から送られてくる信号の時間−周波数分析を行い、その結果を目標検出部7に送る。この時間−周波数分析部6における時間−周波数分析には、例えば、短時間フーリエ変換が用いられる。目標検出部7は、周波数分析部5から送られてくる分析結果と時間−周波数分析部6から送られてくる分析結果とに基づき目標を検出し、検出情報として目標の距離情報を出力する。
【0007】
追尾制御部8は、目標検出部7からの検出情報に基づいて、目標の追尾処理を実行しつつレンジウォーク補償量を算出し、レンジウォーク補償部4に送出する。この追尾制御部8におけるレンジウォーク補償量の算出処理の流れを図9のフローチャートを参照して説明する。追尾制御部8は、ST101において、目標検出部7から送られてくる検出情報を入力し、ST102において、この検出情報に基づいて、目標の状態ベクトルとして、極座標系における目標距離及び距離の微分成分を算出する。次いで、ST103において、レンジウォーク補償処理のために、各パルスの距離の予測値を算出し、ST104において、これら算出した各パルスの距離の予測値に基づいてレンジウォーク補償量を算出し、レンジウォーク補償部4に出力する。
【0008】
なお、上記したレンジウォーク補償と短時間フーリエ変換については、非特許文献1にも詳述されている。また、特許文献2には、目標が小型高速目標である場合でも目標追尾を確実に行うことができる目標追尾レーダ装置が開示されている。この目標追尾レーダ装置は、送信パルスの送信開始時から所定時間後に所定サンプリング周波数のサンプリングを開始し、アナログの受信信号を一連のデジタルデータに変換するAD変換器と、目標速度データ及びPRFデータに基づく目標の移動距離がサンプリング周波数に基づく距離分解能を超える場合に、目標の移動距離に相当するサンプリング間隔分、サンプリングの開始時期をシフトさせ、受信パルスのデジタルデータの順序位置が一致した一連のデジタルデータを生成させる制御を行うAD変換制御部と、各送信パルスの送信時から計時して同一時間帯の各デジタルデータを順次積分する積分器を備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−349669号公報(第15ページ、図6)
【特許文献2】特開2001−166034号公報(第12ページ、図1)
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】“リサンプリングと短時間フーリエ変換を用いた目標検出”、2007年電子情報通信学会総合大会講演論文集
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記したように、従来のレーダ装置においては、目標を含んだ受信信号に対するレンジウォーク補償処理に必要な補償量を算出する際に、まず、目標の極座標系の検出情報から極座標系における目標距離及び距離の微分成分を算出することによって目標の状態ベクトルを求め、次に、この極座標系の状態ベクトルに基づきレンジウォーク補償量を算出している。そして、こうして算出した補償量を用いてレンジウォーク補償処理を行っている。
【0012】
しかしながら、目標の状態ベクトルを極座標系で表した場合、目標の運動によっては必ずしも目標の状態が適切に表現されないことがあった。例えば、目標が直交座標系では等速直線運動を行っている場合でも、極座標系では等速直線運動とならないケースが多く、この傾向は、特に近距離の目標や高速で移動する目標に対して顕著になる。このため、極座標系の状態ベクトルに基づき算出されたレンジウォーク補償量に誤差が含まれることになり、レンジウォーク補償処理を行っても、後段の周波数分析、及び時間−周波数分析において所望の積分効果を確実に得ることが困難になって、目標の検出性能が向上しないという課題があった。
【0013】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、レンジウォーク補償量の誤差を低減するとともに、誤差の低減されたレンジウォーク補償量を用いたレンジウォーク補償処理により積分効果を確実なものとし、目標検出性能を向上させた目標検出・追尾装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために、第1の発明の目標検出・追尾装置は、複数のパルス状の電磁波または音波を放射し、目標から反射した電磁波または音波のデジタルの受信信号を入力して、レンジウォーク補償処理を施しつつ複数のパルスを積分処理した信号に基づき目標の検出を行い、目標の距離と方向を検出情報として出力する目標検出手段と、前記目標検出手段からの検出情報に基づいて前記目標検出手段におけるレンジウォーク補償処理の補償量を逐次算出し更新するとともに、前記目標の航跡を算出し追尾する目標追尾手段とを備えた目標検出・追尾装置であって、前記目標追尾手段が前記レンジウォーク補償処理の補償量を算出する際は、前記目標検出手段からの極座標系の検出情報に基づいて前記目標の直交座標系の状態ベクトルを算出するとともに、この直交座標系の状態ベクトルから前記各パルスの位置ベクトルを算出してこれをさらに距離情報に変換し、この各パルスの前記目標の距離情報に基づいて前記レンジウォーク補償処理の補償量を算出することを特徴とする。
【0015】
また、第2の発明の目標検出・追尾装置は、複数のパルス状の電磁波または音波を放射し、目標から反射した電磁波または音波のデジタルの受信信号を入力して、レンジウォーク補償処理を施しつつ複数のパルスを積分処理した信号に基づき目標の検出を行い、目標の距離と方向を検出情報として出力する目標検出手段と、前記目標検出手段からの検出情報に基づいて前記目標検出手段におけるレンジウォーク補償処理の補償量を逐次算出し更新するとともに、前記目標の航跡を算出し追尾する目標追尾手段とを備えた目標検出・追尾装置であって、前記目標追尾手段が前記レンジウォーク補償処理の補償量を算出する際は、前記目標検出手段からの極座標系の検出情報に基づいて前記目標の直交座標系の状態ベクトルを算出するとともに、この直交座標系の状態ベクトルから代表パルスまたは代表時刻の状態ベクトルを算出してこれからさらに距離情報の微分成分を算出し、この距離情報の微分成分と前記放射した電磁波または音波のパルス繰り返し間隔とに基づいて前記レンジウォーク補償処理の補償量を算出することを特徴とする。
【0016】
また、第3の発明の目標検出・追尾装置は、さらに、前記目標検出手段はレンジウォーク補償処理を施した受信信号に対する前記積分処理を選択する積分処理選択手段を備え、この積分処理選択手段は、前記受信信号の信号対雑音比とクラッタ状況とに基づいて、前記積分処理として、周波数分析、時間−周波数分析、周波数分析と時間−周波数分析の組み合わせのいずれかを選択することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、レンジウォーク補償量を算出する際の誤差が低減されるとともに、この誤差が低減された補償量を用いたレンジウォーク補償処理によって確実な積分効果を得ることができ、目標検出性能を向上させた目標検出・追尾装置を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る目標検出・追尾装置の第1の実施例の構成を示すブロック図。
【図2】第1の実施例におけるレンジウォーク補償量の算出処理の流れを説明するためのフローチャート。
【図3】第1の実施例に対する第1の変形例の構成を示すブロック図。
【図4】第1の実施例に対する第2の変形例の構成を示すブロック図。
【図5】本発明に係る目標検出・追尾装置の第2の実施例の構成を示すブロック図。
【図6】第2の実施例におけるレンジウォーク補償量の算出処理の流れを説明するためのフローチャート。
【図7】本発明に係る目標検出・追尾装置の第3の実施例の構成を示すブロック図。
【図8】従来のレーダ装置の一例を示すブロック図。
【図9】従来のレーダ装置におけるレンジウォーク補償量の算出処理の流れを例示するフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明に係る目標検出・追尾装置を実施するための最良の形態について、図1乃至図7を参照して説明する。なお、以下においては、背景技術の欄で説明した従来の装置の構成部分に相当する部分には、背景技術の欄で使用した符号と同一の符号を用いて説明する。
【実施例1】
【0020】
図1は、本発明に係る目標検出・追尾装置の第1の実施例の構成を示すブロック図である。図1に例示したように、この第1の実施例の目標検出・追尾装置は、送信機1、アンテナ2、受信機3、レンジウォーク補償部4、周波数分析部5、時間−周波数分析部6、目標検出部7a、及び追尾制御部8aから構成されている。送信機1は、所定のタイミングでパルス状の送信信号を生成し、アンテナ2に送る。アンテナ2は、送信機1から送られてくる送信信号を電波に変換し、送信波として指定方向の空間に送信するとともに、送信波が目標で反射することにより発生した反射波を受信して電気信号に変換し、受信信号として受信機3に送る。受信機3は、アンテナ2から送られてくる受信信号に対して周波数変換・AD変換等を行い、デジタルの受信信号としてレンジウォーク補償部4に送る。
【0021】
レンジウォーク補償部4は、受信機3から送られてくるデジタルの受信信号に対して、後述する追尾制御部8aから送られてくるレンジウォーク補償量に基づいて、目標の距離成分の移動量を補償するレンジウォーク補償処理を行って、周波数分析部5、及び時間−周波数分析部6に送る。このレンジウォーク補償部4における処理は、ある標本点系列でサンプリングされた信号を別の標本点系列でサンプリングされた信号に変換するリサンプリングによって行われる。このレンジウォーク補償部4における処理によって、観測時間内のいずれのパルスでも目標距離が同一となるように、受信信号に含まれる目標のレンジウォーク(距離成分の移動量)がパルス毎に補償される。本実施例においては、後述するが、追尾制御部8aにおいて直交座標系での演算によって算出した、誤差の低減されたレンジウォーク補償量に基づき処理を行っているので、後段の周波数分析部5及び時間−周波数分析部6において複数パルス分にわたってこのレンジウォーク補償処理後の信号を積分処理したときに、その積分処理での積分効果をより確実なものにしている。
【0022】
周波数分析部5は、複数のパルスの積分処理として、レンジウォーク補償部4から送られてくる信号の周波数分析を行って、その結果を目標検出部7aに送る。この周波数分析部5における周波数分析は、例えば、DFT(離散フーリエ変換)、またはFFT(高速フーリエ変換)によって実現することができる。また、周波数分析では複数のパルスを処理するが、この時に対象の複数のパルスの受信信号には、いずれも目標が同一距離になるよう、前段のレンジウォーク補償部4にて誤差の低減された補償量によるレンジウォーク補償処理が施されているので、その積分効果を十分に得ることができるとともに、この積分効果によって、特に信号対雑音比が改善される。
【0023】
時間−周波数分析部6は、同じく複数のパルスの積分処理として、レンジウォーク補償部4から送られてくる信号の時間−周波数分析を行って、その結果を目標検出部7aに送る。この時間−周波数分析部6における時間−周波数分析は、例えば、短時間フーリエ変換、ウィグナー分布によって実現することができる。短時間フーリエ変換を用いた時間−周波数分析では、複数のパルスによるパルス列を複数の時間帯に分割してそれぞれに周波数分析を行い、分割した時間帯毎に周波数分析部5と同様な分析結果を得ている。また、誤差の少ない補償量を用いたレンジウォーク補償処理による積分効果も同様に得ている。この時間−周波数分析部6での分析結果を用いることにより、特にクラッタ環境下や複数目標環境下等において誤警報を低減することができる。
【0024】
目標検出部7aは、周波数分析部5から送られてくる分析結果と時間−周波数分析部6から送られてくる分析結果とに基づき目標を検出し、その検出情報として目標の3次元情報、すなわち距離情報及び角度情報を出力する。
【0025】
追尾制御部8aは、目標検出部7aからの検出情報に基づいて、追尾処理を実行しつつレンジウォーク補償量を算出し、レンジウォーク補償部4に送出する。レンジウォーク補償量の算出にあたっては、目標検出部7aからの極座標系の3次元検出情報から直交座標系の状態ベクトル、さらには目標距離を算出し、この算出結果を用いてレンジウォーク補償量を算出している。この追尾制御部8aにおけるレンジウォーク補償量の算出処理の流れを、図2のフローチャートを参照して説明する。
【0026】
図2は、追尾制御部8aにおけるレンジウォーク補償量の算出処理の流れを説明するためのフローチャートである。追尾制御部8aは、ST101において、目標検出部7aから送られてくる極座標系の検出情報(距離と角度)を入力し、ST105において、この極座標系の検出情報から状態ベクトルとして、直交座標系での位置及び位置の微分成分を算出する。極座標系ではなく、直交座標系の状態ベクトルを用いることによって、直交座標系で直線運動を行っている目標、特に近距離や高速で移動する目標等に対しては、その運動状態がより適切に表現されるため、この後に続くレンジウォーク補償量の算出の際にその誤差を低減することができる。このステップにおける直交座標系の状態ベクトルの算出には、例えば、極座標系の検出情報から直交座標系の状態ベクトルを直接算出する拡張カルマンフィルタや、検出情報を極座標系から直交座標系に変換する機能を付加した線形カルマンフィルタによって実現することができる。
【0027】
3次元直交座標系のx、y、z軸の位置をそれぞれpx、py、pz、速度をそれぞれvx、vy、vzとすると、状態ベクトルXは、(px、py、pz、vx、vy、vz)^T、位置ベクトルPは、(px、py、pz)^T、速度ベクトルVは、(vx、vy、vz)^Tと表される。ここで、A^T(^Tは、上付きTを示す)は、ベクトルAの転置ベクトルを示す。なお、このステップで算出される直交座標系の状態ベクトルは、位置ベクトルと速度ベクトルを推定する等速運動モデルの外、加速度ベクトルを推定する等加速運動モデル、旋回時の状態ベクトルを推定する旋回運動モデル、複数の運動モデルを備えた複数運動モデルに基づいて算出するようにしても良い。
【0028】
このようにして算出された目標の航跡情報である直交座標系の状態ベクトルは、目標の予測に用いられるとともに、続くST106では、この直交座標系の状態ベクトルに基づいて、各パルスの直交座標系の位置ベクトルの予測値を算出する。次いで、ST107において、この各パルスの直交座標系の位置ベクトルの予測値を各パルスの距離の予測値に変換し、さらにST104において、変換した各パルスの距離の予測値に基づいて、レンジウォーク補償量を算出してレンジウォーク補償部4に出力する。
【0029】
次に、前出の図1及び図2を参照して、上述のように構成された目標検出・追尾装置の第1の実施例の動作について説明する。まず、送信機1で生成されたパルス状の送信信号がアンテナ2から放射され、パルス毎に目標からの反射波が受信されると、反射波はアンテナ2から受信部3に送られて周波数変換・AD変換等の受信処理をされた後、デジタル信号としてレンジウォーク補償部4に送られる。レンジウォーク補償部4では、後述する追尾制御部8aから送られてくる誤差の低減されたレンジウォーク補償量によって、いずれのパルスでも目標が同一距離となるように受信信号中の目標のレンジウォークがパルス毎に補償される。これにより、後段の周波数分析部5、及び時間−周波数分析部6のそれぞれで、複数パルス分にわたる受信信号の周波数分析を行う際に、確実な積分効果を得ている。レンジウォーク補償処理された信号は、周波数分析部5、及び時間−周波数分析部6に送出される。
【0030】
周波数分析部5では、レンジウォーク補償処理された受信信号に対して、周波数分析が行われる。この分析によって、複数のパルスの積分が行われ、その分析結果が目標検出部7aに送出される。一方、時間−周波数分析部6でも同様に時間−周波数分析による積分が行われ、その分析結果が目標検出部7aに送出される。目標検出部7aでは、周波数分析部5、及び時間−周波数分析部6の分析結果から目標が検出され、その3次元の検出情報として目標の距離及び角度(方位角及び仰角)情報が取得されて追尾制御部8aに送出される。
【0031】
追尾制御部8aでは、図2のフローチャートに詳述した直交座標系の状態ベクトルを用いた処理手順により、誤差の低減されたレンジウォーク補償量が算出される。すなわち、目標検出部7aからの極座標系の3次元の検出情報に基づいて目標の航跡情報である直交座標系の状態ベクトルが算出され、この状態ベクトルから目標の航跡情報の予測が行われるとともに、この状態ベクトルから各パルスの直交座標系での目標の位置ベクトル、そして距離が順次算出され、さらにこの距離からレンジウォーク補償量が算出される。そして、算出されたレンジウォーク補償量は、レンジウォーク補償部4に送出される。
【0032】
なお、上述した事例では、図1に示したとおり積分処理として、周波数分析部4、及び時間−周波数分析部5の両方を組み合わせているが、これをどちらか一方だけとして構成することもできる。周波数分析部4のみで構成した場合を図3に、また、時間−周波数分析部5のみで構成した場合を図4にそれぞれ例示する。
【0033】
以上説明したように、本実施例においては、レンジウォーク補償量を算出する際に、極座標系の目標の検出情報から直交座標系の状態ベクトルを算出し、この状態ベクトルから各パルスの直交座標系での目標位置及び目標距離を順次算出し、さらにこの目標距離からレンジウォーク補償量を算出している。従って、直交座標系で直線運動を行っている目標、特に近距離や高速で移動する目標等に対しては、直交座標系の状態ベクトルを用いることによって目標の運動がより実際に近いものとして表現されるため、レンジウォーク補償量算出にあたっての誤差を低減することができる。
【0034】
また、誤差の低減されたレンジウォーク補償量に基づきレンジウォーク補償処理を行っているので、このレンジウォーク補償処理後の信号を複数パルス分にわたって処理する後段の周波数分析、及び時間−周波数分析においては、より確実な積分効果を得ることができ、目標検出時の検出性能を向上させることができる。
【0035】
なお、本発明の実施例1に係る目標検出・追尾装置の受信機において、目標で反射された長パルス信号を受信して信号処理を行うことによりパルス圧縮し、所望の短パルス信号を得るパルス圧縮処理や、同様に短パルスを得るための合成帯域処理を行うように構成しても良い。また、目標の運動が3次元空間上の2次元空間(例えば、水平面のみ)や1次元空間に拘束されている場合、次元縮退した観測値と拘束条件から、状態ベクトルを算出する外、観測値及び状態ベクトルを次元縮退(例えば、2次元化)して構成しても良い。
【実施例2】
【0036】
図5は、本発明に係る目標検出・追尾装置の第2の実施例の構成を示すブロック図である。この第2の実施例について、図1に示した第1の実施例の各部と同一の部分は同一の符号で示し、その説明は省略する。この第2の実施例が第1の実施例と異なる点は、目標の検出情報に基づきレンジウォーク補償量を算出する際に、極座標系の検出情報から直交座標系の状態ベクトルを算出後、第1の実施例においては、この状態ベクトルから各パルスの位置ベクトル及び距離を求め、この距離に基づいてレンジウォーク補償量を算出したのに対し、第2の実施例においては、観測時間内における代表パルスまたは代表時刻に対する直交座標系の状態ベクトルに基づいて算出した距離の微分成分とパルス繰り返し間隔とに基づいてレンジウォーク補償量を算出するようにした点である。以下、前出の図1及び図2、ならびに図5のブロック図及び図6のフローチャートを参照して、その相違点のみを説明する。
【0037】
図5に例示したように、この目標検出・追尾装置は、送信機1、アンテナ2、受信機3、レンジウォーク補償部4、周波数分析部5、時間−周波数分析部6、目標検出部7a、及び追尾制御部8bから構成されている。この中で、送信機1、アンテナ2、受信機3、レンジウォーク補償部4、周波数分析部5、時間−周波数分析部6、及び目標検出部7aは、第1の実施例と同様に構成される。
【0038】
追尾制御部8bは、目標検出部7aからの検出情報に基づいて、追尾処理を実行しつつレンジウォーク補償量を算出し、レンジウォーク補償部4に送出する。レンジウォーク補償量の算出にあたっては、目標検出部7aからの極座標系の3次元検出情報から直交座標系の状態ベクトルを算出後、観測時間内のパルスの中の代表パルスまたは代表時刻に対する直交座標系の状態ベクトルに基づいて算出した距離の微分成分とパルス繰り返し間隔とに基づいてレンジウォーク補償量を算出する。この追尾制御部8bにおけるレンジウォーク補償量の算出処理の流れを、図6のフローチャートを参照して説明する。
【0039】
図6は、追尾制御部8bにおけるレンジウォーク補償量の算出処理の流れを説明するためのフローチャートである。追尾制御部8bは、ST101において、目標検出部7aから送られてくる極座標系の検出情報(距離と角度)を入力し、ST105において、検出情報に基づいて、目標の状態ベクトルとして、直交座標系の位置及び位置の微分成分を算出する。この第2の実施例においても、極座標系ではなく、直交座標系の状態ベクトルを用いており、目標の運動状態がより適切に表現されるため、この後に続くレンジウォーク補償量の算出の際にもその誤差を低減することができる。このST105における直交座標系の状態ベクトルの算出には、例えば、極座標系の検出情報から直交座標系の状態ベクトルを直接算出する拡張カルマンフィルタ、検出情報を極座標系から直交座標系に変換する機能を付加した線形カルマンフィルタによって実現することができる。
【0040】
このようにして算出された目標の航跡情報である直交座標系の状態ベクトルは、目標の予測に用いられるとともに、続くST108では、この直交座標系の状態ベクトルに基づいて、観測時間内における代表パルスまたは代表時刻に対する直交座標系の状態ベクトルの予測値を算出する。次いで、ST109において、この代表パルスまたは代表時刻に対する直交座標系の状態ベクトルの予測値に基づいて、距離の微分成分を算出する。距離の1階微分成分をrdotとすると、rdotは、(1)式により算出することができる。
【数1】

【0041】
ここで、Vは、直交座標系の状態ベクトルの速度(列)ベクトル、Pは、直交座標系の状態ベクトルの位置(列)ベクトル、‖P‖は、距離、A^T(^Tは、上付きTを示す)は、ベクトルAの転置ベクトルを示す。
【0042】
3次元直交座標系のx、y、z軸の位置をそれぞれpx、py、pz、速度をそれぞれvx、vy、vzとすると、状態ベクトルXは、(px、py、pz、vx、vy、vz)^T、位置ベクトルPは、(px、py、pz)^T、速度ベクトルVは、(vx、vy、vz)^Tとなり、距離の1階微分成分rdotの算出は、(2)式によって実現することができる。
【数2】

【0043】
なお、このST109において算出する距離の微分成分は、上記した1階微分成分rdotのほか、2階以上の微分成分を算出するようにしても良い。
【0044】
そして、続くST110では、算出した距離の微分成分とパルス繰り返し間隔とに基づいてレンジウォーク補償量を算出し、レンジウォーク補償部4に算出する。
【0045】
次に、上述のように構成された目標検出・追尾装置の第2の実施例の動作について説明する。送信機1で生成されたパルス状の送信信号がアンテナ2から放射され、その反射波がアンテナ2で受信された後、受信機3、レンジウォーク補償部4、周波数分析部5及び時間−周波数分析部6、ならびに目標検出部7aで順次処理され、目標検出部7aから、目標の検出情報が追尾制御部8aに送出されるまでの動作については、前出の第1の実施例と同様である。
【0046】
追尾制御部8bでは、図6のフローチャートに詳述した処理手順によりレンジウォーク補償量が算出される。すなわち、目標検出部7aからの極座標系の3次元の検出情報に基づいて目標の航跡情報である直交座標系の状態ベクトルが算出され、この状態ベクトルから目標の航跡情報の予測が行われるとともに、代表パルスまたは代表時刻に対する状態ベクトル及び距離の微分成分が算出され、さらにこの距離の微分成分とパルス繰り返し間隔とに基づいてレンジウォーク補償量が算出される。そして、算出されたレンジウォーク補償量は、レンジウォーク補償部4に送出される。
【0047】
以上説明したように、本実施例においても、レンジウォーク補償量を算出する際に、極座標系の目標の検出情報から直交座標系の状態ベクトルを算出し、この直交座標系の状態ベクトルを用いてレンジウォーク補償量を算出している。従って、第1の実施例と同様に、レンジウォーク補償量の誤差を低減することができるとともに、周波数分析、及び時間−周波数分析において確実な積分効果を得ることができ、目標検出時の検出性能を向上させることができる。加えて、本実施例においては、レンジウォーク補償量を算出する際に、代表パルスまたは代表時刻の直交座標系の状態ベクトルに基づいて算出した距離の微分成分とパルス繰り返し間隔とに基づいて、レンジウォーク補償量を算出しているので、各パルスの直交座標系での位置ベクトル及び距離から演算処理を行う第1の実施例に比べて処理を高速化することができる。
【0048】
なお、直交座標系の状態ベクトルを算出する代表パルスまたは代表時刻の数は、観測時間内で複数設定してもよい。
【実施例3】
【0049】
図7は、本発明に係る目標検出・追尾装置の第3の実施例の構成を示すブロック図である。この第3の実施例について、図1に示した第1の実施例の各部と同一の部分は同一の符号で示し、その説明は省略する。この第3の実施例が第1の実施例と異なる点は、レンジウォーク補償処理後の信号を積分処理する際に、第1の実施例においては、常に周波数分析と時間−周波数分析との両方の処理を行うように構成したのに対し、第3の実施例においては、積分処理選択部を設け、信号環境によりいずれか一方、または両方の積分処理を選択するようにした点である。以下、前出の図1及び図2、ならびに図7のブロック図を参照して、その相違点のみを説明する。
【0050】
図7に例示したように、この目標検出・追尾装置は、送信機1、アンテナ2、受信機3、レンジウォーク補償部4、積分処理選択部9、周波数分析部5、時間−周波数分析部6、目標検出部7a、及び追尾制御部8aから構成されている。この中で、送信機1、アンテナ2、受信機3、レンジウォーク補償部4、周波数分析部5、時間−周波数分析部6、目標検出部7a、及び追尾制御部8aは、第1の実施例と同様に構成される。
【0051】
積分処理選択部9は、レンジウォーク補償部4から送られてくるレンジウォーク補償処理後の信号に対する積分処理として、信号対雑音比及びクラッタ状況に基づき周波数分析、時間−周波数分析、周波数分析と時間−周波数分析の組み合わせの3つの中からいずれかを選択し、レンジウォーク補償処理後の信号を周波数分析部5、及び/または時間−周波数分析部6に通過させる。周波数分析による積分処理では、特に信号対雑音比の改善等に有効であり、また時間−周波数分析による積分処理では特にクラッタ環境下や複数目標環境下において誤警報の低減に有効である。本実施例においては、受信信号が低信号対雑音比かつ非クラッタ環境下では周波数分析を、中信号対雑音比かつクラッタ環境下では時間−周波数分析を、低信号対雑音比かつクラッタ環境下では周波数分析と時間−周波数分析の組み合わせを、それぞれ選択するものとしている。
【0052】
次に、上述のように構成された目標検出・追尾装置の第3の実施例の動作について説明する。送信機1で生成されたパルス状の送信信号がアンテナ2から放射され、その反射波がアンテナ2で受信された後、受信機3、及びレンジウォーク補償部4で順次処理され、レンジウォーク補償部4からレンジウォーク補償処理後の信号が積分処理選択部9に送出されるまでの動作については、前出の第1の実施例と同様である。
【0053】
積分処理選択部9では、信号の受信環境に基づいて、レンジウォーク補償処理後の信号に対する積分処理が選択される。すなわち、受信信号が低信号対雑音比かつ非クラッタ環境下では周波数分析が、中信号対雑音比かつクラッタ環境下では時間−周波数分析が、また低信号対雑音比かつクラッタ環境下では周波数分析と時間−周波数分析の両方がそれぞれ選択される。そして、選択された積分処理に対応させて、レンジウォーク補償部4からの信号が周波数分析部5もしくは時間−周波数分析部6のいずれか一方、または周波数分析部5及び時間−周波数分析部6の両方に送出される。
【0054】
以降、周波数分析部5及び時間−周波数分析部6、目標検出部7a、ならびに追尾制御部8aでの一連の信号処理の動作についても、前出の第1の実施例の動作と同様であるので省略する。
【0055】
以上説明したように、本実施例においても第1の実施例と同様に、レンジウォーク補償量の誤差を低減することができるとともに、より確実な積分効果を得ることができ、目標検出時の検出性能を向上させることができる。加えて、本実施例においては、周波数分析及び時間−周波数分析の2つの積分処理を選択・切り換えているので、常に2つの積分処理を行う実施例1等の場合よりも、処理を高速化することができる。
【0056】
なお、本発明は、上記した実施形態そのままに限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、上記実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合せにより種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。さらに、異なる実施形態に亘る構成要素を適宜組み合せてもよい。
【符号の説明】
【0057】
1 送信機
2 アンテナ
3 受信機
4 レンジウォーク補償部
5 周波数分析部
6 時間−周波数分析部
7、7a 目標検出部
8、8a、8b 追尾制御部
9 積分処理選択部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のパルス状の電磁波または音波を放射し、目標から反射した電磁波または音波のデジタルの受信信号を入力して、レンジウォーク補償処理を施しつつ複数のパルスを積分処理した信号に基づき目標の検出を行い、目標の距離と方向を検出情報として出力する目標検出手段と、
前記目標検出手段からの検出情報に基づいて前記目標検出手段におけるレンジウォーク補償処理の補償量を逐次算出し更新するとともに、前記目標の航跡を算出し追尾する目標追尾手段とを備えた目標検出・追尾装置であって、
前記目標追尾手段が前記レンジウォーク補償処理の補償量を算出する際は、前記目標検出手段からの極座標系の検出情報に基づいて前記目標の直交座標系の状態ベクトルを算出するとともに、この直交座標系の状態ベクトルから前記各パルスの位置ベクトルを算出してこれをさらに距離情報に変換し、この各パルスの前記目標の距離情報に基づいて前記レンジウォーク補償処理の補償量を算出する
ことを特徴とする目標検出・追尾装置。
【請求項2】
複数のパルス状の電磁波または音波を放射し、目標から反射した電磁波または音波のデジタルの受信信号を入力して、レンジウォーク補償処理を施しつつ複数のパルスを積分処理した信号に基づき目標の検出を行い、目標の距離と方向を検出情報として出力する目標検出手段と、
前記目標検出手段からの検出情報に基づいて前記目標検出手段におけるレンジウォーク補償処理の補償量を逐次算出し更新するとともに、前記目標の航跡を算出し追尾する目標追尾手段とを備えた目標検出・追尾装置であって、
前記目標追尾手段が前記レンジウォーク補償処理の補償量を算出する際は、前記目標検出手段からの極座標系の検出情報に基づいて前記目標の直交座標系の状態ベクトルを算出するとともに、この直交座標系の状態ベクトルから代表パルスまたは代表時刻の状態ベクトルを算出してこれからさらに距離情報の微分成分を算出し、この距離情報の微分成分と前記放射した電磁波または音波のパルス繰り返し間隔とに基づいて前記レンジウォーク補償処理の補償量を算出する
ことを特徴とする目標検出・追尾装置。
【請求項3】
前記目標検出手段において、レンジウォーク補償処理を施した受信信号に対する積分処理は、周波数分析、時間−周波数分析、周波数分析と時間−周波数分析の組み合わせのいずれかであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の目標検出・追尾装置。
【請求項4】
さらに、前記目標検出手段はレンジウォーク補償処理を施した受信信号に対する前記積分処理を選択する積分処理選択手段を備え、
この積分処理選択手段は、前記受信信号の信号対雑音比とクラッタ状況とに基づいて、前記積分処理として、周波数分析、時間−周波数分析、周波数分析と時間−周波数分析の組み合わせのいずれかを選択することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の目標検出・追尾装置。
【請求項5】
前記積分処理選択手段は、前記受信信号が低信号対雑音比かつ非クラッタ環境下では周波数分析を、中信号対雑音比かつクラッタ環境下では時間−周波数分析を、低信号対雑音比かつクラッタ環境下では周波数分析と時間−周波数分析の組み合わせを、それぞれ選択することを特徴とする請求項4に記載の目標検出・追尾装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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